異聞 ドラゴンクエストⅪ ~遥かなる旅路~   作:シュイダー

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 『とあるトレジャーハンターの伝言』

 私は、ナナシのトレジャーハンター。私の本名を知る者もいるかもしれないが、これを記す際はこう書くと決めているため、あえてナナシと名乗ろう。
 トレジャーハンターを引退して久しい私が、まさかまたこの(くだり)を書く時が来るとは、私自身も思っていなかった。
 さて、そんなことを書いている私が、なぜ再びこのようなことを記しているかといえば、昔立ち寄ったある里で、ひとつ頼まれていたことがあったからだ。いまからその依頼を果たしに行く。孫を連れてだ。
 まだ幼い孫を連れて旅に出るのが、ほんとうによいことかどうかはわからない。だが、果たさなければならないことがある。それが約束というものだ。
 孫は、強く、やさしい子だ。私にとって、命よりも大切な宝だ。
 必ず無事に旅を終え、このイシの村に帰ろう。
 


Level:0 約束

 感嘆の声が、すぐ前から聞こえた。ともに馬に乗っている、真ん中分けのサラサラヘアーが印象的な幼い少年の横顔を見る。彼は、なにかに圧倒されるように、眼を見開いていた。

 義理の孫と言える少年、レヴンの視線の先を見る。予想通り彼の視線は、目の前の里を見下ろすように(たたず)む、巨大な女性の彫像に釘付けとなっていた。

 険しきゼーランダ山を登ったところにある、神語りの里と呼ばれる、聖地ラムダ。季節は、もうじき冬になろうとしている。この辺りは地形の関係上、雪が降ることはないようだが、それでも冬になる前にここに着けてよかった、と思う。

「びっくりしたかのう、レヴンよ?」

「うん。すごくおっきいね。でも、なんだろ。やさしい感じがする」

「うむ。そう感じたのは、きっと正しいぞ。なにしろあの像は、遥か昔、邪悪なる神とやらを封印した『勇者ローシュ』の仲間、『賢者セニカ』の像じゃからの」

「そうなんだ」

 レヴンはまた感嘆のため息をつくと、じっと『賢者セニカ』の像を見つめた。

「すまんの、レヴン。ゆっくり見させてあげたいところじゃが、先に用事を済ませておきたいんじゃ」

「あっ、ごめん、おじいちゃん」

「ありがとうな、レヴン。では、行こうか」

 馬を、ゆっくりと進ませた。

 やがて、階段が見えた。階段の横の井戸のそばで会話をしていた女性二人が、こちらに気づいた。ひとりは中年で、もうひとりは若かった。

 まず自分が馬から降り、次にレヴンを降ろした。

 二人で女性たちにむき直り、一礼すると、彼女たちも礼を返した。

「おやおや、旅の方が来るなんて珍しいね。ようこそ、聖地ラムダに」

 中年の女性が言うと、若い方の女性も頷き、口を開いた。

「巡礼の旅でしょうか。そんな小さなお孫さんもご一緒で、さぞやお疲れでしょう。宿は空いていますから、どうぞ旅の疲れを(いや)してください」

「これはどうも御親切に。ですが、巡礼というわけではないのです。ファナード殿はいらっしゃいますかな?」

「長老様ですか?」

「なんと。長老になられておりましたか。いや、あれから何十年も()つのだから、それも当然か」

 女性たちが顔を見合わせ、再びこちらをむいた。

「長老様のお知り合いですか?」

 若い女性の方が言った。なにかを疑うような響きはない。好奇心によるもののようだった。

「昔、この里に来たことがありましてな。その時に頼まれていたことがあったのです」

「そうでしたか。長老様はご自宅にいらっしゃるはずです。ご案内いたしましょうか?」

「いえ、それには及びません。お住まいの場所さえお聞きできれば結構です。大聖堂の横にある建物でよろしかったでしょうか?」

「はい。それに相違ありません」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 礼を言うと、レヴンが続いた。自分だけでなく、女性二人も、微笑ましいものを見るように眼を細めた。

 階段の手前にあった(うまや)に馬を預けると、レヴンの手を握り、再び歩き出した。階段を登る。広場だ。長く滞在したわけではなかったが、記憶とほとんど変わっていない、と思った。

「あっ」

 周りをきょろきょろと見ながら歩いていたレヴンが、声を上げた。立ち止まって、彼に眼をやると、レヴンは進行方向から見て、左の方に視線をむけていた。階段を下りたところに、広場があった。二人の少女が見える。レヴンよりちょっと上ぐらいだろうか。仲良く会話しているようだった。

「レヴン」

「あ、ごめん、おじいちゃん」

「謝らんでいい。むしろ、わしの方が謝らんといかん」

「え?」

 レヴンはまだ、六歳。旅に付き合わせるには早過ぎたのではないか、という自覚はあった。それに、まだまだ遊びたい盛りなのだ。目的地である聖地ラムダには着いた。一年はかかっていないが、それなりの時間はかかった。

 つらい思いをさせてしまった。そんな、自責の念があった。

「おじいちゃん。なんで謝るの?」

「おまえさんを、旅に付き合わせてしまった」

「え?」

 レヴンはキョトンとすると、首を傾げた。

「それで、なんで謝るの?」

「旅は、つらくなかったか?」

「大変だって思ったりはしたけど、つらくなんかなかったよ。おじいちゃんが一緒にいたし、いろんな人に会ったり、いろんなもの見たり、すっごく楽しかった!」

 そう言って、レヴンは満面の笑顔を浮かべた。

 誤魔化しとか、こちらを慰めているような調子ではなかった。六年間、一緒に過ごしてきたのだ。それぐらいはわかる。

「しかし、あの子たちの方を見ておったろう?」

「あ、うん。エマとか、村のみんなは元気にしてるかなあ、とか、また一緒に遊びたいな、とかは思ったけど」

「そうか」

「でも、旅が嫌だったなんてひとっつも思ってないからっ。すっごく楽しかったから!」

「そう、か。ありがとうな、レヴン」

 慌てたように言うレヴンの言葉に笑って返し、頭をなでた。レヴンが、気持ちよさそうに眼を細めた。

「む?」

 視線を感じ、さっき見ていた広場の方を見ると、少女たちがこちらを見ていた。

「おお、気を散らせてしまったか。すまんの」

「ごめんなさい」

 二人で謝り、歩みを再開した。

 大聖堂にむかう階段を昇りきると、右手にある家にむかった。修繕したのだろうか、真新しい建物に見えたが、外観の作りは、記憶にあるものとほぼ同じように思えた。

 扉の前に立ち、(おとな)いを入れた。

 ちょっとだけ待つと、返事のあとに、扉が開いた。

 姿を見せたのは、白髪の混じった髪と髭を蓄えた老人だった。昔、会った男の面影を、感じた。

「ファナード殿、でしょうか?」

「そうですが、どこかでお会いに」

 そこで老人、ファナードがなにかに気づいたように言葉を止めた。眼を見開いている。

「まさか、テオ殿でしょうか?」

「そうです。お久しぶりですな、ファナード殿」

「おお、おお」

 微笑んで言うと、ファナードが感極まったように(からだ)を震わせた。

「何十年ぶりでしょうか。あなたたちに助けられた時のことは、いまでもはっきりと思い出せます。お二人に会えなかったら、私はいま、ここにいなかったことでしょう」

「大袈裟ですよ、ファナード殿」

「そんなことはありません。お二人に助けられなかったらと思うと、いまでも背中が凍えるようです」

 昔、トレジャーハンターとして旅をしていたころ、行き倒れていたファナードを助けたことがあったのだ。その時はテオだけでなく、砂漠の国のとある老医師とともに旅をしていた。当時、ファナードは里の(おさ)ではなく、長の息子という立場だった。

 里の長から、ファナードを助けたお礼として、老医師とそれぞれひとつずつ、里の宝を渡された。

 ひとつは、テオが長年追い求めた『虹色の枝』という物だったが、もっと旅をしていたいという思いから、それは老医師に譲った。テオが貰ったのは、『旅の扉』という各地を移動するための不思議な門を使うことができるようになる、『まほうの石』という物だった。

 いまでこそ落ち着いたが、若いころはその『まほうの石』も使い、世界中を巡ったものだった。

 ファナードが、レヴンに気づいたような仕草を見せた。

「おお、失礼しました。ファナードと申します。テオ殿、こちらはお孫さんですか?」

「はい。義理の、ですが。今日こちらに参ったのは、この子のことで、なのです」

 そこでファナードが、ハッとした表情を浮かべた。テオの眼をじっと見つめてくる。

 頷くと、ファナードが頷き返してきた。

「なるほど。わかりました。お上がりください」

「失礼します」

「しつれいします」

 続けられたレヴンの言葉に、思わず眼を細めた。ファナードも同じだった。

 荷を、部屋の隅に下ろさせて貰い、席につく。茶を出された。礼を言って、ひと口、口に含んだ。喉を通り過ぎる温かな茶に、ほうっとひと息ついた。

「テオ殿は、いまどちらにお住まいなのですか?」

「デルカダール王国の南の山奥にある、イシの村というところです。田舎ですよ。おそらくデルカダール王国の人たちも、こんなところに村があるとは、と思ってしまうぐらいの」

「そうですか。トレジャーハンターは?」

「もう、引退して久しいです。かの老医師も、もうすでに」

「そう、ですか。お互い、年をとったものですね」

「ええ」

 歓談し、どちらともなく言葉を止めた。きょろきょろと家の中を見渡しているレヴンに眼をやる。その視線に気づいたのか、レヴンがこちらを見返し、首を傾げた。

「本題に入りましょう、テオ殿」

「はい。レヴン、左手を出してくれぬか?」

「うん」

 レヴンが頷き、手を差し出した。嵌めてある手袋をはずす。手の甲に、不思議なかたちをした痣があった。

 痣を見たファナードが、ひとつ頷いた。

「これは、確かに」

「ファナード殿が言っていた痣でしょうか?」

「はい。おぼろげな記憶となってしまってはいますが、おそらく間違いないと思います。この子は」

 ファナードが、なにかに気づいたように言葉を止め、扉の方に眼をやった。テオとレヴンも、扉に顔をむける。

「む?」

 扉ではなく、窓に人影があった。さっき広場で見かけた少女たちのようだった。

 ファナードが、ちょっと考えこむ仕草を見せた。少しして、ファナードがテオに顔をむけた。

「テオ殿。彼女たちを入れてもよろしいでしょうか?」

「わしは構いませんが。あの子たちは?」

「村の子供たちです。そしておそらく、その子にも深く関わってくることになるでしょう」

 ファナードがレヴンを見て、言った。

 なにかあるようだ、と理解し、ファナードの言葉に頷いた。

 ファナードが、レヴンにまた手袋を嵌めるように言った。レヴンはちょっとだけ首を傾げたが、言われた通りすぐに手袋を嵌めた。それを確認したファナードが、窓のむこうにいる少女たちにむかって、入ってくるように声をかけた。

 少女たちはちょっと驚いたようだったが、すぐに窓から離れた。

 扉が開いた。二人の少女。二人とも顔立ちがそっくりで、双子だと知れた。

 どちらとも、美しい金色の髪だった。ひとりは三つ編みで、腕にブレスレットを着けており、もうひとりは前髪を上げるようにしてヘアバンドを着け、後ろの髪は真っ直ぐにおろしていた。三つ編みの子は活発そうで、ヘアバンドの子は、どこかのんびりしている雰囲気があった。

「テオ殿。レヴンさ、君」

 ファナードが途中で言い直した。

 レヴン様と言おうとしたのだろうか。そして、思い直した。つまりいまは、レヴンの素性を明かさずにいこうと考えているようだ、と思った。

「ベロニカとセーニャです。さ、挨拶なさい」

 ファナードの言葉のあと、二人がお辞儀をした。

 三つ編みの少女の方から、口を開いた。

「ベロニカです。はじめまして」

「セーニャです。お初にお目にかかります」

「ご丁寧に、どうもありがとう。わしはテオ。この子は、レヴン」

「レヴンです。よろしくおねがいします」

 レヴンの声は、ちょっとだけ緊張しているように思えた。

 三つ編みの少女、ベロニカが朗らかに笑った。

「そう緊張することないわよ。えっと、レヴン?」

「あ、うん。ありがとう。ベロニカ、って呼んでいいのかな?」

「ええ、構わないわよ、レヴン」

「私のことも、セーニャって呼んでください、レヴン様、テオ様」

「様?」

「あ、気にしないで、テオおじいちゃん。この子、誰にでもこうなのよ。丁寧なのはいいけど、堅苦しい気もするわよね」

 そう言って、ベロニカが苦笑した。ちょっと呆れたような言い方ではあったが、それ以上にセーニャに対する(いつく)しみが感じられた。

 ベロニカの言葉に、レヴンが頷いた。

「えっと、じゃあ、よろしく、セーニャ」

「はい。よろしくおねがいします」

 子供たちが笑い合った。

「ところで、ベロニカ、セーニャ、なにか用かな?」

 テオとともに微笑んで子供たちを見ていたファナードが、そう言った。

 子供たちがファナードにむき直った。

「用ってわけでもないんだけど、里の外からあたしたちぐらいの子が来るのってめずらしいな、って思って。それで、よかったら一緒に遊ばないかしらって誘いに来たの」

 ベロニカが言った。

「ふむ。よろしいですかな、テオ殿?」

「ええ、わしは構いません。レヴン、どうじゃ?」

「遊んできていいの、おじいちゃん?」

「おお。あとはわしらだけで済む話じゃからのう。思う存分、遊んでおいで」

「うん!」

「決まりね。じゃ、行きましょ、レヴン」

「うん。いってきます、おじいちゃん」

「怪我しないように気をつけるんじゃぞ」

『はーい』

 三人で一緒に返事をすると、扉を開け、子供たちが駆け出した。レヴンとベロニカに遅れて、セーニャが続くかたちだった。

「いい子たちですな」

「はい。二人とも、ほんとうにやさしく、いい子たちです。姉のベロニカは、おてんばなところはありますが、思いやりのある子で、妹であるセーニャも、多少のんびりとした性格ではありますが、物事の本質を見抜く(さと)い子です」

「それで、先ほど言った、レヴンと深く関わることになる、という言葉は?」

 ファナードが、テオにむき直った。真剣な表情だった。

「『賢者セニカ』のことは、御存じでしょうか?」

「はい。(いにしえ)の勇者ローシュの仲間であり、一説には彼と恋仲だったという賢者ですね」

「ベロニカとセーニャは、そのセニカ様の生まれ変わりと考えております」

「生まれ変わり、ですか?」

「なにを馬鹿な、とお思いかもしれません。いえ、実際にそうであるかどうかは、私にもわかりません。ですが、あの二人には、そう思わせるだけの稀有(けう)な魔法の才能があります」

「確か『賢者』は、『魔法使い』と『僧侶』、異なる二種の魔法を使いこなせると聞いたことがありますが、あの子たちも?」

「いえ、ベロニカは『魔法使い』の、セーニャは『僧侶』の魔法の才に(かたよ)っています。ゆえに我々は、彼女たちを『双賢の姉妹』と呼んでいます。本来、ひとりに宿るはずの『賢者』の才能が、二人に分かたれた。おそらく、これにはなにか意味がある。私はそう思いました」

 ファナードが、さっきその『双賢の姉妹』が出て行った扉を見た。どこか苦いような、切ない表情をしていた。

「先ほどの話の続きですが、これを見ていただけますか、ファナード殿」

 言葉のあとテオは、旅の間、肌身離さず持っていた一枚の手紙を差し出した。

「これは?」

「あの子、レヴンが入っていたゆりかごに、一緒に入れられていた手紙です」

「読ませていただいても?」

「はい」

 ファナードが受け取り、丁寧な手つきで封を解き、手紙を開いた。

「これは」

 一瞬、驚いたように声を洩らすと、ファナードは無言で手紙を読んだ。二、三度ほど読んだようだった。

 ファナードが、顔を上げた。

「この手紙に書かれていることが真実だとすれば、やはりあの子は」

「はい。『勇者』ということになります」

 自分の声が固くなっていることに、テオは気づいた。

 

***

 

 感じたのは、躰をやわらかく受け止めるような感触と、やさしい香りだった。レヴンは、ぼんやりと(まぶた)を開いた。

「――――?」

 女の子が隣で寝ていた。知らない顔。いや違う。ついさっき友だちになった女の子だ。双子の姉妹のひとり。段々と思い出してきた。レヴンより二つほど年上だと聞いたことも、ぼんやりと思い出した。

 顔がそっくりなので、どっちだろうと一瞬思ったが、多分セーニャの方だろうと思った。

 ベロニカとセーニャに誘われ、ほかにもいた里の子供たちも含めて、遊んだのだ。追いかけっこやかくれんぼなど、久しぶりにやった気がした。とても楽しかった。

 そのあと、ベロニカとセーニャの提案で、ラムダの間近にある『静寂の森』というところに行った。中心となる広場には立派な大木があり、二人のお気に入りの場所ということだった。

 そこでも一緒に遊び、ちょっと疲れたので、二人に誘われてお昼寝をすることになった。ベロニカたちのベッドだ。テオとファナードには、ベロニカたちの両親から言っておくので、気にせずにお眠りなさいと言われた。それで、気がつくと寝ていたようだった。

 そこで、紙をめくる音が背中の方から聞こえた気がした。寝返りを打つようにして背後を見る。ベロニカが、椅子に座って机にむかっていた。確かベロニカは、レヴンを真ん中にして、セーニャと挟むように寝ていたはずだった。

「ベロニカ?」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 ベロニカが、ふりむいて言った。ベッドから身を起こすと、首を横に振った。

 ベッドから立ち上がると、ベロニカに近づいた。

「なに読んでるの?」

「呪文の教科書、要はうまく魔法を使えるようになるための本よ」

「魔法?」

「ええ。メラやギラみたいな攻撃魔法や、ホイミみたいな回復呪文の使い方が()ってるの」

「お勉強?」

「そうね」

「誰かに言われて、やってるの?」

「いいえ。やらなきゃいけないって思ってるから、やってるの」

 ベロニカが、どこか誇らしげに笑った。きれいだ、と自然と頭に浮かんだ。

「どうして?」

「ん、なにがかしら?」

「やらなきゃいけないって」

「ああ、そのこと。あたしは、あたしとセーニャは、いつか冒険の旅に出るわ。使命があるの。そのために、いろいろなことを身に着けておかなきゃいけない。そう思うからよ」

「使命?」

「使命って言うのは、しなきゃいけないこと。そして、悪いけどそれは秘密。あまり気軽に言っちゃいけないって言われてるから」

「そうなんだ」

 言って貰えないのはちょっと寂しかったが、ベロニカの顔は真剣で、うつむくことしかできなかった。

「ねえ、レヴン。魔法のことに興味はある?」

 その言葉に、レヴンはパッと顔を上げた。頷く。

「使ってみたい?」

「うん。使ってみたい」

「使命のことは教えられないけど、魔法のことは教えられるわよ?」

「ほんと?」

「ええ。その代わりといってはなんだけど、お願いがあるの」

「お願い?」

「レヴンはここに来るまで、いろんなところに行ったんでしょ。その旅の話を聞かせて欲しいの」

「えっ、でも」

「駄目?」

「駄目じゃないけど、そういう話なら、おじいちゃんの方がいいと思うよ。すっごく面白い冒険の話を聞かせてくれるんだ」

「そうなの。でもいまは、レヴンの話を聞いてみたいわ」

「僕の?」

「うん」

 ベロニカの言葉に、首を傾げた。

「おじいちゃんの話も聞いてみたいって思ってるけど、先にレヴンの話を聞いてみたいの。駄目かしら?」

 ベロニカが、遠慮がちに言った。ベロニカは、押しは強いが、人に無理()いする子ではない。今日会ったばかりではあるが、それぐらいはなんとなくわかる。駄目とレヴンが言えば、きっと大人しく引き下がるだろう。

 だが、彼女の頼みを断るのは嫌だ、と思った。魔法のことを教えて欲しいという思いもある。

「えと、おじいちゃんみたいにうまく喋れないかもしれないけど、いい?」

 ベロニカが、ぱあっと笑顔になった。きれいだ、とまた頭に浮かんだ。

「じゃあ、先に魔法のことを教えましょうか」

「いいの?」

「先にこっちが誠意を見せないとね」

「せいい?」

「本気ですよとか、嘘つくつもりはありませんよって意味よ」

「そうなんだ。ベロニカって、頭いいんだね」

「ふふ、当然よ」

 ベロニカが笑った。得意げな表情ではあるが、照れているようだった。

 それから、魔法のことを教えて貰った。途中から、眼を醒ましたセーニャも加わり、彼女からは主に回復魔法のことを教えて貰った。レヴンも、旅の間、眼にした事、体験した事を話した。テオに比べれば、冒険譚というのもおこがましいものだったが、二人は眼を輝かせてレヴンの話に聞き入ってくれた。とても、楽しいひと時だった。

 二人を最初に見かけた広場で、実際に魔法の練習をさせて貰えることになった。危ないので、もちろん大人が見ているかたちである。話を聞いたテオとファナードも来て、階段に腰を下ろしていた。

「じゃ、魔法の練習をしましょうか」

 ベロニカが言った。両手を拳にして、レヴンは頷いた。

「う、うん。がんばる」

「あまり気負わなくていいわよ、レヴン。別に、すぐできるようにならなくてもいいんだから。それにね、できなくてもいいの」

「できなくても、いいの?」

「いいのよ。人には向き不向きがあるんだから。例えば、あたしは攻撃魔法が使えるけど、セーニャみたいに回復魔法は使えないわ。逆にセーニャは、あたしみたいに攻撃魔法は使えない。でも、それは別に気にすることじゃないわ。ひとりでできないことなら、助け合えばいいんだから」

「助け合う?」

「ええ、そうよ。それでいいって、あたしは思うわ。もし魔法が使えなくても、使える人に劣ってるわけじゃない。使える人よりもちょっとだけできることが少ないだけよ。きっとね」

 ベロニカが、やさしく笑った。不思議と、胸が軽くなった気がした。

「うん。わかった」

「素直でよろしい。ただ、魔法を覚える前に、これだけは憶えておいてね」

 ベロニカが、真剣な顔つきになった。少し気圧(けお)されるものを感じたが、大事なことを言おうとしているのだと、なんとなく感じた。

「まず、攻撃魔法は、たとえ練習であっても気軽に人や動物、植物にむけて撃っちゃ駄目。必ず、こうした練習のための目標にむかって撃つこと」

 立たせてある案山子(かかし)のような物を見て、ベロニカが言った。レヴンも頷く。

「次に、練習でなくとも、人や動物、植物にむけて撃っちゃ駄目。だけど、自分や、身の回りの人が危険に晒されている時は、ためらわずに使うこと」

「人や動物相手でも?」

「ええ。大切なのは、使うべき時と、使っちゃいけない時を見きわめること。よく憶えておいてね」

「うん」

 難しいことを言っていると思ったが、とても大切なことを言っている、とも感じた。決して忘れてはいけない、とても大事なことだ、と思った。

 ベロニカが満足そうに頷いた。

「大丈夫そうね、レヴンなら」

「え?」

「そんなに真剣な顔で聞いてくれるんだもの。レヴンなら、きっと大丈夫って思ったの」

 笑顔とともに言われ、なんとなく照れくさくなった。うん、と小さく頷いた。

 ベロニカからアドバイスを貰い、何度か試したところで、ふっと、なにかが躰の奥から湧き上がってくるような感覚があった。

 メラ、と口を動かすと、指先に小さな火が(とも)った。

 自分でも驚いたが、ベロニカやセーニャだけでなく、周りの大人たちも驚いていた。

「すごいわね、レヴン。こんなに早くコツを掴めるとか思ってなかったわ」

「そ、そう?」

「はい、すごいですわ、レヴン様。次は、ホイミを試してみませんか?」

「うん」

 今度は、セーニャからアドバイスを受け、回復魔法を使えるか試した。さっきのメラより手間取ったが、何度か試していると、不意になにか温かな感覚を覚えた。

 ホイミ、と唱えると、手にやわらかな光が生まれた。ホイミの光のようだった。

 周りの人たちが、また驚いた。

「びっくりしたわ。魔法使いと僧侶、どっちの魔法も使えるのね」

 ベロニカが言った。なぜか、声が固かった気がした。

「ベロニカ」

「どうしたの、レヴン?」

「なんか、まずかった?」

「え、そんなことないわよ。どうして?」

「なんとなく、だけど」

 ベロニカが、空を見上げた。レヴンもつられて、空を見上げた。きれいな青空だった。

 はあ、とベロニカが息をついた。

 ベロニカに顔をむけると、彼女が頭を下げた。

「ごめんね、レヴン。あたし、さっきあんなこと言っておいて、レヴンのこと羨ましがっちゃったのかも」

「羨ましい?」

「『魔法使い』と『僧侶』、両方の魔法を使えることによ」

 ベロニカを傷つけてしまったのだろうか。そう思うと、なんだか悲しくなった。

「レヴン」

「っ?」

 名前を呼ばれ、ベロニカに抱き締められた。そのまま頭を撫でられる。

「あなたはなにも悪いことなんかしてない。これは、あたしの問題。だから、気にすることないわ」

「でも」

「ありがと。アンタは、やさしい子ね」

 そう言って、ベロニカが躰を離した。

 ベロニカが、にかっと笑った。明るい笑顔だった。

「あたしは『魔法使い』の魔法しか使えないけど、それについては誰にも負けないぐらいの、『大魔法使い』になってみせるわ。もちろん、アンタにもね。だから、アンタにその気があればだけど、しっかり練習なさい。あたしに気を遣うことなんてないわ」

 不思議な眩しさを感じた。負けられない、と思った。

「うん。がんばる!」

「その意気よ。それじゃ、もうちょっと練習しましょうか?」

「うん!」

 そのあと、三人で魔法の練習をした。ベロニカとセーニャの魔法も見た。ベロニカは、レヴンのことをすごいと言ってくれたが、レヴンからすると、二人の魔法の方がすごいと思った。なにがどうとは言えないが、二人の魔法は、レヴンとはなにかが違うような気がしたのだ。

 レヴンよりも長く練習してるからね、と彼女たちは言ったが、多分、レヴンが同じぐらい練習しても、彼女たちのような魔法はできないのではないだろうか、とも思った。そう思いながらも、二人に負けないぐらいの魔法を使えるように、頑張って練習しよう、と思った。

 

***

 

 窓から見える、秋の月を(さかな)に、(さかずき)を交わす。もうじき冬になるこの時期の月は、綺麗に、くっきりと見えた。

 テオもファナードも、それほど酒を(たしな)むわけではないが、旧知の仲との再会の夜である。こんな夜くらいは、()むのも悪くない。テオはそう思った。

 レヴンは、ベロニカとセーニャの家に泊まっている。テオは、里の宿に泊まるつもりだった。

「不思議なものですな、テオ殿」

「なにがですかな?」

「あの子たちのことです。昼間の、あの子たちの様子を見て、この子たちなら、きっと大丈夫だと思えたのです」

「そうですな。わしも、不思議とそう思えました」

 あの子たちを見ていて、不思議と眩しいものを感じた。この子たちなら、『運命』などというものに負けたりしない。そう思えたのだ。

 レヴンは、血の繋がりこそなくとも、テオにとって大事な孫だ。ファナードもまた、ベロニカとセーニャのことをほんとうの孫のように思っている。そんな子たちを、使命などという曖昧なもので、過酷な運命に送り出していいのか。そう思っていた。

 望もうと望むまいと、それはやって来る。ならば、それに立ちむかうための(すべ)と知恵を教え、導くのが、自分たち老人の役割なのだろう。そんなふうに思い直したのだ。

「ファナード殿、お聞きしたいことがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「老いた身で長旅をしてしまったもので、躰がくたびれてしまいまして。躰が治るまで、こちらに滞在させていただきたいのですが、宿はとれますかな?」

「心配はありません。この聖地ラムダに来る旅人は、そう多くありませんのでな。一年でも二年でも、好きなだけ居てくださるといい」

「ありがとうございます。ですが、冬が明けるまで、と考えております。わしはその間、あの子たちに冒険の話を語って聞かせましょう。あの子たちなら、そこから旅に必要な心得を感じ取ってくれるはずです」

 ファナードが、こちらを見て頷いた。

「では私は、レヴン様、いえレヴン君にも魔法の話や、古の勇者たちの話を語りましょう」

「はい。それと、体術を少し仕込んでおこうかと思っております」

「体術、ですか?」

「旅に出ると、荒事に巻きこまれるのは少なくありません。魔物だけではなく、人との(いさか)いもあります。そういった事態を身ひとつで凌ぐための技術です。躰の動かし方と言ってもいい。魔法や武器が使えない状況で(つか)う、もしもの備えです」

「なるほど。ベロニカとセーニャにも?」

「望むならば、ですが。もっとも、あの子たちはまだ幼い。無理強いする気はありません」

「わかりました。言っておきましょう。ですが、おそらく、あの子たちは進んで身に着けようとするでしょう。学べるものを学ぶ。それが必要だと理解しています。いえ、理解してしまっている」

 ファナードが、少し逡巡するような仕草を見せた。

「ベロニカとセーニャですが、実はあの夫婦の子ではありません」

「なんですと?」

 ベロニカ、セーニャと一緒にレヴンが昼寝していることを伝えに来てくれた、仲睦まじそうな夫婦を思い出しながら、テオはファナードに顔をむけた。

「あの夫婦は、子宝に恵まれませんでした。それがある時、『静寂の森』の広場にある大木の根もとで、二人の赤ん坊を見つけたのです」

「それが、ベロニカとセーニャですか。『賢者セニカ』の生まれ変わりというのも」

「魔法の才に加え、そんな特殊な出自ゆえに、というのがあります。あの森に、里の人間以外の者がわざわざ来て、子供を捨てていくのは考えづらい」

 なるほど、とテオは頷いた。

「しかし、頼んだ私がこう言うのもなんではありますが、憶えていてくださったのですね、テオ殿」

「正直に申しますと、あの子を拾った時、あの手の痣を見てふと思い出したのです。それまで、とんと忘れておりました」

「無理もありますまい。あれだけ昔のことでしたからな」

 昔、この里から立ち去る時に、ファナードから頼まれていたことがあったのだ。もし、左手に不思議なかたちの痣がある人を見つけたら、連れてきて欲しい、と。

 ファナードには不思議な力があるらしく、眠っている間に、命の大樹から神託を授かるのだという。『夢見』と言うらしい。ファナードがそれで見たのは、左手の甲に痣のある、不思議な雰囲気を持つ若者の姿だったそうだ。

 しかし、その後も旅は続けたものの、そんな痣のある者は、ひとりも見なかった。

 年をとり、旅に出ることもなくなり、イシの村で余生を過ごしていた。ファナードの言葉は、思い出すこともほとんどなくなっていた。

 そんなある日、テオがイシの村の近くにある、『イシの大滝』のあたりで釣りをしていると、赤ん坊が入ったゆりかごが、川上からどんぶらこと流れて来た。その前日まで、すさまじい嵐があったというのに、ゆりかごはイシの大滝まで無事に流れ着いた。川が氾濫(はんらん)し、沈んでもおかしくなかっただろうに、無事だったのだ。

 ゆりかごに入っていた手紙は、その赤ん坊の実の母親からのものだった。そこには、その子の()(じょう)も書かれてあった。

 レヴンという名前。ユグノアの王子。大いなる闇を打ち払う者、勇者。そして、我が子への謝罪の言葉。ユグノアとイシの村は、非常に遠い。なにか不思議な力が、あの子を守ったのかもしれない。そんなふうに思ったものだった。

「ユグノアが魔物に襲われたのは、勇者が悪魔の子で、その悪魔の子が魔物を呼んで襲わせたからだ、と言われています」

「行商人から聞いたことはあります。ふざけた話です」

「はい。レヴンと一緒に暮らしている我々がこうして無事でいる以上、それがどれだけでたらめなものか、よくわかります。ですが、問題はそこではありません。問題は、この話を広めたのが、デルカダールだということです」

「あの手紙には、レヴン君が立派に成長したら、新交国であるデルカダールの王を頼れ、と書かれておりましたが」

「はい。しかし話を聞いてみると、勇者が悪魔の子だと言いはじめたのは、デルカダール王その人だという話なのです。それも、ユグノアより戻った直後からだと」

 ファナードが、ぴくりと眉をひそめた。

「『ユグノアの悲劇』と呼ばれるユグノア王国滅亡の日、各国の王が集っていたという話があり、そこにデルカダール王の娘である王女もいたらしいのです。ですが、それから彼女の行方はようとして知れず。そのために勇者を悪魔の子として憎んでいるという考え方はできますが、彼女の捜索自体には、そこまで力が入っていなかったという話もあります。早々に捜索を緩めたという話すらあります」

「なにか、引っかかりますな」

 ファナードの言葉に頷いた。

 実の娘が行方不明になり、その原因と思えば、その対応も不思議ではないかもしれないが、なぜ早々に捜索の手を緩めたのか。遺体も見つかっていないという話だ。

 王として私情を挟まないということなら、理解できなくもない。だが、それならなぜ、勇者は悪魔の子だ、などという悪評を広めたのだろうか。どこか(いびつ)な気がした。

「デルカダール王は、名君と名高き方だったそうです。それが、ユグノアから戻ってからは、(まつりごと)に対してどこか無関心になったと言う者もいます。スラムがちょっとずつ大きくなっていると。奥方に続けて娘までいなくなったのだから、それも無理はないだろうと言う者もいますが、その場合、それほどまでに愛しているはずの娘の捜索に力を入れていない、ということになる」

「ううむ」

 ファナードが唸った。

 ひねた眼で見れば、いくらでも悪く見えることだと言われれば、確かにその通りだ。だが、それは裏を返せば、それだけ不可解なことだと言えることでもある。

 ファナードの盃に、酒を足した。

「いずれにせよ、外から見ているだけではわからないことです。これらの話も、行商人などから聞いた話に過ぎません」

「真実は、奥深いところにある、ということですか」

「それもおそらく、うかつに手を出せないところにある。そんな感じがします」

 そこで、会話は終わった。

 翌日、しばらくの間、この里に滞在するとレヴンに告げた。

 イシの村のことは気になったようだったが、テオの躰の調子と、冬の旅の厳しさを告げると、素直に頷いてくれた。それとは別に、ベロニカやセーニャともっと一緒に遊べるということは、嬉しいようだった。

 ファナードに言った通り、冒険の話を語って聞かせた。時に、体術の稽古もした。注意を払い、怪我をさせないように気をつけてはいたが、危険なことには変わりない。それでも子供たちは、(おじ)()づくことなく、成長していった。

 ファナードも、魔法や古の勇者の話を語り聞かせていた。テオの冒険譚とはまた違った(おもむき)のあるその話に、子供たちはやはり眼を輝かせていた。

 冬が明けきるちょっと前、寒さが緩んだころ、レヴン、ベロニカ、セーニャを連れて、(ふもと)にある美しき雪の(みやこ)、『クレイモラン王国』に行った。危険かもしれないとは思ったが、ベロニカとセーニャに、旅というものを肌で感じて欲しかったのだ。ファナードも、ベロニカとセーニャの両親も、苦しそうに顔をゆがめながらも、それに賛成した。

 ベロニカもセーニャも、大変そうではあったが楽しそうだった。レヴンもそうだった。野営の時、寒さに三人は身を寄せ合った。時に、テオは三人を抱き寄せた。そんな時も、冒険の話を語って聞かせた。

 つらいか、苦しいか、と(ざん)()するような気持ちで訊いたこともあった。つらい思いをさせてすまないと、心の中で謝罪した。しかし三人は、平気だ、と言ってきた。

 みんながいるから、つらくも苦しくもないと、楽しいと、三人は笑顔だった。胸の奥から熱いものがこみあげてきて、目頭が熱くなった。

 魔物は、避けて進んだ。魔物と闘うのが目的の旅ではないのだ。闘わなくていいのなら、闘う必要もない。無駄に消耗することもない。時には聖水も使い、魔物を寄せ付けないようにした。

 クレイモランには無事に着いたが、そこでちょっとしたトラブルがあった。街中で、眼を離した拍子に、セーニャがはぐれたのだ。

 焦りながらも、慌ててはならないと、自分に言い聞かせるようにして、レヴンとベロニカを(さと)した。心配なればこそ、冷静に判断し、動かなくてはならない。宿屋でセーニャのことを訊き、もしこちらに来たら、知らせて欲しいと伝え、街に出た。

 セーニャは、すぐに見つかった。教会にいたのだ。ただ、気になることに、いつも身に着けていたヘアバンドがなくなっていた。

 もともとベロニカが身に着けていたヘアバンドだったらしく、ブレスレットは逆にセーニャが着けていたという。二人で交換したという話だ。

 とても大事な物だと聞いているが、セーニャは詳しくはなにも言わなかった。ただ、渡したい人がいたのだとだけ言った。

 深く追求はせず、数日クレイモランの宿に滞在し、ラムダに戻った。

 冬が明け、聖地ラムダを去る時が来た。

 

 

 木の根もとに座りこみ、じっと地面を見続ける。そこに、なにがあるというわけでもない。ただ、見続けていた。ベロニカたちと一緒によく遊んだ、静寂の森にある大木の下で、ただじっとしていた。

「レヴン」

 声をかけられ、顔を上げた。ベロニカだった。息を切らし、心配そうな顔をしていた。

 そのことに罪悪感を覚えながらも、再びレヴンはうつむいた。

「テオおじいちゃんが捜してたわよ。村に帰るって」

「帰りたくない」

 言葉が、口を()いて出ていた。

「帰りたくないって」

「もっとここにいたい。ベロニカたちと一緒にいたい」

 言っては駄目だと、頭でわかっていながら、口は勝手に動いていた。

 こんなことを言ったら、怒られてしまう。そう頭に浮かびながらも、レヴンは立てた膝の間に頭を埋めた。

 ふう、とベロニカが息をついた。近づいてくる気配があった。怒られる。

 ベロニカの手が、レヴンの頭に触れた。ビクッと躰が震えた。

 ぎゅっと、ベロニカがレヴンの頭を抱き締めた。

「ベロニカ?」

「うん。あたしも、レヴンともっと一緒にいたいわ。でもね、レヴンとおじいちゃんを待っている人だっているんでしょ?」

 その言葉に、なにも言えなかった。わかっている。それでも、ベロニカと一緒にいたいという思いは、不思議とどうしようもなく強かった。

 ベロニカが、躰を離した。顔を上げる。ベロニカが、レヴンの眼をじっと見つめてきた。

 クスッ、とベロニカが笑った。

「じゃあ、こういうのはどう?」

「え?」

「前に話したでしょ。あたしとセーニャは、いつか旅に出るって」

「うん」

「それでね、アンタも旅に出るの」

「僕も?」

「ええ。それで、いつか旅先で出逢ったら、一緒に旅をしましょ」

「出逢ったら?」

「そう。どこで落ち合うとかは決めずに、それぞれ別々に旅に出るの。それで、どこかで出逢えたら、それから一緒に旅をするの。そんなふうにまた出逢えたら、なんだか素敵だと思わない?」

 これこそ運命の再会ってやつよ、とベロニカが微笑んだ。

「まあ、アンタに旅に出る気があるならって話だけどね」

「出る!」

「ほんとに?」

「うん!」

「こんなところで(うずくま)って泣いていて?」

「泣いてないよ!」

「でも泣きそうだったじゃない」

「そんなこと」

 レヴンの言葉を遮るように、ベロニカが急にレヴンを抱き締めた。泣いてない、ともう一度言おうとしたところで、ベロニカの躰が震えていることに気づいた。不意に、肩になにかが当たった気がした。冷たいような、熱いような、不思議な水滴が当たった気がした。

 ベロニカの涙だ、と頭に浮かんだ。ベロニカも別れたくないのだ、と感じた。涙を見せないのは、レヴンが別れづらくなると思っているからではないかと、ふっと思った。

 ベロニカに気を遣わせてしまっていた。それが、ひどく情けないことのように思えた。

 男が、女の子を泣かせてはいけない。そう、強く思った。ベロニカを抱き返す。レヴンも視界が(にじ)み、涙が出そうになったが、頑張って(こら)えた。

「ベロニカ。約束する。僕も、いつか旅に出る。ベロニカもセーニャも守れるくらい強くなって、旅をする」

 レヴンを抱き締めた腕の力が、ちょっとだけ強くなった。レヴンも、ちょっとだけ腕に力をこめた。

「だから、いつかまた逢ったら、それからずっと一緒に、旅をしよう?」

「うん。約束よ」

 ベロニカの声は震えていた。なにも言わず、ただ抱き締め合った。

 躰の震えが収まったあと、ベロニカが身を離した。もう泣いてはいなかったが、涙の(あと)があった。

 ベロニカが、三つ編みを解いた。二房ともだ。金色の髪が(なび)く。いつもとは少し違うベロニカの雰囲気に、頭がぼーっとなった。綺麗だ、と自然と思った。

 髪を結ぶのに使っていたリボンを、ベロニカが差し出した。

「よければだけど、貰ってくれないかしら。役に立つものじゃないけど」

 頷き、ふるふると首を横に振ると、受け取った。役に立つ、立たないではない。ベロニカの気持ちが、嬉しかった。

「ありがとう。大事にするね」

「邪魔だったら、捨てちゃってもいいから」

「そんなことしないよ。でも、二本ともいいの?」

「ええ。あたしとセーニャ、二人分ってことでね」

「うん。わかった」

 二人で笑い合った。二人で立ち上がったところで、遠くから声が聞こえてきた。

「お姉様ーっ、レヴン様ーっ!」

 セーニャが、こっちにむかって駆けてきた。

 二人でキョトンとしていると、セーニャがレヴンとベロニカに抱き着いてきた。そのまま押し倒される。

「レヴン様っ、私たちのこと、忘れないでくださいねっ。それで、またどこかで逢って、一緒に遊んで、お菓子を食べて、それから、それから」

「ああ、もうっ。落ち着きなさい、セーニャ!」

「だって、だって!」

 セーニャの顔にも、涙の痕があった。ふうっと息をついたベロニカが微笑み、セーニャの頭をなでた。

 セーニャが顔をくしゃくしゃにゆがめて泣き出した。レヴンは微笑むと、ベロニカと一緒にセーニャの頭をなでた。

 

***

 

 木と、むかい合った。辺りはもう暗くなっている。

 イシの村の、井戸の横にあるこの立派な木には、緑色の、木の根っこのようなものが巻きついていて、不思議な力を感じさせた。

「じいちゃん。ついに明日だよ」

 木に語りかける。祖父の墓は別にあり、ここに眠っているわけではない。それでも、この木に語りかけたかった。

 祖父は、数年前に他界した。穏やかな最期だった。おまえのじいじで幸せだったと、やさしく言ってくれた。

 祖父が亡くなった日の夜、感情のままに、この木を殴り続けた。木は、ただそこに佇んでいた。悲しみや嘆き、言葉にできない思いも、木はすべてを受け止めてくれた気がした。

 それから、生前の祖父と話していた時のように、この木に語りかけるようになった。時折、祖父の笑い声が聞こえたような感覚を覚えることもあった。

 明日は、イシの村に伝わる『成人の儀式』の日。明日、ついに十六歳になる。

 成人の儀式を終えたら、旅に出る。そう決めていた。祖父とも話したことだった。

 旅に出るために、鍛練を積み続けた。

 幼き日、少女たちと誓った魔法もそうだし、剣などの武器の遣い方も修めた。時々、村の近くに出てくる魔物を討伐することもあった。それなりの腕にはなったと思っている。

 あの里を出る時に彼女から貰った、二本のリボンを取り出した。

 もう、彼女たちは旅の空の下だろうか。そう思いながら、遠く、彼方(かなた)にある、空に浮かぶ命の大樹がある方向に顔をむけた。

 焦りはしない。きっと、いつか出逢える。不思議とそう思えた。

「テオじいちゃん。見守って、いや、見ていて欲しい。僕の、僕たちの冒険を」

 そう語りかけると、レヴンは(きびす)を返した。

 こんなに興奮して眠れるかな、と苦笑しながら、レヴンは(いえ)()についた。

 




 
主ベロの長編とか読んでみたい。ない。書く。
主人公名の『レヴン』は、『イレブン』→『イレヴン』or『レブン』→『レヴン』というもじりです。『レヴァン』というのも考えたけど、どこぞのニュータイプのお坊さんが思い浮かぶのでやめ。

本作での年齢は、双子がレヴンの二つ上、カミュが三、四ほど上と考えています。

『遥かなる旅路』とか書いてますが、ドラクエⅡは特別関係ありません。



タグ追加と補足。
『タグが定まらないのは不安』という旨の指摘を受け、考えてみれば確かにそう思われてもおかしくないことだったと思い至りました。
今後の展開でほぼ確定しているタグです。

R-15:イチャつきます。
残酷な描写:戦闘関連です。グロ系は私が苦手なのでグロすぎるのをやる気はありません。
カップル系のタグ:一対一の純愛のみです。はずずことはありません。お相手以外とちょっといい雰囲気になることはあっても、ハーレムの類(相手が二人以上)になることは絶対にありません。もしもやったら竹刀に背中から飛びこんで自害する所存です。
 
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