機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-12 嵐の前の静寂

 C.E.71 3月24日

 

 オーブ連合首長国領海より東方400kmの公海上 ザフト軍ボズゴロフ級潜水母艦ボズゴロフ

 

 

 

「アークエンジェルは既に我が国を後にした!?そんな発表信じられるわけがないだろうが!!」

イザークがオーブ側からの文書を握り締めて吐き捨てた。

 

 彼らは昨日オーブ近海でアークエンジェルと交戦、そのエンジンを破壊し撃沈一歩手前まで追い詰めたものの、アークエンジェルがオーブ領海に着水したためにそれ以上の追撃が出来ずに撤退していたのである。そしてその事実をオーブ政府に問い合わせた結果、「アークエンジェルなる船は我が国から既に離脱した」という回答が送られてきたのであった。

 

「同感だね。あいつら本気で言ってんの?ああいうのを平和ボケっていうのかね?それとも、俺達はバカにされてんじゃね。隊長は悔しくないの?」

ディアッカも不満げだ。

そんな二人をハイネが諫める。

 

「悔しいさ。でもな、あれがオーブの正式回答だという以上、俺達がここでどれだけ騒いだところで現状は変わらないぜ」

「けどよ、はいそうですかとここで引き下がるわけにもいかないだろ?」

「とりあえず本国から圧力をかけてもらうが、おそらくはのらりくらりとはぐらかされてしまう可能性が高いな」

「突破していけばそこに足つきがいるさ。それでいいじゃない!ヘリオポリスの時だってそうだったぜ?」

 

 ハイネはため息を吐く。彼らは外交に疎すぎた。これなら以前隊員だったというザラ議長のご子息が日本軍に喧嘩を売ったわけも分かる気がした。

「ヘリオポリスは特殊な事例だ。今、下手にオーブの領海に侵入してみろ。敵陣を突破できるかも怪しいもんだ。オーブの技術力は侮れないしな。突破したとして、いったいどこに足つきがいるのか分からないだろ?そもそも、そんなことをしてみろ、本国を巻き込んだ外交問題になるぞ。この隊に以前いたヤツみたいに降格のうえで左遷されたいのか?」

 

 ハイネの主張にイザークはようやく閉口する。

しかし、どうやらイザーク、ディアッカ、ニコルの三人はいまだに不満がくすぶっているらしい。

ハイネは再びため息を吐く。こんなに面倒な部下をよくクルーゼ隊長はまとめられたものだと思った。

しかし、ハイネもオーブの発表に納得したわけではない。軍人である以上任務の途中放棄をする気など毛頭無かった。

 

「……もし、外交による圧力を受けても事態が進展しないのなら、その時は次善の策をうつ」

三人が顔を上げた。

「オーブ領海の外に網を張る。哨戒機を四六時中はりつかせる」

 

「それをいつまで続けるつもりですか?足つきが出てくるまではりつけ続けることは難しいのでは?」

ニコルが疑問を口にする。

「そこはカーペンタリアの司令官との交渉しだいだが……まぁ、ザフトにも面子があるだろうし、1ヶ月くらいなら融通してもらえるだろう。噂ではスピットブレイクは5月にはいってからだというし、それまでなら多少の余裕はある」

 

「でもよ、もしそれまでに足つきがでてこなかったらどうすんだ?」

ディアッカが言った。

「タイムリミットがそのスピットブレイクまでだとして、それまでに出てこないことだって考えられるだろ?」

「やつらはアラスカに一刻も早くたどり着かなくちゃならない。それに、五月以降に出港することはやつらの選択肢にはないんだよ」

「どうしてそう言いきれる!?」

イザークは再び癇癪を起こしている。どうやら消極的な策には乗り気でなかったらしい。

 

「この地域から北……北緯10度付近では5月以降に熱帯低気圧が多数発生する。そうなればあの艦はまともな航海は出来ないはずだ。着水していたら波でまともに操縦できないし、離水していても風が強すぎる。どのみちまともにすすめないのさ。だから、断言できる。5月までにやつらは動くと」

 

 ディアッカが口笛を吹く。ニコルも納得したようだ。イザークもハイネの整然とした理論に文句はつけられなかったのか、一応頷いていた。

 

「じゃあ、そういうことだ。俺は引き続きチャペック隊の支援をまわしてもらえるように話をつけてくる」

そういうとハイネはブリーフィングルームを後にした。

 

 そこに、つい先ほどまでオーブ近海に張り付いていたチャペック隊のパイロットが入ってきた。

彼らはヴェステンフルス隊のサポートができるようにボズゴロフに一時的に配属されていたのである。ヴェステンフルス隊が先ほど足つきに襲撃をかけられたのは彼らの索敵のおかげであった。

 

 坊主頭のチャペック隊長に続いてブリーフィングルームに入ってきたアスランを一瞥するとイザークもブリーフィングルームを後にし、自分の機体の元へと向かった。

それをニコルが追いかけた。

 

「イザーク、この間、アスランと何を話したんですか?あれからアスランと距離をとってますよね?」

ニコルの問いかけにイザークはカーペンタリアに来た日の夜のことを思い出していた。

 

 

 

 C.E.71 3月15日未明

 

 哨戒任務を終えたアスランが食堂でインスタントスープを飲んでいると、隣の席にイザークが座った。

「説明してもらうぞ。デブリベルトで何があった」

 

 前置きはいらない。イザークは本題から切り出した。

「……俺が日本軍の巡洋艦を誤射した、それだけだ」

アスランは淡々と答えた。

 

 その態度が気にくわなかったイザークは両手を振り上げてテーブルに叩きつけた。

「ふざけるな!!それぐらい“きしゃま”から聞かなくても知っている!!何故お前がレーダーを見落とすようなヘマをしたのか聞いているんだ!!」

イザークの追求にアスランは顔を背けた。

 

「何故黙っている!!」

イザークは怒り心頭に発していた。アスランの胸倉をつかんで無理やり立たせる。

だが、アスランは閉口したままだ。

 

「貴様は!!本当にただのミスであんなことをしでかしたのか!?弁解しないならいい。貴様は退役まで一兵卒として哨戒機にでも乗ってろ!どうせもう出世できん!!」

そう吐き捨ててアスランの襟を放し、背を向けて食堂から去ろうとする。

 

「…せる」

その時、アスランの口が微かに動いた。

「何!?」

イザークが振り返ると、アスランが言った。

 

「あれは俺のミスだ……理由がないとは言わない。だが、それも俺自身の抱える問題だ。だがな、俺はこのまま一兵卒では終わらない。俺は、……俺は、必ずお前達以上の立場まで這い上がってみせる!!」

イザークはアスランが発している覇気の前に一瞬怯んだ。アスランの目からはハイライトが消えていた。

 

「そんなことができるのか!?お前は哨戒機のパイロットだぞ!」

その言葉はイザークが自身に言い聞かせるために言ったのかもしれない。ともかく、彼はその時アスランの前で圧倒されていた。彼の言葉を否定することで彼から感じる得体の知れない覇気を否定したかったのだ。

 

「……俺は自分の力だけで這い上がる。俺の父上の力はもう俺には一切及ばない。自身の力で上に行く!!」

 

アスランはそう宣言するとイザークの前から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 あの夜から、イザークはアスランの中に何か得体の知れない力を感じていた。そしてそれを自分が恐れていることを。

その感情から彼はアスランを避けるようになっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、大日本帝国 内閣府

 

「アラスカでMS相互評価プログラムを開催?どういうことかね?」

澤井が千葉に問いかける。

「どうやら、ユーラシア連邦内部の主力MS選定をめぐるごたごたは想像以上に深刻なようです。どの選択肢をとっても反発が大きい以上、反発を抑える材料を欲したというところでしょう」

 

 

 1週間前、ユーラシア連邦大使館から大日本帝国にむけてある申請があった。曰く、

「我がユーラシア連邦は主力MS選定を開始したが、判断材料の不足から未だに決定に至ってはいない。そこで我が国は各主力MS候補対抗の対MS戦闘演習――ブルーフラッグをアラスカにて実施したい」

とのことだ。

この演習への参加を求められたのが大西洋連邦のストライクダガー、大日本帝国の撃震、アクタイオン社のハイペリオンMP(Mass Production――量産モデルの意)であった。

 

 

「わざわざ大西洋連邦のお膝元でやるところにきな臭さを感じますが……」

榊が懸念を示す。

「どうやら、他の地球連合構成国もユーラシア連邦の採用結果に合わせて主力MSを決めたいとのことです。それを口実に大西洋連邦は地球連合構成国全てに演習の情報を隠すことなく発信するためにユーラシア連邦と大西洋連邦の中間にある地球連合軍の最高司令部での演習を提案したとか」

辰村が言った。

「今回の演習できな臭いところは多々ありますが、これはチャンスでもあります。おそらく、機体の情報を奪うために凄まじい諜報戦になることが予想されますが、それはどの陣営とて同じことです。上手くいけば他国のMSの情報を得られるチャンスです」

「しかし、それでこちらのMSの重要機密が奪われた場合の損失も無視できないのでは?」

「我々は既にスカンジナビア王国が撃震を採用することを容認しています。輸出モデルの性能が知られるのはどのみち時間の問題でしょう。それならばある意味、我々は隠すべきものもそうありません」

 

「実際に他国の主力MSの性能を計れる機会が来たのです。各国に我が国の力をアピールできますし、国防の観点から見ても悪い話ではないかと」

吉岡も辰村を擁護する。

 

 あらかた意見が出尽くしたところで澤井に視線が集まる。

ややあって澤井は口を開いた。

「元々ユーラシアに売り込むことはあまり考えていなかったことだ。だが、機会がきたならばこれを見逃す手はない。それにこの演習で得られるものは無視できないものがある。だが、吉岡大臣。輸出モデルの撃震で勝てるのかね?演習に参加するのならば勝利が絶対条件だ。もし負ければ今後の我が国の兵器輸出産業にダメージを与えかねない」

 

 吉岡が言った。

「我が国で五本の指に入る凄腕を派遣します。彼は先月のヘリオポリスで非公式ですがザフトのエースパイロットを撃墜したという経歴の持ち主です」

澤井は先月の閣議で見た戦闘映像を思い出す。確かにあのパールホワイトの撃震は鮮やかな見越し射撃でオレンジのジンを撃墜して見せた。あの撃震のパイロットならば大丈夫だろう。

「名前をなんと言ったかな、そのパイロット」

ふと、彼の名前が気になったので聞いてみた。

 

 書類をめくって吉岡がその名前を見つけた。

 

 

「宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾(シルバーブレット)』中隊所属、白銀武少尉です」


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