カルデア最後のマスターの命は今、尽きかけようとしていた。原因は寿命である。
そう、誰もが赴く場所への旅立ち、しかし……。
「……ああ、すまんな。そうか、もう私には時は残されていないのだな」
病床の老人が、掠れたような声でベッドの脇に付き添っている一人の看護士にそう言った。
病室というには古く、そして様々なアンティーク調の家具や調度品、地球儀や何に使うのかすらわからぬ、しかしながらやはり古めかしくも存在感を放つものの並ぶ部屋。
おそらくはこの老人の部屋なのだろう。
灯りは眩しくないように薄く、看護士のその姿もまた影を帯びてはっきりとはしない。
「あなたは、正しく健全でありました。病も無くあなたを蝕んだものは何も無かったというのに健康なままにあなたは死に逝く。しかし……いえ、それは運命、なのでしょう。治療も何も必要ないままに、治療の手段も無いままにあなたは老いて死に逝く」
「はは、ははは、君は私に病気であって欲しかったのかね?はははは、残念ながら老衰はなんともしようがない事だ。100を越えて今まで生きれた。妻を看取ることも出来た。これはこれで幸福な生だったと言えるだろう?」
「……そう、なのでしょうね。あなたはそう生きた。いくつもの世界の病理、世界を蝕む害悪、誤りを正した。最後のマスターにして人理の守護者。しかし……。納得、出来ません」
看護士は朗々とまるで何か小説の一説を読み上げるような無感情で抑揚のない話し方で続ける。
「ほう?納得、いかないかね?病理も病態も無く、ただ老いてあの世に召されるだけなんだがね?」
「病や治療の話では、ありません。心の話です、マスター。私は、私達は貴方と別れることを望んでいない。貴方が亡くなってしまえば、召還されその生涯尽きるまでと契約をした我々は英霊の座へ還りますが、しかし貴方は……」
「……天国か極楽か、どこへ逝くのかは知らないさ。そうだね、その辺は三蔵ちゃんか誰かに聞いてくれよ。……英霊の君達とは別の所に行くのだろうけど、しかしそれは仕方ない。寿命がもう無いのだよ」
「……やはり納得は出来ません」
「鉄の看護士、フローレンス・ナイチンゲールにそういってもらえたなら、ある意味凄いことだね。なに、縁があればまたみんなに会えるだろうよ。とは言え、人理修復とかはもう勘弁して欲しいかな。あの頃は必死だったけれど今思えばみんなムチャクチャだったなぁ、本当に。だが……。妻が居て、みんながいて、ははは、楽しかったなぁ」
「……悲しい、です」
「……君は妻の事を考えてくれているのだろう?あれはおそらくは亡くなってから、英霊の一柱になって座に行ってしまった。違うかね?」
「……貴方の赴く場所に、貴方の最愛の人は居ないのです。また、人理が全て修復されて以来、サーヴァントの召喚の成功例は無いのです」
「……あの頃が異常だったのだよ。そう、全ての境界線が等しく狂っていた。無かった現実に有り得なかった現象。全てがね。我々の記憶にある活動の思い出も、我々以外の誰も知らず覚えてはいない。そう、ほら、シェヘラザードやアンデルセン、いや、シェイクスピアの書く悲劇かな?そういう物語のような事だったからね。とはいえ我々の現実も悪くは無かっただろう?何しろ思い出せば辛いことも多かったが、概ね楽しいことだらけだったんだから」
「……」
「……はぁ、バーサーカーの君が泣くなよ。君はいつもの鉄面皮で自他共に厳しくしてくんなきゃ。調子が狂ってしまうよ。そんなんで座に還った時に人々を見守れるのかねぇ」
「……酷い言われ方ですね、マスター。なんど、なんど立ち会っても、人との別れは慣れるものでは無いと言うのに」
「……すまんな。君が泣いたのはこれで二度目か。マシュの時もそうだったな」
涙を流すも表情を変えないナイチンゲールに苦笑しつつ、老人、カルデアの最後のマスターは手を伸ばす。
その頭に手をやり、ぽふっ、と軽く撫でるようにしてやると、孫にでも言い聞かせるように、老人は言った。
「まぁ、今日明日と言うわけではないだろう。君は私の専属の看護士なんだから、まだまだ話は出来るさ。……今日は少し、疲れた。寝かせてくれないかね?」
「……はい、マスター。では、また」
フローレンス・ナイチンゲールは少し名残惜しそうな素振りではあったが、しかし老人の身体を慮ってその場を後にし、部屋から出て行った。
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さて、この物語は、かつて人の世を護らんと戦ったカルデア最後のマスターのその後、死の時を間近にした老後の話である。
そう、彼の命はもはや尽きかけていた。
「とーは言え、それでは物語はつまらなーい。この物語は始まりから終わってしまう、はっきり言って大ハズレのようでございますよ?」
テラ子安な声が、暗闇から聞こえて来た。
「やはりそれでは面白くなーい。そう、物語は再生を、そうでございましょう?そうであるべきなのでーす、ふははははは」
「うるさい、このメフィストフェレスめ。マスターはもう下らない騒ぎにも何にも出来ない程に老いて弱ってしまったのだ。というか騒ぐな!!」
セイバーの誰かが言った。それも闇の中である。
「いえいえ、マスターは弱った、それがとても面白く無いと言っているのでございますとも。我々はそう!奇跡すらも起こせるサーヴァントなのです、そうですとも、多くの知恵、多くの力、多くの奇跡、そして私などは悪巧みならばこれこの通りな英霊でございましょ?」
闇の中でメフィストフェレスはまるで三文芝居の如くに大袈裟な物言いをしつつ嘲笑する。
「だからと言って、人の死は何とも出来ぬ。それとも貴様はマスターの死体にカンカンノーでも踊らせるつもりなのか?マスターが亡くなれば我らとてこの世から居らぬようになるのだぞ!」
「マスターの命運はすでに尽きかけた。マスターはそれを受け入れた。そこに何も我らが為す術はない」
キングハサンとマスターに呼ばれた山の翁が闇の中でも爛々と輝く鬼火の目でメフィストフェレスを睨みつける。しかし、かの山の翁であってもメフィストフェレスの言う真意を掴みかねているのか、やや戸惑うような声だった。
「山の翁さんはお堅い、お堅過ぎる!いえいえ、人理を守護せしマスターなれば、若返りの薬も死者の復活も望まれぬでしょう。聖杯などあっても以ての外でしょうとも。しかし、もうすでに策は万全、仕掛けもしっかり、全国のぢょしこぉせぇのみなさーん、ほれポチッとなっというぐらいに、事はすでに成ってしまって居るのでございますの事ですよ、ははは」
「貴様、マスターに何をしようと言うのだ!!事と次第によってはただではすまさんぞ!!」
チャキッ、とセイバーが聖剣を抜く音が聞こえた。それに呼応するようにあちこちからも抜刀や抜剣、槍やら弓やらなんやらかんやらを構える音が一斉に鳴り響く。どうやら増殖しまくってしまった、アーサー王のバリエーションなサーヴァント達やら他の槍な聖女バリエーションやら、全てのサーヴァント達が獲物を抜いたようだった。
「おお、怖い怖い。なに、我々がマスターを失わない為でございますよ。そう、そして人の世の理を外さず、然るに自然な形でマスターをこの世にあるようにするための一つの冴えたやり方でございます。そしてこのままの関係で」
メフィストフェレスはニタリと嗤い、そして言う。
「そう、死があるならば誕生もあって然るべし。人の魂は流転し、輪廻は廻るものでありましょう。ならば輪廻転生を我々の手で。契約を途切れさせず再び産まれて頂くのですよ。命途絶える前に、速やかに産まれ出でていただくのですよ」
メフィストフェレスは高らかに、まるで劇場の名俳優の如く両腕を広げて言った。
「そう、合い言葉は『天国の穴からこんにちはベイビーマスターぁぁぁぁーーーーっ!!』」
テラ子安の絶叫。
そして、彼らのマスターの部屋から、女の高らかな声がひびいた。
「アミダアミデュラヘブンズホール!!」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!何をするっ、おい、キアラっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」
……いえ、思いついてしまったので、書かずにいられなかったのです。ええ。
えーと、続けっ?!