機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-24 黒衣の歌姫

 C.E.71 5月30日 プラント アプリリウス

 

 ラクス・クラインは墓石の前に佇んでいた。目の前の墓石は二つ。ケラス・クラインと彫られた墓石の隣には最近建てられた新しい墓石が並んでいる。そこにはシーゲル・クライン――彼女の父親の名前が彫られていた。

 

「お父様……」

ラクスの胸中には喪失感、そして孤独しかなかった。彼女はプラントの歌姫だ。望むと望まざるとに関わらず、彼女は歌姫という偶像を重ねて見られる宿命にあったといえる。そんな中で彼女をただのラクスとして見てくれたのは今は亡き両親ぐらいだろう。アスランもそうと言えなくは無かったが、彼はいつも一歩引いたところから接してくるという感覚を抱いていた。

自分自身を見てくれる理解者を失ったことで生まれた孤独は彼女の心を蝕む。気づけば彼女は泪を堪えきれずに顔を手で覆っていた。

 

 

 

 彼女を悲しみの淵においやった悲劇は3日前に遡る。

 

 

 C.E.71 5月27日 プラント アプリリウス 司法局

 

 シーゲル・クラインは国家反逆罪の容疑で司法局に拘束されて取り調べを受けていた。

「前議長閣下、マルキオ導師がNJC強奪を企てていたことは明確な事実です。懇意な間柄であった貴方が彼に情報を渡したのではないかと我々は考えております。そして先日行われたアラスカ攻略作戦――オペレーション・スピットブレイクの目的地の漏洩もあなたとマルキオ導師によるものであると」

尋問する局員の前でシーゲルは一貫して無実を主張する。

「私は確かにマルキオ導師とは懇意の間柄にある。だが、私はプラントの政治家だ。プラントの平和と独立を妨害するようなことをどうしてしようか」

「動機ならあるでしょう。ザラ議長が失策を続けれて退陣すれば、貴方が再び議長に選出される可能性もでてきますので」

「私が地位欲しさにプラントの情報を連合に流したと言いたいのかね!?」

シーゲルは取調室の机に拳を叩きつけた。

 

 実際には彼はNJC強奪未遂事件には絡んでいた。しかし、それは議長の地位欲しさにしたことでも、金欲しさにしたことでもない。彼はただ、自らの行為によって貧困の底に追い詰められた地球の市民達の生活を豊かにするためにNJCを使いたかったのだ。

そもそも、彼はNJCの技術をいつまでもプラントが独占できるとは考えてはいなかった。既にヘリオポリスではプラントの技術を凌駕するMSが製造されていたという前例もある以上、彼はプラントの技術優位が絶対という考えを捨てていた。連合によるNJC開発も時間の問題であると考えていたのである。

しかし、NJCが完成したとしても、それがエネルギー不足で困窮する人々のためにそれが使用されるとシーゲルは考えてはいない。開戦当初に日本から核融合炉技術を提供してもらったのにも関わらず、連合は専らそれを軍の艦艇や基地、軍需産業に携わる工場のエネルギー源として使用し、エネルギー不足で苦しむ民衆にはほとんど恩恵が与えられなかったという事実があったためである。日本が技術供与しなかった東アジア共和国や南アフリカ統一機構では甚大な被害もでている。

もしもNJCが民衆のために使われなかった場合でも、マルキオであればNJCをエネルギー不足で困窮している人々に供給するだろう。

彼ならばジャンク屋にNJCを大量に製造させ、独自のネットワークでそれを世界中に供給することが可能で、その人柄も信用でき、決して平和を乱すためにNJCを使わないとシーゲルは信じていたのだ。

また、彼はオペレーション・スピットブレイクの情報漏洩には関与していない。パトリックの徹底した情報統制によって直前までパナマが作戦目標だと信じ込まされていたため、彼がそれをマルキオ導師に伝えることも不可能だったのだ。

 

 「では、マルキオ導師は如何してわが国の秘密兵器の奪取などということを計画できたのです?戦時下ということもあり、プラントに入国できる人物は非常に限られています。工作員が接触していたという情報も入っておりませんがね。そして何より」

局員は鞄から数枚の写真を取り出して机の上に並べた。それを目にしたシーゲルは目を見開いた。

「御息女、ラクス・クライン嬢とNJC強奪犯がホワイト・シンフォニーにて接触している様子です。ここまで状況証拠が揃っていてもまだ、お認めになりませんか?」

その写真を見てシーゲルは唇を噛む。実際には娘は今回の計画に全く関わっていはいない。この写真はおそらく、楽屋脇の防犯カメラの映像だ。マルキオ導師に面会を求められて接触したのだろう。その時につれていた付き人が例の金髪の少年だったということか。

だが、ここで真実を明るみに出すわけにはいかない。もしもそうなれば現在の評議会における穏健派の力は弱体化が避けられない。パトリック率いるタカ派を抑えるだけの勢力を維持できなければ講和のテーブルに早期につくことは難しくなるだろう。プラントの未来を憂う彼にはここで穏健派の勢力を削ぐような行動をすることができなかった。

 

 不意に、取調室の扉がノックされる。

局員室内に監視員を残して取調室から退室する。扉の前にいたのは局員は見覚えの無い妙齢の女性だった。

「取調監督官にお渡しするように言われています」

そういって女性が差し出した封筒に手を伸ばしたとき、彼は突然突き飛ばされた。封筒を持った局員に突き飛ばされたのだ。そのまま彼女は取調室に突入する。

 

「シーゲル・クライン!!息子の仇!!」

女性は懐から取り出したナイフを振りかぶり、室内にいたシーゲルの胸に振り下ろした。

 

 

 その直後に取調室内に残っていた局員が女性を拘束し、ナイフで刺されたシーゲルは病院に緊急搬送される。だが、出血性ショックによってシーゲルは搬送された病院で息を引き取ることになった。

シーゲルを刺した女性――インナ・オルジカ容疑者は法務局に務める職員だった。彼女は法務局の取調で復讐のためにシーゲルを刺したと供述している。

法務局の中堅であった彼女はシーゲルがオペレーション・スピットブレイクにおける戦略目標の漏洩の疑惑で拘束されたことを聞きつけた。そして彼女の一人息子はオペレーション・スピットブレイクに参加しており、アラスカ基地の自爆によってMIAとなっている。シーゲルがアラスカでのザフトの大敗を、ひいては自分の息子の死を招く裏切り行為をしていたと知った彼女は怒りが抑えられなくなり、息子の敵討ちを試みたのであった。

 

 葬儀はシーゲルの死から2日後に執り行われた。彼に関する諸問題や世論の高まりを抑えたかった評議会が早期の葬儀を計画したらしい。

ラクス・クラインも一時は法務局に身柄を拘束されたが、彼女はほとんど情報を持っていないと判断されたために葬儀までに釈放されていた。

 

 

 

 

 ラクスしかいない空間で何者かが大地を踏みしめる音がした。その音を耳にしたラクスが振り返ると、そこには黒衣に身を包んだ一人の男が立っていた。

彼の顔には見覚えがある。シーゲルが纏めていたクライン派の議員で、若い世代のリーダー的な役割を担っているギルバート・デュランダル氏だ。

 

「ラクスさん。久しぶりです。今日は、お父君に花を供えに来ました」

「……ありがとうございます」

デュランダルは携えていた花を墓前に供え、黙祷している。

 

 しばし黙祷していたデュランダルは顔をラクスに向けて言った。

「ラクス嬢。今日は貴方にも提案があります」

「なんでしょうか?」

ラクスは訝しげな表情をする。

「私たちは貴方に協力をお願いしたい」

私たち……クライン派の意思であろうか。シーゲルが国家反逆罪で逮捕されたこととその証拠となる映像が報道されたことを受けて、旧クライン派は半ば分裂の危機にあった。彼はそれを自分という神輿を使って立て直そうとでも考えているのだろうかとラクスは考察する。

 

「私のような小娘に大層なことはできません」

「貴方はシーゲル・クライン前議長の御息女です。貴方ならば今は亡きシーゲル氏のご遺志を継ぐことができると考えているのですが」

「私は政治というものに関する経験がありません。未来のビジョンさえ描けない今の私に政治に携わる権利は無いと思います」

ラクスは今の自分では力不足だと考えて固辞する。彼女は歌手であり、政治家ではない。父は自分に政治家になるための教育などしてはいないし、そもそも父と政治がらみの話をしたこともさほど多くはない。なにが父の遺志なのかも分からない。そんな自分にできることなどあるのだろうか。

だが、デュランダルはまだ諦めない。表情を険しくしながらデュランダルが口を開いた。

「正直にお話しましょう。我々、旧クライン派は現在、分裂寸前の状態なのです。このままクライン派が分裂するようなことになれば最高評議会はザラ派の牙城となります。そうなれば連合との講和が遠のくことは確実でしょう。シーゲル様は連合との講和論を唱えてザラ派を牽制し、戦争の早期終結を目指してきましたが、彼はもういません。今、我々には貴方という旗印が必要なのです」

デュランダルが頭を下げる。だが、ラクスには彼を信じて政治に身を投じる覚悟はできなかった。彼を信頼することができなかったためである。

 

 ラクス・クラインという少女は10歳という若さで歌手としてデビューしている。彼女はそのころからずっと多くの人々に見られる立場にあった。彼女はその中で自分がどのように見られているかを察する洞察力を養った。その洞察力がデュランダルという男に対して彼女に疑念を抱かせる。

政治家ならば腹にはいろいろとあるものだということは分かっていたが、それでもこの男に対する疑念はその範疇に無い。おそらくは、もっと恐ろしいものを内面に隠し持っていると感じていたのだ。

 

「父は私に政治家になることを望んではいなかったと思います。望んでいたのでしたら、普段から政治の話題を振ることもあったでしょうから。ですが、私にはそのような記憶はありません」

「ですが、そうだからといって貴方は御父上が蒔いた平和の種を蔑ろにできるのでしょうか?」

「自分の理想も、それを実現する手腕も持たないまま政治に足を踏み入れでもしたらそれこそ父の名を汚すことになりましょう。父が平和の種を蒔いたというなら、私は土を……プラントの人々の平和を願う心を耕しましょう。私の歌で。それが、父への弔いになると思いますから」

そういうとラクスはデュランダルに一礼して墓地を後にした。

 

 一人残されたデュランダルは忌々しげにラクスの後姿を見ていたが、やがて一息つき、携帯端末を取り出した。

「ああ、私だ。交渉は失敗した……そうだ、彼女に連絡をとってくれ。第二案でいく。何、上手くいくさ。彼女ならきっと役割を果たしてくれる」

通信を切ったデュランダルは来た道を引き返す。その後ろ姿から伸びる影はシーゲルの墓石を覆っていた。


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