機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-33 『息吹』崩壊

 マスドライバーが崩壊する少し前に時は遡る。

 

 クルーゼ率いるMS隊が沿岸の迎撃設備を破壊したのとほぼ同時刻、フローティング・ブイ・アンテナで沿岸防御施設を無力したという通信を受信したボズゴロフ級潜水艦ラッセンとレーニアからグーンが4機とゾノが2機発進した。

元々ボズゴロフ級潜水艦は最大で8機のMSを搭載できる搭載能力があり、今回は半数を戦闘部隊に、それ以外を潜水部隊に割り切っていたのである。

発艦したグーンとゾノは最高速度で陸地へと迫る。ゾノが先行し、その後をコンテナを抱えたグーンが続く。そしてマスドライバーの先端部にまで辿りついたゾノは水中でつけた加速を活かして水面から跳ね上がり、マスドライバーの上に着地した。

上体を起こしたゾノはマスドライバーの上から海に向かってそのクローをかざす。その左腕の爪があった部分には通常のグーンとは異なる装備が付けられている。それは一本の鍵爪。

まるでどこぞの漫画にでも出てきそうなベタな鍵爪である。

鍵爪が突然取り外されて海面へと落ちていく。だが、左腕の間には太いワイヤーが設置されているために鍵爪は海面にその身を隠したところで停止する。長大なマスドライバーの上でMSが一機ワイヤーを海面に垂らしている様子はまるで人間が防波堤で釣りをしているようにも見える。

だが、彼らも態々日本に襲撃してまで防波堤釣りを楽しみに来たわけではない。鍵爪が海中に姿を没したのと同時に海中に待機していたグーンがその鍵爪に近づき、抱えていたコンテナの上部にある通し穴に鍵爪を引っ掛ける。作業を終えたグーンは発光信号で海上にいるゾノに合図を送った。

合図を見たゾノはワイヤーを巻き上げてコンテナを引き上げる。この作業を繰り返し、ちょうど3つ目のコンテナの水揚げを終了させたときだった。同時に各機はクルーゼが発した命令を受信する。

「総員に通達する。作戦をプランBに移行させる。繰り返す、作戦をプランBに移行する」

 

 その知らせを聞いたこの部隊の指揮官、ハルゲ・モラシムは搭乗機であるグーンのコックピットで舌打ちした。

「あの変態仮面が……やるべきことはてめぇでやれよ」

本来のプランであれば、先に発進したMS隊が陸地側のマスドライバー施設に直接損傷を与え、自分達水中部隊の力で海上に建設された部分を倒壊させる手はずになっていたはずだ。最大の効果を望めるポイントにコンテナを設置することよりも確実に短時間で離脱が可能な場所にコンテナを設置し、任務遂行後は速やかに離脱することを前提にした作戦である。

しかし、プランBの意味することは、陸上施設破壊を見送り、空中のMS部隊は敵防衛部隊を引き付け、レーダー等の索敵施設の破壊を優先。そして水中部隊はコンテナを当初の予定よりも間隔を開いて設置し、修理作業に手間がかかると推定されるマスドライバーの支柱が立て付けられた水深が深いところを重点的に破壊できるポイントにコンテナを設置するという作戦である。

無論、本来の作戦に比べて各部隊、特に水中部隊の抱えるリスクは空中部隊の抱えるそれと比べて遥かに大きなものとなる。このプランBでは本来のプランに比べて離脱には時間がかかり、その間に敵の対潜部隊が駆けつければ生還は絶望的なものとなるためである。

ざっくり言えば、空中部隊が作戦を予定通りに遂行できそうにないから水中部隊にはリスクを犯してまでもっと働いてもらうということである。

言いたいことは山ほどあるが、自分は軍人だ。命令に背いてザフトに、プラントに仇をなすことになればザフト軍人として勇敢に戦って紅海に散った亡き兄に顔向けできない。そんな思いを抱きつつ、ハルゲは黙々と作戦を遂行する。

 

 水揚げされたコンテナが展開され、グーンがレーザーイグナイターをその五本指のマニピュレーターを器用に使って設置していく。その時、ゾノのレーダーが上空から高速で接近する存在を感知した。九分九厘敵機だろう。

「各機に通達、作業を続行せよ!!いいか、それしか生還する方法は無い!!」

ハルゲは各員にそう通達すると、近くのコンテナの前に立ちはだかった。そこに敵機からの銃撃が炸裂する。凄まじい衝撃がゾノのコックピットを揺らすが、撃破までには至らなかったようだ。

ハルゲが内心ほっとする。ゾノは元々水中用MSなので、耐圧殻が設けられ、普通のMS以上の防御力を誇るため、そう簡単に撃墜されることは無いとわかっていても、やはり銃撃を受け止めることは心臓に悪い。

ただ、ハルゲは敵がミサイルのようなゾノの防御力でも耐えられない攻撃を仕掛けてくる可能性は低いと判断していた。

自分達が敵側の重要施設であるマスドライバーの上にいる限り、敵機はマスドライバーにも損傷が及ぶほどの威力があるミサイルやビーム等といった兵器の使用に踏み切ることはできないと推測したのである。その推測は当たり、現に敵は機関砲での攻撃しかしてこない。

 

 そして遂に待ち望んでた瞬間がやってきた。

「隊長!!全機、キャニスター装填完了しました!!」

「よし、急いで起爆させる!!起動は20秒後だ!残り5秒で全機海中に飛び込め!!」

ハルゲは銃撃による振動が襲うコックピットの中で微笑した。これで任務は完了だ。そして、祖国を苦しめ続けた日本人への復讐が成る。

タイマーは残り5秒を示す。敵機はちょうど銃撃を終えて離脱したところだ。

「今だ!!全機、跳び込めぇ!!」

その合図を受けて彼の配下は一斉に海面に落下し、大きな水しぶきを上げた。

 

 

 そして、神の雷グングニールが放たれた。

 

 

 オーディンの槍は宇宙への架け橋を穿つ。狙いを定めたものに必ず命中するという逸話通り、海上に突き出ているマスドライバーの先端部分は崩壊していく。その力は周囲にも及び、クルーゼ隊と戦闘中だったファルコン小隊とライトニング小隊は全機が行動不能に陥り、脱出を余儀なくされた。

ここに、大日本帝国が保有するマスドライバー『息吹』は陥落したのである。

 

 

 

 凄まじい爆音と通信障害に気がついた武は陸地の方を見やる。

「マスドライバーが……クソ!パナマで使ったやつか!!」

マスドライバーはまるで自重で潰れたかのように倒壊していた。だが、彼には長々と余所見をしている余裕は無かった。目の前の敵機が腰部から放ったレール砲を急降下で回避する。先ほどからこちらは敵に反撃する余裕が全く無い。予想以上に癖が強いこのOSでは彼が得意とする機動戦ができない。下手にやろうとすればコントロールを失って海面にドボンだろう。

無茶な起動で関節を壊して大転倒したことはあるが、操縦ミスで2度も墜ちるなんて不名誉は御免だ。それに、慣れない機体やOSで勝てるような相手ではないことは百も承知である。最初の方はまだ反撃と牽制にビームライフルを使うぐらいの余裕はあった。だが、こちらが破れかぶれに放ったビームが偶然敵機のセンサーアレイを吹き飛ばした時から目に見えて動きが変わった。正に豹変したといってもいい。

それからというものの正確な射撃、そして無駄の無い動き方でこちらの反撃は完全に押さえ込まれていたのである。正直なところ、アラスカで戦ったあの傭兵並に手ごわい相手だ。墜とせる気がしない。

その時、レーダーがこちらに接近する機影を捉えた。先ほど先行した敵機が戻ってきたのだろう。これではこちらに打つ手立ては無い。

「畜生が……多勢に無勢……しかも目の前の敵機は離脱なんて許してくれる相手じゃねぇ……年貢の納め時かもなぁ」

接近してきたバスターの放ったガンランチャーが脚部を掠め、イージスの放ったビームがシールドによって阻まれる。

8対1。しかもエールパックで燃料消費を考えない空中戦を長時間続けたために推進剤の残量も心許ない。この状況を一言で表現せよと出題されたなら、絶体絶命と答えるのが正解だろう。

そして先ほどからビームを我武者羅に放っているトリガーハッピー野郎、デュエルがまた厄介だ。狙いもせずに撃ってくるので弾道の予測がし辛い。そして、デュエルのビームを必死に回避している中で、強烈な振動に襲われた。どうやら左足を付け根からごっそり持っていかれたようだ。

これ以上の戦闘継続はもうできないだろう。この感覚はかつて幾度と無く経験した、死が目前に迫る感覚だ。そんな状況だからであろうか、知らず知らずの内に視線は自分の胸に向かっていた。パイロットスーツを着ているために見えないが、スーツの下には彼女から贈られたペンダントがある。

「そういえば、まだ俺からキチンと話をつけたことはなかったなぁ……」

そう、自分にはまた会いに行かなくてはいけない人がいる。

「なら、尚更ここじゃ死ねないな……考えてみれば、ここでやつらを撃墜する必要も無いわけだし」

増援部隊も先行したデュエルが無事で現在影も形も無いということは墜とされたのだろう。そして今の自分の戦力では一機を道連れにすることですら困難極まりない。ならば、ここで敵から逃れる手立てをうち、戦場かた離脱する以外に生き残る方法は無い。

「なら……いくぜぇぇ!!」

武はフットバーを踏みしめると、海面に向かって急降下した。その軌跡を緑の閃光が追いかける。そして海面に近づいた武はビームサーベルを展開し、思いっきり海面にたたき付けた。ストライクは減速することなく海面に激突し、ビームサーベルの熱で発生した水蒸気とストライクが起こした水しぶきが海面に立ち込めた。

 

 

 

 

「海中に逃げ込んだ!?」

アスランは敵機の行動に目を見張った。

8機がかりであれば確実にストライクを葬り去ることができると確信したが、敵機は逃げの一手をうったのである。イザークはビームライフルを海面に撃っているが、無意味だろう。敵が数メートル沈むだけでビームライフルの出力では届かなくなるのだから。だが、この後に及んでストライクを討たないわけにはいかないという考えは同じだ。すぐさまクルーゼ隊長に通信を繋ぐ。

「クルーゼ隊長、モラシム隊にストライクの追撃を要請して下さい。今こそ、ストライクに決着をつける時です!」

だが、クルーゼの反応は芳しくない。

「アスラン。君の言いたいことは分かる。だが、スケジュールが押している。今すぐ離脱しなければ我々は生きてカーペンタリアに辿りつくことは不可能だ。ストライクを撃破する機会は魅力的だがね、今回は見送るとしよう」

ここで離脱し損ねた場合、彼が生存できる確率はほぼ0となるとクルーゼは考えていた。仮に自分が生き残れたとして、評議会議員の子息で構成されたこの部隊に大きな損害を出すことになれば自分は左遷され、捨石にでもされかねない。それは御免だった。

クルーゼの返答にイザークも噛み付いた。

「隊長!!このチャンスを棄てる気ですか!?」

「イザーク、君と問答している時間は無い。我々は引き返し、モラシム隊と共に即座に離脱する。これは隊長としての命令だ」

その言葉にイザークは唇を噛むが、しぶしぶと機体を母艦の方角に向けた。

「待っていろストライク……次こそ、次こそは貴様に引導を渡してやる」

イザークは海面を睨みつけながら帰っていった。


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