異聞 ドラゴンクエストⅪ ~遥かなる旅路~   作:シュイダー

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Level:2 旅立ち

 自分の中に、なにか不思議な力が眠っている。それに気づいたのは、いつのことだったろうか。

 最初にぼんやりと感じたのは、あの里で、あの()たちと一緒に魔法の練習をした時だったと思う。なにかが、躰の奥底から湧き上がってきた気がしたのだ。

 レヴンがはっきりとその力に気づいたのは、テオが亡くなってから少し経ち、鍛練している時だった。左手の痣から、なにかを感じた気がした。かたちの捉えきれない、茫洋(ぼうよう)としたなにか。

 鍛練の一環として行なっていた、瞑想(めいそう)の割合を増やした。

 瞑想の必要性については、幼いころ世話になった、あの里の長老からも()かれたことはあったが、いままではそれほど重視していなかったことだ。増やしたのは、それが必要なのではないか、と感じたからだ。

 ちょっとずつ、なにかが見えてきた気がした。もう少しで、それが掴める。そんな感覚は常にあった。

 だが、実際にその力を使うことは、できなかった。まだ、(とき)ではない。そう、なにかに言われている気がした。

 成人の儀式の日となった今日の朝、なにかが違うという感じがあった。なにかが(から)を破ろうとしている。いや、破らなければならないという思いが、己の(うち)にあった。

 神の岩の頂上でヘルコンドルと対峙し、エマを守らなければ、と思った。その時、左手の痣から、不思議な熱さを感じた気がした。

 デイン。その呪文が頭に浮かんだ。稲妻(いなずま)を呼び寄せる、限られた者にしか使えないという呪文。できるという確信があった。できなければならない。これから出る旅に必要となる力だ、と直感した。

 果たして、力は発現した。掴んだ、という達成感にも似た気持ちと、この力であの娘を、あの娘たちを守るという思いが、胸にあった。

 

 儀式を終えたあとの帰り道は、特にこれといったことはなにもなかった。

 エマはなにか言いたそうではあったが、結局なにも言わないままで、洞窟を抜け、ダンたちが待っているはずの橋まで戻った。無事に戻っていたマノロからお礼を言われた。どうやらかなり怒られたようだった。

 何人かの村人たちが、橋を渡った先で待っていた。

「ただいま、おじいちゃん!」

 エマが言った。

「おお、二人とも。神の岩に雷が落ちたから、大事ないか皆で心配しておったが、無事に帰ってきてくれてよかったわい。しかし、頂上でなにかあったのか?」

「うん。ヘルコンドルって魔物に襲われたんだけど、レヴンが雷を呼んで退治しちゃったの」

「雷を、呼んだじゃと?」

「うん」

「はい」

「ううむ。よくはわからんが、とにかく無事でよかったわい。さて、神の岩の頂上からなにが見えたか、わしに教えてくれるかな?」

「ええ。見渡す限りの海が見えたわ。お日様に照らされてキラキラして、あんな光景、はじめて見たわ」

「うむ。この世界、ロトゼタシアがいかに広大か、昔、テオと一緒に旅をしたレヴンは無論、イシの村しか知らぬエマにもよくわかったようじゃな。おぬしらはまだまだ若い。もしかすると、この村を出て羽ばたく時が訪れるかもしれん」

「っ」

 エマが、息を呑んだ気がした。横目で彼女を見ると、かすかに顔を曇らせているように思えた。

「さて、皆、そろそろ村に戻ることにしよう。レヴン。おまえの母ペルラにも、儀式を終えたことを教えてあげなさい」

「はい」

 レヴンが頷くと、ダンが満足そうに頷いた。集まっていた村人たちが、思い思いに帰っていく。

 エマが、レヴンに顔をむけた。

「ねえ、レヴン」

「ん?」

「その。ううん、私たちも行きましょ」

「うん」

 なにか言いたいことがあるが、踏ん切りがつかない。そんな感じだった。

 村人たちのあとを追うように、レヴンたちも歩き出した。

 神の岩は、イシの村のすぐ南に位置している。そう時間をかけずに、イシの村に着いた。

 エマも連れて、自宅にむかう。イシの村は、北西と北東と南を分割するように川が流れており、それぞれを繋ぐように、一本ずつ橋がかけられている。レヴンの自宅は北東部の方にあるため、東の橋を渡った。渡って、そのまま正面に自宅が見える。扉の前に立つと、中からいい匂いがした。ペルラ自慢の特製シチューの匂いだった。

 扉を開き、中に入った。ペルラが料理をしていた。鍋で煮こんでいる。思った通り、シチューだった。

「ただいま、母さん」

 ペルラが料理の手を止め、ふり返った。

「おかえり、レヴン。儀式はどうだった?」

「無事に終えられたよ」

「そうかい。まっ、レヴンなら当然かね」

 ペルラが苦笑するように言った。声には、寂しさがあった気がした。理由は、わかっている。

 ペルラには、成人の儀式を終えたら旅に出ると、すでに話してあった。

 どうしても旅に出るのか、とその時に訊かれた。それに、はっきりと頷いた。

 ある人との約束がある。そして、レヴン自身が、世界を旅してみたいと思っている。そう、真っ直ぐに伝えた。ペルラは寂しそうな表情を浮かべながらも、頷いてくれた。血は繋がってなくても、やっぱりテオおじいちゃんの孫だねえ、と懐かしむように言われた。

「ペルラおばさま」

「ああ、エマちゃん。エマちゃんもお疲れ様。途中で雨なんか降ってきて大変だったろう?」

「平気よ。レヴンが一緒だったから。レヴンったらすごいのよ。頂上でね、魔物に襲われたの。けどレヴンったら、まるでおとぎ話の英雄みたいに冷静に立ち回って、それどころか雷まで呼んで魔物を退治しちゃったの」

 ペルラが、エマの言葉に口をあんぐりと開けた。

「雷まで呼んだって。レヴン。あんたはほんとに、つくづく人を驚かせてくれるねえ」

 ペルラが呆れたように言った。

 ふうっ、と大きく息をつき、ペルラが真っ直ぐにレヴンの眼を見つめた。

「レヴン。決心は変わらないかい?」

「うん」

「はっきり言うんだねえ、あんたは。ちょっとくらい迷ってくれてもいいんだよ?」

「ごめん、母さん。でも、あの娘と約束した時に、決めたことだから」

「まったく。大人しそうに見えて、頑固なんだから」

 はっきりと答えると、ペルラが苦笑した。エマが、息を呑んだ気配があった。

「レヴン。これを」

 ペルラが、首飾りを差し出した。受け取って眺めてみる。透明感のある、緑色の綺麗な石。見たところ、ヒスイで出来ているようだった。

「おじいちゃんから、レヴンが成人の儀式を終えたら渡すように、って頼まれててね」

「じいちゃんから?」

「ああ。それとね、村のみんなにはずっと黙ってたことがあったんだ。これを知っているのは、村の中ではお母さんと、亡くなったおじいちゃんだけ。レヴン、あんたはね」

 ペルラが、一度そこで言葉を切った。

 一度息をつき、意を決した様子で口を開いた。

「勇者の生まれ変わりなんだよ」

「ユ、ユーシャ?」

 ペルラの言葉に、エマが不思議そうに言った。ペルラが頷く。

「勇者っていうのがなんなのかはよくわからないけど、あんたは大きな使命を背負ってるって、おじいちゃんはずっと言ってたわ」

「使命、か」

 なんとはなしに、レヴンは呟いた。思い出すのは、あの娘が言っていた、旅に出る理由。使命があると、そう言っていた記憶がある。

「北の大国、デルカダールにむかい、王様にその『ヒスイの首飾り』を見せた時、おそらくなにかが変わる。ただ、どうするかは自分で決めて欲しい、って言ってたわ」

「デルカダールの、王様に?」

「おじいちゃんはそう言ってたね」

 勇者とは、大いなる闇を打ち払う者、と聞いたことがある。あの里で聞いた(いにしえ)の勇者たちの物語は、いまも心に刻みこまれている。

 その勇者の生まれ変わりと言われても、そうなのか、という他人事のような感想しか浮かんでこなかった。左手にある不思議な痣や、デインを使えることは、それに由来するものなのかもしれないと思わなくもないが、自分は自分だ。そういう思いが、どこかにあった。

 しかし、たとえほんとうに勇者の生まれ変わりだったとしても、いきなり一国の王に会えるものなのだろうか。そんなことを思う。それに、テオと一緒に旅をしていたころ、勇者は悪魔の子だ、とされている噂を何度か聞いたことがあった気がした。それを広めたのは、デルカダールであるとも。

 どうするかは自分で決めて欲しい、と伝えてきている以上、おそらくそれはテオもわかっているのだろう。

「それで、レヴンはどうする気だい?」

「デルカダールにはもともとむかうつもりだったからね。王様に会えるかどうかはともかく、行ってはみるよ」

 王に会うかどうかは、実際にデルカダールに行き、情報を集めてから判断することにしよう、と思った。

 ペルラが、ひとつ頷いた。

「そうかい。ちゃんと考えてるんなら、お母さんはなにも言わないよ」

「うん。大丈夫さ」

「ふふふ。ほんとうに、いつの間にか、たくましくなっちゃったねえ」

「そうじゃないと、母さんも安心して見送れないだろ?」

「違いないね。まあ、それでも心配は心配だよ。親にとって子供ってのは、いくつになっても心配なものだからね」

「母さん」

「行ってきな、レヴン。あんたの思うように生きなさい。疲れた時は、いつでも帰ってきていいからね。お母さんから言えるのはそれだけさ」

 ペルラが、やさしく笑った。深い慈しみを感じた。

 母を残して、行くのだ。そのことに、後ろ髪を引かれるような思いはある。それでも、自分で決めたことだった。根幹にあるのが、あの娘に逢いたい、あの娘と一緒に旅をしたいという個人的な気持ちであっても、後悔はしたくなかった。

「うん。ありがとう、母さん」

「やだよ、お礼なんて。母親として当たり前のことを言ってるだけさ。さあ、明日から当分会えなくなるわ。今夜はとびっきりおいしいご飯を作ってあげるから、お腹いっぱいになるまで食べていくんだよ」

「うん」

 ペルラが言った通り夕飯は、いつも以上のおいしさに感じられた。ひとつひとつを、味わって食べた。

 夕飯を終え、後片付けを手伝い、夜になった。

 外に出る。行き先は、いつもの木のところだ。

 木のところに行くと、誰かがいた。ちょっとだけ警戒しながら近づいてみる。見知った気配を感じた。

「エマ?」

 呼びかけると、木のそばに立っていたエマがふり返った。

「あら、レヴン。眠れないの?」

「いや、習慣みたいなものかな。なにかあった時、この木のところに来るんだ」

「そうなんだ。私は、なんだか眠れなくって」

 エマが、木にむき直った。

「子供のころ、この木にスカーフを引っ掛けて、私、大泣きしたんだよね。レヴンはそれをなんとかしようと、村中を駆け回ってくれて。それからも、スカーフが飛ばされてはレヴンに取ってきて貰ったね」

「そうだね」

「私、子供のころからちっとも変わってないわね」

 エマが木を見上げた。懐かしむような雰囲気があった。ただ、どこか自嘲するような口ぶりに聞こえたのは、気のせいだろうか。

「私ね。レヴンはこの村で、ずっとみんなと一緒に、穏やかに過ごしていくんだろうな、って思ってたの。勝手にね」

 エマは、そこで一度息をついた。レヴンの眼を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。

「いつ、旅に出るって決めたの?」

「ずっと前。以前話した、ベロニカって娘と別れる時、彼女と約束したんだ。自分たちもいつか旅に出る。それで、それぞれで旅に出て、どこかで出逢ったら、そこから一緒に旅をしよう、って」

「昔言ってたこと、本気だったんだね。でも、十年近く前のことでしょ。忘れてるかもしれないじゃない」

「それはないよ。そんな娘じゃない」

 はっきりと言い切る。

 使命があると言った彼女から感じた瞳の光は、いまでも思い出せる。なにがあってもやり遂げるという、強い意志の光が宿っていた。それを、綺麗だと思ったのだ。

 彼女と一緒に旅をしたい。それだけでなく、彼女になにか使命があるというのなら、それを手伝いたい。自分にできることなどないかもしれないが、彼女の力になりたい。そんな思いもあった。

 エマが、ちょっとたじろいだ気がした。強く言ってしまったかもしれない、とさっき発した自分の声に気づいた。

「ごめん。怒ったわけじゃないんだ」

「え、ううん。私こそごめん。軽はずみにあんなこと言っちゃって。ねえ、レヴン」

 エマがうつむき、二度三度と深呼吸した。覚悟を決めたように、顔を上げた。

「レヴンは、私のこと、どう思ってた?」

「どうって、大切な幼馴染みだよ」

「セーニャって人は?」

「大事な友だち、かな。おっとりした姉のような、妹みたいな人。一年も一緒にいなかったけど、幼馴染みって呼べる人」

「じゃあ、ベロニカって人は?」

 その言葉には、なぜか即答できなかった。ちょっとだけ考える。大好きな友だち。気が強くて面倒見のいい姉みたいな人。セーニャ同様に、一緒にいた時間の長さはともかく、幼馴染みと呼べる関係。いろいろと出てくるが、なにか足りないと思った。

 不意に、これかな、と思える言葉が浮かんだ。

「ずっと一緒に旅をしたい人、かなあ」

「旅を?」

「うん。なんだか、それが一番ぴったりした気がするんだ」

「そう、なんだ」

 エマが再びうつむき、息をついた。

「エマ?」

「レヴン。どうして、成人の儀式を終えたら旅に出るって教えてくれなかったの?」

「成人の儀式の時、エマが集中できなくなるんじゃないか、って思ったんだ。なんとなく言い出しづらかったっていうのもあるけど。伝えられなくて、ごめん」

「そう」

 はあ、とエマがため息をついた。ほんとうに脈なしだったんだなあ、とボソッと呟いた気がした。

「エマ?」

「なんでもないわ。明日は、朝から出発するの?」

「うん。そのつもりだよ」

「そう。興奮して眠れなくて、出発が昼頃になりました、とかならないようにね?」

「ありがとう。気をつけるよ」

「勇者、か」

 エマが、空を見上げた。

「おじいちゃんから前に、ちょっとだけ聞いたことがあるんだけど。遠い遠い昔、世界中が魔物に襲われて大変だった時、どこからか勇者が現れて世界を救ったんだって。そのあと勇者は星になって、世界を見守っている。そんなおとぎ話」

 その話は、レヴンも聞いたことがあった。あの里の長老であるファナードからもよく聞かされた、英雄譚。

 エマが空を指差した。指し示す方向に顔をむける。ひと際輝く星があった。

「勇者の星、か」

「レヴンが勇者だなんて、なんだか信じられないわ」

「僕も、自分が勇者だなんて言われても、って気持ちではあるよ。でも、じいちゃんが言ったことだからね。それも含めて、旅の中で明らかにしたいと思ってる」

「うん」

 エマがふり返り、笑顔を浮かべた。無理をしている笑顔のように思えた。

 仲のいい幼馴染みが、突然旅に出るなどと聞いたのだ。すぐに受け止められるものではない。それはわかっている。

 それでもレヴンは、冒険の旅に出ると決めたのだ。残していく幼馴染みに、なにか言えるはずもなかった。

「おやすみ、レヴン」

「おやすみ、エマ」

 エマが(きびす)を返し、レヴンから顔が見えない角度になった。

「じゃあね、レヴン」

 彼女の顔から、ひと(しずく)の涙がこぼれ落ちた。月の光を受けたそれは、不思議とはっきり見えた。

 

 ペルラから渡された服に袖を通す。紫色を基調としたその服は、レヴンにぴったりだった。それに、軽くて動きやすいうえ、かなり丈夫なようだった。

 テオが昔使っていた物を、ペルラが仕立て直したのだ。数日前には出来あがっていたが、旅立ちの日に渡そうと思っていたらしい。

 最後に、手の痣が見えないよう、手袋を()めた。もしかしたら、この痣が勇者の特徴かもしれないのだ。勇者は悪魔の子だ、という噂が流れている以上、人の目につかないようにしておくべきだろう。

 家の入口の前、ペルラのところに行く。レヴンを見たペルラが、涙ぐんだ。

「ほんとうに立派になって。その姿、おじいちゃんにも見せてあげたかったわ」

「うん」

 言っても(せん)無き事ではあるが、レヴンも同じ気持ちだった。テオのように旅に出ようとするレヴンの姿を、見せてあげたかった。

 ペルラが、レヴンを抱き締めた。

「レヴン。忘れちゃ駄目だよ。あんたはこの村で一番勇敢だった、おじいちゃんの孫なんだからね。あんただったら、この先になにが待ち構えていようとも乗り越えられる。お母さん、そう信じてるよ」

「うん」

 抱擁を解いたペルラが、外に出た。レヴンも追うようにして歩き出す。

 入口の手前で足を止め、家の中を見渡した。不意に、感傷のようなものがレヴンを襲ってきたが、振り払った。まだ、旅に出てもいないのだ。それに(ひた)るのは早すぎる。

「いってきます。じいちゃん」

 そう言うと、地図も含めた旅の荷物を持って家を出た。あとはふり返らずに、村の北西部にある入り口にむかう。北の橋を渡った。

 村の人たちが、大勢いた。レヴンの見送りに集まってくれたようだった。

 近づくと、ダン村長が前に出た。

「こんなにも早く旅立つ時が来るとはな。おぬしの祖父、テオにもその勇姿を見せてやりたかったわい」

 ダンが、なにかを思い出すような仕草を見せた。

「テオがおぬしを拾って、いや連れてきたのは、十六年前じゃったのう。そして六歳になったころ、テオがおぬしを連れて旅に出た時は、本気で驚いたものじゃった。無事に帰って来れるのかと、心配になったもんじゃ」

 ペルラが頷いた。あの時も心配をかけ続けたのだ、と改めて思った。

「しかし、その心配は()(ゆう)だったとでも言うように、おぬしたちは無事に帰ってきた。それも、ずっとたくましくなってじゃ。勇者とは、伝説の英雄。その昔、大いなる闇を払い、世界を救った人物と聞いておる。おぬしがそんな大それた人物の生まれ変わりかどうかはわからんが、そんなおぬしなら、勇者の使命とやらもきっと見事に果たすことができると信じておるぞ」

「――――?」

 内心で首を傾げた。レヴンの旅の目的は、勇者としての使命よりも、世界を見ることと、ベロニカ、セーニャとどこかで出逢い、一緒に旅をすることだ。なぜか、勇者としてのものばかりが伝わっている気がする。

 そういえば、旅に出るとはっきり村の者に言ったのは、テオと一緒に旅から帰ってきた直後だけだった気がする。その理由も一緒だ。ほとんどの者は忘れていてもおかしくない。エマも、昔言ってたのは本気だったんだ、と言っていたほどだ。ちゃんと知っていたのは、テオとペルラくらいだろう。

 こうやって朝に集まっているのは多分、ペルラかエマが伝えたからなのだろうが、レヴンが勇者の生まれ変わりだという情報だけを伝えた、ということだろうか。

 ペルラが、レヴンに近づいて来た。家でしたように抱き締めてくる。

「あんたが旅に出る理由だけど、ベロニカとセーニャって娘のことは伏せておいたよ。あんたは、勇者の使命で旅に出るってことになってる。そうじゃないと、ちょっとややこしいことになるかもしれないからね」

 耳もとで、そう(ささや)かれた。

「ややこしい?」

「ちょっとね。悪いけど、そこに関しては口裏を合わせといてくれるかい。村の人から聞かれた時だけでいいから」

「うん」

 よくはわからないが、そうしないとなにか面倒なことになるのだろう、と思った。

 ペルラが離れ、再びダンが口を開いた。

「デルカダール王様に会ったら、くれぐれもこの村のことをよろしくな。勇者様を育てた村ということで、王様からなにか褒美が貰えるかもしれんからのう」

「村長っ。そりゃ、はしたないですよ!」

 村人のひとりが言った。それに、ダンが愉快そうに笑った。

「冗談じゃよ、冗談。おお、そうじゃ。旅に出るにあたって、贈りものがあるんじゃ」

「贈りもの?」

 そこで、馬の鳴き声が聞こえた。南の橋の方から、一頭の馬が幼い少女、馬飼いの娘に()かれて来た。いや曳かれて来たというよりは、連れ立って来たという感じだった。

 黒い毛並みを持った、大きく見事な馬。額には、雷を連想させるような、白い模様がある。

雷刃(らいじん)?」

「うむ。村一番の駿(しゅん)()である、『雷刃』じゃ。乗っていくといい」

「いいんですか?」

「どうせ、おぬし以外には乗りこなせる者がおらんからな。一緒に旅に連れていってやってくれ」

 村で飼っている馬の中でも、この馬はいろいろと特殊な馬だった。もともとは、村の馬ではなく、近くの山で見つかった馬だった。

 暴れ馬として、目撃された馬だった。人を襲ったり、魔物を蹴散(けち)らしていたという話があった。魔物も蹴散らせるぐらい強く凶暴な馬ということで、捕獲ないし退治の依頼が、レヴンに来たのだ。

 実際に行ってみると、暴れ馬と聞いていたはずのその馬は、はっとするほどきれいな眼をしているように思えた。馬も、ただじっとこちらを見つめているだけだった。

 捕獲や退治が依頼だったが、どうにもそういう気分にはなれず、近くにあった水場のそばに腰掛けると、馬も近づいて来て、水を飲みはじめた。なんとはなしに話しかけると、馬は水を飲むのをやめ、またじっと見つめてきた。レヴンが食事を()り、馬が草を()んでいる時も、話しかけてみると馬は時々ぴくりと耳を動かした。馬の首を抱くようにして、耳もとで話しかけたりもした。

 不思議と、さまざまなことを語っていた。

 イシの村の人々のこと。幼馴染みのエマや、母であるペルラのこと。村での生活のこと。

 亡くなった祖父、テオのこと。彼との思い出。

 テオと一緒にした旅のこと。その旅の目的地であった里で過ごした日々。そこで出会った、ベロニカとセーニャのこと。

 ベロニカと交わした、幼き日の約束のこと。

 じきに行う成人の儀式を終えたら、ベロニカとの約束を果たすために、冒険の旅に出ること。

 ほかにも、とりとめもないことを、語っていた。イシの村にある木にも語りかける時はあったが、あちらにする時は、テオに語りかけるようにして語っていた。

 この馬に対しては、言ってみれば、友に対するように語っていた気がした。

 ひと晩を、その馬とともに過ごした。暖かい季節だったうえ、馬が(かたわ)らにいてくれたおかげで、特に問題なく一夜を過ごすことができた。

 翌朝、村に帰ることにした。馬が、乗るか、と眼で問いかけてきたように感じた。

 頷き、飛び乗った。(くら)は持って来ていたが、着けなかった。着けずに乗って行きたい、と思ったのだ。

 心が通じ合っている。そう感じさせた。曲がりたい方向を意識しながら、馬体を挟みこんだ脚に力を入れると、馬はこちらの心を感じとってくれたように、その方向に行ってくれた。

 拓けたところに出ると、馬が思いっきり駆け出した。(いかづち)のように(はや)く、(やいば)のように鋭い。そんな駆け方だった。

 村に着くと、村人たちは一様に驚いていた。ひと晩経ってもレヴンが帰らないということで、何人かの村人が村を()とうとしているところだった。

 馬は、そのままイシの村で飼われることになった。その駆け方と額の模様から、馬は『雷刃』と名付けられた。暴れ馬という話を聞いていた村人たちは、おっかなびっくり寄っていったが、雷刃は特に暴れることもなく、静かに人々を見つめているだけだった。どうやら暴れ馬というのは誤解で、行商人などを襲おうとしていた魔物や盗賊を追い回していたというのが、真相だったようだ。

 ただ、()(しょう)が荒いということはないのだが、雷刃が懐くのはレヴンと、村の馬飼いの娘ぐらいだった。乗せるのもその二人ぐらいで、馬飼いの娘の方は幼いというのもあって、雷刃も全力で駆けることはない。それもあって、たまにレヴンが雷刃に乗り、全力で駆けさせることもあった。

「雷刃。これから、よろしく」

 近づき、首に触りながら言うと、雷刃は耳を動かした。よろしく、と返してきた気がした。

 頷き、旅に必要な荷物を載せると、はじめて会った時のように飛び乗った。今回は、鞍が着いている。

「それにしても、レヴンは昨日、雷を呼んだのじゃろ。それで、『雷の刃』を駆るというのも、なかなかシャレが効いている気がするのう」

 ダンが言った。誰ともなく、確かにと頷いていた。

 ダンともうひと言、二言話すと、村の入口の方に進み、ペルラたちの方にふり返った。

「レヴン。あんたは自慢の息子さ。つらいことがあっても、挫けるんじゃないよ」

 ペルラの言葉に、レヴンはただ頷いた。

 見送る人たちを見回した。エマの姿は、ない。

 村を出るこの時に話せないのは心残りと言えたが、仕方ないとも思う。

 それに、(こん)(じょう)の別れというわけでもない。なにかしら、ひと区切りついたら、帰って来ることもあるだろう。それがいつであるかは、わからないが。

「みんな。いってきます」

 告げ、雷刃を進ませた。正面にむき直る。声援が背後から聞こえてくる。手だけ振り返した。ふり返りは、しなかった。

 村の坂道を越える。この先が、外の世界だ。

 坂を越えたところに、見慣れた姿があった。

 エマと、ルキがいた。

「レヴン」

「エマ。ルキ。ここにいたのかい?」

「うん。ちょっと迷ったけど、やっぱり見送りはしておきたかったから」

「そうか。ありがとう」

 心残りが消えた、という気がした。エマのことをみんなに訊きもしなかったくせに、勝手なやつだな、と自分のことを思いながらも、エマが見送りに来てくれたことは、素直に嬉しかった。

「レヴン。お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。無事にベロニカって人たちと再会できて、旅がひと段落ついたら、ベロニカ、さんやセーニャさんと一緒に、顔を見せに来て欲しいの」

「うん。わかったよ」

 答えると、エマがほっとしたように息をついた。

「レヴン。元気で」

「ありがとう、エマ。エマも、病気や怪我には気をつけて」

「うん」

 頷き合うと、レヴンは雷刃の首をなでた。

 雷刃が耳をちょっとだけ動かし、脚を進ませた。

「いってらっしゃい、レヴン」

「いってきます、エマ」

 雷刃を軽く駆けさせる。風が気持ちよかった。

 空に浮かぶ命の大樹が見える。旅の終着点がどこであるかはわからない。行けるところまで行ってみよう。そんなことを思う。

 いつか逢うだろう、彼女と二人で、どこまでも行ってみたい。そんな、期待とも希望とも言える思いが、レヴンの胸にあった。

 

***

 

 ふり返りもしなかったなあ。

 苦笑しながら、エマはそんなことを思った。

 雷刃に乗ったレヴンの姿は、もう見えない。

 殊更(ことさら)に速く駆けさせたわけでもないのだろうが、雷刃は並みの馬ではない。あっという間にレヴンたちの姿は見えなくなった。

 手に視線を落とす。手には、ひと晩で作った、手作りのお守りがあった。

「結局、渡せなかったな」

 呟くが、不思議とすっきりした気分だった。

 渡そうと思っていたが、ふっと頭に浮かぶことがあった。自分は、レヴンに甘えていただけなのではないか。レヴンは、旅先で出会った少女との約束を果たすために、努力し続けてきた。自分は、どうだろうか。

 ふりむかせるために努力してきた。そう考えるも、ほんとうにそうだろうか、とも思った。自分は、ほんとうに彼のことを見ていただろうか。幼いころの旅によって変わった彼から眼を(そむ)け、その旅に出る前の、エマの考える『レヴン』という枠に嵌めようとしていたのではないか。そんなふうに思ったのだ。

 そして、それに(すが)りついていた。いまの彼を見ようとしていなかったくせに、エマを好きになって欲しいなどと思っていた。ずいぶんとうしろむきな努力だった、という気がした。

 お守りを渡すのをやめたのは、その自分と決別したかったからだ。旅に出る彼を、笑って見送りたかった。いつか、彼がベロニカという娘と一緒にこの村に戻ってきた時、笑顔で出迎えたかった。お守りを渡してしまったら、自分はまた、彼に縋りついてしまう気がした。お守りがレヴンとエマを繋いでいてくれると、錯覚してしまいそうな気がしたのだ。

 自分も変わらなくてはならない。そう思った。

 朝早くにペルラのもとに行って、そう伝えた。ペルラは、やさしく笑ってくれた。レヴンの旅の理由を、勇者としての使命ということだけにしたのは、レヴンが村に帰って来やすいようにするためだ。ペルラもそのつもりだったようだ。

 ダンをはじめとする村人たちは、レヴンはいつかエマと結婚するものと考えている。そうなれば村も安泰だと。言い方は悪いが、村の外の娘と再会し、一緒に旅をするのが目的だなどと言ったら、眉をひそめる者も少なくなかっただろう。そうならないために、ペルラと一緒にダンたちに、ベロニカたちのことを伏せて説明したのだ。

 ベロニカと一緒にレヴンが帰って来たら、ひと悶着あるかもしれないが、その時はその時だ。全面的にレヴンの味方をしてやる。イシの村は、レヴンの故郷だ。そう、彼が胸を張って言える故郷としたい。戻ろうと思えば、いつでも戻って来れる、そんな故郷としたい。

 しかし、まだレヴンをあきらめたわけではない。女を磨き、戻ってきたレヴンを見惚(みと)れさせるぐらい、イイ女になってやる。そう決めた。

「行こう、ルキ」

 そばでエマを見上げる愛犬に呼びかけると、ルキがひと吠えした。(きびす)を返し、ルキと一緒に歩き出した。

 途中で、ちょっとだけ足を止めた。空に浮かぶ命の大樹に、ふり返るようにして顔をむける。

「頑張って、レヴン。ベロニカさん、レヴンをお願いね」

 言葉は、風に溶けていった。

 

***

 

 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。

 照りつける強い日射しに汗を(にじ)ませながら、ベロニカは足を止めて周りを見渡した。南の大陸にある砂漠の王国、サマディーの中央に作られている歩道橋の上には、ちらほらと人の姿が見られるが、特にベロニカに注目している者はいなかった。

 一緒に歩いていた、ベロニカの双子の妹であるセーニャが数歩先で足を止め、ふり返った。

「どうかなさいましたか、お姉様?」

 ベロニカに近づいてきたセーニャが、不思議そうに言った。

「んー、いや、誰かに呼ばれた気がしたんだけど」

「あら、どなたでしょうか?」

 セーニャが言い、ベロニカと同じようにして、周りを見渡した。足を止めているベロニカたちに眼をくれる者はいるが、すぐに視線をはずして通り過ぎる者ばかりだ。感覚を研ぎ澄ましてみるが、やはり特にこれといった視線は感じられなかった。

「ごめん。多分、あたしの勘違いね。宿に戻りましょ、セーニャ」

「いいのですか?」

「気のせいじゃなかったら、むこうから声をかけてくるでしょ。買うものは買った。見るものは見た。あとは、暗くなってから出発よ」

「はい」

 故郷である聖地ラムダから旅立って、数ヶ月が経つ。このサマディー王国には、数日ほど滞在していた。食料や水など、必要な物は買い足した。躰も充分に休めた。街も、あらかた見て回った。ベロニカたちが目的とする人物は、ここでも見つからなかった。

 日中に砂漠を歩くのは自殺行為。テオが語ってくれた冒険譚で、そのことは充分にわかっている。一応の試しに、昼間の砂漠にちょっとだけ足を踏み入れてはみたが、想像を遥かに超える暑さだった。必要のない無茶をするべきではない。そう思った。

 宿にとってある部屋に戻った。外に比べると、部屋の中はまだ涼しい。とはいえ、生まれ育ったラムダの地は、北の地に近く、高地ということもあってここよりずっと涼しかったため、慣れない暑さには内心辟易(へきえき)していた。

 額に浮かぶ汗を時々(ぬぐ)いながら、荷物の確認をする。見落としがないよう、セーニャと一緒に、くり返すようにして確認した。

 確認を終え、愛用の赤い帽子を脱いで部屋のベッドに腰掛けると、部屋にあるもうひとつのベッドに腰掛けたセーニャが、ため息をついた。

「それにしても、なかなか逢えませんわね」

 セーニャが言った。苦笑しながら、ベロニカは口を開いた。

「それはまあ、しょうがないわよ。世界は広いんだし、そうそう巡り会えるもんじゃないでしょ」

「それもそうですが、お姉様は、早く逢いたいとは思わないのですか?」

「そりゃあ、会えるもんなら、会いたいけど」

「ですわよね!」

 セーニャが、勢いこんで言った。その勢いに小首を傾げていると、彼女は胸の前で両手を組み、どこか陶然(とうぜん)とした表情を浮かべた。

「幼いころに交わした約束。お互いに成長した少年と少女。幼いころのように気軽には触れ合えず、けれどもちょっとだけ手を伸ばせばたやすく触れ合える距離で会話する二人。美しい月夜を背景に、離れていた時間を埋めるように、それぞれの思い出を語り合い、どちらともなく手を重ね合う二人。いつしか二人は、躰も心も近づいて」

「うん?」

「素敵ですわ」

 セーニャの言葉に(いぶか)しむが、彼女は遠くを見るようにして、うっとりと言葉を紡いでいた。

「セーニャ」

「そして二人は、もう互いに子供ではないのだと気づき、お互いを求め合うように顔を近づけ合い」

「セーニャッ」

「あ、はい。いかがなさいましたか、お姉様?」

 やや強めに言うと、セーニャがふと気づいたように顔をむけた。

「いや、いかがなさいましたか、じゃなくて、誰のことを言ってるのよ?」

「それはもちろん、レヴン様のことですわ」

「あたしは、『勇者様』のことを言ってたんだけど?」

 『勇者』を守り、導くこと。それが、『賢者セニカ』の生まれ変わりにして、勇者の導き手である双賢の姉妹こと、ベロニカとセーニャの使命だ。

 ポカンとしていたセーニャが、あ、となにかに気づいたような仕草を見せた。

「はい。存じておりますわ」

 セーニャが言った。

 旅を出てからこっち、セーニャはなにかを隠している。旅に出る直前、長老ファナードからなにかを教えて貰っていたようなのだが、それはベロニカには教えてくれなかったのだ。

 ファナードからは、いずれわかる時が来るだろう、ともったいぶった調子で言われた。セーニャも、秘密です、と口を固く閉ざしている。

 ちょっと面白くない気持ちはあるが、いずれわかるという言葉を信じて、いまは行くしかない。そう自分に言い聞かせるようにして思っていた。なにか、あと少しでその答えが浮かびそうな気もするのだが、不思議とその先に思考が行ってくれなかった。

「あたしたちには使命があるのよ。レヴンのことは、後回しよ」

 ズキンと胸が痛んだが、その痛みは無視した。使命がある。命に代えても果たさなければならない、大事な使命だ。ベロニカ個人の約束は、二の次でいい。再び、自分に言い聞かせるようにして思った。

「レヴン様は」

「セーニャ」

 やめなさい、と強めに言うが、セーニャは臆することなく見返してきた。

「私も、使命のことを(ないがし)ろにする気はありませんわ。ですが、そんなふうに苦しそうにするお姉様を見るのは、私は嫌です」

「苦しそうって」

「いいじゃありませんか。レヴン様に逢いたいと思って、なにがいけないのですか?」

 使命がある。もしもの時は、命に代えても勇者を守らなければならない。そのもしもの時が来た時、一瞬の判断の遅れが、取り返しのつかない事態を招くかもしれない。

 誰かへの、レヴンへの想いが、その判断の遅れや間違いを招いてしまうかもしれない。それがこわい。

 そんなことを考えているとレヴンに知られたら、薄情なやつだと思われてしまうかもしれない。それも、こわかった。

「レヴン様はきっと、お姉様との約束を守るために、努力してきたはずですわ。お姉様だって、そうではありませんか?」

「レヴンのことがなくっても、あたしは努力してたわよ」

「はい。ですけど、レヴン様とのことがより一層の向上心を生んだのも、事実ではありませんか?」

「それは、そうかもしれないけど」

 レヴンと会ってから、それまで以上に魔法の練習に身を入れるようになったという自覚はあった。別れてからもそうだ。魔法だけではなく、テオに教えられた体術なども、それなりに(つか)えるものになっていた。

 彼との思い出も約束も、色()せることなく、胸に刻みこまれている。勇者の導き手としての使命感に負けないぐらい、ベロニカをかたち作っているものだ。

 逢いたい。

「だけど、十年近く経ってるのよ。約束のことなんて、忘れてるかも」

 不意に浮かんだ言葉を押し殺すようにして言うと、また胸が痛んだ。彼は、ベロニカよりも幼かった。そんな小さなころのことなど、忘れていてもおかしくないのではないか。

 彼は、そんな男ではない。そう思っても、時々不安に駆られてしまう。そんなふうに思っているくせに、彼を二の次にしようとしている自分が、どうしようもないやつに思えた。

「そんなこと、あり得ませんわ。絶対にレヴン様は憶えています。それにきっと、すごくかっこよくなってますよ」

「なんで」

 なんでそんなふうに言い切れるのか、という意をこめて言った。

 セーニャが、やさしく微笑んだ。

「お姉様の、未来の旦那様ですもの」

「ぼふぉっ!?」 

 予想外にもほどがある言葉に、思わず噴き出した。乙女(おとめ)にあるまじき声が出たが、それもしょうがないだろうと思える言葉だった。

「お姉様、どうされました!?」

「ど、どうもこうも」

 顔が熱い。頭が混乱している。セーニャはいつの間にメダパニなんて覚えたのか、などという馬鹿なことまで頭に浮かぶ。

 旦那。夫。レヴンが旦那。レヴンと夫婦。

 暴走しそうになる思考を、意思の力で無理矢理抑えこんだ。

「なんでいきなり旦那って話になるのよ!?」

「え、だって、ずっと一緒に旅をしようって言われて、お姉様はそれを受けたんですよね?」

「そ、そうだけど」

 レヴンとした約束のことは、セーニャと両親、そしてファナードにだけは伝えてあった。

「そ、それがどうしたのよ!」

「プロポーズにしか聞こえませんでしたわ」

「プ、プ、プロポ――!?」

 愉しそうに言われ、やはり思ってもみなかった言葉に混乱が加速した。

 字面だけ見れば、確かに求婚の言葉としてとられてもおかしくない台詞だった、といまさらながら思った。

 両親とファナードの反応を、ふっと思い出した。とても微笑ましいものを見るような眼で、ベロニカを見ていた気がした。

 そういえば、旅立つ時に母から、式の準備をしておくわね、と言われた。なんの式かと訊いても答えてくれなかったが、もしかしてあれは、結婚式の準備とかいう意味だったのだろうか。

「こ、言葉だけで見れば、確かにそれっぽいかもしれないけど、プロポーズとかそういうんじゃないわよ。セーニャも一緒にって」

「使命を果たすまでは喜んで御一緒させていただきますが、その後は辞退させていただきますわ。馬に蹴られたくありませんもの」

「そ、それに、あたしたち、子供だったのよ?」

「はい。けれど、幼いころの美しい思い出を胸に、約束した運命の再会を果たす男女。とても素敵だと思いますわ」

「再会、って。逢えるかどうか、わからないじゃない」

「逢えますわ。レヴン様は、運命の人なのですから」

 自信満々に言い切られ、なんとなくセーニャの眼を見つめた。セーニャの言葉には、確信のようなものが含まれている気がした。

 セーニャは、真っ直ぐにベロニカの眼を見返していた。

 どういうことか、訊いても答えてくれそうにないな、と思った。

「お姉様。ちょっと意地悪な質問をさせていただきます」

 セーニャが、真剣な瞳で言った。こちらも居住まいを正す。

「なに?」

「お姉様は、使命とレヴン様。どちらが大切ですか?」

「っ、使命に、決まって」

「導き手とかそういうものは考えず、お姉様御自身はどうお考えになっているか、お聞きしたいのです」

 セーニャが、遮るようにして言った。気遣うような光が眼にあったが、引こうとする感じもなかった。

 自身の三つ編みに触れる。レヴンに渡したリボンは、ベロニカの一番のお気に入りだったリボンだ。

 彼は、いまもあのリボンを持っていてくれているだろうか。

 使命は、もちろん大切だ。導き手であることは、ベロニカの誇りなのだ。

 だがレヴンも、ベロニカにとって、かけがえのない存在だった。

「どっちかなんて、選べるわけないでしょっ」

 うつむき、絞り出すように言った。導き手失格だと思うも、使命の方が心から大切だなどと、言えるわけがなかった。使命を、どうでもいいものだとも、言えるはずがなかった。

「らしくありませんわ、お姉様」

「え?」

 顔を上げる。セーニャは、静かにベロニカの眼を見つめていた。

「お姉様。お姉様は、使命のため、レヴン様との約束を果たすため、努力し続けてきたのではありませんか?」

「なにを」

「どちらかを選ぶなんて、お姉様らしくありませんわ」

 その言葉に、ハッとなった。

 なんのために鍛練してきたのか。

 レヴンと出会うまでは、勇者の導き手としての使命のためだった。レヴンと出会ってからは、彼に憧れて貰えるような恰好いい女で()りたい、という思いがどこかにあった。

 彼と約束してからは、その約束を果たすためという思いが増えた。彼とずっと一緒に旅をしたいと思った。

 いつのころからか、その約束を守るためにも使命を果たさなければならない、という思いが先立って、そのことを見失っていた気がした。

「ほんとに、意地悪な質問だったわね」

 苦笑して言う。不思議と、すっきりとした気持ちになっていた。単純だなと自分でも思うが、心のどこかにあったつかえが、なくなった気がした。

「そうね。使命もレヴンも、あたしにとっては、どちらも大切。どっちを選ぶなんて、できるわけないわね」

「お姉様」

「うん。あたしは、レヴンに逢いたい。逢って、一緒に旅をしたい」

 言葉にすると、胸が温かくなった気がした。やさしい日の光に照らされたような温かさが、躰中に満ちていく気がした。

「あたしは、ラムダの天才魔法使い、いいえ、天才大魔法使いベロニカ。使命は果たす。レヴンも守る。それぐらいやってみせなくちゃね」

 にかっと笑って言うと、セーニャが破願した。

「はい。それでこそ、お姉様ですわ」

 心配かけていたんだろうな、とふっと思った。おそらく、両親とファナードにも。

「セーニャ、ありがと。ほんとうに、アンタが妹でよかったわ」

「そんな。私こそ、お姉様がお姉様でよかったですわ」

「ありがと」

 照れくさくなり、窓の外に顔をむけた。

 サマディー王国からは、地形と距離の関係上、空に浮かぶ命の大樹は見えない。距離がきわめて遠いだけでなく、街の北側に山があるのだ。それでも、命の大樹があるだろう方角に、眼をやる。

 いつかあそこに、『勇者』を導く。その時には、レヴンも一緒であって欲しい。いや、きっと一緒にいることだろう。

 




 
貰う馬を白馬にして『ファルシオン』って名付けようかと思ったけど、天馬になるわけじゃないのでやめ。赤い馬で『乱雲』とか、黒い馬で『百里風』とか『雷光』とかつけたくなったけど自重した。
街などの広さは、ゲーム中で体感するよりも広くなっている感じで。

村一番の器量よしのウマとか言って渡されたから、なにかあるのかと思った。なかった。
神の岩もなんかあるのかと思ったら、「絶景スポットってだけかよ!」ってなる。なった。
 
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