機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

73 / 87
ぞろ目だなぁとどうでもいいことを思いました。


PHASE-55.5 人身御供

C.E.71 8月1日 プラント アプリリウス 料理店 グラトニー

 

 一台の黒塗りのエレカが停車し、使用人が開いたドアから一人の男が降車する。男の名はパトリック・ザラ――プラント最高評議会議長にして、国防委員会の委員長である。パトリックは料理店に入店し、店長直々の応対を受けて予約していた個室へと入室する。

 

 昨今の食糧事情の悪化で天然食品は超高級品となっており、ジャンク屋を通じた闇ルートかオーブを通じた正規ルートの二つしか入手の方法は無い。プラント国籍の輸送船は連合――の通商破壊で徹底的に狙われているためである。

正規ルートを通った数少ない食品は市場では凄まじい高値で取引されている。闇ルートを通った品もかなりの高額な値段で取引されていると噂されている。

そんな状態で料理店なんて職業がやっていけるのかと考えた市民も多かった。誰だって金を払って不味い合成食品を使った料理を食べたいとは思わないだろう。その予想通り、食糧難になってからは多くの料理店では客足が鈍り店を閉めた。

しかし、一部の料理店は生き残っていた。彼らは不味い合成食材を工夫で食べられるものにしていたのである。現在、プラントの食文化はこれらの一部の料理店の奮戦で一応生き残っていると言ってもいい状態であった。

因みにこのグラトニーという店はかつてから自由黄道同盟の秘密の集会所としても使用されていた店で、料理人も一流に近い人材が集まっており、店主を含めた従業員も自由黄道同盟の支持者であった。

 

 個室の中には既にアイリーン・カナーバが着席していた。

「早いな、カナーバ」

「ええ。クライン前議長が失脚してから政務の中心から切り離されて以前に比べて時間が取れるようになりましたので」

カナーバを政務の中心から切り離した男の前で彼女はいけしゃあしゃあと皮肉を口にする。その豪胆さにパトリックは苦笑する。

「私からもいくつか言いたいことがあるが、未だに席は埋まってはおらん。今日の議題にそのことは関わっているからな、この席が埋まってからそれについてはいくつか弁明させてもらおう」

パトリックは着席するとテーブルに置かれた水筒を手にし、手元のコップに水を注いだ。そして水に口をつける。

その時、個室の扉が再び開かれた。

「遅くなりました。彼女(・・)のタイムスケジュールに狂いが生じたもので」

そう言いながら入室してきたのは黒い長髪の男。名はギルバート・デュランダル。シーゲル亡き後アプリリウスの代表として最高評議会入りしたクライン派の新鋭若手議員である。そして、カナーバは彼に次いで入室した女性の姿に目を見開く。

「申し訳ありません。私の都合で皆さんをお待たせしてしまって……」

「ラ……ラクス・クライン!?」

いや、違う。カナーバはそう確信した。故シーゲル・クラインとも親しかったカナーバはクライン邸に出向く機会も多く、シーゲルの生前はよくシーゲルの愛娘であるラクスと私的な場で顔を合わせる機会も多かった。それ故に彼女はこのオドオドとしているラクス・クラインの姿に拭いえぬ違和感を感じたのである。

 

「紹介しよう。彼女の名前はミーア・キャンベル。今は反戦活動をプラント中で行っている反戦活動家だ」

「は……始めまして」

ミーアと紹介されたラクス・クラインに瓜二つな少女は緊張した面持ちで会釈する。

「……こちらこそ」

カナーバも表面上はにこやかに応対する。そして彼女は訝しげな表情を浮かべながらパトリックに視線を向ける。『説明してくださいますか』という視線をパトリックは感じていた。目は口ほどにものを言うということわざの意味を彼はその身をもって理解した。

 

「ミーア嬢には、現在ラクス・クラインとしてプラント内で反戦活動をしてもらっている。国内に反戦ムードが高まらなければ連合と講和したとしても世論がそれを望まないということになりかねないだろうからな」

パトリックはカナーバに説明を始めた。

 

 

 

 ことの元凶――と言うべきか、始まりはC.E.60年代初頭にまで遡る。評議会の議員に選ばれたシーゲルやパトリックといった自由黄道同盟の指導者達は独立戦争をするのであれば市民に戦争遂行に対する意欲を高めることが必要となると判断し、啓蒙活動の実施を決定した。

パトリック・ザラはまずプラントで生まれた子供達の学校教育に力を注いだ。当時の自由黄道同盟では連合国からの独立戦争はおよそ15年後を見込んでいた。彼らの世代が世論の中核を成すころに理事国相手に開戦することが妥当であると考えていたのであった。

そしてまず、歴史教育からパトリックは取り組んだ。あたかもナチュラルによる圧制の結果コーディネーターが宇宙へと追いやられたかのように記述し、プラントという空間においても尚ナチュラルが構成している理事国はプラントのコーディネーター達にノルマという形を持って弾圧しているのだとしたのである。

理事国――引いてはナチュラルの弾圧や圧制が行われ、コーディネーターは常に苦しめられている。そのような論調の教科書を初等教育から積極的に取り入れることで若い世代への啓蒙活動はスタートした。

一方で、現在労働者の中核を成している世代への啓蒙も必要となってくる。いくら学校で歪んだ歴史観を植えつけようと、それが自宅で否定されていれば歴史観が矯正されるおそれがあるためだ。

そのために国家啓蒙・宣伝の役職を任されたエザリア・ジュールは様々なプロパガンダを実施した。ザフト報道部を立ち上げ、民間の協力者にもTV局を造らせる(ただし国策を重視する報道しかしない。あくまで情報規制をしていると思わせないためのカモフラージュでしかない)など、エザリアは奮闘した。

折しも地上でテロ活動を活発化させていたブルー・コスモスは彼女達にとっては格好の宣伝材料であり、そのテロやブルーコスモスのデモを頻繁に放送することでプラント市民の感情を煽ることに成功する。

 

 自由黄道同盟は映画館、劇場や美術館といった建造物の建築も推し進めた。しかし、そこで上映される作品や展示された作品は全てコーディネーターが世に送り出した作品で統一されていた。パトリックらは民族的に優秀なコーディネーターによる芸術というものを積極的に推したててコーディネーターを賛美し、民族としての優秀さと素晴らしい民族的な芸術性を国民のイデオロギーとして浸透させようと試みたのである。

ラクス・クラインによる歌手活動もこのコーディネーター民族芸術とも言うべきものジャンルの興隆の一翼となっていた。美しい容貌、聞きほれる美声を持つ彼女はコーディネーターの優秀性、文化性をアピールするには絶好の宣伝材料であった。

 

 十年間も宣伝・啓蒙を進めた結果、自由黄道同盟の目論見どおりに国民の大多数には反理事国、反ナチュラルの風潮やコーディネーターという民族概念と民族的な自尊心が高まった。だが、ここで彼らの想定外の事件が起こる。血のバレンタインの悲劇である。

国民の大多数が忌み嫌う理事国が野蛮な核を持って優秀な民族たる我ら同胞の命を奪い、技術の結晶たるコロニーを破壊したという事実は市民感情に火を付け、大炎上を誘発したのである。更に、MSが圧倒的な能力をしめし、理事国の艦隊に大打撃を与えてしまったのもまずかった。愚かで野蛮な理事国に対して鉄槌をという声が高まってしまったのである。

民族感情に内政問題によって大局的な政治が振り回されるなど愚の骨頂である。よほど民度が低く野蛮で粗野、民族的に低能でなければ普通はこのようなことは起きない。だが、完成度は高く行き過ぎていたプロパガンダは民族感情を刺激し、暴走状態に陥れるということをプロパガンダの経験やノウハウが無かった自由黄道同盟は失念していたのであった。

煽るだけならばそう難しくは無い。問題は、どの程度まで煽るかということだ。民族感情を上手い具合にコントロールすることがプロパガンダであるのに、彼らは煽ることがプロパガンダだと錯覚していたのである。プロパガンダに加減が足りなかったことをプラント最高評議会は後悔した。

 

 だが、ここで何も対処せずに民族感情で凝り固まった政治を続けて意味不明な感情論を内外に吐き出し続けようとするほど彼らは無能ではなかった。プラント最高評議会は後悔し、そこから現状を打破すべく対応策を考えた。

まずは、戦場での美談を積極的に流したのである。理事国――ナチュラルにも人道精神を持った兵がいることなどを発信し、国民の感情を緩和しようと考えたのである。初等教育でもこれまでのものに比べて理事国の政府や経済界を批判する内容を中心とした改訂版の教科書の導入に踏み切った。

ここまではカナーバ自身も裏表関わらず協力していたことであるため承知している。だが、ここからは彼女も知らない領域となる。

 

 シーゲル・クラインが失脚し、政治活動を拒否したラクス・クラインは当初クライン邸にて幽閉されていた。そしてそれを隠蔽するために表向きはラクス・クラインは父の死でショックを受けて芸能活動を一時的に中止して静養しているということになっていた。

パトリックらは議長引退後に反戦活動を始めたシーゲルら穏健派の残党を率いたラクスがプラントの好戦的な雰囲気を沈めようと活動することを期待していたのである。当初はパトリックらもラクスの心変わりを期待していたがそれも無く、結局パトリックらはラクス・クラインの替え玉を用意した。それが、ミーア・キャンベルという少女である。

彼女の声色はラクスの声色と同じであったため、ラクス・クラインの代役として見初められたのであった。顔はフェブラリウスで整形、髪は染めることでミーア・キャンベルという雀斑と細目の何処にでもいそうな少女はラクス・クラインと瓜二つの姿へと変貌を遂げたのであった。

しかし、表向きタカ派であるパトリックらが反戦活動を支援していることを支援者に悟られては不味い。そこでパトリックはクライン派の若手筆頭であったデュランダルを非公式ながら引き込んだ。

ミーアをいかに活動させるかの裁量もデュランダルに任せ、あたかもデュランダルとクライン派の支援の下で反戦活動が行われているかのような図式にすることを模索したのである。

 

 しかし、彼女が整形を終え、最低限のプロパガンダのための教育も終えていよいよデビューとなった矢先、幽閉されていたはずのラクス・クラインが何者かの手引きでクライン邸から姿を眩ます事件が発生した。

必死に行方を追うもその行方は全く知れず。何処かの陣営が外交的なカードとしている可能性が高いと判断したパトリックらは焦る。しかし。デュランダルは替え玉作戦の続行を進言した。

名乗り出たならば開き直ればいいと。劣勢になったプラントを捨てた前議長の娘である。シーゲル自体も悪行を重ねていたし、その点も強調してラクス・クラインを攻めればいい。こちらも最悪の場合はミーアを使えなくなるが、ラクスという外交カードを無力化することは容易いとデュランダルは考えたのである。

その進言を受け入れたパトリックらはミーアを反戦活動に投入することを許可し、デュランダルのサポートをもって反戦活動の旗頭的存在にミーアを仕立て上げることに成功した。

それがここまでの経緯であるとパトリックはカナーバに説明した。

 

「なるほど……この少女とそれにまつわる事情じゃ理解しました。しかし、デュランダル氏はどうしてこのような役目を引き受けたのですか?」

パトリックからの説明を静かに聞き終えたカナーバは疑問点を質問する。そしてデュランダルは普段と変わらない穏やかな口調でそれに答えた。

「世論的が望む、連合に大幅な譲渡を強いるような終戦交渉はもはや難しいでしょう。しかし、現実は我々はある程度の譲歩を強いられる条件でなければ戦争を終結させることはできません。ザラ議長はプラントの未来のために譲歩を強いられながらも講和条約に調印するおつもりですが、そうなれば交戦派を支持基盤としているザラ議長は確実に失脚します。ザラ派も勢力が衰えることは確実でしょうし、その時に反戦派を支持基盤とするクライン派がプラントの政治のトップに立つのは確実です。その時にむけての支持基盤作りがザラ派(・・・)の支援を受けて堂々と行えるのですから、協力することは当然でしょう。何より、我々はパトリック・ザラという巨人と渡り合える旗頭が手に入るんですから」

「このような喰えない策を考えるほどに優れ、敵対勢力を率いる本人の前で披露するほどに図々しい男だ。派閥は違うが、私はこの男をかっているのだよ」

パトリックは堂々と自身が失脚すると言い放った男に苦笑いする。そして、ちょうど運ばれてきた料理を口にする。カナーバも料理が冷めるのはごめんなので、食事を始めた。

 

「さて、ここからが本日の議題だ」

料理を完食したところでパトリックが切り出した。

「連合はギガフロートを奪還し、これから宇宙に次々と戦力を集結させるだろう。だが、はっきり言ってプラントが連合を撃退できる可能性は五分五分といったところだ」

その分析にカナーバは眉を顰める。だが、パトリックは構わず話を続けた。

「撃退できればそれでよし。譲歩を強いられようとも私は講和のために協議を連合と進め、この戦争を終結させる予定だ。その後は世論の不満を全て引き受けて職を辞す。その際にはプラントが何故負けたか、偽り無く国民に示して自分達の誤りを明らかにしよう……しかし」

パトリックが目を細める。

「もしもザフトが連合軍に敗北した場合、我々は降伏を余儀なくされるだろう。そして理事国の管理下にあった時代よりも冷たい時代が来る。その時は未来に可能性を残すために私は人柱になる覚悟だ」

そして、パトリックは自分達の計画を打ち明けた。

 

 連合の艦隊が来寇した際には、基本的に防戦に努め、敵艦隊をなるべく密集させる。そして、密集したところを深宇宙探査用加速器を改造したガンマ線レーザー砲であるジェネシスで焼き払い、連合に大打撃を与えて撃退するというのが国防委員会が描いている対連合の基本戦略である。

このジェネシスはL5から地球を焼き払うほどの射程を誇るため、終戦協定ではプラントが交渉を優位に運ぶカードにもなりうる。パトリックは連合を撃退できた暁にはこのジェネシスの解体を条件に連合から譲歩を引き出す心算であった。

ジェネシスは奪取した連合のMSから得た技術の一つであるミラージュコロイドを用いて普段は擬装しており、その装甲は巨大な一枚板のフェイズシフト装甲でできているために理論上は陽電子砲を持ってしても破壊できないつくりとなっている。且つヤキンドゥーエやボアズ、L5コロニー群から離れた位置にあるために戦場で攻撃されて射撃が妨害される可能性は低いと国防委員会も判断していた。

 

 だが、パトリックには不安要素があった。日本の存在である。日本人は自分達の想像を妙な方向から超えていく異様な民族であるとしてパトリックは警戒していた。彼らならば陽電子砲を上回る兵器を持ってジェネシスを無効化するのではないか。または、ジェネシスの情報を入手し、対ジェネシス攻撃を成功させるのではないかという疑念があったのである。

もしも、ジェネシスが破壊された場合、プラントが連合を撃退できる可能性は限りなく低い。しかも、撃退できたとしてザフトという組織が半身不随になり機能しなくなることは確実である。二の矢、三の矢をすぐさま撃てる連合と違い、ザフトは短期間で再度の迎撃戦ができる戦力回復能力を備えてはいない。

そうなればザフトを――プラントを待つ未来は確実に無条件降伏か、それに近いものとなる。戦時賠償や戦犯を裁く裁判が行われ、プラントは連合の占領下に入り国家主権を失うだろう。そして二度と理事国に逆らえないような無力化工作が行われることは間違いない。プラントは数十年かけて積み上げてきた全てを失うだろう。

それをパトリックは善しとすることはできない。そこで彼はジェネシスが破壊されたときのシナリオを考えたのである。全てはプラントのために。

 

 

 この計画の肝は降伏後、如何に再起への力を蓄えるかにある。古代中国の諺にならうなら、『臥薪嘗胆』を如何にして成し遂げるかだ。

そのためにパトリックは東アジア共和国をこちら側に引き込むことを考えた。引き込むといっても、轡を並べて連合と戦うというわけではない。終戦工作に加担してもらうということである。

東アジアは日本の連合加盟の際に連合の協調を乱したために連合から離脱を余儀なくされ、国際的地位の低迷は避けられない状態にあるためにこの取引を断る可能性は限りなく低いとパトリックは睨んでいた。

 

 シナリオはこうだ。東アジア共和国には艦隊をデブリベルトに出してもらう。そして、戦局が連合有利に傾き、その勝利が確定したとき――具体的にはジェネシスが何かしらの手段で破壊されたときに戦場に参戦してもらい、デブリベルトに隠匿されていたジェネシスαを破壊してもらう。

ジェネシスαはジェネシスと違ってデブリベルトに隠されている。周囲のデブリを掻き分けてミラージュコロイドで隠匿されている施設を攻撃するということは並大抵の捜索網では不可能である。ジェネシスとジェネシスαの両方の破壊に十分な量の軍勢を割く事はいかに物量にまさる連合とはいえかなりの負担になることは間違いない。αの捜索に割いた部隊を強襲すれば連合に大打撃を与えることも不可能ではないと見た。

プラント降伏後、ジェネシスαを破壊して連合軍を救った東アジア共和国は戦後処理でそれなりの裁量を得ることになることは間違いない。その裁量権を持ってして、プラントの戦後処理をできる限り骨抜きにしてもらうことがプラント降伏時に東アジアに求める条件だ。見返りとして、プラント再興時には技術面で最大の援助をし、同盟国として東アジアを後押しすることになっている。

別に戦局がプラント有利に進んだときは放置してくれればいい。ジェネシスαを破壊するためにNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)を前金として渡しているし、終戦後はプラントから技術者を東アジアに派遣してMSの製作を含めた軍事的な技術指導を行うという契約になっている。

今回カナーバをこの会合に呼んだのは外交工作に秀でた彼女に東アジア共和国との折衝をしてもらうためであった。

 

 

「全ては戦後のプラントのためだ。正直、東アジアを信用してはいない。おそらく、盟約を破りプラントから技術を次々と接収していくだろう。表向きは傀儡国家に近い扱いになるやもしれん。だがな、彼らは疲弊した国内の安定のために必ず外征しなければならん。我が国から様々なものを接収したとしても元々の内政の劣悪さから疲弊し、エイプリールフール・クライシス、マスドライバー攻防戦等で被害が嵩んだ国内の状況を改善することは不可能だ。既に各地で反乱じみたことが起こっているという報告も受けているからな。そしてその外征が次の大戦につながるであろう。その時こそ我らの再興の時が来る」

パトリックは力説する。そして、デュランダルも自身の意見を述べた。

「東アジア共和国が信用できないのも事実ですが、私はプラントが謙る必要性は無いと考えています。降伏時の議長のプランどおりに進んだ場合、連合は東アジアの一連の行動に少なからず疑うことは間違いありません。ですが、我々が真実を他の連合国に漏らすことを危惧している彼らは最低限の道義は果たすでしょう。彼らとて疑惑を追求されて利権を失うことは避けたいでしょうからな。それに疑惑が証明されてしまえば、おそらく他の連合加盟国からの武力制裁を受けることもありえますからね」

 

 しかし、カナーバは未だ納得しきれてはいないようだ。

「しかし、議長。いくら東アジア共和国の協力があったとしても、一度敗戦国となったプラントに課せられるものは大きいでしょう。市民の間では我々への不信も募ります」

「分かっている。だが、ここで国内を早期に纏め、臥薪嘗胆のスローガンを市民に浸透させなければ再起の可能性は潰える。そのための方策も一応は考えた」

そしてパトリックは東アジア参戦の次、第二段階の計画をカナーバに告げた。

 

 東アジアが参戦したタイミングでカナーバやデュランダルと言った反戦派――クライン派がクーデターを起こす。大義名分はプラントを破滅へと追い込もうとする現政権の排除だ。その大義名分を揺るぎ無いものとするためにパトリックは例え勝ち目がなくなろうとも最後まで継戦運動を続ける。

特攻、自爆、作業機や訓練兵の実戦投入という手段を使ってでも戦い続ける姿勢を明白にする愚か者を最後の最後まで演じ続けるという役目がパトリックには与えられるのである。そして密かにクライン派のシンパで固めた教導隊と治安維持隊を率いて武力蜂起し、パトリックが詰めているザフト軍最高司令部を占拠するという筋書きだ。

戦況が末期状態になればパトリックは教導隊も前線に出すように指示を出す予定でいるために教導隊が出撃することは不自然でないようにカモフラージュされている。作戦開始を告げる『代案』という言葉がパトリックの口から出れば、如何なる文脈であろうとも作戦を遂行するという手筈になっている。

「そしてその時、貴様らがクーデターの旗印としてこの“ラクス・クライン”を掲げる。反戦活動のリーダーがプラントに住む市民の命を憂いて決起し、プラントを破滅に追いやろうとする強硬派の首魁を拘束して降伏を宣言してプラントを救うというわけだ」

パトリックは自身の立場を自嘲する。

「“ラクス・クライン”をは理事国占領下の新政権の首魁となります。理事国側もここでラクス・クラインが偽者だとは言うことは無いでしょう。それを明らかにして平和を愛する講和の功労者を排除してしまえば余計に戦後の統治はやりづらくなるだけです」

デュランダルがパトリックの後を引き継いで話す。

「そして、ザラ議長は全ての戦争責任を被ります。シーゲル政権下でも故シーゲル・クライン議長の意向に背いて戦線を拡大させ、後に議長の席も奪い、完全にシビリアンコントロールを逸脱していた行動を取っていたという事実を公表するのです。実際にザラ議長は敗戦時に自身が責任を負うことができるようにかなり問題となる行為を意図して重ねておりますので、証拠は事足りません」

カナーバは憂鬱な表情を浮かべる。

「なるほど……思い上がったコーディネーター至上主義者である軍人が政権の中枢を握ったことによって今回の大戦が引き起こされ、その軍人が戦争主導者としての責任を負っていたという形に持っていくということですか……ザラ議長、貴方は可能な限りの責任を背負って絞首台に登るおつもりですか?」

カナーバの問いかけにパトリックは首を縦に振った。

「そうだ。私が人身御供となる。私の仕事はそこで終わるだろうが、君たちにはこの後のことを頼みたい。……プラントを正しき道に復興させてくれ」

そう言うとパトリックは頭を下げた。

 

 カナーバは全てを背負う覚悟を見せつけられて心が揺れ動いていた。自分達のやろうとしていることはプラントのために戦い続けた一人の巨人を自らの手で処刑することに等しい。そして、その巨人の器を見せつけられて自分が戦後のプラントを彼の望むように導けるのかということに疑問を抱く。自分の器はパトリックの器に遠く及ばないと考えてしまうのだ。

だが、彼女もプラントのために生きる政治家だ。市民のために、このプラントのために自分を投げ打つ覚悟はできている。そして何より、プラントの未来のために命を散らしていったものたちの思いを見て見ぬ振りができるほど彼女は冷淡ではなかった。

 

「……分かりました、ザラ議長。私は貴方の献身も無駄にはしません」

カナーバの決意を秘めた瞳を見たパトリックは安心したような表情を見せる。

「すまんな。あまり気分のいい役割ではないだろうに」

「いえ。私はプラントの政治家です。お気になさらずに」

そして話を終えたパトリックは左腕にはめた時計を見て、帰り支度を始めた。プラント最高評議会議長兼国防委員長は忙しいのだろう。

「私はスケジュールの都合でここで退席しなければならないが……今日集まってくれたことには礼を言おう。最後にデザートが来る。いまどき味わえない天然物の食材だから味わっていきたまえ。それでは私は失礼させてもらおう」

 

 

 後に今大戦最大の戦犯とされて絞首台を登る運命にある男は、悲壮さを全く感じさせずに退席した。




皆さんお待ちかねの腐れ国家オーブとそこに住む短気な子供とその家族、次いでにコミュニケーション障害の老害獅子とよく言えばお転婆なその娘については次話を予定しています。

今回の話はヨーゼフ・ゲッベルス氏のプロパガンダを参考にしました。
あくまで個人的な趣向ですが、自分は彼の宣伝手腕と民族の自尊心の高揚の方法には深い感銘を受けました。自分が20世紀の偉人を欧州から選べといわれればスツーカの魔王の次にあげるでしょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。