機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-43 決戦前夜

 C.E.71 9月15日 L4 大日本帝国領 安土

 

 

 

 

「駆動ミッションチェック完了……大和曹長、最終機動チェック完了しました」

 

「ありがとうございます。中條軍曹」

キラは愛機の整備班の中條に礼を言う。

 

「いえ、気にしないで下さい。これが仕事ですから。それにこいつの整備を担当させてもらえるだけで、自分は幸せですよ」

 

キラは相変わらずのメカフェチ振りを見せる中條に苦笑しながら愛機を見上げる。XFJ-Type3――雷轟。それがこの機体の名前である。機体のコンセプトはキラ自身が搭乗して大戦果をあげた大西洋連邦の試作MS、GAT-X105ストライクを踏襲したもので、ストライクのそれと酷似したストライカーパックを運用することができる。

 

 

 海皇(ポセイドン)作戦は日本の総力を挙げる必要があると判断した宇宙軍は三友重工業、富士山重工業の両社に対し、敵のエース専用機と目される超高性能MS『蒼火龍(リオレウス)』、『桜火竜(リオレイア) 』に対抗できる機体はないかと打診した。

そこで富士山重工業は瑞鶴の後継機として試作したMS『雷轟』を、同じように三友重工業も瑞鶴の後継機として試作したXFJ-Type5『陽炎』を軍に提供した。

機体の提供期限が差し迫っていたこともあり、両社は急遽開発中の新型MSの試作機を改造して期限までに間に合わせるという決断を下したのである。そして『雷轟』は同じコンセプトで開発されたMS、ストライクを運用して大戦果を挙げた経歴を持つキラに、そして『陽炎』は日本が本作戦で雇った傭兵、叢雲劾に与えられた。

白鷺の試験生産で得られたノウハウや特殊技術を組み込んで製作されたこれらの機体は白鷺と近接戦闘能力以外は同等の性能を誇る。

そして安土に運び込まれたこの2機はパイロットの意見を元に徹底的なチューンアップが施されており、その性能は白鷺をも上回る。

また、白鷺は熟練のパイロットが搭乗しなければその豊富な近接戦闘用兵装を使いこなすことができないという致命的な弱点があった。熟練のパイロットが登場することが前提となった機体はいかがなものかという意見も防衛省内で出ていたのである。

だが、白鷺の運用から得られたデータを期待の各部やOSに応用しているこれらの新型機にその心配は無い。

まぁ、搭乗するパイロットが世界最高峰である以上初心者向けとかはあまり関係ないのだが。

 

 

 

「キラ、今日はもう上がっていいぞ」

 

 

一通り作業を終えたところで下から声がかけられる。声の主はキラの直属の上官である白銀武中尉だ。

 

「いいんですか?僕はまだ……」

 

「今日はもう休むぞ。ある程度休むのが人生では肝心だ。戦局しだいではそんな余裕なんて無くなっちまうしな」

 

武の言葉を受けて少し考えた末、キラは武の言葉に従うことにした。そして彼は武の勧めを受けてそのまま武が泊まっているL4の居住用コロニー名古屋に存在する煌武院邸に宿泊することになったのである。

 

 

 

 キラは純和風の大きな屋敷を見て目を丸くしていたが、武はそんなことなど気にしたそぶりも見せずに正門から入る。暫し呆然としていたキラも慌ててそれに続いた。

「お帰りなさいませ、武様」

通された和室で二人を出迎えたのは美しい女性であった。この女性の名は煌武院悠陽、武の婚約者である。

 

「久しぶり、悠陽。悪いな、中々時間が取れなくて」

 

少し申し訳なさそうに武は言ったが、悠陽は首を振る。

 

「いえ、それが武様のお仕事ですから。この国を守るために忙しく働いておられることは承知しております。……それで、こちらの方が大和様ですか?」

 

悠陽に視線を向けられたキラは思わずドキっとしてしまう。

 

「はっ、はい。僕がキラ・大和です」

 

「そうでしたか。貴方のことは少し聞いていますよ」

 

「僕のことを……ですか?」

 

「ええ。貴方と縁がある人をこちらで預かっておりまして」

 

そう言うと悠陽は付き人に目配せをした。それを受けた付き人は静かに襖を開け、部屋を後にする。

一体誰のことであろうかと考えるが、キラは答えを出すことができない。色々と考えているうちに外から声がかけられる。

 

 

「失礼します」

 

先ほど退室した眼鏡をかけた女中さんが襖を開ける。そして和服に身を包んだ少女が入室する。黒髪の映える美しい少女だが、キラにはなんとなく見覚えがある気がした。そして、彼女の声を聞いて完全にそれを思い出すことになる。

 

「お久しぶりでございます、キラ」

 

「もしかして……ラクス!?でも、どうして日本に!?それにその髪は!?」

 

目を丸くしているキラにラクスが悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべながらこれまでの経緯を軽く説明する。

プラントで監禁されたこと、そこからカルト教団に救出されたこと、コペルニクスでマリューを見かけ、彼女を頼りにカルト教団の元から逃げ出したこと、そして、ことがことなのでL4にある煌武院邸で匿われていたこと、正体を隠すために髪の色を変えていたことを説明すると、キラは険しい表情をしていた。

 

「……大変だったんだね。でも、プラントで偽者か……」

 

「ええ、皆様そのことに気がついてはおりません」

 

二人の間で会話が進むと、武が不意に立ち上がった。

 

「まあ、積もる話もあるだろうから、二人でゆっくりと話してな。俺達は席を外すよ」

 

「そうですわね。私も武様と一緒に話したいことが沢山ありますから」

 

そう言うと悠陽は武の右腕に跳びついた。その豊満な胸の感触に武は少し顔を赤くする。

 

 

「それじゃあ、ごゆっくり」

 

 

 武達が退出すると、二人きりになったという事実を認識してキラは戸惑った。同年代の女の子と部屋に二人っきりというシチュエーションは初めてではない。初めてではないが……アフリカでフレイと二人っきりで士官用個室にいたときとは違う。

あの時のキラは自身の弱さに対する無力感と多くの人を守れなかった罪悪感に苛まれ、自分がギャルゲーのイベントと同じ状況下にあることを認識できていなかったのだ。

そのため、フレイという可愛らしい少女と二人っきりというイベントをスルーしてしまった。

だが、今回はあの時とは異なり、キラは正常な状態だった。つまりは、色々な意味で健全な少年であった。それに、ラクスに宇宙服に着替えてもらったときに彼女の下着を見てしまったこともあり、つい意識してしまう。

 

余談だが、一時期フレイはキラを自分に縛り付けようと色々とモーションをかけていたが、自分の弱さに対する強迫観念に負われていたキラはそのモーションに興味を示さなかった。というより彼女の父親を守れなった自分が彼女に思慕を抱くこと自体を罪と当時のキラは見なしていた。

 

 

 

「キラ様は、あれからどうなさいました?」

 

ラクスに尋ねられたキラは自分の旅路を語った。アフリカ、紅海、オーブ沖とザフトと戦い続け、アラスカに辿りついたこと。そこで連合に裏切られて人柱にされかけたこと、なんとかアラスカを脱出して、そのまま日本に亡命したこと。

全てを語ると、ラクスは神妙な顔をしていた。

 

「キラ様は……ご自身の故郷を捨てて、後悔していますか?」

 

キラは首を振って否定する。

 

「僕の決めたことだから後悔はしていないよ。それに、僕は故郷を……オーブを出て知ったんだ。平和っていうのは外交と防衛力によって守られているんだって。決して崇高なる理念とやらで守られているわけじゃない。最後は結局力が無ければいけないってことになるけど、その前に頭をつかった外交をしていれば戦争に巻き込まれる可能性を摘むことも不可能じゃない」

 

キラは続ける。

 

「オーブの外交では、いづれ平和が壊されるときが来る。それは遠い未来のことではないと思う。オーブでは連合にもザフトにも属さない中立という立場のせいで世界から孤立していることを栄誉ある孤立としているし、国民の多くもそれを誇りにしている。いや……違うか。そういう風に何年も昔から国民を教育して、マスコミも操作しているんだ。国内の報道各社はオーブは平和を愛する国家という耳障りのいい国家観を吹き込むだけ。それに、直接襲撃を受けることなんてヘリオポリスの事件まで実際に無かったから国民の大部分をそれが事実だと信じていた。僕も、日本で即席の士官教育を受けるまではそんな耳障りのいい言葉に惑わされていたんだけどね」

 

苦笑するキラにラクスは問いかける。

 

「すると、キラは……いつか戦乱に巻き込まれるオーブに留まることは危険だと考えて日本国籍を取られたのですか?」

 

「そういうことになるね。もしも戦乱に巻き込まれなかったとしても、戦後のオーブが平和な国でいられるとも余り思えない。世界各国から難民を受け入れているけれど、彼ら全てに職があるわけでもないから困窮した難民はスラムに住み着いて犯罪を犯し、治安を悪化させてる」

 

オーブは平和を謳歌しているイメージがあるが、実情は厳しいものだ。コーディネーターとナチュラルの格差も未だに根本的に解決されたわけでもない。更に、世界各地から押し寄せる難民はオーブ国内のナチュラルとコーディネーターの比率を狂わせた。

だが、問題は国内の問題だけに留まらない。

 

 

 

「それだけじゃないよ。どの陣営の要請に答えないで参戦せず、その上でプラントとの交易で甘い汁を吸い、世界中にオーブ製の武器を連合・ザフト問わず売りさばいた以上は戦後に戦勝国から制裁を受けてもおかしくないよ。そして国際的に孤立しているということは安全保障の分野でも他国と提携することはできない。どこの国もオーブに軍需物資を適正価格で売ってくれないだろうから、オーブ軍はその装備の殆どを自国で研究、開発して生産しなければならないね、そうなると国防費だってうなぎのぼりだ。負担を共有してくれる同盟国がいない以上、オーブ軍が単独で敵の侵攻部隊を退けるだけの軍備を備えなければならないし。しかも外交的に完全に孤立している以上、連合のどの構成国も、ザフトも――ついでに言えばこの日本も一応仮想敵になるんだよ」

 

「オーブにとって日本は父祖の国ではないのですか?」

 

ラクスは驚きながら問いかけた。

「国民感情的には父祖の国っていっても、最近はそんな感じじゃないんだよ。特に、ウズミ代表になったころからそれが顕著になったかな。外交的に孤立しちゃってるし」

 

開戦後はプラント製品を中継貿易して暴利を貪っていたこともあって現在の日本の対オーブ感情はお世辞にも良いとも言えなかった。

 

 

 

 キラは続ける。

 

「今挙げたのはまず確実に起こりうる事態の一部に過ぎないけど、これだけでも、オーブがこれまでの繁栄を維持できるとは思わないんだ。オーブの指導者――首長家がそう簡単に自国の理念を捨てるとも考えられない以上はこの事態が回避される可能性は低い。特に今でも実質的な最高指導者であるウズミ・ナラ・アスハはこう言っちゃあ失礼かもしれないけれど、まるで思想家や宗教家みたいな頑固さだ。理念があるから国がある、理念なくして国は無しって考え方をしている人間がその主張を変えるところなんて考えられないね」

 

「オーブに……いいえ、オーブの施政者に愛想を尽かしたのですね……」

 

ラクスはどこか悲しげに言った。そして彼女の言葉に対してキラは首を縦に振って肯定する。

 

「否定はしない。後……僕はアークエンジェルが一度オーブに寄港したときも色々とあって両親と顔を合わせずじまいだった。日本に亡命という形で来ている以上は数年は簡単に出国できないし、両親と会うにはこちらから呼び寄せるしかないんだよ。数年も出国まで待ってたら、その間にオーブが戦乱や経済的混乱で混乱して両親に危害が及ぶ可能性だってあるからね」

 

 

 ここで一息つくと、キラは鋭利な刃物を思わせる鋭い眼差しをラクスに向けた。その眼差しは彼の覚悟をラクスにみせつける。

 

「僕に両親を呼び寄せる権利があるのなら、僕は迷わずそれを行使するよ。最初から決意して行動しなければ守れないものもあるってことはアークエンジェルに乗っているときに嫌っていうほど学んでいたからね」

 

「生まれ育った国への愛着もあるでしょう。しかし、それよりも両親の安全が優先されるのですか?」

「うん。国が国民のために成すべきことを蔑ろにして、お国の理念を優先させる姿勢をとっている以上、国民が国のためになすべきことをする必要は無いと僕は思うよ」

 

 

 

 キラの言葉にラクスは俯く。何か思うところがあるのかと思い、その顔をよく見ると、彼女の澄んだ大空を思わせる空色の瞳から涙が零れていた。

 

「父は……死にました。売国奴と罵られて殺されました。私は、父がアラスカ侵攻計画を外部に漏らしたとは考えておりません。作戦が開始されたときにカナーバ議員からアラスカ奇襲の件を始めて父は知らされたのですから。裏でマルキオ導師を通じて何かなさっていたことは事実かもしれませんが、父はそのために自国を蔑ろにするような人ではありませんでした。それなのにプラントのメディアはまるで父を売国奴のように扱います」

 

ラクスは沈痛な表情をしているが、その口を閉ざすことは無い。涙交じりにその思いを口にするラクスをキラは真剣な眼差しで見つめる。

 

「そして、その直後から私の名を騙り、私と同じ姿、同じ声を持つ何者かがプラントで戦争反対を訴える活動を始めています。戦いを止めることは間違ったことではないでしょう。しかし、プラントは理事国から独立するという大儀を掲げて挙兵したのです。戦い以外の方法で如何にして独立を勝ち取るというのでしょう。一方、ビジョンが見えない主張をする彼女を信じ、支持する国民もいるのです」

 

キラは無言でラクスの言葉に耳を傾け続ける。どれほどの間自身の疑問を、憤りを自身のうちに溜め込んでいたのだろうか。

 

「この戦争でザフトに志願し、犠牲になった将兵の命はなんだったというのでしょう?最後まで国を憂いた父を売国奴として扱い、その娘が煽動する反戦活動に賛同して戦争そのものを否定する……彼らが国のために――父が愛した国のために成すべきことを成している民と言えるのでしょうか?あんな――あんな国民に父が売国奴と罵られるのは理不尽ではありませんか!?」

 

最後の方は糾弾しているようだった。泣き崩れるラクスにキラは狼狽する。彼はこんな時に迅速に行動ができるような紳士ではなかった。女性とまともにつきあった経験も無いヘタレである彼を責めるのは酷かもしれないが。

 

「私は……父のようにあの国を、あの国民を愛することができません……」

 

 

 彼女は祖国に失望しているのだろう。だが、その一方で父の愛し、父が尽くした国を捨てる決断ができないでいる。そんな機微まで察する能力を持たないキラだが、ここでようやく泣いている女性に対する接し方を思い出して彼女をやさしく胸に抱いた。

 

ちなみに彼に女性との接し方について講習したのは我らが恋愛原子核、歩くフラグメーカー、ギャルゲー主人公の3つのタイトルを併せ持つ『銀の侍』白銀武中尉である。彼につれられて飲み会に行く機会も多かったためにキラは色々と吹き込まれていたのだ。

その中には泣き崩れる女性についてのエピソードもあり、かつキラがそれを覚えていたということが……キラにとっての生涯の不幸であったのだろう。

 

 ラクスが泣き止んだことに気づいたキラはやさしく彼女を抱く腕を緩め、懐からハンカチを取り出して彼女に差し出した。――因みにここまでが武の教えである。

 

 ラクスはそれを受け取り、目元を拭う。しかし、ハンカチを返した彼女はその際にキラの顔を正面から見てしまい、顔を紅潮させる。

なんせあまり関わりの無い男性の胸元で泣き腫らし、その泣き顔を至近距離でみせつけていことに気がつけば年頃の少女が羞恥心を感じるのも無理は無い。

更に、幾度の戦を生き残ったキラの顔つきはどこか同年代の少年に比べて精悍さを感じさせるものに変わっていた。体つきも正式に大日本帝国宇宙軍に配属されてからのトレーニングで逞しい身体に変わりつつあった。しかも彼は元々女性受けする顔つきだ。

端的に言えば、キラは一般的な感性を持つ女性からすればかなり魅力的な男性なのだ。

そんな男性と密着状態にあり、その顔を至近距離から見てしまったラクスがキラを異性として強く意識してしまうのも無理は無い。

それに、デブリベルトで漂流していた時に救命艇を拾ってくれたのも、地球連合のもとにつれられそうになった時にも自らの危険を顧みずに彼女を救ってくれたのはキラであった。自分をプラントの歌姫としてではなく一人の女の子として考えてその身を憂い、危険を冒してくれた少年に対してその時から淡い感情を抱いていたこともあり、彼女はこの瞬間自覚した。――自分がキラ・ヤマトという少年に対して恋愛感情を抱いているということを。

 

 

「す……スミマセン。お恥ずかしいところをお見せしました」

 

色々な意味で顔を赤くしているラクスに対してキラは気にした様子も見せずに対応する。

 

「気にしなくていいよ。大切な人を失って、いつもと違う環境に置かれて不安になったりする気持ちは僕にも理解できるしね」

 

最も彼の場合は誰かにすがってその思いを発散したのではなく、自分を責め、自分を鍛えることで逃避していたのであるが。

「とりあえずさ。答えを出すのに焦らない方がいいと思うよ。ラクスにとってのプラント、そしてラクスのお父さんにとってのプラント……抱える思いが違うからってどちらかを否定する必要も無いだろうから、納得できるまで悩めばいいと思う。戦争中だってそういうことができるんだから」

 

キラにやさしくアドバイスを受けたラクスはいまだほんのりと赤みが残る顔で静かに頷いた。

キラは知らない。恋愛原子核の教えがどのような結果を抱くのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71 9月15日 大日本帝国 内閣府

 

 

 

 澤井内閣の面々は防衛省防衛計画課から派遣されてきた岡村渉中佐と共に海皇(ポセイドン)作戦の最終確認を行っていた。

 

 

「ユーラシア連邦の第二、第九艦隊はアルテミスで待機中です。作戦開始時刻になればすぐに出られる状況にあります。大西洋連邦の第一、第七艦隊もプトレマイオスを出港しました。しばらくは月軌道のパトロールを装う予定となっております。我が軍の第一艦隊も安土から、第三艦隊も大坂より7日後に発進する予定となっております」

 

会議室と前面に設置されたスクリーンに宙域図と各艦隊の位置が映し出される。

 

「作戦開始時刻までに各艦隊は作戦通りの定置につくことができそうです」

 

「大国が手を取り合って地球を守る……か。旧世紀に流行ったアメリカ映画のようだ」

 

「中華の主とやらは参加し取らんところまで似ている」

 

千葉と吉岡が茶化すが、あまり空気は軽くならない。

 

 

「一つ……その中華の主絡みのことでご報告したい点が」

 

そこで、辰村が手を挙げた。会議の出席者達は一様にこれを訝しむ。地球が危機に陥っている中でいったいどのような用件なのか。

 

「東アジア共和国が海南島に海上戦力を集めています。これまでの情報を分析した結果では、地球―プラント間の大戦が講和に入る前に大戦果を挙げてこの交渉に活躍した戦勝国として参入するためにカーペンタリアを襲撃するという可能性が高いと分析していたのですが、些か妙なのです」

 

「妙……とは?」

 

澤井が尋ねる。

 

「はっ……どうやら釜山にも彼らの潜水艦艦隊が集結しており、爆撃機も福建に集まりつつあるとのことです。また彼らの宇宙艦隊の配置もカーペンタリアを狙うのであれば無駄が多すぎる気がするのです。」

 

そこまで言えば殆どの人間が邪推するだろう。

 

「狙いは我が国である……と?」

 

奈原は表情を険しくしながら問いかける。

 

「その可能性も否定できません。彼らの宇宙艦隊の位置を計測した結果、その可能性を否定できないという結論が出されておりますので。我が国が主力を敵要塞攻略に当ててる間に我が国に侵攻するということもありえます」

 

 

「……仮に、我々が海皇(ポセイドン)作戦に失敗するとすれば彼らの行動も頷ける。我々は現存する戦力の大半を喪失し、コロニー防衛で手一杯となって制宙権はザフトのものとなる以上は地球へのザフトの逆侵攻を防ぐ手立ては無いからな。もしこの仮定が正しいとすると、彼らはプラントに勝機があると判断する何かを知っているということになるが」

 

奈原が首を傾げる。

 

「彼らがこの時期に地球上で軍事攻撃を計画しているということは看過できません。警戒が必要でしょう。情報局の分析では、仮に我が国が海皇(ポセイドン)作戦に失敗した場合に我が国を、成功した場合はカーペンタリアを襲撃するという状況に応じた作戦を取る可能性が大との分析結果も出ております」

 

閣僚達は重苦しい表情を一様に浮かべた。

千葉が言った。

 

「外務省の調べでは、最近東アジア共和国では対政府デモが各地で起こっているそうですから、内政の失敗を取り戻す手段として侵攻を選ぶ可能性は捨てきれないでしょう……現在集結させている戦力を見る限り、カーペンタリアを狙う場合はそのままザフトの施設も接収し、大洋州連邦を攻め落とすことが可能でしょうし」

 

 

 吉岡が捕捉する。

 

「どういうルートを使ったのか知りませんが、やつらがMS隊を一個大隊分も揃えて陸軍に配備している以上はカーペンタリアは落せなくもないでしょう。アラスカ戦やパナマ戦で戦力をかなり損失している今ならば尚更かと」

 

澤井は険しい顔をする。

 

「……当分、彼らの動きには警戒を怠らないで欲しい。そして、防衛大臣、万が一に備えておいて欲しい。我々は制宙権を持たない以上軌道降下を許す可能性もある」

 

「了解しました」

 

 

 

 この日以降、日本ではその万が一に備えて部隊の移動が始まった。戦力は秘密裏に日本海側に集結しやすいように配置されたのである。日本の選択の結末はまだ、分からない。


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