機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-27 トラ・トラ・トラ

 C.E.71 6月12日 L4宙域

 

 ミーティアを任された6人のエースパイロットの内の1人、ヒルダ・ハーケンはコックピットの中で舌なめずりしていた。

操縦性能は良好、この大きなユニットを使っていても動きが鈍いなんてことはない。若干、制動に難はあるが、一撃離脱に徹する以上はそれほど気になるものでもないとヒルダはミーティアを評していた。僚機の2機の様子を見る限り、彼らもミーティアの使用に不自由している様子は無い。

「いくよ、野郎共!あたしらが先鋒だ!サブカル狂いの変態民族にあたしらの力を思い知らせてやるよ!!」

「りょ~かい」

「行くのかよ?」

ヒルダの威勢のいい声に対して、僚機である2機から返ってくる声はどこか飄々としたものであった。

だが、それでいいと彼女は感じていた。彼らの持ち味はザフトでも屈指の3人連携にある。変に気張られて調子を崩されでもしたら連携に穴が生まれかれない。それよりも彼らが普段と変わらない様子であることに安心する。

そして彼らの機体は一直線上に並んだ。正面から見れば1機に見えないほど正確に後続機が先発機の軌跡を正確に辿る。先頭のヒルダ機がビームサーベルを展開し各砲門を前方に向け、後方の二機がそれぞれミサイル発射管を展開した。

 

「「「ジェットストリーム・アタック」」」

 

 先頭のヒルダが全面にむけて全兵装を開放し、進行方向にKILLゾーンを作り出す。突然目前に放たれた火箭の網に絡め取られ撃震が次々と被弾する。運よく致命傷には至らなかった機体や直前に射線上から退避した機体もあったが、それらはヒルダ機の後続であるヘルベルト機、それに次ぐマーズ機が放った二重の火箭の網からは逃げられず、爆発四散していった。

 

「あはは、いいねぇ。大戦果だ!!」

ヒルダは満足感を感じていた。作戦開始前は日本軍はネビュラ勲章持ちのクルーゼを手玉に取る狂戦士バーサーカーの集団だ、銃弾を長刀で切り裂く化け物だと噂され、ヒルダ自身も噂を鵜呑みにはしなくとも、日本軍はナチュラルでも異常な戦闘力を持つ連中だという意識があった。

だが、無様に自分達の連携攻撃の前に爆発四散するあの武骨なMSを見ていると、どうやら噂の半分の力もないらしい。だが、日本はこれまで連合に利するために食糧でプラントを苦しめ、各地の戦線に物資を送り連合を支えることでザフトに負担をかけてきた相手だ。怨敵とまでは言わなくとも、恨みは積もりに積もっている。

本来の作戦であれば自分達はこのまま日本軍の軍港コロニーを攻撃する予定だったが、日本人はここで恨みを少しだけ清算しておくべきだろう。少なくとも、自分達はまだまだ恨みを晴らせた気ではないのだから。

「ヘルベルト、マーズ。もう一回、ジェットストリーム・アタックをやるよ。まだまだアタシは暴れ足りないんだ」

好戦的になっているヒルダをヘルベルトが諫める。

「俺たちの任務はミーティアの持つ火力によって突破口を切り開き、そのまま敵さんの本拠地への討ち入りだろう?いいのかよ」

「大丈夫だよ。もう一回アタックするぐらいの余裕はあるさ」

いつになく暴走気味のヒルダを見かねてか、マーズも彼女を諫めた。

「冷静になれよ、ヒルダ。この作戦を立案したのはザフト屈指の名将、砂漠の虎さんだ。あの人の指揮に従うことが日本軍に最大の打撃を与えることだろうが。それに目標を潰して離脱するときにもできるだろう。第一目標はあくまでもアヅチだ」

二人に諫められたことでヒルダは不満げではあるものの、再攻撃を断念し、目標へと向かっていった。

 

 

「ハーケン隊、敵MS郡を突破!アヅチに取り付きます」

「後続のMS隊も敵MS隊と交戦中です」

 

各隊からの報告が次々と旗艦エターナルに集まってくる。それを聞いていたアンドリュー・バルトフェルドはほくそ笑んだ。

「よ~し、いい感じだ。それで、ダコスタ君、現在の味方の損耗率はどうだい?」

「……現在、損耗率が5%、シュミレーションよりも損害が大きく出ています」

その報告を聞いたバルトフェルドは苦笑する。

「僕の……いや、議長閣下のごり押しでできる限りのいい機体とパイロットを集めたはずなんだけどねぇ。まさしくザフト最強の部隊と言ってもいいほどの質と量を以ってしても尚、結構速いペースで損害が出てるんじゃ、こりゃ左遷されるかな?」

「隊長、縁起でもないことを言わないで下さい。それに、作戦を成功させた時は隊長はネビュラ勲章だってもらえますよ。そうすればお好きな豆を議長閣下に強請ることができます」

飄々としたバルトフェルドを茶化す副官のダコスタの表情も自然体だ。

「おっ!いいねぇ。最近は天然のいい豆が手に入んなくてねぇ。久しぶりに美味いコーヒーにありつけるんなら真面目に戦争するのも悪くないな」

 

 どうでもいい話だが、アフリカでアークエンジェルに敗れて以来、バルトフェルドはまともなコーヒーを飲む機会には恵まれていなかったのだ。地球にいた頃は地元の商社や行商に来る商人から地球産のコーヒー豆を買い、自室で楽しむことができた。

しかし、重傷を負って送還された母国、プラントでは既に嗜好品の類は統制品となっており、彼の愛するコーヒー豆は手に入らず、かといって泥のように不味い温かさだけが取り柄の軍御用達インスタントコーヒーなんて死んでも御免であった。

戦前までは地球から豆を輸入でき、開戦後も暫くは中立国を挟んだ貿易や大西洋連邦からの輸入によって嗜好品の類は手に入れることができたのだが、戦局が長引くにつれて宇宙でも海賊行為をする輩が増えたために業者もしり込みして輸入量は激減している。

プラントの自前の食糧生産コロニーも穀物を生産するので手一杯の状態でとても嗜好品の栽培などに手をつけてはいられない。そんな贅沢をする余裕が独立を目指して国家総力戦を戦っている組織に存在するはずがない。

尚、この食糧不足の余波はザフトの兵站部門にも暗い影を落としている。現在、プラントは主要穀物以外のほぼ全ての食糧生産を麦から生産する合成加工食品によって賄っており、不味い食品しか市場では流通していない。最大の収穫効率を得られる食品を早期に生産することが開戦初期の食糧危機を解決する唯一無二の方法だったためである。

この合成食品でも工夫しだいではそこそこに食べられる料理をつくることができるのだが、軍は効率を重視するためにそうはいかない。地上の基地では地元で入手した食材を使用するために美味しい天然ものの食材を手に入れることができるし、宇宙でも大規模な基地の厨房ではそれなりの工夫がなされた料理を堪能することができるのだが、こと宇宙艦艇ではそのようなことはない。組織としても若く、人員数が限られているザフトでは烹炊員を大量に養成して前線の各艦に配置する余裕なんてあるわけがなかったためである。

結果、宇宙艦艇に配属されたものたちはプラントで作られた半加工食品ないし加工済み食品を簡易厨房で簡単な調理をして喫食する他なかった。そしてこれが非常に不味い。生産効率第一で生産されたこれらの温めるだけの温食配給食糧においては味覚はあまり考慮されてはいないのだ。

合成半加工食品や合成加工済み食品を胃袋に収めるためにザフト宇宙艦に勤務する士官らはマヨネーズやケチャップ等といった調味料を使っているらしい。これらはまだそこそこの量を輸入できたために、各艦の食堂にまで行き届いているのである。

結果、ザフト宇宙艦の乗員らは現在進行形で味覚が崩壊している。食べる人の好みに応じて調味料で味付けされる料理に慣れてしまった彼らの味覚はどうやらイギリス人化しつつあるようだ。

このことを報告されたパトリック・ザラ国防委員長兼プラント最高評議会議長はコーディネーターの食文化と味覚を守るために直々に日本に頭を下げて食糧を輸入することや、L4の食糧生産コロニーを奪取することを割りと真剣に考えてしまったという。

この問題はシーゲルが議長であったころから国防委員会から報告があったことなのだが、シーゲルは別に気にすることはなかったらしい。曰く、

「娘の料理よりはまし。調味料で食べられるならば問題ない」と言ったとか。

参考にならないが、日本の食糧生産コロニーは蛸に鰻に烏賊といったものまで生産することに成功している。また、日本のL4コロニー郡では最近『もやし』と命名された食糧加工コロニーが新しく建設された。なんでも、このコロニーには多種多様な菌を利用して食材を醸しているらしい。日本酒、くさや、納豆、味噌、醤油、味醂etc……といった日本人の文化のための食品を製造しているとのこと。

東京の某農大のキャンパスもこのコロニー内に置かれており、コロニーにおける食糧生産テクノロジーについて共同研究を進めていくことが決まったらしい。将来的にはテラフォーミングに応用できる技術を研究することが目的だそうだ。

このコロニーのことを知ったプラントの農林水産局の職員は地獄の底まで届くような怨嗟の声をあげたそうな。同情する。

そして、宇宙での食糧自給体制が確立されている大日本帝国宇宙軍の艦艇の食事も勿論美味である。出港から暫くはL4で栽培していた野菜や魚といった新鮮な食材を堪能でき、それが尽きた頃でも旧世紀より培った高い技術を誇る保存食を使ってメニューに変化を加えることで乗員らを飽きさせない。

無論、日本の艦艇には連合の艦艇のように各艦に料理を訓練校で学んでいる食事専任の乗員が乗り込んでいるために料理はカロリーや栄養のバランスまで考慮されている。

 

 

 バルトフェルドが天然食材に思いを馳せている一方、日本側はミーティアの投入によって衝撃を受けていた。

「なんだ!?巡洋艦以上の火力ではないか!?」

「我が方のMSが40機撃墜されました!!」

「敵大型MA、我が方のMSの迎撃網を突破しました!!」

「安土より出撃した対艦MA隊、敵大型MAの迎撃を受けています!損害甚大!!」

CICに飛び込んでくる未知もMAの戦果に第二宇宙艦隊首脳陣は一様に驚きを隠せなかった。

だが、いつまでも呆然としてはいられない。三雲はすぐに思考を立て直すと、声を張り上げた。

「あのMAを叩くぞ!!本艦の防御力ならば易々と沈まん!!」

だが、それに立花が異議を唱えた。

「司令!!第2艦隊は安土の前に張り付き、敵MAを安土に取り付かせないようにすべきです!!」

「ヤツを撃墜すれば安土も守れる!問題は無い!!」

頑なに敵MAの撃墜を主張する三雲だが、立花も意見を曲げない。

「あのMAの機動力は異常です!それにコロニーの傍まで追撃にでれば我々はコロニーに危害が及ばない程度にまで火力を制限する必要が出てきます!それならばコロニーの前で防空陣形をとった方がより効率的です!!」

三雲はしばし考えた。

確かに、これから追撃するにせよ安土の傍に張り付いて防空戦闘をするにせよ第二艦隊の使用できる火力はそれほど大きくは無い。それならばより防空に適した陣形のほうが敵MAを撃墜できる確立も上がるだろう。

また、仮に安土が陥落すれば宇宙軍にとっては大きな痛手になる。いつかプラントにこの襲撃の借りを返すのであれば安土を絶対に守り抜く必要があるだろう。

「……よし、第二艦隊の各艦はこれより安土の前に出て防空陣形を取る。だが、第3・第4航宙戦隊だけは別行動だ。彼らには敵艦隊を叩いてもらう。攻撃機を出すように通達しろ」

「第3航宙戦隊の『蒼龍』に搭載されている試作機を護衛にしますか。豪胆ですな。撃墜されたらヨコハマから苦情が来ますが?」

「同胞の命が最優先だ。それにやつらはそう簡単には墜ちはせん。そもそも安土のMS隊は敵の化け物MAに痛手を受けているために護衛は期待できん。それにやつらの防空もあの化け物MAがやっているのだ」

そう、アンチビーム爆雷による妨害のために第2艦隊の各艦の主砲であるビーム砲は効果がない。扶桑の攻撃オプションとしては副砲の電磁砲と対艦ミサイルがあるが、敵のジャミングは激しく、現在位置ほど遠くからでは対艦ミサイルの命中を望むことはできない。副砲の命中率もこの距離ではあまり期待できるものではない。

そもそも、C.E.の半ばからは各国軍の宇宙艦の主兵装はビーム兵器になっていた。ビーム兵器の威力も次弾装填速度も同口径の実弾砲以上のものであったためである。アンチビーム爆雷が発明されてからはビーム主兵装論に疑念が生じた時期もあったが、アンチビーム爆雷の効果維持時間を考えれば同口径の実弾を使用するよりもビーム兵器の方が採用するメリットが大きいと判断された。

無論、各国もアンチビーム爆雷の影響下での戦闘を考慮しなかったわけでもない。そのため各国は副砲に電磁砲や通常火薬砲を装備しているし、長距離対艦ミサイルも装備させていた。

だが、今回のようにアンチビーム爆雷をしようされれば一時的にビーム兵器は使用できなくなる。NJの発明により長距離対艦ミサイルも封じられているために威力も乏しい副砲に頼るしかないのだ。

そして火薬砲にせよ電磁砲にせよ発射時には反動が存在し、その反動が命中率を下げるために副砲による長距離攻撃はできない。故に三雲は戦艦による敵艦隊攻撃を断念し、航空攻撃に切り替えたのである。

 

 三雲はすぐに第3・第4各航宙戦隊に出撃命令を下した。それを受けて各航宙戦隊から次々とMAが発進する。そんな中、第3航宙戦隊の『蒼龍』のカタパルトデッキが展開された。僚艦のカタパルトデッキに比べてそれは大きなものであった。そしてカタパルトデッキに人型のシルエットをした機体が搬入される。

そのシルエットは撃震とも瑞鶴とも異なったものだ。重装甲を売りにしていたそれらの機体に比べて細く、より人間らしいシルエットに近づいたように見える。膝部前面、肩部装甲ブロック、爪先には特徴的なブレードエッジが搭載されており、明らかに近接格闘戦を意識していることが分かる。

 

 その機体のコックピットでは一人の男が発進準備を済ませていた。

「アニメじゃあるまいし、戦争に勝つために人型ロボットを使うなんてことを考えるなんて、新人類様の考えることはよく分かりませんなぁ。」

ナイスミドルとでも言うべき風貌だが、その気楽な調子からは軍人らしさをあまり感じない。

「大佐、出撃前です。彼らへの愚痴は彼らにぶつけてください」

「はいはい……全システムオールグリーン……いつでもいけるぞ」

「発進シークエンスを開始、射出タイミングをパイロットに譲渡します」

男は操縦桿を握り、フットバーに足をかけた。

機龍(きりゅう)1――白鷺、出るぞ!!」

 

 輝く白色に彩られた大日本帝国宇宙軍の次世代MS試験機、白鷺が戦場に向けて飛び立った。


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