C.E.71 3月6日
大日本帝国 内閣府
「ザフトが近々大規模な作戦を実施するという情報が様々な筋から入ってきています」
会議の冒頭で発言したのは辰村情報局長だった。
「確かなのでしょうか?」
千葉は疑い深げだ。
「ビクトリアを陥落させてからあまり日は経っていませんが、この時期にそんな大規模な作戦が可能とは思いません」
「しかし、ジブラルタルやカーペンタリアにここのところ頻繁に宇宙からの物資が届いていることも事実です」
「……プラントの国内事情によるものだとは考えられないでしょうか?」
そう発言したのは榊大蔵大臣だった。
「かの国は開戦以来、破竹の勢いで勝利を重ねてきました。しかし、未だに戦争は終わっていません。国家総力戦体制を続けることは国民に対して物品統制等、かなりの負担を強いることを意味します。勝利を続けているのにいまだに戦争は終わらず、市民の生活には不自由なままであることに対して市民の間では不満がたまっていることが考えられます。今回の大規模作戦はその不満の解消……つまり、戦争そのものに終止符を打つもの、または、国民にこれまでの不自由な生活を忘れさせるほどの熱狂を与えるほどの大戦果を求めているものと考えられないでしょうか?」
国家総力戦は国民にかなりの負担を強いる。戦略物資は軍へと優先的にまわされるために市場での価格は高騰し、品不足を招く。更に有望な働き手である若者を多数軍に取られることで、労働市場にも影響が出るのだ。
「情報局でもプラントの市民の不満が無視できないほどにまで膨れ上がっていることは確認ずみです。しかし、今回の作戦の意図はそれだけではないようです」
「というと?」
「シーゲル・クライン議長の任期切れに伴い、プラントの最高評議会議長選挙が4月1日に行われます。現状では対連合強硬派のパトリック・ザラ国防委員長の新議長就任が確実視されています。恐らく、この大作戦を成功させることで議会内の和平派を抑えられるほどの支持を得るつもりかと。」
「箔付けのために大戦果を求めますか……新人類とやらもやってることは泥臭いものですな。だが、情報局はザフトの侵攻目標を何処だと睨んでいるのですか?」
吉岡の疑問に辰村が答える。
「現状ではパナマを狙う可能性が最も高いかと。ただ、各地の戦力の集結状況にいくつか不審な点が見うけられます」
「どういうことだ?」
澤井は怪訝そうな表情をしている。
「パナマを狙っているとすると、ジブラルタル基地からの強襲を考えるのが普通です。作戦目標に近い位置にある基地から出撃するほうが容易に戦力を展開できるからです。しかし、ザフトは地上にある戦力の多くをカーペンタリアに集結させているようなんです」
「太平洋側からの侵攻を考えているだけではないのか?」
「長距離を大規模に移動すると、侵攻途中に敵に発見される可能性も高まります。そうなれば奇襲はできません。手薬煉を引いている敵に挑むことになります」
「……情報が不足しているな。現状でこの件について話すには判断材料が少なすぎる。辰村局長、情報収集を強化してくれ」
情報不足の現状では何も議論できないと判断した澤井によってこの議題は打ち切られた。しかし彼らの議題はこれだけではない。この国の課題は未だ山積みなのだ。閣議は終わらない。
大日本帝国 矢臼別演習場
「4号機左腕被弾!左腕使用不能!」
「2号機、胸部被弾!致命的損傷!戦死」
「動きが鈍いぞ!死に物狂いで跳びまわれ!!」
演習場を所狭しと跳びまわる濃緑色の撃震が頭部モジュールと肩部装甲ブロックにオレンジの識別帯を施された訓練機の撃震を次々と屠っていく。
「こんのぉぉ!」
最後の一機が長刀を振り下ろすもタイミングが合わず、大地に長刀を叩きつけてしまった。その隙に背部に120mm弾が着弾する。
「3号機、背部被弾。致命的損傷!戦死」
「状況終了。JIVES停止します」
「全員集合!!」
管制ユニットから降りた訓練生達はハンガーの隅に集まる。
武は集まってきた候補生の前で批評する。
「全員、足に頼りすぎだ。確かにMSは人間と同じ動きが可能な構造をしている。だが、人間と同じ動きに縛られるな。MSには各部のブースターもあるし関節の可動域も人間より広いんだ。相手の射線上からはどんな姿勢であってもまずブースター全開で避けろ!!」
「「「「はっ!!」」」」
「それでは解散!!」
試製瑞鶴の護衛任務を終えた武は、矢臼別演習場で機種転換訓練中の2つの小隊の教官の任についていた。
新兵から鍛え上げた方が機体に慣れるのが早いために有益なのだが、それではMS部隊は訓練校上がりの新人ばかりになってしまう。そのためMS戦になれたベテランが増えるまでの間は戦車兵やヘリパイロットからも機種転換をさせる必要があったのである。
ただ、MSの黎明期である今日では教官レベルの人材もそう多くはない。富士で武達の教導についていた響教官も実際には訓練生達とともに成長し、MSのことを学んでいたのである。そもそもMSパイロットも後方に下げておく余裕は無く、彼らは宇宙の主要基地にほぼ全員が配属されている。
武がこの任についていたのは彼がちょうど新兵器のテストパイロットとして指名され、試作機のテストを行うために地上に降りてきていたためである。優秀なMSパイロットをテストパイロットの任務にのみ拘束しておくのはもったいないと考えた基地司令が宇宙軍に対して彼を教官として派遣してほしいと依頼したらしい。
確かに彼はテストパイロットとして優秀であった。基地司令が見込んだとうり、教官としても優秀であった。しかし、基地司令は一つだけ見抜けなかった。彼はデスクワークのできる人間ではなかったのである。
「うあ~~!!」
武は奇声をあげながら机に突っ伏していた。彼の机にはつもりにつもった書類の山。
元々テストパイロットというのはただ機体に乗るだけが仕事ではない。試運転の度に詳細な報告書や各種申請書を書き上げなければならないのだ。教官も同じだ。実機での教導だけが仕事ではないのである。
毎晩大量の書類と格闘しているために、ここの所武の目の下から隈が消えたことは無い。因みに彼の幽鬼のようなオーラと寝不足で血走った目が教導相手の上官達にプレッシャーを与え、従順にさせていたことは彼は知らなかった。
しかし、武も軍人である。忍耐力、精神力は学生時代の比ではない。世界滅亡の危機を救った経歴を持つスーパーエリートソルジャーは伊達ではない。
「冥夜~助けて~」
「助けてすみ……純夏には無理だな。あいつ、馬鹿だし」
泣き言を零しながらも午前2時には書類を始末しきっていた。午前6時の起床ラッパまで爆睡しようとベッドにダイブし、武の意識は闇に沈んでいった。
ザフト軍 ジブラルタル基地
「お願いします!!隊長!」
ブリーティングルームでイザーク・ジュールは声を荒げながらラウ・ル・クルーゼに詰め寄っていた。
「足つきを追わせてください!」
しかし、クルーゼの口調は冷ややかだった。
「足つきが戦闘のデータと新型MSを持ってアラスカに入ることは断固阻止せねばならない。しかしな、イザーク。足つきは既に紅海に抜けている。足つきの追撃はカーペンタリア基地の管轄にするとの命令も本国から出ている」
「しかし!!」
尚も言い募ろうとしていたイザークだったが、突如ブリーティングルームの扉が開いたことで口を閉ざした。
「失礼します」
ニコル・アマルフィと共に入ってきたのはオレンジの髪が映える青年だった。訝しげにしているイザークを横目にクルーゼが口を開いた。
「紹介しよう。本日付で我がクルーゼ隊に配属になったハイネ・ヴェステンフルスだ。アスランに変わってイージスのパイロットを務めることになる」
「よろしくな。威勢がいいじゃないか、そういうのは嫌いじゃないぜ」
イザークはハイネと挨拶を交わすが、その後再びクルーゼに言い募った。
「足つきの追撃は我々の仕事です。あいつには我々の手で引導を渡します!」
「私からもお願いします。隊長」
ディアッカもイザークに同調する。
「ディアッカ……」
ニコルはディアッカを見やる。イザークほどではないが、その目つきは険しい。
「フン、俺もね、あいつには散々屈辱を味合わされたんだよ。このまま放っておけるか!」
「無論私にもあの船とは因縁がある。だが、私は近々発動されるというオペレーション・スピットブレイクの準備でジブラルタルを離れるわけにはいかない……そうだな、そこまでいうのなら君達だけでやってみるかね?」
「はい!!必ずや足つきを墜として見せます!!」
イザークは威勢よく宣言した。
「指揮は……ハイネ、君に任せよう」
クルーゼの指名にハイネは訝しげだ。
「自分にでありますか?ここは先任のだれかが指揮をとるべきなのでは?」
「君の新星攻防戦での活躍は聞いているよ。それにイージスは通信機能を強化した指揮官機だ。君なら存分に活用できるだろう」
クルーゼの指名理由に納得したハイネは襟を正して敬礼した。
「了解しました。これよりハイネ隊は足つき追撃任務につきます」
「よろしく頼む。カーペンタリア基地には君たちのためにボスゴロフ級を一隻まわしてもらうように私から掛け合っておこう。君達の勝利を期待する」
「「「「はっ!!」」」」
ここに、アークエンジェル追撃部隊、ハイネ隊が組織された。
翌3月7日
大日本帝国 矢臼別演習場
テスト機から降りた武は自室にて小説を読みながら休憩していた。彼にしては珍しく推理小説を読んでいる。
その時突然彼の机に備え付けられた電話から電子音が鳴り響いた。発信相手を確認した武はものすご~く嫌そうな顔をしていた。
『発信:香月夕呼』
結局電話に出ないという選択肢も存在しないため、彼は受話器を取った。