機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU   作:後藤陸将

9 / 87
PHASE-2 始動

C.E.70 10月某日

 

 富士演習場に白と青の二機のMSが立っている。双方左手に盾を、右手に突撃砲を装備し、背部に設置した可動兵装担架には突撃砲と模擬長刀を装備している。

 XTSF―Type01『撃震』――日本初の本格的MSの試作機である。

 

「遂にこの日がきたわね。」

 香月博士が呟いた。

 彼女は数ヶ月前に防衛省高官の前で発表した公約を果たしていたのだ。

 

 この場には軍の高官、更には内閣の閣僚が揃い踏みしていた。

 胸部管制ユニットにパイロットスーツを着込んだ青年が乗り込む。

 

 二機の巨人は平野の開けた丘で向かい合った。そしてブザーと共に模擬戦が始まった。先に仕掛けたのは白のペイントがされた一号機だ。

 一号機の発砲に対して青の二号機は盾を構えて突進する。

 ペイント弾が盾を赤く染めた。しかし、二号機の勢いは衰えない。

 

 二号機の接近に応じ、一号機は模擬刀を構えた。

 模擬刀と盾が交錯して競り合いになる。

 二号機が下段から跳ね上げようとしたが、、一号機は腰部ブースターを全開にし、タックルを決めた。

 

 しかし、体勢を崩されながらも、二号機も腰部ブースターを使って跳躍、左腕の盾を上空から一号機に叩きつける。

 怯んだ一号機の隙を突いて超接近した二号機は跳躍時に捨てた突撃砲の代わりにナイフシースから取り出した模擬短刀を胸部に叩き込んだ。

 

 ブザーがなり模擬戦が終了する。

 

「香月博士、素晴らしい出来だ。これで我が国もMS戦ができる」

 澤井が笑みをこぼす。

 

「人材は大丈夫なのか?パイロットや整備士の育成だってあるだろう?」

 吉岡の疑問に香月が答えた。

「パイロットは問題ありません。二足歩行建設作業ユニットの免許持ちがシミュレーターでそれこそ月月火水木金金で3ヶ月の訓練です。整備士も東大の受験生ばりの猛勉強してます。今のパイロットだって実機に乗った戦闘は3度目です。」

 その言葉に澤井は驚いた。

「あれが3度目の実戦だと!?信じられないな。」

 

「DANBAIとの共同開発でシミュレーターを作りましたから。あそこは私が学生の頃から筐体の対戦ゲームで有名でしたし。そこから出向していただいたプログラマー達も大変優秀でした」

「報告によれば、コーディネーターでも1年は訓練しているようだが、大丈夫なのか?」

 吉岡の即席練成への疑念は晴れなかった。

「問題ありませんわ、大臣。このMSはZAFTのものとは根本的に操縦システムが異なりますから」

「どう違うんだ?」

「ZAFTのMSでは、基本動作を制御するOSによる操縦の支援は最低限で、後は個々人が全て動かしているといっても過言ではありません。しかし、日本製OSは違います。パイロットスーツを見ていただきましょう。白銀?!来なさい!」

 

 呼ばれてきたパイロットに澤井は視線を向けた。

「そのヘルメットよこしなさい」

 白銀といわれた青年からヘルメットを引っこ抜いた香月はヘルメットの内部を見せる。強引にヘルメットを脱がされた青年が首を痛そうにさすっている様子が少し気の毒に思えるが、香月は彼のことを気にするそぶりも見せない。

 

「彼らの着ているスーツとヘルメットには、パイロットの脳波や神経電流情報を読み取る機能があり、間接思考制御による操縦が可能になっています。そして蓄積されたパイロットの生体データを自己学習型機体制御プログラムがバイタルデータや操作ログ等と共に分析し、より瞬時に、状況に合った操作を行えるようになります」

「つまり、データさえ蓄積されれば、自分の思考パターンに基づいてMSが動くということか」

 澤井は感嘆の声をあげた。

「えぇ、その通りですわデータが蓄積されれば自分のイメージどおりの機動が可能になりますから。さらにこのヘルメットには網膜投影

システムが搭載されており、パイロットの眼球の動きに合わせて投影映像を切り替える機能等がついています」

 

「そんな複雑なOSを手がけるとは、特技研も優秀だな。他国ではいまだにナチュラル用OSの実用段階には程遠いというのに……」

 吉岡の賛辞を香月は否定する。

「あのOSの仕上げこそ特技研のプログラマーが行いましたが、基本プログラムはほとんど我々は関わっていませんわ。ある男が一人で組み上げたものです」

「何!?一体誰があのOSを?」

 吉岡が驚きの声をあげた。

 

 「錯刃大学から出向してきた春川教授が仕上げて下さいましたわ。教授の専門は脳科学とコンピュータ・サイエンスですから」

 出てきた答えに澤井達は感嘆の念を抱いた。春川教授といえばかつて津波観測、避難誘導プログラムを作成し、そのシステムが多くの人命を救った実績から紫綬褒章を受賞したこともある若き科学者である。

 

「しかし、ワークローダーに比べてずいぶんと滑らかに動くな。まるで人間のようだ」

「あぁ、それは人間の関節の動きを参考にしましたし、そのために電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)を使用しています」

「電磁伸縮炭素帯?何だ?それは」

 吉岡が聞き覚えの無い単語に首を傾げる。

 

「電圧によって伸縮幅が変化する素材で、これによって人間における筋肉の収縮と同じ働きをしているのです」

 香月はタブレットをバッグからとりだした。

「このように、素材の分子構造の変化によって体積を増減することで、伸縮を可能にしていますので、曲げたり、捻ったりすることもスムーズにできます。さらに炭素繊維でできているために軽量、柔軟、なおかつ強靭で、これまでのワークローダー以上の関節可動域と対衝撃耐久力を実現しています」

 

 吉岡は次から次へと出てくる新技術に半ば呆然としていた。間接思考制御プログラムに網膜投影システム、電磁炭素伸縮帯など画期的で実用的であることは分かるが、どうしてこうも他国よりぶっ飛んだ発明が組み込まれているのだろうか……養殖物の天才〝コーディネーター″より天然物の天才〝香月夕呼″のほうが彼には程遠い存在であると感じた。

 隣をみると澤井の顔も少し引きつっている。彼もまさかこんな技術的にぶっとんだ機体になるとは思っていなかったのだ。

 頼もしい技術者達の成果を見つめる目の焦点はどこかおかしかった。

 

「やっぱ強いな、白銀は。」

 格納庫に戻った一号機から降りた男が香月博士から解放された青年の肩を叩く。

「シミュレーションでのランキング一位は伊達じゃありませんよ」

 

 軽口を叩き合う二人の前に一人の男がやってきた。

 「白銀武少尉、葉山進少尉!御苦労だったな。」

 「「響教官!」」

 二人は敬礼する。

「どうだ?撃震は。」

「手足のように動かせますよ。『Uローダー』(二足歩行建設作業ユニット)とはえらい違いです。このスーツも、Gをかなり軽減していました」

「私も同意見です。後、網膜投影システムもとても便利でした。ウィンドウの切り替えがとてもやりやすく感じました」

 響は満足げに告げた。

 「よし、白銀少尉、葉山少尉の両名はこのレポートを明日までにまとめてくれ。」

 

 笑顔で渡された書類に二人の顔は引き攣った。彼らは優秀なパイロットだが、書類仕事は壊滅的にできないのだ。

 

 

 

 C.E.70 11月2日 内閣府

 

「さて、『撃震』の開発状況はどこまで進んだかね?」 

 澤井が切り出す。

 

「富士での演習後も各種試験を続行しましたが、特に問題は無かったため、現在先行量産機の生産を開始しています。これも問題が見られなければ、1月には本格的に配備が開始される予定です」

 吉岡が答える。

 

「香月博士の提出した計画書にあったエース用の撃震の能力向上改修機の開発は?」

「TSF―Type01改『瑞鶴』は現在試験生産機のテスト中だと聞いています」

 

 国防の備えが着々と進んでいることを確認し、閣僚達は安心する。

 

「国防関連の事項は後……そうだ、『長門』はどうなっている?」

「はい。L4の軍事工廠コロニー『天之御影(アメノミカゲ)』で順調に建造が進んでおります。防諜も情報省が全力で取り組んでいますから、問題ありません」

 澤井は頷きながら手元の書類に目を向け、話を続ける。

「先日情報局外務二課から連絡があった大西洋連邦の動きはどうだ?何か掴めたか?」

「その件は私から説明させていただきます」

 吉岡の隣に座るエリート風の男、情報局長辰村剣斗が席を立った。

 

「大西洋連邦はオーブとMSを共同開発中のようです。正確には大西洋連邦のハルバートン准将を主導とした派閥による開発らしいですが。既にモルゲンレーテの本社社員が多数現地入りしており、L3のコロニー『ヘリオポリス』にて新造艦の開発も平行しています。」

 澤井は疑問を投げ掛ける。

「それは我々の脅威となりうるものか?」

「連合製MS、『G計画』で建造中の機体は実弾攻撃を無効にする『P.S装甲』を採用しており、ビーム兵器を主兵装とするものということが判明しています」

 更に辰村は手元の資料を読み続ける。

 

「現在開発中の五機は、拡張性を意識したGATーX102『デュエル』、遠距離砲撃を主眼に置いたX103『バスター』、汎用性を追求したX105『ストライク』、ステルス機能を持つX207『ブリッツ』、可変機能を持つX303『イージス』ということが判明しております」

「我が国のMSで対抗できるのか?」

 澤井の質問に吉岡が答えた。

 

「情報局から送られたデータを基に性能を比較したところ、撃震でこの5機を相手にした場合不利であることが分かっている」

 会議室がどよめく。自国のMSを凌駕するものが作られているとなると落ち着けないのは当然だ。

「しかし、恐らくこれは技術的な試作機に過ぎないと判断できるのでは?これは量産機にするには一機あたりにかかるコストは相当なものになるという試算が出ているはずです。それに現在このMSのOSは未完成で完成のめどが立っていない状況です」

 辰村の反論に吉岡が再び口を開く。

 

「たしかに、これは量産機ではない。しかし、我が国にはないビームライフル、ビームサーベル、PS装甲の技術は欲しい。このまま地球連合のMSが量産化されたとき実弾兵器を主力とする兵装では対抗するのは厳しいのが現状だ」

 閣僚達が腕を組み考え込む中で、澤井が口を開いた。

 

 「ヘリオポリスでのMS建造計画に加入することはできないだろうか?」

 澤井の提案に辰村が危惧の念を述べる。

「ヘリオポリスの……特にモルゲンレーテ側は大西洋連邦の技術を盗用している可能性が大です。こちらの技術が不法に奪われる可能性もありますが」

 

「いや」

 吉岡が言った。

「確かに技術が奪われる可能性はある。だからといってここでいち早く技術を得ておくことのメリットと比較すれば、メリットの方が大きい」

「現在我が国が実施している地球連合への支援は物資の輸送だけですから、大西洋連邦より強い参戦の圧力が連日かけられていますし、むこうの世論も反日に傾きつつあるそうです。このまま外交的な孤立を深めることを避けるために、技術協力をするのも悪くないと考えます」

 外務大臣千葉辰巳も技術協力を推した。

 

 この後も各方面からの意見が出た。そして意見が出尽くした頃、これまで意見を黙って聞いていた澤井の口が開いた。

「辰村局長のいうように、我が国の技術的優位が損なわれる事態も考えられる・・・しかし、地球連合にたいして何らかの支援をすることも重要だ。吉岡大臣、技術陣の派遣の準備を急いでくれ。千葉大臣は大西洋連邦とオーブとの交渉に入ってくれ。我が国が既にMSの量産段階に入っていることを明かしてもかまわない。とにかく急いで結果をだしてくれ」

 

 閣議が終了すると同時に閣僚が席を立ち、会議室を急いで後にした。

 日本もついに本格的に動き始めた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。