機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

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PHASE-65.5 愛国者か戦犯か

C.E.71 10月22日 プラント ディセンベル ザラ邸

 

 この日はディセンベルの天候が快晴に設定されていた日であった。その日の昼、日照量が最大となったころにパトリック・ザラの私邸の前に黒いバン型のエレカが停車した。だが、パトリック・ザラの私邸の前では私邸に押し入ろうとするプラント国民とザラ邸を警護する連合の警備部隊の間でにらみ合いとなっていた。

 

 彼ら、ザラ邸前に集まった民衆はこの国を敗北させた指導者であるパトリック・ザラを憎んでいるのだろう。民衆は

 

「ザラの無能!!」

「戦犯の首を吊るせ!!」

「大量殺人者!!」

 

等といった野次を盛んにとばしており、私邸の周りにはごみが投げつけられた形跡も見られる。民衆が暴徒と化してザラ邸に押し入る事態も考えられたために、数日前から警備部隊も増員されていたらしい。

 

 停車した黒いエレカから降り立ったのは憲兵の腕章をした女性であった。女性の腕章と階級章を見た警備兵達は踵をそろえて敬礼する。

「ザラ邸警備部隊責任者の灘逸平少尉であります!」

女性も灘少尉の敬礼に答礼した。

「宇宙軍安土憲兵隊の永井博美大尉です。パトリック・ザラの護送を命じられ、身柄を預かりに来ました」

「はっ!!ご案内します」

灘少尉に付き添われ、永井は屋敷の門をくぐった。

 

 

 

 永井は灘少尉の案内で屋敷に入り、居間に向かう。自動ドアを抜けて開放的な居間に入ると、そこではパトリック・ザラがゆったりとしたソファーに座りながら読書をしていた。彼の手にしている本のタイトルには見覚えがある。

『君主論』、マキャヴェリの有名な著作の一つだ。ふと視線を彼の隣の小さな机に積まれている本に向けてみると、そこには『戦術論』や『リウィルス論』といった本が積み上げられていた。

その隣にいる男性は彼の息子だろうか。頭皮の後退具合からしてそんな気がする。

「始めましてだな、お嬢さん。何の用件で来たのかは見当がつくが、一先ずお茶でも飲んでいかないか?」

パトリックも居間に入ってきた見知らぬ女性に気づき持っていた本にしおりを挟んで閉じると、朗らかな表情で迎えた。

 

 

 プラント最高評議会議長兼国防委員長であったパトリック・ザラは第二次ヤキンドゥーエ会戦の終盤、クーデターを起こした旧クライン派にその身柄を抑えられていた。ラクス・クラインの降伏宣言後に連合がプラントを占領すると、彼は私邸で軟禁生活を強いられることになった。

東アジアの突然の戦闘行為や連合が掴んでいなかった第二の戦略兵器の存在、更にオーブでの紛争勃発などで連合加盟国はてんてこ舞いだった。プラントの処理を決めるまでにも時間を要したために、彼の身柄の整理まで少し時間が空いたので仮に軟禁することになっていたのである。

 

 

「ザラ議長。任務の最中ですので、申し訳ございませんが、お茶をご一緒することは」

「硬いことを言わないでくれ。私にとってはこの生涯で最後の客となるのだから、精一杯もてなすぐらいはさせて欲しいのだよ。ああ、そうだ。もしも断ると、私はごねて屋敷から出るまでに時間をかけさせてしまうかもしれないから気をつけてくれたまえ。連合との外交で鍛えたゴネっぷりは並大抵ではないからな」

どうあっても譲る気はないことを悟った永井は溜息をついた。

「わかりました。しかし、私も暇ではありません。一杯だけです」

だが、渋々といった雰囲気を駄々漏れにしている永井の態度をパトリックは気にも留めなかった。

「ありがとう……アスラン、とっておきの茶葉を持ってきてくれ。最後のお客さんなのだから、精一杯もてなしたい」

「わかりました、父上」

そう言うとアスランと呼ばれた少年が席を立った。

 

 しばらくすると、アスランが居間に戻ってきた。彼が抱えているお盆からは湯気が立ち昇っている。

「お待たせしました」

アスランは永井とパトリックの前にカップを静かに置くと、自分の分のカップを持って先ほどまで座っていたソファに戻って腰掛けた。

「ハーブティ……ですか?ザラ議長のご趣味で?」

永井は目の前のカップから漂うさわやかな香りに興味を惹かれた。同時に、目の前の男の印象とはギャップがあると感じていた。案の定パトリックは苦笑しながらそれを否定した。

「私の趣味ではない。生前、妻がハーブティを嗜んでいた。妻が亡くなってから自宅に残った茶葉を使ってみようとは思ったんだが、経験が乏しい私では上手く淹れることができない。だが、息子は妻から淹れ方を教わっていてな。自宅に帰ってからは毎日飲ませてもらってる」

そう言うと、彼はカップに口をつけた。永井もそれに習って口をつける。香りもいいが、味もいい。とてもやわらかな味わいだ。

 

「とても美味しいお茶ですね」

「今日で飲み収めかもしれんから、今日は妻が私に黙って購入していたらしい、イタリア産の最高級のハーブを使わせてもらった。喜んでもらえてなによりだ」

パトリックも表情を緩める。

しかし、永井は戦時中はプラントの巨人とまで呼ばれた男と目の前でハーブティーを嗜む男のギャップに不可思議な気持ちを感じずにはいられなかった。そこで彼女は意を決して彼に声をかけた。

「ひとつだけ、よろしいでしょうか?」

「なんだね?」

「不躾な質問だとは思いますが……ザラ議長はどうして法廷に立つことを恐れていないのですか?」

自分を留置所に移送するために来た使いの前でこれほどの余裕を見せるパトリック。永井にはパトリックが留置所に移送されることを、ひいては法廷に立つことを恐れているようには見えなかったのである。

 

「私とシーゲルが開戦を主導したのだから、責任を取るのは当然のことだろう。負けたときの責任を恐れていたのならば最初から戦争などやらんよ」

パトリックはそう皮肉げに笑いながら答える。しかし、永井はどうも納得しきれない部分があった。

「……歴史を紐解けば、国際法の概念が生まれた近代以降の戦争において、敗戦国の元首の中には戦勝国による復讐裁判なんぞ死んでも御免という考え方を持つ人も少なくありませんでした。第一次世界大戦における帝政ドイツのヴィルヘルム二世、第二次世界大戦におけるドイツ第三帝国のアドルフ・ヒトラー、第三次世界大戦におけるインドのゴードゼー、そして先の戦争に敗れたオーブのウズミ・ナラ・アスハはそうでした。議長はそのようなことをお考えにならなかったのですか?」

彼女の問いかけをパトリックは鼻で笑った。

「ふん、馬鹿馬鹿しい。言っただろう。負けたときに責任を取るのは当然だとな」

パトリックは再びハーブティを口にすると、口調を僅かに険しいものに変えた。

「戦争とは勝利でも敗北でも国家に負担を強いるものだが、特に敗者というのは惨めなものだ。そして最も苦しむのは他ならぬ国民だ。敗北という形で国民に苦難を強いた責任を取るのは為政者として当然のことであり、そもそも責任を放棄することがおかしいのだよ。例え戦勝者による裁判の名を騙る復讐行為であっても、戦争指導者はそれを受け入れて処罰されねばならんのだ。それ以外の責任の取り方は戦勝国が許さんからな」

 

 なんということだろうか。自身が魔女裁判さながらの法廷に立たされることを理解していながらもなお、目の前の男はそれを平然と受け入れている。初めて見たときはこの落ち着いた中年の男性が本当にあのプラントの巨人とまで謳われた独裁者なのか疑問に思わずにはいられなかったが、今は全く違う。

彼はまさしく為政者というに相応しかった。巨人とまで謳われたのも理解できる。彼は常に為政者として民のために全てを受け入れるのだ。彼はぶれないし、動じない。国の全てを背負い、民を先導していくこの大きすぎる存在感と指導力こそ、彼が巨人と謳われた理由だったのだろう。

 

「不躾な質問をして申し訳ありませんでした」

永井は頭を下げる。しかしそれは形式だけの謝罪ではなく、一人の偉大な為政者に対する無礼を本気で詫びる謝罪だった。

「気にすることは無い。確かに私を独裁者と揶揄して報道する者も少なからずいるからな。私を過去の独裁者と重ねて考えてしまうのも不思議なことではない」

そこでパトリックは机の上においてあったクッキーを口にする。永井も冷めぬうちにとハーブティーを再び口にした。

 

 そういえば、とパトリックは続ける。

「先ほど、オーブのウズミ・ナラ・アスハのことを口にしていたが、彼奴はいったいどうなったのだ?私は軟禁状態にあり、外部から情報を仕入れる手段も全て取り上げられていたために近頃の話に疎いのだ。もしも君が先ほどの質問をしたことに負い目を感じているのなら、私の問いに答えてはくれないだろうか?」

そのように言われるとこちらとしても断りづらい。また、自分がオーブのアスハについて知っていることは全て新聞で知ったことであり、軍機に関わることはないだろう。

「……私の知っていることは世間で報道されている内容だけですが、それでもよろしければ」

「勿論だ」

 

 オーブの元代表、ウズミ・ナラ・アスハの最後はオーブを占領した東アジア共和国による公式発表によると、自決だったらしい。ホムラら他の官僚は占領軍に捕らえられ、数日前に人民裁判と題された吊るし上げを経て銃殺刑に処されたという。その裁判の様子とオーブ内閣府の前で行われた公開処刑の様子は全世界に発信された。銃殺の場には既に自決していたウズミの遺体も運ばれ、他の戦犯の遺体と共に曝されていたという。

東アジアからすればオーブの実質的指導者であったウズミは第一に公開処刑すべき人間だ。処刑を民衆の前で行わない理由がないことからもウズミは身柄を拘束される前に自決したと推測するのが自然だろう。

東アジア共和国は彼の遺書を発表しており、民間の調査機関による筆跡調査の結果からもそれがウズミ・ナラ・アスハ本人のものであると認知された。何より亡国の瀬戸際に書いたとは思えないほど理念に固執したその内容であったためにウズミの書であることを疑うものは少なかったのだが。

 

 

 

 彼女は知らないことだが、ウズミの死の一部始終については既に日本政府も把握していた。情報提供者は元オーブ国防陸軍レドニル・キサカ一等陸佐だ。彼は敗戦後にオーブ本土から日本の工作員の手引きで脱出し、オーブの亡命政府に合流したのである。

彼の証言によると、娘のライダーキックで昏倒したウズミが目を覚ましたころにはカガリら亡命政権を率いるメンバーは既に脱出していたという。娘の脱出と日本の救援部隊が難民を保護して離脱したことを聞いたウズミは憤怒する。

既に戦線は崩壊しており、内閣府の目と鼻の先でも戦闘中であった。復活したウズミは大会議室に怒鳴りこみ、降伏を宣言しようとしていたホムラに高圧的に詰め寄った。そして降伏の前に軍に命令してモルゲンレーテとマスドライバーを爆破するように命じた。

だが、ホムラはそれを拒否。ウズミはホムラの胸倉を掴んで怒鳴りつけるが、尚もホムラは屈しない。ホムラは現代表は自分であり、貴方ではないと言ってウズミの命令を拒否したのだ。

ウズミは憤死するのではないかという凄まじい剣幕を見せるが、ホムラはウズミを連れ出すようにキサカに命令し、ウズミを追い出した。追い出されたウズミは青筋を浮かべながら内閣府内の執務室にむかった。現場に直接命令するのではないかと邪推したキサカがついていくが、ウズミは彼が執務室に入ることを許そうとはしなかった。そのためキサカは執務室のドアに耳をあて、ウズミが妙な動きをしないようにはりつくことにしていたらしい。

それから数分後、内閣府から降伏宣言が発せられた。それは内閣府の館内放送でも聞こえていた。だが、その降伏宣言がなされた直後にウズミの部屋から銃声が響いたのである。扉に鍵がかかっていることに気がついたキサカは体当たりして強引に突破する。鍵を壊して執務室に押し入った彼が見たのは心臓を正確に拳銃で撃ちぬいたウズミの姿だった。

キサカが駆け寄ったときにはまだ息はあったが、弾丸はウズミの心臓を正確に撃ち抜いていたために手の施しようがなかった。ウズミは震える手で机の上に置かれた封筒を指差し、すぐに息絶えたという。

彼の机の前には遺書と書かれた封筒が置かれており、その中身を検めたキサカは念のためにと執務室にあったコピー機でコピーを取っていた。その後日本にもたらされたそのコピーは東アジアが発表した遺書と相違なかったらしい。

 

 

 

 一部始終を教えられたパトリックは開いた口が塞がらないという表情を浮かべる。

「……ウズミ・ナラ・アスハは本当に一国の指導者なのか?小学校の生徒会の会長の方がまだ指導者らしいぞ」

「……否定できませんね」

「自国民に苦難の道を歩くことを強いたものがその責任を放棄して楽な道に逃げてどうする。国民の苦しみの一部でもその身で感じるべきだろう」

「彼が死んだ分、他の政治家の生き残りは彼の分の罪まで被せられたそうです。彼が生きていれば彼らの罪を被ることで犠牲者を減らせたかもしれません」

「そうかもしれないな……」

パトリックはカップにもう一度手を伸ばす。だが、そこにはもうハーブティーは残っていなかった。永井のカップに目をやると、既に彼女のカップも空になっている。パトリックは気づいた。彼女はカップが空になっているにも関わらず、彼の話に付き合って最後のティータイムを僅かばかり延ばしてくれていたのだ。

 

「……ありがとう。最後のティータイムは中々に楽しかった。外の人たちも待たせてしまったから、もう出るとしようか」

そう言うとパトリックはゆっくりとソファから立ち上がった。永井もそれに続いて席を立つ。永井はパトリックに付き添い、居間を後にして玄関に向かった。

 

「お義父さん!!」

澄んだ女性の声がしてパトリックの永井は玄関で振り返った。彼の息子の隣に立っていたのはまるで雪女を彷彿とさせるような儚げな銀髪の少女だった。少女はパトリックにコートを手渡す。

「寒いかも……しれないと思ったんです」

パトリックは手渡されたコートを羽織ると、表情を綻ばせる。

「ありがとう、アナスタシア。……息子を頼んだ。妻として支えてやって欲しい」

アナスタシアと呼ばれた少女は瞳に涙を浮かべながら頷いた。そして泣きはじめた彼女を隣にいた彼の息子が抱き寄せて胸に抱く。

「……父上」

パトリックの息子は父親にかけることばが見つからないようだ。その目じりには光るものが見える。

 

「アスラン」

「はい!」

パトリックは正面から息子を見つめ、その手で息子の頭を撫でた。

「立派になったな、レノアに見せてやれなかったのが残念だ。……これからは幸せな家庭をつくれ……碌に家庭を顧みなかった私の言えることではないが」

「いえ……父上は自分の仕事を一生懸命なさっただけです。父上の息子で……母上の息子で…………俺は……俺は、幸せでした」

アスランの頬を涙が流れ落ちるが、アスランはそれを拭うことはしない。唇を噛みしめて悲しみを堪えながら彼は正面から父と向き合う。

 

「……私はお前のような息子をもてたことを、何よりも誇りに思うぞ、アスラン」

そう言い残すとパトリックは息子に背を向けた。そして彼は玄関をくぐり、道中で市民の罵声を浴びながらアプリリウスの臨時拘置所に移送された。

 

 これがアスランが見た偉大な父の最期の姿だった。

 

 

 

 

 この一週間後、パトリック・ザラは旧アプリリウス市議会で行われたL5国際軍事裁判――通称アプリリウス裁判で戦犯として起訴されることとなった。スエズでユーラシア連邦の機甲化部隊をコテンパンにしたアンドリュー・バルトフェルドや、反連合運動に深く関わっていたジェレミー・マクスウェルなど、その他にも数人も起訴された。

クーデターにも加担していたアイリーン・カナーバもクライン政権時に外交担当として開戦に大きく関与していたために起訴されることとなった。

その中で唯一、平和に対する罪や通例の戦争犯罪、人道に対する罪の全てで起訴されたパトリックだが、彼は一貫して裁判所では自己弁護はせずに国家の弁護を続けたという。連合から派遣された判事と検事を前にしても彼は一歩も引かずに自身の主張を続け、時には検察側を論破することもあった。

 

 

 他の被告は半年以内にほぼ刑が確定したのに対し、パトリックの審理には他の戦犯に比べて長い時間が取られたために裁判の判決が下されるたのはこれからおよそ一年後のことになる。




どうも、陸将です。
これでもう82話目ですか。我ながらよくここまで書き上げたものです。

さて、拙作ですが、とうとう終わりが目の前に見えてきました。自分の予定では拙作は後2話、長くでも4話で最終回を迎えることになっています。

続編のことも真剣に考え出していますが、やりたいことがいくつかあって、あっちを立てればこっちが立たずといった状況で色々と迷っています。
できれば最終話あげるまでに骨子を固められればいいのですが。


また、今日から感想受付設定を変更し、ログインユーザー以外からも感想を受け入れることにしました。次回作にむけて参考になるものがより多く得られるかもしれないと思いましたので。


追伸:レノアさん死亡とアスラン結婚事情についてはそのうち補完をする予定です

修正でアプリリウスをディセンベルに変えました。
パトリックのホームはディセンベルですし

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