機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-22 新しい道

 C.E.71 5月20日  大日本帝国 横須賀鎮守府

 

 亡命していたアークエンジェルのクルー達は10日ほど海軍の鎮守府内に抑留されていた。彼らに対する事情聴取と、これからの生活に対する希望を聞き出していたからである。

彼らのこれからについてはおおよそ決定していた。

マリュー・ラミアスをはじめとした元正規軍人達は大日本帝国宇宙軍への参加を希望しているため、彼らの素性に対する調査が終わり、問題が無ければL4の宇宙軍士官学校にて日本軍として適応できるように最低限の教育を受けることになっていた。

一方、元ヘリオポリスの学生達の針路は分かれた。カズィ・バスカークはオーブへの帰国を申請し、受理された。彼は数日の調査の後オーブに送還される予定である。

キラ・ヤマトはその多大なる戦果があったため、オーブに即時送還ということは日本側も許可できなかった。彼自身も軍という組織の中で幾多の戦いを経て意識変化があったらしく、日本側からのMSのアグレッサーとして訓練に参加して欲しいという依頼を快諾している。それを受けて彼は富士に向かうことが決定していた。

ミリアリア・ハウとトール・ケーニヒ、そしてサイ・アーガイルも日本帝国への残留を希望している。ただし、彼らは日本で学生として暮らしたいらしい。彼らの研究していた強化外骨格の本場である日本で学ぶことに意欲を見せている。

 

 一方、白銀武少尉は査問委員会にて事態を報告し、防衛省も彼の判断に不適切な点は無かったと判断し、お咎めなしで開放されていた。同時に、しばらく取れていなかった休暇の申請が受理され、武は久々に故郷に戻ってきていたのであった。

 

「う~、腹減った。メシだメシだ」

武は柊町駅で電車から降りると近くの商店街沿い踏切の手前の角を曲がった。そこには年季を感じさせる小さな食堂が立っていた。暖簾には「京塚食堂」とある。

「おばちゃ~ん、席空いてるか~?」

武は暖簾をくぐりながら言った。そして中に入って目を見開いた。机に座っている一団には見覚えがあったのだ。

 

「武ちゃん!来てくれたんだね!?」

「白銀!?どうしてここに!?」

「……久しぶり」

「武、久しぶりだね~!」

「たっ武さん!?」

「白銀君?奇遇ね」

 

 そこにいたのは白陵柊学園元3年B組のメンバーだった。

「おう、お前ら。久しぶりだな。でも、なんだってここに集まってんだ?というか、純夏、来てくれたってどういうことだ?」

そう、元3年B組の彼らもいまや立派な社会人であり、様々な場所で活躍している筈だった。

 

 「今日は合格祝いでみんなが集まったんだよ。武のところにもメールを送ったはずだけど?もしかして見てないの……?」

尊人の言葉に武は心当たりがなかった。まぁ、アラスカでドタバタ脱出劇を繰り広げて、帰国しても状況説明に追われてまともにメールチェックもできなかったから仕方のないことなのだが。

よく見ると純夏が涙目で俯いている。そして若干震えている。まずい、萎れていたアホ毛がプルプル振動している。これはあれの前兆だ。フラッシュバックする青春時代。幾度も自分をギャグキャラよろしく制裁した鉄拳、そう、かの拳の名は――

 

「変態穿つどりるみるきぃ――乙女の一撃ぱんち!!」

神速の速さで振るわれた拳が武の腹部に突き刺さる。

――確かに昔はこの対人宝具になすすべもなかった、だが、今の俺はあのころとは違うんだ―――驚け純夏!!

武は歯を食いしばってその拳を正面から受けた。しかし、彼は倒れなかった。

武はどうだといわんばかりに唇を吊り上げた。だが、彼は気づいていなかった。すでに彼女の左腕が後ろにひかれ、彼女の重心も後ろに下がっていたことを。

武は悪寒を感じて純夏の次の手に気が付く。だが、もう遅い。既に彼女は二撃目を撃っていたのだから。

「To LOVEる裁くどりるみるきぃ――乙女の聖拳ふぁんとむ!!」

油断していた武の腹部に純夏の幻の左が炸裂した。分厚いゴムに重量のある物が衝突したような音が響く。

そして武はその場に倒れ、意識を失った。そういえば、前に誰かが言っていた気がする――「恋も勝負も乙女の宝具は二段構え」と。

 

 数分後、武は目を覚ました。まりもちゃんが介抱していたようだ。起き上がった武にまりもが柔和な笑みを浮かべながら話しかけた。

「そのようすじゃあメールも見てないようね。ほら、鑑さん。言いなさいよ」

まりもに促された純夏がおどおどしながら口を開く。おそらく先ほどの一撃で少々気まずいらしい。

 

「あっ、あのね、武ちゃん。私ね、春から保育士になったんだよ」

「えっ!?お前が保育士!?」

武は驚いた。そういえば、去年会った時にも保育士試験のことを言っていた気がする。

「むっ……その反応はなんなのさ!あたしはちゃんと国家試験に受かった正規の保育士になったんだから!!今日はそれをみんなで祝おうって集まってくれたんだよ!!」

「す……すまん。しかし、まぁ、お前が保育士か。結構性に合ってるかもしれないな。けどな、子供たちにどりるみるきぃは教えんなよ……」

武のコメントに純夏は苦笑する。

 

 そこでまりもが懐かしそうに口を開く。

「でも……本当にみんな立派になったわねぇ。昔はあんなにはしゃいでいたのに」

「……そんなセリフは年寄」

彩峰が口を開きかけたところでまりもの冷たい笑顔が彩峰を捉えた。狂犬に睨まれた彩峰は前言を撤回する。

「……みんな、立派になった」

 

 彩峰の言葉にまりもが感慨深げに返す。

「そうね。彩峰さんはも医師免許を取得したんでしょ?」

「……うん。でも陸軍医学校で学んでいたから10年は陸軍に入ってなきゃいけないけど」

そう、彩峰は高校卒業後に陸軍医大に入り、医者となる勉強をしていた。陸軍の幹部である父親の勧めらしい。卒業する時に聞いたんだが、陸軍医大で学び、軍人として10年間医療現場に携わった人材の救急医療での貢献率は一般の医大出身者に比べると遥かに高いという。多くの命を救う術を学ぶためにこの道を選んだということだ。

 

次にまりもは尊人に目を向けた

「鎧衣君は外務省に入ったっていってたわね?どう、外務省は?」

「そうですね~昔から父親にいろんなところに置き去りにされていましたから、コミュニケーションの取り方は実際に学んできました。その時の経験が生きていて、いろんな国の人と仲良くやれてますよ。結構いい職場ですよ」

……確かに彼の天職かも知れないと武は思った。あいつならジャングルで現地部族と外交ができるだろう。

 

「そういえば、たまは弓道の先生だっけ?どうだ、上手くやってるか?」

武が珠瀬に話を振る。

「わ……私はなんとかやってるよ!子供たちに師範扱いしてもらったことはないけど……」

珠瀬壬姫は通っていた道場の師範の紹介で冬に先代師範がなくなった道場で弓道の指導ををやっている。だが、その童顔……っていうか幼い容姿でからかわれているらしい。

 

「榊さんは今、お父様の秘書をやってるって聞いてるけど、どう?政治の世界は?」

まりもは千鶴に話を振った。

「政治の世界は厳しいって実感しています。大学でそれなりに学んで、優秀な成績をとってましたから自信はあったんですけどね。毎日、勉強の日々です。まだまだ秘書見習いから抜け出せません」

千鶴が苦笑する。

彼女は大学卒業後、父親の秘書見習いになった。将来は国政の場で活躍したいと考え、最も学ぶのに適した職を選んだそうな。

 

 武はみんな立派になったものだと思った。あのドジな純夏でさえいまや国家資格を持つ保育士だ。高校を卒業してから武には元3Bメンバーと会う機会はほとんどなかったため、みんながとても大人びたように感じていた。

「みんなすげーよなぁ。あのころ、まさかこんな立派な社会人になってるなんて思わなかった」

武の言葉にまりもが微笑みながら続く。

「ほんとねぇ……あの生徒たちがこんなにも立派になるなんて、教師冥利に尽きるわ。でもね、白銀君。あなたも今は立派な軍人さんじゃない。おまけにMSのパイロット。すごいじゃない。正直なところ、あなたの意外な成長に一番びっくりしてるのよ?」

他のメンバーもまりもの言葉に相槌をうつ。

「そうだよ。あのおちゃらけた武が今じゃ質実剛健な軍人やってるのには驚いちゃったよ」

「武さん、ほんとに逞しくなったし、なんだろう、凛々しくなったよね?」

「……ほんとに変わった」

「そうよねぇ。あれだけふざけてた昔の態度が嘘みたい」

「うん。武ちゃんはかっこよくなったね。でも、高校3年の10月だっけ?驚いちゃったよ。武ちゃん、急に俺はこの国を守るんだ!って言いだしたんだから」

 

 そう、あれは高校3年の10月だったか。毎晩毎晩夢を見た。自分の視界には異形の化け物の群れ。そして俺は異形の群れを掻き分けてただ前に進んでいた。ただ失われていく命を見続けた。そしていつしか気が付いた。これは夢ではない。俺ではない俺の、白銀武という存在が内包していた記録だということに。

その記憶を手にしてからの俺は自分で言うのもなんだが、変わったのだろう。

 

 この世界はとりあえずは平和だった。おそらく、記憶にあった世界よりも格段に。だが、それは大東亜戦争で犠牲になった多くの人たちの命によって支えられたものだ。その命がこの世界の平和を強固にしていったのだろう。

「人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである」あの世界で彩峰中将が残した言葉。

この言葉に沿って生きてみようと決めた俺は、自分にできることを成すために軍隊に入ることを決意したのだった。

 

 

 その日は結局京塚食堂閉店時間後も武たちは屋台で昔話に興じていた。うっかりお酒を飲ましてしまったまりもちゃんを軍隊格闘術で抑え込もうとしたら豊満なバストで窒息させられて逆にダウンしてしまったために途中からは覚えていないのだが。


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