機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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Kガリさん反響いいですね……でも、基本は体力バカなんですよね。
物事の本質を見極める能力と讒言を聞き流し、諫言を受け入れる態度など、君主の器はないわけではないですけど


PHASE-59 救援者

 ホムラの指示を受けたウナトが日本の外務省にコンタクトを取り、澤井首相に直接つなげてもらえるように取り次いでもらっている。その姿を横目にカガリはボロボロになったユウナに視線を移す。先ほどの凶悪な閃光妖術を目の前で見ているユウナは萎縮する。まぁ、彼が小心者であることは確かだが、ウズミの血で染まった彼女の膝を目にしてしまえばそれもしょうがないことだろう。

「ユウナ……正直に聞く。アメノミハシラにはどれだけの価値がある?」

だが、そんな萎縮した彼に問いかけられたのは自国の資産の価値。一瞬何を聞かれたのかと唖然とするが、カガリの瞳孔の開いた瞳を見せつけられて咄嗟に意識を切り替えて簡単に計算した。

「……大体マスドライバー1基の7、8割くらいの価値はあるんじゃないかな、今衛星軌道に残って稼動しているまともな宇宙ステーションはアメノミハシラだけだからね。でもあれはサハク家が管理しているけど?……ってまさか!?」

ウナトの後継者としてそれなりの教育を受けさせられており、カガリと付き合いも長いユウナは気がついた。カガリが何を企んでいるのかを。ユウナの予想を裏付けるようにカガリは静かに首を縦に振る。

「そうだ……アメノミハシラを手土産に日本帝国に我が国の国民の亡命を認めてもらえないだろうかと考えた」

会議室の空気が凍りつく。だが、カガリは空気を敢えて読まない。視線をホムラに向けて訴えかける。

「代表。もはや我が国を待つ運命は亡国以外にありません。ここまで義勇軍を拒み続けてきたこちらが今更義勇軍の派遣を要請したところで日本側もいい顔はしませんし、ここまで戦局が悪化していれば義勇軍など焼け石に水です」

ホムラもそれは承知しているのだろう。渋々頷く。そして心なしか首長たちは未だに床で伸びている獅子と呼ばれた愚か者に軽蔑の目を向けている。そんな彼らをカガリは内心で嫌悪していた。

あたかもウズミがこれほど状況を悪くしていたかのように振舞っているが、ウズミの独裁を諫めることが無かった自分も彼らも等しく同罪だというのに何故あんなことができるのか。無論、カガリはこれまでウズミを止められなかった、ただ理念を妄信していたかつての自身も嫌悪している。あれは彼女にとって人生最大の汚点であった。

「たとえこの国が失われようと、我々為政者は一人でも多くの国民を戦火から救わなければなりません。しかし、我が国の難民を受け入れて庇護を与えてくれる国など、もはや存在しないでしょう」

カガリの言葉を聞いたユウナもホムラも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。実際、オーブはプラントとの戦争が勃発してから国際的に孤立していた。連合に最後まで加盟せず、自国は戦火からもエネルギー危機からも逃れていたために連合加盟国からは蛇蝎の如く嫌われているし、その他の中立国とも連携をとろうとする姿勢をとっていないために友好的とは言いがたい。少なくとも大量の難民を受け入れてくれることは無いだろう。

「……しかし、日本は我らの父祖とも言える国です。前代表首長が愚かなことをしてくれましたが、未だ国民感情では親愛の情が両国にはあります。然るべき対価を示せば受け入れてくれる可能性があるでしょう」

「……日本に難民を受け入れてもらう対価としてアメノミハシラを献上するというのか。だが、カガリ。それではアメノミハシラを管理しているサハクの反対は必死だ」

ホムラが険しい顔をカガリに向ける。

「はい。確かに現在サハク家がアメノミハシラの管理人ですが、元々アメノミハシラは国営事業として建設されたもの。故にあれはオーブ連合首長国の資産であり、サハクの資産ではありません。所詮サハク家は管理を委託されたにすぎません。彼らにとやかく言われる筋合いはないのです」

その時、ウナトが上ずった声をあげた。

「日本の首相官邸との通信回線が繋がりました!澤井首相との会談の準備も整っております!後、5分で澤井首相が出られるとのことです!!」

「代表。この交渉にはオーブ国民の未来がかかっているのです。我々が第一に考えなければならないのは国の資産のことではなく、民の命です。民さえいればこの国は資産をまた築くことができましょう!しかし、資産があってもこの国を心から愛する国民は戻ってこないのです!」

ホムラはカガリの真剣な眼差しを正面から受け止め、表情を引き締めた。

 

 

 

 澤井は突然オーブが申し出た通信による会談の要請の意図を測りかねていた。かの国の実質的な支配者であるウズミ前代表は理念を守るために誰の手を借りないし、誰にも手を貸さないことを公言していた。そんな彼が今更一体何の用だろうか?

そんなことを考えているうちに彼の乗る首相専用ヘリは首相官邸に到着する。オーブ情勢に何かしらの動きがあったときにすぐに対応できるよう、今日の公務は全て東京都内の仕事にしていたためにすぐさま予定をキャンセルして首相官邸に駆けつけることができたのである。

そして澤井はすぐさま会議室に入り、カメラの前に座る。しばし待つと、会議室の大モニターにオーブ連合首長国代表首長のホムラ氏の顔が映し出された。

「こんにちは、澤井総理。本日はこちらの急な会談要請に応えていただき、ありがとうございます」

「いえ。現在予断を許さない状況下にあるオーブから火急の用であるとの連絡がくれば応対しないわけにはいきますまい。まだ在留邦人の脱出も完了しておりませんし」

モニターに映し出されたホムラ氏はいつもと違う緊張感を漂わせていた。その緊張感がこの会談の重要性を物語っているのだと澤井は直感する。

「早速ですが、本題に入らせていただきます。そちらも間もなく知るところとなるでしょうが、既に東アジアの侵攻部隊は我が軍の敷いた最終防衛ラインに到達しています。こちらの残存戦力を全て投入しておりますが、長くは持たないでしょう。そこで、我が国から貴国に要請があるのです」

ここまで話せば察しはつく。亡国の間際に友好国に対して要請することなど為政者であれば決まっている。

「……衛星軌道に待機している義勇軍の加勢を頼みたいのです。そして今後発生する我が国の難民を可能な限り受け入れて欲しい」

やはり、澤井の予想は当たった。これから国土を征服する侵略者の手から一人でも多くの国民を救う。そのために彼は我が国を頼ったのだ。だが、その申し入れは既に遅すぎたと思う。

「……ホムラ代表。残念だが、その申し入れは遅すぎた。今から少数の義勇軍を派遣しても、オーブ軍は既に戦える状態にないようなもの。敵の大軍勢の中に援護無しで送り込むようなものだ。優秀な皇国の兵に血を流させることは私にはできない。」

 

 難民の受け入れには優秀な技術者や特殊技能者の受け入れというメリットがある。また、この度着工が決定した我が国の反陽子浮遊式空中母艦の建造や火星への進出計画、L4コロニーの新規建造計画など、難民という安い労働力を必要としている職場は多い。

だが、そのために我が国最強のMS部隊を敵中に孤立させて危険に曝すのは割りに合わないのだ。確かに今からでも多少の難民の脱出の時間は取れる。だが、その数も大した数ではない。邦人の脱出までの時間稼ぎの必要も、収容が8割近く終わっている現段階ではあまりない。

つまるところ、東アジアが侵攻する前に申し入れていてくれればこちらも要請に応じる用意があったのだ。確かにオーブとは親しい間柄にある。だが、澤井は大日本帝国の宰相として国民の幸福を追求し、国土を守る役目を陛下から承った身である。国益にならず、一方的な損を被る行為を善意から行うことは絶対にしない。

 

 表情を変えぬまま、ホムラが口を開く。

「……こちらは既にモルゲンレーテの研究資料と技術者を纏めて脱出の用意をさせている。モルゲンレーテの技術は貴国にとっても魅力的なものではないのでしょうか?」

――なるほど、ホムラ代表はモルゲンレーテの技術を対価に難民を受け入れてもらおうと考えているのだろう。だが、はっきり言って数万におよぶ難民の受け入れの対価としては安すぎる。

「ですが、我々としても簡単に難民を貴国から脱出させる手立てを構築することは不可能です。現在ルク港に停泊中の我が国の邦人脱出船団であれば6千人は脱出は可能ですが、それ以上は無理です」

6千というのは邦人を全員収容して且つ残りの船に収容可能な人数だ。船の座礁や潜水艦による襲撃など、万が一に備えて帝国政府は3万人が脱出できるだけの貨客船や貨物船を徴用して船団を組んでいたのである。だが、6千という数字にホムラは険しい顔をする。

「こちらとしては、3万人を今すぐ受け入れて欲しいのです。その後も難民の斡旋をしてほしい」

「ですが、現実問題としてこれから3万に及ぶ難民の受け入れ態勢を整えることは難しいのです」

ホムラ氏が引けないのは分かる。だが、私も陛下からこの国の政を任された宰相である以上は引けないのだ。

 

「……我々は、アメノミハシラを貴国に提供する用意があります」

澤井はホムラが突然告げた条件に目を丸くする。アメノミハシラ――現在オーブが保有する資産の中ではマスドライバーに告ぐ価値を持つ資産である。これを失うということは、いつかオーブが主権を回復したときに復興の柱となる資産を失うことに他ならない。マスドライバーとアメノミハシラのセットは東アジアの軍靴から開放されたオーブを救うものであったはずだ。

「……アメノミハシラを我が国に譲渡する……貴方はその意味を理解しておられないのでしょうか?」

確認の意味を籠めてホムラに問いを投げかける。

「澤井総理、恥ずかしいことですが私は今までずっと傀儡に近かったんですよ」

ホムラが独白する。

「理念を謳うカリスマである兄にただただ従うだけ。名目上のこの国の最高権力者は自分でしたが、兄の言いなりにならないと国政が回らないんです。オーブというのは理念を崇める宗教国家で兄はその教祖といったところでしょうか。疑念を持ちつつも、兄のやり方が最善だと思っていたんですよ。私も結局は古参の信者のようなものでした」

澤井はただ黙って彼の独白を聞いていた。モニターに映るホムラは苦笑いしている。

「しかし、先ほど目を覚まさせられましたよ。まだまだ青い少女が……権謀術策が渦巻く世界で戦う政治家としての経験もない少女があの兄を真っ向から否定したんです。兄の覇気に張り合って、その主張を打ち砕いたんですよ」

ホムラは笑う。

「知ったんです。若者は我々老人を乗り越えていく、打倒していく力を持っているのだと。老成し、国内に敵う者無しと呼ばれた獅子であっても若き純粋な熱意を籠めた牙を持って打ち倒していく力が若い者達にはあるのだと。ならば我々老人のやるべきことは一つ。その若き命を繋ぐことではないでしょうか」

「若者達ならば、命さえあればオーブを再興できると?」

「ええ。確かにアメノミハシラがあればオーブの復興は早められるかもしれません。ですが、アメノミハシラと引き換えに救えなかった命は戻ってこない。私はアメノミハシラと引き換えに救える命の可能性に賭けたいのです。彼らの造り出す未来はアメノミハシラ以上の価値があるやもしれませんから」

 

 澤井は考える。ホムラの思いは澤井総一郎という一人の人間としては尊重したいものであるが、内閣総理大臣としてはどうか。アメノミハシラは衛星軌道上に残る最後の宇宙ステーションだ。そこを宇宙軍の拠点にできれば国防は更に磐石のものとなる。これまでは艦隊をローテーションで軌道上に派遣していたが、その負担は小さくなるだろう。だが、3万の人間を脱出させる方策が無い。

そこまで読んでいたのか、ホムラが話しを続ける。

「現在、オノゴロに停泊していた車両貨物船をありったけ徴用して国外脱出者を集めております。進水したばかりの護衛艦カスガ、2番艦のアツタも使」

「ならんぞ!!」

その時、モニターに額から血を流しながらも必死の形相でウズミが割り込んできた。

「澤井総理!!我々は最後まで」

「前代表!!弁えてください!!」

画面に割り込んできたのはウズミ・ナラ・アスハ前代表だった。憤怒の表情を浮かべて理念を守ろうと試みる。

「我らは!!理念を!!」

「黙ってください!!」

押さえ込もうと巨漢がウズミの背中に回る。しかし、尚もウズミは頑強に抵抗する。その時、スピーカーから若い女性の声が響き渡った。その声がどこか荒々しいと感じてしまったのは何故だろうか。

「そのまま抑えてろ!!キサカ!!」

一瞬の出来事だった。画面の端から飛び出してきた足がウズミの顔面にめり込み、ウズミを抑えていた男ごと画面の外に吹っ飛ばした。そしてウズミの顔面を蹴り飛ばした金髪の女性は見事な着地を決める。澤井はその美しい跳び蹴りのフォームに在りし日に見たヒーローの姿を幻視した。

「……ライダーキック」

澤井の意識は一瞬、少年期に憧れたヒーローを髣髴とさせる見事な技に奪われた。だが、澤井はすぐに冷静さを取り戻す。

おそらく、何らかの手段――ウズミ氏の顔面からの流血からすると実力行使か――によって先ほどまでウズミ氏の意識を奪い、その間に我々に交渉を持ちかけたということか。考えてみれば、ウズミ氏が健在であればこのような交渉は断固拒否するのは明白だった。

そして先ほど美しすぎるライダーキックをウズミ氏にきめた金髪の少女には見覚えがある。確か彼女はウズミ氏の娘であるカガリ・ユラ・アスハ嬢だったはずだ。美しい技をきめた彼女はすぐにカメラの存在を思い出してフェードアウトしていたが。

 

「申し訳ありません……前代表が独断でオーブ玉砕を決断しようとしておりましたので、我々は先ほど彼を実力で排除したのです。ですが、まさかあれ(・・)をくらって短期間で意識を取り戻すとは思ってはいなかったのです……」

澤井はホムラが目を泳がせながら言ったあれ(・・)とやらがとても気になったが今はスルーすることにした。

「話を戻しますが、進水したばかりの軽空母クラスの護衛艦2隻を含めた6隻を使って3万人を乗り込めるだけ乗り込ませます。使用する貨物船も我が国が保有する最大クラスの貨物船ですから、乗せるだけでしたら各船に5000人は収容できるはずです」

日本までの航路は数日かかるはずだ。おそらく、物資のない船に強引に積み込まれるその3万人はかなりの苦行を強いられることだろう。日本が用意した邦人救出船は日本までの数日の航路で最低限の快適さは保障できるように手配したが、オーブ側の船にそのような手配をする余裕はない。だが、全ては命あってのことだ。

「……了解しました、我々はオーブからの渡航者を受け入れましょう。3万人が収容可能な仮設住宅の建設を早急に手配しますし、渡航者の我が国への渡航後の生活もできる限り配慮します」

「忝いです。アメノミハシラの譲り渡し書、オーブの――モルゲンレーテの持つ各種特許の譲渡証明書類もこれからすぐにルク港の貴国の艦隊に届けます」

「了解しました……これからすぐに義勇軍を派遣します。しかし、彼らには防衛線が突破されたときは撤退する権限を与えますので……よろしいですな」

「ええ。貴国の好意に国民を代表して感謝します」

 

 回線が切断される。澤井は秘書官に今すぐ閣僚を収集するように命令し、防衛省にいる吉岡防衛大臣に電話を入れる。

「吉岡防衛大臣。オーブから連絡があった。今すぐに義勇軍を出して欲しい……そうだ、撤退タイミングはそのとおりでいい……ああ。分かった」

澤井は受話器を置き、しばし脱力する。

「……ウズミ代表、貴方は確かにこの時代の傑物かもしれません。しかし、貴方の理念は救えたであろう人に――およそ3500万人に苦行を強いることになるのですよ?」

仮にオーブが日本の庇護下に入っていれば日本はオーブに同盟国として援軍を送り、東アジアの侵攻軍を打破できたであろう。だが、あちらが独立独歩の道を行く限りはこちらが介入することはできなかった。

明確な大義無き戦はしないというのが、我が国の基本方針であり、陛下の御心である。これは世界の警察を気取って20世紀に各地に出兵して反米勢力を増やし続けた旧米国を反面教師とした我が国の基本方針である。

だが、ひょっとすると、我が国の基本方針もオーブが抱える理念と同じように国家を狂わせ、亡国に追い込むものになってしまうのかもしれない――澤井はふと、そんなことを考えてしまった。




閃光妖術にライダーキックにと、体育会系っぷりが半端じゃないカガリさん。
そして閃光妖術食らっても復活したウズミさんとまぁオーブには体力バカが多いという状況でした。

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