機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-36.5 大国の手腕

 C.E.71 6月22日 大西洋連邦首都 ワシントン

 

「国家元首の一言で国民の士気は最高潮……本当に、あの国のインペリアルは羨ましい限りだ。同じ状況で私が戦争を宣言したとて、政敵はマスコミを使ってネガティブキャンペーン、国民を煽って毎日ホワイトハウスの前でデモ行進でもさせていただろうに」

大西洋連邦大統領ジェルソ・アーヴィングはホワイトハウスの特別会議室に集結した面々を前に苦笑した。

「同意しますね。しかし、大統領。我が国で同じことはまず不可能ですよ。何しろ国家元首の持っている徳が違いますから」

大国の大統領に向かって軽々しく皮肉ることができるこの男の名はムルタ・アズラエル国防産業理事。世界の軍需産業を束ねる組織の代表者でもある。旧世紀から政財界にそのパイプを広げてきたかの組織の代表は議会も政府も無視できない程の権力を持つ。アズラエルは組織の力と自身の肩書きがあってこの大統領直々に開く会議に召喚されていたのである。

「君がいうかね。君の作った組織も最近は盟主の命令なんて聞いている素振りも無い。各地でテロを起こされて治安を悪化させられては戦後の復興にも影響がでかねない。なるべく早めに盟主の賛同者を纏め上げて欲しいものなのだがねぇ。君の徳とやらで」

アズラエルの皮肉にアーヴィングも皮肉で返した。

 

 ここで、ブルーコスモスという組織について説明しておこう。ブルーコスモスというのは元々旧世紀に環境保護を掲げる市民が立ち上げた市民団体であった。この市民団体は遺伝子操作を激しく非難し、世間で反コーディネーター思想が広まるにつれてその規模もしだいに大きくなっていった。

ただ、ブルーコスモスという言葉はブルーコスモスという組織に所属している加盟者のことを指す言葉ではなく、広義には反コーディネーター思想主義者を指す代名詞として使われている。これはC.E.40年代より頻発した反コーディネーター抗議集会やコーディネーターを狙ったテロに加わった人々が自分たちを『ブルーコスモス』であると自称していたためである。

ブルーコスモスというネームバリューがあれば地域の名手や富豪などからのバックアップを受けやすかったために、反コーディネーターの活動家はその活動内容が過激か穏健かに関わらずブルーコスモスと自称したことがブルーコスモス=反コーディネーター思想主義者という考え方につながった原因であると言われている。

そしてC.E.60年代からは最大の出資者たるアズラエル財閥をはじめとした財界のバックアップを受け、ロビー活動だけではなく、団体の代表を国政に送り込むなど、その活動の場を直接政治の世界にまで広げた。政府関係者への援助も積極的に行っており、その加盟者には政治家や軍の高官、財界の指導者も多く、政治的にも強い発言力を保有している。現在では大西洋連邦内では最も有力な政治組織であるとも言われている。

一説にはジョージ・グレン暗殺やコロニーメンデル襲撃にも関与したとされているが、これはブルーコスモスを騙る反コーディネーター思想主義者による行為で、正規団体としてのブルーコスモスは関与してはいない。ただ、これらの事件がブルーコスモスの名を世界に轟かせ、世界に自称を含めた多くのブルーコスモスを生み出すことに貢献していたことも事実ではある。

 

 アズラエルは気にした様子もなく、アーヴィングの皮肉に苦笑いした。

「僕は防衛産業理事ですからね。防衛産業って言えば聞こえはいいですが、結局はただの武器商人ですよ。死の商人に徳があったのなら、この国が参戦した戦争の数は半数以下になっていると思いますけどね……さて、前置きはこの程度でいいでしょうか、大統領閣下」

アズラエルが浮かべていた笑みが消え、アーヴィングも真剣な顔をする。

「そうだな。本題に入ろうか」

そういうと彼は手元のコンソールを操作し、会議室の奥にスクリーンを下ろした。そこに映し出されたのは半壊した日本のマスドライバー『息吹』の姿である。

「諸君も既に承知していると思うが、去る6月20日、日本がザフトから奇襲攻撃を受けた。国防長官、詳細を報告してくれ」

指名を受けた国防長官が起立し、口を開いた。

「6月20日、ザフト潜水母艦より発艦したMS部隊は現地時間1120に種子島に襲来しました。また。同時刻にはL4の日本の軍港『安土』が高速艦艇からなる艦隊に襲撃されております。日本軍は基地の防衛戦力が壊滅する被害を受けながらも空軍の戦闘機の援護まで時間を稼ぐことに成功し、増援の戦闘機部隊の攻撃が間に合ったこともあり戦闘の中盤までは優位な立場にありました。しかし、ここでザフトはパナマで使用したものと同種と思われるEMP兵器を使用。日本側の戦闘機部隊は悉く戦闘不能に追い込まれ、マスドライバーはEMP兵器の影響を受けた区画が崩壊しました。その隙をついてザフトは撤退した模様です。次に『安土』での戦闘の経緯について説明いたします。種子島奇襲とほぼ同時にL4に接近していたザフト艦隊がMSの発艦を開始したという報告が入っております。相当な距離まで艦隊の接近を許したことから、ザフトは自軍の艦隊に何かしらのステルス機能を展開していた可能性が高いと国防省は推測しております。戦闘の結果、大型のMAによる攻撃で『安土』は大破、敵艦隊は『安土』攻撃後にスモークとアンチビーム爆雷を展開しL4を離脱しました。その途中で日本の艦隊と交戦し、ザフトは更なる被害を被ったとの情報も入っておりますが、その詳細まではつかめておりません。安土の修復の見込みなども残念ながら掴むことができませんでした。以上が、国家安全保障局から提出されたレポートと現地武官の報告になります」

 

 アーヴィングは予想以上の日本の被害に渋い顔をする。これで日本がプラント相手に戦端を開いたことは喜ばしいが、これほどの被害を出されると戦争の早期終結には支障をきたすと彼は考えていたのである。

「……日本の被害は分かった。外務長官、日本からなんらかの連絡はあったのか?あの“約定”のこともある」

アーヴィングは次に外務長官に問いかけた。

「在日大西洋連邦大使のもとを深海外務次官が直々に訪問し、今回の襲撃に関しての説明があったとの連絡を受けております。それによりますと、『息吹』は水上部分のうち、先端から1キロにわたり崩壊したとのことです。崩壊部分の再建と、EMPの影響が他の基部にも影響を与えている可能性を鑑みた全長部分の早急な点検と整備があるためにマスドライバーとしての機能が復旧するまでには最低でも1ヶ月はかかると日本政府は試算しているようです。EMP兵器によるダメージが深刻な場合、最悪半年はマスドライバーが使用できないという可能性もあるとの報告です。……“約定”につきましては、そちらの今後の対応次第で秘匿条件の変更に応じる用意をしているとのことです」

アズラエルは困ったとでも言いそうな表情でその手に持ったボールペンで頭を掻いた。

「困りましたねぇ……あそこのマスドライバーが使えないとなると、戦力を宇宙に展開するにも非常に時間がかかります。我々(ロゴス)としてはなるべく早く戦争を終わらせて欲しいのですが。これ以上戦時経済が続けば民生部門の消費に響く恐れもありますし」

アーヴィングは横目でアズラエルを睨みつけているが、当の本人は全く気にしてはいない。

 

 彼らの言う“約定”とは、日本が大西洋連邦と結んだ極秘の約定のことを指す。これは日本側が大西洋連邦の違法行為を秘匿する代わりに、大西洋連邦は対価を支払うという内容であった。

その秘匿される違法行為とはブルーコスモスの加盟者で盟主とも親しい軍の将校が企てたMS強奪計画である。しかし、計画は失敗し、さらに計画に利用した傭兵が日本側に回収されたためにこの計画が日本側に露呈、日本側はこの事実を外交カードとして大西洋連邦を強請っていた。

当初はブルーコスモス上層部の関与も疑われたが、盟主であるアズラエルはこれを否定。計画を企てたサザーランド大佐も自身の独断であるという態度を終始崩さず、軍もことを荒げてアズラエル財閥の機嫌を損ねることは避けたかったため、サザーランド一人の処分で決着が既についていた。

 

「これでは予定していた2ヶ月以内のプラント侵攻は不可能だが……外務長官、昨日日本が地球連合入りを打診してきたという報告を受けているが、そちらの交渉については進展は無かったのか?」

「日本から連合加盟の条件は既に聞いています。彼らは対プラント講和条件の基本方針として賠償金支払い、そして理事国軍のL5コロニー郡への駐屯、プラントの軍備制限、地上の占領地の返還、理事国による総督府の設置を掲げています。これらの目標を共有できるのであれば、連合国の一員として対プラント作戦に協力するとのことです」

それを聞いたアズラエルは意外そうに言った。

「国土を攻撃された割に随分と甘っちょろい要求ですね。無条件降伏ぐらいは要求すべきでしょうに」

「日本としては占領統治は面倒なのだろうよ。それは我々に押し付け、利権だけは掻っ攫うと。なかなかに強かなことだ」

対照的にアーヴィングはさして気にした様子も無い。彼は寧ろ他の連合諸国を気にしていた。

「だが、我が国がこの条件を飲んだところで他の加盟国が同意するかと言われれば疑問だがな。ユーラシアは国内事情を安定させるために早期の終戦を望んでいるから承知するだろう。しかし、東アジアのやつらは決して飲まんぞ」

「別に飲まないならば連合から追い出せばいいでしょう。あの国は資源衛星も失ってどうせ自力では宇宙戦艦も宇宙空母も造れませんよ。精々ドレイク級をつくることが精一杯。報告によると、兵としてもかなり問題もあると。国防長官ならご存知なのでは?」

アズラエルは視線を国防長官に向けた。

「……確かに、彼らは味方にしてもあまりメリットがありません。自分達が劣勢に陥ると忽ち指揮系統に混乱が生じ、隊は乱れ、我先にと敵前逃亡が普通だったという報告や、我が国が供与したメビウスも戦闘後の損傷機を指揮官が勝手にジャンク屋に売却、素知らぬ顔で再供与を要請したという報告も入っております。尤も、整備能力やそのMAの練度自体怪しいものですが」

「だそうです。戦力と成りえない頼りないやつらを味方から追放するデメリットと、精強な日本の軍隊が加入するメリットなんて比べるまでも無いのでは?」

アズラエルは国防長官の証言を聞き、我が意を得たりと言いたげな表情で周りを見渡した。

「あちらがこの条件を飲めばよし、飲まなければ連合から追放。簡単なことじゃないですか」

にこやかに東アジアの排除を口にするアズラエルをアーヴィングは覚めた目で見ていた。だが、脳内では東アジアを排除するメリットとデメリットをシミュレートを続けていた。そして、アーヴィングは再び口を開いた。

「……確かに、東アジアの重要度は低い。最悪、連合から除籍しても構わないだろう。だが、アズラエル。マスドライバーはどうするのだ?それがどうにかできん限り我々は結局動くことが出来ない。財界が戦争の早期終結を望んでいても、マスドライバー抜きでは話が進まん」

「大統領閣下、お忘れですか?ザフトの勢力圏に無いマスドライバーがあるではありませんか」

「オーブのことを言っているのか?あのコミュニケーション障害の獅子殿は我々と交渉する気は無いのだがな」

アーヴィングはお願いするだけ無駄と言いたげに首を振った。だが、アズラエルは未だ笑みを浮かべたままアーヴィングに答えた。

「だれもオーブのマスドライバーを狙うなんて言っていませんよ。そもそも。今から侵攻軍を編成してオーブに侵攻したところでマスドライバーが使えるようになるのは7月ってところでしょうが。あのあたりは7月から9月にかけては台風の坩堝の中ですよ。計画的に物資を打ち上げるのに支障をきたします。場合によっては予定量の3分の2も打ち上げられない可能性も否定できません」

 

 だれもがアズラエルを見つめていた。会議の序盤ではブルーコスモスの盟主であり、ロゴスの指導者であるアズラエルがとんでもない要求を突きつけてくるのではないかとハラハラしていた政府首脳陣も、理知的な計画をすらすらと口にするアズラエルに今では一目置いていたのだ。

「なら、どこのマスドライバーを狙うかって言いたげですね。ですが、皆さんお忘れですか?この国が保有するマスドライバーで無傷なものが1基だけ“浮かんでいる”じゃあありませんか」

会議の出席者たちは目を見開いた。確かにそこにはマスドライバーがある。だが、それが今まで使えなかった理由も皆承知だ。商務長官が彼らを代表してアズラエルに問いかける。

「アズラエル理事、ギガフロートのことを仰っているのでしょうか?確かにあのギガフロートは我が国が発注し、我が国の資金で建設された我が国の資産です。しかし、あれは存在そのものが秘匿されていた代物なのです。大規模な戦力を動員する奪回戦などということになれば確実にその存在が世界に知られてしまいます。衛星写真が使えない状況下を利用して公海上を自由に移動できる軍用ギガフロートを極秘裏に建造していたことは国際社会に反発を生みます」

「ですがね、ギガフロート以外のマスドライバーはビクトリアとオーブにしかありません。ザフトなら最悪連中が占領しているビクトリアのマスドライバー『ハビリス』を自爆させてでも我々が奪還することを阻止してくるでしょう。日本を敵に回してまでマスドライバーを封じることを選んだ連中ですからね、十分ありえます。オーブの『カグヤ』は手に入れたところでどうせ使えないとくれば、残る手はそれしかないでしょうに。諸外国の反発も予想されますが、そこはギガフロートを無償で使わせることで黙っていただきましょう。等価交換です。それに皆さん、あのリサイクル業者を気取る盗賊どもにもそろそろ鉄槌を食らわしたくはありませんか?」

 

 アズラエルの提案に一同は様々な様々な表情を見せる。だが、彼らは真剣にメリットとデメリットを計算し、結果、デメリットをメリットが上回るという結論に達した。

「大統領。アズラエル理事の提案は一考の余地があるかと。ギガフロートの探索にはかなりの労力がかかるでしょうが、なりふり構ってはいられません」

国防長官の提案を聞いたアーヴィングは腕を組み、しばし黙考する。

確かにアズラエルの提案には惹かれる部分が多い。戦後に使用できるマスドライバーが一基増えるのも悪くは無い。他国の追求を避けるために今後は民間の利用を中心にしていく必要があるが、その経済効果は戦後の復興に大きく利することになるだろう。忌々しいジャンク屋ギルドに一泡吹かせるのも悪くは無い。

「ふん……いいだろう。アズラエル、お前の本音は自分達も出資した施設が奪われたことへの恨みもあるのだろうが、今はお前の口車に乗ってやろう。外務長官は各国に連絡を取ってくれ。『盗賊狩り』をしたいと伝えてくれたまえ。他のメンバーもギガフロート奪還に関する事項を明後日までに纏めてくれ。それでは、本日は解散だ」

 

 アーヴィングは薄く笑みを浮かべながら立ち上がり、会議室を後にした。


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