異聞 ドラゴンクエストⅪ ~遥かなる旅路~   作:シュイダー

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Level:5 勇者の奇跡

 カミュの掘った抜け穴を進んで行くと、水の匂いがした。水音もかすかに聞こえてくる。

 心なし進みを速める。先の方に見えていた光が大きくなるとともに、水の匂いと水音も、はっきりしたものになっていった。

 光、抜け穴の出口に辿り着くと、注意深く頭だけをそこから出し、周囲の様子を(うかが)った。暗いが、壁のところどころに(あか)りがあった。洞窟などではなく、人の手が入った空間だった。

「水路に出たよ」

「おう」

 うしろにいるカミュに聞こえる程度の声で言うと、カミュが応えた。

 出口については、穴を進む途中でカミュから聞いてはいたが、それでも無事に出ることができてよかったとほっとした。

 誰もいないか、もう一度確かめる。かすかに、足音らしきものが反響して聞こえてくるが、すぐ近くには誰もいないようだった。穴から()い出る。レヴンに続き、カミュも穴から這い出た。

 ふりむいて、自分たちが出てきた穴を見る。人ひとりがなんとか出られるぐらいの穴で、そこまで大きなものではないが、もし見つかったら、無視できるような大きさでもなかった

 この穴ができあがったのは、ついさっきだったらしい。時間を置いたら、誰かに見つかる可能性がある。そのため、今日すぐにでも脱獄するつもりだったそうだ。夕飯を食べたあと、監視が緩くなる時間帯にと考えていたということだった。

 もしも、穴ができあがるタイミングが少しでもずれていたら。

 そう思うと、カミュが言った通り、運命というものを感じずにはいられなかった。

「ところでよ、レヴン。グレイグのやつには、ここで死ぬつもりはない、みたいなこと言ってたけどよ、もしもオレと会えずに、この抜け道を使えなかったら、どうするつもりだったんだ?」

 声が響かないようにだろう、カミュが声をひそめて言った。こちらも声をひそめた。

「一応、ひとつ考えていたことはあったよ。ただ、成功する公算は大きくなかったし、成功したとしても、誰かが犠牲になる可能性があったから、やりたくない手だった」

「犠牲ってのは穏やかじゃねえな。どんな手だ?」

「デインっていう、稲妻(いなづま)を呼ぶ呪文を使う気だった」

「呪文?」

「うん。空から稲妻を落とす魔法なんだ。鉄格子に魔法がかき消されるだけで、魔法自体は発動できたから、多分これも使えたと思う。それで、天井に穴を()ける」

「牢を抜ける前にちょっと確認してたやつだな。しかしよ」

「うん。それで実際に牢にまで穴を空けられるかはわからなかったし、できたとしても、上にいる人たちに被害が出たかもしれない。やってはいけないことだと思った。でも、彼女との約束を果たすためにも、死ぬわけにはいかないって思った」

 そう思ったとたん、言葉が口を()いて出ていたのだ。グレイグに対してというより、己を鼓舞するために言ったのだと、いまにして思う。

「約束のため、か。そうだな。約束は、守らなくちゃな」

 カミュが呟いた。レヴンに聞かせるためではなく、自分に言い聞かせるような調子だった気がした。

「カミュ?」

「いや、なんでもねえ。にしても、女との約束ねえ。なんだ、結婚でもするのか?」

「え」

 からかうような感じで言われたその言葉に、顔が熱くなった。昼間、グレイグに言われた言葉も思い出してしまい、全身が熱くなった。

 カミュが、眼を(しばたた)かせた。

「おい、マジか」

「いっ、――――いや、そういうのじゃないよ。どこかで再会したら、そこからずっと一緒に旅をしようとか、そんな約束で」

 一瞬、大声を出してしまいそうになったが、なけなしの理性がそれを押し(とど)めた。

 レヴンの口を押さえようとしたカミュが、ほっとしたように息をついたあと、なんとも言えないような表情を作った。

「ずっと一緒にって。なんか、プロポーズみてえな言い方だな」

「と、当時、僕は六歳で、彼女は八歳で、そんなこと考えてなかったし、その()の双子の妹も一緒の旅だしっ」

「あー、わかったわかった。いま話すことじゃなかったな。悪い。とにかく、いまはここを脱出しようぜ」

「う、うん」

 慌てて言ったところで、話はここまでといった感じで切りあげられ、ほっと息をついた。カミュの方としても、そこまで興味がある話題ではなかったようで、あっさり流して貰えて助かった気分だった。ちょっと物足りない気持ちがどこかにあったが、こんなことを話している場合ではない。

「とりあえず、オレが先に行く。おまえは、オレの合図のあとに付いて来てくれ」

「わかった」

 素直に頷いた。こういったことは、専門家の意見に従った方がいい。自分ができることならもちろんやるが、この手のことはもうすでに、カミュに託すつもりでいた。彼は、信頼できる人間だ。そう思えた。

 カミュが、角から顔を出すようにして先を見た。問題ないことを確認したあと、足音もなく先に進み、突き当たりにある壁に張り付くようにして再び周囲を窺うと、レヴンを手招きした。レヴンも、足音が鳴らないように注意しつつ、カミュに付いて行く。

 同じことをくり返して、いくらか先に進み、カミュの手招きに従ってそばに寄ったところで、カミュが警戒を強めた。レヴンも、誰かの気配を感じた。

「見張りがいるな」

 角からちょっとだけ顔を出して、カミュが言った。レヴンも、注意深く顔を出した。

 兵士が数人、巡回していた。切迫した感じはないため、あくまでもこの水路の(けい)()の兵であり、まだレヴンたちが脱獄したことは伝わってないようだと推察された。

 兵士たちをじっと見ていたカミュが、彼らから視線をはずさないまま、口を開いた。

「さっきと同じ手筈で行くぞ」

 声を出さずに頷いた。

 見定めるようにして、兵士たちを見ていたカミュが、素早く駆け出した。あっという間にむこう側の壁に張り付くと、すぐに手招きしてきた。レヴンも、可能な限り足音を抑え、素早く進んだ。気づかれなかったようだ。カミュがまた(すみ)やかに先に進む。それを、くり返した。

「ちょっと待て」

 しばらく進んだところでカミュが、(ささや)くようにして言った。

 なにか、と視線をむけたところで、さっきよりも兵士たちの空気が張り詰めているような感じを受けた。それに加え、兵士が多くなっているような気がした。

「多分、オレたちの脱獄がバレちまったんだろうな」

「そうみたいだね。どうする?」

「やることは変わらねえ。いくぞ」

「わかった」

 小さな声で言い合い、さらに進んだ。途中、何度かひやりとした場面はあったが、なんとか見つからずに進むことができた。

 カミュが足を止めた。レヴンもカミュの視線の先を見る。

 一本の石橋があった。周りを見渡してみるが、ほかにもうひとつだけ作られている通路は、()(のう)を積まれて封鎖されていた。二人だけで撤去するとなると、だいぶ時間がかかってしまうだろう。先に進むためには、その石橋を通るしかないようだった。

 橋はそれなりに大きく、片側だけでも数人の兵士が見張っていた。

「まいったな。見つからずに進むのは、無理そうだぜ」

「水の中を泳いで進むのは?」

「考えてはみたが、水の流れが早い。まず流されっちまうだろう。流されなかったとしても、満足に進めるかわからねえし、もしも見つかったら、水中じゃ対処しきれるかわからねえ。それに、何人かは水路の方を重点的に見張ってるみてえだな」

「ってなると」

「ああ。強行突破しかねえな」

 ドクンと、心臓が鳴った。人間と、闘うのだ。

 見る限り兵士たちは、ひとりひとりなら、そこまで手こずる強さではない。だが、数が多い。時間をかければ、ほかからも増援が現れるだろう。手加減できる余裕があるか、わからなかった。

 躰を深く斬られれば、人は死ぬ。

 攻撃魔法が直撃しても、人は死ぬ。

 殴られても、場合によっては、死ぬ。

 どんなことでも、人は死ぬ可能性がある。

 誰でもそうだ。それは、レヴンも例外ではないのだ。

 レヴンは、災いを呼ぶ悪魔の子とされている。こうやって脱獄した以上、逃げられるぐらいならと、兵士たちが殺しにかかってくる可能性は、充分にあった。そうでなくとも、捕らえられれば、間違いなく処刑だろう。

「レヴン。人を殺せるか?」

 カミュが、フードの下から、レヴンの眼を真っ直ぐに見て、言った。なにかを見定めるような、そんな瞳に思えた。

 その視線を受け止めるように、真っ直ぐに見返した。

「わからない。人を殺したくなんて、ない。だけど、ここで死ぬわけにはいかない。そうしなきゃ生き延びられないなら、僕は、殺す」

 覚悟などというものではない。ただ、ここで死ねない。死ぬわけにはいかない。そういった意思をこめて、レヴンは言った。(どう)()が早まり、胸が苦しくなったが、歯を食いしばってそれに()えた。いつの間にか握り締めていた拳が、震えていた。

 カミュが、軽く苦笑した。

「レヴン、あんまり気負(きお)うなよ。オレもいるんだからな。二人だったら、あいつらを殺さずに逃げ切ることだってできるさ」

「だけど」

「悪かったな、変なこと訊いちまって」

 カミュが、バツが悪そうに頭を掻き、もう一度苦笑した。

「オレたちなら大丈夫さ。そう思おうぜ、相棒」

「相棒?」

「ああ。嫌だったか?」

 言われたことのない言葉に思わず聞き返すと、カミュが探るようにして言った。

 ちょっと考えてみる。

 ニッと、笑いかけた。

「嫌、じゃないね。信頼されてるみたいで、なんだか悪くない気分」

 対等だと認めて貰っている。そんなふうに思った。

 カミュが、一瞬だけ、眼を見開いた気がした。

 そうか、とカミュが呟き、ちょっとだけ考えこむ仕草を見せた。

 息をつき、ひとつ頷いたカミュが、被っていたフードをはずした。ツンツンと逆立った青い髪が、(あら)わになった。

 口の()だけ上げるようにして、カミュがニヤッと笑った。

「じゃ、行こうぜ、相棒」

「うん。頼りにしてるよ、相棒」

「おう」

 不思議と、気負いがなくなっていた。

 相棒が隣にいるのだ。きっとうまくいく。そう思えた。

 カミュが奇襲をかけ、そのあとにレヴンが仕掛けるということにした。兵士たちの様子を窺う。

 兵士たちが、レヴンたちのいる方向から眼を逸らした。

 カミュが、飛び出した。橋のこちら側にいる兵士のひとりに、持っていた剣の腹で一撃を加える。その一撃を受けた兵士が、崩れ落ちた。

 兵士たちが、カミュに気づいた。各々(おのおの)が武器を引き抜く。

「ラリホー!」

 兵士のひとりに、レヴンは眠りの呪文をかけた。成功するか不安ではあったが、狙った兵士が頭を押さえ、倒れた。周りの兵士たちが動揺する。効果があったようだと意識する前にレヴンは、剣を引き抜き、駆け出していた。

 

***

 

 脱いだ上着を、雑巾(ぞうきん)のように絞り上げる。大量の水が(したた)り落ちた。レヴンの方を見てみると、あちらも同じだった。

「なあ、レヴン。メラで服を乾かすとかって、できねえか?」

「服を乾かす、かあ」

 カミュが訊いてみると、レヴンが渋い顔をした。服を絞りながら、考えこむような仕草を見せた。

 カミュは、魔法がほとんど使えない。『ジバリア』という、地面に設置しておく罠のような魔法や、眠った者を起こす『ザメハ』などのいわゆる補助系統の魔法は使えるが、それも大した数ではない。それもあって、魔法のことについては、なにも知らないと言ってもいいほどだった。

 レヴンが、周りを見渡した。

「うーん。燃やせる物があればともかく、メラだけでとなると、服を完全に乾かすのはちょっと難しいかなあ」

「そうなのか?」

「できないってわけじゃないんだ。ただ、火をその場で出しっ放しにするみたいに、魔法を維持するのは、ただ放つよりも消耗が大きくなるから、いまはあまりやりたくないかなあ。脱出するまでなにがあるかわからないし、安全なところに行くまでは、抑えられる消耗はなるべく抑えたい」

「確かにそうだな。しかし、燃やせる物か」

 レヴンの言葉に、カミュも周りを見渡した。すぐ近くには、カミュたちが流されてきた水路があり、反対側には、岩が切り崩されたような洞窟があったが、燃やせそうな物などはなかった。水路側の壁には、いくつか松明(たいまつ)が飾られているのだが、舟などを遣わなければ届きそうにない。レヴンがギラを遣うことで火を(とも)すことはできたが、手元に持ってくるのは無理そうだった。

 すぐにでもここを離れるべきだとは思うのだが、濡れた服を着て移動するのは、体力の消耗がひどくなるし、水で足跡(そくせき)が見つかることもありえる。そのため、なるべく乾かしてから行こうということになったのだ。

 石橋で、最初にその場にいた兵士たちは全員、殺さずに無力化することに成功した。レヴンの実力は、カミュが思っていたよりもずっと高く、正面きっての闘いなら、カミュよりだいぶ上だろうと思えるほどだった。

 闘いの気配を感じ取ったのか、カミュたちが来た方と、むかう方から、兵士たちの増援が現れた。さっき闘っていた兵士たちよりも多かった。

 その連中も、なんとか殺さずにいなしつつ進んだ。石橋の真ん中あたりで、挟み撃ちにされるかたちになった。レヴンと背中合わせに、迎撃の構えをとったところで、なにか嫌な音がした。足もとから聞こえた気がした。石橋が、崩れる。直感的にそれがわかった。

 石橋を渡らなければ。だが、どっちに行けばいい。進む先にいる連中の方が、数が多い。崩れる前に渡れるのか。

 カミュがそう一瞬だけ迷った時には、レヴンが動いていた。

 むかって来る兵士たちにレヴンは、石橋が崩れることを叫び、爆発の呪文、イオを解き放った。イオは、兵士たちにではなく、カミュたちと兵士たちの間で炸裂した。その衝撃とレヴンの言葉に兵士たちは、気絶していた者たちも抱えて後退し、石橋から退避していった。

 その爆発が最後の引き金となったのか、石橋が崩れはじめた。兵士たちは、それに巻きこまれそうになった者もいたが、事前に退避しはじめていたのもあって、実際に巻きこまれた者はいなかったようだった。巻きこまれたのは、石橋の上に残っていたカミュとレヴンだけだった。

 その時は一瞬、死を覚悟したが、着水の衝撃が少々痛かったものの、()(れき)に挟まれるといったことも、溺れることも、水路の壁にぶつかることもなく、ここに流れ着いた。

 下手をすれば死んでもおかしくない状況だったが、こうして無事でいるうえ、兵士たちから逃げることができた。なにか、不思議な力が自分たちを守ったのではないか。そんなことを思ってしまうぐらい、奇跡的な状況だった。

 勇者の奇跡。ふっと、そんな言葉が胸に浮かんだ。

「ごめん、カミュ」

「ん?」

 唐突なレヴンの言葉に、首を傾げた。

「なにがだ?」

「石橋が崩れた時のこと。僕は、生き延びるためなら兵士たちを殺すと言っておきながら、殺すことができなかった」

「いや、言っただろ。二人なら、殺さずに逃げ切れるだろって」

「そうじゃない。石橋が崩れる気配がした時、僕たちがやるべきだったのは、前方の兵士たちを薙ぎ倒して、兵士たちに構わず、先に進むことだった。だけど僕は、その決心をつけられなかった。そのせいで、僕だけならともかく、カミュまで危険な目に()わせた」

「なに言ってんだ。そのおかげで、オレたちはあの場から逃げられたんだぜ。結果オーライってやつじゃねえか」

「結果論だよ、それは。死んでいても、おかしくなかった」

 横をむいて、うつむきながら、静かにレヴンが言った。髪が顔にかかり、表情は読み取れないが、ひどく申し訳なく思っているのは、よくわかった。

 真面目なやつだな、と思った。ちょっと呆れた気持ちはあったが、苛立ちはなかった。むしろ、好感のようなものを覚えていた。

「いいじゃねえか、結果論で」

「でも」

「確かによ、おまえの言う通り、あれは死んでいてもおかしくなかったとは思う。だけど、オレたちは生きてる。これってよ、偶然なのかね」

「え?」

 レヴンが、カミュに顔をむけた。

「瓦礫に巻きこまれたり、溺れたり、壁にぶつかったり、それがなくても、お互い別の場所に流れ着いたりしてもおかしくなかったはずの状況だ。それがこうして同じ場所に、無事に流れ着いてるんだぜ。偶然って言うには出来すぎってもんだろ。でよ、思ったんだ。勇者の奇跡とか、そんなもんでもあるんじゃねえかってな」

「勇者の、奇跡?」

(がら)じゃねえことを言ってる自覚はあるがよ、言わせてもらうぜ。なにかがオレたちを、いや、おまえを守ってる。オレが脱獄しようとした日におまえが捕まったのも含めて、そんな気がするんだよ。だけどそれは、おまえが、勇者っていうのにふさわしいやつだからじゃねえかっても思うんだ」

「ふさわしいって」

「悪魔の子の方じゃないぜ。おまえ、言ってただろ。故郷の村では、勇者とは、大いなる闇を打ち払う者って伝えられてきたってよ」

 レヴンが、眼を見開いた。

 カミュは、ニヤリと笑った。

「それによ、おまえさっき、決心がつかなかったって言ったけどよ、オレはそうは思わねえ。おまえは、誰も死なせないって思って、あんなことをしたんじゃねえかな。じゃなきゃ、あんなに早く動けねえと思うぜ」

「カミュ」

「勇者は災いをもたらす悪魔の子だってあいつらが言うんなら、とことん刃向(はむ)かってやろうぜ。誰も殺さない。誰も不幸にしない。させない。そうすれば、みんな思うんじゃねえかな。勇者っていうのは、ほんとうに悪魔の子なんだろうかってよ」

 レヴンが、視線を宙に彷徨(さまよ)わせたり、頭を掻いたりと、考えこむ仕草を見せた。

 やがて考えがまとまったのか、カミュの眼を真っ直ぐに見つめた。

「なんていうかさ、カミュと会えて、よかったよ」

「よせよ。そんなもん、わざわざ口にして言うことじゃねえ」

「僕も、一度だけと思って、言ってみた」

「そうかい」

 二人で苦笑し合うと、どちらともなく手を胸の高さにまで挙げ、拳を突き合わせた。二人で、ニヤッと笑った。

 服を絞り終え、レヴンが壁に立てかけた剣に服をかけた。カミュも、同じことをした。

 レヴンがリボンを手に取り、丁寧な手つきで水を絞った。絞り終えると、剣にかけた服と、手に持ったリボンとの間あたりに、レヴンがもう片方の手を持っていく。

「メラ」

 火が当たらないように、慎重な様子で、レヴンは火を制御していた。やがて、レヴンが火を消した。

 レヴンが服に触れ、ひとつ頷いた。

「乾いたのか?」

「ある程度は。全部乾かすとなると、さすがに時間と消耗の問題がね」

「そうか。まあ、いいさ」

 言って、服を着こんだ。レヴンの言う通り、まだところどころ湿っていた。ちょっと気持ち悪くはあったが、それは仕方ない。

 レヴンも同じく、服を着こんだ。

 服を着終えたレヴンが、リボンを胸もとに大事そうに仕舞った。

「そのリボンは、しっかり乾かしたのか?」

「うん。ごめん。だけど、このリボンを粗末に扱うことだけは、したくないんだ」

「責めてるわけじゃないさ。思い出の品なんだろ。大事にしろよ」

「ありがとう」

 最後に、二人とも武器を身に着けると、洞窟にむかった。

 暗い。灯りはないようだった。

 レヴンが、呪文で明かりを生んだ。カミュたちの頭よりも高いところに漂うその光は、松明よりも幾分明るかった。手が塞がることもなく、維持するのに魔法力を消費しない魔法のため、こういった場所を進むのに非常に役立つ魔法だということだった。この明るさが基本だが、魔法力を調整することで光量を変えることもできるらしい。

「便利だな、これ。あとで教えて貰っていいか?」

「うん、いいよ。じゃ、行こう」

「おう。の前に」

 壁の松明に水をかけ、灯りを消した。追手が来た時、火が灯っていたら、ここにいたことが一見してわかってしまう。痕跡(こんせき)は、なるべく残すべきではなかった。

 ともに歩き出した。ずっと先が見えるほどの明るさではないが、数歩先ぐらいまでは、ほぼはっきりと見えるぐらいの明るさだった。

 しばらく進んだところで、なにか嫌な気配がした。レヴンも同じなのか、彼からも緊張のような気配を感じた。

「なにか、いるな」

 呟くようにして、言った。

「みたいだね。でも、人間じゃない」

「ああ、魔物の気配だ。だが、かなりやばそうな感じだな」

「うん」

 レヴンが、ちょっとだけ考える仕草を見せたあと、明かりを消すと言った。カミュも頷いた。

 明かりを消し、暗闇に眼が慣れるまで少しだけ待ち、再び歩き出した。今度はカミュが先行した。

 気配で、お互いが近くにいるのはわかっている。明かりがあるときに比べ、足取りが遅くなるのは、さすがに仕方なかった。

 (ひら)けた空間に出たことが、感覚でわかった。なにか、大きな気配を感じた。

 カミュ、とレヴンが(ささや)くようにして言った。足を止める。

「ラリホー」

 レヴンが、呪文を唱えた。

 少しして、その気配が静かなものになり、規則正しい呼吸音らしきものが聞こえてきた。効果があったようだ。

 レヴンが明かりをつけた。見上げるほどに大きな影が、佇んでいた。

 翼の生えた大きな蜥蜴(とかげ)。そう揶揄(やゆ)されることもある、魔物の中の魔物と言われる、強大な存在のひとつ。

 二人で、息を呑んだ。

「これ、ドラゴンか?」

「ブラックドラゴン、だったかな。図鑑で見たことがある」

「ここら辺にいる魔物じゃねえぞ、これ。なんでこんなのが、こんなところにいるんだ」

 ここは、洞窟ではあるが、おそらくはデルカダールの水路の一部か、そこからさほど離れてはいない場所だろう。

 このあたりには、そこまで強い魔物は生息していない。強力な魔物が目撃される、または魔物の動きが活発化すると、グレイグやホメロスなどが率いるデルカダールの部隊が出撃し、討伐するためだ。それでも完全に魔物の発生を抑えることはできないが、基本的に弱い魔物しかいないおかげで、このあたりの街道の行き来は、かなりたやすいものとなっているはずだった。カミュが牢に入れられる前の情報ではあるが、そう変わってはいないはずだ。

「いずれにせよ、いまは放っておくしかねえな」

「だね。ここで闘うのは落盤がこわいし、いまの消耗した状態じゃ、さすがに勝つのは難しいし」

「ああ。こっそりと抜けようぜ」

 兵士たちに気づかれないように警戒しながら歩き、闘いではその兵士たちを殺さないように立ち回り、水路の水に流されてきたのだ。疲労はかなり溜まってきている。それに加えて、時間的にはそろそろ夜も更けようというあたりだろうが、カミュもレヴンも夕食を()っていないのだ。万全とは言い(がた)い状態だった。

 この状態では、レヴンの言う通り勝つのは難しいし、たとえ勝てたとしても、消耗はかなりのものとなってしまうだろう。そもそもいまの目的は、デルカダールから逃げおおせることだ。消耗し、逃げ切れなくなってしまっては、目も当てられない。

「ただ、ここにドラゴンがいるから気をつけて、っていうのは、誰かに伝えておきたいな。被害が出るかもしれないし」

「まあ、そこはあとで考えようぜ」

 お人()しだな、と思ったが、こいつらしいな、とも思った。

 ブラックドラゴンの前を通り過ぎる。ラリホーによる睡眠は、なかなか強力なため、なにかしら強い衝撃でも与えられない限りは、そう簡単に起きたりしないとのことだった。

 拓けた空間を進むと、また通路が見えた。

 通路の入る手前あたりで、大きな音がうしろから響いた。例えるなら、落石がなにかにぶつかって砕けたような音だった。

「あ?」

「え?」

 気配が、動き出した気がした。視線を感じた気がして、恐る恐るレヴンとともにふりむいた。

 目が合った、気がした。ブラックドラゴンが、こちらを見ていた。足もとに、さっきまではなかったはずの、砕けた岩らしきものがあった。おそらくは、洞窟の天井から降ってきた岩が、ブラックドラゴンの頭かどこかに当たったのだろう。その衝撃で、ブラックドラゴンが起きた。

 ブラックドラゴンは、どこか怒っている気配を漂わせていた。口から時々、炎のような赤い吐息が洩れるのが見えた。

「おいおい、なに怒ってんだよ。その岩はオレたちのせいじゃねえぜ?」

「そうだよ。僕たちは、君がぐっすり眠れるように、静かに退散しようとしてたんだから」

 二人で笑顔を浮かべ、爽やかに言った。背中を嫌な汗が伝っていた。レヴンの顔を横目で見てみると、ちょっと引き()っているような気がした。多分、カミュも引き攣っているだろう。

 ブラックドラゴンが、大きく息を吸いこんだ。

「イオ!」

 レヴンが、ブラックドラゴンの顔のあたりに呪文を解き放った。爆発が起こる。

 二人で示し合わせたように、ブラックドラゴンに背をむけて一目散に逃げ出した。通路に入った。

「っ!?」

「うおっ!?」

 うしろから響いてきた雄叫びに思わず二人でつんのめるが、なんとか体勢を立て直し、速度を上げる。レヴンの作った明かりは、さっきまでよりも明るい気がした。

「さっきより明るいな!!」

「足場が見えないと走るどころじゃないからね!!」

「なるほどな!!」

 消耗よりも、ここを乗り切るのが優先ということなのだろう。なんという冷静で的確な判断力なんだ。きっとレヴンなら、強盗が人質をとって立て()もっているという現場に出くわした時、着ている服を青い塗料で染め、神父の真似(まね)をして油断を誘うなどという作戦だって実行できるに違いない。

 追われている焦りのせいか、いろいろと余計なことが頭に浮かぶが、躰は前へ前へと進んで行く。道には石などが転がっており、足場がいいとは言い難かったが、文句を言っていられる状況ではない。転ばないように気をつけながら駆ける。

「ラリホーは!?」

「ある程度まで近づかないと効果が薄いし、なにより興奮し過ぎてる!!」

「じゃ、やめた方がいいか!!」

「そうだね!!」

 あわよくば、といった感じで提案してみたが、レヴンがそれを考えていないはずもなかったか、と思い直した。近づいてラリホーを使ったとして、もしも効果がなかったら、こちらが永眠する羽目になりかねない。

 とにかく、駆け続けるしかない。

 ブラックドラゴンの気配が、こっちに近づいて来る。躰の動きの早さ自体はともかく、躰の大きさの分、進む幅がこちらよりもずっと大きいうえ、カミュたちと違って障害物を気にする必要がないためだろう。だんだん距離を詰められているようだった。

 道の先に、違和感を覚えた。

「っ、レヴン待て、崖だ!」

 同時に足を止めた。道の先に足場がない。やはり、崖だった。

 カミュがふりむこうとしたところで、レヴンが火球を崖の下に放った。わずかの間を置き、地面に着弾するのが見えた。

「そこまでの高さじゃないっ。跳ぼう!」

「おう!」

 同時に地を蹴る。落下していく感覚。明かりは一緒についてくる。視界に、地面が見えた。

 二人とも受け身をとり、そのまま駆け続ける。ブラックドラゴンがあきらめてくれればいいが、追って来る気配は、いまだ剣呑(けんのん)なままだ。飛び降りて来る可能性は充分にあった。

 その推測を肯定するように、地響きがうしろから聞こえた。

「しつけえなあっ!!」

「まったくだねっ!!」

 駆け続ける。牢の中では、躰が(なま)らないように鍛え続けてはいたが、駆けることは大してできなかった。それに加えて、巨大な竜に追われるという焦りもあり、だんだんと息が切れてきたのを感じた。

「レヴン!」

 まずいな、と思ったところで、細い通路が見えた。あの大きさなら、巨体のブラックドラゴンは入って来れない。気にせず突っこんでくる可能性はあるが、賭けるしかない。

「先に入る!」

「わかった!」

 カミュが先に通路に入った。奥の方に光が見える。出口だろうか。そう思いながらも、正直にいまそちらに駆けて行くのはまずいとも思った。すぐ横の壁に張り付いた。壁は、(くぼ)みとなっていた。レヴンも同じようにして、壁に張り付いた。カミュのむかい側の壁だ。

 レヴンが即座に明かりを消し、二人で息を潜めた。

 ブラックドラゴンの気配が、近づいて来る。

 ブラックドラゴンの呼吸が、間近で聞こえた。すぐそこにいる。できる限り気配を消し、じっとしていた。

 やがて、ブラックドラゴンの気配が、ちょっとだけ離れた。そっと、覗きこむようにして、見てみる。

 ブラックドラゴンが、背をむけて、離れて行くのが見えた。

「行ったぞ」

「よかった」

 囁くようにして言い合うと、二人で息をついた。

 座りこみたいところだったが、そうもいかない。呼吸を整えながら、光の見える方向に二人で歩き出した。警戒のため、明かりは作らなかった。

 ちょっと遠くに見える、出口らしき光は、壁に空いた亀裂のような感じだった。通路自体は意外と広く、三、四人ぐらいだったら、並んで進めそうなほどだった。

 ちょっと進んだところで、光がなにかに遮られるとともに、揺らめく炎が見えた。松明。人影。兵士。

「隊長、いました!」

「でかした!」

「おい、よりによってこのタイミングかよ!」

 カミュが悪態をつく間に、兵士たちが亀裂から入ってきた。数は、四人。だが、亀裂のむこう側にも、人の気配があった。待ち伏せか、それとも後詰めか。

「おまえたちも運がなかったな。いましがたここの探索を終え、よそに移動しようとしていた矢先だったというのにな。まあ、悪魔の子に味方する神などいないということだ」

 近づいて来た兵士たちが武器を構え、隊長格と思われる兵士が言い放った。

 勝手なことを言いやがる、と内心で思いながら、兵士たちを見据えた。

 しかし、探索を終えたと言ったが、あのブラックドラゴンとは会わなかったのだろうか。一瞬そう思ったが、あの崖のあたりで探索を打ち切ったということなのだろうと推察した。

「レヴン、いけるか?」

「大丈夫。問題ない」

「よし。とりあえず、こいつらを」

 そこで、背中を冷たいものが走った。悪寒。レヴンも同じなのか、ビクッと躰を震わせた。

 (はじ)かれたように二人で、たったいま逃げてきた方にふりむいた。

 赤いなにかが、見えた。揺らめく火。ブラックドラゴンの、吐息。ブラックドラゴンが、こちらを睨みつけているような気がした。

 ドラゴンという魔物の象徴とも言える、ブレスという攻撃がある。炎や冷気など、さまざまな種類があるというが、口からそういった吐息を吐き出すのだ。

 炎の吐息、『はげしい炎』が来る。直感的に、それがわかった。

 目まぐるしく頭を回転させる。

 兵士たちを逃がしつつ、自分たちが逃げることはできるか。

 無理だ。ブレスは、いまこの瞬間にも解き放たれるだろう。出口までの距離はそれほどでもないが、二、三歩で出られる距離でもない。兵士たちが混乱し、彼らが我先(われさき)に出ようとして出口が塞がったら、それこそカミュたちも含めて助からない。

 兵士たちの脇を、なんとかすり抜ける。兵士たちは、見殺しにするしかない。

 さっきレヴンに言ったことを、いきなり(くつがえ)すことになってしまうが、この状況で全員が助かる方法など、カミュには思い浮かばなかった。

「レヴ」

 瞬時にそう判断し、レヴンに呼びかけようとしたところで彼は、立ちはだかるようにして前に出た。ブラックドラゴンにむかって、だった。

 カミュは、眼を()いた。レヴンが右腕を振りかぶった。

「なにをっ」

「どこを見ている、悪魔の、っ!?」

「え、あれ、ドラゴンじゃ」

「や、やばいですよ、たいちょ」

「全員、逃げっ」

「ベギラマーーーーーーーーーーーッ!!」

 レヴンが突き出した右腕から閃光が(ほとばし)るのと、ブラックドラゴンが『はげしい炎』を放ったのは、同時だった。腕ほどの太さの熱線が、細い通路のところで炎とぶつかり合い、息苦しくなるほどの熱気があたりに充満した。

 ブラックドラゴンの炎が、少しずつ押しこんでくる。

「ぐうううううううううううおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!」

 レヴンが()え、放つ熱線が太さを増した。『はげしい炎』と拮抗し出す。力を絞り出しているのか、熱線は腕よりも二回りは太くなっていた。レヴンは時折、苦しそうに声を洩らしながらも、一歩も引かないとばかりにベギラマを放ち続けていた。

 『はげしい炎』と拮抗するが、それで抑えられているのは炎の中心部だけで、余波と言える周りの炎は、少しずつレヴンを焼いていた。少しうしろにいるカミュですら、火傷(やけど)しそうなほどだった。だというのに、レヴンは怯むことなく、ベギラマを維持していた。

 力強い、(まばゆ)さすら感じる姿だった。

 これが、勇者。

「っ!」

 はっと我に返った。なにを呆けている。相棒として、自分がやらなければならないことはなんだ。

 兵士たちにむき直る。彼らは、なにが起こっているのかわからないとばかりに、茫然(ぼうぜん)としていた。

 愚かかもしれない。ひょっとしたら、自分たちの首を絞める行為になってしまうかもしれない。

 それでも、レヴンはきっと、この兵士たちも助けるために、あのような行動をとったのだ。目の前で誰も死なせない、不幸にさせないと、きっと決意したのだ。

 その選択を、決意を、覚悟を踏みにじるような真似をしてしまったら、この男の相棒を名乗ることなど、絶対にできなくなる。この男を相棒と呼ぶ資格を、永遠に失うこととなる。それはきっと、男としての誇りを自ら投げ捨てるのと変わらないことだと、強く思った。いや、感じた。

「おい、おまえら、さっさとここから出ろ!!」

「な、なにっ?」

「早くしろっ、焼け死にてえのかっ!?」

 カミュの言葉に、兵士たちがはっとした。

「総員退避!!」

『はっ!!』

 兵士たちが、彼らが入って来た出口にむかって、駆け出した。

 慌てず、しかし素早く兵士たちが出て行った。

「全員、出たぞっ、おまえたちも早く出ろっ!!」

 外から、そう呼びかけられた。そのことに多少驚きながらも、レヴンの方に駆け寄った。

 ほかに逃げられるところなどない。行くしかなかった。

「カミュッ?」

「あともう少し、踏ん張ってくれ!」

「っ、わかった!」

 レヴンの躰を抱え上げ、出口である穴にむかって駆け出した。レヴンはカミュの言葉に応え、ベギラマを炎にむかって撃ち続けていた。炎は、じわじわとこちらに押しこんでくるようだったが、ベギラマのおかげで到達はしなかった。

 出口は、人ひとりが通り抜けられるぐらいには大きい。レヴンを抱えながらでも出ることができるだろう。正面には、人の姿はない。そのまま飛び出すことを決める。

「頭を(かが)めろ!」

 レヴンに呼びかけ、返事を待たずに穴に飛びこんだ。力尽きたのか、レヴンのベギラマが消えたのがわかった。穴から抜ける。人工の通路に出た。

 炎の射線から(のが)れようとしたところで、壊れた石畳の隙間に足をとられた。

 倒れる。焼かれる。一瞬が、永遠にも思えるほどに引き伸ばされたような感覚の中、そう頭に浮かんだところで、二人の少女の顔が、頭をよぎった。

 ひとりは、カミュと同じ青髪の、勝気そうな少女。もうひとりは、金髪を真っ直ぐにおろした、大人しそうな幼い少女。

 金髪の少女が、緑色のヘアバンドを、こちらに差し出している映像が見えた。

 青髪の少女が、助けを求めるように手を伸ばし、愕然とした表情を浮かべ、金色の彫像となった映像が見えた。

 走馬燈、というやつなのだろうか。

 死んで、たまるか。

「っ!?」

 横から飛び出してきた兵士たちが、倒れこみそうになったカミュたちを抱き()め、炎の射線からともに跳び退()いた。炎が壁にぶつかる。炎が、断崖に遮られた津波のように、周りに飛び散った。

 カミュたちの前に、大きな盾を持った兵士たちが飛び出した。大きさが、人の()(たけ)ほどはある盾だった。その盾で、兵士たちが炎の余波を防いだ。しばらくして、穴の中から出てくる炎が、収まった。

 ブラックドラゴンがあきらめたのか。『はげしい炎』が、止まったようだった。

 ふうっと、誰ともなく息をついた。

「っ!」

 レヴンとともに兵士たちの腕を振り払い、彼らから跳び退(すさ)った。

 兵士たちが、はっとした。

「ま、待て!!」

「悪いけど、待つわけにはいかねえんだよっ!」

「助けてくれてありがとうございます!」

「い、いや、こちらこそ、じゃないっ。そっちは!」

 駆け出した。壁に松明がかけられているため、それなりに明るく、駆け(にく)いということはないのだが、さすがに息があがっていた。カミュもそうだが、それ以上にレヴンの方である。限界まで、いや限界以上にベギラマを維持していたのだろう、足もとがおぼついていなかった。

 レヴンに、肩を貸した。

「ごめん、カミュ」

「気にすんな、相棒」

「――――ありがとう、相棒」

「それはオレの台詞さ。ありがとよ、相棒。おかげで助かったぜ」

 カミュ自身のことだけではない。兵士たちのことも含めて、カミュは言った。

 誰かを見捨てずに済んだ。助けることができた。それが、不思議と心地よかった。

 通路の先に、光が見えた。出口だろうか。そこまで強い光ではない。まだ、夜なのだろう。月明かりのようだった。

 出口から、外に出た。月が近くに見えた。大きな滝が、すぐそばに見えた。

 嫌な予感を覚えながら、真っ直ぐ進んで行く。

 少しして、二人で愕然と眼を見開き、足を止めた。

「っ」

「これは」

 崖だった。月明かりのため、下の方までははっきりとは見えないが、相当な高さのようだった。

「ここは、行き止まりだ」

「くっ」

 かけられた声に、ふりむいた。

 カミュたちが出てきたところから、さっきの兵士たちが出てきた。数は、七人ほど。普段なら難なく片づけられるぐらいだが、疲労した身で、すでに限界に来ているレヴンを(かば)いながらでは、厳しいと言わざるを得なかった。

 隊長らしき兵士が、一歩進み出た。

「悪魔の子よ。なぜ、助けた?」

 レヴンを見て、その兵士が言った。

「え?」

「見捨てることだってできただろう。いや、そもそも、あんな魔法が放てるのなら、我々を薙ぎ払って行くことだってできたはずだ。なぜ、我々を助けた?」

「理由なんてありません。躰が勝手に動いていた。それだけです」

「そうか」

 兵士がうつむいた。

「だが我々は、悪魔の子であるおまえを、捕らえなければならん」

「隊長。ほんとうに、それでいいんですか?」

 兵士、隊長が力なく言うと、うしろにいた兵士のひとりが、気が進まなそうな様子で言った。周りの兵士たちがざわめき出した。

「おい、相手は悪魔の子なんだぞっ」

「そうだけどよ、俺たち、助けて貰ったじゃねえかよっ」

「それは。いや、やつの策かもしれないだろっ」

「あんな状況で策もくそもあるかよ。下手すりゃ、あいつらが焼かれてたかもしれねえんだぞっ」

「そうだよな。その通りだと思う」

「確かにそうだけど」

 程度の差こそあれ、全員、気乗りしない雰囲気だった。

 隊長が、うつむいたまま手を挙げると、兵士たちが口を閉じた。

 隊長は手を下ろすと顔を上げ、レヴンに顔をむけた。

「悪魔の子とは、なんなのだ。おまえはほんとうに、災いをもたらす悪魔の子なのか?」

「僕は、勇者です。大いなる闇を打ち払う者。それが勇者だと、昔は言われていたはずです」

「闇を打ち払う、か」

 隊長が、再びうつむいた。煩悶(はんもん)するように唸り、やがて顔を上げた。

「投降、してくれないか」

「え?」

「なに?」

「おまえたちは、命の恩人だ。手荒な真似はしたくない。大人しく投降してくれないか?」

「命の恩人だって言うんなら、このまま逃がして欲しいんだがな」

「すまん。それは無理だ。我々は軍人だ。命令に(そむ)くわけには、いかんのだ」

「オレたちだって、死ぬわけにはいかねえんだよ。捕まったら、今度こそ処刑だろ」

「我々も、おまえたちの助命を乞わせて貰う。精一杯のことはする。だから、頼む」

「話になら」

「カミュ。ちょっと待ってくれないかな」

 カミュの言葉を遮ったレヴンが、カミュから身を離した。真っ直ぐに隊長にむかい合う。足がふらついていたが、その姿は、不思議と力強かった。まるで、どこかの王族かと思わせるほどに、堂々としたものだった。

 気圧(けお)されるように、兵士たちが居住まいを正したように見えた。

「あなたたちや、グレイグ将軍は、信じられると思います。ですが僕は、デルカダール王とホメロス将軍が、信じられない」

「君の村を焼き払うと言ったのは」

「いえ、それがないとは言いませんが、それ以上にあの二人から、なにか妙な気配を感じました。信じてはいけないと思わせる、なにかがありました。だから、あなたたちには申し訳ありませんが、投降するわけにはいきません」

「そうか」

 隊長が、うつむいた。少しして、意を決したように、顔を上げた。

「悪魔の子を、捕らえよ」

『――――はっ』

 絞り出すような隊長の言葉に、兵士たちが苦しそうに応え、武器を構えた。

 レヴンと二人で、じりじりと後退する。うしろは、崖だ。

「カミュ」

「ん、なんだ?」

「悪魔の子と相乗りする勇気、ある?」

 レヴンの顔を見る。レヴンの眼は、強い光を放っていた。

 ニヤッと、カミュは笑った。

「悪魔の子じゃねえだろ。なあ、勇者レヴン」

「カミュ」

「オレは信じるぜ、『勇者の奇跡』ってやつを」

「うん」

 レヴンと頷き合い、兵士たちに視線をむけた。

「っ、貴様ら、なにをするつもりだ!?」

 兵士のひとりが叫んだ。はっと兵士たちがざわめく。

 カミュとレヴンは同時に崖の方にふりむき、駆け出した。跳躍し、崖に身を躍らせる。

 うしろから、兵士たちの声が聞こえた。

 不思議な風が、カミュたちを包んだ気がした。

 

***

 

 微睡(まどろ)むこともなく、セーニャははっと目を()ました。天幕の骨組みがかすかに見える。まだ夜のようだった。

 サマディーから東にある、ホムラの里にむかう道中の野営地での、野宿の最中だった。

 セーニャは一度寝ると、ある程度満足するまで眠り続ける。眠くなると、どこででも寝てしまうぐらい寝つきもいい。姉にも呆れられているぐらいだった。

 しかし今日は、なぜか寝つきが悪かった。妙な胸騒ぎがしていたのだ。それは姉であるベロニカも同じだったようで、彼女にいたっては昼間からずっと、どこか落ち着かない様子だった。

 隣の、ベロニカが寝ているはずの寝床に、眼をむけた。

「お姉様?」

 ベロニカの姿はなかった。女神像のある野営地で、見張りの必要性が薄いため、ともに眠りの(とこ)()いたはずだったのだが、見当たらなかった。

 上体を起こし、どこに行ったのかと見回すと、外に気配を感じた。

 立ち上がり、外に出た。思った通り、ベロニカがいた。女神像の前に(ひざまず)き、両手を胸の前で重ね、祈りを捧げていた。

 声をかけるのがためらわれるほどに、神聖な美しさを感じた。

「セーニャ?」

 気配に気づいたのか、ベロニカがこちらをむいた。

「どうしたのよ。アンタがこんな時間に起きてくるなんて」

「あ、いえ、なんだか、胸騒ぎがして」

「アンタも?」

「はい。お姉様は、ずっと起きて?」

「うん。まあ、ね」

 セーニャの言葉に、ベロニカがうつむいた。

「なんだかね、レヴンの身になにかあったんじゃ、って思っちゃってね」

「え?」

「よくわからないけど、レヴンのことばかり頭に浮かぶの。それで、なんだか不安になっちゃって」

「お姉様」

「かっこ悪いわね、あたし」

 ベロニカが、自嘲するようにため息をついた。

「かっこ悪いなんてこと、決してありませんわ、お姉様」

「セーニャ」

「愛する殿方の安否がわからない。不安になって当然だと思います」

「あ、愛する殿方って」

 ベロニカが、ぼっと顔を赤くした。暗くてもわかるぐらいだった。

 普段は凛として恰好いい姉だが、レヴンのこととなると、どこか隙を見せてしまう。そんなところもあるのだ。

 それが、恰好悪いなどということはない。ベロニカは、セーニャよりもずっと使命感が強かった。いつだってセーニャを引っ張ってくれるベロニカは、セーニャにとって自慢の姉だ。そんな姉が、年相応の女性の顔を覗かせるのは、とても微笑ましいもので、安心するものだった。

「愛していらっしゃらないのですか?」

「い、いや、愛するもなにも、十年近く会ってないわけでしょっ。そういうのを考えるのは実際に再会してから、って、そうじゃなくて!」

 ベロニカが、ゆっくりと深呼吸した。

「不安、なのよね。けど、どこにいるのかわからない。なにをすればいいのかもわからない。それで、レヴンの無事を、祈ってた」

「祈り、ですか」

「祈ることしか、できないのよね」

 ベロニカがまた、自嘲するようにして言った。

「祈りましょう、お姉様」

「セーニャ?」

「お姉様の祈りは、きっとレヴン様に届きます。私は、そう信じています」

「セーニャ」

 ベロニカが眼を閉じ、息をついた。

 少しして眼を開くと、セーニャの眼を見つめ、微笑んだ。

「そうね。祈りは、きっと届く。そう信じなきゃね」

「はい」

 ベロニカととともに、女神像にむかって跪き、両手を胸の前で組んだ。

 ただ一心に、レヴンの無事を祈る。

 ふっとセーニャの胸に、昔、たった一度だけ会った少年の姿が浮かんだ。青髪をツンツンと逆立てた、ひとりの少年。

 テオに連れられて、ベロニカ、レヴンとともにむかったクレイモランで、セーニャがはぐれてしまった時、手を引いて教会に連れて行ってくれた。迷子になってしまったセーニャの手を、呆れた表情を浮かべながらも、やさしくとってくれた。

 その時は手持ちがなく、せめてものお礼にと、ヘアバンドを渡そうとしたのだ。ベロニカと交換した、大切な物ではあったが、感謝の気持ちを伝えるのに、それぐらいしか思い浮かばなかったのだ。

 少年は最初、それを断った。渡されても困ると。セーニャも、せめてもの感謝の気持ちですので、受け取っていただけなければ困りますと言った。

 多少の問答の末、少年が折れた。受け取るのではなく、預かっておくと言われた。

 いつかどこかで再会した時、(めし)でも(おご)ってくれ。その時までこいつを預かっておく。苦笑しながら、そう言われた。

 セーニャもそれに頷いた。そのあと少年は、なにか用事があるということで、早々にその場を去っていった。去っていく少年のうしろ姿を見て、名乗っていなかったことを思い出した。少年の名前も聞き忘れていた。

 去っていく少年のうしろ姿に、セーニャは自分の名前を告げた。だが、少年の耳には届かなかったのか、彼はふり返ることなく立ち去っていった。

 あれから、十年近くになる。ベロニカとレヴンが()わしたような、はっきりとしたものではなかったが、セーニャがあの少年と交わした言葉もまた、約束と言えるものだったのだと思う。

 彼と再会できることも祈って、旅をしてきた。船に乗るために、クレイモランに滞在した時、彼のことも捜してはみたものの、見つかることはなかった。その際、あの少年に連れられて行った教会で、彼のことを訊いてみた。

 教会の神父は、彼のことを知っていた。特徴からして、その神父が知っている人物ではないだろうかと。ただ、五年ほど前から姿を見せなくなったとのことだった。

 なぜ、彼のことを思い出したのだろうか。そう思うとともに、セーニャが感じていた胸騒ぎのもとは、彼の方だったのかもしれないと、ふっと思った。

 レヴンと彼が無事であるようにと祈る。ひょっとしたら、レヴンと彼が、一緒にいるのかもしれない。ただの思いつきではある。だが不思議と、確信を得たような感覚があった。

 御二人とも、御無事で。

 セーニャはただ、ベロニカとともに祈り続けた。

 




 
突如洞窟から姿を現したブラックドラゴンが平和なデルカダールの街を襲撃する! とかいうイベントでもあるのかと思った。なかった。ほんとになんでこんなところにいたの。

Level:1 でもちょっとだけ触れてますが、本作でのベギラマおよびギラ系の呪文の描写は、『ダイの大冒険』で描かれていたようなイメージ。熱線(閃熱)を放つ感じ。ダイ大のベギラゴンすげえかっこいい。
実のところ魔法のイメージは、ダイ大のイメージで書いてるのが多かったりします。

明かりを生む呪文は、ドラクエ1にあった『レミーラ』。

魔法力=マジックポイント=MP って感じで。
精神力=マインドポイント=MP でもあります。
 
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