機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-32 雷と隼

 クルーゼは敵の連携攻撃によって足止めされていた。自分のサポートにはニコルがついているが、正直彼では力不足だ。いてもいなくても変わらない。いや、むしろ邪魔だ。敵機はこちらの技量を正確に把握しているらしく、こちらがニコルをかばわざるを得ないように巧みに攻撃を仕掛けてくる。

敵はその運動性と機動力でこちらを上回る戦闘機だ。

急降下からの急上昇でこちらの下方から襲撃を仕掛けてくるから厄介だ。グゥルの下部には有効な武装が搭載されておらず、下方にいる敵に対して有効な攻撃オプションが存在しないために死角となっているのだ。

これまで相手にしていた連合のF-7Dスピアヘッド多目的制空戦闘機は速度性能に秀でた機体であり、運動性で雲泥の差があるMS相手には一撃離脱戦法を多用していた。そのため、戦闘機と戦うときは敵機の未来位置に銃弾をばら撒けばよかった。

加速性能や速度性能が高い戦闘機はどうしても高速機動化の旋回半径が大きくなってしまうために基本は超高速で肉薄し、その勢いを殺さずに超高速で離脱する機動をとる。その直線的な機動故にその未来位置の予測が容易だったのだ。

だが、この日本の戦闘機AF-68A橘花は違った。どういう理屈かしらないが、その小回りの効いた動きはMSほどではないが、スピアヘッドとは比べ物にならない。これまで経験したことのない戦闘機との格闘戦では以前の戦訓は役に立たないと言っていいだろう。

死角を作り出すグゥルを装備しながら戦闘機との格闘戦はこちらにとって不利な要素が多すぎる。

戦闘機の速度性能ではあっという間に下方に回られてしまう。自分たちの機体がディンであれば楽に叩き落とすこともできたかもしれないが、今回は相性が悪すぎた。

こうなるのであればハイネを自分のサポートにつけるべきだったかと一瞬考えてハイネたちに視線を向ける。ハイネとシホのペアも苦戦していた。やはりこちらも技量の劣るシホを集中的に狙っているようだ。よく見るとシホのグゥルにはいくらかの弾痕が見える。すでに彼女は被弾しているらしく、ハイネが必死でフォローしている。

 

 このままではまずい。そうクルーゼは考える。マスドライバーを物理的に破壊することが今作戦における最優先目標であり、自分達の任務は種子島のマスドライバーに取り付くことである。だが、現在自分たちはそのギリギリで敵機の妨害を受けているために進めない。

作戦の成功レベルを上げるためにもう少し進みたかったが、時間も押してきている。これ以上時間を割いてもこちらが不利になるだけだろう。クルーゼは決断を余儀なくされた。

 

「総員に通達する。作戦をプランBに移行させる。繰り返す、作戦をプランBに移行する」

その合図を受けた各機の動きには変化は見られない。だが、クルーゼの顔に焦燥が浮かんではいない。そう、指令などなかったように振舞うことがプランBを成功させる鍵なのだから。

 

 クルーゼからの指令を受けたイザークは眉を顰めた。彼は現在2機の敵機と交戦中であった。僚機たるバスターも同様だ。だが、彼らは敵の機動力を活かした連携攻撃を前に停滞を余儀なくされており、到底マスドライバーを攻撃することはかなわない状態にあった。

プランBが発動されたことによって自分達はマスドライバー攻撃のメインから外されたことになる。彼らの役割は敵の注目をひきつけることに変わったのだ。だが、できるだけこちらの目的が変わったことを悟られないまま敵機を引き付け続けることは容易ではなかった。

たかがMA程度、MSの脅威では無い。エンデュミオンの鷹が例外なだけで、普通のナチュラルが駆るMAなんぞ七面鳥と変わらないと嘲笑していた彼にとってその七面鳥に追い込まれていることは屈辱でしかなかった。

「下等人種ごときが……次の時代をつくる新人類たる俺達と……同じ次元に立つという気かぁ!!」

彼の口から罵声が洩れる。

 

 イザーク・ジュールの父親、ヘルマン・ジュールは大西洋連邦のある財閥の頭首の息子であった。彼は当初財閥の次代頭首として期待されていたが、彼が成人する頃には世界情勢も変化していた。資産家の子息として生まれたコーディネーターが生まれながらに与えられた能力で苦労もせずに出世していくという図式に対して世間からのバッシングが強くなったのだ。

当時活躍しだしたコーディネーターはジョージ・グレンの告白の後に資産家が生み出したコーディネーターであり、彼らが成長するにつれて学校、企業と様々なところでナチュラルとの摩擦が表面化していたことが時代背景として存在する。

結果、彼は財閥のイメージ戦略のために実家を追われ、当時建造中だったL5コロニー郡の開発事業に参加することになる。

ナチュラルの社会の中で自分の能力で苦労なく過ごしてきたためか、はたまた優秀で次代の財閥を担うに相応しい存在であった自分を大多数をナチュラルによって構成される世論を配慮するという理由だけで追放された恨みか、彼はこの時期からある種の選民思想を持つようになる。コーディネーターという新人類が愚かな旧人類を駆逐し、この世界を統べることが自分達が生まれた意義であるという考え方だ。

彼はプラントの建設の中でシーゲル・クライン、パトリック・ザラとも出会い、共に自治運動にも参加した。その頃の支持者であった航空宇宙工学の学者のエザリア・トゥエインと結婚し、イザークが誕生する。彼自身はその後、プラントで起こったテロによって帰らぬ人となっている。

夫をナチュラルのテロで亡くしたエザリアはその後自由黄道同盟に参加し、最終的には最高評議会議員にまで上り詰めた。その執念の根底には夫を奪ったナチュラルに対する復讐の念、夫と共有していた選民主義思想があった。

幼少期に父親を亡くしたイザークは母親から夫を亡くしたことでより過激になった選民思想を繰り返し教えられ、自身もそのコーディネーター至上主義者となった。

元々裕福な実家の金で多数の調整を受けて誕生した両親の間から生まれたこともあって、イザークの能力は同世代のコーディネーターの中でも突出したものであった。当然彼はその優れた能力をもってコーディネーターが統べる世界を作り上げるべく、そして愚かなナチュラルに鉄槌を下すべくザフトへの入隊を希望した。

そしてアカデミーではアスランに主席こそ奪われたものの、彼はアカデミーを次席にて卒業し、赤服のエリートパイロットとしてザフトの英雄、ラウ・ル・クルーゼの下に配属されるという輝かしい経歴を彼は持っている。

コーディネーターの中でも過激派ともいえる凝り固まった選民思想と自身の輝かしい経歴から来る彼の自尊心は人一倍大きなものでもある。「自分は劣等人種たるナチュラルに無様にやられ続けるのか」と思うと屈辱で彼は腸が煮えくり返るほどの怒りを感じていた。

 

 怒りで冷静な思考が欠如した彼は機体を強引に空中で前転させる。そして眼下で急上昇に転じつつあった敵機にむかって銃撃する。突然の奇行に動揺した敵機は回避運動を取る暇もなくビームライフルの銃口から放たれた緑の閃光に左翼を打ち抜かれた。左翼の噴出孔から紅の炎が噴出し戦闘続行不可能と判断したのか、パイロットは緊急脱出装置を起動させ、座席ごと機体から排出された。

その時、デュエルのコックピットに僚機であるディアッカの声が響いた。

「イザーク、後ろだ!!」

怒りに身を任せた突然の行動で敵機を動揺させることはできたものの、今の彼はその代償として注意力が散漫であった。その隙を見逃さなかったもう一機が後方から銃撃する。イザークは咄嗟にフットバーを蹴って回避を試みる。――間に合わない、そう感じた次の瞬間、彼は体全体を揺さぶる衝撃を受けた。

 

 

「大河原!!やりやがったなクソ野郎!!」

大日本帝国空軍第5航空団第204飛行隊ライトニング小隊隊長、梶尾克美大尉は敵MSの曲技で撃墜された僚機に一瞬目をやると、機体に急旋回をかけた。推力偏向ノズルを設置した高出力エンジンとそれを内蔵する可変翼が実現する橘花の驚異的な運動性能は現有の戦闘機の中では他の追随を許さない驚異的な水準にあると言ってもいい。

その運動性能を活かして素早く敵MSの後方に潜り込んだ梶尾はすかさずトリガーを引き、機首から放たれたビームがデュエルの無防備な背部に吸い込まれていく。ビームが命中したスラスターは爆炎を吹き上げる。

その様子を確認しつつ、梶尾は先ほど脱出した大河原聡志少尉に無線で呼びかける。

「大河原!大丈夫か!?」

「大丈夫です……脱出には成功しました。仇はとってください」

元気そうな声を聞いた梶尾の頬が少し緩む。

「安心しろ。御国の空を汚す化け物には痛い目にあわ……っ!?」

咄嗟に操縦桿を引き、梶尾は下方から放たれた緑の閃光を回避した。先ほどの爆発によって生じた黒煙が晴れた先には先ほど攻撃した敵機の姿がある。だが、その姿は先ほどに比べてスマートな印象に変化していた。

「なるほどな……やつは全身に増加装甲を仕込んでたって訳か」

梶尾は敵機が先ほどの銃撃を受けて尚戦闘を続行できた理由にあたりを付ける。恐らくは着弾の直前に増加装甲をパージし、スラスターから推進剤に爆炎が引火することを防いだのであろう。だが、その追加装甲を排除してもその下はP.S装甲であるために追加装甲内部には深刻な損傷は見られない。

 

「鎧を脱いで、そのまま勝てると思うなよ!」

梶尾は再びアタックをかけるべくフットバーを蹴りつけ、デュエルに機首を向けようとする。その時、目の前のディスプレイから光が消えた。突然の事態に梶尾は目を見開いて各計器に目を凝らすが、どの計器も完全に沈黙している。サブシステムも全く応答しない。制御不能に陥った機体はみるみる高度を下げていく。

ヤバイと直感した梶尾は迷わず脱出レバーを引き抜く。幸いにも脱出装置は生きており、彼は無事脱出に成功した。戦場に目を凝らすと二つの落下傘が見える。恐らくは砲撃方のMSと交戦していた北田靖少尉と、椎雄大少尉も脱出に成功したらしい。

だが、一体何が起きたのだろうか。そのときマスドライバーから噴出する煙と崩壊したその先端部分を見て、彼の顔は青ざめた。

 

 

 

 

Fー68A 『橘花』

全長14メートル

外見は『ウルトラマンティガ』の『ガッツウィング1号』

三友重工業の十二試艦上戦闘機のコンセプトをベースに、防衛省特殊技術研究開発本部の誇る航空工学のエキスパート集団、樫村班が様々な技術的な壁を乗り越えて完成させた可変機構付き傑作汎用機で各種バリエーションが存在する。

 

AFー68A

 

全長14メートル

最高速度マッハ2.5

 

武装

30ミリ機関砲2門装備(70式ビーム機関砲『ニードル』に換装可能)

胴体下部のウェポンベイにはAAM又はASMを最大2発搭載可能な他、ポッド式機関砲など様々な装備を搭載できる。

 

海空軍共通採用で可変機能、VSTOL機能を有する単座戦闘機。

複座型のAF-68B『橘花』乙型が存在する。(他の派生機にも同様に複座型が存在する)

 

各種偵察、観測機材を搭載可能で偵察から戦闘、攻撃任務までそつなくこなす。

 

推力偏向ノズルと高出力エンジンを可変機構を備えた主翼内部に内蔵することによって攻撃ヘリのような機動が可能な垂直離着陸形態、燃費を抑えた巡航形態、高速戦闘に適した高速移動形態など様々な形態をとることが可能となっている。

 

また、その推力偏向ノズルと可変翼をコンピューターで精密に制御することで従来の戦闘機には不可能だった機動も可能になり、既存の航空機の運動性能大きく上回る性能を手にした。

だが、あくまで戦闘機のなかで突出した運動性能であり、小回りが利くディンを相手にすれば苦戦する。


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