機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

19 / 87
PHASE-10 裏話

 C.E.71 3月7日 

 

大日本帝国 矢臼別演習場

 

 

 

「久しぶりね、白銀。元気ぃ?」

「元気じゃないですよ、先生。テストパイロットと教官を同時にやれって無茶でしょう。正直、俺の書類処理能力の限界を超えてます」

「あら、そう。書類を処理できる優秀なおつむをお望みなら量子電導脳に換装してあげるけど?」

「勘弁してください……で、ホントは何のようですか?」

 

 香月夕呼は無駄なことに頭のリソースを割くことを嫌う。そもそも、白銀の体調を心配してくれるような女性ではない。だが、白銀をからかってその反応を楽しむためだけに連絡をとろうとする女性でもない。おそらく、それなりに重要なことがあるはずだ。

 

 

「あんたもつれないわねぇ……あたしの研究の一環にもなるし、あんたも人並みに賢くなれるし、一石二鳥じゃない。まぁ、いいわ。本題に入りましょ」

夕呼の目つきが変わる。武も襟をただし、軍人のスイッチが入った。

 

「あんた、前にビームサーベルの件で愚痴ってわね?」

「ええ、あれ、つばぜり合いが出来ないんですよね、だから、避けるか盾で受けるしかありませんし、盾もそう何回も受け止められるわけでもありません。もし鍔ぜり合いできたらもう少し余裕ができるんですが」

 

 そう、ビームサーベルはミラージュコロイド粒子の磁場形成理論の応用技術によってビームを刃状に固定したものである。粒子自体には互いに反発する性質が無いため、ビームサーベル同士が交差すると、つばぜり合いにはならずすり抜けてしまうのだ。ゲームではビームサーベルは切り結ぶもの!!という感覚がある武は違和感を捨て切れていなかった。

 

「それじゃ朗報ね。ミラージュコロイド粒子との間に斥力を生む磁場形成が可能になったわ。感謝しなさいよ。結構めんどくさかったんだから」

「ま、マジっすか!?」

「マジよ、マジ。あ、久しぶりね、白銀語。軍に入ってからは口調も硬くなっちゃってあんまり出さなくなったのに」

 

 夕呼もこれほど武が喜ぶものだとは思っていなかったのか、目を見開いている。

 

「スゴイっすよ、夕呼先生ェ!!」

「ま、“本当”の天才のあたしにかかればチョロイもんね。あんたもお空で天才気取ってるやつらにあたしの造った機体で負けんじゃないわよ」

「あたしの造った機体っていうか、F-4はマクダエル社の設計ですけどね」

「外面だけよ。あの機体が量産性や後の改良、改造のための拡張性も考慮した優秀な基本設計してんのをわざわざ解説してMSの原型にすることを推したのはあんたじゃない。だからあたしがわざわざ基本設計に採用してあげたのよ」

 

 

 そう、撃震は“あの”世界の傑作戦術機F-4ファントムを踏襲した、というか、外面はほぼ丸パクリのMSだった。

MSの開発前に“この世界”で武とのコンタクトを済ませていた夕呼は、MSの開発が決まるや否や武を呼び出し、戦術機の構造や設計思想について聞けるだけのことを全て聞き出した。

武も以前は生存率を上げるために自分の機体について知ろうと整備班と深い交流を持っていたことがあったため、“あの世界”の一般の衛士以上、恐らくはテストパイロット以上に機体についての知識を持っていた。

その上で武は帝国初のMSの基本設計に撃震を推した。理由は3つある。

 

 一つ目の理由は、撃震が第一世代戦術機の特徴である堅牢な装甲を装備していることにある。

腕の立つMSパイロットは貴重な存在であることはいうまでもない。堅牢な装甲は搭乗員の命を守ることに繋がるのだ。また、これによって多くの新兵をベテランになるまで生かすことの出来る確率も上がり、将来的には多くの戦力を確保できる。人的資源の保護は長期戦においては避けては通れない重要な問題なのである。

 

 二つ目の理由は、夕呼が述べた通りの改良、改造のための拡張性を考慮した基本設計にある。

基本的にMSというのは一機調達するだけでもそれなりのコストがかかる。最新鋭機の登場で旧式化した場合でも、おいそれと破棄できるものではない。改造や改良である程度の性能を持たせて機体の延命を試みることが一般的である。また、現場からの改修要求を反映できる基本設計の余裕があれば性能向上も容易だ。実際F-4はかつて“あの世界”でいくつもの派生機を生み出してきた。F-4E、瑞鶴、殲撃8型、MiG-21バラライカ等そのヴァリエーションは多岐に及ぶ。

これらの機体の一部は2000年代初頭においても第一線で運用されていることからもその優秀性がわかる。

 

 三つ目の理由は、夕呼の述べたとおりの量産性のよさである。

“あの世界”で30年以上の長き間に亘ってF-4とその派生機は世界中の戦場で戦い続けていた。その間に世界各地からの需要に答えるべく何度かの量産性を高めるためのヴァージョンアップがされており、2000年代初頭においても量産性はF-5に次ぐほどに優秀な機体であった。F-5はF-4よりも小型、軽量で運用と維持が容易、原型は機種転換機というだけあって操縦が楽という利点があったが、この世界では先の二つの理由、特に一つ目の人命重視を優先することを武が主張し、ヨコハマ内部でもパイロットの生存率を重視していたためにF-4がMSのベースとなったのだ。

また、F-4は全ての戦術機の始祖ともいえる存在である。その部品は後の第二世代戦術機にも多く受け継がれており、F-4の製造ラインの一部は後の新鋭機との間にも互換性があり、量産性を高めていたのだ。

 

 尤も、外見や機体のコンセプトはかつての撃震をほぼそのまま再現しているが、中身は2世紀以上進化している。魔女率いる天才達の手でフレームに使われた素材からカーボニックアクチュエーターの強度、各部センサーの感度をはじめとしたほぼ全てが別次元の性能を誇る部品に換装されているのである。

 

 

 

 

「まぁ、なんだかんだいっても撃震でザフトの量産機に負けることなんて無いですよ」

「あんたがそう断言するならあんた自身は問題ないんだろうけど、もちろんあんた以外の連中にも負けは許されないわよ」

「大丈夫ですよ。シグー相手だと相手パイロットによっては厳しいかもしれませんが。ジンには1対1ではまず負けませんから」

「瑞鶴ならどうなの?」

「連合のG以外ならまず負けなしといってもいいです」

 

 現在、日本では既に量産仕様瑞鶴がロールアウトし、配備も始まっている。各地の精鋭部隊が優先的に受領しているが、不備などの話も聞かない。傭兵を雇って威力偵察を試みる勢力も多数あったが、いずれも軽く追い返しているようだ。

 

「そうだ、あんたが前に話してた次期主力機案……あれの研究も近々認められそうよ」

「え!?もうですか?まだ参戦しているわけでもないからそんなに早く認められるとは思ってなかったんですけど」

 

 瑞鶴がロールアウトした直後にその後継機の研究、開発が行われることは武の意表を突いた。

戦争中であれば新型機を研究し続けることは必須だが、日本はいまだに何処の国とも交戦状態に入ってはいない。また、ロールアウトした純国産MSの実力も国防には十分なほどである。そんな中で大蔵省が財布の紐を緩めることは意外だった。

しかし、武も馬鹿ではない。そのことが意味する真意に気がついた。

 

「近々……戦端が?」

「ええ、その可能性があるらしいわね。上の方は焦ってるらしいわ」

 

「平和なことにこしたことはないんですが……もし、戦端が開かれたとしても、もう、俺は何も失うつもりはありません。守り抜いてみせます」

武の宣言を聞いた夕呼は気を許したものでさえ滅多に見れない慈母のような微笑を浮かべた。

 

「そういうことは恋人にでも言いなさい。まぁ、あたしを伴侶にご所望ならば尻に引いてあげないこともないわよ?」

 

 一瞬その表情に武はドキっとしたが、すぐに平静を装う。だが、夕呼にはそれが丸分かりのようで、今度はニヤニヤしながら口を開いた。

 

「武運長久を祈ってるわ。ガキ臭い英雄さん」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。