機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-34 宙の楼閣で

  C.E.71 6月21日 プラント最高評議会

 

 円卓に座っている誰もが言葉を発しない。評議会議員がここに集ったのは今回の作戦の推移を見届けるためである。この作戦の成否がプラントの、いや、コーディネーターという種の存続に関わることであることを知っている出席者達は一同に口を噤み、成果の報告を待っていた。

そして、評議場の扉が開け放たれ、赤服の武官が入場した。その手に持っている一枚の紙に出席者達の目は釘付けとなっている。武官はパトリックにその紙を手渡すと敬礼して議場から退場する。今回の作戦の成否が書かれているであろう紙をパトリックは凝視している。何分が経っただろうか、いや、本当は1分も過ぎていないのかもしれない。だが、ここにいる誰にとってもこの時間は長いものであった。そして遂にパトリックは立ち上がり、その口を開く。

「……発、ボアズ要塞、宛ZAFT国防委員会。去る6月20日にバルトフェルド隊はオペレーション・ギャラルホルンを実施、以下にその戦果と損失を記す。成果――日本軍巡洋艦1隻、駆逐艦1隻撃沈。戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻撃破。MSは40機程撃破。作戦目標たる安土宇宙港に対してMS支援用アームド・モジュールによる攻撃を敢行し、その湾港施設に甚大なる被害を与えたものと認む」

そこでパトリックは一息つける。その報告を受けて議員も一同に胸を撫で下ろす。だが、その先の項目に目を通していたパトリックの眉間には皺がよっている。強く握り締めているせいか、紙にも皺がついている。そしてパトリックは再び口を開いた。

 

「損害――MS104機喪失、ナスカ級9隻喪失、2隻大破、4隻中破。MS支援用アームド・モジュール5機喪失、1機大破」

パトリックが抑揚の無い声で発した言葉に議場は凍りついた。予測では作戦成功時で5割、失敗時で8割の損失が出るとされていた。実際には艦艇の損失は3割と低く抑えられたが、MSの損耗率が7割を超えている点は看過できない。

「……艦艇の損耗率を抑えたということは、かなりの人員を生かすことができたということでしょうから、バルトフェルド隊長を責めるわけにもいきますまい」

誰もが意気消沈している中で、シーゲルの後釜として最高評議会入りした男、ギルバート・デュランダルが口を開いた。

「それに、今回の作戦に参加したMSパイロットの半数は傭兵で構成されています。そういう意味では、バルトフェルド隊長はプラントの未来のために人員の損失を最低限まで抑えてこの作戦を成功させた類まれなる名将と言っていいのではないでしょうか?」

ギルバート・デュランダルの余裕さえ見え隠れする意見を聞きながら、パトリックはこの作戦を説明されたときのことを回想していた。

 

 

 

 

「マスドライバーとL4の軍港を奇襲するだと!?」

目の前の歴戦の将が立案した作戦を聞いたパトリックは目を見開いた。

「君は外交の『が』の字も戦時法の『せ』の字も知らん新兵とは違うだろう。君は自分のすることがどういう結果を招くと知っていて、それでも尚この作戦を立案した……当然、それに見合うだけの意図があるはずだ。それは何か、説明してもらおうか」

「流石は議長閣下、聡明でいらっしゃる。自分がこれを副官に見せたときは正気を疑われたものですがね。『いいコーヒーが飲めなくなって頭が腐ったんじゃないですか』なんて言われましたよ」

目の前にいる男はアフリカ戦線で活躍し、『砂漠の虎』という二つ名で恐れられたザフト屈指の名将アンドリュー・バルトフェルドである。連合のアークエンジェルに敗れて以来、療養のためにプラントに帰還していた。そして国防司令部のオブザーバーを経て現在は作戦課に務めている。

「前置きはいい。説明をさっさとしろ」

「ははは、すみませんね。では、はじめましょうか」

バルトフェルドの目つきが変わった。

「今回自分が立案したオペレーション・ギャラルホルンの目的は日本の二箇所の拠点を奇襲し、これに損害を与えることにあります。前回の国防委員会本会議において、議長閣下は『“あれ”が完成するまでの連合を地球に縛り付ける策を考えろ』と仰せになりました。この課題に対する私なりの答えがこの作戦です」

パトリックは無言で続きを促す。北欧神話においてラグナロクの到来を告げる角笛に肖ったこの作戦の意味するところは『失敗の時はギャラルホルンが響きラグナロクが始まり、自分達は悪魔の軍勢に敗れ去る』というところか。正直言って全く笑えないと彼は考えていた。

「ザフトの地上戦力がオペレーション・スピットブレイクにおける大敗で大きく削がれている現状では、連合が宇宙に侵攻してくる可能性は否定できません。先の会議において国防委員会が発表した予測に基づけば、連合の国力であれば9月には4個乃至5個艦隊を編成して攻勢に出ることが可能とされています。仮にこの予測通りにことが進んだ場合、自分が以前述べたように、間違いなくボアズは陥落します。ボアズに全稼動戦力を投入しても、痛みわけが関の山です。ですが、あちらは1年以内に同規模の艦隊を形だけは再建し、再び攻勢にでることが可能なのに対し、こちらには同じことは不可能です。また、そもそもボアズを迂回されたらその時点でプラントそのものが戦闘に巻き込まれることが確定でしょうな。ヤキンドゥーエに防衛ラインを引いても結果は同じでしょう。ヤキンを抜けた一部の部隊によってプラントが攻撃される可能性が高いとみます」

バルトフェルドの考察を聞いたパトリックは頭を抑える。本来ならばスピットブレイクで全てに決着をつけていたはずだ。それが想定を遥かに超える損害を出したことで全ての歯車が狂ってしまったようにも思える。

 

「議長閣下、お疲れですか?」

いつまでも米神を押さえている自分を心配したのだろうか、バルトフェルドが話しを中断する。

「問題ない……続けてくれたまえ」

バルトフェルドは一瞬パトリックを訝しげに見つめたが、すぐに態度を切り替えて説明を再開した。

「しかし、宇宙に進出する際に不可欠となるマスドライバーを連合は現在保有しておりません。連合の勢力圏に残された最後のマスドライバーである『パナマ・ポルタ』はグングニールによって破壊されたため、現在連合は自前のマスドライバーを全て失っている状況にあります。地球上に残されたマスドライバーは我々が占領しているビクトリアの『ハビリス』、中立国であるオーブ連合首長国の保有する『カグヤ』、一応は連合への好意的中立の立場にある日本が種子島に保有する『息吹』の3つだけとなっております」

「連合がマスドライバーを使用するとなると、選択肢は日本の『息吹』しか残されていないというわけか。あの国は連合国よりだからな。対価さえ受け取ればマスドライバーを使わせることを躊躇うことはないだろうからな。ザフト勢力圏にあるものの使用など論外であるし、中立を国是とするオーブは連合の再三の要請にも関わらず首を縦に振らんと聞く。ウズミ・ナラ・アスハは非常に頑固で、連合による関税の引き上げやオーブ製品のバッシング運動を受けて経済的に無視できないダメージを受けているにも関わらず、マスドライバーの使用を未だに承諾していない。全く、政治家が背負うものは国民の幸福であろうが。国民がナチュラルだろうがコーディネーターであろうがそれは変わらん。口先で理想を述べるのは構わんが、それで国民の幸福を損なうようなことはあってはならんことだろうよ。同じ一国を背負うものであるが、世襲で一国の主導者の座を得、理想に胡坐をかいているあの男には共感できん。むしろ不愉快だ……すまんな、私の愚痴で話を中断させてしまった。続けてくれないか」

パトリックは謝罪するが、バルトフェルドは気にした様子は見せない。

「いえ、聡明な閣下のオーブに対する評価が聞けたのです。別に気にしていませんよ……さて、本題に戻りますが、議長の仰ったように地球上に存在する3機のマスドライバーのうち、連合が使用するものは九分九厘『息吹』でしょうな。ということは、我々が連合を地球に縛り付けるためには、これをどうにかして使えなくする必要があります。そこで自分が提案するのが種子島奇襲作戦です」

「打ち上げられた直後の貨物を破壊したり、月までの通商路を攻撃することで時間を稼ぐということはできないのか?」

ここで戦線を広げることはできる限り避けたいとパトリックは考えていた。しかし、バルトフェルドは首を振った。

「確かにそれも初めの内は通用するでしょう。しかし、連合は大量の物資を日本から打ち上げます。そうなると日本籍の貨物シャトルも使用しなければ到底物資を運びきれません。通商破壊活動中に誤って日本のシャトルに手を出してしまった時点で下手をすればどの道開戦です。開戦が避けられたとしてもその後は日本軍がシャトルの護衛につきます。当然、ちょっかいなんてかけられません。そうなるとザフトは物資が月に運び込まれるいくのを指をくわえて睨みつけることしかできなくなります」

 

「……結局、日本に手を出さない限り、連合が戦力を宇宙に集めることを阻む手立ては無いのか」

苦虫を噛み潰した顔でパトリックは呟く。

「外交ルートや、特殊工作であの国に干渉できれば、話は別なのですが」

バルトフェルドの言葉をパトリックは俯きながら否定する。

「それは無理な話だ……我々の外交努力不足、外交ベタを曝すことになるが、我々が国交を正式に開いている国は大洋州連合、アフリカ共同体、汎ムスリム会議、オーブ連合首長国だけだ。これらの国の力では日本に何の圧力を加えることもできない。日本は我々を独立準備会議として扱っていたに過ぎなかった。まぁ、公使を互いに置いてはいたがな。おそらくあれもただ我が国の内情についての情報収集ができるという利点に目をつけただけだろう。確かに我々のもとにも特殊工作機関は存在するが、設立から10年も経っていない若すぎる組織だ。後5年あれば可能だったかもしれんが、今のザフトの特殊機関では各国に情報収集員を飛ばすだけで精一杯なのだよ。なるほど、確かに我々に残された道は日本を正面から敵に回す道しかないな。だが、バルトフェルド。そもそもどうやって種子島に奇襲攻撃をかけるというのだ?」

その言葉を待っていましたと言わんばかりにバルトフェルドが口の端を上げて笑っている。

「潜水艦で近づきます」

一瞬パトリックは呆気に取られた。そして眉間の皺を解した後、再び問いかけた。

「潜水艦を使う?海底ソナー網を張り巡らせている大日本帝国海軍相手にか?一体何隻の潜水艦を沈めるつもりだね?」

パトリックの目つきは険しいものとなっているが、バルトフェルドは飄々とした態度を崩さない。

「無論、勝算があるから提案しているのですよ、議長閣下。少なくとも何隻も捨石にすることはしませんよ」

パトリックは無言で説明の続きを促す。

「作戦の要となる潜水母艦にはボズゴロフ級のラッセンとレーニアを使用します。この2隻はカーペンタリアで改造中の鹵獲した連合の潜水艦を参考にした特殊吸音タイルを艦の外壁に採用した試作艦ですが、通常のボズゴロフ級とは比べ物にならない静粛性を備えた艦ですので、日本の目を欺ける可能性は高いかと」

「連合の潜水艦と同程度の静粛性ではどの道見つかるのではないのか?」

「いえ、技術部からの報告では、タイルはこちらで独自の改良を加えることで値は張る代わりにオリジナルの数段上の性能を得たとのことですし、連合の量産型潜水艦以上の隠密性を備えたこの艦であれば、勝機はあります。そして、航行も普通の方法ではありません。極力黒潮などの潮流に乗って移動します」

「だが、それだけで領海にまで侵入できるものでもないだろう。日本は対潜哨戒機を100機以上保有しているのだから。君にしては運の要素が強すぎる計画だな。これでは採用はできん」

冷ややかな目で見られたバルトフェルドだったが、突然懐に手を伸ばし、服の中からメモリースティックを取り出して机の上に置いた。

「話はまだ終わっていませんよ、閣下。時間が惜しいことは分かりますが、急いてはことを仕損じるともいいますし、ここは一つ、そいつを見てください」

バルトフェルドに促されたパトリックはスクリーンを下ろし、デスクに備え付けられたコンピュータにメモリーを挿入した。メモリーの中のファイルを選択し、これを開くと、スクリーンには日本列島とその周辺の地図が投影された。よく見ると、九州から南にかけて赤い点が海上にいくつか示されている。

「こいつは、日本近海の地図です。赤い点は、現在活動中の海底火山を示しています。昨年のキュウシュウの地震の後にこれらの海底火山が活発化し、熱水を噴出しているとの情報も入ってきております。この地帯を突っ切って種子島を目指します」

 

 パトリックは思わず立ち上がりかけたが、気を沈め、再び椅子に腰を下ろした。バルドフェルドは気にしたそぶりも見せずに説明を続ける。

「海底火山周辺の海域では熱水噴出の影響で海中で温度が周りと異なる変温層が形成されているため、これを利用してソナーの探知から逃れて進むことが可能です」

「だが、海底火山の、それも熱水噴出口周辺の海域を航行するとなると、潜水艦内部の温度はどうなる?全員蒸されて死にかねんぞ」

「シミュレーションでは、最悪の場合は艦内の冷房を使っても35度から下がることは無いと出ています。コーディネーターであれば耐えられないこともないとフェブラリウス中央病院の医師は推察していましたね。また、常に海底火山の中を進むわけでもありません。それ以外の時も潮流に任せて通常の海中を進みますのでね。ただ、このプランだと日本の排他的経済水域から種子島に到着するまでにおよそ20日はかかることになりますな。しかも、熱湯の中を泳ぎますから帰り道では吸音タイルも機関もボロボロになり、無事に帰還できる見込みは低いでしょう。そこで帰りは輸送機を使って領海外で人員だけ収容し、艦と装備を捨てて離脱することになりますな。ですからこの作戦に使用するMSですが、役目を終えた試作機を使用したいと考えているのですよ」

 

 次から次へと出てくる奇抜なアイデアを聞いてもうパトリックは何も驚かなくなっていた。いや、むしろ彼の意図を瞬時に理解できるまでに学習していた。

「なるほどな。敵の重要拠点を少数で奇襲するとなれば通常の量産機の性能では心細い。かといって高性能機や新型機を惜しみなく破棄するわけにもいかん。そこで他機種との互換性が低く維持費がかかる試作機を使い捨てにするということか」

「ええ。そういうことになりますな」

「なるほど。種子島奇襲作戦については納得した。では、同時に実行する手筈になっている安土奇襲作戦についての説明を引き続き頼みたい」

「わかりました。この作戦の根幹は、戦略目標である安土を攻撃後は速やかに離脱する点にあります。そのためにはとにかく足の速い艦をそろえなければなりません。そこでこの作戦にはナスカ級を24隻、そして例の新型戦艦、エターナルを母艦として使用します」

エターナルの名を出したとき、パトリックの雰囲気が変化する。その氷河を思わせる眼差しに一瞬バルトフェルドは呑まれていた。

「貴様……エターナルを運用するということは、核搭載型MSを運用するということを分かっているのか?」

「現在、プラントが保有するNJCは僅かに7機……ですが、閣下、切り札というものには使い時があるんですよ。自分は、今がその時であると思うんですがね?何より、それが無ければミーティアが使えない。閣下、安土を攻撃するとなればミーティアの俊足を活かして敵防衛戦を強行突破し、その強大な火力を持って安土に無視できない損傷を一回の攻撃で与えて一撃離脱する。それしか方法が無いんですよ。敵と本格的な戦闘になれば確実にこちらの戦力は壊滅しますのでね。そもそも、種子島奇襲作戦が成功した場合でも、傷一つ無い日本軍を宇宙で放置して置く事はできませんよ。彼らの誇る艦隊がL5周辺を遊弋することになれば我々の通商路は常に脅かされ続けることになりますからねぇ。ジャンク屋から資源を入手することも難しくなりますし、資源衛星との往復便に一々護衛船団を組ませるなんてことになったら更に市民の生活を圧迫しますよ?」

確かにそうだ。パトリックは内心唸っていた。実際に市民の生活水準は開戦前に比べて大幅に悪化していることは否めない。不満から反政府運動が起きているとの報告を聞く。シーゲルの娘を旗印にした市民団体が連日アプリリウスで集会を開き、市民に厭戦感情を植え付けるような演説を続けているという報告も聞いている。

もしも、日本軍が通商破壊に乗り出したらプラントの保有する資源衛星から資源を運ぶ貨物船も、ベースマテリアル等の貴重な資源を売りに来てくれるジャンク屋も狙われる可能性がある。日本はジャンク屋連合を承認してはいないため、彼らの貨物船の船籍は無国籍として扱われることは以前にL4で起きた宇宙警備行動の発令によってはっきりしている。

また、資源の調達が滞れば我らが切り札の建造にも支障が出ることも考えられる。10月まで連合を地球に縛り付けることに成功したとしても、肝心の切り札が完成していなければ意味も無い。故に、彼は決断した。

 

「……いいだろう、オペレーション・ギャラルホルンを承諾する。だが、安土攻撃部隊の指揮はバルトフェルド、お前が取れ。そして、参加するMSのうち、ザフト正規部隊は半分しか用意しない」

バルトフェルドは不服そうに尋ねる。

「指揮官は、元から自分がやるつもりでしたから、不服はありません。ですが、何故作戦参加戦力の半分しかザフト正規部隊を用意してくださらないのでしょうかね?」

「この作戦が成功するにせよ、失敗するにせよ、大きな損失は仕方が無い。だが、ここでザフト正規部隊を消耗させた場合、作戦後に各地の防備の回す戦力に不足が出る恐れがある。安土を壊滅させた場合でも、日本が本格的な通商破壊を実施する可能性も否定できん。やつらは我々と違ってマスドライバーさえ復活すれば1ヶ月程度で戦力を回復できるほどの余裕があるからな。半数は傭兵を雇えばいい。傭兵と深いつながりを持っているジャンク屋連合に仲介を私から頼んでおく。対価としてこちらもMS部品などを融通しなければならないだろうが、背に腹は変えられん。その代わりと言ってはなんだが、正規部隊から選抜する人員は貴様が指名して構わん。……核動力MSは別だが、作戦に使用するMSは好きに選べ。私の権限でそれを認めよう。分かったな」

これがパトリックのできる最善であると判断したバルトフェルドは見事な敬礼をして議長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 パトリックは頭に浮かんでいたあのときの光景を振り払い、眉間の皺を解した。

「……作戦は成功した。国防委員会として評定をつけるとすれば80点といったところだろうな。上出来と言ってもいいところではある」

そこまで言った後、パトリックは一息入れる。

「詳しい情報が入ってきていない現段階では今後のことを検討しようにも判断材料が不足している。会議はバルトフェルド隊が帰還した後に再度開こう」

そう言ってパトリックは席を立ち、他の議員もそれに続いて議場を後にする。

 

 最後に席を立った長髪の男は廊下で話している周りの議員の前を素通りし、そのまま議会の前に回してあった送迎車の後部座席に乗り込んだ。彼の乗った車はそのままシャトルタワーへと向かう。

「……彼女達を投入してもあの損耗率か。どういうことだい?」

彼は隣に座る妙齢の女性、サラ・ラムウォータに問いかけた。

「シュライバー艦長からの報告では、非検体はこちらの認識データには無い4機の未知の新鋭機アンノウンと交戦、これに足止めされていたということです」

それを聞いたデュランダルの眉が微かに動いた。

「核動力MSを駆る彼女達と4機で互角に戦うとはね。彼女達の不調ということは無いのかい?」

「いいえ。シュライバー艦長も同じことを考えたらしく念のために安土撤退後にタンクにてAレベルのメディカルチェックを行い、機体レコーダーをチェックしたということですが、異常は認められなかったという報告が入っております」

その報告を聞いたデュランダルは彼にしては珍しく声を出して笑った。

「ふふふ……ふ……くくく」

「どうなされたのでしょうか?」

突如笑い出したデュランダルにサラは尋ねた。

「いや……何。私の師は彼女達をジョージ・グレンを越えた存在であると、調整されたものではない、真なる調整者……コーディネーターと言っていた。だが、その存在を否定しうる存在が現れた。少なくとも彼女達はスーパーコーディネーターをスペック上は上回る存在だ。生物学的に言えば、勝ち目はないはずだ。だが、機体の性能か、個人の能力か、集団の能力かは分からないが彼女達に対抗する力を披露した存在がいる。これに笑わずにはいられなかったのだよ。ああ、師は届かない存在ではない。無欠の存在を作り出したわけではないとわかったのだからね」

 

 サラは隣の席に座っている男を見つめる。男の眼に灯る野心の火が見たことが無いほどに怪しく揺らめいているように彼女は感じていた。その男の魅せる狂気に女として反応している自分に、彼女は未だ気づいてはいない。


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