機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-13 南海の激突

 C.E.71 4月15日

 

 オノゴロ島より北東に70kmの公海上

 

 

 

「レーダーに反応!!数、4!熱紋照合……特定しました!ブリッツ、イージス、デュエル、バスターです!」

 

艦の修理を終え、オーブを後にしたアークエンジェルは最大船速でアラスカへの針路をとっていた。しかし、オーブの接続水域を出てすぐにザフトに捕捉されてしまった。彼らは哨戒機による網をはってずっと待っていたのである。

 

「対MS、対潜戦闘用意!!振り切ればこちらの勝ちよ!グウルを落とせばいいわ!」

マリューが声を張り上げる。

 

「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」

ストライクが発進する。バックパックはエールだが、その手にはアグニを装備するという変則的な仕様だ。ストライクはそのまま艦の甲板に降り立つとアグニを構えた。

 

「スモークディスチャージャー投射!!ECM最大強度!両舷、煙幕放出!!」

アークエンジェルは煙に包まれてその姿が見えなくなる。そして白煙の中から2機のスカイグラスパーが発進した。

 

「いいか、坊主。お前はストライクの援護と弾着観測に専念しろ!MSの相手は俺がやる!」

ムウはトールのスカイグラスパーを追い抜いて急上昇する。トールはムウの命令に従い、観測データを発進した。

 

「アークエンジェル並びにストライク、敵の位置を送ります!」

「ストライク了解!」

 

 キラはスカイグラスパーから送られてきた敵の座標に照準をあわせ、アグニを発射した。

 

 

 

 

「煙幕だと!?小癪な真似を!」

ハイネは悪態をついた。これでは正確に照準を定めることは難しい。その時、煙の中から赤い奔流が噴出してきた。

とっさにグウルを下降させて回避する。しかし、今度はレーダーが頭上から接近してくるミサイルの警告を鳴らす。太陽を背にした戦闘機がミサイルを放ちながら急降下してきていたのだ。

僚機のニコルとディアッカが弾幕を張るも、戦闘機は上下左右に巧みに動き、弾幕を潜り抜けた。そしてすれ違いざまにバスターのグウルに一連射して下方へと離脱した。

1ヶ月前の戦いで分かっていたことだが、この戦闘機乗りはかなりの腕利きだ。一撃離脱に徹し、一瞬の交差で弾を命中させるなど並の腕ではない。

 

 グウルをやられたバスターは近くの島にむけて降下する。早くも戦力を一機失ってしまった。しかも対艦攻撃の要となるバスターを。だが、ハイネに諦める気は毛頭ない。

「イザーク!グウルのミサイルをありったけ煙幕に叩き込め!!爆風でこの煙を晴らす!」

「言われなくても分かってる!」

 

 デュエルの放ったミサイルが煙の中に突進する。敵の機関砲に撃ち落されたのだろう。発生した爆風が煙を吹き飛ばす。

しかし、煙が晴れて目に入った足つきの甲板にはストライクはいない。艦内に収容したのだろうか。

 

 その時、海面が爆ぜた。ちょうど真下に立った水柱からストライクが飛び出してくる。そしてデュエルと切り結んだ。

「デュエル……あれだけは落とす!!」

ストライクはエールパックによって得られた加速力を用いて高速でデュエルに突っ込み、ビームサーベルを突き立てる。しかし、イザークも簡単にやられはしない。シールドをストライクに叩きつけるように振り回し、致命的な一撃を避け続けている。

 

 キラはデュエルだけを見ていた。

忘れもしない低軌道での戦い。そこでデュエルは無防備なシャトルを一機撃ち落している。

そのシャトルに乗っていたのはそれまでアークエンジェルに収容されていた避難民だった。それまでは軍事機密である大西洋連邦の最新鋭艦に乗っていたということもあって、様々な手続きを踏まなければ下船できないでいた。第八艦隊との合流でようやく彼らは手続きを済ませ、アークエンジェルから下船してオーブへと帰還する予定だったのである。

だが、ザフトの襲撃によってそれは難しくなった。避難民を乗せたまま空母が沈むことを恐れたハルバートン准将は彼らをシャトルに乗せて地球に逃がそうとしていたのだ。

しかし、悲劇は起きた。シャトルは大気圏突入ギリギリでデュエルによる攻撃を受けて撃墜された。無論、生存者はゼロだった。

 

 キラは地球に降りたころはそのことに罪悪感を感じ、毎晩悪夢にうなされていた。しかし、キラの心に迷いも躊躇いも無かった。

幾たびの戦場を越えて彼は知った。自分の居場所が平和であったのはその理念――『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』――があったからではない。その裏で国民を守るべく奮闘した政治家が、軍人がいたからであると。

幾たびの戦場を越えて彼は変わった。最初から守りたいという意識があったならば、その意思を曲げずに進み続けられれば、自分の両手で守れるものはより大きくなることを。

今度こそ失わないために、自分に守るべきものの大切さを教えてくれた犠牲を忘れないために、彼は覚悟を決めたのだ。

守りたいものを守るために世界に、それを支配する因果に逆らおうと足掻き続ける覚悟を、。

故に彼の瞳には迷いはない。ストライクのコクピットには数ヶ月前にヘリオポリスにいた少年の姿は無かった。代わりにいたのは両の眼に気炎を沸き立たせる若き英雄であった。

 

ストライクとデュエルが再び交錯する。その瞬間、ストライクはエールストライカーパックをパージし、デュエルの真下をすり抜けた。そしてエールパックはデュエルに命中し爆発する。そして、デュエルが怯んだうちに真下に潜り込んだストライクはビームライフルでグウルを打ち抜いた。

 

「イザーク!くそ、二人目か!」

しかし、まだ終われない。イージスのスキュラを艦の機関や弾薬庫、ブリッジに当てられれば勝機はあるとハイネは考えていた。

 

 高度を下げていくデュエルを足場にストライクは跳躍し、アークエンジェルの甲板に着地する。同時にアークエンジェルが対空ミサイル・ヘルダートを発射した。その数16。

 

「なめんなよ!!」

ハイネはイーゲルシュテルンでヘルダートを撃墜する。爆風が収まり足つきに目を向けると、先ほどまで甲板にいたはずのストライクが再び跳躍していた。その後ろからは戦闘機が近づいている。その戦闘機はストライクの後方でバックパックをパージした。パージされたバックパックはストライクの背中に装着される。

 

「馬鹿な!?空中でバックパックを換装した!?」

ハイネは驚愕した。これまで過小評価してきたつもりは無かったが、あの戦闘機のパイロットの腕もストライクのパイロットの腕も自分達の予想を超えていた。

だが、ハイネは怯まない。このような曲芸まがいの技を見せつけられても彼は冷静さを失ってはいなかった。

 

 

 

 

 

「坊主!宅配だ。落とすんじゃねぇぞ!」

「ありがとうございます。フラガ少佐!」

 

 キラは甲板から跳躍する。後ろでムウのスカイグラスパーがエールストライカーパックをパージした。

各部のスラスターを操作し、慎重にジョイント位置を合わせる。そのままエールストライカーパックはストライクと接続された。背部に何か衝突したような軽い衝撃がコクピットまで届く。

 

「このままザフトを叩く!」

キラはフットバーを踏み込みエールパックの出力を上げ、そのままブリッツへと向かっていく。

迎撃しようとブリッツが発砲する寸前にキラは機体を左にスライドさせた。緑の閃光がストライクの脇を通過する。

 

 キラはそのままスピードを緩めず、ビームサーベルを展開しブリッツに肉薄した。ブリッツもビームサーベルを展開する。

キラはブリッツの右腕に集中的に攻撃を加えている。その攻撃を全てブリッツは右腕に装備されているトリケロスで防御するも、反撃にでることができない。

これは、ブリッツの武装に問題があった。右腕のトリケロスにはビームライフル、高速運動体貫通弾など豊富な武装が装備されているが、盾としての機能も兼ねている。そのためにトリケロスを盾として利用しているときは武装を使用できないのだ。そうなるとブリッツの残りの武装は左腕のグレイプニールのみとなる。これは近距離での仕様には向いていないのだ。

 

 防戦一方のブリッツを援護しようとビームライフルを構えるイージスにも不意に後方からビームが放たれた。

右に旋回することでビームを回避したハイネのイージスの脇をスカイグラスパーが通過する。しかし、フラガの攻撃は終わらない。離脱したフラガは上方に旋回し、そのまま急降下しながらビームをイージスに向けて放った。ハイネは再び回避を余儀なくされる。さらに回避した未来位置にはアークエンジェルのゴッドフリートが放たれる。

何度も一撃離脱を繰り返すスカイグラスパーに、回避する未来位置に砲撃を受けるハイネはニコルの支援に入れない。

 

戦況はアークエンジェル側が優位にある状態にあった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェル上空ではトールの駆るスカイグラスパー2号機が旋回していた。自分の技量では到底介入できないほどの戦闘が眼下で繰り広げられている。

状況はアークエンジェル側優位であるが、何もできない自分に対してトールは無力感を感じていた。

 

 いつも友達のためにと一人命を張って戦っているキラを見るたびに己の無力さを感じていた。

この艦を守るためにキラに手を汚させていることに罪悪感を感じていた。

今目の前で戦っている友をサポートできずにただ飛び続けている自分がもどかしかった。

 

 

 その時、トールの脳裏に宇宙であった日本軍のMSパイロットが言っていた言葉がよぎった。

 

『もし、君が因果に反逆するなら、何が出来るのか、これからどうなるのか……それは、意思の強さと行動にかかってくる部分が多いはずだ。その責任の重さを、まずはしっかり自覚しろ。そしてあきらめるな。一つでも譲れないものひとつを突き通せ』

 

 今、自分が譲れないことは友をひとり戦場で戦わせることだ。自分も命を奪うことの重さをキラとともに背負う。そのためにスカイグラスパーのパイロットに志願したのだ。

トールはフットバーを踏み込んで操縦桿を下げた。

スカイグラスパーが急降下する。眼下に見える敵MSの姿が大きくなる。

 

「ターゲット……ロックオン!発射!!」

スカイグラスパーのウェポンベイからミサイルが放たれる。同時にトールは無線をストライクにつなげて叫んだ。

 

「キラ!合わせろぉ!」

 

 

 

 スカイグラスパーから放たれたミサイルに気づいたキラはブリッツとの距離を取る。

ニコルは急に距離をとったストライクに一瞬気を取られていた。それがミスだった。コクピット内に響く警報音で上空から飛来するミサイルを察知するも、既に距離が近すぎた。ブリッツはミサイルを避けられず被弾する。

 

「うおぉぉ!!」

被弾によって体勢を崩したブリッツにキラは再び急接近する。そしてすれ違いざまにブリッツの右腕を斬り上げた。トリケロスが刎ね飛ばされる。

ビームサーベルを振りぬいたストライクはその勢いを殺さずに体を捻り、ブリッツの腹部に蹴りを叩き込んだ。ブリッツはグウルから蹴り落とされ、海に沈んでいく。

 

 

 

 

「ニコルまでやられたのか!?くそ!このままじゃ分が悪い……撤退する!!」

ムウのスカイグラスパーに足止めされていたハイネはここで撤退を選択した。すでにイージス一機となってしまった以上勝機はないと判断したのだ。

 

 因みに既に脱落した赤服3人組はアスランが駆るディンによって回収されていた。

 

 

 

 

「やつらが撤退していくわ!各機、深追いはしないで。ヤマト少尉とケーニヒ二等兵は帰還して。フラガ少佐はしばらく上空から哨戒を続けてください」

「了解」

 

 マリューの命令を受けたキラは着艦シークエンスに入る。

 

 アークエンジェルのハッチが開かれ、ストライクが着艦する。

「坊主!やったじゃねぇか!あのブリッツの腕を斬りおとすなんてよぉ!」

 

 マードックがキラの肩を叩く。周りの整備員達も集まってきてキラはもみくちゃにされた。

集中力を使い果たし、疲労困憊。さらに汗がパイロットスーツに張り付き不快感を感じており、一刻も早くシャワーを浴びたかったが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍 ボズゴロフ

 

 ロッカールームに集まったヴェステンフルス隊はまるでお通夜のように沈んだ雰囲気を醸していた。

それもそのはず。1ヶ月粘って狙った獲物に網を破られて逃げられてしまったのだから。

 

 艦長のゲルトをはじめとしたクルー達も白い目で彼らを見ていた。

1ヶ月以上彼らのために艦を動かしてきたというのにその結果はヴェステンフルス隊の惨敗。無駄足を踏まされたわけである。流石に表立って不満を口にするものはいなかったが、彼らに投げかけられる視線はそれを主張していた。

 

 戦果はほぼ0といってもいい。一方で損失は大きかった。グウルを3機喪失。それらはGの規格に合うように整備班によって改造されていた特別機だった。さらにブリッツの右腕を喪失。以後右腕をジンのものと換装しても戦闘能力の大幅な低下は避けられないだろう。

この作戦は大失敗に終わったといえよう。既にこの敗戦の報告はカーペンタリア基地にも届いているころだ。

 

 

 そこに、先ほどまでG3機の海中からの回収作業を行っていたチャペック隊の面々が入ってきた。彼らが向ける視線も険しい。この1ヶ月間ひたすら哨戒機を飛ばし続けた努力を台無しにされた彼らの怒りも尤もである。

 

 不意に、アスランとイザークの目があった。しかし、アスランは無表情のままイザークの前を通過する。

 

 

「言えばいいだろ……」

イザークが俯きながら口を開いた。アスランが振り返る。

 

「言えばいいだろうが!貴様のミスを糾弾しておいてなんてざまだと。お前も無能だと!」

イザークが叫ぶ。しかし、アスランの表情は変わらない。そのことが一層イザークの感情を逆なでする。

 

「なんだ、貴様は同情しているのか!?俺はそんなものをされる筋合いは無いぞ!!俺はお前とは違う!自分のミスの理由さえ言えないお前とは違うんだ!!」

そこでイザークは一呼吸した。そして叫んだ。

 

「俺たちは弱い!そうさ、ナチュラルが駆るMA2機と戦艦、そしてMSすら落とせない程度なんだよ!!」

「おい、イザーク!!」

ディアッカが口を挟もうとするが、激情しているイザークに彼の言葉は届かない。

 

「だまれディアッカ!!これは事実だ。俺たちはヘリオポリスで、アルテミスで、デブリベルトで、地球軌道で、そして今、ここで負けてるんだ。機体の性能差じゃない。俺たちは!コーディネーターなのにナチュラル以下の腕しかないんだよ!」

彼の叫びにヴェステンフルス隊の面々は異論を唱えることができなかった。既に幾度も辛酸を舐めさせられている以上は自分達の力量が敵よりも劣っていると考えざるをえなかった。

 

 そんな彼らの前でもアスランの表情は変わらない。

「いまさら泣き言か?そんなこと作戦前から薄々感じていなかったのか?分かりきっていたことだろうに」

「アスラン!!」

これまで黙っていたニコルも声を張り上げる。彼にも赤のプライドがある。それをアスランは軽視しているとなれば黙ってはいれなかった。

 

 

 

 

「お前らは何度も足つきと戦ってきたんだろう?なら、わかっていたはずだ。ザフトでも指折りの名将を次々と撃破していった彼らに宇宙で戦ったときと同じ戦力で挑んで勝てるわけが無いことぐらい」

一同に返す言葉も無い。自分たちは己の力を過信し、ナチュラルに対して過小評価をしていたのだから。

「ハイネ隊長、足つきを沈めたかったら今の2倍以上の戦力を用意すべきだったんだ。敗因はあんたの戦力分析にある」

 

 そういってアスランはロッカールームを後にする。

ハイネは終始無言のままだった。他のメンバーもアスランの言葉を否定できずに項垂れている。

 

 ロッカールームを再び静寂が支配する。

後日、ハイネ隊はカーペンタリア基地に帰投しそこで解散を命じられる。そしてそのメンバーはオペレーション・スピットブレイクに従事するクルーゼ隊に戻ることとなった。

 


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