機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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昨日は横須賀行って護衛艦見て、三笠を見に行って、靖国神社に参拝してと疲れました……しかし、いろいろと感慨深いものがあり、帰宅後に執筆が進む原動力となりました。


PHASE-54 人類を無礼るな

 クルーゼは赤い警告ウィンドウと警告ブザーが響き渡るコックピットの中で自身の無様さに自重していた。人類の可能性を信じて足掻こうとする敵の姿と、人類の救済の志を乗せた刃と自身の人類滅亡の志を乗せた刃との切り結びにらしくない愉悦を感じ、それに興じた結果がこの様である。

「フム、放射能漏れか……しかし、このままではまずいな」

先ほどのすれ違い様の一撃でプロヴィデンスは左腕を失っている。更に左腕を斬り飛ばした刃は胴体部分を掠める軌道を取り、胴体にも僅かばかりの傷を残していた。その傷が原因で現在、原子炉からの放射能が漏れ出しており、コックピットに備え付けられたガイガーカウンターが危険数値を示している。そしてコンピューターはこのまま戦闘を続行すれば原子炉の制御に支障をきたすおそれがあるという警告ウィンドウをモニターに表示していた。

別に今更被爆して寿命を縮めようが、この機体が原子炉の制御ができずに自爆して自身が跡形も無く焼き尽くされようがどうでもいい。どの道この命は長くないのだ。だが、まだ機体が動く以上、諦めたくないという気持ちもどこかにある。あの男の諦めの悪さに感化されたのだろうか。

まぁ、なんだろうとこのまま何もしないでいるつもりは毛頭ない。だが、自身の体は眩暈と吐き気を感じている。放射線障害か、薬の効果切れかは分からないが、万全の状態とは言いがたいのは確かだ。

彼は知らないことであるが、この時プロヴィデンスのコックピットでは常人ならば数日で死に至るレベルの放射線が検出されていた。それでもクルーゼの容態が深刻なものとなっていなかったのは彼の親友が与えてくれた力が彼の命を繋いでいたためである。

クルーゼはコックピットに備え付けられたボタンに目を移す。ガラスのカバーに覆われた“それ”は彼の親友が選別としてこの機体に積んでくれたシステムだ。これの力を借りれば今再び自分は万全の状態を、いや、それ以上の力を得ることができるだろう。

 

『――体調が芳しくないようだね』

一週間前、既に末期の状態にあり、薬でも自身の体を万全の状態に戻すことができないほどの状態にあった自分は親友から救いの手を差し伸べられた。

『“これ”が噂のジョージ・グレンの遺産か』

訝しげに件の物体を見つめるクルーゼに彼の親友はこう言った。

『“これ”を使えば君は戦える体を取り戻せるだろう。これまでの動物実験から得られたデータから、“これ”は生物の能力を飛躍的に上昇させることが判明している。人間に使用したことは無いのだが……もしかすると、君は真の意味で進化した最初の人類になれるのかもしれないな』

実際、彼が私に与えてくれた力は私を全盛期の肉体に近づけてくれた。ジョージ・グレンの遺産が新人類を生む――ある意味彼が定義したとおり、彼は新人類と旧人類を繋ぐ調整者(コーディネーター)であったのかもしれないとクルーゼは思う。

 

「出来損ないの人間(ホモ・サピエンス)であった私が末期に人間を超えた存在として人類を滅亡に追い込むか……皮肉だな、ジョージ・グレン。君は新人類との友愛を謳い、その出会いを仲介した調整者(コーディネーター)ではなく、人類を滅ぼす災悪(カルマ)を持ち込んだただのキャリアーにすぎなかったようだ」

クルーゼは朦朧としだした意識で左腕を振りかぶり、その腕を振り下ろす。特殊なプラスチックのカバーを破壊して彼の拳はその下にあったボタンを押した。同時に、彼の体を凄まじいショックが駆け巡り、体中の筋肉が脳の制御を失って痙攣をはじめた。

 

 

 

 武は警戒を怠らずにプロヴィデンスに向けて長刀を構える。擦れ違い様に斬りつけた後にプロヴィデンスは動きを止めていたが、武はクルーゼを殺した、又は機体が動かなくなったとは思っていなかった。根拠は無いが、歴戦で養われた勘がまだこの戦いが終わっていないことを武に警告していたのである。

そして武の予期していた通り、プロヴィデンスは再度武に向き直る。一瞬の睨みあいの中、クルーゼが先に動いた。ビームサーベルを展開し、不知火に斬りかかる。武も長刀を上手く動かして立ち回るが、武にとって予想外のことが起きる。

プロヴィデンスの反応が異常なほどに速いのである。これまでとはまるで別格だ。機体を動かすパイロットの反応速度がここまで速くなる理由が分からず、武は困惑する。そんな中で、再びプロヴィデンスから通信が入る。

「ははははは!!そうか、これが新人類の力か!!」

「てめぇ、何しやがった!?ドーピングか!?」

武はクルーゼのこれまでとは比べ物にならないほどに洗練された連撃を受け流すが、鋭い一撃一撃が武の神経をガリガリ削る。

「違うな!私はこの不完全な体を脱ぎ捨てて更なる高みを目指して翔んだだけ!!私は最初で最後の新人類として人類の滅亡を見届けるのさ!!」

「ラリってんじゃぁねぇのか!?」

武は黒木がこの作戦の開始前に話していた大西洋連邦の強化人間(ブーステッドマン)について思い出していた。彼らは通常の場合に使用される許容量を超えた量の薬物を摂取することで一般のナチュラルを、コーディネーターをも超えるほどの能力を得ることができる。

反応速度、痛覚の麻痺等、各種感覚の鋭敏化などの作用で彼らの戦闘能力は飛躍的に上昇するらしい。ただ、薬物による強化のレベルが高ければ高いほどに判断力や思考力も低下するらしい。見たところ現在のクルーゼもその状態に近い。

だが、思考力や判断力が低下したとは考えにくい。寧ろ上がっているようだ。そうでなければ先ほどの熾烈な連撃を説明することができない。あの攻撃では一撃一撃が必殺のそれであったにもかかわらず、防がれて次に放たれる手も狡猾で、武は常に死を感じながら戦っていたのだから。

クルーゼの豹変振りはまるでどこぞの成功を呼ぶ料理で有名なレストランのコンソメスープでも飲んだかのようなものであった。

「いったどんな薬を使いやがったんだよ」

武は冷や汗を流しながら毒づいた。

 

 

 

「無茶だ!!この状態で再出撃なんて!!」

「これでもまだジャスティスは戦えるんだ。今戦場に必要なのは1機でも多くのMSだ。攻撃隊の護衛として敵MSをひきつけなければいけない」

「けどな!!駆動系統に不具合がいくつか見つかっているんだ。反応が鈍ることもあるんだぞ!!」

エターナル級2番艦トゥモローの格納庫で中年の男性と将来が心配される額をしている少年が言い争っている。将来が色々と心配な少年の名前はアスラン・ザラ。現プラント最高評議会議長兼国防委員長、パトリック・ザラの一人息子である。

彼はかつての親友が駆る雷轟に破れ、機体を中破させた状態で撤退中に、同じ核動力MS運用艦であればジャスティスの整備と補給も可能であろうとトゥモローに着艦したのである。当初は艦長であるシュライバーが機密保持のために適当な理由をつけて着艦を拒否しようと考えたのであるが、中破している本艦に迫る敵MSの脅威を副官に進言されたことを受けて渋々これを受け入れた。

彼にとって優先すべきなのは実験体達が採取した実戦のデータの採取であったが、実戦経験もそこそこにある副官がこれ以上戦局が悪化すれば損傷しているこの艦の自衛すら困難になり、データを持ち帰ってきた実験体を改修する前にこの艦が沈みかねないと判断したのであれば従わざるを得ない。

あくまで、優先すべきなのはデータであるが、自分達の艦が沈んでしまえば本末転倒である。そんなやり取りの結果受け入れられたアスランのジャスティスは、着艦後すぐに応急修理をすべく駆けつけた技術士官達に取り付かれた。

アスランのジャスティスは両足を失い、左腕も肩から斬り飛ばされている。背部のファトゥムも喪失し、満身創痍の状態ということもあって、簡単には修繕できなかった。整備班の奮闘の結果、とりあえず予備のファトゥム00を装着し、四肢もそろった。しかしその腕はフリーダムのものである。機体の各部にもここでは直しきれないフレームの歪み、駆動系統の損傷などが多数発見されている。

この状態で出撃したとしてもまた何時不具合が起きるかは分からず、各部ブースターの出力にもバラつきが出始めているために姿勢制御にも難があるという事態にもなりかねない。そんな機体状態でも出撃を希望しているアスランと自分達は棺桶を修理したわけではないと主張するトゥモロー整備班の班長をしている男が言い争っていたのである。

 

 その時、ハンガーに艦橋から通信が入り、整備班長はハンガーの壁に設置された受話器を手にする。

「こちらハンガー。整備班長のエッグです」

「エッグ班長、今すぐアスラン・ザラの機体を出撃させろ!!」

受話器から聞こえてくるこの声の主はトゥモローの艦長、タカオ・シュライバーに違いない。

「艦長、しかし彼の機体はその実力を発揮できる状態では」

シュライバーはエッグの言葉を最後まで聞くことなく大声でエッグの主張を遮った。

「そんなことを言っている余裕はないんだ!!01と04が追い詰められているのだぞ!!つべこべ言わずに発艦準備を五分以内の終わらせろ!!これは命令だ!!」

「……了解しました」

受話器から聞こえてくる凄まじい大声に顔を顰めたエッグは発艦を了承すると渋々受話器を戻し、声を張り上げる。

「艦長からの命令だ!!五分以内にジャスティスを発艦させるぞ!!」

そう言うと彼も床を蹴ってコックピットに向かい、発艦に向けた調整をはじめる。

 

「ありがとうございます。これで自分はまた戦えます」

コックピットの上で栄養ドリンクを片手にアスランがお礼を言う。

「礼はいらん。俺は納得していないが、それが艦長の命令だ。そうだ、兄ちゃん礼がしたんなら、一つ頼みを聞いて欲しい」

そのエッグの言葉にアスランは一瞬訝しげな表情を浮かべるが、すぐにそれを振り払った。

「なんなりと。俺にできる範囲のことであれば」

コンソールを操作する手は全く休ませることなく、エッグは口を開いた。

「うちの艦のジャスティスとフリーダムを見つけたら、できる限りでいい。助けてやってくれ。死なせたくねぇんだよ」

黙々と手は作業をしているが、エッグは若干顔を赤らめていた。それを目にしたアスランは若干苦笑しながら答える。

「できる限りのことはやりますよ。ザフトの同胞を見捨てたりはしたくないですから」

「そうか。それで、十分だ」

そう言うと彼はコックピットを後にする。

「それでは……御武運を」

ザフト式の敬礼を浮かべながらジャスティスを後にするエッグにアスランも答礼し、ジャスティスのコックピットに乗り込んだ。

 

 そして、確かに5分以内にジャスティスの発艦準備は完了する。ハンガーの整備班は全て退避し、ジャスティスはカタパルトへと移送された。

「ZGMF-X09Aジャスティス、発進どうぞ!!」

発艦シークエンスが完了したことをオペレーターが通達する。アスランは操縦桿を握り締め、フットバーに足を置いた。

「アスラン・ザラ。ジャスティス出る!!」

トゥモローのカタパルトからジャスティスが飛び出した。

 

 

 

 

「第一戦隊と大黒柱(メインブレドウィナ )の距離、13000!!第一戦隊はデラック砲のエネルギー充填を開始しました!!」

アークエンジェルの艦橋にその一報が入ってきても黒木は全く喜色を浮かべていなかった。それほどに事態は緊迫に度を増していたのである。

大黒柱(メインブレドウィナ )の第一次ミラーの位置は!?」

黒木の問いかけにチャンドラが答える。

「現在、大黒柱(メインブレドウィナ )の中心点に向けて移動中!!現在制動をかけ始めていますから、計算では……後5分で中心点の正面に到達する予定です!!」

「第一戦隊がデラック砲の射点につくのは!?」

「およそ4分後です!!」

ギリギリの条件に黒木は顔を顰める。ミラーの展開を遅らせる策を考えるも、そもそもミラーにデラック砲を使うわけにもいかず、打つ手は無い。その時、チャンドラが上ずった声を上げた。

「白銀中尉の不知火が敵新型MSに押されています!!」

その報告を受けた黒木はすぐに自身の席のコンソールを操作し、望遠カメラが捉えた映像をモニターに映し出す。片腕でありながら敵機は先ほどまでとは打って変わった野生的な剣術で不知火に斬りかかっている。不知火の方は防戦一方に見える。

これまで誘導兵器を主体にしていた敵機がこれまでとは一転して超近接戦闘に切り替えて猛攻を繰り出していることが気になるが、それを気にしていられる余裕はこちらにも無い。懲りずに第一戦隊を標的とした攻撃部隊が右舷より接近していることをレーダーが捉えたのだ。

マリューの指示で右舷に弾幕が形成され、弾幕を避ける軌道を取った敵機は情報から雷轟のビームライフルで撃ちぬかれて爆散する。しかし、バックパックなしではバッテリーの消耗も早いということがあり、キラの雷轟はすぐに着艦を求めてきた。この分では他の戦線の核動力MSを抑えてももらうことも難しいだろうと黒木は考えた。

 

 

 

 

 

 武は防戦一方であった。プロヴィデンスの鋭い剣閃が幾度も不知火の装甲を掠め、彼は緊張からその体力をガリガリと削られていた。そんな中で、武はこのプロヴィデンスの異常なまでの強化について既にある程度把握しきっていた。

まず、これまでの動きに比べ、遥かに洗練されているその戦闘技能からクルーゼの思考や反射といった能力の向上が上げられる。脳がなんらかのドラッグの作用で活性化している可能性が高いと判断できる。

次に、プロヴィデンスのパイロットの身体にかかる負荷()を無視した無茶苦茶な機動から、彼の身体能力が向上しているか、Gを感じないほどに痛覚が麻痺していることが考えられる。

これらのことを踏まえて武のとった選択は敵に強引な機動を取らせることであった。敵が近接戦でくる以上は、そのビームサーベルの間合いに標的を捉えなければいけない。武は普段よりも激しい機動を取ることで、それを追ってくる敵機に負荷をかけようと考えたのである。

元々、変態機動には一日の長がある武だ。追いかけてくる敵機に自機を上回る負荷をかける機動だって知り尽くしている。武の機動の上をいこうとすればその際にかかる負荷は常人に耐えられるものではないということぐらい承知だ。

だが、この敵はどれほど負荷がかかる機動をしても全く動きが衰えない。対Gなど、ことMSパイロットに必要な能力であれば史上最高のスーパーコーディネーターと同等に近い能力を因果律から与えられた武であってもあれほどの動きを強いられれば動けなくなっていただろう。

 

 武は想像以上の厄介さに舌打ちをする。正直、これほどの相手だとは考えていなかった。その時、再度クルーゼから通信が入る。

「どうした!?人類を救うために私を討つのではなかったのか!?」

「言われなくてもお前は倒すさ!!このドーピング野郎!!」

武の苦し紛れの言葉もクルーゼは意にも介さない。

「違うな!!これはドーピングではない!!私は進化したのだよ!!」

「ならもう少し……オツムも進化させろ!!」

「はっ!!正義と信じ!判らぬと逃げ、知らず!聞かず!破滅へと歩むその足を止めることの無かった人類のオツムの方が笑いものだ!!」

 

 クルーゼは笑う。まるで全てが滑稽だといわんばかりに。

(戦い)の果てに求めていた安息の地があると信じて人類はいつから戦い続けてきた!?人類は戦いの中で何を得た!?」

クルーゼは嘲る。どれだけの犠牲を出そうとも戦を求め続ける人類を愚かだといわんばかりに。

「戦いの先に安息などないさ!!他者より優れた存在を目指し!競い、妬み、憎んでその身を喰いあう!それが人類の本能!!人類は安息の地という偶像を作り出してその本能からの行動(戦闘)を自己正当化させているにすぎん!!」

クルーゼは哀れむ。他者を傷つける爪と牙を持って生まれ、他者を傷つけなければ生きられない愚か過ぎる(人類)を。

「その果ての終局だ!!もはや止める術など存在しない!!血は焼かれ!涙と悲鳴が新たなる戦いを呼ぶ人類の歴史(愚行)はここに終焉の時を迎える!!」

 

 歪な笑みを浮かべるクルーゼに相対している武はふつふつとこみ上げてくる怒りを堪えきれずにいた。彼はだれよりも人類の滅びを知り、誰よりも最後まで滅びと逃げずに向き合った高潔な人類を知っている。故に、滅びを許容して招き入れる男を許すことができなかったのである。

「この世界で生まれて、この世界に育てられた人類が!!世界の滅亡を前に指を咥えて傍観するほど愚かだと決め付けてんじゃねぇぞ!!」

例え満身創痍であろうとも、全身全霊を捧げて絶望に立ち向かう人類の勇気を知っている武は滅亡を受け入れない。だが、クルーゼは武の主張を否定するかのごとく高らかに叫ぶ。

「ふん、自らの業と過ちを認め、正す勇気を持たぬ人類が滅亡の淵に立って何ができる!?何もできやしないさ!!」

「人類の業しか知らないお前が断言するな!!滅亡を知らないお前が!!」

クルーゼの振るうビームサーベルが不知火のセンサーマストを掠める。武は間一髪のところで機体の頭部を上げてこれを回避した。だが、クルーゼの猛攻は止まらない。背部に格納していたドラグーンをミサイルのように撃ちだし、不知火の右肩に突撃させる。その衝撃で不知火は体勢を崩した不知火に対してクルーゼは追撃のビームサーベルを突き出した。

「私は人類の業の結末だ!!故に知る!!人類の行き着く先が滅亡であると!!」

武は突き出されるビームサーベルを右腕から展開したビームサーベルで裁き、プロヴィデンスのビームサーベルを軸に機体を半回転させ、左足でプロヴィデンスの頭部に後ろ蹴りをお見舞いした。衝撃でプロヴィデンスは体勢を崩しながら吹き飛んでゆく。

 

「私にしてみれば君が何故そこまで人間に入れ込むのかが理解できないな!!自らが生み出した闇に喰われる愚かな姿を見ていながら何故そこまで人類を信じる!?誇る!?」

吹き飛ばされながらもクルーゼはドラグーンを展開する。そしてドラグーンを不知火の噴射ユニット目掛けて特攻させた。追撃の絶好の機会を得ながらも武は噴射ユニットを守ることを優先し、ドラグーンの迎撃を敢行する。

特攻は阻止したもののその間にプロヴィデンスは体勢を立て直し、残ったドラグーンもエネルギーの充填が終わったのか再展開する。武はライフルをマウントし、不知火に長刀を握らせる。両者の間には一瞬で詰められる距離しかない。しかし、どちらもここから距離を置こうとしなかった。

 

 互いに全く意見が異なる二人。確固たる人類への誇りを胸に、人類を守ろうと、救おうとする武。そして人類に対する極大の憎悪と禍々しい悪意を発現させるほどの失望を抱き、人類という種を冥府に引き摺り下ろそうとするクルーゼ。彼らの死闘(戦い)はすなわち人類への希望と絶望の戦い、彼らの魂に刻まれた思いのぶつけ合いであった。

故に彼らは引くことをしない。目の前の相手を打ち破ることは譲れない思いを貫くこと。ここで引いてしまえば自分は敵の抱える人類への希望/絶望の思いを認め、自身の抱く絶望/希望を否定することに他ならないのだから。

 

「俺はあんたを認めない。人類は、どんな困難の中でも前を見据えて歩み続ける力を持っているんだ!!」

「私は君を認めない。人類は己の生み出した業を省みず、自身の過ちに足を取られて自滅する救いようの無い愚かな生き物にすぎん!!」

二機の鋼の巨人が僅かに体勢を変える。そして、二機の巨人はほぼ同時にスラスターから爆発を彷彿とさせる勢いで光を噴出し、急加速した。

 

 

 第一戦隊はジェネシスから12200まで距離を詰めていた。

大黒柱(メインブレドウィナ )との距離、12200!!」

観測員からの報告を受けた羽立は正面のモニターに映る忌まわしき兵器を見つめた。

「……来月、姪っ子が生まれるんですよ」

羽立の隣の席に座る長門砲術長、仁万崎陽一中佐が言った。

「あの子にも、これからこの国に生まれる子供たちにも、四季の豊かな自然を見て健やかに育って欲しいものです」

「そうだな。豊かな緑に包まれた山々と、海の豊かな恵みがある美しい国だ。だが……それを守るには、目の前のあれは邪魔だ」

羽立はそう返すとモニターを見据える。

「母なる星を守るために敵の巨大兵器に秘密兵器抱えて突撃するなんて話は20世紀に使い古されたアメリカ映画の定番だがな。現実には一回やれば十分だ」

 

 更に第一戦隊は大黒柱(メインブレドウィナ )との距離を詰める。そして、羽立は仁万崎に命令した。

「後1分で射程に入る。デラック砲、照準あわせ」

「了解。左10°旋回、射角上方23°。目標、大黒柱(メインブレドウィナ )

長門艦長羽立の命令で長門前部甲板に備え付けられた超巨大要塞砲、デラック砲が旋回する。今回の任務にあわせ、第二砲塔を撤去して強引に搭載された一門の巨砲が前方のアンテナ状の巨大な建造物に照準を合わせる。

敵の攻撃の及ばない距離で敵を迎撃するというコンセプトの元で開発されたこの特殊砲は要塞などの固定陣地以外では運用は不可能なほどの巨砲である。マキシマオーバードライブの強大な力を撃ちだすことができる耐久力を持たせることは難しく、必要とされる耐久力を実現するためにこれほどの巨砲になったという経緯があるらしい。

 

「マキシマエネルギー充填完了。いつでも撃てます」

仁万崎が羽立に視線を送る。羽立はその視線を受けて頷いた。目の前に存在するものはこの世にあってはならないもの。皇国の臣民を、豊かな自然を、雅な文化を、全てを無慈悲の焼き払う悪魔の炎を宿した兵器だ。

自分達をここまで送り届けるために多くの戦友が散っていった。自分達を守るために犠牲になっていく戦友達を見ていながら自分達はただ前に進むしかなかった。前に進むことしか戦友たちに報いる方法は無いのだから。

血が出るほどに唇を噛みしめ、彼らは待った。必中の一撃を放てるこの時のために只管耐え抜いてきたのだ。もう我慢する必要はない。

皇国を守るため、戦友の挺身に報いるために、この兵器は我々の手で葬らなければならないのだ。羽立は意を決し、そして腹の底から空気を吐き出して命令した。

「撃ち方始め!!」

仁万崎が命令を復唱し、砲術員がそのトリガーを引く。

デラック砲の砲門にマキシマオーバードライブからカスケードされたエネルギーの光が灯り、そして光の奔流が矢のように砲門から放たれ、一直線に奔る。姉妹艦の陸奥からもほぼ同時に光芒が放たれ、2条の光芒が宇宙に光の軌跡を描く。

戦場を翔ける光の矢に一瞬、この宙域のほとんどの兵士の視線が吸い込まれていた。一瞬で目標に迫った輝ける矢は違うことなく円錐上のミラーを貫通し、その針路を揺らがせることなくパラボラ状の巨大建造物の中心を射抜いた。

だが、まだ矢は止まらない。矢はシリンダー状の基部をも貫通し、数多の星が彩る漆黒の大宇宙へと吸い込まれてその姿を消した。

 

 一瞬、大黒柱(メインブレドウィナ )が肥大したかのように羽立には見えた。そして膨張に耐えかねた服が裂けるように大黒柱(メインブレドウィナ )の表面に光が漏れ出す亀裂が奔る。だが、それも刹那のことだった。亀裂が一度に開かれ、そこから鮮やかなピンク色の光が奔騰した。

光は大黒柱(メインブレドウィナ )の各部から奔騰し、まるで破裂した風船のように大黒柱(メインブレドウィナ )は引き裂かれ、ばらばらになってその破片を四方八方に撒き散らしながら崩壊していった。

 

 ジェネシスが内部から破裂したかのような大爆発を起こした瞬間、プロヴィデンスはジェネシスを背にしていた。すなわち、ジェネシスと相対していた不知火のメインカメラは爆発によって生じた凄まじい光によって一時的にプロヴィデンスの姿を見失っていた。

武も網膜投影される画像が白濁し、全く状況がつかめずにいた。だが、彼は脳内に映し出された予測(ビジョン)の通りに長刀を突き出した。そして、同時に背部のプラズマ・グレネイドを起動させ、照準もセットせずにトリガーを引く。

白銀武という因果導体が気が狂うほどに繰り返した戦闘の中で培い、幾度と無く繰り広げた死闘の中で自身を救ってきた直感を武は信じた。全く照準も定めておらず、そもそも視界さえは白濁して敵機の姿さえも捉えていないのにも関わらず、彼は迷わずにプラズマ・グレネイドのトリガーを引いた。

先ほど、ドラグーンから放たれたビームの雨を強行突破した際にプラズマ・グレネイドを最小の出力で発射できるだけの最低限のエネルギーは既に充填していたのである。

機体は突如制御を失い、体勢を崩す。予期せぬ急な動きに彼の体には凄まじいGがかかっていた。だが、彼は何も見えないままで正面を見据え続ける。

「さらばだ!!人類の擁護者よ!!」

人類を滅ぼさんとする闇(クルーゼ)の勝ち誇った声がコックピットに響く。だが、まだ負けていない。

人類最高の英知(香月夕呼の加護)に守られていながら、たった一人の敵に、人類自身が生み出した闇に負けるなんてありえない。ここで自分が負けたりしたら、自分よりももっと過酷な戦場で自分のやれることを精一杯やり遂げた彼女達に九段でどうして顔を見せられようか。

機体の制御を奪われようが、自身の体を陵辱されようが、万の軍勢に四方を囲まれ、退路を立たれようが、人類の勝利のために最後の最後まで何者にも、そして自分自身に恥じない生き方を貫いた彼女達の姿を、思いを知る武がここで負けることは許されない。あんな男に人類の誇りを汚させることはできない。

そして人類という種の“尊厳”を武は叫んだ。

 

 

「人類を無礼るなぁぁ!!!」

 

 

 

 

 クルーゼは勝利を確信していた。左腕が斬り飛ばされた際に同時に吹き飛んだMA-M221ユーディキウム・ビームライフル。これはドラグーンのような自力での推進は不可能だが、自身の手元から離れてもビームを遠隔操作で発射することが可能なのだ。この時、MA-M221ユーディキウム・ビームライフルは彼らの対峙していた地点の中心にその銃口を向けていた。

クルーゼは突撃と同時にこのビームライフルを起動し、不知火のエンジンユニットを狙い打ったのだ。同時にドラグーンを全機不知火の長刀目掛けて特攻させる。長刀が吹き飛ばされ、最大出力を出していた噴射ユニットの片方を噴射口から打ち抜かれた不知火は急な衝撃で制御を失う。

背後からの凄まじい爆発はジェネシスの崩壊によるものである可能性が高い。だが、まだこちらにはαがある。むしろこのタイミングで崩壊し、凄まじい爆発から生じた光で不知火の視界を塞いでくれたことに感謝した。そしてこの死闘に終止符を打つべくクルーゼがビームサーベルを振り下ろした。

「さらばだ!!人類の擁護者よ!!」

獲った!!そうクルーゼが確信したその時、彼は不知火の背部から展開された二門の砲身の砲口から溢れ出す光に包まれた。

 

「人類を無礼るなぁぁ!!!」

コックピットに仇敵の声が届く。同時に、クルーゼは理解した。目の前の男は人類の滅亡を知っている――いや、体験しているのだと。根拠なんて全くない。そもそも、体験しているということ自体が理屈に合わない。

だが、根拠が無くとも、理屈に合わなくとも、それが事実だということは何の迷いもなく断言できる。彼は人類の滅亡を体験し、絶望的な状況にあっても屈することなく滅亡と戦い続けた人類の誇り高き姿をその目に、魂に焼き付けた。彼の見た誇り高き姿こそが人類の可能性――意地というやつなのだろう。

 

 残念だ――クルーゼはそう思った。

人類の滅亡を、この世界の終焉をこの目で見届けられないことではない。人類の闇から生まれ、憎悪を持って人類と向き合ってきた自分には想像できないほど絶望的な状況下にあってなお、滅亡と戦おうとした人類の誇り高き姿を見ることができなかったことをクルーゼは後悔していた。

もしも、彼が魂に焼き付けた人類の高潔な姿を自分も見れていれば、自分の考え方もまた変わっていたのだろうか――そんなことを考えているうちにクルーゼの意識は途切れる。

彼の思考も、人類から抜け出した肉体も押し寄せる金色の光の中に包まれて消滅していった。

 

 核動力炉が損壊し、プロヴィデンスは大爆発を引き起こして消滅する。先に現出したジェネシスのそれには及ばないが、戦場を照らす巨大な火球がまた一つ、凄惨な戦場となった銀河を彩った。




過去最長を更新……ほんとに最終決戦の分量がおそろしくなりそうです。

クルーゼの身に起きたことはまたその内に種明かしを考えております。

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