青空だった。風は穏やかなもので心地良く、高台から見下ろした草原はどこまでも広がっている。
この草原を愛馬リタリフォンとともに駆けたら、どれだけ気持ちいいことだろうか。そう思いながらも、眼下の草原から、南の方に広がる森まで、グレイグはじっと眼を凝らして見張っていた。
昨日、デルカダール神殿が魔物の群れに襲われた。報告を受けたのは明け方のことで、神殿を守っていた兵士たちは危うく全滅するところだったが、そこに現れた勇者レヴンと青髪の男に助けられたとのことだった。青髪の男というのは、レヴンとともに脱獄した、盗賊カミュだろう。レッドオーブを一度盗み出し、グレイグによって捕らえられた、凄腕の盗賊だ。
レッドオーブは二人に奪われてしまったそうだが、百体はいたという魔物の軍勢を相手に、誰ひとり死者を出さずに済んだのは、素直に喜ぶべきことだった。
「どこに行ったのでしょうな、彼らは」
言ったのは、グレイグの副官だった。グレイグ同様、視線を眼下の草原から森に至るまで、ゆっくり動かしている。
デルカダール神殿を守っていた兵士たちの報告のあと、レヴンたちの足取りは途絶えている。神殿の近辺からデルカダール城にむかう街道付近の警戒は強めているが、発見したという報告はいまだ届いていない。
デルカダール領から出る場合、デルカコスタ港から船で海に出るか、ナプガーナ密林の西の橋からソルティアナ海岸にむかうか、その二つが主な手段だ。それ以外の方法でほかの地域に行くのは、いわゆる日の当たる道を歩けない者たちであり、そういった者たちが採る手段が、デルカダール城付近の川や山を越えて北にあるユグノア地方に行くか、このデルカコスタ近辺の森の木で船を造って海に出るといった手段である。
山は非常に険しく、川は渡るには流れが速いうえに深いため、そううまくいかないし、船を造って海に出る手段も、しっかりとした設備と技術がなければ、海を越えることなどそうそうできるものではない。だが、手段として考えられなくはないのだ。警戒しておくに越したことはないというのが、グレイグとホメロスの間で一致した意見であり、グレイグたちがここを監視している理由だった。ホメロスは、イシの村の者たちをデルカダール城の方に連行し、そのまま城周辺の警戒に努めている。
脱獄したレヴンを捕縛するため、グレイグが自ら出ることをデルカダール王に願い出た時、王からあることを命じられた。
レヴンは、必ず生け捕りにすること。そして、不必要な犠牲者を出さないこと。そう命じられた。
憎むべきは、悪魔の子レヴンである。いや、ひょっとしたらレヴンもまた、その身に宿る『悪魔の子』の力によって不幸な目に遭った被害者なのかもしれん。それらを明らかにするためにも、レヴンは必ず生きたまま捕らえよ。デルカダール王からは、そう厳命された。
イシの村を焼くというのも、グレイグとほぼ同じ考えからだった。
悪魔の子に対して、思うところがないとは言わぬ。見せしめという意味合いもある。だが、それ以上に、『悪魔の子』を育てた村に対し、なにもしなければ、
レヴンを、死なせずに済むかもしれない。グレイグはそんなことを思った。
王の命を受けると、
レヴンが城から脱獄したと知ったホメロスは、イシの村の場所をまず確認したのち、レヴンが村に戻ったのを確認するか、あるいは最長で二日間待機したあと、村に侵攻すると言った。
デルカダールから南下した先にある山の麓で洞窟を見つけ、斥候を何人か放った。
斥候から、洞窟を抜けた先で、東西南、それぞれにむかう三本の分岐路があり、南に行ったところで村を発見した、との報告が入った。西はナプガーナ密林らしきところに、東は大きな滝に繋がっているとのことだった。
見張りは洞窟の出口付近に身を隠させ、部隊は洞窟に入る手前で待機することとなった。
二日を待つことなく、二頭の馬に騎乗した二人の人間が、村の方へむかうのを確認したとの報告が入った。遠眼鏡で監視していた見張りによると、例の黒馬に、サラサラヘアーの男が乗っていたという。まず間違いなく、レヴンだろう。
速やかに部隊をまとめると、洞窟に入り、村の方にむかった。なぜか隠密に移動せず、むしろこちらの動きを察知させるのが目的のように、堂々とした行軍だった。ホメロスから、その行動の意図は説明されなかったが、デルカダール最高の、いや世界でも五指に入る軍師である彼のことだ。グレイグには及びもつかない考えがあるのだろう。そう思った。
村からは、緊張が感じられた。グレイグたちが近づいているのは、やはり察知していたのだろう。村の入口からすぐのところにあった広場に、村の者たちが集まっていた。
村長のダンという老人が代表し、何者なのか、なんの用かと尋ねてきた。
勇者、災いを齎す悪魔の子、レヴンを捕らえにきた。やつがこの村に戻ってきたのはわかっている。悪魔の子を差し出せ。やつを庇い立てすると言うのであれば、悪魔の子を育てた邪教の徒として処刑する。違うというのであれば、貴様らの手でその潔白を証明せよ。貴様らの手でやつを捕らえ、我らに差し出すというのであれば、村に手出しはせぬと約束してやろう。
ひとり進み出たホメロスがそう言い放ち、村の者たちが動揺した様子を見せた。
なにを言っているのだ、とグレイグは思った。ホメロスの口から出た言葉だとは、とても思えなかった。なぜ、村の者たちに、レヴンを裏切るような真似をさせるのか。そもそもこんなことをするのなら、ホメロスの本隊とは別に、グレイグを含む少数の部隊を隠密に移動させ、急襲をかけてレヴンだけ捕らえるかたちでもよかったはずではないのか。なぜ、わざわざこんな、不必要に悪辣な手を使うのだ。ホメロスは、なにを考えているのだ。
思考が乱れ、自分はなにをすべきなのだと思ったところで、頭にスカーフを巻いたひとりの娘が進み出た。
お断りします。娘は、毅然とした態度で、そう答えた。足を震わせながらも、娘ははっきりとそう言った。
勇者は、レヴンは悪魔の子などではないと、大いなる闇を打ち払う者だと、彼を裏切ることなどできないと、娘は言った。
娘の姿に勇気を貰ったのか、ほかの村人たちが、そうだ、と声を上げた。
その様子にホメロスは、さも残念そうなふうにため息をついたあと、殺気を放った。本気のものだと、グレイグは感じた。
その殺気にあてられたのか、村人たちの声が止まった。皆が皆、息が詰まったような様子で顔を真っ青にし、足を震わせていた。例の娘も顔を蒼白にし、足だけでなく全身を震わせ、やがて耐え切れなくなったように尻餅をついた。それでも、娘はホメロスから目を逸らさなかった。歯を食いしばり、真っ直ぐにホメロスを睨みつけていた。
ひとりの男が、娘を庇うようにして前に立ち、剣を抜いた。グレイグは、思わず眼を見張った。個の武力で言えばホメロスは、デルカダールでグレイグに次ぐ実力を持っている。ホメロスの放った殺気を受けながらも前に出ることができる者は、デルカダールの兵士でもそうはいない。
男も、こわくないわけではないのだろう。足が震えていた。それでも、眼の光は、強いものだった。屈してたまるものかという気概が感じられた。
ホメロスの殺気がさらに膨れ上がり、グレイグは思わず、待てと声を上げていた。
ホメロスにどんな考えがあるのかはわからないが、止めなければならないとグレイグは思った。
剣を抜こうとしたホメロスの前に出ると、グレイグは村人たちにむき直り、勧告を行なった。
我々は、レヴンの捕縛を命じられている。勇者、悪魔の子の真実を解き明かすためにも、やつは捕らえなければならないのだ。不必要に犠牲者を出さないようにとも言われている。村は焼かなければならないが、おまえたちの命を奪う気はない。だが、あくまでも抵抗するというのなら、こちらもそれなりの対応をしなければならなくなる。それはレヴンも望むまい。
グレイグがそう言うと、村人たちがうろたえた。
逡巡した様子を見せていた村長が、南にある神の岩のあたりから、樹海の方に逃げるように言った、と搾り出すようにして答えた。どこから樹海に下りたのかはわからないし、レヴンからも、ここからどこに行くのかはまったく聞いていない。そう言われた。
ホメロスはちょっと考えこんだあと、その言葉に頷き、自らの連れてきた兵とともに、村長が言う神の岩とやらがある方にむかった。
グレイグは、村人たちを縛り上げておくように言われた。念のため、探せるところは探しておいてくれ。村人たちと話し、なにかしら情報を引き出しておければ、なお良い、とも。
先ほど殺気を放ったのが嘘だったかのように、ホメロスはあっさりとしていた。
言われた通り、村人たちを縛り上げ、村の中を見て回った。なんてことのない、普通の村だった。村人たちは皆、ここで平和に暮らしていたのだろう。
その村を、いまから自分は焼き払うのだ。
何人かの村人と話をしたが、村長が言った以上の情報は出てこなかった。命を助けて貰ったかたちになるグレイグには申し訳ないが、レヴンを裏切りたくはない。苦しそうに、そう言われることもあった。
暗くなりはじめたところで、ホメロスたちが戻ってきた。痕跡は周到に消されていて、見つけられなかったらしい。村を焼き払ったあと、速やかに撤収すると言われた。やはり、あっさりしたものだった。
見張りは置かないのかと聞くと、レヴンの捕縛が我々の任務だ、と返された。
ここに見張りを置くと、やつは樹海から出て来ないか、もしくは別のところから樹海を出ようとするかもしれん。樹海の魔物はかなり強力なようだし、下手をすればそこで死ぬ可能性もある。そこから出て貰うために、あえて撤収するのだ。そう説明された。
村から村人たちを追い出すと、グレイグは部下とともに村を焼いた。容赦はしなかった。いまは、心を鬼にしなければならない時なのだと思い定め、徹底的に焼いた。
暗くなっていたが、洞窟を抜けるあたりまで、その日のうちに移動した。一部の兵は、ナプガーナ密林の方に行かせた。見張りもそうだが、西の橋の修理に人員を派遣する話があったのだ。レヴンの逃げ道を作るわけにはいかないため、すぐに修理することはできないが、資材は揃えておいた方がいいだろう。
野営の最中、グレイグと二人きりになったホメロスは、よくあのタイミングで止めてくれた、と笑いながら言ってきた。止めてくれなかったら、ほんとうに何人か殺すしかないところだった、とも言われた。
村人たちには悪いと思ったが、村人たち、ひいてはレヴンがどんな人間なのか、見極めなければならないと思ったものでな、試してみたのだ。村人たちがどんな反応をするかをな。しかし、レヴンはほんとうに悪魔の子なのだろうか。村人たちが、自分たちの身を省みず庇うような男だ。陛下の御言葉を疑うわけではないが、これはやはり、勇者の謎を解明せねばなるまいな。
ホメロスのその言葉に頷いたあと、グレイグは頭を下げた。
怪訝そうなホメロスに、俺はおまえを疑ってしまったのだと告げると、ホメロスは得心がいったように笑った。
ホメロスが殺気を放った時、王からの命を蔑ろにするのかと、村人たちを本気で殺すつもりなのかと、グレイグは疑ってしまったのだ。
敵を
敵わないな、とグレイグは思った。
武勇の鷲、知略の鷲と並び称されているが、ホメロスの知があるからこそ、グレイグの武はほんとうに輝く場を得られるのだ。
竹馬の友であり、切磋琢磨する好敵手であり、グレイグにとっての目標。グレイグの進む道を照らしてくれる光。それが、ホメロスという男だった。
翌朝、城にむけ出発し、途中で別れた。
ホメロスはそのまま城に戻って城近辺の警戒に努め、グレイグはデルカコスタ港より東の草原、森林地帯を警戒することとなった。森に兵を重点的に配置し、グレイグは高台の上から見張るのがいいだろうとホメロスからは言われた。
旅立ちの祠とやらが気になったが、ホメロスからは、あまり気にすることはないだろう、と言われた。誰も扉が開いているところを見たことがない、古い遺跡だ。レヴンが来た時に都合よく開くわけもなかろう。それに、デルカダール領のほぼ全域に兵を配置しているため、人員に余裕がないのだ。徒に兵を置くことはできん。そう言われた。
森の木で船を造られることを防ぐために、大半の兵を森に置き、広い範囲を見張れ、かつ即座に動けるようグレイグを高台に配置するというホメロスの案は確かに最善なはずなのだが、なにか釈然としなかった。イシの村に侵攻した時にも思ったが、なんとなくホメロスらしくない指示に思える。なんというか、わざわざ大きな穴を作っているように感じるのだ。わざと隙を作って罠にかけるという策ならわかるが、これでは、隙を作っているだけではないだろうか。
そう思いはしたが、人員の余裕がないのは確かだったため、ホメロスの案に沿って兵を配置した。我らがしっかりと見張ればいいだけだ。そう思いながらも、旅立ちの祠のことがなぜか頭から離れなかった。
旅立ちの祠。誰が旅立ったというのか。不意に、そんなことが気になった。
勇者は悪魔の子だと言われてから、人々の間で語られることはなくなったが、グレイグが幼いころは、勇者にまつわる御伽噺はよく聞かされたものだった。そして、外部の情報がほとんど入ってこなかったというイシの村には、そのまま語り継がれてきた。
世界が闇に包まれ、生きとし生けるものが滅びに瀕した時、どこからともなく現れた勇者によって、闇は払われ、世界は救われた。
勇者は、どこから現れたのか。
勇者は、どこから旅立ったというのか。
旅立ちの祠がある方に眼をむける。距離があるため、さすがに肉眼では見えない。
「将軍!」
遠眼鏡を使おうとしたところで、ひとりの兵が声を上げた。弾かれたように彼の方に顔をむける。
見ると、西の方を指差していた。視線をその先にむける。一定の間隔で、狼煙が上げられているのが見えた。信号だ。
旅立ちの祠にむかえ。そんな指示が読み取れた。
「全員、騎乗」
グレイグは声を上げてリタリフォンに跳び乗ると、真っ先に高台を駆け下りた。
***
草原を東に駆け、頃合いを見て南下し、およそ一日。そろそろ日が暮れはじめるころだが、旅立ちの祠は、まだ見えてこない。
「そろそろ着くはずだ」
隣を駆けるカミュが言い、レヴンは頷いた。
デルカダール神殿でレッドオーブを奪取したあと、旅立ちの祠を目指して東に進んだ。森の中を進んでいき、森が切れるところからは、暗くなってから移動した。
デルカコスタ港の東、旅立ちの祠がある草原、森林地帯に繋がる
岩場に人はいなかった。ただ、魔物の数が妙に少なく感じた。ここを通った何者かにやられたのかもしれない。
夜中になるあたりで岩場の出口付近に達し、そこからカミュが単独で偵察にむかった。ちょっとでも眠って躰を休めておくようにという、カミュの配慮だった。
ベロニカのことはいまだ頭から離れず、胸騒ぎはまだ続いていたが、ここで躰を休ませなければ、カミュの気遣いが無駄になると自分に言い聞かせ、じっと躰を休めた。ただ、眼を閉じ、眠りにつくまで、祈りだけは続けた。ベロニカ、セーニャ、イシの村のみんなの無事を祈り続けた。
いつの間にか眠っていたところを、戻ってきたカミュに起こされ、話を聞いた。
予想通り、デルカダール軍がいた。南の森付近と、北の高台付近から、危険なものを感じたという。ただ、その間にあるといえる草原は、そこまで危険な感じはしなかったらしい。おそらく、森の木で船を作られることを警戒しているのではないかとのことだった。
兵は無限にいるわけではない。このあたり一帯を完璧に警備するのは不可能だ。穴は必ずある、とカミュが言い、レヴンも頷いた。
罠の可能性はある。あえて隙を作り、そこに誘いこむといった手だ。それでも、行くしかない。カミュの勘を信じるのみだ。
どちらかにグレイグがいる気がするとカミュが言い、イシの村のみんなの安否を確かめたいという衝動に駆られたが、それは押し
高台からの監視に見つからないよう、見通しの利かない夜の内に移動することにした。警戒網を抜けるまで、騎乗はしない。
カミュが見つけていた、比較的警戒の薄い場所に行き、慎重に、しかし可能な限り急いでそこを抜けた。痕跡を消している余裕はない。発見されないのを祈るだけだ。
デルカダール兵たちの警備が薄くなったと感じ、そこからさらに進んだところで騎乗すると、一気に駆けた。
明るくなりはじめたあたりで、海が見えた。デルカダール兵の姿はなく、気配も感じられなかったため、一旦休むことにした。危険がないとは言えないが、雷刃たちを全力で駆けさせてきたのだ。休ませなければ、二頭が潰れる。
二頭を休ませている時間を使い、カミュが偵察に行った。レヴンは、勇者の書を読んでおくことにした。料理などをして、下手に痕跡を残すわけにはいかないし、火を使ったらそれだけ発見される可能性が高くなる。鍛錬についても、動きのあることをすれば、やはり見つかる可能性が高くなる。これが一番、安全かつ有意義だろう。
勇者の遣っていた剣技や魔法だけでなく、仲間と力を合わせて行使する、連携技なども載っていた。いくつかは、カミュと遣えそうだと思った。頃合いを見て話しておこうか。そんなことを思いながらも読み進めていると、やがてカミュが戻ってきた。近くにデルカダール兵の気配は感じられなかったらしい。
携行食を口にし、雷刃たちの脚が充分に休まったと感じたところで、再び出発した。
途中、偵察のために二度ほど小休止をとったが、兵の姿は見えず、かすかに感じられる気配も遠かった。森の方ばかり警戒しているらしい。
どこか、不気味なものを感じた。都合がよすぎはしないだろうか。誘導されているような感じすら覚えたが、ほかに道はない。ここまで来たら、突き進むしかない。
「レヴンッ」
カミュが声を上げた。頷く。前方、遠くの方に、一定の間隔で煙が上がっているのが見えた。狼煙。
兵士たちが、待ち構えていた。数は、十四、五人といったところだろうか。なんとなくだが、待ち伏せというより、たまたまこちらを見つけたような感じを受けた。進行方向を塞ぐ歩兵の大半は弩を構えており、両翼に騎兵が二騎。弩を構えていない者は、魔法使いだろうか。
「僕が先行する」
「わかった」
「投降しろ、悪魔の子!」
弩を構えている兵士のひとりが、声を上げた。
「それはできません!」
「わざわざ答えなくてもよくねえか?」
迂回してかわすと、うしろから攻撃されることになる。ここで一度痛撃を与えておくべきだ。
兵士たちとの距離が、間近に迫った。兵士たちが弩を構え、魔法使いらしき兵士が手を掲げ、騎兵が駆け出そうとする気配を見せた。
「デイン!」
彼らが動く直前、兵士たちの目の前に稲妻を落とす。一瞬、兵士たちが硬直した。疾駆する意思をこめ、馬体を挟む腿に力をこめた。隊列を組んだ兵士たちの真中を突っ切るように、雷刃が駆けた。雷のように、刃のように、駆ける。
算を乱した兵士たちを置き去りにするようにして、駆け抜けた。
「待っ、ぐっ!?」
「メラ、がっ!?
兵士たちが悲鳴を上げた。レヴンのうしろに続くカミュが、
「一気に駆け抜けよう」
「おう、っ」
「っ、この気配は」
「レヴン!!」
背筋を悪寒が走り、聞き覚えのある声が、遠く背後から聞こえた。反射的にふりむく。
遠くの方から、見覚えのある黒い鎧を纏った騎兵が、こちらに駆けてくるのが見えた。
グレイグ。鎧を着けた黒い馬に乗っている。彼の馬だろうか。とんでもない速さだ。雷刃に勝るとも劣らないと感じた。
距離はまだあるが、少しずつ詰められている。疾風が、詰められている。
「デイン!」
グレイグの脚を止めるため、彼の進行方向に稲妻を落とすが、黒馬の脚は一瞬も緩まない。続けて何度か放つが、見切られているのか、わずかに進行方向を逸らされるなどといった程度で避けられている。カミュも飛礫を放つが、わずかな動きで避けられている。疾風に乗ったままでは、グレイグに有効なほどの精確さで撃つことができないのだろう。むしろ、こちらの馬足が鈍り、距離を詰められているようだった。
グレイグが、弩を抜いた。さっき兵士たちが使っていた物よりも、軽くひと回りは大きい物だった。
弩が、レヴンの方にむけられた。
矢が放たれたと思った次の瞬間、疾風が転倒していた。馬から投げ出されたカミュが受身をとる。疾風の尻に、矢が刺さっていた。レヴンを庇うため、カミュが矢の前に出たのだと、気づいた。
「レヴンッ、オレを置いて逃げ」
「聞く気はない!」
叫ぶようにして言うカミュの言葉を遮り、馬首を返して彼の元にむかう。グレイグが接近するのが先か、レヴンがカミュを引き上げて旅立ちの祠に到達するのが先か。グレイグとはまだ距離があるが、レヴンがカミュを引き上げている間に詰められかねない距離だ。
手加減をして凌げる相手ではない。全力で闘ったとしても、いまのレヴンの実力では、勝てない。カミュと二人でかかっても勝てるかどうかわからない。そもそも、ほかの兵士たちが追いついてきたら、まず間違いなく終わりだ。
勝ちたいと、超えたいと思う。だがいまは、逃げるべき時だ。イシの村のみんなを助けるためにも、レヴンを助けてくれるカミュのためにも、ベロニカとの約束を果たすためにも、やるべきことを見誤ってはならない。
グレイグが、わずかに馬足を緩めた。レヴンがカミュを引き上げる瞬間に、一気に近づくつもりと見た。だが、手に持っているのは、弩だ。こちらの魔法を警戒しているのだろう。魔法を撃つ気配を見せれば、即座に撃たれる。
ならば、と馬体を挟んだ脚に力をこめ、意思を伝える。雷刃が、頷いた気がした。
カミュに近づき、速度を緩める気配を見せ、雷刃が加速した。
「なに!?」
グレイグの動きが
「海波斬!!」
空中で剣を抜き、そのまま振り抜いた。
身を
咄嗟に盾にしたのだろう、手にしていた弩が壊れていた。レヴンの狙い通りである。手加減したわけでも、弩を狙ったわけでもない。ただ、グレイグなら防ぐと信じていた。
グレイグが、受身をとった。
「レヴン!」
カミュの声が聞こえた。雷刃に乗ったカミュが近づいて来る。速度をわずかに緩めながら、カミュが手を伸ばした。
「カミュ!」
カミュの手をとり、雷刃に跳び乗った。旅立ちの祠にむかって疾駆する。
ふりむくと、グレイグのうしろから来ていた騎兵たちが、愕然とした様子を見せていた。
「グ、グレイグ将軍!?」
「ま、まさかグレイグ将軍が!?」
「うろたえるなっ、追え!!」
グレイグの一喝にハッとした兵士たちが、再び追ってくる。グレイグもまた、再び黒馬に騎乗していた。
旅立ちの祠は、もう目と鼻の先と言っていい。だが扉は閉まっている。『まほうの石』であの扉を開けられるはずなのだが、グレイグたちが来る前に開けられるか。
「っ!?」
腰の袋が、光りはじめた。袋に手を突っこみ、迷いなくそれを掴む。袋から『まほうの石』を取り出し、掲げた。
『まほうの石』から、ひと筋の光が放たれた。
光が、旅立ちの祠に当たった。扉が開いていく。扉の先に、青いなにかが見えた。泉のように見える。あれが、旅の泉。
うしろから矢が放たれてくるが、それらを置き去りにするかのごとき速さで、雷刃が駆ける。
祠に突っこみ、そのまま泉に飛びこんだ。
浮遊感にも似た奇妙な感覚を覚え、少ししてそれが消えた。気がつくと、石造りの小さな建物の中にいた。閉まっている扉が見える。雷刃も、いつの間にか足を停めていた。ふと首筋に風を感じ、手をやると、フードとして使っていた布がなくなっていた。逃げている途中で落ちたのかもしれない。
二人とも雷刃から下り、扉に近づく。外に人の気配はない。扉を押してみると、石で出来ているとは思えないほど軽く開いた。『まほうの石』を持っているおかげだろうか。
扉の外は、荒野だった。
「どうやら、無事に逃げ切れたみてえだな。助かったぜ、レヴン」
「こっちこそ、ありがとう。だけど、カミュ。疾風のことは」
なにかを言おうとして、レヴンは言葉を止めた。カミュは、静かに首を横に振っていた。
「なにも言うな、レヴン」
静かなカミュの声に、レヴンはただ、ゆっくりと頷いた。
してやられたな。
目前で閉まった祠の扉を前にグレイグは、そう思いながらも声を上げて笑いそうになった。レヴンの首から落ちた布切れを拾い上げる。
捕縛しなければならないということで、攻撃に多少のためらいがあったのは事実だが、それでも逃げられるとは思っていなかったし、まさか自分が一撃貰うことになるとは思わなかった。手にしていたのが剣だったら迎撃できただろうが、おそらくその場合は、魔法による攻撃でこちらの動きを阻害していただろう。
いずれにせよ、見事な判断と、すさまじい速さの斬撃だった。
「海波斬、と言っていたか」
不意を衝かれたとはいえ、よく反応できたものだと自分で感心するほどの剣速だった。防げたのは
祠の扉に手をかけ、押してみるが、びくともしない。ほかの兵士たちも一緒になって押すが、やはり扉は微動だにしない。なにか仕掛けでもないかとあちこち調べている者もいるが、開く気配はなかった。
勇者の旅立ちの邪魔はさせない。なんとなく、そう言われた気がした。
「グレイグ将軍!」
後続の騎兵が追いついてきて、下馬した。そのうちの二人が、グレイグの前で頭を下げた。レヴンの足止めに先行した隊の者だ。
「申し訳ありません。足止めすらできぬとは、情けない限りです」
「いや、やつらが我々の想定の上を行ったというだけの話だ。あまり気にし過ぎるな。負傷者は?」
「飛礫で軽傷を負った者はおりますが、その程度のものです。稲妻も、直撃した者は誰もいません」
「そうか」
まったく、大したやつらだ。グレイグは心の内で軽く称賛すると、帰還の
「惑わされるな」
大変長らくお待たせしました。さらには次回ヒロイン合流と予告していながらこの切り方。申し訳ありません。
合流まで書きはしたのですが、同じ話にして通して読むといろいろとギャップがあったため、予告を裏切るかたちにはなりますが変更することにさせていただきました。次の話は、今週中に投稿したいと思っております。
今回の逃走劇の場所、原作だとあっという間に祠までたどり着いてるけど、ゲーム中のフィールドで見ると結構広い気がするので、本作ではこんな感じに。というかあのフィールドであっという間に着くの見ると「この世界かなり狭くね!?」って気持ちになる。
皆様、よいお年を。