機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-23 波紋

 C.E.71 5月26日 大日本帝国 内閣府

 

「……まさかパナマが落とされるとはな」

澤井が頭を抱える。他の閣僚の顔も険しい。それはそうだろう。だれもがアラスカで地上戦力を消耗したザフトが余力を残したパナマ基地を陥落させることができるとは考えなかったのだから。

 

「そもそも、どうやってザフトはパナマを陥落させたのでしょう?」

千葉の問いかけに辰村が答えた。

「現段階で入っている情報を精査したところ、ザフトの投入戦力の規模も小さく、守備側の連合もストライクダガーを配備していたために序盤の中盤までの戦闘は連合側が有利であったことが分かっています。しかし、戦闘の中盤、ストライクダガーの投入により劣勢になっていたザフトが軌道上より何かを降下させました。そして戦闘の後半、すさまじい出力のEMPが使用され、マスドライバーは崩壊、ストライクダガーはEMPにより無力化されたために数に勝るザフト軍部隊に殲滅された模様です」

「ストライクダガーはEMPに耐えきれなかったのですか?」

「そのようです。どうやら核以上の電子パルスが発生したらしく、MSをはじめとした全ての兵器が行動不能に陥ったとの報告があります。現在我が国でもMSや艦船の対EMP対策を強化するように通達をしたところです。1ヶ月程で全軍に十分なEMP対策が施せるかと」

 

 ザフトが使用したというEMPに対する対策は何とかなりそうであるが、澤井の懸念はそれだけではなかった。

「もうひとつ確認したいことがある。ザフトが投降した連合軍兵を虐殺したというのは本当か?」

その問いかけに閣僚の面々は渋い顔をする。そして幾ばくかの間を置いて辰村が口を開いた。

「現在情報を確認しておりますが、恐らくは事実かと……」

「投降した将兵を捕虜とせず虐殺するとなれば戦時国際法に違反する行為だ。まぁ、現在の連合軍がそれを履行しているかと聞かれれば肯定できないが、それでも組織的に大規模な虐殺に及んだ例はないはずだ。あのユニウス市への核攻撃でさえ攻撃目標は食糧生産コロニーにのみ限られており、実際にその他のコロニーに死傷者が出る事態にはなってはいない。ザフトは戦時国際法を知っているのか?」

「……元々ザフトの占領地域では戦時国際法に反した行為が行われているとの情報がありました。そして今回の作戦の司令官も軍法会議にかけられたという話も聞きません。おそらくは、戦時国際法に対する意識も相当に低いものであると考えます」

 

 辰村の予想は当たっていた。元々ザフトという組織は義勇軍だ。設立時のメンバーの中でも指揮官級の人材は元々理事国の軍人という経歴を持つものが多かった。故に、所謂古参の人間は戦時国際法に対する意識もあった。

だが、戦争が始まってから軍に徴兵されたものたちに関してはその限りではなかった。開戦前、理事国と戦争をするにはザフトの動員兵力は不足していた。秘密兵器のMSがあろうともそれを操るパイロットが最低限確保できなければ意味がない。

そこでプラント最高評議会はコーディネーターの優秀な能力にものをいわせてひとまず短期間でMSの扱い等の戦闘技術を引き上げ、最低限の軍属としての知識を教授した後はすぐに前線に送り出していたのだ。

因みにこのような戦闘能力の向上に偏重した教育はザフトの士官学校にあたるアカデミーにも受け継がれた。わずか13歳の少年少女を2年間で軍で使える人材にしなければならないため、座学の中でも法制、経済、倫理学などといった文系科目は授業科目に含まず、理数系と軍事学に関する科目で時間割が構成されていたのである。

 

 そして更に悪いことに、戦時国際法の知識があるザフト設立時のメンバー達は基本的に軍政を取り仕切るものに集中していた。組織の規模を短期間の内に拡大させたために事務的な作業は増加し、豊富な軍事知識を持つ初期メンバーを軍政方面に割かざるをえなかった為である。

結果、戦時国際法も知らない軍人が前線で指揮官に就任することとなり、その部下達も教養が無いために今回のような暴走が起きてしまったのである。

 

「ザフトがこのような組織だとは……万が一交戦することになれば注意が必要か。そういえば吉岡大臣、例のアラスカ派遣隊襲撃事件についても新事実が分かったということだが?」

話を振られた吉岡が笑みを浮かべながら口を開く。

「ええ、先日襲撃犯の傭兵の意識が戻り、聴取することができました。彼によればこの一連の事態は全て大西洋連邦による陰謀だそうです。JOSH-Aが自爆することを伝えれば各国から派遣されてきた人員は中型輸送機で脱出しようとします。ですがこの時MS輸送用の大型輸送機とMSの推進機をつぶせばMSを持ち出すことはできません。彼らはもぬけの殻となった各国のハンガーとそこに残された機体を接収するという筋書きを立てていたそうです。自爆の影響はハンガーの位置まで及ばないようにわざわざサイクロプスの破壊範囲を調整して」

 

 吉岡の口から告げられた新事実に一同は唖然とする。あのコンペの裏にこのような陰謀があったことに対して驚きが隠せないようだ。そんな閣僚達を横目に吉岡は続けた。

「どうでしょう?この事実を外交カードとして使ってアークエンジェルを我が国のものとしたいのですが?」

その言葉に榊が噛み付く。

「待っていただきたい。このカードは外交におけるジョーカーに等しい。使い道はよく考えなくてはいけますまい」

そう、このカードは大西洋連邦との交渉におけるロイヤルストレートフラッシュ。相手をどのようにも処理できる最強のカードだ。軽率に切れるカードではない。

 

「とりあえずは宇宙における資源衛星の譲渡を……」

「いや、ここは戦後の市場の開放を約束させるべきだろう」

「まず、ユーラシアへのMS輸出の件であちらに譲歩させるのが先だ。国内では需要が低迷しているのだから」

 

 こうして大西洋連邦から何を差し押さえるかを議論する腹黒い閣議の第二幕が幕を開けた。因みに、後日この閣議の決定を受けて製作された日本側の交渉文書を読んだ在日大西洋連邦大使は卒倒したという。合掌。

 

 

 

 

 

 プラント 国防司令部 

 

 パトリック・ザラはザフト国防司令部にいた。その眉間には皺がよっている。

「パナマを落とし、これで連合は自前のマスドライバーを全て失った。だが、まだ地球上にはマスドライバーが2基残されている。連合が中立国のマスドライバーを利用した場合、連合が宇宙戦力を整えるまでどれくらいかかりそうなのだ?」

パトリックの質問に国防委員の一人、マイス・ウェステラが答えた。

「現在、地球上に残されているマスドライバーはオーブの『カグヤ』と日本の『イブキ』だけとなっております。このうち、オーブは厳正中立を宣言しているため、連合によるマスドライバーの使用を許すことは無いといっていいでしょう。しかし、日本は異なります。かの国は開戦当初から連合を支持すると表明し、多くの支援を請け負ってきました。今回も連合の要請に応じてマスドライバーの利用を許可するものと思われます。連合が宇宙への補給路を手にした場合、4個……いえ、5個機動艦隊を持って侵攻する可能性が高いでしょう。現在月に駐屯している兵力を鑑みると、それだけの兵力を揃えるのには最低で3ヶ月はかかるものと思われます」

それを聞いたパトリックはユーリ・アマルフィ議員に話を振った。

「そうか……アマルフィ議員、例の兵器を実戦に投入できるのはいつごろになる?」

「防諜の関係もありまして、建造が良いペースで進んでいるとは言えません。完成は早くて10月半ばになる見通しです」

 

 パトリックは腕を組んで唸った。

「やつらがこのまま最短のペースで戦力を整えた場合、切り札が間に合わない可能性が高いか……バルトフェルド君、君の見立てではボアズで連合を迎え撃った場合の勝算はどれくらいになる?」

意見を求められた隻眼の男に会議の出席者の視線が集中した。

彼の名前はアンドリュー・バルトフェルド。アフリカ戦線で活躍し、『砂漠の虎』という二つ名で恐れられたザフト屈指の名将である。彼は数ヶ月前連合のアークエンジェルに敗れ、重症を負った。連合のMS――ストライクとの闘いで逝った恋人の加護があったのか、彼は左目、左腕、右脚を失いながらも一命を取り留めていたのだ。怪我の治療のために本国に帰還していた彼は現在、国防司令部のオブザーバーとして会議に参加しているのであった。

周囲の視線など気にした様子も見せずに飄々として態度を崩すことなく彼は口を開いた。

「自分の意見を言わせていただきますと、現在のボアズの戦力では間違いなく抜かれます。連合のMSは数、そして武装でもジンを圧倒しているとの報告が入っていますので、いまだにジンやシグーが主力のボアズでは勝機は無いと言ってもいいでしょう。仮にあちらが先ほどの予測である5個機動艦隊を凌駕する数を揃えてきたならば、ザフトはボアズに全戦力を投入して迎え撃つほか無いと考えますがね。それでも痛みわけが関の山でしょうが」

 

 パトリックとしては無理に連合の宇宙戦力を今叩く気は無かった。別に地球からの補給路を断てば連合の宇宙における最大の拠点である月もさほど脅威ではない。連合の現状の宇宙戦力を全てかき集めてプラントへの侵攻を試みたとしてもそれを許すほどザフトの戦力は弱くないからだ。

しかし、連合を地球に封じ込むことができなくなればやつらはやがて宇宙にもMSを次々と上げてくるだろう。そうなった時にプラントの守りが絶対だとパトリックは過信してはいなかった。アラスカでの敗北によって彼はナチュラルが侮れない存在であることを認めていたのである。無論、感情ではそれは容認しがたいことであったが。

 

「我々に必要なものは時間なのだ。アラスカを叩いてやつらに講和を強いることができなかった以上、“あれ”が完成するまでの時間をなにがなんでも稼がねばいかんのだ!!」

パトリックは机に拳を叩きつける。そして何も言えない官僚たちにため息をつくと、忌々しそうに口を開いた。

 

「まぁいい……貴様等はナチュラルを地球に閉じ込める策を考えろ。必要とあれば特務隊を動かすことも許可する。それとだ、オペレーション・スピットブレイクの情報漏えい元は特定できたのか?」

パトリックにとってはこれも重要事項だった。ザフトの中でも限られたものしか知りえなかったアラスカへの奇襲作戦が連合側に漏れていたのだから。これを放置すれば自分達の切り札の情報が連合に渡ってしまうことになりかねないこともあって、パトリックは子飼いの部下や地下活動時代の人脈を使って情報漏えい元を血眼になって探していた。

「残念ながら、未だに容疑者の特定にはいたってはおりません。しかし……」

「しかし、なんだというのだ。報告は正確にしろ」

言いよどむユウキをパトリックは睨みつける。その視線に促されてユウキが再び口を開いた。

「はっ……アラスカ攻撃の前に地球連合からの特使としてマルキオ氏がプラントを訪ねておりました。氏はこの情勢下でプラントと連合を行き来できる数少ない人物であります。更に、あのシーゲル・クライン前議長……をはじめとした我が国の要人とも懇意な間柄であると聞きます」

「つまり、君はマルキオ氏が怪しいと言いたいのかね。証拠はあるのだろうな?」

「例のドレッドノート喪失事件にも関与している可能性が浮上しました。ドレッドノートのハンガーの防犯カメラの映像に移っていた不審人物と氏がホワイトシンフォニーで密会していたという事実があります」

ドレッドノート喪失事件とは、ザフトの試作MS、YMF-X000Aドレッドノートが何者かに強奪されかけた事件である。オペレーション・スピットブレイク失敗後にザフト全軍が混乱している隙をついた何者かがNJCを搭載した試作機を強奪するも、ヤキンの守備隊の対処が間に合ったためにNJCを搭載している頭部の奪還には成功したという経緯を持つ。

容疑者は頭部を失った後に逃走に成功し、未だに足取りは終えていない。

 

 パトリックは天を仰いだ。確かにマルキオは状況的にはほぼ黒だ。だが、そうなると盟友、シーゲルも黒である可能性が出てくる。マルキオ氏が宿泊していたのはクライン邸であるし、氏が密会に使用したホワイトシンフォニーはシーゲルの娘が活躍していた舞台だ。しかも最近その娘は反戦活動家としても活動している。

ユウキの口調が妙に歯切れが悪かったのはこのためだろう。マルキオ氏に嫌疑がかけられるということは、当然シーゲルにも嫌疑がかかってくるからだ。

シーゲルが白と断定することは難しい。故に彼は決断を下した。

 

「シーゲル・クライン前議長を国家反逆罪の容疑で拘束せよ。娘共々だ」

彼は為政者として盟友を切り捨てなければならなかった。


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