機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-1 戦火は遠く

 ザフトはカーペンタリアを橋頭堡に地中海方面に侵攻し、ジブラルタル海峡を奪取した。海上戦力に大打撃を受けた上に地中海への入り口の一つを塞がれたユーラシア連邦は大西洋側の制海権を喪失したのだ。これによって大西洋連邦からの物資供給ルートは塞がれ、ユーラシア連邦は早期にザフトへの大規模攻撃をかけることは不可能となった。

 更に5月31日には地中海のもう一つの玄関口、スエズへの侵攻を許してしまう事態となった。スエズまで奪われる事態になればこれまで日本から受けていた医薬品や食料等の援助物資までもが届かなくなることもあって現在ユーラシア連邦は総力をスエズ防衛線につぎ込んでいる。

 しかし、戦局は新型4脚MSを擁するザフトが有利に進んでいた。

 

 

 

 

 C.E.70 6月1日 防衛省第一会議室

 

「まさかZAFTがここまでやるとはな」

 吉岡防衛大臣が手元の資料を身ながら呟いた。

「MSの性能は目を見張るものがあります」

 

 防衛省防衛計画課課長岡村渉中佐が発言する。

「エイプリル・フール・クライシス以後、従来の誘導兵器はその戦略的価値を失いましたし、電力も枯渇していますから、連合も厳しい状況を強いられるでしょう。しかし、MSも大気圏では無重力下ほどその性能を発揮できませんからZAFTもしばらくは地球でこれまでのような大規模攻勢にはでられないものと分析しています」 

「L2や月の戦局はどうでしょう?」

 海軍総司令官の質問に岡村が答える。

「エンデュミオン攻防戦のあと、月面戦線は安定しています」

「連合の今後の見通しは?」

「NJのせいでエネルギー不足が深刻になり、寒冷な地域では多数の凍死者が予想されます。また、産業にもかなりの影響があるかと。しばらく連合の物量は正常に機能せず、補給がままならないために大規模な活動はないと予想されます」

 

 ひとまず質疑が終わり、吉岡が切り出した。

「MS……あれは脅威だ。我が国でも開発を急ぐ必要があるな。香月博士、開発にどれくらいかかる?」

 

 今回の会議ではこれまでの常識を覆す新兵器への対応ということであったため、技術面の意見も得るために国内屈指の天才科学者(へんたい)集団を擁する防衛省特殊技術研究開発本部からも出席者がいたのである。

 

「4ヶ月で試作機を完成させます」

 防衛省特殊技術研究開発本部の主席研究員香月夕呼博士がサラリと言った一言に会議室がどよめく。

 

「元々我が国は災害救助用にパワースーツを開発して実用化しています。そのノウハウとウチの人員がいればたやすいことです。パイロットもパワースーツの免許があれば機種転換が容易になるようにOSを作って対応させて見せます」

 横浜の魔女とも称される彼女の顔からは自信しか読み取れない。

 

 吉岡は即決した。

「ZAFTの戦闘映像と予算を回す。やってみたまえ。各省庁への根回しは私がしよう」

「解りました。4ヶ月後に見せ付けてあげましょう。帝国のMSの性能を」

 

 後に会議の出席者の一人はこう言ったという。

「魔女が笑ったということは絶対にこの計画は成功するだろうね。成功の暁には現場は嬉し涙をこぼし、霞ヶ関の官僚は仕事が増えて血の涙をこぼすのさ」

 

 

 防衛省の会議から二時間後 大日本帝国内閣府

 

 澤井内閣の面々が揃っていた。議題はザフトと地球連合軍の間の戦争である。

 

 「さて、各国の様子はどうか?外務大臣」

 まず澤井は千葉外務大臣に問いかけた。

 

「大西洋連邦を始めとした各国政府から核融合炉の技術提供の要請がありました。また、東アジア共和国からも対ザフト参戦の申し出が。『かつての侵略の過ちを今回の大戦で償え』と言ってきます」

 

 エイプリル・フール・クライシス以後深刻なエネルギー不足となった各国政府からは、核融合炉の技術提供の要請が後を絶たない。

 また、日本の強大な軍事力を目当てに地球連合軍への参加要請もしつこく来ている。

 

「我が国は中立宣言をしているが、各国の一般人への被害も深刻だ。人道的な支援として食料を送ろう。ただ、核融合炉の件はどうだろうか。国益を考えると容易に渡すべきではないだろう。五十嵐文部科学大臣の意見は?」

「核融合炉は現在我が国のみが運用実績を持ちます。他国で運用するとしたら、現場にも指導が必要になるでしょう。すぐに稼動できるものでもありません。ユーラシア連邦と大西洋連邦なら、比較的早くできそうですが、そのほかの国は一からやるようなものです。とても安全性が確保できるとは思えません。ここは提供しないか、する国を絞るべきだと思います。核融合炉の扱いを誤れば旧世紀のチェルノブイリ以上の事故につながりかねません」

 

「よろしいか」

 吉岡が発言する。

「構わない」

 澤井の許可を得て、吉岡が続ける。

 

「ヨコハマ(特殊技術研究開発本部の通称)の真崎博士からの報告ですが、NJを無効にするNJCなるものが理論上は作れるとのことです。現在ヨコハマではMSの開発と平行して研究しているらしいのですが、核分裂を可能にするだけでECM効果までは無効化できないそうです。しかし仮にこれが実用化されれば、核融合炉のアドバンテージは小さくなる可能性は否めません」

 

 閣僚は唖然とした。NJCなるものが実用化されれば、戦局は大きく動くことになる。地球軍は再び核兵器を利用できるようになるのだ。

 

 吉岡は更に続ける。

「鼻息を荒くして核による報復を主張している大西洋連邦にとってはNJCの方が小型核融合炉よりも優先度が高いものです。各国でNJ対策にやっきになっている以上、恐らく実用化は時間の問題ですし、その前に積極的に核融合炉でパテント料を取るべきではないでしょうか。ブラックボックス化すれば輸出も問題ないとも思いますし」

 

「今がチャンスか……」

 吉岡の発言に澤井がうなる。

 

「……よし、外務大臣。明日各国大使を集めてくれ」

「はい」

 

「そうだ、吉岡大臣、MS開発はどうなっている?」

 先程の防衛省内の会議の結果と魔女の宣言が吉岡から報告され、閣僚達は国防問題に関しては安心したのか、ほっと胸をなでおろした。

 しかし、財務官僚は香月博士の出した試算に眉をひそめる。

 

「既存の戦闘機ではMSに対抗できないのですか?正直開発予算が懸かりすぎです」

 榊大蔵大臣が吉岡に顔を向ける。

「橘花でも対抗は可能だと思います。しかし、ザフトのジンとのキルレシオは宇宙空間で1:0.6。これでは戦えません」

「しかし予算が」

 なおも言い募る榊大蔵大臣に吉岡は吼えた。

「今!予算を減らせばそれは前線の兵士の命にむかって返ってきます。国防の為我が身を犠牲にする有志を一人でも多く減らさねばなりません!……失礼、熱くなってしまった」

 

 吉岡の言葉に榊大蔵大臣は言葉を失う。

「大蔵大臣、予算を回してくれ。このようなものは黎明期に予算をかけなければいずれ大きな差を作りかねない。それに、核融合炉のパテントが入るだろう?」

 澤井も吉岡の意見に賛成する。

「……解りました」

「ではこれで閣議を終了する」

 

  閣議が終わった後、吉岡が澤井に話しかけた。

「さっきは助かった。やはりお前は説得が上手い」

「いや、この国のためさ。今MSが必要なんだ」

「そうだな…。しかし、人型ロボットに人間が乗り込んで戦争する時代になるとはな」

「SFのようだな。しかし……ロマンがあるとも思わないか?」

 吉岡は驚いた。彼と澤井はもう30年近い付き合いになる。

 彼が古きよきスーパー戦艦を愛する漢であることは知っていたが、彼がロボットにもロマンを持つ人間だとは。

 

「ロマンか……まぁ、安心しろ。あの横浜の魔女直接監修のMSだ。我々の度肝を抜くものだろう」

「そうだな……彼女ならばおもしろいことをやってのけそうだ」

 笑みを浮かべながら話す吉岡に澤井もつられて笑った。

 

 彼らは数ヵ月後この時の軽率な会話を後悔し、共に引きつった顔でMSのお披露目を目にすることになる。

 

 

 

 防衛省特殊技術研究開発本部―――通称『横浜の魔女の釜』

 

「ハックシュン」

 コンピューターの画面と向き合う魔女……ではなく美女が突然くしゃみをした。

「何かしら……だれかがこの天才の噂でもしているのかしら?」

 

 彼女こそ一部の人から魔女の釜とも呼ばれる防衛省特殊技術研究開発局の主席研究員、香月夕呼である。この地にいる科学者たちは変態と紙一重の優秀な科学者なのだが、彼女はこの研究所の中でも唯一〝天才?を自称できる最高の科学者だった。

 

「香月博士!電磁伸縮炭素帯を使用した関節の強度実験のデータが届きました!」

ロボット工学主任の赤松伸治博士が興奮した様子で香月に詰め寄る。

「そう、で、結果は?」

「はい!ザフトのジンの関節に比べて1.5倍以上の強度が出ています!これならばかなり急なAMBAC制御にも耐えられますし、マニピュレーターに重量のあるものも持たせられます!関節稼動域も広く、滑らか且つ迅速な運動が可能になります!」

 

 「そう、これで関節の問題は解決したわね。次はスラスターの選定ね」

「はい!それでは失礼します!」

 赤松は惚れ惚れするような笑みを浮かべながら去っていった。

 

 「……当たり前じゃない。人類を救った機体に採用されていた英知の一つにあたしが手を加えたのよ。少なくとも、自称新人類様のお人形に引けをとるわけにはいかないわ」

 香月博士が小さく呟いた一言を聞いていたものはいなかった。


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