機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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忙しい……やるべきことが多すぎる……



PHASE-64 獅子の娘

C.E.71 10月4日 大日本帝国 宮城 竹の間

 

 

 まだ幼さが残る少女が緊張した面持ちで竹の間に入る。カガリは今回首長家の正装として、薄く緑がかったアフタヌーンドレスを一応は着ている。これは着の身着のままに脱出したカガリが在日本オーブ大使館の職員に依頼し、超特急で用意してもらった一着である。とにかく上等なものをという注文だったので経費はかなり高くついた。

流石のカガリでも大日本帝国の国家元首には最大限の敬意を払わなければならないことは理解していたので、ここで経費が高くついても気に留めることはなかった。カガリは空港でこの正装に着替え、そのまま宮城に向かったのである。

因みにカガリの正装を見て「馬子にも衣装だ」と口にしたユウナはカガリに投げつけられたダンベルを頭部に喰らって昏倒している。このダンベルはカガリの私物で、暇つぶしがてら筋トレをしようと持ち込んでいたものだった。カガリがこれを凶器に選んだのはアフタヌーンドレスに返り血をつけることを避けたかったためである。アフタヌーンドレスを着ていればいつものような恐ろしい格闘技は発揮できないと考えていたユウナの考えは甘すぎたのだ。

 

 カガリの正装を付き添い人であるウナトは内心冷や汗だらだらであった。ウズミ政権、ホムラ政権の2期にわたって外務官僚のトップを務めていたウナトだが、王族との謁見の経験は殆どなかった。そのような場は上級氏族の出番であったためである。セイラン家もそこそこの家柄だが、王族の催しに出席できるほどの家柄ではないのだ。

初めての他国の王族との謁見があの大日本帝国の元首、しかも自分が補佐するのは外交には素人もいいところであるあのカガリだ。どんな粗相をするか、どんな行動をしでかすか分からない。流石に拳で語り合うことはないように、それだけは絶対にしないようにと1時間おきに忠告しているからその心配はないと信じたい。信じているのではない、信じたいのだ。

長年外交官として培ったポーカーフェイスは彼の焦燥も見事に隠していたが、ウナトの胃は謁見の前からキリキリと締め付けられていた。今回の会談の相手となるのは、系譜を遡ればあのキリストが誕生する前にいきつく世界最古の王朝の継承者だ。

伝統的権威だけでも世界最高峰、大日本帝国の国力や勢力圏もあってその権威は法王に負けるとも劣らない。更に陛下個人に対する敬意も非常に大きなものだ。その高潔さ、それでいて国民全てに慈愛を向ける姿勢には各国の国家元首や王族もその伝統的権威とは別に、陛下個人に対しても格別の敬意を払うのだから。

 

 ウナトが神経性胃炎を発症しかけている一方で、カガリも不安を隠しきれずにいた。カガリは首長家の一員であり、王族外交の経験は無いわけではない。だが、彼女はあまりにも若すぎたのだ。各国の皇太子や王女とも当たり障りのない教科書どおりの会話をした経験しかない。

あくまで社交辞令の域をでないやりとりしか経験したことがなかった彼女がいきなり祖国の未来を大きく左右する会談に臨むこととなったのだ。しかも相手はウナトですら怯むほどの権威を持つときた。

 

 足が震える。心臓が早鐘を打つ。口の中が乾いていく。そして自身が椅子に座っているいう感覚も次第に希薄となっている気がする。カガリは自分自身のことが分からない状態になっていた。

 

 その時、竹の間が開かれた。カガリは半分反射的に起立した。ウナトもそれにあわせて起立する。モーニングを着こなしている壮年の男性、この男性こそが二千数百年におよぶ系譜を持つこの国の王朝の後継者、今代の大日本帝国の国家元首である。竹の間にゆっくりと入室された陛下はカガリらに声をおかけになられた。

 

「本日はよくぞおこし下さいました。皆様、オーブから着の身着のままで脱出なさったと聞きます。長旅はさぞ大変なことだったでしょう。まず、今回の戦で、極めて多くの無辜の貴国民の命が失われたに対して心からの哀悼の意を表します。そして、今も戦火に見舞われて荒廃したオーブに残る人々や、我が国に渡航するも異邦の地での生活で苦難を強いられるであろう人々に対し、謹んで、お見舞いを申し上げます」

 

 カガリは陛下の口から告げられたお見舞いの言葉を聞き、深々と頭を下げた。

「苦難にあえぐ我が国の民へおかけ下さったお言葉に、オーブ亡命政権の代表として感謝いたします」

ここに来るまでの道中、殆どウナトが付きっ切りで作法や口調を矯正したために今のところはボロはでていない。ウナトは内心ホッとする。その後も彼の懸念は当たらず、カガリは最後まで亡命政府の代表としてはミスのない対応を続けた。

 

 当たり障りのない会話を15分ほど陛下とカガリは続けていた。その中、カガリは内心で目の前の人物と自身の格というものの差を見せつけられ、自己嫌悪に近い感情を抱いていた。彼女は同じ一国の国家元首でありながら、高潔で一個人として尊敬できる日本の国家元首に対して無力で何も誇るものがない自分、国家元首の風上にも置けなかった父の姿を比較したらなんとなさけないことだろうかと思わずにはいられなかったのである。

 

 そして会談は陛下のお見舞いの言葉で幕を引くこととなった。

「オーブから脱出された方々の中には、これからの暮らしに対する不安も大きいでしょう。我々は人道的視点から彼らに支援を行いたいと思っています。そして今回オーブを脱出された方々がいつの日か、もう一度故郷の土を踏みしめることができるように、亡命政府にも手助けをしたいと考えております」

カガリはその純粋な気持ちが籠められたお言葉を聞き、胸の中の思いが抑えられなくなった。瞳に涙を浮かべ、震える唇で感謝の言葉をつむぐ。

「御厚意に重ね重ね、感謝を申し上げます。私達、オーブ国民はこの恩を忘れません」

 

 

 

 来日初日だが、陛下との会談後もカガリの予定は詰まっている。皇居を後にしたカガリは次に大日本帝国放送協会の放送センターに足を運んでいた。オーブ連合首長国亡命政権の旗揚げを公式に宣言するためである。さきの陛下との会談の後で間も空けずに直接向かったのだが、カガリは疲れを見せることはなかった。

ウナトは彼女と原稿の最終打ち合わせを行おうとしたが、カガリはそれを拒否した。カガリは自らの言葉で国を失った国民に、そして世界に語り掛けることを主張したのである。ウナトは反対したが、結局はカガリに押し切られる形となった。

 

「私の言葉以上に聴衆に伝えやすいものはないと思う。この宣言は国民に向けたものであり、そこに演技下手の私の生半可な演技が入ったところで誰にも見向きはされないから」

このカガリの言葉をウナトは否定できなかった。カガリは良くも悪くもとても真っ直ぐな少女だ。“彼女らしさ”を出す方が彼女の力を高めることに繋がるかもしれない。ウナト自身も彼女の生来の真っ直ぐさが滲む彼女自身の言葉によって心動かされた一人だ。それゆえにウナトは台本なしの演説を了承したのである。

 

 …………本当は原稿をカガリが暗記しているか、漢字を読み間違えていたりしていないか不安だったという理由もウナトには少なからずあったのだが。

 

 

 30分ほどで化粧を整えたカガリは凛とした雰囲気を纏いながらテレビカメラの前に立った。アナウンサーが予定されていた番組である『趣味のガーデニング』の放送予定変更を通達し、世界に映像が発信される生中継が始まる。そしてカメラを真っ直ぐ見据え、カガリは口を開いた。

「親愛なるオーブ国民の皆様、私はオーブ連合首長国亡命政権代表のカガリ・ユラ・アスハです」

普段の彼女らしからぬ神妙な雰囲気で彼女は自己紹介を始めた。

「私は東アジアの軍靴に踏みにじられた祖国の現状に納得することができないと考えている同志と共に、現在大日本帝国の首都、東京におります。無論、私自身も彼らと同じく、東アジア共和国の今回の侵略に立ち向かう所存であります。しかし現在、オーブの現政権は我らの祖国に対する侵略者に白旗を上げ、国土は占領軍によって陵辱されている状態です」

カガリはここで一息つく。

「オーブは何故負けたのか。何故、オーブは蹂躙されてしまったのか。その責任は偏に政府の意思決定にあったと言っても過言ではありません。厳正中立を謳いどの国に対してもいい顔をしようとした結果、オーブは外交上で孤立しました。オーブの前代表首長であり、私の父であったウズミ・ナラ・アスハはこれを栄誉ある孤立だと、世界が一つの色で染まり暴走したときに歯止めをかけることができる第三勢力となれる、正義ある孤立だと主張していましたが、その結末が外交上の孤立、そして孤軍奮闘した末の占領です」

カガリは演説を続ける。昨日高雄港に入港したオーブからの脱出船の船内では艦内放送を通じてこの演説が流されていた。そして今は占領されているオーブ本土でもラジオがあればこれを聞くことができた。彼らオーブ国民達はカガリの演説に真剣に耳を傾けていたのである。

 

「『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』これがオーブの理念でした。しかし、この理念に固執したオーブの前政権は敵がすぐ目の前に迫ってもただ意気地になって他国の介入を阻み続けたのです。他国の介入を、救援を受け入れることができていればオーブは今でも主権を持った独立国家として残っていたはずでした。オーブの前政権は何よりも理念を優先して、国民の命を、国土を見捨てたといっても過言ではないのです」

聴衆は、いや、オーブ国民はカガリの告発でどよめいた。自分達の祖国が裏切ったのか、これは嘘ではないか……そんな考えが浮かび、近くの同胞と囁きあう。だが、彼らの囁きはカガリの演説の続きが始まると中断された。

「私はオーブの理念そのものを全面的に否定するつもりはありません。ただ国際社会の体勢に迎合するのではなく独自の路線を敷くことで世界を平和の道に導くこともできます。中立国の果たす役割というのは非常に大きなものであり、その役割を背負ったオーブという国は内外に誇れる国でありました。国民はそんなオーブを愛し、私達も同様に愛していました」

 

 アークエンジェルに収容された紅目の少年もまた、憔悴した母親の手を握り締めながらカガリの声に耳を傾けていた。

「オーブを育んできた先人が説いた理念は尊いものだと今でも私は思っています。しかし、それは国民の命を礎としてまでこの世に残さねばならないのでしょうか?ウズミ前代表もホムラ代表も理念を守るべく孤立無援での東アジアとの戦争に踏み切りました。その結果がどんなものになるか、どれほどの国民の命が奪われるか理解していなかったはずはありません。彼らはそれを承知で戦争の決断を下したのです。民あっての政府でありながら、政府は民を蔑ろにしたのです」

 

「まさか……これほどとは……」

カガリの演説が行われているスタジオの裏で待機していたウナトはカガリの演説を聴き、無意識の内に震えていた。

カガリはこれまで政治的な場に姿を現して聴衆に演説したり、議会や公聴会といった場で発言したことは一度もないはずだ。正真正銘、初めての演説である。しかし、カガリは無意識にうちに聴衆を確実に惹きつけていた。それが彼女の生来の気質によるものであるのか、養父から受け継がれたものなのかは分からないが、確かに彼女の言葉は人の心を掴んでいたのである。

既にウズミに閃光妖術を決めた後に見せた行動でカガリの上に立つものとしての才能の片鱗は感じていた。だが、カガリが秘めていた才能はウナトの予想していたそれを遥かに上回るものであった。

 

「今回の戦乱の真実を全て話した上で、私は国民の皆様にお願いしたいことがあります。オーブから日本に渡った国民の皆様、オーブを東アジア共和国から開放するために立ち上がってください。そしてどうか私について来て下さい」

欧米の指導者などが好む大げさな身振りや手振りといったアクションは全く見られない。その表情は冒頭から変わらずに神妙なままだ。だが、それでもカガリの主張はストンと心の内に入ってくる感覚を覚えるものであった。だが、ここで演説を続けていたカガリの表情が初めて変わった。その表情は沈痛なものに変わっていたのである。

「一度国民を裏切った政府側の人間がこのようなことを国民の皆様にお願いするということはおこがましいことだと思います。ですが、オーブを取り戻すためには皆様の協力が必要不可欠なのです」

息つぎのタイミング、目線、姿勢、そして抑揚。演説を左右する要素をカガリは完璧におさえていたといってもいい。しかし彼女はそれを誰かに教えてもらったわけではなく、自分の言葉を口にする中で自然に行っていたのである。

 

「私はオーブという国家が好きです。建国からおよそ1世紀も立っていない小国ですが、豊かな自然が溢れ、世界に冠する技術力を誇り、そんな国を愛する民がいるオーブという国家を愛しています。どうか、国民の皆様。愛するオーブをもう一度取り戻すためにお力をお貸しください。子に、孫にあの素晴らしい国を残すために、何卒お力をお貸しください」

そしてカガリは国民への助力を乞う言葉で演説を締めくくると、静かに頭を下げた。

 

 カガリの演説が終わり、画面が切り替わる。テレビの前にいたオーブの元国民らは画面が切り替わってもまだ静寂に支配されていた。だが、静寂の中から次第に声が洩れ始めた。そしてその声は次第に大きな雄叫びへと変わった。

 

「うぉぉぉー!!」

「オーブを取り戻せ!!」

「オーブ連合首長国万歳!!」

 

 カガリの演説は成功し、国民の心に抵抗の火を灯すことに成功したのである。

 

 

 

 

 生放送終了後、カガリは大日本帝国放送協会の放送センターを後にし、極東一という誉もある皇国ホテルへと向かっていた。事務所の準備などはまだ完了していないため、2週間ほどはここに滞在する予定となっているのだ。

 

「カガリ様、演説はどうやら成功したようですな」

ホテルに向かう車中でウナトがカガリに話しかける。

「私を信じてくれる人がいてくれたか……ありがたいことだな」

だが、演説が成功して国民の支持を集めることができたというのにそれを喜ぶ様子をカガリは一切見せない。ここではしゃぐような三流の指導者もよろしくないが、成功の報を聞いても喜色をカガリは一切浮かべない。それがウナトには気になった。

 

「少しは喜ばれたらいかがでしょうか。これを見てください」

そう言ってウナトが差し出した端末にはこの国の報道番組が映されていた。街角やオーブ国民へのインタビューでは概ね好意的な受け止められ方がされているのが分かる。

「私は政府に裏切られて殺されかけた国民にもう一度命を預けて欲しいといったんだ。普通ならふざけたことをぬかすなって言われてもおかしくないのに、私の言葉を信じてくれる民がいる。私としては申し訳ない気分の方が大きくて、とても喜んでいられない」

映像が変わり、今度は広場や船内でオーブ万歳、カガリ様万歳と叫ぶ群衆が次々と映し出される。その様子を見ながら苦笑する様子は普通の活発そうな少女にしか見えない。だが、ウナトはカガリの中に末恐ろしいものも感じていた。

もちろんその身体能力は脅威の一言だ。正直、彼女なら灰色熊(グリズリー)とでも素手で戦えそうな気がする。……そちらも十分脅威だが、それは今更のことだ。ウナトが恐れたものの正体は他にある。

 

 ウナトは再びその視線を興奮した群集が映し出される端末へと映した。彼は興奮する群集と演説するカガリの姿を思い浮かべ、ある男を幻視した。

ウナト自身はその男と会ったことはない。彼の生まれ、そして生きた時代は数世紀も前のことだ。ウナト自身は歴史的資料でしか彼を知らないと言ってもいい。だが、大学時代に映像資料や音声資料で見た聴衆の信頼を掴み取るあの演説は、表現方法は180°違うものの、カガリの演説と似たようなものを感じてならない。

 

 ウナトの知るその男は世界規模の大戦争に敗れて経済が破綻し、国土は荒廃し、政治は無力と化した祖国を掌握し、一時はユーラシア大陸の西部地域を支配するほどの大国へと興隆させた世界史上の偉人であった。

男が権力を得るために利用したのは財力でも、名声でも、親の権力でもない。彼に権力を与える力となったのは国民の熱狂的な支持だったのである。男は聴衆の心に訴えかけ、そしてその信頼を掴み取る演説を各地で行った天才であった。彼自身の持つ類稀なる英雄的資質(カリスマ)、そして人々を魅了する演説だけであの男は政権を奪取したのである。

 

 ウナトが恐ろしいと感じたのはカガリのもつ天賦の英雄的資質(カリスマ)である。彼女の父のウズミにも少なからず英雄的資質(カリスマ)はあった。だが、カガリのそれとは次元が違うと彼は感じていた。

今はいい。カガリは自身の持つ力に気づいてもおらず、彼女の力はオーブの国難を排するために働くことになるだろう。だが、もしもカガリがあの男と同じ道を辿ってしまったのならばどうなるのだろうか。

ウズミが独裁を敷いて国を滅ぼしたように、彼女も同じことを繰り返してしまうのではないだろうか。今度は亡命政権の樹立もできぬままにオーブは完全に滅びてしまうのではないか、そうウナトは考えてしまう。

遅きに失したとはいえ、ウズミの暴走を止めることはウズミ以上の英雄的資質(カリスマ)を持つカガリ以外の人物には不可能な芸当であった。ならば、もしもカガリが暴走したら一体だれがそれを止められるというのだろうか。そんな思いがウナトの胸中にはあったのである。

 

 そんなことを考えているとふと、先にホテルの一室に入って各国と折衝を行っている息子の姿が脳裏に浮かんだ。結果的には殴られたり蹴られたり投げられたり絞められたり捻られたり捻られたりと色々と悲惨な目にあうことも多いが、カガリは息子ユウナの諫言には耳を傾け、真摯にそれを受け止めている。

幼馴染として育ったこともあり、ユウナはカガリの英雄的資質(カリスマ)に感化されにくいということもあるのだろう。ユウナはカガリに対しても容赦なく駄目だしすることができる稀有な人材である。一言多かったりして悲惨な目にあうことも多いのだが。ただ、ユウナはカガリのあしらい方も理解しているようで、彼女をぐうの音がでないほどに論破し、彼女に翻意を促すこともできる。

 

 ……息子には人柱としてカガリ様のおそばについてもらい、暴走を抑えるほかない。ウナトは結局息子を生贄にすることでカガリを抑えるということを決めた。過酷な職場に送り出される息子には同情していたが、オーブの危機と息子の健康など天秤にかけるまでもないことだ。

ただ、流石に少し我が子が不憫だと思う。せめて可愛らしくお淑やかでロングヘアーの似合う嫁を探してあげて家庭には安らぎを与えてあげようとウナトは決めたのであった。

 

 

 

 

 ホテルに帰ったカガリはその後、記者との対談などの予定を終え、床につこうとしていた。後10分程で日が変わるころだろう。思いっきり飛び跳ねてベッドにダイブしたカガリは皇国ホテルの高級枕に顔を埋める。

もしもここに人がいたのなら、次に彼女がとった行動に仰天したことだろう。カガリは枕に顔を埋めながら、声を殺しながら泣きはじめたのである。

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは昼間の会談である。一時間にも満たぬ宮城での会話は彼女にとって辛い時間だった。

別に彼女はこの国の国家元首が嫌いというわけではない。あの方にたいして個人的な感情といったものや民族的な感情を抱いていたわけでもない。彼女はただ、己の至らなさを思い知らされただけであった。

 

 挨拶の、陛下はまず今回の戦乱で命を落とした民や、命からがら脱出した民を見舞うお言葉をくださったのだ。そしてその後も今尚苦難に喘いでいる民を慈しみ、できる限り配慮していきたいと仰った。

他国の民であろうとも苦しんでいる民を真っ先に慈しんだこの国の国家元首に対して、オーブの指導者は如何なるものであったか。理念に取り付かれてそれを守ることに固執した父とその言いなりだった叔父、そして国を飛び出すまでそんなオーブを変える努力もしなかった自分のどれほど浅ましきことか。

 

 器の差、いや、国家指導者としての格の差を思い知らされたカガリは自身の浅ましさに対して怒りを通り越して悲しみを覚えた。いっそ陛下が国民を省みず今回の事態を招いたカガリを叱責してくれた方がまだ清清しかったのかもと思うほどだ。だが、陛下はそのようなことはなさらず、今なお苦境にあるオーブ国民を慈しみ、深く悼みなさっただけであった。

繁栄して栄華を極める技術大国の指導者がこれほどまでに素晴らしいお方であるのに対し、亡国となった祖国を復興させるという日本の比ではない国難に立ち向かう指導者の立場にある自分は陛下に比べて非力で愚かしいことこの上ない。

 

 カガリは声を押し殺しながら泣き、圧倒的な劣等感と自身に課せられた使命の重さから来る不安に押しつぶされかけていた。




陛下の口調はあえて変えました。
流石に宮中で家臣に接するときの口調と外国の要人と会談するときの口調は分けるでしょうから。

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