機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-20 亡命

 C.E.71 5月10日 千島列島近海

 

 アラスカから命からがら脱出したアークエンジェルは針路を南西にとっていた。大日本帝国に向かうためである。アラスカを脱出した後に艦のクルーを集めてこれからのことを議論した結果の答えだった。

時はアラスカを脱出し、アリューシャン列島に差し掛かったころまで遡る。

 

 

C.E.71 5月8日 ベーリング海

 

 アークエンジェルのMSデッキに撃震が収まり、胸部を開放した武が乗降用ケーブルを使って降下する。

下には先に収容されたストライクのパイロット、キラ・ヤマトがいた。キラは降下した武に近寄って声をかけた。

「白銀少尉!」

その声に武は振り返る。

「キラ君か。お互い無事でよかったなぁ」

「はい。しかし、白銀少尉に助けてもらえなければ死んでいました。本当にありがとうございます」

「礼はいいさ。それよりも、艦長と話がしたい。ちょっと掛け合ってくれないか?」

「はい」

 

 キラがハンガーに設置された艦内電話を通じてブリッジと交信をし、艦長と話をつけたらしい。そのまま武はアークエンジェルのブリーフィングルームに案内される。そこではマリュー・ラミアス艦長が待っていた。

武が入室すると、マリューは立ち上がり腰を折った。

「少尉のおかげで本艦はアラスカの自爆から逃れることができました。クルーを代表して感謝します」

「そう気にしないで下さい。自分も、あそこで艦長に自分の話を信じてアラスカを離脱してもらえなければ塵になっていたのですから。自分こそあの場で友軍でもない自分の言葉を信じてくださったことに感謝しているんです」

武は謙遜する。実際、あの場で友軍でもない人間の言葉を信じて軍の命令に反抗するということはかなりの覚悟がいる。クルーを守るためにその決断を下すことができたマリューを武は内心で賞賛していた。

 

 「しかし、ラミアス艦長、これから貴艦はどうなさるおつもりですか?」

挨拶もそこそこに武は本題を切り出した。そう、ここからが重要なのだ。

「敵前逃亡は重罪です。決断を下した私が処分されることに対しては抵抗はありません。ですが、アラスカの真実を知るクルー達もは大西洋連邦に戻ったところでいい扱いはされません。また同じように捨て駒として駆り出される可能性が高いでしょう。ですから、我々は大西洋連邦には戻れません。そこで、少尉に提案があります」

 

 現在、アークエンジェルの立場はかなり危うい。捨て駒にされたとはいえ、彼らは上層部の命令を無視して戦線を離脱しているのだ。戦闘能力が残っているのにも関わらず戦線を離脱したということは敵前逃亡にあたる。敵前逃亡は重罪だ。普通ならこのまま大西洋連邦の基地に戻ったところで懲役刑か左遷である。

だが、彼らはその普通には該当しない。彼らは全滅したはずのアラスカ守備軍の唯一といっていい生き残りである。彼らの証言から軍が守備軍を囮にザフトを基地深くまで侵攻させて基地を自爆させたことが公になれば負け続きの地球連合軍にとってかなりの痛手となりうる。そうなれば彼らは口封じのために銃殺刑に処されるか、再び捨て駒として最前線に送り込まれる可能性が高い。

艦長としてクルーの命を預かっているマリューには再び乗員の命を危険にさらす決断をとることはできなかった。

 

「なんでしょう?」

武もマリューの提案になんとなく予想はついていた。だが、決して自分から提案の中身を切り出すわけにはいかない。自分が説得したという形ではなく、あくまでアークエンジェル側が自発的に提案したという形をとるべきだと考えていたためである。

マリューが重々しく口を開く。

「我々は、大日本帝国に亡命したいと考えています」

「我が国に亡命を?しかし、よろしいのですか?」

「元々選択肢は多くありません。その中で最もクルーの命を保障できる可能性が高かったのが貴国への亡命だと考えました。ただ、希望者は大西洋連邦やオーブに送還されるように手配していただきたい」

マリューに残された選択肢は4つあった。一つ目は大西洋連邦への帰還、二つ目はユーラシア連邦への亡命、三つ目はオーブへの亡命、そして4つ目が大日本帝国への亡命である。その他の国は敵国か、物理的な距離からたどり着けない国々であったため、亡命の対象にはならない。

大西洋連邦への帰還は前述したように死にに行くようなものだ。ユーラシア連邦への亡命も厳しい。彼らはアラスカの真実を知っている自分達を大西洋連邦との交渉のカードとして使うこともありうる。また、ユーラシアはニュートロンジャマーの影響や相次ぐ敗北で政情不安定である。自分達の安全を保障できるかという点では不安だった。また、キラの存在も反コーディネイター色が強いユーラシアでは不安材料の一つだ。

オーブ連合首長国という選択肢もあった。オーブならば中立国であるし、一度世話になっていることもある。だが、現状では損傷が激しいアークエンジェルが無事にたどり着ける保証は無い。エンジンこそ守りきったものの兵装の多くは使用不能な状態で南下を試み、もしもザフトに遭遇したならば切り抜けられる可能性は極めて低い。

ウズミ氏が脱走兵となった自分たちを匿ってくれるようなお人よしというわけでもない。下手をすれば両国の関係を悪化させかねないからだ。しかも強硬な措置を取られた場合、オーブはそれに対処できるほどの力があるわけでもない。

その点、大日本帝国への亡命は危険要素は少ない。距離も現在地からさほど遠くないうえに、中立国だ。しかもその国力は大西洋連邦に次ぐ規模であり、大西洋連邦であろうとこの国に強く干渉することはできない。亡命を受け入れてもらえれば自分達の身の安全は保障される可能性は高い。

かの国はナチュラルの国であるが、ブルーコスモス思想が浸透している国でもないため、キラの安全も保障される。

さらにこちらには白銀少尉が乗船している。彼のアラスカ脱出を支援したという事実もあるため、彼に亡命の仲介を依頼することもできるだろう。

艦長として、クルーの命を第一に考えた決断をマリューは下したのだ。

 

「わかりました。我が国の防空識別圏まで近づけば通信も可能になるでしょうから、その時に自分が本国と連絡を取り、貴艦が亡命の意思を示していることを伝えます」

武がマリューの提案を了承すると、マリューは安心したのか、深く息を吐いた。

 

 

 

 武との会談を終えた後、マリューは艦のクルーを集めて大日本帝国に亡命するという決断をしたことを説明した。その時にクルー達からも異論は出なかったので、アークエンジェルは南西に舵を取った。そして数日かけてアークエンジェルは千島列島に近づきつつあったのだ。

 

 日本の防空識別圏まで近づいたため、武がブリッジに顔を出していた。

「もう日本の防空識別圏は目の前だし、そろそろ通信が可能だな。ハウ二等兵、とりあえず通信を繋いでみてくれないか?」

「はい。やってみます」

ミリアリアは日本の基地とのコンタクトを試みる。ややあって、無線に応答があった。

 

 『……こちらは大日本帝国空軍、千歳基地。貴艦の所属を問う』

空軍の基地からの通信にマリューが答えた。

「我、元大西洋連邦アラスカ守備隊所属、アークエンジェル。貴国への亡命を希望している」

『了解した。これより防衛省に指示を乞う。その場で機関を停止して待機されたし』

「その前に一つ、よろしいか」

武がマイクを握った。

「我、大日本帝国宇宙軍安土航宙隊『銀の銃弾シルバーブレット』中隊所属、白銀武少尉。現在搭乗機と共にアークエンジェルに乗艦している。詳しい事情を話したいので宇宙軍にも連絡をとって頂きたい」

「了解した。貴官が搭乗している旨も連絡する」

 

 

 その後アークエンジェルは迎えに来た海軍の駆逐艦の指示に従って一路大湊を目指した。


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