C.E.71 2月10日 アメノミハシラ
アークエンジェルと別れた練習艦隊は無事にアメノミハシラに到着し、避難民を受け渡していた。
現在、任務を全うした艦隊司令部の面々と士官候補生達はロンド・ミナ・サハクの招待で迎賓館を訪れている。
「今回の人命救助に対して、ウズミ・ナラ・アスハ代表からも感謝の言葉が届いております。そして、私も一人のオーブ国民として感謝の意を表します」
「身に余る光栄であります」
ミナの言葉に艦隊司令官の古雅は仰々しい態度で答えた。
正直なところ、古雅はこのような政治的な場は苦手だった。サハク家の次期頭首は見た目麗しい女性ではあったが、あの蛇のような無機質な目と向き合うのもとても不快だった。
外地において軍人とは外交官でもあることを忘れてはいないが、やはり性に合わないものは会わないのだ。ヘリオポリスでの式典クラスならばまだしも、一国家の重鎮が出席するような場所は本当に辟易する。
……まぁ、このような経験が今回練習艦隊で預かった130人の士官候補生の将来に、ひいては皇国の将来のためになるのならば老い先短い我々が苦労するのも無駄にはならないか。
そう考えた古雅は終始士官候補生達に在るべき軍人の姿を見せ付け続けた。
同日、大日本帝国
会議室には内閣のメンバーが勢ぞろいしていた。それを確認した澤井が口火を切った。
「先日、宇宙軍の練習艦隊がザフトと交戦したことは知っているだろう。今回はその対応について協議したい。吉岡防衛大臣」
促された吉岡が席を立った。
「今月八日、日本時間1230にザフトのMSがヘリオポリスの民間人を輸送していた宇宙軍の練習艦隊に対して発砲、それに対し練習艦隊は搭載していたMSを発進させ応戦しました。同艦隊はザフトを撃退し、死者は0との報告が入っております」
同席していた本山十三宇宙軍長官が着席した吉岡の後を引き継いだ。
「交戦の報告を受けた後、1300に宇宙軍にデフコン――防衛基準体制――1を発令、L4宙域に存在する全部隊が警戒にあたっておりますが、現在のところザフトに動きは見られません」
「防衛大臣、質問してよろしいでしょうか?」
千葉辰巳外務大臣が懊悩とした表情を浮かべながら質問した。
「現在、ザフトは地球連合軍と各地で干戈を交えている状態にあります。それもここ数ヶ月は無理な侵攻により兵站に負担がかかり、また、初期のニュートロンジャマーによる混乱から回復した連合軍が攻勢に出始めたことから戦線は膠着しているとの報告が入っていました。この状態で更に戦線を……よりにもよってこれまで強大な戦力を無傷で温存してきた我が国に対して開くと言う行為は他の戦線に負担をかけ、戦線を押し戻されることに繋がりかねないはずです。それにも関わらず戦端をザフトが開いた。防衛省は今回のザフトの攻撃の目的は那辺にあると考えているのでしょう?」
「……アメノミハシラから内地に出頭した練習艦隊旗艦『鹿島』艦長羽立大佐に聴取した情報と彼が持ち帰った艦隊の戦闘レコーダーからの推測ですが、交戦のきっかけとなったMSからの攻撃は誤射であった可能性が高いと防衛省では認識しております」
「戦端を開く気はあちらには無いということか?」
「はい、ザフトは八日以後も軍事的な行動を我が国にとることはありませんでしたし、間違いないかと」
「あちらに戦端を開く気が無いなら、外交で対処できますな……総理、今回の武力衝突の決着はどのような条件でつけましょうか?」
ほっとしたように息を吐いた千葉は澤井に問いかけた。
「……とりあえず事実の調査、関係者の処分、公式な謝罪、賠償金を要求しよう。外務大臣、現地の公使に至急連絡してくれ」
「わかりました」
とりあえず外交努力によって対プラント開戦は避けられると認識した出席者達は一様に安堵した。
「安心しているところに申し訳ないですが、もう一つ、防衛省からの報告があります」
一同の視線が席を立った吉岡に再び集まる。
「今回の武力衝突にて我が国がXFJ計画として極秘裏に製造したXFJ-Type1E試製『瑞鶴』がヘリオポリスより奪取された連合の新型MSの内の一機と交戦したとのことです」
「して、我が国のMSの性能の実戦評価の結果は?」
澤井の問いかけに吉岡は笑みを零しながら答えた。
「圧倒的です。被弾0で相手をバッテリー切れまで追い込みました。やはり、制御システムの優位が大きかったようで、終始瑞鶴が機動で圧倒していました」
「先のヘリオポリスで撃震がジン相手に勝利したと聞いていたが……やはり素晴らしい性能だな」
「試製瑞鶴はPS装甲を搭載しております。この時点で実弾兵器以外の武装を持たない相手は手も足も出せません。さらにビーム兵器はこれまでの実弾兵器以上の威力を持ちますから、これまでのMSの装甲では防げません。しかし、PS装甲は高価ですし、燃費が悪いためにMSの稼働時間を狭めます。また、今回の実戦に参加したパイロットは我が国でも五指に入る実力を持つパイロットだと聞いています。量産型『瑞鶴』では高価なPS装甲をオミットしたタイプを採用する予定ですし、今回の実戦で得られたデータどおりの実力を発揮出来るとは言い切れませんが」
「量産型を半年でどれだけ用意できる?」
「一個連隊分が調達可能という試算がでています」
その時、奈原正幸官房長官が徐に口を開いた。
「……防衛大臣、MSの輸出というのは可能でしょうか?無論、グレードダウンするという条件の上で」
突然の発言に閣僚達は訝しむが、奈原はかまわずすすめる。
「赤道連合は恐らくそれほどの国力はないでしょうから対象から省いた上で話をします。ずばり、オーブかスカンジナビアに輸出できないでしょうか?両国とも連合から受ける圧力は日に日に大きくなっている状態です。無論、それぞれの国民もそれを感じているでしょう。そうなれば政府は防衛体制を整えているとアピールし、国民の不安を取り除かなければなりません」
「つまり君は、両国が軍拡するのに合わせてMSを売り込もうと言いたいのかね?」
「その通りです総理。現在MSを他国に売却している国はありませんし、技術提供する国もありません。MSの戦闘データ等、自力開発に欠かせない資料を揃えているのはザフト、連合……中でもユーラシア連邦と大西洋連邦、そして我が国だけですから」
その時千葉が挙手し、質問した。
「官房長官。我が国は開戦以来一貫して大西洋連邦、ユーラシア連邦寄りの好意的中立を保っている立場にあります。この両国への輸出は無いのでしょうか?」
「その点ですが、情報局からの情報ではアズラエル財閥主導で量産型MSの開発がすでにすすんでいるとあります。連合は近いうちに自力でMSを配備するでしょうから、わざわざ我が国のMSを運用する気はないでしょう。それに、軍事産業複合体の反発も予想されます」
「確かにあの国の軍需産業の利権に食い込むとなると凄まじい反発は避けられませんな」
「しかし、オーブに輸出するということも厳しいのではないでしょうか?」
五十嵐文部科学大臣が言った。
「オーブ領のヘリオポリスでMSが製造されていたのならば、当然MS製造計画に噛んでいたモルゲンレーテもそのノウハウを得たものと考えられますが……」
五十嵐は情報局の辰村局長に視線を向けた。
「情報局ではどの程度オーブのMS開発状況について把握しているのですか?」
「オーブで開発中のMS……MBF-M1『アストレイ』については、オノゴロ島にあるモルゲンレーテの本社で開発が行われているようですが、かなり厳しい防諜体制がしかれているためにいまだに詳しい情報を得るまでにいたってはおりません」
辰村が申し訳なさそうに答えた。
「オーブに売り込めるかは不透明だな……では、仮にスカンジナビアに売り込みをかけるとした時になにか問題はあるだろうか?」
澤井に質問に吉岡が答えた。
「もしも我が国の撃震をそのまま輸出する場合、機密の漏洩が問題です。我が軍のMSの性能は操縦系統のシステム……間接制御システムによって得られるものだと言ってもいいでしょう。このシステムが漏洩したときに我が国のMSの持つアドバンテージは消滅します。ハード面で他国のMSと圧倒的な差があるわけでもない現状ではこのアドバンテージの消滅は我が国の防衛を揺るがしかねません。かといって、連合に供与した自己学習型機体制御プログラムだけでは恐らくZAFTのシグー程度の性能になってしまう可能性も否めません」
「ビーム兵器を搭載しても駄目だろうか?」
「ビーム兵器は連合のMSにも当然搭載されているでしょうし、連合の新MSを奪取したザフトのMSにもビーム兵器が搭載されることは確実でしょう。そうなると大きなセールスポイントにはなりえません。むしろ、これから大きなセールスポイントとなるのは対ビームの耐久性ではないかと。撃震の防御力は現行の他国のどのMSをも上回っています。防御面を中心に改修をほどこし、その堅牢さを前面にプッシュすべきかと」
澤井は腕を組む。
「……スカンジナビアが最後まで中立を国是とするのであれば、我が国の兵器も売れるだろう。大西洋連邦にMSのライセンス生産を申し込めば中立という立場は維持させてはもらえんだろうしな。堅牢さと操縦性の良さを推して、早期に戦力化ができ、搭乗員の命も守りやすいことを売りにすべきか。吉岡大臣、撃震のスカンジナビア仕様を計画してくれ。千葉大臣はスカンジナビアとの交渉を秘密裏に始めてくれ。出来る限り大西洋連邦に気づかれないようにしてほしい」
「わかりました」
「やってみます」
「頼む。戦後を見据える上で、この交渉の意義は大きなものになると私は考えている。必ず成功させるんだ」
閣議後、澤井は夕日に染められた東京の街を見ながら車で移動していた。
紅に染まる高層ビルからふと目線を移すと、そこには闇が広がっている。
それはまるで、平和な街に着実に近づきつつある何かを暗示しているようだった。