闇の中を歩いていた。一歩先ですらなにも見えず、道があるのかもわからない。
ほんとうに自分は、歩いているのだろうか。歩いているつもりのだけで、ほんとうは一歩も進んでいないのではないか。そんなことを考えてしまうぐらいの、深い闇だった。
立ち止まり、ふり返ってみた。光が見えた。
光は見えたが、そちらに戻ろうという気にはならなかった。いや、戻ってはならないと、心のどこかで思う自分がいた。
再び前をむき、歩き出した。前をむいた途端、うしろに光があったのは錯覚だったのだとでも言うように、また闇に包まれた。
いつから闇の中にいたのだろうか。
自分は、どこに行こうとしているのだろう。
どこにむかえばいいのだろう。
ほんとうに、このまま進み続けていいのか。
進む道は、ほんとうに間違っていないのか。
迷いが、恐怖が、たえず胸にあった。それでも、進むしかないのだと、自分に言い聞かせながら、歩き続けるしかなかった。
いまからでも、光があったところに戻ったらどうだ。そんな
それだけは、できない。そう思った。
「っ?」
突然、光が生まれた。足を止め、見下ろす。光は、胸もとから生まれていた。
手を胸もとに当てると、不思議な温かさを感じた。
服の胸もとを開く。中に大事に仕舞っていたリボンが、光を放っていた。そっと、リボンを取り出した。
ひと筋の光が、リボンから前にむかって伸びた。
顔を上げると、ずっと遠くに小さな光が見えた。小さな光と、リボンから伸びた光は、繋がっているようだった。進む先を示してくれている。導いてくれている。自然とそう思った。光にむかって歩き出す。
光は、だんだん大きくなっているようにも、小さなままにも見えた。辿り着けるかわからない。それでも、足を止めるつもりはなかった。光にむかって進み続ける。
不意に、光に包まれた。眩しさに眼を瞑る。
ゆっくりと目を開けると、緑に包まれていた。彼女たちと一緒によく遊んだあの里の森を思い出し、ハッとした。思い出すどころではない。あの森の風景だった。遠くに、彼女と約束を交わした、あの大木が見えた。
歩き出したところで、違和感を覚えた。視界が低く、歩幅が狭いような気がした。
見下ろすと、躰が小さくなっていた。幼いころの、それこそ、あの里で過ごしていたころの躰つきに思えた。身に纏っているのは、祖父のお下がりでもある旅装束で、なぜか子供の姿の自分にもピッタリ合っていた。
なぜ、こんな姿に、と思いながらも、リボンを胸もとに仕舞い、足を進めた。呼ばれている。不思議とそんな感覚があった。
大木の下に入るあたりで一度立ち止まり、大木を見上げた。やはり、あの大木だ、と思った。懐かしさが、胸に去来していた。
誰かの気配を感じ、幹の方に顔をむけた。幹のむこうに、ひとりの少女の姿が見えた。
赤を基調とした服に身を包んだ、赤い帽子を被った少女だった。不思議そうにあたりを見渡している。
ドクンと、ひと際高く鼓動が鳴った。弾かれたように、彼女にむかって駆け出していた。子供の躰ゆえにそこまで速く駆けられないことが、酷くもどかしかった。
少女がふり返った。顔がはっきりと見えた。約束を交わした、探し求めていた少女だった。
こちらに気づいたのか、少女が眼を見張った。彼女もまた、弾かれたように駆け寄って来た。
近づいたところで、お互いにゆっくりとした歩みになり、手を伸ばせば届くぐらいの距離で、どちらともなく立ち止まった。
少女が、まじまじとこちらを見つめたあと、
話したいことがたくさんあったはずなのに、言葉が出てこなかった。彼女の方もそうなのか、困ったように頬を掻いて苦笑していた。
少女が手を伸ばし、頭を撫でてきた。気恥ずかしいものを覚えながらも、懐かしい感覚に心地良さを感じていた。思わず眼を細めた。
突然、彼女に突き飛ばされた。そのまま尻餅をつくようにして地面に転び、痛みにちょっとだけ眼を瞑った。
どうして、と彼女の方を見る。一瞬遅れて、彼女の姿にハッと眼を見開いた。
彼女が、闇に拘束されていた。生き物のように
彼女に
慌てて近づこうとするも、まったく身動きがとれなかった。いや、闇を恐れるように、躰が動いてくれなかった。精神まで子供に戻ってしまったのか、言いようのない恐怖が心と躰を支配していた。
いまの躰でなにができるというのだ。助けようとしたところで、自分まで闇に取りこまれるだけだ。逃げろ。そんな声が、どこからか聞こえてきた。
ふざけるな。彼女を見捨てることなんて、できるわけがないだろう。そう思っても、躰が動いてくれなかった。少しずつ闇に取りこまれていく彼女を見ていることしか、できなかった。
苦悶の表情を浮かべ、もがいていた彼女が、こちらを見てハッとしたあと、笑顔を浮かべた。
心配いらないわ。大丈夫。あなたはあたしが守るから。だから、逃げて。そんな、安心させるための笑顔だった。苦しそうでありながらも、力強い、綺麗な笑顔だった。
全身が、かっと熱くなった。守りたいと思った彼女に、守ると決めた彼女に、ただ守られている。それが、なによりも情けないことに思えた。
守られるだけでいいのか。なんのために強くなろうとしたのだ。誓ったのではないのか。
彼女を守ると、ずっと一緒に旅をすると、約束したのではないのか。
心を燃やせ。闇に、恐怖などに負けるな。
立ちあがれ。己の無力に屈するな。奇跡が必要だというのなら、引き起こせ。
大切な
闇を、打ち払え。
彼女の名を叫ぶようにして吼え、駆け出した。それに呼応するように、左手から光が
間近に迫ったところで、跳躍して左腕を振りかぶった。そのまま闇にむかって拳を叩きこむ。弾き飛ばされるように、闇が彼女から引き剥がされた。
引き剥がされながらも、闇は宙で往生際悪く蠢いていた。左手が再び輝く。光を受けた闇は、それでもしばらくの間もがいていたが、やがて消え去った。
再び、あたりに光が満ちた。
彼女に近づき、顔を覗きこむと、彼女は怒った表情を浮かべた。
危険な真似をしたことに対して怒っている。雰囲気でそれがわかった。ごめんなさい、と謝った。
彼女はハッとしたあと、ちょっとだけバツが悪そうな表情を浮かべて大きく息をつき、ぎゅっと抱き締めてきた。そのぬくもりに、安らぎを覚えた。
彼女がそっと身を離し、はにかんだ。
あたしの方こそ、怒ってごめん。助けてくれて、ありがと。
その言葉に、首を横に振り、笑顔を返した。
彼女はちょっと考えこむ仕草を見せたあと、頬を赤く染め、意を決した様子で顔を近づけてきた。眼を
やわらかなものが、頬に触れた。彼女が顔を離した。
茫然と、彼女の顔を見た。感謝の気持ちよ、と彼女が照れくさそうな笑顔を浮かべた。その笑顔に、思わず見惚れていた。
不意に、眼が
目の前に、美しい女性がいた。さっきあの娘が着ていた服を身に纏った、あの娘の
ふっとあることが思い浮かび、自分の躰を見下ろした。もとの、大人の姿に戻っていた。
改めて彼女に眼をやると、まだ状況についていけないようで、ポカンとこちらを見ていた。とても、可愛らしく見えた。
気がつくと、彼女を抱き締めていた。躰が熱くなったが、離したくなかった。
固まっていた彼女が、少しして顔を真っ赤にし、あたふたしはじめた。あたふたしながらも逃げようとはせず、やがて、ぎこちなく腕をこちらに回してきた。少しだけ腕に力を入れると、彼女も腕に力をこめた。
顔を覗きこんでみるが、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしたまま、目を合わせてくれなかった。それがまた、可愛らしく思えた。
もう少し、こうしていたい。そう思う自分がいた。しかし、それは無理なのだと、なんとなくわかった。
彼女の躰が、ちょっとずつ薄れていた。彼女も、自分の躰の様子に気づいたようだった。周りの景色も、
別れの時間が来た。そういうことなのだと、不思議とわかった。
そっと躰を離すと、さっきまでの慌てた様子が嘘のように、彼女がじっと目を見つめてきた。真っ直ぐに見つめ返し、微笑んだ。
大丈夫。必ず、君を見つけるよ。
そう言うと、彼女は満足そうな笑顔を浮かべ、頷いた。
またね。
彼女のその言葉に、ゆっくりと頷き返した。
やがて、光とともに彼女が消えていった。
気がつくと、風景が一変していた。深い闇が、再び世界を包んでいた。光は、もうどこにも見えなかった。
頬に手を当てる。熱くなっていた。そこから
行く手を見据える。光は見えない。だが不思議と、道は見えていた。進むべき道は、そこにある。そう思えた。
迷いは、すでになかった。決意が胸にあった。
道が正しいかなどわからない。だが、自分がなにをしたいのか、なんのために旅に出たのかを思い出した。
ベロニカに逢いたい。彼女とともに、歩んでいきたい。
闇の中、レヴンは再び歩き出した。
***
目を醒ますと、ベッドの上だった。天井が見えた。横たわったまま、躰の調子を確認する。
痛むところは、特になかった。
上体を起こし、周りを見渡した。本棚、
自分の躰を見下ろすと、家の中で着るような、簡素な服を着ていた。
「――――?」
左手の痣が、淡い光を
なにか、不思議な夢を見ていたような気がするのだが、思い出せなかった。ただ、活力のようなものが、躰中に溢れている気がした。必ず彼女を、ベロニカたちを見つけるのだという思いが、心の中に満ちていた。
扉を軽く叩く音が聞こえた。扉に眼をやり、返事をする。扉が開いた。
扉を開けた人物が、軽く手を挙げた。
「よう、相棒、おはようさん。調子はどうだ?」
ツンツンと逆立てた青髪が特徴的な青年、カミュが言った。手に、なにか持っている。レヴンの旅装束と貴重品袋のようだった。
「おはよう、相棒。いたって好調だよ」
「そうか。なら、よかったぜ」
そう言って扉を閉め、近づいて来たカミュが、首を傾げた。
「なに?」
「いや、少し顔が赤く見えるんだが、ほんとうに大丈夫か?」
「え?」
手を顔に当てる。確かに、ちょっと熱い気がした。ただ、熱があるという感じではない気がした。
「なんだろう。特に体調が悪いわけじゃないんだけど」
「ほんとか?」
「うん。むしろ、力が漲ってるくらいなんだけど」
「そうか。まあ、おまえがそう言うんなら信じるけどよ、調子が悪いと思ったら無理せず言えよ?」
「うん」
カミュが、手に持っていた荷物を卓の上に置いた。やはり、レヴンの旅装束と貴重品袋だった。リボンも服の上に置かれている。
そこまで見てとると、カミュに顔をむけた。
「ところで、ここは?」
「あの崖の近くにあった教会だよ。どこまで憶えてる?」
「崖から飛び降りたところまでは」
「そうか。まあ、だいぶ限界みてえだったからな」
そう言ってカミュが、息をついた。安心したような、どこか気落ちしたような、複雑そうな感じに見えた。
「ごめん、カミュ」
「ん、なにがだ?」
「なにか、大事な話をした気がして」
カミュが眼を
「ああ。まあ、したな」
「そう。やっぱり」
再び謝罪の言葉を口にしようとしたところで、カミュが人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ベロニカって女が、おまえにとってどれだけ大切な女なのか、とかな」
「ぼふぁっ!?」
カミュの言葉に噴き出した。確かにベロニカは大切な女性だが、自分はなにを語っているのだ、と思った。
恥ずかしさに、全身が熱くなってきた。
「ど、どんな会話の流れで、僕はそんなことを?」
「まあ、いろいろとな。オレの方もまあ、確かにちっとばかり個人的な話はした。ただ、なんつーか、勢いで語っちまったところもあるからな。憶えてないなら憶えてないで構わねえというか、オレも気分的には助かる部分がある。オレも、まだ完全にむき合えたわけじゃねえからな」
自嘲するようで、強い意思のこもった言葉だった。やるべきことを思い定めた、そんな声に聞こえた。
カミュが、窓に近づいた。
「ただ、そうだな。多分、いつかおまえの力が必要になる時がくる。その時が来たら、力を貸して欲しい。それだけ憶えといてくれるか?」
窓から外を見るようにして、カミュが言った。はっきりと表情は見えなかったが、真剣な声だった。
すっと、動揺していた心が鎮まった。
「うん。わかった。僕の力が必要になったら、いくらでも貸すよ」
「ああ。ありがとな、相棒」
どこか照れくさそうに、カミュが応えた。頷いて返した。
「ところでよ、あの黒馬って、おまえのか?」
カミュが、窓の外を指さした。指の先を追うようにして、外を見た。見慣れた黒い馬の姿が、視界に入った。
「雷刃?」
レヴンの愛馬、雷刃がいた。
「雷刃っていうのか、あいつ?」
「あ、うん。けど、どうしてここに?」
「とりあえず、順を追って説明するぞ。崖から飛び降りたあと、川岸に流れ着いてな。そこから離れようと移動してる途中、あの馬が現れたのさ。追手かと思ったが、乗り手はいねえし、
「そんなことが」
おそらく、雷刃の姿を見たことで、張り詰めていたものが途切れてしまったのだろう。
「ごめん。迷惑かけたね」
「んなこたねえさ。そもそもおまえの馬、雷刃が乗せてくれたおかげで、魔物に襲われることなくここに来れたわけだからな。にしても、大した馬だな。おまえのいるところがわかったってことだよな」
「うん。自慢の友だちだよ」
「馬が友だち、か。あの馬の様子を見ていると、ほんとうにそんな感じに思えたな。外にいるからよ、あとで礼を言っておきな」
「わかった。カミュもありがとう」
「おう」
カミュが扉を開け、出ていった。
立ちあがり、机に近づくと、リボンを手に取った。綺麗に洗われており、ほっと安堵の息をつくとともに、誰にともなく感謝の言葉を呟いた。
服に触ってみると、しっかりと乾いていた。念のため、貴重品が入っている袋の中を確認する。大切な物は、すべて入っていた。ヒスイの首飾りもある。再び安堵の息をついた。
着替えを終えると、扉を開けた。カミュが、壁に寄りかかるようにして佇んでいた。頷き合い、ともに歩き出した。
この教会の位置をカミュに確認すると、デルカダールから南の方にある場所で、ここから南に行くと、ナプガーナ密林があるという話だった。頭に地図を思い浮かべる。ナプガーナ密林からさらに南に行けば、イシの村だった。
これからどうするか、と考えたところで、テオのことをふっと思い出した。祖父が世界を巡るのに使った、ある道具のことも。
礼拝堂に出た。シスターが、女神像に祈りを捧げていた。
「シスター」
カミュが声をかけると、シスターがふり返った。それなりに年を
シスターが、微笑みを浮かべた。
「お連れ様も眼を醒ましたのですね。大事ないようで、安心いたしました」
「ありがとうございます、シスター」
「助かったよ、シスター」
「いえ、これも神の
「重ね重ね、ありがとうございます。ただ、その前に、愛馬のところに顔を出してきます」
「そうですか。わかりました」
礼をすると、カミュとともに表に出た。
表に出ると、雷刃の姿がすぐ近くに見えた。
「雷刃」
呼びかけると同時に、雷刃がレヴンにむき直った。じっと見つめてくる雷刃に、ゆっくりと近づいて行く。
傍らに立つと、雷刃が鼻面を押し付けてきた。やさしく抱き締め、頭を撫でる。
心配をかけた。来てくれてありがとう。雷刃の方も無事でよかった。そんなことを、語りかけた。
それにしても、雷刃は
デルカダールに捕らえられてもおかしくなかっただろうし、無理矢理逃げ出したのなら、どこかに怪我をしていてもおかしくないはずだ。だが雷刃の躰には、特に怪我のようなものは見受けられなかった。誰かが逃がしてくれたのだろうか。そう考えてみるが、誰が答えてくれるわけもなかった。
少しして、雷刃が顔を離した。もう一度だけ首を撫でると、雷刃が耳を動かした。
「さて、これからどうする、レヴン?」
カミュが言った。彼の方にむき直る。
周囲の気配を探り、誰もいないことを確認してから、レヴンは口を開いた。
「いくつか考えていることはあるよ。カミュの方は?」
「デルカダールから離れるってのは考えてるが、その程度のもんだ。どうやって離れるかまでは思いつかねえ。デルカコスタからの船は抑えられているだろうし、ナプガーナ密林からよそに行くための橋は壊れてるって話だ。ナプガーナ密林の深いところを抜けて、よその地域に行けるかどうか」
「行けるの?」
「わからねえ。五年ぐらい旅はしてたが、あのあたりを根城にしたことはねえからな」
「そう。あとは、舟でも作るとか?」
「川を越えてよその地域にとなると、このあたりは警戒が厳しいと思う。だが海に出るとなると、かなりしっかりした船にしねえと、死ぬぞ。だが、そんな船を造るには、人手も時間もねえ」
カミュの声は、確信に満ちていた。海に関して、かなり詳しいようだった。
気にはなったが、彼の身の上に関わることとなると、触れるべきではないと思った。話したい時に話してくれればそれでいい。そう思っている。
「とりあえず、僕の案だけど」
「おう」
「イシの村に、一度戻りたい」
カミュが、ピクリと眉をひそめた。
なにか言いたそうではあったが、カミュはなにも言わず、視線だけでレヴンを促してきた。
ひとつ頷き、言葉を続ける。
「言いたいことはわかるよ。僕が行ったところで、なにもできない。女性や子供たちだけでも一緒に逃げられないかって思ったけど、デルカダールに追われながらの旅に付き合わせる方が、よっぽど危険だ。逃がすのも、おそらく逆にみんなを危険に晒すことになる」
最初は、エマやマノロたちだけでも連れて行けないか、と思った。行く当てはある。だが、遠く険しい旅になるだろう。それに、デルカダールによる追手を気にしながらの旅となってしまう。連れて行くのは、かえって危険だと思わざるを得なかった。
だからといって、どこかに逃がすというのも、現実的とは言えなかった。
実際のところ、どこに逃げればいいのか、という話になる。デルカダールは大国だ。いまから逃がそうとしても、あっさりと補足され、結局捕まるのが眼に見えている。むしろ、逃げることで、一層の嫌疑をかけられることになってしまうかもしれない。下手をすれば、グレイグでも庇いきれない事態になってしまうかもしれない。
イシの村の人たちは、なにも知らない。そういうかたちにするべきだった。
カミュが、ゆっくりと頷いた。
「そうだな。グレイグの野郎がああまで言ったんだ。村人たちにひでえ真似はしねえだろ。敵を信じるしかねえってのも、情けねえ話だとは思うけどな」
「敵、か」
確かにグレイグは、立場的には敵となるのだろう。それは間違いないことだ。
だが、改まって彼は敵だと言われると、どうにも違和感を覚えるのも事実だった。
「なんだ。グレイグは敵じゃないって言いたいのか?」
「敵と言うよりは、壁かな。越えなきゃならない、大きな壁」
拳を握り締めて、レヴンは言った。カミュが、ポカンとした。
少しして、カミュが愉しそうに笑った。
「ったく、大した野郎だって言うべきか、図太い野郎だって言うべきか。まあ、大物には違いねえな、おまえはよ。あのグレイグを相手に、そんなことが言えるなんてよ」
「そうかな?」
「ああ。オレははっきり言って、できることなら会いたくねえって思ってるからな」
カミュが苦笑した。
「それはそうとしてだ。そこまでわかっていて、なんでイシの村に行くんだ?」
「うん。テオじいちゃんのことを、思い出したんだ」
「おまえの、じいさん?」
「テオじいちゃんは、世界を股に掛けたトレジャーハンターだったんだ。それで、僕はそのじいちゃんの冒険譚を聞いて育ったんだけど、その中に、遠く離れた場所と場所を繋ぐ、『旅の扉』っていう不思議な泉の話があった。それも使って、世界中を巡ったって」
「旅の扉のことは、オレも聞いたことがある。使い方がよくわからねえってこともな。おまえのじいさんは、そんなもんを使って旅をしてたってのか?」
「うん。それで、それを使うためのアイテムが、『まほうの石』って言うらしいんだ。昔、じいちゃんが、聖地ラムダの長老さんから貰ったらしい」
「貰った、って。一介のトレジャーハンターに渡すには、かなりの貴重品だと思うんだが」
「その長老さんの息子さん、ファナードさんって言うんだけど、じいちゃんがその人を助けた御礼に貰ったって聞いてる。いまはそのファナードさんが長老になってるんだけど、本人も懐かしそうに喋ってたよ」
「なるほど。それで、その『まほうの石』が、イシの村のどこかにあるかもしれないってことか?」
レヴンの言葉の先を継ぐようにして、カミュが言った。
うん、と頷く。
「それと、デルカコスタから、さらに東に行った先にある『旅立ちのほこら』ってところに、その旅の扉のひとつがあるって言ってた」
「『まほうの石』さえ見つかれば、そのまま『旅立ちのほこら』からよそに行けるかもしれねえってことか」
カミュが手を打った。小気味いい音が響いた。
「よく、わかったぜ。それに、その『まほうの石』のことを知っているやつも、村人の中にいるかもしれねえな。そんな貴重品で、なおかつ思い出の品と言えるような物を捨てるとは思えねえし」
「うん。ペルラ母さんなら、なにか知ってるかもしれない」
「わかった。それならオレも異存はねえ。ただ、一度デルカダールに行っておきたい」
「デルカダールに?」
カミュの言葉に首を傾げた。デルカダールはおそらく、レヴンたちが脱獄したということで、警戒が厳しくなっている可能性がある。山を挟んだ向こう側の街道も同じだろう。そうなると、ここからナプガーナ密林を越えるしかない。
ふっと、頭に浮かぶことがあった。
「旅の支度、だね。ナプガーナ密林を越えなくちゃならないし」
できることなら、ただちにイシの村にむかいたいところではあるが、旅の荷物は手元からなくなっている。ナプガーナ密林は、一度入ったら二度と出られないとすら言われる樹海だ。それがなくとも食料や水、ほかにも必要な物を揃えなければ、道中で命を落とすことになるかもしれない。軽率な行動は慎むべきだと、自分に言い聞かせるようにして思った。
「それもあるが、回収しておかなくちゃならねえ物があるんだ」
カミュが、静かに言った。
「それは、大事な物?」
「それ自体が、オレにとって大事な物ってわけじゃない。ただ」
カミュが眼を閉じ、息をついた。
意を決したように、カミュが眼を開いた。
「オレにも、いくつか約束みたいなものがあってな。そのうちのひとつが、それに関わってるんだ」
カミュから真っ直ぐにむけられた眼と見つめ合い、レヴンは頷いた。
「わかった。行こう」
「ああ。悪いな」
「旅の準備もしなくちゃならないし、気にすることないよ。それに、約束は、守らないと。そうでしょ?」
「そう、だな。その通りだ」
カミュが、重々しく頷いた。
「預言によると、オレはおまえを助ける運命にあるらしい。改めて、よろしく頼むぜ、勇者様」
「こちらこそ、よろしく、カミュ」
「おう」
互いに拳を突き合わせ、ニヤッと笑い合った。
シスターのもとに行き、遅めの昼食を頂いた。質素ではあるが、味は悪くないものだった。量もそれなりにあり、こんなに頂いて大丈夫なのかと尋ねたが、なにかと顔を出してくれる人が届けてくれるので、心配はいらないとのことだった。
食事の後片付けを手伝い、出発することを告げた。
シスターが、ひとつ頷いた。
「そうですか。御引き留めはいたしません。どちらにむかわれるおつもりですか?」
「デルカダールに行こうと思ってる。ここから北の方でよかったよな、シスター?」
「はい。ですがデルカダールの方では、凶悪な犯罪者が二人脱獄したということで、街中が厳戒態勢に入っているとのことです。それと、あの英雄グレイグ将軍が、その囚人が来たという、イシという村に出陣したと。むかうのであれば、お気をつけて」
シスターの言葉に、カミュと二人で息を
どうとでも取れる言葉ではある。しかしシスターの瞳は、どこか深い光を
「シスター、あんた?」
「私も、神に
やはりシスターの言葉は、どうとでも取れるものだった。
カミュと二人で姿勢を正し、礼をした。
「ありがとうございます、シスター」
「ありがとう、シスター」
シスターが、穏やかに微笑んだ。
教会を出ると、シスターに言った通り北に進路をとり、デルカダールにむかった。
途中、魔物退治を
なにか気になったのか、ちょっとだけ立ち合って貰えないかと、戦士から頼まれた。
少し考えたあと、それを受けることにした。ある意味で
道中を急いでいるのは確かだが、いずれグレイグと闘うことになるのも間違いないのだ。彼に勝つためにも、少しでも腕を磨いておかなければならない。そんな思いがあった。
その戦士の強さは、レヴンの予想を大きく超えたものだった。
結果自体は、引き分けというかたちで終わった。だが戦士からは、どこか余裕のようなものが感じられた。本気で挑まれていたら、おそらく敗れていた。そう思えるほどの腕だった。
カミュも同じく、手合わせをした。こちらも、引き分けというかたちになった。レヴン以上の素早さで動くカミュの動きに対応できる戦士は、やはりまだ余裕を残しているように見えた。
最後に、レヴンとカミュ、二人同時にかかってくるように言われた。二人で息を合わせ、
その姿が大きく見えるほどの強烈な気配が、戦士から発せられた。殺気を伴ったその気は、一瞬でも隙を見せれば斬られる、と感じさせるほどのものだった。
弾かれたように、二人で同時に構えをとり、戦士と対峙した。
張り詰めた空気が、あたりを支配した。汗が額から
対峙し、どれだけの時間が流れただろうか。不意に、深い水の底に入ったかのように、世界が静かになった気がした。
自分の躰、カミュの動き、戦士の動き、さらには、周りの風の動きや地面の状態、すべてがわかるような感覚を覚えた。カミュもその感覚を覚えていると、なぜか確信できた。
レヴンが飛び出し、剣を振るった。戦士がレヴンの剣を防ぐ。レヴンは身を
戦士の剣が、カミュに弾き飛ばされた。
カミュの動きは、見えたわけではない。ただ、感じた。
あたりが静寂に包まれ、突然戦士が大きな声を上げて笑った。
まさか、こんなに早くその境地に辿り着けるとはな、と戦士が笑いながら言った。
戦場のすべての動きが知覚できるような感覚を覚える、極限の集中状態、『ゾーン』と呼ばれるものがある。レヴンたちがなったのは、まさにそれだと。
そして、その集中状態でお互いの動きを合わせた、さっきの二人の攻撃はまさに、『シャドウアタック』と呼ばれる『れんけい技』だと、戦士が言った。
***
スラム街に足を踏み入れると、そこかしこから視線を感じた。
面が割れないようにと、カミュから渡されたフードの下から、レヴンは周りをそれとなく視線だけで見た。デルカダールの城下町で話だけ聞いていたスラム街は、その話に
人が住んでいるらしき小屋や天幕は、パッと見たかぎりでも建て付けが悪かったり、傷があったりといったものばかりで、汚れも目立つ。人々も、どこか探るようにして眼を光らせているように思えた。
隙を見せるのはまずい。そう思わざるを得ない空気が漂っていた。
「行こうぜ、相棒」
「あ、うん。行こう」
カミュに促され、ともに歩き出した。カミュの歩き方は、無造作なようで、隙のない歩き方だった。相変わらず気配も薄い。レヴンも、周りを警戒させないように気配を抑えながら、隙を見せないようにして歩いた。
雷刃は、街の外に一旦放しておいた。一頭だけにするのは気が引けたが、雷刃はかなり目立つ。兵士たちには、レヴンが乗っていたことも知られているだろう。スラムの目
雷刃なら、このあたりの魔物ぐらいは
雷刃の手入れをしてあげたいところではあったが、カミュの言葉はもっともなものであり、頷かざるを得なかった。落ち着いた場所に行ったら、しっかり手入れをすると雷刃に約束し、レヴンたちはスラム街に入った。
カミュに従ってしばらく歩いていくと、嫌な臭いを感じた。気配とかそういうものではない。純粋に、目と鼻の奥が痛くなるような、すさまじい刺激臭だった。
思わず口と鼻を手で押さえた。カミュも同じだったが、彼はなおも進んで行く。仕方なく、レヴンもカミュのあとを追った。
嫌な臭いが、どんどん強くなってきた。
やがて、山が見えた。
「ここだ」
ゴミの山の前で立ち止まり、カミュが言った。反射的に、カミュに顔をむけた。
「こ、ここ?」
「ああ。手早く済ませっちまうから、周りの警戒を頼む」
「て、手伝うよ?」
そう言うと、カミュが苦笑した。
「無理すんなって。これに関しては、オレのわがままみてえなもんだからな。そうでなくても、汚れ仕事はオレに任せときな」
「汚れ仕事の意味が、なんだか違う気がするけど」
「ま、とにかくだ。警戒の方に力を入れてくれる方がありがてえからよ、気にすんな」
カミュがゴミの山の前でしゃがみこみ、手を軽く振った。
「う、うん。ごめん」
謝りながら、ゴミの山から顔を逸らすようにふりむき、周りを警戒する。背後では、カミュがゴミを漁る音が聞こえていた。時々、閉じこめられた臭いが開放されたような、ひと際鋭い臭いが漂ったりもした。吐きそうになったが、我慢した。
これだけでもこんな気分になるのだ。もとより、手伝うのは無理だったのかもしれない、と申し訳ない気持ちを覚えながらも思った。
どれだけ時間が経ったのだろうか。いや、そこまで時間が経ったわけではないのだろうが、ずいぶんと長い時間ここにいるような錯覚を覚えるほど、嫌な臭いだった。
だんだん臭いに慣れてきた。嬉しくなかった。
リボンにこの臭いが染み付いたら嫌だなあ、と
「ない」
ポツリと、カミュが言った。ゆっくりとふり返る。
「え?」
「ない。ここにあるはずなんだが」
不可解そうに、カミュが独りごちた。
「誰かが持っていったとか?」
「ここは、とびっきり臭いのキツいゴミ捨て場でな、わざわざ近寄ろうってやつはそういないはずなんだ。まったくいないわけじゃないが、そういったやつに回収されないように、しっかりと細工しておいたはずなんだが」
「そうなの?」
「ああ」
声をひそめて言い合い、二人でちょっと考えこんだ。
「ほかに、細工を知っている人とかは?」
「細工を知ってるやつ、か。デクぐらいしか思い浮かばねえな」
「デク?」
「盗賊やってる時に組んでた、以前の相棒だよ。盗賊としての腕は微妙だったが、どうにも憎めねえやつでな。交渉事なんかはオレよりもよっぽどうまかった」
カミュは懐かしそうに言うと、
「疑いたくはねえが、ほかにこのことを知ってるのは、あいつだけだ。とにかく一度会って、話を訊く」
「わかった。でも、どこにいるのか、見当はつくの?」
「このスラムに、オレたちが
「わかった」
頷き、歩き出した。
カミュの先導に従い、いくらか歩くと、周りに比べて幾分しっかりした建物が見えた。看板らしきものが入り口の上にかかっている。そこが目的地らしい。
扉の前に立ち、カミュが扉に手をかけた。
「ん?」
「どうしたの?」
「開かねえな。留守みてえだ」
カミュがちょっと考えこむ仕草を見せ、あたりを見渡した。視線を一点で止める。見ると、スラムの住人がいた。
その住人にカミュが近寄り、小銭を握らせて、ちょっと質問をした。
女将は、ちょっと前に宿を出て、城下町の方に行ったらしい。多分、まだ戻ってきていないのだろうとのことだった。
念のため、あたりを捜してくるから、スラムと城下町を繋ぐ門を見張っていてくれるか、とカミュから頼まれた。近くにある
櫓は、かなり高かった。登ってみると、櫓の上には誰もいなかった。まず、あたりを見渡し、女将らしき人がいないか一応確認する。
視界内には、それらしき人はいなかった。門の方に眼をやる。兵士がひとりだけ、槍を持って佇んでいた。佇んではいるが、どうにも覇気らしきものが感じられない兵士だと、遠目に見ても思った。
ひとりの老婆が、門に近づいて行った。門番が老婆を追い返した。
ひとりの男が門に近づいて行った。門番が追い返そうとしたところで男が、なにかの袋を門番に差し出した。袋の中を確認した門番は、門からちょっと離れて顔を
踊り子のような衣装に身を包んだ女性が、門のむこうから出て来た。女性が色仕掛けらしきものを行うと、門番は鼻の下をのばして、心ここにあらずといった状態になった。
仕舞いには犬に追いかけられ、門の前から逃げ出していた。
「ん?」
門番がいなくなったところで、門からひとりの女性が出てきた。ふくよかな、赤髪の中年女性。カミュから聞いていた女将の特徴と一致している。そのまま見ていると女性は、例の下宿にむかって行き、扉を開けて入っていった。
おそらく、あの女性だろう。そう考え、櫓を降りると、カミュがちょうどよくレヴンのもとに来た。
カミュが軽く手を振り、首を横に振った。
「こっちは収穫無しだ。そっちはどうだ?」
「ふくよかな、赤髪のおばさんだよね。例の下宿に入っていったよ」
「お、そうか。なら話は早え。さっそく会いに行こうぜ」
「うん」
頷き合い、ともに歩き出した。ほどなくして、下宿についた。
カミュが扉を開け、中に入る。レヴンもそれに続いた。
先ほど見た赤髪の女性が、
「よお、女将。久しぶりだな」
「いらっしゃいましー。今日はお泊まりで」
顔を上げ、笑顔とともに紡がれた女将の言葉が、カミュの顔を見たところで止まった。信じられないものを見たとばかりに、女将は口を大きく開けて固まっていた。
「あ、あんた、まさか、カミュちゃんかい!?」
「ああ。久しぶりだな」
「いつ、牢から出してもら」
そこで女将が、なにかに気づいたように言葉を止めた。視線がレヴンにむいている。
なるほど、と女将が頷いた。
「釈放された、ってわけじゃなさそうだね。城の牢から脱け出した脱獄囚二人ってのは、カミュちゃんたちのことだね?」
「っ」
「ああ」
女将の言葉にレヴンが息を呑んだところで、カミュがあっさりと頷いた。思わずカミュの顔を見ると、彼は苦笑を返してきた。女将も陽気な表情で軽く笑い声を上げる。
「心配すんな、相棒。女将は信用できる相手だ」
「あ、うん。すみません、女将さん。身構えてしまって」
「気にすることないさ。警戒して当然だからね。むしろ、そんなにあっさり信じられる方が、ちょっと心配になるよ」
「カミュが信じている相手ですから。僕も、信じられる人だと思いました」
そう言うと、二人がポカンとした表情を浮かべた。
なにか、と首を傾げると、カミュがまた苦笑して頭を掻き、女将が愉しそうに笑い声を上げた。
「いい子だねえ、あんた。カミュちゃんもそう思うだろう?」
「まあ、クソ真面目で馬鹿正直で、呆れるぐらい底抜けのお人好しってのは、間違いねえな」
「そこまで言う?」
「少なくとも、おまえのお人好しっぷりに関しては、それぐらいじゃ足りねえと思うぜ?」
「え、えー」
肩を落とすと、女将がまた声を上げて笑った。
「いい相棒だねえ、カミュちゃん」
「まあ、いろいろと世話が焼けるやつだけどな。それはともかく、訊きたいことがあるんだが。デクのこと、なにか知らないか?」
「デクちゃんかい。デクちゃんならいま、お店をやってるよ」
「店、だと?」
「城下町のお城の近くで店をはじめてね。ずいぶんと忙しくしてるらしいよ。羽振りがよくて結構なことさ」
「城の近く、って富裕層でかよ。一等地じゃねえか。そんなところに店を出すとなると、なんらかのツテだとか、かなりの元手がいるはずだが」
そこでカミュが、はっとした表情を見せた。
「まさか、デクのやつ、あれを売りやがったのか」
「あれって、例の?」
「ああ。だとしたら
カミュが拳を震わせ、複雑そうな表情を浮かべた。怒りと悲しみが
「ほんとうに、裏切ったのかな」
口を
「なに?」
レヴンの言葉に、カミュが目を吊り上げ、睨みつけてきた。睨んではいるが、瞳は複雑そうに揺れていた。じっと見つめ返す。
「僕はそのデクって人のこと知らないけど、カミュが相棒って信じていた人だったんだよね?」
「ああ、そうだ。あいつがヘマやったところにたまたま出くわして、なんとなく助けたら、アニキアニキって人のこと追いかけてきてよ。追い払おうとしても付いて来るもんだから、めんどくさくなって放っておいたら、いつの間にか相棒になってて」
カミュが言葉を切り、大きく息をついた。
「いや、そうだな。あいつが裏切ったって決めつけるのは、まだ早えな。あいつの店、か」
カミュが眼を閉じ、うつむいた。少しして顔を上げ、レヴンの眼をじっと見つめてくる。
「相棒。頼みがあるんだが」
「みなまで言うことないよ。行こう。そのデクって人の店に」
「ああ。ありがとよ」
頷き合い、女将に顔をむける。カミュがデクの店の住所を訊くと、答えが返ってきた。
カミュが、金の入った小さな袋を取り出した。
「悪いな、女将。できることなら、一泊でもして金を落としてやりてえんだが、あまり長居するわけにもいかなくてな。せめて情報代として受け取ってくれ」
「それじゃ、遠慮なく受け取らせて貰うよ。にしても、カミュちゃん、ずいぶんと落ち着いたねえ」
「なに?」
「以前までのカミュちゃんだったら、デクちゃんが裏切ったと決めつけて、人の話なんか聞かなかったんじゃないのかねえ」
「そうなの?」
「あー」
なんとなく意外な感じを受け、カミュを見ると、彼はバツが悪そうに頭を掻いた。
「まあ、そうかもな」
カミュが、チラッとレヴンの顔を見た。
「ま、いまの相棒がこんなお人好しだからな。
「
憮然として言うと、カミュが苦笑して肩をすくめた。
「行こうぜ」
「あ、うん」
「街中は物々しくなってるからね。二人とも、気をつけていくんだよ」
「ああ」
「はい」
カミュが
お待たせしました。次の話はだいたい書き上がってるので、そこまで間を置かずに投稿できる、はず。デクと会ってデルカダール出発まで、と思ったら、なんかすごい長くなってたよ――。
女将さんの名前って、あの看板に書いてある『アマンダ』でいいんだろうか。アマンダだよね、あれ、ってちょっと悩む。