C.E.71 5月21日
武が目を覚ますとそこは巨大なベッドの上だった。なんとなくだが、何が起こっているのかが分かった。確認のために横を向くとやはり彼女がいた。まぁ、彼女以外であることはありえないのだが。
「お目覚めですか?武様」
彼女の名前は煌武院悠陽――現在の武の婚約者だ。
武は情報を整理した。おそらくは昨日の集まりで自分は眠るか気を失っていたのだろう。そこに煌武院家から回収部隊が現れ俺を拉致、そして悠陽が自分の寝室に連行したと判断される。
「ああ。おはよう悠陽。けど、こんな時間まで寝てて良かったのか?もう八時過ぎてるぜ」
名門華族の煌武院家の令嬢である彼女は本来であればとても忙しいはずである。一体どういうことか。
「武様の為に一日空けました。私も半年も婚約者と会えなかったのです。一日くらい休暇を頂く権利があります」
自分の為に一日空けてくれたことに素直に喜びを感じる。自分にも休暇が出ていることだし、今日は外にデートでも行こうと考えていると、突然寝室のドアが切り裂かれ、だれかが突入してきた。
「姉上~!!一体どういうことですか!?」
ドアを切り裂いて侵入してきた女傑は彼女の妹――煌武院冥夜である。よく見ると埃だらけだ。
「おや冥夜、一体どうしたのでしょう?」
涼しげに問いかける悠陽に冥夜がすさまじい剣幕で詰め寄る。
「よくもそのような戯言を言えますね!昨夜私を呼び出して地下のワインセラーに閉じ込めたのはあなたでしょう!?」
「おやおや……昨夜そなたの姿を見ないと思っていましたらそんなところにいらっしゃったのですか?それよりも、埃まみれですよ、冥夜。私の武様もそなたのそのような姿は見たくはないでしょう。ゆっくりと着替えてきなさい」
その時、俺は何かがプツンと切れた音を聞いた気がした。
「フ……フフフ。アハハハハ。この泥棒猫。私の武と勝手に婚姻届を作成し、既成事実を先に作って婚約者としただけでは飽き足らず、私が武と過ごす時間も奪うとおっしゃる。そうですか、そうですか」
怖い。なんかすごく怖い。第六天魔王とかよりも恐ろしいのではないのだろうか。幾たびの戦場を生き延びた経験はあるが、あれほど恐ろしい敵と交戦した覚えはない。
「おい、悠陽、何したか知らないけど、謝った方がいいぞ。ていうか、何とかしてくれ。俺の精神安定の為に」
一瞬可愛らしく首を捻った悠陽は満面の笑みで頷いた。
「わかりました、武様。私に癒されたいのでしたら、婉曲的におっしゃらなくても今すぐに癒してさしあげますわ。まだ夜には早いですが……」
そういうことではない。というか、扉の前で刀を構えておられるお方のオーラがやばすぎる。
「いいかげんに……」
やばい。納刀しているということは次に来るのは抜刀術だ。おそらく頭に血が上った冥夜の脳内に手加減の文字は無い。それを察した俺はベッドを蹴り上げて目隠しとし、窓から悠陽を抱えて飛び降りた。
「せよ!!」
ベッドは真っ二つ。そして俺は下の花壇に着地する。さすがに令嬢である冥夜が飛び降りをするはずがないと思って一息つくが、それは甘かった。
「飛天御○流――龍槌○・惨!!」
空からの一撃をバックステップで避ける。というか、今彼女は殺す気だった。あれは明らかに不殺の技ではないはず。
殺意を持って実の姉をロックオンしている冥夜をどうすればいいのだろう。だが、その時、天への祈りが届いたのだろう。月詠真那さんがやってきてくれた。
「月詠!止めてくれるな。私はここであの泥棒猫に人誅を与えねば……」
いまだに暴走状態の冥夜を前に真那さんはため息をつく。そして口を開いた。
「冥夜様……そのようなお姿を殿方にさらしていては愛想を尽かされますよ。まるで獣のようではありませんか」
その言葉に冥夜はハッとする。言われてみれば昨夜はワインセラーに閉じ込められていたために埃だらけ、しかも暴れたために服ははだけている。さらに飛び降りた際に土を巻き上げて前進土まみれだ。
「血走った眼で刀を握るお姿は流石に目に余ります」
「うむ……」
「分かっていただけたのでしたらこちらへどうぞ」
「分かった……」
多少げんなりしていた冥夜をつれて真那さんが屋敷に戻っていく。俺も悠陽に連れられて屋敷に戻る。そして、これからデートをするから支度をするといって悠陽は部屋へと戻っていった。
どうやら今日は婚約者へのサービスに費やされることになりそうだ……下手すれば日を跨いで