C.E.71 5月4日
地球連合軍 アラスカ基地 JOSHA
応接室で二人の男が向かい合っていた。一人はこの基地の司令官であるサザーランド大佐、そしてもう一人の男は業界最強と噂される超一流の傭兵、叢雲劾だった。
「君があのサーペントテールの叢雲劾か。噂は聞いている。大層な腕前だそうじゃないか」
「前置きは結構だ。本題に入りたい」
サザーランドの世辞を劾は軽く受け流す。元々、地球連合軍の本部などにあまり長いはしたくなかった。しかも、目の前の男はあのブルーコスモスの総帥、ムルタ・アズラエルの僕である。油断も隙もあったものではない。
「結構。では本題に入ろうか。君への依頼内容を説明しよう」
サザーランドは机の上の紅茶を一口飲んでから口を開いた。
「今回、君にやってもらう任務はMSの無力化だ」
「対象はなんだ?」
「日本軍とユーラシア連邦のMSだ」
劾は内心で首を傾げた。何故今大西洋連邦が他国のMSを奪取する必要があるのだろうか。
「何故他国のMSを狙う?」
「理由を知る必要があるのかね?」
サザーランドはしれっとした顔で言った。
だが、劾としてはそんなことでは依頼を引き受ける気はしない。通常の依頼相手とは目の前にいる将軍は違った。彼はあのプラント核攻撃隊――ガーディアンズの母艦の艦長をしていた男であり、ブルーコスモスのシンパだ。胡散臭いことこの上ない相手である。
「理由が言えないのならこの依頼は無かったことにしてもらう」
席を立とうとした劾をサザーランドは手で制した。
「ふん……昨今の傭兵は依頼の背景まで知りたがるのかね?無粋なことだ」
「昨今の依頼者は依頼理由を偽ったり、報酬を渋ったりすることが多い。無粋なことだと感じている。そして、そんな依頼者は地球連合の軍人が多数を占めている」
サザーランドは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふん。いいだろう。依頼の背景を説明してやる。ただし、こちらが譲歩する以上、依頼を受けようとも受けなくとも依頼内容についての口外は許さん」
「もとより依頼について口外する気は無い。傭兵の信用問題だからな」
「今回の依頼の目的は日本とユーラシアが開発した新型MSの奪取にある。それぞれの陣営の機体に詰め込まれたテクノロジーを奪取し、我が国のMS開発に利用する計画だ」
「何故襲撃して奪取するなんて真似を企んだ?両国の機体を買えばいい話だろうに」
劾の疑問にサザーランドが答えた。
「売却を申し出てもダウングレード版が売られることは目に見えている。しかし、現在アラスカではユーラシア連邦を中心とした地球連合加盟国が採用するMSのコンペを計画している。目標の機体はそのためにここに運び込まれてきたものだ。カタログスペックでは計れないソフトの面でかなりの特別なチューニングを施されている可能性が高い。いや、もしかすると管制ユニット自体を輸出仕様のダウングレード版ではなく、国内用に換装している可能性もある。日本のMSが宇宙でザフトを圧倒できた理由の一つがMS自体の性能ではなくソフト面での独自技術にあると我々はふんでいる。だが、日本国内の機体は監視の目が厳しいためにとても手が出せない。だから今回は絶好の機会なのだよ」
サザーランドは紅茶を再び口にする。
「もう一つの理由がある。はっきり言おう。我が大西洋連邦のMS、ストライクダガーでは他国の2機に勝つ見込みはまずない。当然、そうなるとストライクダガーが採用される見込みも低くなる。元々ストライクダガーは廉価さと整備の簡略さが最大の売りだ。だが、戦闘能力にケチをつけられれば売れ行きは伸び悩みかねん。故にコンペをつぶす必要がある」
「コンペが潰れたくらいでそのストライクダガーが有利になるとでも言うのか?」
劾は訝しげだ。だが、サザーランドの話はそこで終わりではない。
「無論、コンペを一度妨害したところで延期にされるだけのことだ。しかしな、延期されればそれでいいのだ。もし今コンペが延期されたのなら、次のコンペは早くとも2ヶ月以上先の話になるだろう。だが、その2ヶ月があればいい」
「たった2ヶ月で何ができる?」
「ザフトの大規模作戦の噂は聞いたことがあるだろう。そして、その目標はここ、アラスカだ」
サザーランドが靴で床を叩いた。
「アラスカ守備軍はユーラシア連邦軍が主体となっている。おそらくは持ちこたえられんだろうな。だが、ザフトにみすみすJOSH-Aをくれてやる気はない。基地の陥落直前に地下の自爆装置を発動させる」
「友軍を生贄にするというのか?」
劾が目つきを険しくする。
睨み付けてくる劾をサザーランドは気にもかけない。
「我々大西洋連邦も世界樹攻防戦ではやつらに随分と足を引っ張られて犠牲を出しているのだよ。我々は世界樹での借りを返してもらうだけだ。既にユーラシア上層部を納得させている話でもある」
サザーランドはユーラシアを頼もしい戦友とは思ってはいなかった。世界樹では功を焦り、結果的に甚大な被害を地球連合軍全体に与えており、地上でもスエズを自力で守れない不甲斐なさを見せていたためである。
「本部の地下に設置されたサイクロプスによって半径10kmは溶鉱炉と化す。君もエンデュミオンの戦闘で雇われていたのだからその破壊力と被害半径は分かるはずだ。ああ、ユーラシアの部隊にはザフトを道連れに死んでもらう。ザフトの戦力の大部分を削ることが可能だろう。そして、やつらの傷が癒えぬうちに我々はジブラルタル奪還作戦に出る。そうなればユーラシアも早々に戦力を整えざるをえまい。2ヶ月先のコンペを待つ余裕は無い。現状最も短期間で数を揃えられるMSがストライクダガーしかないのなら、やつらの選択肢は一択だ。アラスカで将兵に犠牲を出した分、アズラエル氏もストライクダガーの値引きを考えていると聞けば即決するだろう」
「お前達の目的は分かった。だが、依頼を受ける前に敵戦力と作戦の概要について教えてもらいたい」
劾がサザーランドに言った。
「君達サーペントテールにはザフトの降下から一定の時間が過ぎた後にコンペに参加する各国のハンガーをザフトに雇われたという形で襲撃してもらう。MSは全て行動不能にし、大型輸送機も破壊してもらおう」
「何故大型輸送機を?」
「中型輸送機は人員輸送用だ。JOSH-Aが自爆することを伝えれば各国から派遣されてきた人員は中型輸送機で脱出できる。MSは推進機をつぶせば自力での脱出はできん。自爆装置もコンペ用の機体には積んでいまい。そうしてもぬけの殻となった各国のハンガーを我々が接収するという筋書きだ。自爆の影響はハンガーの位置まで及ばないようになっている。我々が接収する機体を壊したくはないのでな。ハンガーの近くで戦闘を行うことになる君達は自爆に巻き込まれる心配はしなくてもいい。ただ、万が一ザフトやジャンク屋を名乗るハイエナ達が群がってきたならば交戦した上で撃退してもらうがね」
なるほど、狡猾な策だと劾は思った。だが、同時に疑問も沸く。
「何故俺たちを雇う?連合子飼いのMSパイロットをザフトのMSに乗せて襲撃すればいいだろうに」
「それでもいいと最初は考えていたのだよ。だがな、相手が悪い。日本のMSパイロットだ」
そう言うとサザーランドは手元から一枚の書類を劾に差し出す。どうやらある軍人についてのレポートらしい。
――――白銀 武 少尉
生年月日 C.E.48 12月16日
出身地 大日本帝国 神奈川県 横浜市
略歴
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そう取り立てて珍しいものはないと思っていたが、書類の裏面を読み始めた劾は目を見開いた
『クルーゼ隊と交戦しこれを撃退する』
このパイロットはザフトの英雄ラウ・ル・クルーゼの部隊を追い詰めたというのだ。さらに、備考を見た劾は驚いた。
『未確認情報だが、ザフト軍エース“黄昏の魔弾”ことミゲル・アイマンを討ち取ったとの情報あり』
そう、あの“黄昏の魔弾”を討ち取った可能性があるというのだ。確かにこれは普通のMSパイロットの手にはおえるものではない。軍としても有望な存在をみすみす失うようなことはしたくないのだろう。故に傭兵の中でも最強クラスである自分をよんだということか。
劾は柄にもなく気分が高揚していた。結局、黄昏の魔弾とは決着を付けられなかったが、彼を討ち取ったという男には興味がある。
「これで君に依頼した理由も分かっただろう。報酬は200万アースダラー用意しよう。まさか私にここまで話させておいて、この話は無かったことになどとは言わんだろうね?」
劾は彼にしては珍しくニヒルな笑みを浮かべた。
「了解した。この依頼を受けよう」
最強の傭兵がアラスカに現れた。
C.E.71 5月5日
プラント フェブラリウス2 フェブラリウス中央病院
プラント最高評議会議長、パトリック・ザラは見舞い花を持って病院に足を運んでいた。
「君達はそこで待っていてくれ」
護衛にそう一声かけて病室の外に待機させ、病室の扉を開いた。
「レノア、久しぶりだな。忙しくて暫く足を運ぶことができなかった。すまんな」
ベッドで眠り続ける妻に一声かけると、持ち寄ったトルコ桔梗の花を花瓶に飾る。トルコ桔梗の花言葉は『希望』。眠り続ける妻が回復することを願って選んだ花だった。
レノア・ザラはC.E.70 2月14日に食糧生産コロニー・ユニウス7にいた。そして襲撃してきた地球連合軍の核ミサイルが至近距離で炸裂したことによりユニウス7は半壊、空気の流出と大量の放射線による多数の死傷者が出た、
パトリックの妻、レノアもその中の一人だった。彼女は酸欠状態が長時間続き、脳に損傷を負ってしまったのだ。そして血のバレンタインから一年以上の間彼女は眠り続けていた。不幸中の幸い、放射線による被曝だけはなかったが、プラントの医療技術の最高峰であるフェブラリウス中央病院の医療技術をもってしても未だに彼女の回復には至っていなかった。
「レノア、私はアスランを守ることもできなかったよ」
パトリックは椅子に座ると語り始めた。
「あやつは誤射とはいえ中立国の軍艦を攻撃してしまってな。これ以上戦線を広げないためにあやつに処分を下した。あやつを地球の前線基地に送り込んだんだ」
彼は普段とはうってかわって穏やかな表情をしている。おそらく、ここ1年の間は息子の前でさえもこのような表情をしている時はなかったのではないだろうか。
「ザフトという組織を守るために自分達の息子すら私は犠牲にしている。私はつくづく思うよ。私はあやつに父親として一体何かしてきたのだろうかと。君が入院している間も父親らしいことなど何一つとしてした覚えが無い。ふっ、最低の父親だな……君ならば怒るのではないか?」
いくら話しかけようとレノアは夫に言葉を返すことはなかった。ただパトリックの目の前で彼女は静かに眠り続けている。
「もう、私の七光りもあやつには無い。簡単に出世し続けることはもうできん。だがな、あやつならいつかきっと出世して本国に戻ってくると私は信じているのだよ。あいつの目はまだ死んではおらなんだ。私達の息子は強いぞ。だから安心しろ、レノア」
その後もパトリックはつらつらと妻に向かって語りかけ続けた。
「ザラ議長閣下、もうすぐお時間です」
ドアの外から護衛が声をかける。気が付けば予定していた面会時間は終わりかけていた。
「今行こう」
そう一声かけるとパトリックは席から立ち上がり、ドアにむけて歩き始めた。
ドアノブに手をかけたところでパトリックは不意に立ち止まり、妻に向かって振り返った。
「レノア、もうすぐ戦争は終わる。そうすればまたすぐに見舞いに来ることができるだろう。アスランもそのうち来れるだろう。楽しみにしていてくれ」
そう一声かけるとパトリックは病室を後にした。そして病院を出た彼がその足で向かったのはザフト軍総司令部である。
司令室に入った彼は各部隊からの準備が完了したという報告を確認した。
――――レノア、これで戦争は終わる。いや、終わらせよう。そしてプラントは完全に独立し、コーディネイターの生存圏を勝ち取るのだ。
パトリックは胸中で最愛の妻に誓った。そして、彼はついに命令を下した。
「オペレーション・スピットブレイクを発動する!!」
ザフトの一大奇襲作戦が始まった。