C.E.71 2月1日
「救助したヘリオポリス市民をオーブまで護送せよ」
「……どういうことでしょうか」
練習艦隊はザフトによる襲撃という予定外の事態に遭遇したものの、ヘリオポリス出港後は特に事件も無く無事にL4の軍港コロニー『安土』までたどり着いていたのだ。しかし、上陸して羽を伸ばす暇なく彼ら練習艦隊に新たな任務が下されたのである。
古雅は不愉快そうだ。
「何故練習艦隊に命令が下されるのでしょうか?ここには我が国の殆どの艦艇が存在しているというのに」
「先日の事故の影響で艦船ドッグが被害を受けたことは知ってるな?その影響で主力艦船の整備スケジュールが詰まっているんだ。ザフトが中立国だろうとお構いなく襲撃する可能性が高いならL4の防衛にはそれなりの戦力が必要になる」
先日の事故というのは貨物船千草丸がドッグ入り中に爆発炎上した事故である。原因は今もって不明である。
因みに軍艦に限らず、艦艇は定期的にドッグに入る必要がある。
それは宇宙船でも例外ではない。いや、むしろ宇宙船の方が整備は重要であろう。
ちょっとした損傷が空気漏れ等、命に関わることに直結する可能性があるのだ。
海と違い宇宙では船の外はかなりの危険が伴う。故に例え損傷がなくとも宇宙船の検査や整備には数週間から数ヶ月かかることなどざらにある。
戦闘や事故による損傷があれば半年かかることだってあるのだ。当然その間ドッグはでっかい図体をした鉄の塊に占領されることになる。
以前から決まっていた改修工事や船体整備と損傷艦艇の整備が被ることもあるが、その場合は船員の命も繋かっているので、無下に改修工事や船体整備を後回しにして船を出すこともできない。
また、軍艦は軍事機密の漏洩を防ぐために民間船のように他国や民間のドッグには入れない。そして港区画にはドッグ入り待ちで出港できない船が並ぶことになる。
軍艦の建造や整備はその抗堪性や機密性の為に民間船の建造とは比べものにならない程の時間と手間がかかるのだ。
「しかし、いくらなんでもドッグの回転率が低すぎます。『天之御影』のドッグには何が入っているのですか?」
古雅の問いにL4『安土』鎮守府司令長官の神田輝明中将は口を噤む。
現在『天之御影』に新設されたドッグでは最新鋭の超巨大戦艦が作られていることは最高クラスの機密になっている。その機密レベルは異常の一言に尽きた。
鎮守府司令長官の神田さえドッグへの立ち入りは禁止されているレベルなのだ。そんな事情を話すわけにいかない神田はただ沈黙を保った。
「……わかりました。練習艦隊は明朝『安土』を出港し、アメノミハシラへ向かいます」
練習艦隊はヘリオポリスの避難民を乗せた輸送船『わかば』を護送するために再び漆黒の海原に出航した。
C.E.71 2月6日 デブリベルト周辺
L4を出港した練習艦隊は一路地球への針路を取って航行していた。しかし、その近くには白亜の巨艦が随伴していた。数日前ヘリオポリスで遭遇した大西洋連邦の最新鋭強襲揚陸艦アークエンジェルであった。何故彼らが合流しているかというと、話は数時間前に遡る。
武は愛機の前で休憩中の整備兵と共にレーションを食べていた。
これは要領のいい古参の整備兵が主計科の倉庫から銀蠅したものだ。
普段から整備兵とつるんでいる武は彼らと共に戦利品の味を噛みしめていた。
ふと、“あの頃”もおなじようなことをしていたことを思い出した。
ただ、“あの頃”の土みたいに糞まずいレーションに比べれば天と地の差があると武は思っていたが。
そもそもアラートが日常茶飯事だったあの頃とは様々な面で比べ物にならないほど今は優遇されている。
そんな時ふと脳裏に内地で待っているあの凛とした女性の顔が浮かんだ。今頃ヘリオポリス崩壊をニュースで知って心配でもしているのだろうか。L4に帰還後にメールを送ったが、やはり直接会って無事を知らせてやりたい。彼女の泣き顔はやはり嫌だ。
そんな映画でよくある死亡フラグの典型的なパターンを立てている彼の耳に突然緊急事態を知らせる警報が飛び込んできた。
反射的にレトルトパックを投げ捨てた武はヘルメットを被り、床を蹴って愛機のコクピットめがけて飛んでいく。周りの整備兵も一斉に持ち場に付く。
コンソールに問題はない。いつでも出られる準備は万端である。
既に彼の目はいつものおちゃらけた青年のものではなく、一人の軍人の目に変わっていた。
艦橋も騒ぎ始めていた。
「レーダーに感あり!距離3000グリーン37マーク22チャーリー!ライブラリ照合……アークエンジェル級です!」
何故アルテミスに入港したはずの船があれから10日ほどでこの宙域に現れるのだろうか。もしかすると、同型艦の可能性もある。進は騒がしくなる艦橋で一人黙考していた。
そうこう考えているうちに古雅の指示でアークエンジェル級との間に回線が開かれた。モニターに映っていたのはヘリオポリスで会談したラミアス大尉の姿だった。
となるとあれはアークエンジェルで間違いないだろう。
「こちらは大日本帝国宇宙軍練習艦隊の古雅だ……。ラミアス大尉、息災で何よりだ」
「ありがとうございます。貴艦隊もご無事なようで」
ラミアス大尉は数日前より少しやつれた印象をうける。いったい彼らに何があったのだろうか。
「ラミアス大尉、失礼ですが貴艦は確かアルテミス要塞に入港する予定だったはずでは?」
黙考を中断した進が問いかけた。それに対してマリューは渋い顔をする。
「……アルテミスはザフトの攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けたため、我々は脱出しました」
彼女は嘘は言っていないだろうが、どこか隠しているところがあるように見受けられた。
「現在我々は収容した被災者を送り届けるためにアメノミハシラに針路を取っている。そちらはどのような針路を?」
いったい彼らは何処へ向かうつもりなのだろう。正直ザフトとの戦闘に巻き込まれたくはないから針路が被らないことを切に願う。
「我々は地球軍第八艦隊の先遣隊との合流ポイントに向かっております。ですから当分はそちらと同じ針路を取ることになります」
ラミアス大尉の発言に少し顔が引きつる。アルテミスを陥落させるほどの執念を持った敵に追われている彼らと同じ針路なんて心から遠慮したい。
しかし、このあたりでとれる迂回ルートはないために針路変更は厳しい。とりあえず第二戦闘配備を発令しておくべきだろう。
アークエンジェルとのランデブーから5時間後、練習艦隊もレーダーで第八艦隊の先遣隊を捉えた。
「さっきも通信してましたし、彼らも保護者が迎えにきましたから、ここから月への最短ルートを取ってくれますね。正直ほっとしました。これで我々も安全に航行できるというものです」
牧田が息をなでおろす。進も彼と同じ気持ちだった。
こうして迷子の大天使様は保護者に手を繋がれて月のおうちまで帰りましたとさ。めでたし、めでたし。
…となればよかったのだが、どうやらこの世界の神はそのような単調な物語はお気に召さないらしい。
突然練習艦隊各艦の艦内に警報が鳴り響いた。
「レーダーに感あり!距離1000、レッド143マーク67アルファにMS4!」
「距離1000?どうして気付かなかった!?貴様等は居眠りでもしてたのか!?」
進は索敵管制員を怒鳴りつける。距離をこれまで詰められるまでレーダーに反応が無いなんてありえないからだ。
「敵機はデブリ帯から出現しました!恐らくデブリに紛れて低速でここまで接近したものと思われます!」
進は頭を掻き毟った。想定が甘かった。アークエンジェルと合流した時点で哨戒機ぐらいだすべきだったのだ。
「糞!総員戦闘配置につけ!MSは!?」
「白銀機が緊急発進の準備を完了しています!」
「九條大尉と篁中尉も出れます!」
MSを発進させるべきか……古雅司令に目配せをした。
「MSはまだ出すな。ここで発進させればザフトは我々を脅威とみなして攻撃してくることもありうるからな。我々は宙域を離脱する。面舵50下舵30、全速前進だ。ただし、観測は怠るな。対空監視を厳にしろ!」
やはり古雅司令は堅実な判断を下したか。後はザフトが我々を無視してくれればいいのだが。
数時間前、内地との定時通信で練習艦隊はプラントと日本はいまだ非交戦国であることは確認しているため、相手に良識があるならば襲撃されることは無いと確認しているが、油断は禁物だ。
因みに彼らが内地との交信が可能だったのは近くに通信仲介衛星があったためである。エイプリルフール・クライシスがあってから通信がままならない状態が続き、世界情勢がめまぐるしく変わる中でL4との連絡が途絶えることは危険だと考えた日本政府はL4と地球の間のデブリベルトにいくつかの通信仲介拠点を設けることにしているのだ。今回利用したのもそのうちのひとつだ。
「隊長!足つきの後方にも艦隊が航行しています。国籍コードを確認、大日本帝国の艦隊です」
報告を受けたクルーゼはイレギュラーな存在に対してどう対処したものかと思案する。アスランの証言ではヘリオポリスでミゲルが最後に戦った相手のMSも日本の国籍マークが付いていたという。その後ミゲルは何者かに撃墜されている。レコーダーも機体が爆散してしまったうえにコロニーそのものが崩壊し、現場の宙域にはデブリが散乱しているために未だに回収されていない。
その時のMSと目の前の艦隊に関係がある可能性もある。つまり、日本艦隊は黄昏の魔弾の異名をとるミゲルを討ち取るだけの戦力を保有している可能性も否定できないのだ。
この場で迂闊に日本と交戦すればミリタリーバランスが崩れることもありうる。それはZAFTは望んではいない。
しかし、既にミゲルを撃墜している事実を鑑みると、むこうから攻撃してくることも考えねばならなかった。
この場のイレギュラーは可能な限り小さくできるように対処する必要があるという結論に彼は達した。
「アデス、私も出るぞ」
「隊長が出るのですか?」
アデスは訝しげな表情をする。
「日本が妙な動きに出たときのための保険は張っておくべきだろう。一応ヴェサリウスも前に出てくれ」
クルーゼの回答に納得したのかアデスは発進準備に取り掛かるように通達した。
アークエンジェルの艦橋でフレイ・アルスターは震えていた。
「ローにミサイル4命中!」
スクリーンに映し出された船が一瞬膨れ上がったように見えた。次の瞬間ローは強烈な閃光と共に姿を消した。
「ねぇ、キラは!?あの子は何をしているのよ!?」
サイは叫ぶフレイを艦橋の外に強引に連れ出す。
「キラは頑張ってるさ。ただ、むこうにも奪われた新兵器があるし」
「でも、あの子、言ったのよ『僕達も行くから大丈夫』って。なのに何してるの!?」
その時新たな火球がモントゴメリィに炸裂した。フレイの顔が青ざめる。
偶然、モニターの一つに映る退避していく艦隊の姿がフレイの目に留まった。
「ねぇ、どうして後ろの艦隊は逃げていくのよ!?どうしてパパを助けてくれないのよ!」
「あれは日本艦隊だ。日本は中立国だから参戦できない」
「何でよ!あれは軍艦でしょ!?何で戦えるのにあたし達を見捨てるのよ!日本ならナチュラルの国じゃない!」
フレイはなおもサイに食って掛かる。
サイも必死に宥めるがフレイは落ち着く気配を見せない。
しかし、急に暴れていたフレイが動きを止めた。サイは不審に思いフレイの様子を伺っていると、耳に流れ込んでくる歌声に気づいた。
フレイは抑え込む力を緩めたサイを強引に振りほどくと、音源の部屋にむけて駆け出した。
ムウは奇妙な感覚に襲われた。この現象を起こす心当たりは一つしかない。
「クルーゼが出てきたか!?」
正直、まずい。自分は既にガンバレルを2基失っている状態である。頼みの綱のストライクはイージスを抑えることで手一杯だ。
味方のメビウスは全滅。ローはジンのミサイルが弾薬庫に命中し轟沈、バーナードも機関部が沈黙し、継戦能力は失われている。モントゴメリィも中破に近い状態だ。
対してザフトの損害はゴッドフリートで撃墜したジン一機と先程自分が相手をしていたジン一機が小破しているだけだ。
これでクルーゼまで出てこられた場合、敗北は必死だ。
万事休すか……と諦めかけていたとき、視界の端を紅い奔流が走った。恐らくはイージスのスキュラだろう。そしてその光の奔流は退避していた日本軍の巡洋艦の艦首に命中した。
「ザフトのMSの砲撃が艦首に命中!艦首センサー損傷!」
『鹿島』の艦橋で管制官が声を張り上げた。
進の心は燃え上がっていた。一発なら誤射かもしれないなんて甘ったれた理屈は通用しない。当たり所がよかったために人的被害は皆無だが、我々は敵から明確に攻撃を受けたのだ。そして我々は理不尽な攻撃に泣き寝入りするような臆病者ではない。
今回、先に喧嘩を売ってきたのはザフトだ。やつらに目にものみせてやる。
古雅司令も獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべている。生粋の武人である司令も自分の乗艦を不当に攻撃されて腸が煮えくり返っているのだろう。
「全艦対空ミサイル発射準備!これは演習ではない。目標、ザフトMS部隊!ミサイル発射後、MS部隊発進しろ!」
古雅の命令は艦橋の空気を振るわせるほどの覇気を纏っていた。
幹部候補生達も司令の覇気にあてられたのか、その目つきは武士のものになっていた。
「武、お前はあの小破したジンをやれ。篁中尉は紅いやつを頼む。白いシグーは私がやる」
「「了解」」
各艦の後部ハッチからMSが発進し、それぞれの目標と交戦する。
唯依は出撃すると愛機のフェイズシフト装甲を作動させた。灰色の機体が山吹色に染まる。
実は唯依の搭乗機である瑞鶴弐型(以下瑞鶴で統一)はヘリオポリスで製造された試作MSだ。かの魔女のもとで設計された撃震の改良機に連合のテクノロジーを導入した次期主力機のテスト機の役割を持っている。いわば、G兵器の親類に当たる。P.S装甲やビームライフルがその証である。
瑞鶴から放たれたビームに気づいたイージスは交戦中のストライクから距離をとった。その隙にバッテリー残量の心もとないストライクも離脱する。
「日本軍か!?」
イージスを駆るアスラン・ザラは悪態をつく。何故今更日本軍が戦闘に介入してくるのだ。やつらも地球軍なのか?
状況把握できず(キラのことで頭がいっぱいだったために自分の所業に気づいていないだけなのだが)混乱しているアスランにはお構いなしに瑞鶴は距離をつめ、ビームサーベルを展開し接近戦を仕掛けてきた。
瑞鶴のビームサーベルをシールドで受け止める。しかし、同時にすさまじい衝撃がアスランを襲った。
瑞鶴の背部に装備されたガンマウントが起動し、瑞鶴の脇に突撃砲を展開、自立射撃を行ったのだ。36mm高速撤甲弾を連射されたイージスはたまらず射線から離れた。
すでにビーム兵器の連続使用でバッテリーを消費していたイージスのバッテリ―残量は危険域にある。このままではビーム兵器は使用できない。しかもイージスにはイーゲルシュテルン以外に実弾兵器はないのだ。それもPS装甲を持つ瑞鶴には通用しない。
何とか格闘戦に持ち込もうとするアスランだったが、それが間違いだった。
至近距離にまで接近し両腕にビームサーベルを展開したアスランに対して唯依も背部の長刀で応戦する。
「はぁぁ!!」
唯依はイージスの二本のサーベルによる連続攻撃を巧みな太刀捌きでいなしていく。アスランは手数の多さを駆使するも、機動性に勝る瑞鶴には当たらない。
決定打を与えられないまま、時間だけが消費される。
激闘の中、先にイージスがフェイズシフトダウンを起こしてしまった。
「フェイズシフトが落ちた!?くそ、撤退する!」
高速巡航形態に変形したイージスは最大出力で戦場を離脱した。
「あの肩の撃墜マーク……ザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼか。相手にとって不足はない」
醇一の撃震は挨拶代わりといわんばかりにシグーに36mmを浴びせる。その射線を軽く回避したシグーもお返しとばかりに76mm機銃を発射する。
しかし、撃震の傾斜の付いたシールドは76mm程度では貫通できない。そのまま接近した醇一は盾の裏に突撃砲をしまい、背部から長刀を取り出してシグーに切りかかった。
「ええい」
クルーゼは苦戦していた。相手の近接格闘能力が並ではないのだ。そもそも、ザフト内でも対MS近接戦闘を得意としている人間は多くない。開戦からこれまで一部の傭兵や海賊との戦闘以外でMSと戦闘をする機会は考えられなかったためだ。
そして彼自身その戦果の殆どを遠距離での射撃戦で積み上げてきた人間である。一応重斬刀は装備しているが、歴戦のクルーゼですらジンとの模擬戦闘に使用したことくらいしか経験はない。
撃震の切り上げを防いだシグーだったが、大きく体制を崩される。その隙を見逃す九條ではない。スラスターの出力を上げて突進した。クルーゼも必死だ。盾に装備された28mm砲を至近距離で発射し牽制する。九條は長刀を振り上げ、その反動で機体を28mmの射線から逸らした。すかさずクルーゼは76mmで追撃をかけて撃震との距離をとった。
クルーゼは焦っていた。相手に比べて自分は銃弾をハイペースで消費している。あちらの残弾数はわからないが、このままではこちらの残弾が先に尽きる可能性が大きい。それまでに撃墜することも厳しいだろう。
更にアデスから通信が入る。アスランがバッテリー切れで帰艦し、ジン一機がすでに撃墜されたという。そうなると戦力比は3:2でこちらが不利だ。しかも日本軍の3機はどれもシグー以上の性能を有している可能性が濃厚だ。潮時だと判断した。
「アデス!日本軍は絶対に相手にするなと全部隊に通達しろ!ヴェサリウスは敵ネルソン級を砲撃して牽制だ!」
アークエンジェルの艦橋は沈黙していた。
突如戦闘に介入した日本軍は自分達を散々苦戦させたザフトを赤子の手を捻るように軽く一蹴してしまったのだ。しかもあの艦隊は正規の部隊ではなく、士官候補生らの航行実習に使われる練習艦隊である。到底その錬度も艦艇の性能も正規部隊に遥かに及ばない。
その時、艦橋のドアが開いたことに気づいた者はいなかった。誰もが自分達を遥かに凌駕する戦力を前に呆然としている。その間に艦橋に入ったフレイは戦局の変化にも気づいていなかった。フレイに気づいたナタルが息をのむ。その反応に他のクルーも反応してフレイに気づいた。同時に正気ではない彼女の様子に言葉を失う。
フレイは強引につれてきたラクスの首に刃物を突きつけ叫んだ。
「この子を殺すわ……パパの船を撃ったら!この子を殺すわ!ザフトのお姫様を殺されたくなかったらさがってぇ!!」
フレイの狂気をおびた叫びが艦橋に響き渡ったが、既に手遅れだった。
その瞬間、ヴェサリウスから放たれたミサイルがモントゴメリィの艦橋を貫き、爆炎を吹き上げた。
フレイはしばし、現実を認識できなかった。数秒あいて認識できた時、フレイは絶叫した
「イヤァァァァー!!」
叫びと共にフレイは気を失った。
そんな叫び声が響くさなか、日本軍のMSからの標的から逃れたジンがアークエンジェルに接近する。ストライクもメビウスも間に合わない。
艦橋の中で皆が一連のフレイの行動にあっけにとられている中、いち早く立ち直ったナタルが艦長に声をかけるが、マリューの思考はいまだに再起動できずにフリーズしたままだ。
それを悟ったナタルはフレイが握り閉めているインカムを引ったくり、繋がったままの回線を通じて語りかけた。
「ザフト軍に告ぐ!こちらは地球連合軍所属艦“アークエンジェル”!当艦はプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢である、ラクス・クラインを保護している。偶発的な経緯を経て人道的な立場から彼女の乗る救命艇を救助したものである。以降、当艦に攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄とみなし、当方は自由意志で、この件を処理する用意があることをお伝えする」
つまりは、アークエンジェルに攻撃を行った場合人質の命は保障されないということだ。
帰還し再出撃の準備をしていたアスランは先程の全周波通信に憤っていた。
「ナチュラルめ……救助した民間人を人質に取るなんて!」
アスランは拳をイージスのコンソールに叩きつけ、吐き捨てた。
「彼女は必ず救い出す…そのためにならお前だって俺の敵だ。キラ」
不味いことになった。クルーゼは仮面の奥で顔をしかめた。このままではこちらは任務の遂行は不可能だ。この戦力でラクス・クラインの救出戦は不可能であるし、増援を呼んでもラクス嬢を人質に足つきが全速力で月に離脱しようものなら間に合わない。さて、どうしたものだろうか。ヴェサリウスとの回線を開く。
「アデス。全軍退却だ。この場で下手な対応するわけにもいかん」
この場は退こう。しかし、この借りはいずれ返す。
アークエンジェルに帰艦したキラはムウに詰め寄っていた。
「どういうことですか!地球軍はあんな民間人の女の子を人質にするんですか!」
しかし、ムウは不愉快そうに返す。
「そういう情け無いことを艦長たちがせざるを得なかったのは、俺達が弱いからだ。俺達の力じゃ友軍を守れなかったからだ。俺にも、お前にも艦長や副長を非難する資格はねぇよ」
ムウは壁に頭を叩きつけて叫んだ。
「俺達にも日本軍のような強さがあったなら!あんな胸糞悪いことをする必要は無かったんだよ!」
その叫びにキラも返す言葉を失い、ただやり場のない怒りを籠めた拳を通路の壁に叩きつけた。
汗ばんだパイロットスーツを脱ぎ捨てて制服に着替えたキラはうつむきながら食堂に向かっていた。
その時通路にまで絶叫が響いた。音源は医務室である。医務室に足を踏み入れたキラは半狂乱になって泣き叫ぶフレイの姿を見て声をかけようとした。
しかし、キラは動けなかった。キラに気がついたフレイが凄まじい形相で彼を睨みつけたためである。
「嘘つき!!」
足がすくんで動けないキラにフレイの平手打ちが炸裂した。体制が崩れたキラにフレイは立て続けに拳を叩きつける。
「『大丈夫』って!『僕達も行くから大丈夫』って言ったじゃない!何でよ!?何でパパを守ってくれなかったの!あいつらをやっつけてくれなかったのよぉ!!」
キラは言い返すことができず、ただ、フレイに殴られるままになっている。
「フレイ!もうやめろ。キラだって懸命に」
流石に不味いと思ったサイ二人の間に割って入ってフレイを止める。
サイに抱かれてもフレイの怒りは収まらない。壁に叩きつけられたキラに更に罵声を浴びせる。
「あんた、自分もコーディネイターだからって、本気で戦っていないんでしょ!!」
キラの心にフレイの叫びが突き刺さる。この場にいることに耐えられなくなったキラは医務室から飛び出した。
「嘘つき!パパを返して!返してよぉ!!」
フレイの呪詛のような声を背中に浴びながらキラは逃げるように医務室から遠ざかっていった。