C.E.71 5月8日
地球連合軍 アラスカ基地 JOSH-A
「守備軍は出撃せよ!!」
早朝から基地は騒がしかった。いたるところで警報が鳴り響いている。
「畜生!あいつらパナマに来るんじゃなかったのかよ!?」
スピアヘッドのパイロットが悪態をつく。しかし、それでも現実は変わらない。アラスカの空はザフトのMSで埋め尽くされていた。
「アークエンジェルは直ちに前進し攻撃を開始せよ!」
「……了解しました。総員!第一戦闘配備!!ヤマト少尉を出す!」
「艦長!本艦とストライクだけで何とかできる数ではありませんよ!!」
トノムラ曹長が悲鳴をあげる。
現在、アークエンジェルに残された戦力はキラのストライクとトールのスカイグラスパーのみであった。ムウとナタル、そしてフレイは転属命令を受けて昨日退艦している。今頃は潜水艦の中だろう。
一応弾薬の補給、船体の補修は既に終了しているが、戦力は十分とは言えない。
「それでも、やるしかないわ。アークエンジェル、発進します」
アークエンジェルは絶望的な防衛戦にその身を投じた。
「なんだ!?」
急に鳴り響いた緊急警報に武の体は瞬時に反応していた。駆け足で撃震の収められたハンガーに向かう。
明日はついに待ちに待った大西洋連邦のMSとの異機種間戦闘訓練というのにいったいこの警報はどうしたことか。
ハンガーの扉を開けると、それを見つけた山本伍長が駆け寄ってきた。
「大変です、少尉!!ザフトが襲撃を!」
「落ち着け伍長。分かる限りのことを教えてくれ」
武に諭されて山本は早口で現状を説明した。
山本伍長曰く、先ほどJOSH-Aのサザーランド大佐から直々に連絡があり、ザフト軍がこのJOSH-Aに奇襲を仕掛けてきたことを連絡してきたという。
そして万が一に備えてコンペに参加している各国は非難に取り掛かって欲しいとの要望も出ているとのことだ。
武は冷静に状況を分析する。
連合はザフトの次の作戦目標はマスドライバーを擁するパナマだと踏んでいた。しかし、ザフトはその予想を逆手にとっていっきに連合軍総司令部を奇襲したのだ。物量が自慢の地球連合軍といえどもパナマに主力を展開しながらJOSH-A防衛に十分な戦力を回すことなどできないだろう。そうなれば最悪、JOSH-Aが陥落する可能性もある。
JOSH-A陥落まで後どれぐらいの余裕があるかは分からない。一刻も早くアラスカを離脱する必要があるだろう。しかし、そうなると撃震などの機密も当然回収する必要がある。それだけの時間が得られるだろうか。
「山本伍長、このハンガーと居住区にいる全員にアナウンスがしたい。放送室に端末をつなげてくれ!!」
「了解!」
山本に連絡手段の確保を頼んでいる間に武はハンガーにいる整備士全員を集めた。
「現在、アラスカはザフトによる奇襲を受けている。この場所も安全とは言えまい。よってこれより、我々はアラスカを脱出する。激震S型は輸送機に乗せるが、時間的猶予もないため、補充部品の類はここで弾薬ともども爆破する。整備班は爆破の準備と輸送機の準備を急いでくれ!」
武の命令で整備班は素早く四散する。そして武自身も山本伍長から放送の準備が整ったという報告を受けてマイクを手にした。
「全員に告ぐ。これより我々大日本帝国アラスカ派遣隊はアラスカより離脱する。現在整備班が脱出用輸送機の準備をしている。他の人員は持ち出せる機密書類やデータを全て持参して第二滑走路に集合しろ!!急げ!」
JOSH-Aの日本ハンガーは慌しくなっていく。武もハンガー内で無線を手にして次々と報告を入れる部下に対応していた。
その時、山本伍長が武を呼んだ。
「白銀少尉!!大西洋連邦のサザーランド大佐より入電です!!」
「2番の内線につないでくれ!」
こんな時にJOSH-Aの司令官が何のようだろうか。武は2番の内線に切り替える。
「白銀少尉。無事かね?緊急の報告がある」
武はアラスカの陥落が目前になったことを報告するのだろうと考えていた。そうなると脱出までに残された時間は無い。最悪、データと装備、補充部品を全て破壊して飛び立つしかないだろう。
しかし、内心焦る武を前にサザーランドは冷静に告げる。
「防衛線の維持は限界に近い。我々はこの基地を放棄することを決めた。基地内部の自爆装置を使い、この基地をザフトごと消滅させる。防衛線の各部隊にも離脱するように指示をしているところだ。タイムリミットは1300。ただ、ザフトの侵攻速度によっては前倒しもありうる。そちらも急いで脱出してくれ」
「……了解しました。しかし、ことは一刻を争います。安全圏に避難するには基地からどれくらい離れる必要があるのでしょうか?」
「半径20kmも離れれば問題ない。だが、時間もない。急いでくれ。貴官らの無事を祈る」
サザーランド大佐との通信が切れた。武は冷や汗をかいている。自爆まであまり時間が残されてはいない。現在の時刻は1100である。後2時間防衛線が維持できなければ自爆は前倒しされる。そもそも、それまでにこちらのほうにザフトが襲撃に来る可能性もあるのだ。
先ほど受けた報告では既にデータ整理は終了し、不要なものは破壊する部品と共に弾薬庫に収められているとのことだ。後は脱出後に爆破すればいい。だが、人員輸送用の中型輸送機の準備は後1時間はかかるという報告を受けている。
武が頭を抱えていると、不意に警報音がハンガーに響いた。ザフトの予想外に早い到着だと判断した武は自機に向かって走った。キャットウォークを駆けてコクピットに飛び乗った。
「出るぞ!ハンガー開けろ!!撃震の前から退避するんだ!!急げ!!」
ハンガーのゲートが開き、撃震を拘束する胸部アームが開放されるやいなや撃震はゲートまで走り抜けた。
ハンガーをでるやいなや撃震のレーダーに反応があった。
「MSの反応……数は2!ライブラリに該当あり、一機はジン!もう一機は不明か」
武はレーダーに反応があった方角に機体を向け、頭部メインカメラでその機影をとらえた。
襲撃者はグウルを履いている。その一機はジンだ。蒼のカラーリングに頭部のバスターソードと特異ないでたちである。だが、もう一機は分からない。青と白を基調としたカラーリングで、その顔立ちはどこか連合のGを髣髴とさせるが武には見覚えが無かった。
不意にGに似た機体がグウルから飛び降り、ビームサーベルを装備して武に斬りかかる。武は左腕に装備した盾で受け止めるふりをしたが、すぐにバックステップでGに似た機体から距離をとった。武のいた場所には上空のジンが放ったミサイルが降り注ぐ。
距離をとって謎のMSと正面から向かい合ったところで武はそのMSの左肩に描かれている蛇の尾をモチーフにしたマークに気がついた。
そのマークは連合のものでも、ザフトのものでもない。
「くそ!よりにもよってサーペントテールかよ……」
武は忌々しげに呟いた。
コズミック・イラ最強の傭兵が武に牙をむく。
「これで!」
キラは既に十数機のジンを落としていた。しかし、敵の数が減る気配はない。むしろ脅威と判定されたのか多くのMSが殺到している。
エール装備で戦っているが、既にバッテリー残量は危険域にある。
「キラ、戻って!バッテリーが持たないわ!」
ミリアリアがキラに帰艦を促す。
「駄目だ!今僕が抜けたらアークエンジェルは集中砲火を浴びる!この乱戦だとストライカーパックも空中で換装できない!」
もし、今ストライクが帰艦すれば現在ストライクがひきつけている8機のジンがアークエンジェルに向かうだろう。現在アークエンジェルが相手をしているジンと同時に相手をすることはできないのだ。
マリューも苦しげな顔をする。フラガが抜けた穴はとても大きく、アークエンジェルはこれまでの旅路で発揮した力を発揮できない。
「自分が出撃します!」
トールが格納庫から通信をつないでマリューに具申する。
「駄目よ!敵の数が多すぎるわ!」
ミリアリアは反対する。もしもトールが出撃するとなれば現在ストライクが相手している8機のジンを相手取らなければならない。キラでさえギリギリのラインで持ちこたえているのだ。トールには荷が重過ぎる。
「でも!このままじゃキラがやられる!そうなったら結局助かりませんよ!」
トールの意見具申は確かに的を得ている。それにこのまま何も手を打たずにアークエンジェルが沈むのを待つこともできなかった。
マリューは決断した。
「……ケーニヒ二等兵。スカイグラスパーで出撃を」
「了解」
トールは通信を切るとスカイグラスパーのコックピットに駆け込んだ。
「艦長!」
ミリアリアが非難するような目でマリューを睨みつける。
「他に選択肢が無いわ。1%でも可能性があるのなら、私はそれに賭けます」
マリューの決意を前にミリアリアも瞳を潤ませながら引き下がった。
「いいか坊主!5分だ!300秒だけやつらを引きつけろ!」
マードックがトールに言った。
「分かりました!!請け負ったからにはこの300秒!絶対に守り抜いて見せますよ!」
スカイグラスパーがカタパルトに接続される。
「スカイグラスパー2号機!発進どうぞ!」
ミリアリアが涙を堪えながら発進シークエンスに入ったことを告げる。
「トール・ケーニヒ!スカイグラスパー出ます!」
「キラ!トールが出るから戻れ!」
サイからの通信にキラは驚いた。
「今僕が戻ったらアークエンジェルが!!」
「でも、お前が落ちたらアークエンジェルは沈むんだ!トールを信じろ!あいつが5分もたせる!!」
キラもサイの言い分が正しいことは分かっていた。おそらく、ストライクは後10分も戦えないだろう。既に頭部イーゲルシュテルンまで弾切れ、推進剤は底を付きかけている。キラはトールを信じて機体を翻した。
「うぉー!!」
トールはとにかく操縦桿を左に傾け続けた。スカイグラスパーのいた位置を赤い奔流が走る。すかさずトールは急降下する。今度は正面からの銃撃だ。敵機の真下を潜り抜けてなんとか避けた。
まだ200秒も経っていないが、トールの体力は限界に近づいていた。元々経験が浅く、技量も高くないトールが生き延びるにはスカイグラスパーの運動性能にものをいわせて縦横無尽に空を駆けることで敵から逃げることしかなかったのだ。だが、スカイグラスパーの性能にまかせた強引な操縦はパイロットの体力も消耗させていた。
そして、体力の消耗からか、トールはミスを犯した。ジンのミサイルを避けてその脇を猛スピードで抜けようとするが、その真上にはディンがいたのだ。ディンの6連装対空ロケット砲の砲口が開かれた。
「やらせるか!」
カタパルトから飛び出すやいなやキラの指はライフルの発射ボタンを押していた。ビームライフルから吐き出された緑の閃光がディンを貫く。ディンの胴体を突き破り紅蓮の炎が飛び出した。その間にスカイグラスパーは離脱に成功する。
「トール!大丈夫か!?」
「遅いぞキラ!100秒ぐらい遅刻してないか!?」
実際は4分ほどででてきたので遅刻というわけではないのだが、トールにはこの240秒が気の遠くなるほど長いものだったということをキラは察していた。
「もう大丈夫。僕がやるから。トールは休んでて」
「すまない……頼むぜ、キラ」
トールはキラにのどから搾り出すように一声かけると帰艦していく。
それを確認しつつもキラは多数のディンの攻撃を回避していた。
「もう、だれもやらせない。僕は守る。誰一人死なせるもんかぁ!!」
その瞬間、キラの脳裏で何かが弾けた。