機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-41 作戦会議

 C.E.71 8月6日 月面プトレマイオス基地

 

 プトレマイオス基地の会議室には各国の宇宙軍の司令官が集っていた。その会議室の席が埋まっていることを確認した第一宇宙艦隊司令長官、遠藤信仁中将は傍らに立つ黒木翔中佐に目配せする。遠藤に促された黒木は会議室の前に出る。

「防衛省特殊戦略作戦室室長の黒木翔中佐です。今回の大量破壊兵器破壊作戦――海皇(ポセイドン)作戦の立案を任されております」

大西洋連邦とユーラシア連合からの出席者は訝しげな顔をする。今回のような重要な作戦をおよそ30程度の若造が立案すると言われれば困惑するのも当然だ。だが、その中でも一人だけ、大西洋連邦第七艦隊司令長官ブレダ・スプルーアンスだけは感心したような表情を見せる。

「ほう……貴官が噂のヤングエリート集団のヘッドか……」

その言葉に大西洋連邦側で何人かが反応する。彼らも日本が抱えるヤングエリート集団の存在については耳にしたことがあるようだ。

 

 黒木は各国の軍人の視線などは気にせずに準備を終え、出席者の前に向き直った。

「本作戦における最優先目標はL5宙域に建造された巨大ガンマ線レーザー砲の破壊です。以後、この破壊目標を『大黒柱(メインブレドウィナ )』と呼称します。そして作戦参加兵力はユーラシア連邦の第二、第九艦隊。大西洋連邦の第一、第七艦隊。そして我が軍の第一艦隊、第三艦隊です」

遠藤の手元にも各艦隊の戦力を記した書類が回されてくる。

ユーラシアの第二艦隊はアガメムノン級航宙母艦3、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦26という編成だ。第九艦隊はアガメムノン級航宙母艦2、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦18という編成になっており、各艦隊には1個中隊のハイペリオンMPが配備されている。残りのMSは日本からライセンス生産した撃震である。

大西洋連邦の第一艦隊はアークエンジェル級強襲機動特装艦1、アガメムノン級航宙母艦2、ネルソン級戦艦8、そしてドレイク級護衛艦32という編成だ。第七艦隊はアガメムノン級航宙母艦3、ネルソン級戦艦6、そしてドレイク級護衛艦22という編成で、艦に配備されているMSはアークエンジェル級強襲機動特装艦の2番艦ドミニオンのみ別の編成となっている。

ドミニオンに搭載される予定のMSは全てが大西洋連邦の誇るGATシリーズの最新の機体とあるが、詳細は分からない。そして古雅は日本の第一艦隊の編成表に目をやった。

虎の子ともいえる長門型戦艦を2隻、そして金剛型巡洋戦艦が4隻。それらを護衛する妙高型巡洋艦2、白根型巡洋艦4、秋月型駆逐艦18という編成だ。

第三艦隊は先のデブリベルト会戦(ザフトのラクス・クライン救出部隊と日本の練習艦隊がデブリベルトで激突した会戦の日本側呼称)で練習艦隊を率いてクルーゼ隊を撃退した功績で昇進した古雅祐之中将率いる航空部隊で、今回は蒼龍型航宙母艦6隻とMS運用ができる航宙戦艦に改装された伊勢型航宙戦艦2隻、そして妙高型巡洋艦4、白根型巡洋艦4、秋月型駆逐艦20を率いる航宙部隊となっている。

恐らくこれは各国が今回持ち出しえる最大規模の艦隊であろう。ギガフロート奪還作戦後、地球の大国に本格的に目を付けられたジャンク屋は地球上での活動が厳しくなったことを受けて宇宙に活動の拠点を移し始めていたこともあって各国の宇宙軍は宇宙での治安維持に宇宙戦力を多く回さざるを得ない状況にあったのである。

 

「これが今作戦に投入される全戦力ですか……」

ユーラシアの第二艦隊司令長官、バラム・ドグルズ中将は満足そうに頷いた。

ドグルスの言葉を否定するものはいない。これほどの艦隊を一度の作戦に投入するなど人類初だろう。かの世界樹攻防戦で投入された戦力でさえ大西洋連邦の第一、第三艦隊、ユーラシア連邦の第二艦隊の三個艦隊であったのだから。

 

 特に大西洋連邦が二個艦隊を出したことはユーラシアや日本側からしても驚きだった。現在では大西洋連邦が率いる地球連合の第一、第三、第七、第八、第十艦隊の内で実戦に投入可能な艦隊は第一、第七艦隊のみだ。第三艦隊は今回の大戦における有数の激戦地となったエンデュミオンクレーターの攻防戦で圧倒的な質的有利に立つザフト月攻略部隊との死闘の末に壊滅している。

エンデュミオンクレーターも彼らの奮戦むなしく結果的には放棄することになったが、彼らの奮戦で月戦線は維持でき、結果としてはザフトにも大きな打撃を与えたことは事実である。現在は月の裏側に建設されたダイダロス基地で艦隊の再編が行われているが、未だ部隊の体をなしていない有様である。

実はこの第三艦隊の喪失以上に大西洋連邦の上層部を悩ませたのが今年2月に勃発した低軌道会戦で壊滅した第八艦隊である。何をとちくるったか知らないがアークエンジェル級強襲機動特装艦と試作MS一機をアラスカに降ろすためだけに玉砕したためである。

既にヘリオポリスで試作中だったMS5機の内4機が強奪された時点で残りの一機が持つ技術的な価値も激減しているのにも関わらず、そのMS一機の価値を信じ続けた愚か者の手によって月の守りの中核であった第八艦隊を喪失したことは連合内部を震撼させた。

確かに当時の大西洋連邦上層部としてはストライクの戦闘データは大きな価値があっただろうが、別にそのデータを直接アークエンジェルが持ち込まなくてもいいと考えていたのである。それに低軌道会戦が勃発した頃、各国はクルーゼ隊を撃退した日本の撃震の方により注目していたことも事実だ。敵に奪われてその価値は激減している新技術を搭載した試作MSとコーディネーターが運用した試作機の戦闘データよりも、クルーゼ隊の精鋭を退けた日本のナチュラルにも運用できる画期的なMS、どちらの方が有益であるかを問うまでもないだろう。

さらに、結果論であるが、結局アークエンジェルがアラスカに入るまでには3ヶ月ほどかかっている。戦闘データを届けるのに3ヶ月かけるぐらいであれば月基地に機体を収容し、アラスカから月に人員を送って機体の状況や戦闘データを整理した方が合理的であっただろう。月で採取したデータは月基地のレーザー通信設備で地上に送信すればいい。

また当時、月は大西洋連邦の第一、第八艦隊によって守られており、その防衛力の喪失を理由にザフトが月に侵攻することを連合上層部は危惧していたのである。幸いにも同時期にザフトはオペレーション・スピットブレイクの準備にかかりきりで月に侵攻することはなかったが。

アークエンジェルがアラスカで全く歓迎されなかったのは第八艦隊を喪失させた原因でもあったためである。

 

 ユーラシアは地球連合の第二、第五、第九、第十一艦隊を率いていたが、第五艦隊は東アジア共和国の第六艦隊と合同で出撃したヤキンドゥーエ攻防戦で壊滅している。損害を重ねた第六艦隊が無断で遁走を計ったために戦場で孤立した第五艦隊は壊滅の憂き目にあっていた。第二艦隊も東アジア共和国の保有する新星の攻防戦で半壊する被害を受けていた。

どうでもいい話だが、東アジア共和国も地球連合の第四、第六、第十二艦隊を率いていたが、敵前逃亡したヤキンドゥーエ攻防戦以降は艦隊保全主義(フリート・イン・ビーイング)に走り、L2の自国のコロニーに引篭もり状態にある。そもそも運用可能状態にあるのかどうか怪しいところであるが。

この引篭もりは連合内部でも批判の的となったが、自国艦隊が引篭もるようになってからはザフトがL2方面を攻撃することはなくなっており、我々の戦力配置がザフトに一定のプレッシャーを与えることに貢献しているという持論を展開。偶然か、L2に戦略価値無しとザフトが判断したのか知らないが、確かに事実であるために他国は彼らを否定できなかった。

 

 両国がそれぞれの国の防衛に一個艦隊を残して現在投入できる戦力を本作戦に投入したのにも当然訳があった。両国は日本がこの戦争に参戦すると知ったとき、年内には戦争が終わると確信していたのだ。これまでの戦争によってその国力を削られてはおらず、ほぼ無傷の状態だった日本が参戦することでミリタリーバランスは大きく連合側に傾くと踏んだのである。

東アジア共和国も日本参戦が決定してからは我が国も艦隊を出動させる用意があるとユーラシア連邦と大西洋連邦に通達していたが、明らかに勝ち馬に乗る気満々であるために無視されていた。これまでただでさえ劣勢であったというのに地球連合の足を引っ張り続け、戦力を出し渋る。ところが地球連合が優位になったと判断したとたんに手のひらを返したように戦力の提供を提案したところで門前払いだ。これで戦勝国だと主張されるなんて勘弁願いたいというのが他の地球連合加盟各国に共通意識だった。

先の安土防衛線で初めてその実力を全世界に見せつけた長門型戦艦の存在も大きい。長門型戦艦はその主砲に世界最大の245cmエネルギー収束火線連装砲を搭載し、当然ながらその装甲は己の持つ主砲の斉射に決戦距離で耐えうるだけの防御力を持つ。更に安土攻防戦で見せつけたマキシマオーバードライブの持つ巡航性能は各国の軍部の度肝を抜いていた。

因みに各国の軍部は既に戦後の国防戦略を練り始めていたが、諜報活動などで入手した長門型のスペックを前にお手上げ状態だったらしい。大西洋連邦のアーヴィング大統領が

「戦後、日本を叩くことは可能か」と国防長官に尋ねると、

「無理です。日本には長門がいます」

と返されたそうな。

 

 黒木は彼らの心中などに気を向けることはなく、淡々と説明を続けた。

「本作戦においてはユーラシア連邦の第二、第九艦隊にはボアズ要塞に陽動を仕掛けていただきます」

黒木は正面のスクリーンに映し出された宙域図に指示棒の先を向ける。そこにユーラシア連邦に部隊を意味する表示が加わった。

「敵の注目をボアズにひきつけていただきます。恐らく、ヤキンドゥーエかプラント本国から増援も出されるでしょう。それをひきつけることで『大黒柱(メインブレドウィナ )』を守るヤキンドゥーエの防衛線から注意を逸らすことができます」

続いて黒木はヤキンドゥーエを指差す。スクリーンには大西洋連邦の部隊が新たに表示される。

「敵がボアズに戦力を回したとき、大西洋連邦の第一、第七艦隊はヤキンドゥーエに仕掛けていただきます。増援を出すことで戦力が減っていることが予想されますので、ここに配備されているMSの掃討をしてもらいます」

黒木は更にスクリーンに日本の艦隊を映し出す

「我が国の第一艦隊はユーラシア連邦と大西洋連邦の艦隊が敵要塞の戦力を引き付けている間に一気に『大黒柱(メインブレドウィナ )』に侵攻し、艦砲射撃を持って目標を破壊します。第三艦隊は同時刻、プラント本国に陽動に向かいますが、第三艦隊はプラントから防衛部隊が発進したところで針路を変更、そのまま推力最大で『大黒柱(メインブレドウィナ )』に加勢に向かいます。蒼龍型の足に追いつけない伊勢型は第一艦隊に随伴する予定になっております。目標を相手に最後まで絞らせず、戦力を分散させることがこの作戦の根幹であります。故に陽動部隊は今回なるべく各要塞から距離をとって対峙していただき、敵に遠距離攻撃を強いることを念頭においていただきます」

 

 黒木が説明を終えると、大西洋連邦第一艦隊司令長官ヴァルター・エノク中将が口を開いた。

「黒木中佐、作戦目的は理解できる。だが、戦力を分散することはリスクが大きいのではないか?それに、戦艦戦力でいえば我が軍も十分な火力を有している。特に我が軍が所有するアークエンジェル級の陽電子砲二門は強力だ。どうして『大黒柱(メインブレドウィナ )』の攻撃は日本軍の担当になったのだ?」

黒木はエノクに正面から向き合う。

「第一の戦力分散に関する件から説明いたします。今回戦力の分散を支持した理由としては、まず各艦の足の速さの差が大きいことが挙げられます。我が軍の艦に比べ、両国の艦艇は足が遅く、また合同訓練の経験も薄いために全艦隊を統合した運用には支障をきたす恐れが大きいです。乱戦になれば連携の取れない我々は結局各個撃破されることに変わりません。二点目に、戦力を集中させて運用すれば目立ちますし、それだけ早く敵の発見を許す可能性が高まります。分散して運用することにより、敵戦力の分散をも強いるというのが大きいです。同時刻に全艦隊が発見されたとしても、各個撃破を選べば戦力を回さなかったいづれかの防衛線を抜かれ、本国への攻撃を許す可能性がある以上は全方面に戦力を振り分けざるを得ません」

黒木の説明にエノクも頷く。

「続いて二つ目の艦砲射撃の担当艦隊について説明します。実は我が軍の調査の結果、『大黒柱(メインブレドウィナ )』の外壁にフェイズシフト装甲が使われている可能性が浮上しました。そして、フェイズシフト装甲はその装甲版の面積に比例してビームに対する耐久力も向上することが分かっています。これは我が国の特殊技術研究開発本部による予測なのですが……このような要塞レベルの大きさの装甲版であれば理論上、陽電子砲ですら無効となるそうです」

黒木の言葉にエノクは目を見開いた。陽電子砲ですら無効化されるとなれば自分達には『大黒柱(メインブレドウィナ )』に対する攻撃オプションが無いことは驚愕だったのである。

「だが……そうなると、貴国の艦隊も目標に対して有効な攻撃オプションが無いのでは?ナガト・タイプの主砲もエネルギー収束火線砲である以上、目標の装甲を破ることは不可能だ」

唖然とするエノクの隣に座るスプルーアンスが発言した。だが、その言葉も黒木は予想済みだったのだろう。スクリーンが切り替えられ、巨大な砲身が映りこんだ。

「我が国が開発中の巨大特殊砲――通称、デラック砲です。これは本来要塞砲として開発されてきましたが、今回は長門、陸奥の両艦の第二砲塔にこれを換装して使用します。このデラック砲に我が国が開発したマキシマオーバードライブのエネルギーをカスケードして発射します。我が国の特殊技術研究開発本部による予測では、命中すれば確実に『大黒柱(メインブレドウィナ )』を破壊できるとされています。しかし、マキシマの生み出すエネルギーは強大です。このデラック砲もマキシマエネルギーを放つことを前提に鋳造されてはいないので、4発の発射で砲身が限界となります。一度発砲すれば第二射には砲身の冷却やエネルギーのチャージにも五分かかるため、失敗は許されません」

 

 黒木の説明を聞いたスプルーアンスは重々しく頷いた。

「なるほど……そんな仕掛けがあの馬鹿でかいアンテナにされているとなれば貴国の艦隊に任せるしかないですな。わかりました。我々に異存はありません」

「我々も異存はない」

スプルーアンスに続いてドグルスが薄く笑いながら口を開く。

「確かに危険が大きい任務ではある。しかし、我々が失敗すればそれは地球の危機に直結する以上は危険がどうのなどとは言ってはいられない。だが、何よりも新星攻防戦の汚名を返上するする機会を逃すわけにはいきませんな……黒木中佐、我が国も貴国の要請を受け入れましょう。作戦は必ず成功させて見せます」


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