機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-38 戦慄の告白

 C.E.71 7月7日 大日本帝国 内閣府

 

 会議室は重苦しい雰囲気に包まれている。そんな中澤井は吉岡に視線を向け、問いかけた。

「……この話は確かなのかね」

吉岡は険しい表情を崩さずに答えた。

「残念ですが、この情報はかなりの精度です。彼女の情報を手がかりに、宇宙軍が偵察活動を行ったところ、実際にそれらしきものが見つかったとの報告も受けております」

澤井は手元のコンソールを操作して会議室の巨大スクリーンに件の建造物の映像を映し出した。

「これがそうか……しかし、これが本当に大量破壊兵器である確証はあるのか?」

「そのことなのですが、今回はこの物体に関して科学的な説明が必要になると考え、アドバイザーを招いています。この場に迎えてもかまいませんか?」

「私たちは門外漢だ。このような事態においては専門家の意見も重要だ。入室を許可しよう」

許可が出ると吉岡は澤井に一礼して立ち上がり、会議室の扉を開いた。そして閣僚達の前に現れたのは麗しい女性だった。

「防衛省特殊技術研究開発本部首席研究員の香月夕呼です。本日はよろしくお願いいたします」

 

「まず、この巨大な建造物についての博士の見解をお聞かせ願いたい」

澤井が夕呼に問いかけると、夕呼は持参したPCをセットアップして向き合った。夕呼も雇い主の前であるので普段と違った知的でクールな女性を演じていた。彼女の本性を知るものがこの場にいたら違和感に寒気すら覚えたかもしれない。

「まず、こちらの偵察機から得られた写真から分析をしました。このパラボラアンテナに見える部分と、そこに接続された巨大チェンバーから、用途は二通り推測できます。まず、一通り目は電波、又はエネルギーの送信施設であるという考えです。電力をこのチェンバーからマイクロ波等に変換して発進し、L5から離れた場所にエネルギーを送信する施設であるか、NJ影響下でも長距離の通信を可能とする特殊な通信機材……量子通信施設である可能性があります。そして、2通り目は……渡されたデータチップの内容通りのレーザー発進施設である可能性です」

彼女の目つきが変わったことに閣僚達は緊張を高める。

「パラボラアンテナのような円盤と接続されているいくつかのチェンバーから推測するに、その基部で核爆発を起こし、その際に発生するガンマ線をレーザー光に変換して打ち出すことは理論上は可能でしょう。ですが、このままではガンマ線のレーザーの射程は非常に短く、脅威たりえません。推測ですが、この本体の全面に反射ミラーを設置しガンマ線を本体に向けて反射、更にパラボラアンテナ状の本体の表面の反射ミラーで再度反射したガンマ線を照射することでその射程と威力を増幅する予定ではないかと。この場合、射程距離は150万kmを超えます。理論上ですが、L5から地球に直接攻撃することも可能です。その威力をシミュレートしたところ、地球にこのガンマ線レーザーが放たれた場合、地球上の生物の80%以上が死滅します。その目標が地球上の何処であろうとも、この数値に大きな誤差は生まれないものと考えます」

夕呼のシミュレーションに閣僚達は呆然とする。仮に夕呼の推測が真実であれば、彼らが持とうとしている兵器は自分達をいつでも殺せる兵器であるのだから。

「……香月博士。あなたの言う2番目の可能性についてなのだが、核兵器をNJの影響で使用できないはずだ。ザフトは如何にして核エネルギーを発生させるつもりなのだろうか?」

いち早く現状を把握した澤井が夕呼に問いかけた。

「核兵器を起爆させる手段としては2通りが考えられます。まず、この兵器の周囲にNJが存在しない可能性です。NJの影響が出る範囲内にこの兵器がなければ、核の起爆に問題はないでしょう。そして、2通り目はザフトがNJを無効化する兵器を製造した可能性です」

NJを無効化する兵器の可能性を言及した夕呼の言葉に会議室は静まりかえった。

「……NJを無効化する兵器をザフト側が保持しているという根拠は何かね?君ほどの才女が根拠もなしにこのような可能性を閣議の場で述べるとは考えられない」

奈原の質問に夕呼はその態度を崩すことなく平然としながら答えた。

「勿論根拠はあります。この映像を見ていただきましょう」

そう言って彼女が映し出したのは先の安土防衛戦のものと思われる映像だった。視点からすると、この映像はMSのメインカメラの映像だろう。そして画面の中央に青い翼を持つMSが現れた。それを包囲するように展開しているのは日本の国籍マークを持つMS3機、視点となっているMSを含めると4機のMSで包囲しているのだろう。

「これは防衛省から解析を依頼された先の安土防衛戦での戦闘のデータです。ザフトのMSを包囲しているMSは我が国の次世代型MSの量産試作機XFJ-Type2『白鷺』です。撃震との撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は13:1とされている本機ですが、この敵MSと4対1で戦い、全機が小破、又は中破の損害を受けました。他方、相手側は翼を損傷しただけで小破にすぎませんでした」

「……つまり、その機体は単純計算でいえば撃震相手に52:1以上の撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)を誇る機体というわけか」

「それだけではありません。この機体は両翼に1基ずつ搭載されたプラズマ収束ビーム砲、腰部に搭載されたレール砲、そしてビームライフルを合わせた計5門の砲を戦闘中に幾度も使用しました。エネルギーを消費するPS装甲を展開しながらもこれほどエネルギー消費が激しい武器を幾度も放つことは、バッテリー式のMSには不可能です。断言しましょう。このMS……コードネーム『蒼火竜(リオレウス)』は核エネルギーを使っています。ザフトは既にNJを無効化する手段を、それもMSに搭載できるほど小型のそれを開発してるのです」

 

 閣僚はしばし言葉を失っていた。そんな中、元々ある程度の報告を受け取っていた吉岡が夕呼に問いかけた。

「『蒼火竜(リオレウス)』か……防衛省(ウチ)の作戦部は狩りに出すぎだな。紅玉や逆鱗が出ないのは分かるが……失礼、香月博士。ザフトがNJを無効化する手段を開発し、それを利用したガンマ線レーザーを作成していることは分かりました。下がってくれて結構で」

「少々お待ちいただけませんか、大臣」

その時、夕呼に見つめられ……いや、睨みつけられた吉岡は背筋に寒気を覚えた。

「このような場に呼ばれることは滅多にありませんので、こちらからも直訴したいことがあります」

夕呼は視線を澤井に移す。澤井は彼女の視線を受けても平然としていた。そして親しい友人の頼みを聞くような気軽さで発言を許した。

「構わない。言ってみたまえ。君ほどの才女がこの場を使って主張したいことだ。それほどの意義があることなのだろう」

「ありがとうございます、総理。では、私から提案させていただきます」

夕呼は再び手元のPCを操作し、先ほどの戦闘シーンをスクリーンに映し出した。

「このコードネーム『蒼火竜(リオレウス)』と呼ばれる機体は脅威です。そして、ザフトにはこの遠距離砲撃型の『蒼火竜(リオレウス)』と対照的な近接戦闘特化型MSが存在することが先の安土防衛戦で確認されております」

そこに映し出されたのは桃色に近い赤色の機体、それが先ほどのフリーダムと同様に『白鷺』を翻弄している。

「この機体――コードネーム『桜火竜(リオレイア) 』は先ほどの『蒼火竜(リオレウス)』とは対照的に、格闘戦で猛威を振るうMSです。確認されている機体はそれぞれ1機ずつですが、これらの機体少数であれ量産されるような事態になれば、これらの機体が戦場で暴れまわることで我が軍が甚大な損害を被る可能性は否定できません」

空から降りてこない空の王者(笑)とその伴侶の陸の女王(不倫の疑いあり)となんとも気が抜けるコードネームを防衛省作戦部がつけたものだが、実際あの2機はかなりの脅威である。現在あの2機に対抗できる機体は正式量産型が生産ラインに乗り始めた『白鷺』だけである。それも1小隊で相手をするという条件がつく。

「古来から軍事の一般常識として、敵が保有する兵器と同種の兵器を保持しなければ相手に対抗できないというものがあります。その常識に沿った戦略を早期に打ちたてられた我が国と時間をかけてしまった連合との間に生まれた差を見ればこのことが如何に重要化はお分かりでしょう。ですからここで私は提案します――1対1、多対1の戦闘においてザフトの如何なるMSを凌駕するMSの生産を」

榊財務大臣が頭を抱えながら口を開く。

「香月博士……貴女の主張は分かります。しかし、それに一体どれだけの予算がかかるか……昨年度の『撃震』、『瑞鶴』そして今年度の『白鷺』と毎年MS開発費にはかなりの額がかかりました。正直、これ以上の出費は厳しいのです」

「では、予算が足りない分は英霊を増やして賄うと仰るのですか?陛下の赤子を無碍に死なせると仰る?」

夕呼は平然としながら榊に反問する。口を開くことが出来ない榊に澤井が言った。

「……榊財務大臣。君の言いたいことも分かるが、ことは重大だ。少なくともかの香月博士が直訴をするぐらいには。確かにこれ以上予算をかけると他の国内事業にまわす分を削る必要も出てくるだろうが、臣民の人命が第一だ。議会やマスコミからの批判は私達で受け止めようじゃないか」

その臣民を思う姿勢に夕呼も頭を下げて礼を言う。“かつて”も同じように権力者に要求を突きつけて飲ませたことはあった。だがそれは殆どの場合、表に出せない情報をチラつかせて飲ませたものである。澤井にはそのような手は通じない。彼は臣民のためになることであればなんでも惜しまない人物だ。自分の立場は“かつて”の世界よりもはるかに弱い立場だ。だが、彼のような為政者の元で戦える今の自分はあの頃よりも満たされていると夕呼は感じていた。

 

「ありがとうございます、総理。私はここに誓いましょう。必ずや、ザフトのMSを凌駕するMSを開発することを。……時間をとらせて申し訳ありませんでした。これで失礼します」

夕呼は澤井に一礼すると微笑みながら会議室を後にした。

 

「……魔女が笑ったということは失敗することもないな。榊大臣、結果について不安を抱くことはないぞ」

夕呼が会議室を後にした直後に澤井が言った。

「そうですな……しかし総理、あの巨大ガンマ線レーザーについては如何なさるおつもりで?」

疲れた顔を引き締めると榊は澤井に問いかけた。澤井はその問いに暫し考え、そして口を開く。

「……宇宙軍の偵察機が捉えた映像とその映像に対する香月博士の分析、そして故シーゲル・クラインプラント最高評議会前議長の娘、ラクス・クラインがこの亡命の際にこの情報を提供したことを考えると、ザフトがこの巨大ガンマ線レーザーを建造していることは十中八九間違いない。だが、そうなると我々大日本帝国としてはこの兵器の存在を認めるわけにはいかない。我々の手にプラントを直接攻撃することが可能な兵器が無い以上、相互確証破壊の概念も通用しない。ここに至れば我々のとるべき道は決まっている。我々に陛下と皇国、そして臣民を守る義務がある以上はあの兵器による恫喝に屈するわけにも、あの兵器に国を焼かれるわけにもいかない。同種の大量破壊兵器を持ってプラントと対峙するか、あの兵器をこの世から消し去るか」

「あの兵器がいつ完成するのかは分かりませんが、我々が同種の兵器を作り出す前に完成することは明らかでしょう。そうなれば我々は屈服を余儀なくされる」

千葉が言った。

「臣民の命を脅かす兵器が国際法も守らない無法者の手に存在するという事態を見過ごすことはできません。それを阻止するためであれば皇軍は命を賭して戦います」

吉岡が続けて言った。

「我々は、皇国と臣民の安寧を脅かす大量破壊兵器がならず者の手にあるという事態を看過することは出来ない。我々が同種の兵器を保持していない以上、取るべき手段は決まっている」

閣僚を見渡した澤井が言った。

「地球連合と……いや、ユーラシア連邦と大西洋連邦と共にあの兵器を破壊する。千葉大臣は両国との協議の準備を進めてくれ。3日以内に3カ国会談の予定を入れて欲しい。多少強引であろうと構わない。責任は私が取る。吉岡大臣は宇宙軍に情報収集をさせてくれ。辰村局長はなんとしてでもあの兵器の情報を集めてくれ。皇国を守るためにやれることは全てやってほしい。本日はこれで解散とする」

 

 澤井の言葉を合図に次々と閣僚が退席する。彼らは自分達にできることを、皇国を守るためにできることを探しに自身の職場へと戻っていった。


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