C.E.71 9月29日 オーブ連合首長国 内閣府官邸
「……やはり、東アジアは侵攻の方針を撤回することはないようです。粘ったのですが、僅か7日しか稼げませんでした。面目ありません」
項垂れながらウナトが会議室で自らの至らなさと無念さを吐露する。しかし、彼を責めるものはいなかった。そしてウナトは自らが――オーブが敗北したその外交交渉のことを思い出す。
昨日までウナトは東アジア共和国の首都である北京にいた。オーブと東アジアの武力衝突の件について外交的な決着を試みるべくホムラから全権を委任された特使として派遣されていたのである。
ウナトは最初の雷撃についてオーブによる攻撃ではないことを終始主張し、真相解明のために現場海域に沈む駆逐艦を引き上げて協力することを訴えた。ウナトはホムラから許可をもらい、本来ならば軍事機密として外国に明かされることは禁じられているはずの事件当時のオーブ軍の潜水艦の配置についてのデータを開示してまでオーブの無実を訴えたが、それが東アジアに聞き入れられることはなかった。
この交渉中、会談に臨んだ東アジア共和国の李静麗国務総理の反応は一貫して冷ややかだった。数年前に東アジア共和国の国務総理の座を射止めた美しく若き女傑はウナトの主張を聞き入れることはなかったのである。
「貴国の潜水艦の事件当時の配置を知らされたところでそれは無意味なことです」
自国の主張を一蹴されたウナトだが、ここで諦めるわけにはいかない。彼は食い下がる。
「何故でしょうか?」
だが、李国務総理はあくまで冷ややかだった。
「その潜水艦の配置データが真実であるという証拠はどこにもありません。貴方がこれを真実だと信じていたとしても、このデータを製作した国防省側がが捏造している可能性だったあります」
「我が国の軍部がこの情報を捏造したと?」
ウナトは内心でこの女性の言い方に怒りを覚えていたが、それを表に出すことはなく冷静に対応する。
「ええ。このデータを提出した軍部が自分達に都合がよくなるようにデータを偽造し、事実を捻じ曲げた可能性はありませんか?例えば、最初の一発が誤射だったとしましょう。ヒューマンミスか整備不良か、色々と可能性が考えられますが、それは軍部の恥ともいえるもの。それを隠蔽しようとしていることだってありえるでしょう」
あたかもオーブ軍がポカしてそのもみ消しに必死という言い方をされてウナトもだまってはいられない。
「しかし、そもそも我が国の潜水艦が貴国の駆逐艦を雷撃したという物的な証拠もないのでは?」
「オーブ領海付近を航行中の我が国の艦隊が何者かに雷撃された。そして戦闘詳報には魚雷はヤラファト島方面から発射されたとあります。これで我が国が貴国への疑念を持たない方がおかしいでしょう」
なおも何か言おうとするウナトの様子を察したのか、ウナトが口を開く前に李は言葉を続けた。
「無論、先ほど貴方に私が言ったように我が国の軍部がその報告を捏造した可能性も全く無いとは言えません。物事に絶対はありませんから。しかし、どちらにしても一つだけ、確かなことがあります」
李は鷹とまで称された鋭い視線をウナトに向ける。
「我が国の証言も、貴国の証言も、それを証明できる第三者――我が国と貴国の両国に利害関係を持たない第三国の関係者による証明がなされない限りはただの水掛け論にすぎないのです」
「……そして、その条件を満たす第三者は存在し得ないということですか」
ウナトは眉間に皺をよせながら唸る。
「ええ、そうです。我々が互いに自らの主張を証明するものを持ちえず、かつ自らの主張を引っ込めない以上は交渉による現状の打開は不可能と言わざるをえませんね」
そう言うと李は席を立つ。
「交渉で事態を打開できなかったことは非常に残念です。恐らくは貴国と戦争になるでしょうが、貴方はオーブからはるばる来られた特使です。国賓として丁重にオーブまでお送りいたします」
ウナトはただ自らの無念さに打ちひしがれ、席から立てないでいた。
その会談から一日が明けた。特使として派遣されたウナトが帰国するまで東アジアはオーブ領海外に待機させた戦力を動かすことはしなかった。だが、これはウナトという外交官の意見をオーブ政府が拝聴し、意見を変えるための時間として東アジアが与えたものに過ぎなかった。
「謝罪と賠償……特に賠償要求など到底呑めるものではありません。東アジアはオーブを技術と金をくれるATMに仕立て上げるつもりですよ!!」
首長の一人が声を荒げる。それにもう一人の主張も追従する。
「謝罪もそうです。『オーブが非道な侵略行為に手を染めかけたことを謝罪し、アジアの安定のために寄与する』などと発表しろと!?」
だが、一方で渋い顔を浮かべる者もいた。
「だが、我が国の力では東アジアに太刀打ちすることは不可能です。国土が焦土となり、国民は陵辱される……そんなことを許したくはありません」
「無条件降伏を強いられるよりは今の内に多少屈辱的な条件でも呑んだ方がいいのでは」
最終決定権があるはずのホムラは未だにどちらとも判断がつかず迷いを隠せてはいない。その様子に業を煮やしたウナトが唸るような声色で言った。
「東アジア共和国が示したタイムリミットまで後2時間です。要求を呑むか呑まないか、決断せねばなりません」
会議の出席者達は一様に項垂れる。どちらの道を選んでもこれからオーブを待つのは決して平坦な道ではないことを彼らは理解していた。
「……是非なし。ここにいたれば戦うしか道はありますまい。オーブの理念を守るために」
沈黙が支配する会議室で覇気溢れる声が響く。その声の主はオーブ連合首長国前代表首長、ウズミ・ナラ・アスハである。彼の有無を言わせぬ覇気の前に会議の出席者達は不承不承ながらに首を縦に振る。
「皆の意見も決まっておるようですな、ホムラ代表」
ウズミの迫力の前にホムラもただ従うだけだった。
「……我らオーブ連合首長国は東アジアからの謂れの無い言いがかりに応じることは無い。我らは東アジア共和国と開戦する」
オーブが東アジア共和国の要求を拒否する声明を内外に発表してから30分後、東アジア共和国からも声明が発表され、同時に在オーブ東アジア共和国大使館の華大使がオーブ内閣府を訪れ、最後通牒を手交した。
両国は戦争状態に入ったのである。
オロファトの北東にあるルク港には多くの船が入港していた。どの船もとにかく人を乗せ、満員になったら桟橋を離れ、次の船が入れ替わる形で桟橋に船を着けて人を乗せる。そんなサイクルを繰り返していた。
港の前は人で埋め尽くされている。日本人の収容のために帝国政府は50隻を超える船を手当たり次第に徴用して収容作業に備えていたが、一度に桟橋に船を付けられる数は限られている。また、身分証明作業もあって中々収容がスムーズに進んでいなかった。
「艦長!!東アジアがオーブに宣戦を布告しました!!」
「レーダーが公海からオーブに高速で接近する飛翔体を多数感知!!艦対地ミサイルと思われます!!」
はじまった。大日本帝国海軍第七艦隊司令官神宮司八郎少将はそう思った。第七艦隊の護衛を受けた日本人収容船団は昨日にオーブの首都オロファトの北東にあるルク港に停泊して半日以上立ったが、港の規模もあって収容作業は思うように進んでいない。
当初はオーブの首都に面するオロファト港での収容作業を考えたが、戦火が及ぶ危険性が高いと判断した海軍は収容場所をオロファトの北東にあるルク港とした。戦火が及ぶまでの時間は稼げるが、反面この港は桟橋の数が少なく、収容作業に時間がかかる。
輸送艦に搭載しているLCACを使って桟橋につけられない船に避難民を収容していたが、収容しなければならない避難民の数が多すぎた。はたして、収容作業が終わるまでここに戦火が及ばずにすむのかは疑問である。
「……全艦に通達、第三戦闘配備だ。流れ弾が飛んでこないとも限らん」
「はっ!!」
乗船待ちをしている民衆にもどこか焦りが見られてきた。高速で飛翔するミサイルが発する音やその着弾音が彼らを不安にさせているのだろう。そしておそらく、客船のクルーも同じ不安を感じている。彼らが不安になり収容を途中で出港させる事態は避けるべきだと神宮司は判断した。
「……通信長、収容作業中の全ての船に通信をつなげ。同時にその通信内容をスピーカーで外に聞こえるように手配してくれ」
神宮司の命令を受けて通信長はすばやく準備を整え、神宮司に報告する。
「準備、完了しました。いつでもいけます」
「うむ。始めてくれ」
耳が痛くなるようなハウリングが全ての船のスピーカーから発せられ、一瞬誰もが耳を塞ぐ。そしてそれが収まると、神宮司がマイクを握った。
「まだ乗船されていない帝国臣民の皆様、作業中の客船の乗り組み員の皆様。自分は今回、この船団の護衛を任されました大日本帝国海軍第七艦隊司令長官の神宮司八郎少将であります」
神宮司は続ける。
「現在、未だオーブに在留していた臣民の皆様の乗船は終わってはおりません。そして先ほど、東アジア共和国はオーブに宣戦を布告し、両国は交戦状態に入りました。しかし、ご安心ください。我々第七艦隊は皆様をオーブから一人残らず脱出させるまで御守りいたします。東アジアが手を出してきたら一戦して我らを盾にしてでも守ります。指一本振れさせません」
神宮司の演説で収容作業中の乗員にも、我先にと人が詰め掛けて混雑している桟橋にも落ち着きが取り戻されていく。
「ですから、皆さんは列を乱さず、焦らずに乗船してください。混乱は速やかな乗船の妨げになりますので、皆様は落ち着いて、係員の指示に従ってください」
いまだ港で船を待つ人々の間に秩序が戻り、乗船作業は粛々と進められていく。だが、まだまだ収容しなければならない人間は多かった。
宣戦布告から4時間が経過した。宣戦布告と同時に行われたミサイルの雨による攻撃、そして追撃として行われた空襲でオーブ国防海軍は組織として行動不能なほどの損害を追い、既に有名無実と化していた。
そして空軍も凄まじい数で襲い掛かる東アジア共和国の艦上戦闘機の群れを相手に着実に損害を重ねていた。しかも彼らが補給に使うはずの基地はセイロン島から襲来した東アジアの爆撃機による空襲で大きな被害を受けている。何機か撃墜には成功したが、それらの残骸が市街地に墜落する等して本土に被害をもたらしていた。
オーブ国防空軍の主力戦闘機清風は東アジア共和国の主力艦上戦闘機を凌駕する性能を発揮してはいるものの、絶対的に数が足りずに爆撃機の迎撃にまで機体を多く割くことはできなかったのである。
本来の配備計画では更に多くの機体を調達できていたはずだったが、政治の横槍を受けてMSの生産を優先した結果、清風の配備計画に遅れがでていたこともこの事態を招いた一因と言えよう。
その様子を司令室で見ていたオーブ本土防衛司令官付きの副官、カガリ・ユラ・アスハは険しい表情を浮かべている。
「東アジアの強襲揚陸艦が南西からヤラファト島に上陸を始めました!!」
「第七機工大隊を回して食い止めろ!!上陸を阻止しろ!!」
カガリの隣ではオーブ本土防衛司令官の任についたケイイチ・ナツカワ陸将が矢継ぎ早に命令を飛ばしていた。カガリは自身の無力さに怒りが募る。
彼女が年齢相応でない一佐の階級についているのはその生まれが背景にあるからに他ならない。オーブの氏族は一族から軍人を常に2、3人は出しておく慣例がある。これは五大氏族の一つとして数えられるアスハ家とて例外ではない。そのために彼女は軍人としてここにいる。
だが、五大氏族ほど格が高い氏族となると、まず前線勤務になることはない。これは首長に欠員が出た場合に氏族軍人から後継の首長が出る場合もあるために命の危険にさらすことが憚られたためだ。
そんなわけでカガリは最も安全に近いだろう後方の司令部にほぼ権限の無いお飾りの副官という形で配属されたのである。
「カ……カガリ、不味いよ……」
そんなカガリの隣でオドオドしている参謀の名前はユウナ・ロマ・セイラン。彼も経歴の箔付けのために昨年から軍属となっていた。オーブ国内での地位向上を狙うウナトは軍部にもセイランのシンパを増やすべくユウナを送り込んでいたのである。
「不味いのは分かっている。だが、上陸戦となればM1アストレイが使える。司令もMS部隊を敵軍の上陸地点に送られた。これで敵の上陸を先送りにできるかもしれない」
戦域図を見てカガリが冷静に分析する。ゲリラ時代に行き当たりばったりな戦いで多くの仲間を失った経験から、彼女は帰国後に軍略について引退した元軍人を教師にキチンと学び始めていた。そのために基礎的な分析は既にできるようになっていた。
「うう……ウズミ様が日本からの援軍を受け入れてさえいれば……」
その一言を聞いたカガリは耳を疑った。そしてユウナの胸倉を掴み揺さぶる。
「おい!ユウナ!!どういうことだ!?日本からの援軍!?そんな話は聞いていないぞ」
武力衝突が起きてから常に司令室に詰めていたカガリにとってその話は寝耳に水だった。そして、カガリの大きな声を聞いた司令室の軍人も驚いてユウナの方に振り向いた。
多くの人の視線が集まっていることに気がつかないでいるユウナはカガリから感じる圧迫感から逃れようと必死になって答えた。
「ま、前にパパがトイレでぼやいていたのを聞いたんだ!!ウズミ様は理念を守るために日本からの義勇軍派遣の申し入れを拒否したって!!既に軌道上でいつでも援軍として戦闘に参加できるようにアークエンジェルが待機しているって聞こえたんだ!!」
カガリはユウナの胸倉を離して彼を解放すると、司令室の壁に拳を打ち付けた。
「なんてことだ!我々は国民を守るために戦っているのだぞ!!」
ナツカワ陸将も怒りを顕にしている。だが、彼の熱は次から次へと入ってくる凶報で冷まされた。
「清風部隊、稼働率が40%を切りました!!」
「敵揚陸部隊の第二派がオロファトに進行中!!沿岸の防御施設は攻撃ヘリによって沈黙させられています!!阻止できません!!」
「慌てるな!!第二戦車大隊、第四高射砲中隊をオロファトに回せ!!敵攻撃ヘリを無力化し、その上でLCACを砲撃するんだ!!」
ナツカワは呻き声を漏らしながらも必死でモニターを見据えて戦場の火消しを試みていた。だが、彼も理解している。自分の出す指示は所詮は一時しのぎに過ぎないことを。彼はかつて大日本帝国陸軍との交換留学プログラムで訪日し、そこで未来の士官を育成する防衛大学のエリートと共に学び、オーブ本土防衛軍に配属された後も防衛戦闘の作戦立案に携わってきた秀才である。だから、自軍の限界を誰よりも早く見据えることができた。
「司令!!よろしいでしょうか!!」
絶望に抗おうと必死になるナツカワにカガリが声をかける。しかし、ナツカワはうっとうしげに応対した。
「何だ!!お嬢様の意見など聞いている暇はない!!」
「行政府に殴りこみます!!一個歩兵中隊をお貸しいただきたい!!日本帝国に救援を要請します!!」
お嬢様とみなしていた少女の口から飛び出した言葉にハルマは絶句する。この少女はこの期に及んでクーデターを起こそうとしているのだ。しかし、如何に戦局が不利で、それが政治によってもたらされたものだとはいえども国に忠誠を誓った軍人である以上、ナツカワは政府に反逆することを是とはできなかった。
「駄目だ……軍が武力を持って政府を転覆させることは許可できない」
だが、カガリも引かない。
「ならばせめて、私とユウナだけでも行政府に行かせて下さい!!父を……ウズミ前代表を説得したいのです!!説得がならない場合は……!!」
カガリは腰につけた銃のホルスターに手を添える。その仕草が意味することを察したナツカワは目を細める。彼女は自身の父親を物理的に黙らせることでその権力を奪うつもりなのだ。クーデターとしてではなく、アスハ家の内乱という形で父を葬ろうとしているのである。ついでに何故か巻き添えにされたユウナは絶望して壁に手をつけて項垂れていた。
「……分かっているのか。たとえ氏族であろうと、首長を手にかければ極刑は免れないのだぞ」
「このままでは極刑を宣告するはずのこの国が無くなります!!理想は受け継ぐものがおれば取り返せますが、人の命は二度と取り返せないのです!!もう……時間がありません!!決断を!!」
カガリの目に灯る覚悟を見たナツカワは決断した。
「……私は、君がアスハ家の姫だと聞いて、理念を念仏のようにとなえる宗教家だと思っていた。だが、それは私の思い違いだったようだな。……カガリ・ユラ・アスハ一佐、司令付きの副官の任を解く、ユウナ・ロマ・セイラン一佐もだ」
「……ありがとうございます」
「行きたまえ。戦線は我々が守りきる」
「御武運を……いくぞユウナ!!」
いまだに項垂れているユウナの腰に蹴りをいれ、痛みにもだえるユウナを引きずりながらカガリは司令室を後にした。涙を流しながら引きずられるユウナにナツカワは少し同情した。彼自身も家庭に帰ればあんな扱いを受けていたため、彼の胸中を察することができたのである。
そして司令室の扉をくぐったカガリを見送ったナツカワはひとりごちる。
「彼らがもう少し早く生まれておれば……オーブは焼かれずにすんだのかもしれんな。いや」
そこまで思ったところでその考えを撤回する。
「半人前のガキ共を頼りにするほど腑抜けてどうする。我らがこんなだからオーブは焼かれるのだ。責任は大人が果たさんとな」
ナツカワは再び司令室の戦域図に目をやり、次々に飛び込んでくる報告を元に戦場の整理を再開した。
内閣府官邸
次々と入る味方の損害の情報を受けたウズミは覚悟を決めた。もはやオーブという国が失われることは時間の問題となる。だが、オーブが失われようとも失われてはならないものがある。この国にある小さくとも強い灯火を途絶えさせるわけにはいかない。
「残存の部隊はカグヤに集結させよ!!オノゴロは放棄する!!」
この世界はプラントに勝利した連合の色――正確に言えば大西洋連邦と日本の色に染まるだろう。だが、その時に連合以外の色がない世界では何れ、どちらかの色に世界を染めようと戦争が起こる。一色の思想で染められた世界などあるべきものではないとウズミは信じていた。
理念無きオーブがどちらかの色にそまり、自身と違う色のものを討つことは彼にとって到底認められるものではなかったのである。
「マスドライバーの準備は後2時間ほどかかるとの報告が来ておりますが」
「急がせろ!!それほどは待てん!!」
宇宙に脱出すればマルキオ導師の手引きでひとまず居場所を手に入れることができるようになっている。後は揺るがぬ信念を心に宿す若者達を宇宙に送り届けるだけ。今は小さな種であるが、いつか彼らはオーブの理念の種から大輪の華を咲かせるであろうことをウズミは信じていた。
いつかオーブの地に再び理念を柱とする国が再興させてくれることを信じて自分達老人は後の責めを負う。そう彼は覚悟していた。
「ウズミ前代表!!」
内閣府官邸の会議室の扉が乱暴に開け放たれ、中に金髪の映える少女が入ってきた。その怒気溢れる様子……いや、彼女に首根っこを掴まれて涙を流しながら引きずられているユウナの姿に周りの首長たちも一歩後ずさる。
「カガリ!!貴様は司令部にいろという命令を」
「お父……ウズミ前代表に伺いたいことがございます!!」
カガリは引きずってきたユウナを乱暴に放り投げると凄まじい剣幕でウズミに食って掛かった。
「お父様は日本からの義勇軍派遣の提案を断ったと聞きました!!何故援軍を拒否するのですか!!」
周りの首長たちがユウナの惨状やカガリの発する怒気で怯んでいるのに対し、ウズミだけは堂々と正面から娘と相対する。
「オーブの理念を守るためだ。例え一度オーブが滅びようとも、理念があればこの国を幾度でも復興することができる。だが、理念を失えば二度とこの国を再興することはできん」
「しかし!!今この国は!!」
「カガリ。そなたはこれからカグヤに向かえ。そして宇宙に出るのだ。後の責めは我らが負う。そなた達は理念を胸にこの国を脱出しろ。そしていつかこの国を理念の下に再興するのだ」
カガリは自身の父親に失望していた。この男はこの期に及んで国民よりも理念を守ると言っているのである。かつての自分であればここで父の言うことに従ってカグヤから脱出することを容認していたのかもしれない。その理念が何によって保たれているのかも知らずに。
しかし、かつての彼女と今の彼女は違う。今の彼女は理念よりも、父親の考えよりも、国民の命を第一に考えるようになっていた。きっかけはアークエンジェルでの暮らし――正確にはキラとの交流だったのだろう。
元々戦いに向かないおとなしい性格をしていたキラは悩んでいた。自分が何故戦うのか、何のために引き金をひくのかが分からないでいた。だが、オーブを出港する頃には彼は覚悟を決めていた。守りたいものを守る。そのために引き金を引く決意を持っていたのである。
そしてカガリはオーブを守っているのも理念ではなく、政治家の、軍人の大事な人を守りたいという意思ではないかという彼の言葉を聞かされて動揺した。だが、その後に自分の力で軍略を学び、様々な人と触れ合う中でカガリはいつしかキラと同じ認識を抱くようになっていたのである。
今のカガリは守りたいもの――国民のために戦う。その覚悟で父の下に乗り込んだ。彼女はやるべきことを既に見据えている。
「ウズミ前代表。今すぐ日本の義勇軍を受け入れてください。」
「カガリ!!何を言い出すか!!」
ウズミは娘に向けて厳しい視線を向ける。
「分からぬか!?今ここで理念を失えばこの国は永遠に失われるのだぞ!!そしてそれは何れ在るべき世界を歪める!!」
だが、カガリも一歩も引かない。
「では理念を守るためにここで国土を焼き、国民を焼くと仰るか!?理念を一度失ったとしてもそれがなんですか!何度でも再興すればよいでしょう!!」
「愚か者が!!理念は一度失われれば取り戻すことはできんのだ!!」
「国民の命も!!一度失われれば2度と取り戻せないのです!!理念があろうともそれを誇りに思う民がおらねば何の意味もありませぬ!!民を蔑ろにし、理想の傀儡となった今のオーブならばいっそ滅べばいい!!」
その言葉にウズミは額に青筋を浮かべる。
「そなたは先人達がこのオーブを理想郷とすべく打ち立てた理想を何だと心得ておるのだ!?」
「先人達はオーブを理想郷にすべく理念を打ち立てられた!!だがそれは民の幸せを願って打ち立てた理念!!理念が国を……国民の命を害すのであればそのようなもの、いりませぬ!!」
ウズミは聞き分けの無い娘との話を切り上げることにした。本来であれば娘を理念の後継者として宇宙に送り届けたかったが、この様子では納得しそうもない。だが、それでもカガリはウズミにとって愛しいわが子であることには変わりはない。ここで東アジア共和国の傀儡にする気はなかった。多少乱暴ではあるが、そうでもしなければカガリは連れ出せないとウズミは考えた。
「もうよい……カガリよ、しばし眠るがよい」
そう言うとウズミはカガリの腹にフックを浴びせる。カガリは体をくの字に折り曲げ膝をつく。
「貴様にはカグヤから脱出してもらう。キサカ、つれてゆけ」
「はっ……」
キサカが膝をつくカガリに駆け寄っていく。だが、カガリは未だ父に屈したわけではなかった。呼吸が辛い。だがなんだ。今民は火に焼かれ、爆風で身を傷つけられている。民の痛みに比べればこれしきのことは痛くは無い。
「父様の……分からず屋ァァ!!」
カガリは叫びながらウズミに向かって突進する。娘の捨て身タックルを腹に受けたウズミは苦悶の表情を浮かべる。だがウズミは密着状態からボディブローを浴びせてカガリを引き離した。実はウズミ、学生時代は格闘術を嗜んでいた。この親にしてこの子ありか。養子であるカガリも幼少期から体を鍛えることが好きで、空手の有段者であった。
カガリを引き剥がすことに成功したウズミだが、予想以上に強力だったタックルを受けて膝をつく。だが、カガリはその隙を見逃さなかった。2度も拳が食い込んだ腹には激痛が走り、吐き気がするし呼吸も苦しい。だが、ここで父に屈することはできなかった。ここで屈したら国民を救えなくなる。その強迫観念が彼女を突き動かしたのである。
「はぁぁぁぁ!!!」
カガリは床を蹴りウズミとの距離を一気に詰めた。
――ウズミが立てている左膝に左足を乗せて踏み台とし、カガリは一瞬宙を舞う。
――そしてカガリは腰を左に捻りながら右脚を薙ぎ払うように振りぬく。
――鞭のようにしなやかな動きで振りぬかれたカガリの右脚はウズミの顔面を
――全く躊躇無く
――鈍い打撃音を伴いながら蹴り飛ばした。
誰もが国家の最高実力者が吹き飛ばされる姿をただ呆然と見つめていた。ユウナはアスハ家の御令嬢が使うべきではないだろう凄まじい技に恐怖を抱いていた。そしてカガリは顔面から血を流して倒れているウズミを尻目にホムラに駆け寄った。
「ホムラ代表!!貴方ならもう分かっているはずです!!至急日本に要請を!!」
その鬼気迫る表情と兄譲りの覇気に圧されたのか、はたまた実兄の血で赤く染まった彼女の右脚に恐怖を感じたのか分からないが、ホムラはその首を縦に振った。
それを見たカガリは会議室の通信管制官に命令する。
「今すぐ日本とのホットラインを開け!!急ぐんだ!!一刻の猶予も無い!!」
カガリ の 閃光妖術 !!
ウズミ は 倒れた
というわけでウズミさん退場です。
迷いに迷った結果、カガリさんはバカガリではなくKガリでいくことにしました。まぁ、かなり凶暴化してますけどね。
……72話かけてようやくカガリさん初登場、しかも登場早々に強烈なプロレス技っていう……
ある意味バカガリ以上のインパクトとなりました。