機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-42 現場で

 C.E.71 8月22日 L4

 

 

 L4宙域に肩に日の丸の国籍表示をつけた撃震が5機飛び回っている。肩に赤いラインが入った機体1機に対して4機がかりで立ち向かっているにも関わらず、赤いラインが入った機体が他の4機を圧倒していた。赤いラインの入った機体以外は動きに制限がかかっているのはシミュレーションで被弾を再現しているためだ。つまり、赤いラインの機体は単機で他の4機に無視できない損傷を与えているということになる。

「畜生……ぜんぜん捕らえられない!!」

ドレイク1のコールサインを持つパイロット、龍浪響少尉は悪態をつくが、それで現状が変わることは無い。彼は放った36mm弾は標的の航跡を辿るだけであった。

『射撃の時に一々動きを止めてちゃ的だぞ!!動きながら撃て!!そんでもって当てろ!!』

赤いラインの入った機体――白銀武中尉の機体は他の4機に檄を飛ばしながらもその動きを緩めない。長刀を振りかぶった反動で機体を動かし、その移動方向にあわせて腰部ブースターを噴射することで敵機――コールサインドレイク2、千堂柚香曹長の機体にあっというまに迫った。

そのまま訓練用の模擬長刀を撃震のコックピットユニットに向けて振り下ろす。

『きゃあぁ!?』

ドレイク2は咄嗟に突撃砲を盾にしようとするが、勢いのついた長刀を止めることはできなかった。盾に使った突撃砲は弾き飛ばされ、機体もバランスを大きく崩す。そこに武は長刀を斬り上げ、胸部に模擬長刀を叩きつけた。

『ドレイク2、胸部切断!致命的損傷!戦死』

武の機体はさらに屠った敵機を足蹴に方向転換する。足蹴にした敵機が別の機体の針路をふさぐ形で割り込んで敵機を妨害している間に、武の機体は標的に接近。長刀を下方から斬り上げて腰部を狙う。

標的となった龍浪は切り上げをバックステップで回避するが、間違いなく武はそこまで織り込み済みだったのだろう。斬り上げた慣性をそのままに機体を宙返りさせ、背部ガンマウントに装備された突撃砲を起動した。

『やばい!!』

龍浪は武の狙いに気づいたが、腰部ブースターを噴射して強引に射線から離脱しようとする操作をするよりも突撃砲の銃身が火を吹くほうが早かった。哀れ標的となった龍浪の撃震は36mm弾のシャワーを浴びることとなった。模擬戦のために機体は穴だらけになることはなかったが、撃震の厳つい装甲はあまりにも似合わないオレンジに染め上げられた。

『ドレイク1、被弾多数!致命的損傷!戦死』

そのまま武の機体は長刀をマウントすると、突撃銃装備に切り替える。そのまま高速で敵機に迫り、すれ違いざまに残りの2機にペイント弾を浴びせた。残った2機も武の目的が分かっていたが、回避動作を読まれていたためにあっさりと見越し射撃で撃墜されることとなったのである。

「畜生……あれがエースの力かよ……」

撃墜判定を受けて戦域から離脱していた龍浪は圧倒的な高みにあるエースパイロットの力を前に歯軋りしていた。

 

 先の安土攻防戦の後、安土鎮守府はMS部隊の錬度を向上させることを航宙隊に命じていた。それを受けてこうしてエースクラスのパイロットが一般パイロットを扱く光景が見られるようになったのである。

演習の相手として選ばれたパイロットも豪華な顔ぶれとなっている。

安土攻防戦で敵のジンを4機、シグーを2機撃墜し、その機体の山吹の機体色から『山吹の姫武将』の異名を取る篁唯依中尉。

ザフト内にその雷名を轟かす殊勲艦アークエンジェルの誇る機動兵器ストライクを駆っていた『白の鬼神』、大和キラ曹長。

そして現在日本人最多となる撃墜数(スコア)を誇り、1対1の模擬戦では上記の二人のエースパイロットを下した『銀の侍』白銀武中尉だ。

彼らは表向きは安土の防衛力増強とMSパイロットの育成を名目に派遣されていたが、実際には発動が迫った海皇(ポセイドン)作戦の準備のために派遣されていたのである。彼らは表向きの任務をこなしながら空いた時間には搭乗予定艦に足を運んだり、作戦に投入予定の新型機の調整をしたり、同僚となるパイロットと交流を深めたりと大忙しであった。

 

 『大坂』に帰還後、情けない敗北を曝したパイロットをブリーフィングルームでこってり絞った武は2時間の戦闘で自己主張を始めた胃袋を宥め、怒鳴りすぎてからからになった喉を潤すために食堂に来ていた。

周りの視線が自分に集中していることを感じた武はげんなりとする。現在の防衛省公式の記録では武のMS撃墜数(スコア)は日本一とされており、ただでさえ武は日本一のエースパイロットとして注目されている。それに加えてあの罵声を浴びせる教導が管制官や相手パイロットから口伝に鎮守府内に広まりつつあるために周りから浴びせられる視線は増え続けているのだ。

そんな人気者の武の昼飯は白米に味噌汁、鮭の切り身、漬物だ。鰻や烏賊さえも水産コロニーで生産できる日本のコロニーならではの一品である。パリッとした鮭の皮に舌鼓を打つ武の前に特徴的なサングラスをかけた男が腰掛ける。その手に抱えているトレーには武のそれと同じメニューが揃っていた。

「教導は大変そうだな」

「ああ……あいつらの動きはワンパターンすぎる。あんなんじゃあ生き残るのは難しいぞ。いくら機体側がサポートしてくれるといっても、動かすのは人間なんだからな」

武の目の前に座った男の名は叢雲劾という。その道では知らないものはいない凄腕の傭兵である。

「だが、あそこまで怒鳴って詰って人の傷口を切開するとはな……実はサディストだったのか?」

劾の指摘に武は苦笑して否定する。

「勝手に人の性癖を判断するなよ。確かにどちらかと聞かれればサディストだけど、俺は一応ノーマルだ。それにな……憎まれるぐらい扱かなきゃぁ意味がないと思わないか?」

「確かにそれは否定できないな」

劾は目の前で鮭の切り身をつついている男を見る。かなりの早食いであり、余り品のある食べ方とは言えない。日本の名門家族に婿入りする男が公衆の面前でこれでいいのかとも思う。だが、軍人としては間違ってはいないだろう。以前にこのことについて直接聞いてみたが、いつでもすぐに戦闘に入れるようにしていたら普段からの習慣になってしまったためだと言っていたのだから。

「そういえば劾、お前の機体の調子はどうなんだ?汎用機だって聞いているけど」

「悪くはない。白鷺のような近接密集戦重視というわけでもなく、如何なるシチュエーションでも対応できるポテンシャルがあるいい機体だ。ブルーフレームに比べると多少近接戦に難があるが、チューンアップで何とかなるだろう。他の面では圧倒しているしな」

「まぁ、お前の腕ならばあの仮面のクルーゼだろうが大丈夫だと思うけど……うっし、ごっそさん」

こんな世間話をしている間に武は既に昼食を完食していた。空になった器を乗せたトレーを持って武は立ち上がる。

「じゃあ、劾。確か明日1000から模擬戦の予定だったな。それまでにしっかり機体の調整しとけよ!」

「問題ない。お前こそ首を洗って待っていろ」

その挑発に武は不敵な笑みを返し、食堂から出て行った。

 

 武を見送った後、劾は昼食を味わいながら食べた。仕事中であれば先ほどの武もかくやというほどのスピードで食べるのだが、彼はオフの時は食事をじっくり味わうタイプだった。その理由には彼らの家計の事情があった。

台所事情のサーペントテールでまともなものが食べられるわけがない。地上の拠点にいるときであれば地元の市場で安い食品を買い込んでロレッタが美味しい家庭料理を振舞ってくれるが、宇宙ではそうはいかなかった。

結果、彼らの宇宙での食事は特価セールで買い込んだ賞味期限が近づきつつある保存食やインスタント食品が中心になることは避けられない。流石に6歳児にひもじい思いをさせることは心苦しかったが、貧乏かつ食糧価格高騰となれば仕方がない。

だが、劾は日本に救出されてからというものの食に関しては非常に充実していた。任務に失敗し、依頼者に口封じをされかけて敵に捕縛された末に人生で最も充実した食生活を贈っていたというのはどういう皮肉であろうか。

 

 余談になるが、開戦によって宇宙の食糧事情は非常に厳しいものとなっている。宇宙で食材を得られる場所といえば各国のコロニーや行商もしているジャンク屋ギルドの船舶ぐらいだ。ただ、これらの場所で普通の食材を買おうとしても高くてとても買えたものではない。ユーラシア連合や大西洋連邦などのコロニーではレーションなどの保存食が一時期主食となっていたほどである。

元々これらのコロニーは戦争等の理由で外部との交易が滞るようになった場合に備え、一年間は外部からの補給が無くても耐えられるように食糧を備蓄している。それゆえに暴動が発生するほどの食糧危機になることは避けられたという経緯がある。

プラントは自給自足で精一杯で食糧を売る余裕は存在しない。治安の悪化で各国に輸送費は高騰し、各国のコロニーに運び込まれる物資の量もそれ以来激減している。物資統制とまではいかないが、物資不足や食糧価格高騰なんて話題は宇宙じゃよくあるものだ。

……しかし、やはりあの大日本帝国領は例外だった。自国の食糧生産コロニーを持つ彼らはそのような問題とは無縁だったことは言うまでもない。一部の食糧は他のコロニーに輸出していたぐらいである。食糧価格の高騰を知っていた海賊達も日本の船団には手出しするものはほとんどいなかった。日本は輸送船団を組み、船団には護衛の巡洋艦を貼り付けていたためである。生半可な戦力で襲撃すれば間違いなく返り討ちにあうことぐらいは分かっていた。

因みにこの日本製食品、その新鮮さと美味しさからコロニーでは高値で取引されており、富裕層ぐらいしか口にすることができなかった。また、その一部は闇ルートを通じてプラントにも流れており、プラント内部では高値で取引されていたらしい。噂ではプラント最高評議会の議員の半数がこの食品を求めているとか。

ただ、そのメンバーの中にパトリック・ザラ議長は含まれてはいない。彼は市民と同じように毎日穀物から合成された合成食品を口にしていた。妻がユニウス市の農林水産局で合成食糧の研究をしていた手前、いくら不味くても食べないわけにはいかなかった。合成食糧の否定は妻の研究に対する否定になる。妻への愛ゆえに彼は文句一つ言わずに合成食品を食べていたのである。このこともあり、議長府では合成食糧の不味さに関する話題は禁句となっているらしい。

流石にザフト軍人の味覚がイギリス人化していく際は色々と悩んだらしい。新人類の味覚をナチュラルの最底辺まで堕としてしまうことはこの後の世代に対する返しきれない負債になるかもしれないとパトリックは考えていたのであった。彼は対策を色々と考えてはいたが、結局は定期的に本国や地上に異動させるということが限界だったようだが。

 

 劾は美味な食事がとれることに感謝して手を合わせ、席を立った。これから機体の調整作業が待っている。一度は白銀に負けたとはいえ、同じ相手に2度負けるつもりは毛頭ない。彼もあの有名な横浜から送られてきた新型MSのテストをするというから腕が鳴るというものだ。

模擬戦までは後1日。既に劾は機体の整備や調整といった殆どの作業は終えているので、これからは実際に宇宙に出て動きを確かめる予定になっていた。昼飯を食べたばかりであるが、戦闘用コーディネーターとして造られた彼にとってはそれほどの苦ではない。

劾は自身日本から支給された特注のパイロットスーツと新型MSの待つハンガーに足を向けた。


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