機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-4 砕かれた平和

 大日本帝国宇宙軍練習艦隊 『山霧』後部ハッチ

 

 白銀武少尉は撃震のコクピットの中で最終調整をしていた。

 装備は迎撃後衛。今回の目的は護衛だが、戦闘に入る可能性は否定できない。そして敵機の中には物理攻撃をうけつけない装甲を持つものが最大で4機いるというのだ。

 正直、120mm滑空砲が効かない相手と戦いたくは無い。しかし、勝ち目が無いとは思わない。この程度ではすまない死線をいくつも越えてきたのだから。そっと胸の御守りに触れ気持ちを落ち着かせると武は管制との通信を開く。

 

「こちらシルバーブレット01発進シークエンスに入る」

「了解。確認した。シルバーブレット01発進どうぞ」

 

 駆逐艦の後部に設置されていたハッチが開き、パールホワイトのMSが跳躍した。

 

 

 

 ミゲル・アイマンはM69バルヌス改 特火重粒子砲のみ装備したジンに乗り換えてストライクに雪辱を晴らそうと出撃した。

 下等なナチュラルにやられたまま黙っていられるか――彼のコーディネイターとしての矜持が例え相手が地球軍の新兵器といえども敗北を許さなかったのだ。

 

 僚機のマシュー、オロール、イージスと共に再度ヘリオポリスに出撃したミゲルは一目散に巨大な熱源反応―地球軍の戦艦にむけて飛翔した。

 その時、イージスから通信が入った。

「どうしたアスラン。強引についてきたくせに、今更怖気づいたか?」

 ミゲルが軽くからかったが、アスランは眉ひとつ動かさない。

「からかわないで下さい。それより、あれを見てください!」

 アスランから送られた座標をモニターに移す。大型エレカが2台、港湾区画に向かっている。それ自体はなんら変哲は無い。だが、それに随伴しているものが問題だった。

 

「トレーラー?それにMSか!?」

 2台のエレカにトレーラーが随伴している。先程襲撃した連合のMSを運んでいたトレーラーと同じ車種だろう。そしてそれを護衛するMSの姿。

「まだMSがあったのか!?」

 その機体は先程奪取したものとは全く異なっていた。明らかに重厚なフォルム、武骨なシルエットである。デザインは自分達のMSとも奪取した地球軍のMSとも全く異なった印象を受ける。

 

 情報では連合のMSは5機だったが、まだあったというのか。だとすれば、ここで見逃すわけにはいかない。ストライクとの雪辱戦もあるが、ここであれを見逃すわけにもいかない。しかし、マシューとオロールのジンは要塞攻撃用のD型装備だ。ここで彼らがあのMSを鹵獲して離脱すれば敵戦艦への攻撃の際火力が足りなくなる。そもそもD装備では火力が強すぎて鹵獲できずに相手を撃破してしまう可能性が高い。アスランを向かわしてもいいが、ストライクと戦うために強引についてきた後輩に今から帰らせるのもいかがなものか。しかたのないことだ。ミゲルは回線を開いた。

 

「しかたない、オロール!マシュー!お前らは予定どうりあの戦艦を沈めろ。アスラン!ストライクはお前に譲ってやる!今回だけだからな!」

「ありがとうございます!しかし、あの肩の国籍マークは、日本のものですが、いいんですか?」

「どうせ偽装だろう。馬鹿なナチュラルだ。国籍マークを付けて中立国のものだとアピールすれば安全に運べるとでも思ったんだろうよ」

「港には日本の軍艦が停泊していると報告が入っています。本物という可能性もあるのでは」

 アスランは訝しげだ。しかし、ミゲルはどうということはないと言い切った。

「本物だったとしても問題ない。ここでMSを作ってたということは連合やオーブと組んで開発してたってことだ。ならば日本はオーブといっしょだ。中立国じゃない。それにどうせ日本はナチュラルの国だ。過ぎたおもちゃを取り上げてやる」

 

 頭を下げたアスランに大げさだと苦笑しながらミゲルはトレーラーに向けて飛翔した。

 

 

「さて、まずは護衛をつぶすか」

 ミゲルのジンはM69バルヌス改を構えた。その時レーダーが警報を鳴らし、とっさに飛び上がったことが彼の命を救った。

 上空から銃弾が降り注ぐ。あと少し反応が遅かったら蜂の巣になっていただろう。

 ミゲルは銃弾が発射された場所から現れた存在に目を見開いた。

 

「MS!?もう一機いたのか!」

 どうやら先程まではシャフトの裏に隠れてレーダーをやり過ごしていたらしく、発見できなかったようだ。

 

 突撃銃を発砲しながら未知の新鋭機が突撃してくる。見かけによらず鈍重ではない。胸部を狙って発砲するが、敵機の盾に阻まれる。

 射撃の直撃にも動じずに接近した敵機はそのまま至近距離で発射した弾丸をミゲルのジンに叩きつけた。

 尋常じゃない衝撃がミゲルを襲う。右肩が付け根から吹き飛ぶ。たまらずブースターを噴かして後ろに下がるが、底を狙い済ましたかのごとく正確な射撃が命中し、脚部が火を噴いた。

 強い…ミゲルは黄昏の魔弾の異名を持つエースパイロットだが、その彼をもってしても容易に勝てる技量の敵ではないと確信した。

 しかし、ナチュラルに二度も負けることは彼のプライドが許さなかった。

 確かにナチュラルにしてはやるようだが、M69の射弾を叩き込めれば勝機はある。

「下等生物は下等生物らしく……地べたを這っていろ!」

 

 

 

「流石は夕呼先生……ジンなら撃震の敵じゃないぜ」

 武は撃震のコクピット内で勝利を確信していた。敵機がビームを放ってきたことには驚いたが、彼の知っているレーザーと比べれば脅威にもならない。

 ジンは背部スラスターを噴かして高速で動き回る。恐らくはこちらを機動力で翻弄し、隙を作り出してビームで始末しようという魂胆だろう。しかし、彼の本領はその驚異的、否、変態的な機動にある。機動力での勝負なら負ける気はしない。武も腰部スラスターを噴射してジンを追いかけた。

 

 

 

「くそ!なんだよこいつは!?」

 ミゲルは自分の後ろにしつこくまとわりつく敵機に悪態をつく。どんな機動をとってもその腰部のスラスターを自在に動かして追従してくる。既に数発背部スラスターは被弾している。このままではこちらがやられるだろう。

 意を決したミゲルは急旋回を機体にかけた。すさまじいGが彼の体を襲う。コーディネイターである彼でも意識をもっていかれそうな威力だ。これで殺った!――と確信した彼の視界には真っ赤な奔流が映っていた。

 

 

 

「撃墜1確実っと」

 ミゲルのジンが急旋回をかけたのと同時にその未来位置を予測した武は背部突撃砲の120mmをその未来位置に叩き込んだのである。急旋回をしたミゲルにはそれを回避することはできず、自分から射線に突っ込んでいくかたちとなって撃墜されてしまったのだ。

「白銀、まだ任務は終わってないぞ。気を抜くな」

少し浮かれていた武を僚機の九條が注意する。

「了解。しかし、さっきのジンの相手を手伝ってくれてもよかったのでは?」

「すまない。流石に護衛対象から2機とも離れるわけにいかなかったのだ。それにお前の技量であれば問題はなかったであろう?」

「そうですが…っと、そろそろ着きますね」

「ああ、これで任務完了だ」

 二人は軽口を飛ばしながら帰還しようとした時、轟音と共に大地が裂けた。

 

 

 

 練習艦隊旗艦『鹿島』艦橋は慌しくなっていた。

「シャフトが戦闘の余波で損傷した模様」

「シャフトが歪んで崩壊を始めてます!」

「遠心力で外壁に裂傷!コロニーが持ちません!」

 

「技術者の収容はどうなっている!?」

 牧田が声を張り上げる。

「収容完了しております!ただ、トレーラーに乗せたMSの補充部品の収容が間に合いません!」

 搬入作業を監督していた篁が答えた。

 

 古雅は決断した。コロニーの外壁が破損したのならもうこのコロニーは持たない。

「搬入作業中止!これより出港する!総員配置につけ!」

「総員配置につけ!」

 オペレーターが命令を艦内放送で復唱する。

 

 古雅に篁が慌てて詰め寄る。

「司令官!搬入できない物資は如何しますか?」

 古雅は諭すように答えた。

「君の言いたいことは分かる。ここに軍事機密となる物資を置いていくわけにもいかないし、補充部品は我々の生命線となりうる。故に、これらは『山霧』、『朝霧』に設けられた撃震の収容区画に一時的に保管する。港外に出て落ち着いたところで鹿島に移送しよう」

 その答えに篁は安堵した。

 

 その時、艦橋に警報が響く。

「レーダーに感あり!ブルー12、マーク30アルファ!ライブラリに該当なし、連合の新型戦艦と思われます!」

「SSM用意、回線開け!」

 

 

 

 ヘリオポリスから辛くも脱出したアークエンジェルは唯一奪取を免れたストライクとストライクが回収した脱出ポッドを収容し、これからの方針について話し合っていた。

「艦長、これからどうする?ヘリオポリスから脱出したはいいが、月まで戦闘なしでつけるとも思わないしな。俺のゼロもしばらくは使えんし、いっそ降伏でもするか?」

 ムウ・ラ・フラガ大尉は難しい顔をして艦長のマリュー・ラミアス大尉に問いかけた。

 

「この艦とストライクはなにがあっても地球まで持って帰らねばいけません。しかし、この状況では……フラガ大尉、今から訓練してストライクをどれだけ動かせますか?」

「時間が足りないな。あの坊主がろくに訓練もせず乗りこなせたのはカレッジで同じプログラムをいじくってた経験があったからだろ?確かにGはナチュラルでも十分に動かせるMSだとは思うぜ。でもな、それは練習あっての話だ。今の俺じゃあの坊主以下の動きしかできねぇよ」

 ムウの答えにマリューは頼みの綱を断たれた気分だった。元々技術畑の彼女にはそもそも艦長という仕事とは無縁だった。しかし、この緊急事態に急ごしらえの艦長にされたのだ。頼みとなるものが全くない中で経験も、知識も足りない彼女に決断を要求することは酷だった。

 

 その時、CICのジャッキー・トノムラ伍長が叫んだ。

「レーダーに反応!グリーン78、マーク60デルタに中型艦1!小型艦3!ライブラリ照合!日本軍の『ミナセ』タイプ1、『アサギリ』タイプ3です!」

 マリューは目を見開き、戦闘配備につくように命令した。しかし、その時再びトノムラが報告を入れる。

「『ミナセ』タイプから通信です!」

 メインモニターには50代後半の貫禄のある男が移っていた。その眼光の鋭さにマリューは思わず背筋を正した。

 

〈こちらは大日本帝国宇宙軍練習艦隊司令官の古雅祐之少将だ。貴艦の所属を問う〉

〈こちらは地球連合軍所属、アークエンジェルです。私が艦長のマリュー・ラミアス大尉です〉

 マリューが硬い声で返答する。

〈さて、単刀直入に訊こう。ヘリオポリスを崩壊させたのは君達かね〉

 古雅の眼光がさらに厳しいものになり、マリューは思わずすくんだ。

〈違います!我々はザフトの襲撃に応戦しただけで、コロニーを意図的に戦闘に巻き込み崩壊させたわけではありません〉

〈…詳しい事情を聞きたい。我々はそちらの代表者との会談を開きたい〉

〈わかりました。我々がそちらの艦に赴いてこれまでの経緯を説明いたします。〉

 

「艦長、いいのか?」

 ムウはマリューに訝しげに尋ねた。わざわざこちらから出向くことはないと考えていたのだ。

「構わないわ。どのみち本気で敵対するわけにもいかないしね」

 ナタルもマリューに同意する。

「私も艦長の意見に賛成します。いまだザフトが近くの宙域に存在する可能性は否めません。そうなると長時間の無線通信は傍受の危険性が高まります。それに非交戦国の艦隊を巻き込んだ以上、我々からむこうに出向いて経緯を説明する義務があります」

 ナタルの説明を受けてムウもしかたないとばかりに肩をすくめた。

 

「それじゃあ、ランチの用意をお願い。バジルール少尉も同行して。艦はその間ノイマン曹長に任せるわ」

 

 

 

 ランチで『鹿島』に搭乗したマリュー達は特別公室に案内された。

 練習遠洋航行の関係上、各国を訪問する練習艦である『鹿島』には来賓が乗艦することもあるため、他の『水無瀬』型巡洋艦とは異なり豪華な内装の特別公室が改装により設けられているのだ。

 

「ようこそおいでいただいた。私が練習艦隊司令官の古雅祐之少将だ」

「『鹿島』艦長の羽立進大佐です。『鹿島』にようこそラミアス艦長」

 公室に入った二人を古雅らは敬礼して出迎えた。

「アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス大尉です」

「アークエンジェル副長のナタル・バジルール少尉であります」

 答礼した二人は古雅に促されて席についた。

 

 挨拶もそこそこに古雅が切り出した。

「さて、ラミアス大尉、我々は今回の連合とザフトの中立国内の戦闘行為についての経緯についてお伺いしたい」

「わかりました。それでは説明いたします」

 ラミアス大尉に促されたバジルール少尉が立ち上がり、戦闘の経緯について説明した。

 

 

 

 ザフトは新型MSの奪取を目的としてヘリオポリスを襲撃し、奪取を免れた機体が抵抗したことを脅威と判断したために過剰なまでの戦力をもって襲撃、その際の戦闘の余波でヘリオポリスは崩壊したということか……進は頭を抱えたくなった。

 つまり自分達は完全に巻き添えを食らったことになる。これがもとでザフトとの戦端を開くなんてことしたらいったいどれだけの災いが日本に降り注ぐことになるか。

 

「……以上で説明を終わります」

 考えに耽っているうちにバジルール少尉の説明が終わっていたようだ。さて、一体これからどうしたものか。既にザフトは自分達を敵と判断している可能性が高い。国籍表示のあるトレーラーとMSを襲撃したことからもそれは明らかである。もしかするとすでに宣戦布告されているのかもしれない。

 しかし、本国との通信は電波干渉が激しいため不可能だ。これでは宣戦布告されているのかを確かめることはできない。

 L3に日本のコロニーもないために近くに退避できる拠点もない。

 

 その時、これまで黙ってバジルール少尉の説明を聞いていた古雅司令官が初めて口を開いた。

「事情は把握しました。では、これから貴艦はどうされるつもりですか?」

 

 いきなりの質問にも動じずラミアス大尉は答えた。

「友軍のいるアルテミスへと向かう予定です」

 なるほど、アルテミスの傘に入るつもりらしい。しかし、大西洋連邦所属の艦がユーラシア連邦の要塞にすんなりと保護してもらえるものだろうか。まぁ、そこは彼らにも何か腹案でもあるのだろう。

 

 「司令官はこの後どうなさるおつもりですか?」

 バジルール少尉が司令官に問いかける。

「……付近の哨戒を行いながらL4へ向かう。だが、その前にヘリオポリスの住民の保護を最優先で行う予定だ。一応友好国の国民を見捨てるわけにはいかん」

 

 その言葉にラミアス大尉の表情が曇る。間接的にとはいえ、この災害を引き起こした自分達が安全圏に逃げることに罪悪感を感じているのだろう。やさしい女性だと思う。

 反面、バジルール中尉の表情には変化がない。どうやら彼女は実直な軍人気質なようだ。

 その後も我々はいくつかのやりとりを交わした。

 

 会談が終わり、特別公室を退室した二人を見送りに古雅と羽立はランチの前まで見送りに来ていた。

「わかりました。それでは我々は失礼します。貴艦隊の航行に神の祝福があらんことを」

「こちらこそ。貴艦の航行の安全を祈ります」

 互いに敬礼を交わした後、ラミアス大尉達はアークエンジェルへ帰っていった。

 

 

 

 会談後、『鹿島』艦橋では誰もが渋い顔をしていた。回収したポッドの数が予想以上に多かったのだ。上層部に指示を乞おうにも、ザフトのニュートロンジャマーのせいでL4との連絡はとれない。

 

 「このままL4まで帰還する。今の戦力で下手に戦闘をさせるわけにもいかん。我々は避難民の安全も確保しなければならないのだからな」

 古雅の決断に幕僚は異議を唱えなかった。

 

 「了解しました。総員発進準備!これより本艦はL4に帰還する!」


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