C.E.71 7月11日 大西洋連邦領モントリオール
澤井が入室したときの会談の会場の雰囲気はお世辞にもいいものとは言えなかった。両国はアラスカの確執が未だに根強く残っているのであろう。
「おや、ミスター澤井。待っていましたよ」
「お待たせして申し訳ない。これでも会議予定時刻からすれば早くついたと思ったのですが、まさか貴方がたがこんなに早く来るとは思わなかったもので」
大西洋連邦大統領のアーヴィングと澤井は握手を交わす。幾ばくか先ほどまでの険しい表情は緩んでいた。
「久しぶりですな、ミスター澤井。前にあったのは私が訪日したときですから……2年ぶりですか」
「お久しぶりです。ミスターイーデル。元気そうでなりよりです」
澤井に話しかけた男の名はルルフ・イーデル。ユーラシア連邦の大統領である。澤井はイーデルと握手する。
「しかし、一体どういう風の吹き回しでしょうか?急に首脳会談がしたいとは。かなり強引な手を使ってまで我々との会談を望んだのにはそれなりの理由がありはず。」
アーヴィングは訝しげに澤井に視線を向けた。イーデルも直接口には出さないものの、かなり気になっている様子だ。
「ミスターアーヴィング、ミスターイーデル。事情はこれから説明いたします。まずはこれをご覧下さい」
そう言うと澤井は同席していた補佐官に目配せをした。それを受けた補佐官は会議室のプロジェクターを操作し、正面のスクリーンに映像を映し出した。
未だに訝しげな両国首脳を前に補佐官がザフトの大量破壊兵器について淡々と説明を続ける。そのうちに両名とも顔色を青くする。
「俄かには……信じがたいことではありますな」
アーヴィングは訝しげだ。だが、イーデルは真剣な顔をしている。
「ミスター澤井。これが真実だとすれば、我々の取るべき道は一つ……あれの破壊だけですな」
イーデルが澤井とアーヴィングを見る。わかっているなと言いたいのだろう。アーヴィングもその視線に気づき、口を開いた。
「それは分かっています。ですが、この情報の信頼性はいかほどのものなのでしょうか。ことがことだけに情報源を明らかにしていただけなければ困ります」
「この情報を裏付ける証拠は我が軍の偵察機が捉えた映像だけではありません」
澤井が言った。
「故シーゲル・クラインプラント最高評議会前議長の娘、ラクス・クラインが我が国に亡命した際にこの情報を提供したのです」
アーヴィングとイーデルは唖然とする。先に正気に戻ったのはアーヴィングだった。
「……ミスター澤井。それはいったいどういうことですか?ラクス・クラインといえば現在プラントで反戦運動を展開しているはず。それがどうして貴国に?」
澤井は一息つくと説明を始めた。
「まず断っておきますと、我が国に亡命した少女と現在プラントで反戦活動をしている少女は別人であります。おそらく何者かが用意した替え玉が現在プラントで活動しているのでしょう。そして、我々が保護しているのは本物のラクス・クラインなのです」
イーデルが言った。
「その根拠は?貴国に亡命した少女の方が替え玉という可能性もあるのでは?」
「我が国には以前ラクス・クラインと接触したことのある人間がいます。彼らとの会話でも不自然なところは見受けられませんでした。また、共通の幼馴染についての話題も淀みなく出来たとの報告もありますから、彼女が本人で間違いないかと」
澤井は両者の質問に対してこと細かく答えていく。最初の内は疑いの色が強く顔に出ていたイーデルとアーヴィングだったが、現状を正しく認識したのかしだいにその表情は険しいものとなっていった。
「・・・・・・ミスター澤井。現状がかなり不味いことがよくわかりました。全く、この情報の片鱗でも掴んでこれない諜報部のやつらの首をいくつかとばすべきでしょうかね?ミスター・イーデルもそう思いませんかね?」
「ミスターアーヴィング、冗談を言ってる場合ではありませんよ。まぁ、私も諜報部に言いたいことはありますが……我々はあの兵器の存在を認めることは断じてできないのですから。しかし……なるほど、これほどの事態となればミスター澤井が貴方らしからぬ恫喝的手段でこの3カ国会談を強行したことにも頷けます」
日本側の調べではこの建設中の巨大要塞は巨大なガンマ線レーザーの可能性でほぼ間違いないとされている。そしてその射程は優に150万kmを超える。つまりL5から地球に対して直接砲撃が可能なのである。しかも一度放たれたら大陸間弾道ミサイル等とは違い、絶対に防ぐことは不可能だ。……時間さえあれば日本がガンマ線を防ぐ技術を開発しそうだと思ってしまうが、まず今回は不可能だ。
この兵器の攻撃を受ければ地球上の生きとし生ける全ての生命に影響が出かねない。そもそも、目標地点は塵しか残らないだろう。1000年の歴史を刻んだ雅な都も、摩天楼が聳え立つ新大陸の中心都市も、世界に誇る芸術の都も、一瞬で劫火に焼かれ塵と化してしまうのである。
それを彼らは容認することはできない。彼らは一国を守る義務を持つのだから。
「して、ミスター澤井。あの衛星はL5宙域・・・・・・それもあのヤキンドゥーエの防衛線の内側にある以上は力押しというわけにもいきますまい。貴国では如何にこの兵器を攻略するつもりなのでしょうか?」
イーデルの問いかけに澤井が答える。
「我々が考えている計画では、まずL3からL5に侵攻、ザフト軍をL3方面に引き付け、その間に目標に戦艦を含む艦隊で襲撃、艦砲射撃にて目標を破壊するという計画になっております」
アーヴィングが眉間に皺をよせる。
「ミスター澤井。確かに目標が敵の警戒網と強固な防衛線の内側にある以上は多少のリスクを負うことは仕方がない。だが、この作戦で大量破壊兵器攻撃班は壊滅は免れないのではないか?」
「具体的な戦術的な協議は後で各国の軍部に任せればいいでしょう。あくまでこの案は我が国の防衛省防衛計画課によるプランの一つにすぎませんから。それに軍が半壊する被害を受けてでも、我々はあれを破壊する必要があるのです。こういうことを言いたくはないのですが、それ相応の代償も覚悟しなければならないでしょう」
澤井の返答にアーヴィングは押し黙る。そして入れ替わりにイーデルが問いかける。
「現状で地球連合が保有する宇宙戦力では防衛が精一杯という報告を受けています。貴国も後方拠点である『安土』を失っている以上、攻撃作戦が可能なだけの戦力を用意することは難しいのでは?」
「・・・・・・確かにその通りです。我が国のマスドライバー『息吹』の修復には目下全力を注いでいますが、修復が完了するまでにはどうしても7月末までかかるとの報告も受けていますし、戦力を揃えることはかなり難しいでしょう。ですから、我々に残された手は迅速にマスドライバーを確保することが前提となります」
「この会議の目的の一つはそれでしたか。ですが、一体何処のマスドライバーを狙うおつもりで?選択肢はオーブかビクトリアか・・・・・・」
そこでイーデルはちらりと横目でアーヴィングを見た。
「それとも宗教法人が不法占拠しているものですか」
その言葉にアーヴィングは不愉快そうな顔をする。まぁ、それは当たり前だ。大西洋連邦が発注し、大西洋連邦が資金を出したギガフロートがいつの間にか胡散臭い坊主率いる犯罪者集団に奪われていたのだから。そして彼らはマスドライバーを戦争の道具にしないためだと言い張る。そもそもそれが自分たちがマスドライバーを独占して利用する理由にはならないだろうに。
彼らが連合、ザフト、テロ組織、海賊問わず武器を渡していながら何と言う言い草か。アーヴィングはプラントを潰したら絶対にジャンク屋ギルドを殲滅すると心に決めていたのである。
「我々としては、ジャンク屋に強奪されたギガフロートの奪還作戦を提案したい。無論、奪還後は戦争終結まで均等にマスドライバーの使用機会を両国に与えることを約束しよう」
アーヴィングが澤井に視線を向ける。内心ではアラスカの件で日本とは確執があるが、この場にそれを日本側が持ち出していないことに彼は安堵していた。
「我々としても、その選択肢が一番ありがたい。あのギガフロートを放置しておけば、宇宙におけるジャンク屋の戦力が高まり、治安の維持にも影響が出かねないことを我が国では危惧していますからな。昨日も安土周辺で不審船がL4に接近しているのを宇宙軍が確認しています」
イーデルは不服そうな顔だ。彼としてはユーラシア連邦が保有するビクトリアのマスドライバーを優先して奪取したい考えがあったからである。しかし、両国がジャンク屋が不法占領しているマスドライバーの奪取で合意している以上はハビリス奪還を無理に主張することはできない。ギガフロート奪還後にビクトリアにも戦力を割くことはありえない。こちらは無駄にできる戦力がないのだ。それだけ宇宙の情勢は切羽詰っている。それに日本のマスドライバーも時間をかければ復活するとなれば戦力を削ってまで2機目のマスドライバー確保をする必要もないだろう。
そんなイーデルの内心を察した澤井が口を開いた。
「ミスターイーデル、貴方としてはビクトリアの攻略を優先したい気持ちは分かります。しかし、ことは一刻を争うのです。我が国の情報局の調べと、特殊技術研究開発本部の分析では、あの兵器は10月にも実射可能状態になるということです。10月になれば全てが手遅れになってしまう。我々には・・・・・・時間が無いのです」
澤井が真摯の訴えかける姿を見たイーデルは一息つき、何か吹っ切れた様子だった。
「お気になさらないで下さい、ミスター澤井。我々の共通目標がこの地球を大量破壊兵器から守ることである以上、私達は協力を惜しんではならないのですから。私が貴方の昔と変わらない真摯な態度にそのことを教えられました」
そして、3カ国はギガフロート奪還を共同で進め、その後速やかに戦力を宇宙に集めることで合意した。
地球を守るために新たな盟約が結ばれたのである。