異聞 ドラゴンクエストⅪ ~遥かなる旅路~   作:シュイダー

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Level:14 大樹への道

 荒野の迷宮の牢にあった遺骨の数は、相当なものだった。

 原型を留めているものだけでも二十以上はあったが、欠損が大きかったり、判別が難しいぐらい粉々になったものなどを合わせると、その比ではなかった。

 せめて弔おうと遺骨を回収しようと思ったが、これだけの数となると、すべて回収するのは難しい。いまは諦めるしかないだろうか、と思ったところで、ベロニカが大きな袋を渡してきた。

 人間や動物、魔物以外なら大抵の物を入れられ、なにを入れても重くなることはないという、ラムダに古くから伝わる魔法の道具袋だとのことだった。

 なんでも、賢者セニカと魔法使いウラノスの手によって作られたと言われている物らしく、いまのベロニカがすっぽりと入りそうなぐらいの大きさのものがひとつと、ベロニカの帽子ぐらいの大きさのものが四つあった。

 旅の荷物がないと、いろいろな意味で怪しまれかねないため、天幕などの野営道具は馬に積んでいたそうだが、それ以外のものはそれらの袋に入れていたらしい。

 小さい袋の方は、ベロニカとセーニャでそれぞれひと袋ずつ私物入れに使っていたそうで、セーニャが竪琴を入れていたのもその袋らしい。彼女がどこから竪琴を取り出したのか気になってはいたが、それを聞いて合点がいった。

 小さい袋の方は内臓量に限界があるが、大きな袋にはそれがないらしい。ひょっとしたらあるかもしれないが、確認はできていないとのことだった。それほどまでに多くの物を入れられるそうだ。

 中に入れた物を取り出す場合も、取り出したい物を頭に思い浮かべて袋の口に手を入れることでそれが手もとに現れるため、探す手間もかからないという至れり尽くせりの道具だった。

 大きな袋に、回収が可能な遺骨をすべて入れると、ルコの父親である男性、ルパスとともに迷宮を脱出した。カミュが、ルパスの名前に聞き覚えのあるような反応を見せていたが、殊更になにか言うことはなかった。

 脱出には、リレミトという魔法を使った。洞窟や迷宮で発動すると、瞬時にそこの入口へ転移できるという呪文である。

 外に出ると、すでに夜になっていた。

 遺骨の埋葬場所をどうするか、ちょっと話が出たが、ホムラの里の人に事情を説明して、共同墓地に埋葬させて貰えるように頼んでみようということになった。

 放してあった雷刃たちを呼ぶと、ベロニカのルーラでホムラの里に翔んだ。

 里の門は閉まっていたが、衛兵に事情を話し、なんとか門を開けて貰うことができた。

 レヴンはまず、カミュに宿を取りに行ってくれるよう頼み、ベロニカとセーニャには、ルパスとルコの再会を見届けて貰うため、酒場に行ってくれるよう頼んだ。レヴンは、厩に雷刃たちを預け、手入れすることにした。

 厩で雷刃が、じっとこちらを見つめ、耳をちょっとだけ動かした。レヴンがベロニカとセーニャに再会できたのを、喜んでくれているように感じた。

 ほどなくしてベロニカとセーニャが戻り、ちょっとだけ遅れてカミュが戻ってきた。宿は問題なく取れたらしく、ルパスとルコも、無事に再会できたとのことだった。特にルコは、数日ぶりに父親と再会できたためだろう、人目も憚らず泣き出しながら、ベロニカたちにお礼を言ってくれたそうだ。

 ベロニカ、セーニャ、カミュも馬の手入れに加わり、速やかに終えると、酒場にむかった。

 ルコたちに、改めてお礼を言われた。

 みんなで一緒に食事を摂り、宿にむかうと、詳しい話は明日にして、今日のところは躰を休めることにした。

 そして、夜が明けた。

 

***

 

 作られたばかりの墓の前で、神父が祈りを捧げ、レヴンたちも同じく祈りを捧げた。

 墓は、デンダ一味による犠牲者たちの墓だ。祈りを捧げているのはレヴン、カミュ、ベロニカ、セーニャだけでなく、ホムラの里の役人である男もいた。

 ホムラの里の共同墓地を使わせて貰えないかと、ヤヤクという里長のもとに頼みに行き、御付の人に事情を説明したところ、里の役人の立会いの下、埋葬が許されることとなった。

 最初は、胡乱なものを見るようにしていた役人だったが、レヴンたちが取り出したいくつもの遺骨を見て、神妙なものへと態度が変わっていった。

 お祈りが終わり、神父がこちらにむき直った。

「皆様、ありがとうございました。あなたたちのおかげで、彼らも安らかに眠れることでしょう」

「里の者を代表して、私からも御礼を言わせていただきます。まさか、里の近辺にそのような魔物たちが棲息していたとは」

「まったく気づかなかった?」

 カミュが言うと、役人が申し訳なさそうに頷いた。

「はい。以前は、ヒノノギ火山に巣食う人食い火竜の犠牲となる者もいましたが、人食い火竜は少し前に、ヤヤク様とその息子である剣士ハリマ様によって討伐されています。ハリマ様は、その闘いで命を落とされてしまいましたが」

 役人が、悲しそうに眼を伏せた。

 剣士ハリマは、人食い火竜と相討ちになるかたちで亡くなったらしい。里で最も実力のある二人、ヤヤクとハリマのみで討伐にむかい、ヤヤクだけが帰ってきたという。そのヤヤクも無傷とは言えず、左足に大きな傷を負ったそうだ。

 気丈に振る舞っても、息子を失った悲しみからだろう、ヤヤクはあまり笑わなくなったらしい。それでも彼女は、里長の務めを果たそうと働き続けているという。

 役人が(かぶり)を振り、眼を開いた。

「すみません。それで、話の続きですが、ほかにこの里における魔物の被害というと、鉱石などを採掘に行った者が運悪く魔物に襲われるといった程度で、行方不明となった者などはいませんでした」

「旅人ばかりを狙っていたんでしょうね。それも多分、魔力の強い人を重点的に」

 言ったのは、ベロニカだった。

「街道の警備なんかは、どうなってますか?」

「万全とは言い難いですね。里には、街道の警備に回せるほどの人員がいないのです。ただ、月に何度か来るサマディーからの隊商は、サマディーの兵士や傭兵など、それなりに腕の立つ者たちが護衛に就いていることもあって、比較的安全に行き来しています。しかし隊商とは別に来る者も中にはいますので」

「そういうことか」

 その隊商とは別に来る人たちの何割かが、おそらく攫われていたのだろう。

 ベロニカを里で襲ったのは、彼女の強さを警戒して、里の人間を人質として遣うためだったのかもしれない。実際、事故のような恰好ではあったが、ルパスがそう遣われたのだ。

「ヤヤク様に、里と街道の警備強化を提案してみようと思います。里はともかく、街道は難しいかもしれませんが、そのような魔物がまた現れないとも限りませんし」

「お願いします」

 レヴンが言うと、役人がゆっくりと頷き、去っていった。

「それでは、私もお(いとま)させていただきます」

「神父様。ありがとうございました」

「いえいえ。神に仕える者として、当然のことです。これからあなたたちがどこに行くのかは存じませんが、あなたたちに神の御加護があらんことを」

 セーニャの言葉に神父が微笑んでそう言うと、彼も去っていった。

「さて、これからどうする、レヴン?」

「まずは宿に戻って、今後のことについて話をしよう」

「そうね」

「はい」

 宿に戻り、レヴンとカミュが泊まった部屋に全員で集まると、まず周囲の気配を探り、誰もいないことを確認した。部屋の中央でむかい合う。

 なにから話すべきか、誰から話して貰うべきか。

 ちょっと考えると、レヴンはベロニカに視線をむけた。

 ベロニカが、うん、とひとつ頷いた。

「それじゃ、説明させてもらうわね。簡単に言うと、勇者を命の大樹に導くこと。それがあたしたちの使命」

「命の大樹に?」

「大いなる闇。邪悪の神が天より現れし時、光の紋章を授かりし大樹の申し子が降臨す。憶えてらっしゃいますか、レヴン様?」

「確か、ラムダに伝わる神話の一説だよね?」

「ええ。その紋章の力で邪悪の神を倒し、世界を救ったと言われる古の勇者の伝説」

 ベロニカが、レヴンの左手の痣を、視線で差した。

「レヴンは、テオおじいちゃんから、勇者のことについてなにか聞いてる?」

「直接は、なにも聞いてない。手紙で、僕が勇者の生まれ変わりだってことは知らされているけど、それぐらいだよ。じいちゃんも、それ以上のことは知らないみたいだったけど」

 そう、とベロニカは頷いた。

「邪悪の神は倒されたはずなのに、なぜ勇者が生を受けたのか。それは、あたしたちにもわからない。その真実を突き止めるためにも、勇者を命の大樹へ導かねばならない」

「命の大樹に行けば、すべての謎が明らかになるのか?」

 カミュが、真剣な顔で言った。

「すべての謎が明らかになるかどうか、それは正直なところわからないわ」

「おいおい」

「けど、勇者と(ゆかり)の深い命の大樹なら、必ずなにかがわかる。それは断言していいと思う」

「ふ、ん。微妙に頼りない話だが、当てもなく彷徨うよりはずっとマシだな。じゃあ、さっさとそこに行こうぜ」

「そうしたいところだけど、そうもいかないのよ」

「あ?」

「命の大樹は空に浮かんでるのよ。簡単には行けないわ」

「かつて邪悪の神と闘った勇者様は、空を渡り、大樹から使命を授かったと言われていますが、その記録も時の流れに埋もれているんです」

「つまり、あんたらにもわからねえってことかい?」

「お恥ずかしながら」

 セーニャが言い、全員で呻いた。

「命の大樹ねえ。ん?」

 カミュが、なにかに思い当たったような声を洩らした。

 視線が、カミュに集まる。

「確実とは言えねえが、なにかわかるかもしれねえぜ」

「まあっ、ほんとうですかっ?」

「ああ。昨日助けたルコの親父だがな、確か、あのおっさん、有名な情報屋だ。命の大樹について、なにか知ってるかもしれねえ」

「昨日、ルパスさんの名前を聞いた時、どこかで聞いたようなって言ってたのって」

「ああ、それのことだ」

 レヴンの言葉に、カミュが頷いた。

 部屋を出て、宿の主人のところにむかう。

 ルパスの行方を訊いてみると、酒場にむかったという答えが返ってきた。

 朝食と言うには遅く、昼食には早過ぎる時間帯である。

「まさかとは思うが、あのおっさん、昼間っから飲んでんのか?」

 カミュが、呆れたように言った。

 宿を出て、酒場にむかう。酒場は、すでに開いていた。

 扉を開け、中に入る。カウンター席に、目的の人物である中年の男性、ルパスと、彼の娘であるルコの姿があった。

「ねえ、パパ、もう帰ろうよ。お店の人に迷惑だよ」

「あと一杯だけだから。あー、やっぱ、命拾いしたあとの一杯は、美味えよなあ」

「よう、おっさん。ご機嫌じゃねえか」

 カミュが、ルパスに近づいて言った。

 ルパスが驚いたように彼の方を見ると、カミュがルパスの隣の席に着いた。レヴンたちも、その隣の席に並んで座る。

 各々が店主に飲み物を頼むと、カミュがルパスにむき直った。

「オレさ、思い出したんだ。生まれつきの不幸を逆手にとって、厄介事に巻きこまれちゃあ、そいつをネタに商売してるっていう情報屋の話をな。あんたのことだろ、情報屋のルパス。違うかい?」

 カミュの言葉に、ルパスがちょっとだけ眉を動かし、ニヤッと笑った。

「バレちまったらしょうがねえ。そうさ。道を歩けばネタの方から寄ってくる天才情報屋ルパスたあ、俺のことよ」

「訊きたいことがあるんだが、いいかい?」

「俺の知ってることなら、なんでも話してやるよ。あんたたちは命の恩人だからな。それで、なにが聞きたい?」

「命の大樹について。命の大樹に結びつくことなら、どんな情報でもいい」

「ほう、命の大樹とはまた、デカいターゲットだな。いいだろう、とっておきのネタを教えてやる。ホムラに来る前、南西の砂漠のド真ん中で、俺とルコは不幸にも熱中症になり、死を覚悟した」

 芝居がかったような口調で、ルパスが喋りはじめた。

「朦朧とする意識、自由の利かない躰。天才情報屋、砂漠の真ん中で死す。そんな言葉が頭をよぎった時、砂漠の大国サマディーの兵士が運よく通りがかってくれてな、俺たちを城に運んで介抱してくれたんだ。そして意識を取り戻した俺は、城の中で不思議な物を見た。キラキラと七色に輝く、不思議な枝をな。俺の目に狂いはねえ。あれこそが命の大樹、の枝だと思うぜ」

 ルパスの言葉に、カミュを除く三人で、ハッとなった。

「七色に輝く枝って、まさか」

「昔、テオおじいちゃんが話してくれた『虹色の枝』かしら?」

「確か、テオおじい様と一緒に長老様をお助けしたお医者様は、砂漠の国の方だと話してらっしゃいましたね。その方が持っていた物でしょうか」

「かもしれないわね。七色に輝く枝なんて、そうそうあるものじゃないし。ずっと輝き続けているってことは、大樹の力が残っていると考えていいかしら」

「ひょっとしたら、『大樹の導き』が受けられるかもしれない。行ってみる価値はあるね」

 レヴンの言葉に、ベロニカとセーニャが頷いた。

「ほかに情報はあるかい?」

「命の大樹のこととなると、これぐらいしか話せることはねえな」

「噂とかは?」

「噂程度ならいろいろ聞くが、御伽噺の類ばっかりさ。情報屋として話すものはねえ。それでも聞きたいってんなら、クレイモランにでも行ってみたらどうだい。クレイモラン地方のどこかにあるっていう古代図書館になら、命の大樹に書かれた本もあるかもしれないぜ?」

「クレイモラン」

 カミュの顔が、一瞬だけ曇った気がした。

「古代図書館か。名前は聞いたことがあるが」

「名前の通り、遥か昔から存在するっていう伝説の図書館だな。命の大樹に書かれた本があるかどうかは、俺にはわからねえがよ」

「わかった。ありがとよ」

 カミュが、懐から小さな袋を取り出した。銭の入った袋のようだ。

「情報料だ。ルコにいいものでも食わせてやれ」

「おう。それじゃ、遠慮なく貰うぜ」

 ルパスが袋を懐に収めたところで、店主が飲み物を出した。

 早々に飲み終えると、代金を支払い、酒場をあとにした。

「虹色の枝か。さっき、おまえら、なにか知ってるみてえな反応してたが」

「以前、テオじいちゃんがファナードさんを助けて、まほうの石を貰ったっていう話はしたよね。その時、砂漠の国の老医師と一緒に旅をしていて、テオじいちゃんはまほうの石を、老医師は虹色の枝を貰ったって話なんだ」

「そういうことか。その医者が持ってたやつなのかね」

「それはわからないけど、手がかりには違いないわ」

「はい。旅の準備を終えたら、出発いたしましょう」

「うん」

 ベロニカとセーニャが、改まった様子でレヴンにむき直った。

『レヴン様。これから先、長い旅になると思いますが、私たち姉妹を、どうかよろしくお願いいたします』

「こちらこそ。たくさん世話をかけると思うけど、よろしくお願いします」

 深々とお辞儀し合うと、ベロニカがレヴンに近づいた。

「準備の前に、一度宿に戻りましょ。あんたに、伝授しておきたいものがあるの」

「伝授?」

「ええ。ルーラをね」

『は?』

 ベロニカの言葉に、レヴンとカミュは顔を見合わせた。

「ベロニカ。ルーラってのは、そんな簡単に伝授できるもんなのか?」

「魔法の伝授自体は、そう難しいものじゃないわ。使えるかどうかは本人の資質次第だけど、レヴンなら多分使えると思うわ」

「ルーラか。一度行った場所なら、大抵の場所に行けるんだよね?」

「いくつか条件があるけどね。まずは、行った記憶のある場所で、街や村みたいにイメージしやすくて、魔物の気配があまり濃くない場所。そういった意味で、洞窟や迷宮なんかはちょっと難しいの」

「なるほど。あとは?」

「景色を思い浮かべる必要があるから、記憶の薄れている場所なんかは翔べない可能性があるわ。レヴンだったら、イシの村には翔べるだろうけど、ラムダには翔べない可能性が高いわね」

「ルーラを覚える前に行った場所にも翔べるのか?」

「ええ」

「そうか。レヴン、ちょっと行っておきたいところがあるんだが」

「行っておきたいところ?」

「宿で話す。行こうぜ」

 カミュの言葉に首を傾げながらも、レヴンたちは宿にむかった。

 

***

 

 厳戒態勢が解かれたことで、城下町の空気がだいぶもとに戻ったように感じた。

 それでも、『悪魔の子』が現れる前に比べると、警備はかなり物々しく思える。スラムから城下町の方に行くにも、賄賂の通じそうにない兵士が多くなり、ひと苦労だった。

「じゃあ、カミュちゃんたちはデルカダール軍から逃げ切ったわけだね?」

「少なくとも、グレイグ将軍が率いる部隊が帰って来たのは確かみたいよー。それから牢に誰かが入れられたっていう話は、いまのところないねー」

 アマンダの問いに、デクがいつも通り間延びした口調で答えた。

 富裕層にあるデクの店の一室で、商売の話とともにカミュたちの話をしたところ、彼らがデルカダール軍から逃げ切ったらしいという情報を聞かされたのだ。

 デクは、デルカダールの貴族や城の者とも商売をしており、ちょっとした世間話としてさまざまな情報を仕入れてくる。アマンダも、商売の話をするとともに、そういった情報をデクから仕入れるようにしていた。

 数日前、『悪魔の子』を育てたという村の者たちが連行され、牢に入れられたとの噂が流れた。そしてつい先日、『悪魔の子』を捕らえるために部隊を率いて出陣したグレイグ将軍が戻ってきたそうだ。

 それから街の警備は緩くなったが、『悪魔の子』がどうなったのか、いまのところなんの報せもなかった。

「捕らえることなく殺した可能性は?」

「糧食とか、いろいろと手配する空気があるみたいなのよー。遠征する部隊があるみたいなんだけど、かなり大規模なものらしくて。つい最近まで、そんな予定はなかったはずだから無関係とは思えないし、デルカダール国外に逃げられたんじゃないかなー」

 デクは、少々間の抜けたところはあるが、商人としての才覚はかなりのものだ。情報の真偽を見抜く眼力があることに加え、緩い雰囲気が警戒心を解くのか、相手の口を緩めてしまう。そのちょっとした情報から物や金、人の動きを見極める分析力は、才能としか言いようがないものだった。

 レッドオーブの保管場所を特定したのも、その才によるものだった。

 デクの分析力と、カミュの盗賊としての腕を合わせれば、盗み出せない物はない。そう思わせるほどのものがあった。事実、デルカダールの国宝であるレッドオーブを一度は盗み出したのだ。不運だったのは、グレイグがいたことか。

「にしても、村をひとつ焼くとか、王様はなにを考えてるんだか」

「連行されてきた、イシって村の人たちだけど、いまのところ酷いことはされてないって話よー。『悪魔の子』を捕らえ、すべてが明らかになるまで、村人たちの処罰はお待ちくださいってグレイグ将軍が願い出たとか。王様も、それを聞き届けたみたいねー」

「ますますわからないねえ」

「王様の対応が?」

「ああ。村を焼いておいて、人はただ牢に閉じこめておくだけ。人質として遣うつもりなのかねえ?」

「人質として遣うつもりだったら、もうとっくに遣ってるんじゃないかなー。人質を使うのは体面的にもよくないだろうし、反発する人も結構いると思うよー」

「反発?」

 デクの言葉に、アマンダは首を傾げた。

「どういう意味だい?」

「『勇者』ってなんなんだろう、『勇者』っていうのはほんとうに『悪魔の子』なんだろうか、って思う人がちょっとずつ増えてるみたい。命を助けて貰った兵士、ひとりや二人じゃきかないぐらいいるみたいよー」

「お人好しだねえ、あの子は」

 苦笑する。ゴーディから、レヴンが一度捕まった経緯を聞いてはいたが、ほんとうにお人好しだと思う。ただそれは、心配になる部分ではあるが、好ましい部分であると思える。

「特に若い兵士は、レヴンさんに同情的になってるみたい。古参の兵士たちは、王様の味方が多いみたいだけど」

「娘を失ったってことを考えれば、わからなくもないからねえ」

 デルカダール王、モーゼフ・デルカダール三世は、稀代の帝王と呼ばれるほどの名君だった。民草に対して、時に優しく、時に厳しく、父親のように接するその姿は、まるで古の聖王のようだと評されるほどだった。

 戦士としての技量もかなりのもので、若いころは陣頭に立って魔物と闘っていたほどだ。軍略も見事なものだったそうだが、ただ自分の考えに囚われることもなく、他者の意見も柔軟に取り入れる器、見識の広さも持っていたという。

 (まつりごと)も、素晴らしいものだった。皆が皆、情熱を持って、国をよくしようと一丸になる。そんな治世だった。

 いまは、そうではない。

 十六年前の『ユグノアの悲劇』から、彼は民の方を見なくなったように感じるのだ。それを証明するように貧富の差がちょっとずつ広がり、やがてスラムができた。そのスラムは、いまも少しずつ大きくなっている。

 デルカダールという国がいますぐに滅びるような悪政ではないだろうが、国が大きく発展するような善政ではないのも、確かだった。

 娘を失った悲しみが彼をそんなふうにしたのだと思えば、デルカダール王と同様に大切なものを失った人たちが、彼に味方するのは当然だ。『悪魔の子』を憎むのもしょうがないと考える人も少なくないだろう。レヴンと会うまでは、アマンダもそう思っていた。

 レヴンの人となりを知ってしまうと、それをしょうがないことだとは、思えなくなった。

 彼は、強く優しい、しかし普通の青年だった。彼に救われた人たちもいる。『悪魔の子』などと言われるようなことは、なにひとつしていないではないか。そう声を上げたくなる。

 しかし、アマンダにできることなどなにもない。アマンダは貧民で、スラムのことで精一杯なのだ。

 罪悪感を覚えながらも、アマンダはそう自分に言い聞かせることしかできなかった。

 

 デクの店から出ると、スラムへの帰途についた。段々暗くなるころだった。

「っ?」

 富裕層の階段を降りたところで、奇妙な二人組が目に入った。緑色を基調にした服を着た年若い娘と、赤を基調とした服を着て帽子を被った幼い少女の二人組だ。こちらの方に歩いてくる。

 二人とも綺麗な金髪で顔立ちが似ていることから親子かと思ったが、それにしては娘の雰囲気が若すぎる気がする。年の離れた姉妹といったところだろうか。

 奇妙に感じたのは、歩き方だった。腕の立つ戦士のような、隙のない歩き方のように感じるのだ。娘の方はともかく、あんな幼い少女に、あのような歩き方ができるものなのだろうか。

 アマンダ自身は腕が立つわけではないが、闘いや荒事に携わる者を見る目は、それなりにあると思っている。そういった者たちの中でも、腕の立つ人間に共通する特有の空気を、二人は持っている気がした。

 それとなく二人を視界に収めながら、自然な調子で歩き続ける。

 二人と擦れ違う瞬間、少女の方が、視線を送ってきた気がした。娘の方は、のんびりとしたものだった。

 特にお互いなにかを言うことなく、そのまま擦れ違った。

 スラムに繋がる門が見えたところで、アマンダはふうっと息をついた。

 何者なのだろうか。そう考えたあと、余計な詮索はするべきではない、と思い直す。藪を突いて蛇を出すこともあり得るのだ。

 このあたりでは見ない顔だった。旅人だろうか。用があるのは富裕層か、それとも城か。

 スラムへの門をくぐり、宿に帰ると、お客を待ちつつ帳簿をつけることにした。

 カミュとレヴンのことが、ふっと頭に浮かんだ。

 彼らがここに来た時も、こんな感じだった。

 いま、どこで、なにをしているのか。

 物思いに耽っていると、扉の開く音がした。顔を上げる。フードを被った二人組みが、中に入って来た。扉が閉まる。

 片方の男が、手を軽く挙げた。

「おう、女将」

「いらっしゃいましー。今日はお泊りで」

 言葉が、途中で止まった。聞き覚えのある声だった。

 二人が、フードを取り払った。唖然とし、口をあんぐりと開けていた。

 青髪を逆立てた男と、サラサラヘアーの男。

 カミュとレヴンだった。

「なんでっ」

 大声を上げそうになり、アマンダは慌てて自分の口を塞いだ。

「なんで二人がここにいるんだい。デルカダール国外に逃げたんじゃ」

「そこまで噂になってるのか?」

 確認するように、カミュが言った。

「いや、デクちゃんから聞いた話だよ。城とも商売してるからね。世間話からいろいろと情報を分析して、聞かせてくれるのさ」

「なるほどな。デクから聞いた話では、どんな感じなんだ?」

「『悪魔の子』を育てたっていう村が焼かれ、村人たちが牢に繋がれたこと。『悪魔の子』を追っていたグレイグ将軍の部隊が帰ってきたこと。村人たちは、いまのところ特に酷い扱いを受けてるわけじゃなさそうってこと」

「そうですか」

 レヴンが、ホッとしたように言った。

「もしかして、村の人たちの安否を確認するために、ここに来たのかい?」

「提案したのはオレだよ。危険だとは思ったが、連中もオレたちがデルカダールに戻るとは考えちゃいねえだろうし、オレたちが城に近づきさえしなけりゃ、そこまで問題はねえとも思ってな」

「まあ、そうだね。厳戒態勢は解かれたし。けど、またデルカダールから脱出するのは」

「そこは大丈夫だ。とっておきの魔法があってな」

「まさか、キメラの翼かい?」

 遠く離れた場所に瞬時に翔んで行ける魔法の道具、キメラの翼。極めて希少な品であり、そうそう手に入る物ではないが、それがあればデルカダールから脱出することも難しくないだろう。

「いや、キメラの翼じゃねえ。ほんとうに魔法さ。キメラの翼と同じ効果を持つ、な」

「そんな魔法があるのかい。ここに来たのも、その魔法の力かい?」

「ああ」

 そんな魔法が使えるのなら、確かにいま、この時期にデルカダールへ来るのはそこまで無謀なことではないのかもしれない。カミュが言う通り、彼らがデルカダールに戻ってきているなど、考えもしないだろう。

「村の人たちだけど、すべてが明らかになるまで村人たちへの処罰はお待ちください、ってグレイグ将軍が願い出たそうだよ。王様もそれを聞き届けたって話だね」

「そうでしたか」

「最悪、村人の救出も視野に入れていたが、そうなるとやはり、手を出す方がかえって危険か」

 カミュの言葉に、レヴンが小さく頷いた。

「あと、あんたたちの味方も、ちょっとずつ増えてるみたいだよ」

「味方?」

「味方っていうのとはちょっと違うかもしれないけど、あんたたちが助けたっていう兵士を中心に、『勇者』とはなんなのか、ほんとうに災いをもたらす『悪魔の子』なんだろうか、って疑問を持つ人が出てきてるそうだよ」

 レヴンが、眼を見開いた。カミュが彼の肩を軽く叩き、ニッと笑った。

「それと、遠征する部隊がありそうって話だよ。かなり大規模なものらしいから、多分、あんたたちを追う部隊だろうね」

「そこまで掴んでるとはなあ。デクがいる方には、足むけて寝れねえな」

「うん。ほんとうにね」

 カミュとレヴンがしみじみと頷いた。

「それで、二人はこれからどうするんだい。さっき言った魔法を使って、すぐに出るのかい?」

「ああ。ただ、新しく出来た仲間が城下町の方に行ってるんでな。そいつらが戻ってきてから発つ」

「仲間?」

「はい。一度、城と街の様子を見ておきたいと」

 不意に、さっき擦れ違った二人組が頭に浮かんだ。

「緑色の服を着た娘さんと、赤い服を着た女の子かい?」

 二人が、唖然とした。

「違ったかい?」

「いや、そうだ。会ったのか?」

「擦れ違った程度だよ。ただ者じゃない雰囲気があったからね。まさかって思ったのさ」

「すごい眼力ですね、女将さん」

「まっ、人を見る目はそれなりにあると自負してるからね」

 胸を張って言うと、カミュが苦笑した。

 

***

 

 いくつかの視線を感じながらも、腕を組んで、じっと待つ。周りから、自分はどう見えているだろうか、とグレイグは思った。

 店員が店の奥に引っこんでから、それほど時間は経っていない。だがグレイグには、非常に長い時間に感じられた。羞恥から額に汗が出そうになるが、平常心を保ち、ただじっと佇む。

 頼んでおいた、趣味の本が、店に届いていたのだ。

 城の地下に潜んでいたブラックドラゴンを討伐し、レヴン捕縛失敗の報告書を書き終え、レヴン追撃任務の遠征部隊の編成をはじめようとしたところで、副官から待ったが掛かった。

 働き過ぎです。ちょっと休んでください。部下も休みづらいです。編成はこちらである程度やっておきますから休んでください。いいから黙って休みやがりください。

 そう言われ、有無を言わさず休暇を取らされた。デルカダール王もホメロスも承諾しているようだった。

 さて困った、とグレイグは途方に暮れた。

 訓練場で訓練でもしようかと考えたが、それも副官に釘を刺された。せめて今日は、ゆっくり休んでください。半眼でそう言われ、グレイグは頷くしかなかった。

 イシの村の者たちのためにグレイグができることは、もうない。無体なことをする者がいないよう、目は光らせておくつもりだが、その程度しかできない。将軍という職に就いているグレイグが、罪人として牢に入れられている村人たちへ必要以上に肩入れすると、方々で問題が出かねないのだ。

 そういえば、とひとつ思い出したことがあった。

 行きつけの書店に頼んでおいた、趣味の本が、そろそろ届いていてもおかしくはない。レヴンを捕らえる任務で忙しかったため、すっかり忘れていたのだ。

 入荷したらご連絡しますという申し出は、断っていた。変に周りから噂されるのは避けたかった。どのような本を読んでいるのかと訊かれたら、返答に困る。そんな本だった。

 いま、この状況で受け取りに行くのは気が引けるが、そのままにしておいたらそれはそれで気になってしょうがない。そんな自分に浅ましさを感じながらも、暗くなりはじめるあたりで行ってみると、つい先ほど入荷したとの答えが返ってきた。

 店内にいる人々の視線を感じながらも、グレイグはじっと待つことにしたのだ。

「っ?」

 なにか、気になる視線を感じた気がした。

「クレイモランやダーハルーネとはまた違った品揃えですわね」

「そうね。独創的というか、意欲的な本が多いわね」

 若い女性と少女の声が聞こえた。思わずビクッとしかけたが、意志の力で抑えこむ。それとなく、視線だけ声の方にむけた。

 赤い服を着た幼い少女に、緑色の服を着た若い女性の二人が、店内の本を物色していた。

「この本に書いてある御料理、お二人に作って差し上げたら、喜んでいただけるでしょうか?」

「あー、まあ、多分、蛇を使った料理とかは問題ないと思うけど、なんであんた、そこでわざわざゲテモノ系のレシピを選ぶのよ。ゲテモノ、そんなに好きじゃないでしょ?」

「作れる料理の幅を広げた方がいいかと思って」

「広げる方向を間違ってる気がするわ」

「――?」

 二人の様子に、グレイグはわずかに首を傾げた。

 二人とも金髪で似た顔立ちから、親子、あるいは年齢の離れた姉妹といったところだと思うのだが、幼い少女の方が年上のように振る舞っているように見えた。女性の方も、それが当たり前といった感じだった。

 このあたりでは見ない顔だが、旅人だろうか。二人とも杖を持っていることから、『魔法使い』か『僧侶』だと思うのだが、見たところ、かなりの腕のようだった。佇まい、空気が、熟練の戦士のそれだった。

 女性の方はまだわからなくもないが、少女の方からそんな空気を感じるのは不可解だった。あれだけの腕になるには、かなりの歳月を修練に費やす必要があると思うのだが、見たところ、十歳に満たない少女だ。それとも、見た目通りの年齢ではないのだろうか。

「お待たせいたしました」

「む」

 店員が、戻って来た。グレイグと同年代の男で、昔からグレイグが趣味の本を頼む時は、この書店で、彼に依頼するようにしていた。

 自然な調子で金を支払い、彼から本を受け取る。厳重に梱包されていて、外から中身は見えないが、動悸は少し激しくなっていた。

 これが周りに知られては、将軍としての沽券に関わる。そんな思いがあった。

「いつもすまんな」

「いえいえ、私も男ですし、気持ちはわかりますからね」

 店員が苦笑し、声をひそめるようにしてそう言った。

 それに頭を下げると、彼がまた苦笑した。

「しかし、妻帯はなされないのですか。あなたなら、引く手あまただと思うのですが」

「うーむ。興味がないと言えば嘘になるが、これという相手がいなくてな。相手を探すにしても、いろいろと忙しい。特にいまは、少々立てこんでいる」

「それは、悪魔の子のことで、でしょうか?」

「さてな」

 悪魔の子。そう口にした時の、強い憎しみのこもった彼の声に、グレイグはやるせない思いを抱きながらも素っ気なく答えた。

 店員が、頭を下げた。

「申し訳ありません。悪魔の子を捕らえたという報せもなにもないものですから、気になって」

「それらに関する告示は、明日行う予定だ」

 これ以上は言うな、と目配せする。

 店員が、神妙な様子で頷いた。

「確かに、いまの状況では嫁探しどころではありませんね。ただ、これだけは言わせてください。悪魔の子に、必ず報いを受けさせてください」

「っ、ああ」

 一瞬、言葉を詰まらせながらも、グレイグは頷いた。

 笑顔で言う彼の眼は、爛々と輝いていた。憎しみの光。そうとしか言えない光が、瞳にあった。

 兵士たちの間で、勇者はほんとうに悪魔の子なのだろうか、という疑念が広がっている。命を助けて貰った者が、何人もいるのだ。

 いまのところ表立ってレヴンに味方する者はいないが、もし彼が捕らえられたら、助命を乞う者は少なくないだろう。グレイグとしても、彼を死なせたくないと思っている。

 だが、その疑念に真っ向から反発する者も少なくなかった。『ユグノアの悲劇』で、友人や知人、家族を失った者たちだ。そう思わせることこそが、やつの悪辣な策なのだと断じ、疑念を持った者たちとぶつかるのだ。

 それに対し、疑念を持った兵士たちは、あまり強くは言えないようだった。デルカダール王に歯向かうことに繋がりかねないというのも理由のひとつだろうが、勇者というものがなんなのか、はっきりと言える者がいないというのが、最も大きな理由だろう。

 目の前の店員も、『ユグノアの悲劇』で大切な人を奪われた者だった。ユグノア王国の数少ない生き残りで妻と、産まれたばかりだった我が子を失ったのだ。ユグノア王国の生き残りは、デルカダール王の計らいで、デルカダールに受け入れられた者も少なくない。兵士になった者もいる。

 ユグノア王国の生き残りが、みんな彼のように『悪魔の子』への憎しみを口にするわけではない。だが、大切な存在を奪われた者が生きていくには、なにか拠りどころがいる。彼の場合、それが、『悪魔の子』への憎しみだったのだ。

 諦観や絶望を撥ね退ける、心の原動力となる強い感情が必要なのだ。それが憎しみであるのはひどく悲しいことだが、それを捨てて生きろなどと、言えるわけがなかった。グレイグも、デルカダール王に救われ、ホメロスをはじめとする友や、ある町にいる騎士としての師に出会わなかったら、どうなっていたかわからない。

 ある少女の姿が、ふっと頭に浮かんだ。

 濃い紫の髪をひとまとめにした、幼くも美しい少女。デルカダール王の娘である、マルティナ王女。おてんばな姫で、いつも城の中を駆け回っていて、グレイグやホメロスはなにかと振り回されたものだった。

 『ユグノアの悲劇』さえなければ、いまごろは立派な王女に、あるいは王のあとを継いだ立派な女王になっていたのではないか。彼女のことを考えると、ついそんなことを思ってしまう。

 だが『勇者』を、レヴンを『悪魔の子』として憎むことは、もうできそうになかった。

 なにかの間違いであって欲しい。そう思ってしまっている自分がいる。

 だからこそ、すべてを明らかにしなければならない。

「では、またな」

「はい。頼みますよ。やつに、自らの犯した罪の重さを思い知らせてやってください」

 笑顔とともに、彼が言った。爽やかな、しかし濁った笑みに感じた。

 悲しい笑顔だと、グレイグは思った。

 

 店をあとにし、城への帰途に就いた。

 趣味の本のことがあるので、(ひと)()の少ない道を選び、歩き続ける。あたりは暗くなっているが、月の光は、グレイグが歩くには支障がない程度には明るかった。

 少しして、グレイグは足を止めた。

「なにか用か」

 背後にむかってそう言うと、うしろから()けてきていた気配が、かすかに乱れた。ついさっきも感じた気配だった。

「用というか、一度話してみたいと思って」

 聞こえた声は、さっき書店で聞いた、幼い少女の声だった。

 背後が、少しだけ明るくなった。

 ふりむく。やはり、さっき書店で見た少女と女性がいた。やや暗めの光が、彼女たちの頭上に漂っている。

 二人が、近づいて来る。

 グレイグから六、七歩ぐらいの距離を置いて、二人が立ち止まった。光だけそのまま進み、二人とグレイグの中間あたりで止まった。

「グレイグ将軍、でいいのかしら」

 少女が言った。尋ねるというより、確認といった感じだった。

 その幼い外見に見合わない、凛とした佇まいだった。傍らの女性はただ、こちらをじっと見ている。少女の方も、グレイグをじっと見ていた。

 なにかを推し測られている。不思議とそう感じた。

「そうだが、話とは?」

「あなたは、ほんとうに勇者が、災いをもたらす悪魔の子だと思っていますか?」

 今度は、女性の方が言った。静かな声だった。

 周囲の気配を探る。人の気配はない。

「わからん」

 グレイグが言うと、二人がわずかに眉をピクリと動かした。

「わからんが、だからこそ、やつを捕らえ、すべての謎を解き明かさなければならないと思っている」

「捕らえてどうする気よ。拷問にでも掛ける気?」

「必要とあれば、そうする」

 言うと、少女の眼が鋭くなった。

「お姉様」

「わかってるわ。ここで騒ぎを起こすわけにはいかないし」

「っ?」

 二人の声は呟きに近かったが、かすかに聞こえた。姉、と女性の方が言ったのか。

「おまえたちは何者だ。なにを知っている?」

「悪いけど、何者かを明かすつもりはないわ。ただ、これだけは言っておきたいの。勇者は、悪魔の子なんかじゃない」

「根拠は?」

「彼は、命の大樹に選ばれし者。それじゃ納得できない?」

「少なくとも、ユグノアの悲劇で大切なものを奪われた者たちは、納得できないだろう」

「でも、あなたは、疑問を抱いている。違う?」

 ピクリ、とグレイグは思わず眉を動かした。

「勇者が悪魔の子で、魔物を呼び寄せたって言われているけど、勇者が魔物を操ったんじゃなくって、勇者を恐れる何者かが、勇者を抹殺するために魔物を操って国を襲った、とも考えられるんじゃない?」

「王が、嘘を仰っているとでも?」

「悪意を持って一方的に決めつけないでよ、って言ってるのよ。大切な人を奪われて、それをなにかにぶつけたいってのはわかるわ。でもね、ぶつけられた方は、たまったものじゃないのよ。当時、赤ん坊だった本人の(あずか)り知らないところで、悪魔の子だのなんだのと勝手なこと言って、言われた方がどれだけ傷つくと」

 そこで少女がハッとなり、(かぶり)を振って息をついた。

「ごめんなさい。それこそ、あなたにぶつけることじゃなかったわ」

「いや、言わんとすることはわかる。正直なところ、俺も同じことを言いたくなる時がある」

 二人が、目を(しばたた)かせた。

 レヴンの人となりを知らなければ、いまも『悪魔の子』として、彼を憎んでいただろう。だが、知ってしまった。知ろうともしなかったことだった。

 知らなければ、悩むこともなかっただろう。しかし、知らなければよかったなどと、口が裂けても言えるはずがない。年若くとも、尊敬に値する男だ。

 そして、思う。この二人がおそらく、レヴンが話した、約束の相手とその妹。

 『悪魔の子』、『勇者レヴン』の名前と特徴は、デルカダール中に広まった。他国にも、少しずつ広まっていくだろう。

 聖地ラムダ。一説によると、古の勇者たちのことを語り継ぐ者たちが住まう里だという。

 この二人が、レヴンの言っていた姉妹で、その聖地ラムダの者ならば、レヴンを勇者だと知っていて、味方するようなことを言ってもおかしくはない。それに、少女の年齢が見た目通りでないのなら、彼女から感じる気配の強さにも納得がいく。

 つい先日まで、この国にいたというのに、こんなふうに擦れ違ってしまうとは。

 そう、気の毒に思いながらも、表には出さない。出してはいけないのだ。

 グレイグは、レヴンの敵なのだから。

「だが俺は、この国に仕える騎士、軍人だ。主君を信じ、闘うのが、騎士であり、軍人というものだ。俺はそう思っている」

「その主君が、憎しみで目を曇らせていても?」

「王もまた、すべてを明らかにしたいと考えておられる。『勇者』は必ず生け捕りにせよ。不必要な犠牲は出さないようにせよ。王からはそう命じられた。憎しみで目が曇っているとは思わん」

 少女と睨み合う。グレイグに睨まれれば、大抵の者は臆する。

 だが少女は、眼を逸らすことなく、視線を真っ向からぶつけてきた。

 どちらともなく、大きく息をついた。

「頑固者ね」

「そういう性分だ。いまさら変えようがない」

 言って、グレイグは城に続く道の方にむき直った。

 これ以上の会話は、無意味。そう断じた。

 二人の視線を背に感じながら、グレイグは歩き出した。

 声が掛けられることは、もうなかった。

 

 

 グレイグの背中が視界から消え、気配が去ったところで、ベロニカはセーニャと一緒に大きく息をついた。

「あー、もうっ。我ながら、なんて迂闊な真似を」

「でも、かっこよかったですよ、お姉様」

「あー、うん。ありがと」

 朗らかにセーニャが笑い、ベロニカは苦笑した。

 グレイグを見かけたのは、偶然だった。

 街の様子を見て回り、情報収集をしつつデクの店にむかい、彼にこっそりとレヴンたちのことを伝えた。

 当然ながら最初は警戒されたが、カミュ愛用の短剣をチラッと見せ、合言葉代わりに話せ、とカミュから聞かされた、カミュとデクの出会いのことを話してみると、彼はすぐに信じてくれた。

 デクの店に来たのは、囚われたイシの村の人たちのことを知っているか、確かめるためだった。カミュとレヴンは無事だと話すと、デクはとても喜んでいた。

 聞くと、ついさっきまでスラムの女将がいたらしく、イシの村の人たちのことなどについて話していたそうだ。デクの店に来る途中で、それらしき恰幅のいい赤髪の女性と擦れ違ったが、やはりあの人だったのか、とベロニカは思った。

 囚われたイシの村の人たちは、特に酷いことはされていないようだと聞いた。ほかに掴んだ情報も女将に話したということなので、ベロニカとセーニャは速やかに店から立ち去ることにした。女将の下宿には、レヴンたちが行っている。話は彼らが聞いていることだろう。

 城の周囲を見て回ると、本屋にむかうことにした。この国の歴史書や、デルカダール王について書かれた本を読んでみたかったのだ。

 王として必要な資質をすべて持ち合わせた、稀代の帝王。古の聖王を思わせる偉大なる王。

 『ユグノアの悲劇』から顔の険しさが増したが、それは王女の不幸があってのこと。それを責めるのは酷というもの。むしろ、愛する家族を失った悲しみを乗り越え、民を導くその姿勢こそ、王の王たる()(えん)と言えよう。

 本屋に置いてあった、デルカダール王についての評伝を何冊か読んでみたが、書かれているのはそんなことばかりだった。

 十六年前まで、デルカダール王が非常に優れた王だったことは、間違いないようだった。それ以前の彼の逸話は、枚挙に(いとま)がないと言えるほどだ。

 だが、『ユグノアの悲劇』以降の彼については、どれもお茶を濁すようなことしか書かれていなかった。

 いつか、もとの王に戻って欲しい。

 言葉にこそされていないが、どの書からも、そんな悲しみと願いが滲み出ているような気がした。

 買う本を何冊か見繕い、セーニャのところに行くと、彼女は料理の本を見ていた。それはいいのだが、なぜゲテモノ系の方まで手を伸ばそうとするのか。

 そんなふうに思ったところで、店内に強い気配があることに気づいた。

 それなりに長身であるレヴンより高い上背に、鍛え上げられた肉体。紫がかった髪をうしろに撫でつけた男。

 レヴンたちから特徴を聞いていたこともあって、彼が誰であるか、すぐにわかった。彼が、グレイグだ。

 どういった人物か聞いていたため、近づこうとは考えていなかった。レヴンいわく、カミュと二人でかかっても多分勝てない、と言わしめるほどの戦士である。不用意に近づくわけにはいかない。

 そう思いながらも接触したのは、本屋の店員とのやり取りの際の彼の反応が気になったからだ。

 勇者を悪魔の子だと憎む店員の言葉に、ベロニカはやるせない思いを抱いたが、グレイグもどこか悲しそうな顔に見えたのだ。

 一度、彼と話してみたい。そう思い、しかしこれは、ベロニカのわがままだ、下手に接触するのは危険だ、とここを去ることを考えたところで、セーニャが口を開いた。

 あの方と、お話してみましょう。ベロニカを後押しするように、セーニャは静かにそう言った。

 少し迷ったが、セーニャの言葉に勇気を貰い、意を決して彼を追った。

 ベロニカたちの気配に気づいていたのか、グレイグは人通りの少ない道を選んでいた。危険ではないかと再び思ったが、女は度胸と心を奮い立たせた。

 会話から、ベロニカたちがレヴンの味方をする者だと気づいただろうにそのまま去ったのは、彼の騎士としての信念と誇りによるものか。

「立派な方でしたわね」

「ええ。石頭だけど、高潔な人」

 レヴンの目標だと聞き、どれほど大層な人なのかと思っていたが、なるほどと納得せざるを得ない人物だった。

「あの方が味方になってくれたら、心強いのですけど」

「デルカダール王が乱心して、民を虐殺するような悪行でも働かない限りはまず、あり得ないでしょうね」

 あくまでもデルカダール王に忠義を尽くすという生き方は、ベロニカから見て歯痒くはあるが、そんな人物だからこそ、そう感じるのだろう。

 グレイグが去って行った方向に、ベロニカとセーニャは丁寧に一礼した。

 




 
「そういえば、グレイグ将軍のお買い求めになられた本って、なんの本なんでしょうね?」
「んー、そりゃあ、音に聞こえた大将軍だし、軍学書の類じゃない?」


お待たせしました。
なお、老医師が貰ったという虹色の枝と、サマディー王国に伝わる虹色の枝は、原作と同様に別物であることをここでぶっちゃけておきます。

魔法の道具袋は、ドラクエ6の『おおきなふくろ』が元であったり、個人個人の道具袋が元であったり。

女将の名前、英語版の名前であるRuby(ルビー)にするか迷いつつ、宿の看板に描かれてあるアマンダに。

グレイグの性格
ごうけつ
タフガイ
がんこもの
むっつりスケベ
一番似合うのはどれだろう。
 

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