ネコマジョ・カノジョ!【完結】   作:イーベル

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梅雨入りとネコマジョカノジョ!

「所でハイル君、少し聞きたい事があるんだけれど、いいかな?」

「……何でしょう」

 

 先輩の言葉に対して不服そうにハイルが返事をした。敵対関係と言える彼女達がこうして面と向かって話すのはかなり珍しい。監視の為、詩央先輩はかなりの頻度で俺の家を訪れているが、それでも彼女達の日常的な会話は俺を挟んでしか成立しなかった。

 だから俺はこの特殊な状況を壊さないよう、壁に背中を預け、本に目線を向けたまま彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「君はどのようにして妖気(ようき)を補充しているのかな?」

妖気(ようき)……何のことです?」

「ほら、君が身に纏っているそのオーラみたいなものだよ」

「ん? ……ああ、魔力の事ですか。ここでは妖気と呼ぶのですね」

「まあ、そこら辺は地域性かな。僕や両親はこう呼ぶし、君の住んでいた地域ではそう呼ぶのだろうね。まあ、それは置いておいてどうなんだい? 君の妖気、もとい魔力の補充方法は?」

「それはその、教えられないです」

「ふむ。その様子からして、やはり、恥ずかしいものなのかい?」

「そ、そんな事あるわけ、な、ないじゃないですか」

 

 ハイルはちゃぶ台に強く手を付いたのか、バンッと大きく音を立てた。それを詩央先輩は「まあまあ」と鎮める。

 

「勿論、タダでとは言わないよ。答えてくれるのなら……」

 

 先輩はガサガサと音を立て何かを机の上に置いた。ハイルがハッと息を呑む。

 

「これをいくつか差し上げようじゃないか」

「これを、ですか? 良いのでしょうか?」

「ああ、君が答えてくれるならね」

「ぐっ、しかしあれは……だが、しかし――」

 

 ハイルはクシャクシャと頭をかきまわしつつ、長考。俺が五ページ程読み進めた所で、「分かりました」と口にした。静かで落ち着いたトーン。普段の彼女からすると考えられない程の真剣さを感じ取れた。

 それほどにまで魔力の補充方法を教える事は危険なのだろうか? にも関わらずハイルをその気にさせる先輩が取り出したものは何なのか? 緊張感のあまり手汗が滲む。

 

「では、話して貰おうかな」

「はい。ワタシは今、ツカサから魔力を貰っています」

「へぇ、夏目君からね。どうやって?」

「あまり言いたくないのですが、その耳を貸して貰えませんか?」

「ん? 別に夏目君には隠す必要が無いだろう」

「それでも、改めて口に出すのは恥ずかしいです」

「……それもそうか」

 

 ボリュームが下がる。ちゃぶ台から少し離れた所にいる俺には彼女達が今、何を話しているのかさっぱり聞き取れない。

 だが目の前でナイショ話をされるのはなんというか、想像力を掻き立てられる。彼女の魔力補給方法として、俺の知っているものと言えば、ハイルが『添い寝をする事によって魔力を得ている』ことぐらいなものだ。

 だから彼女達が俺に声を届かせないようにしているのはそれ以外の『もっと恥ずかしい事』で魔力を得ているから、なんて考えてしまう。

 こういった妄想で自分の心をかき乱して、恥ずかしくなってしまうのは俺の性分だった。悪い癖、いや、自分にとって都合の悪い癖だが、どうにも止められない。こういった所が詩央先輩にからかわれてしまう原因なんだろうなぁ、とは思う。

 そんな事を考えているうちにハイルは打ち明け終わったようで、詩央先輩が「へぇ」と俺に聞こえるように声を漏らした。

 

「難儀だねぇ。呼吸で魔力は得られないのかい」

「できない事も無いですが、どうもこの『セカイ』の空気は魔力が薄くて」

「ふむ、それで十分に補充ができない訳か」

「そう言う事です」

「となると、やはり大気以上の魔力を生み出す夏目君はかなり特殊だな」

「やはり、とは?」

「僕は魔力が見えるから、人の心境の変化が可視化されている。それは君もそうなのかな?」

「ええ、まあ」

「君は出会った人間が夏目君や僕だったから、区別がつかないんだろうけど、夏目君がからかわれたときや、何かに浸っている時に溢れる魔力の量は他の人とは比べ物にならない程多いのさ」

「成程、だからツカサは特殊、と言った訳ですか」

「そう言う事だ。あと、量が多いおかげで魔力の揺らぎ良く見えるから、彼が今何を考えているか分かりやすかったりするのさ。例えば――」

 

 今は本じゃなくて、僕たちの会話に集中している……とかね。

 

 俺は慌ててちゃぶ台へ目線を移した。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 俺はキッチンに逃げるように移動しお茶を淹れてから戻った。ちゃぶ台に肘をついている先輩と、行儀よく正座をしているハイル。どちらもにやけながら戻った俺を見ている。

 自分の心境の変化が見られているという恥かしさに耐えつつ、俺はお茶を並べ、彼女達と同じ卓についた。

 それを見計らって詩央先輩は先程の交渉に使ったであろう、たい焼きを紙袋から取り出してハイルと俺にに手渡す。

 

「意識してみると面白いだろう?」

「ですね。今も大きく揺らいでました。ツカサ、動揺してましたね?」

「頼むから止めてくれ……」

 

 普段は対立しているのに、どうして俺を弄る時だけ息がぴったりになるのか。どうしてその仲の良さを維持できないのか。板挟みになるこちらの身にもなって欲しいものだ。

 だが動揺とは異なり俺の思っていることはそう簡単に伝わらず、ハイルは笑顔でたい焼きを頭からかじりつき、言葉を発する。

 

「ツカサの面白い所が知れたので、ワタシとしては表に出さなくても満足です。シオの事は知った事ではありませんが」

「まあ、僕は面白いから続けるに決まってるけどね」

「自重する気は無いんですね……」

「無い」

「断言しないで下さいよぉ」

 

 俺はため息をつきながらたい焼きを半分に割って、あんこが見える所からかじりつく。その光景に詩央先輩はたい焼きと口の間を手で遮り、待ったをかけた。

 

「なんですか詩央先輩」

「いや、君はたい焼きを真ん中から食べるのかい?」

「ええ。両手が空いてるときはこうしますね。だって真ん中が一番あんこが詰まってて美味しい所じゃないですか」

「そうかもしれないが、初めて見たよ」

「そうですか? 珍しいものでもないと思いますよ。『頭から行くか尻尾から行くか論争』に一番手っ取り早く決着を付けられる食べ方だと思いますね。ハイルはどう思う?」

 

 俺が先輩から目線を切り換えると、既に一匹食べ終えたハイルは右親指をペロッと舐めていた。そして俺の問いに答える。

 

「んーワタシは断然、頭からですかね」

「ハイル君は案外普通だね。どうしてかな?」

「どうせ()るなら一思いに……」

「訂正だ」

「たまにおっかないこと言うよなぁ。ハイル」

「え? えぇ……?」

 

 ノータイムでそう返した俺達に戸惑ったのか、ハイルはキョロキョロと首を動かしてみせた。同意してくれる様子がない事を察すると、詩央先輩に向かってビシッと指刺す。

 

「そう言うシオはどうなんですか? どうせろくでも無い食べ方をしているに決まっています!」

「失礼な意見だな、僕は尻尾からさ。生地だけの部分を最後に食べるのは嫌だからね」

「いや、建前は結構です。本当は下から食べてじわじわと痛めつけるのが趣味なんでしょう?」

「流石の僕でもそこまで歪んでないよ!」

 

 ああ、さっきまで仲良さげに見えたのに結局いつもの通りか。睨み合って闘志をぶつけ合っている。そんな事を頻繁にやっていたら疲れるだろうに。

 でもまあ、ここでいがみ合って嫌な空気になるのは家主として避けたい。俺は彼女達を止めるために視線の先に手を割り込ませた。

 

「まあまあ、そんな事を競い合わなくてもだろう? 魚からしたらどうせ食べられることには変わりないんだし、結局の所どちらも残酷だ」

「いや、ツカサ。それは……」

「うん、夏目君。君にだけは、千切って真ん中から食べる人には言われたくないかな」

 

 両者に目を伏せて否定される。どうやら美味しければいいってのは通用しないようだった。そんなこと言わずに一回やってみて欲しいんだけどなぁ。超旨いし。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「おっと、すっかりと話に夢中になって夏目君にこれを渡すのを忘れる所だった」

 

 たい焼きをどこから食べるか議論が落ち着いた頃。詩央先輩は先程のたい焼きに続き、またしても紙袋を取り出した。先程とは異なり手の平サイズで、表面には筆で達筆な文字が書かれている。

 

狛使(こまと)神社? それって確かこの近くの神社でしたっけ」

「うん、正解だ。去年から引っ越して来たばかりだというのに覚えてくれているとは、嬉しい限りだよ」

「どうして嬉しいんですか?」

「狛使神社は私の家が代々経営しているからさ」

「確かに家が近いとは言ってましたが、徒歩五分とかからない所だとは思いませんでしたよ」

 

 どうりで頻繁に顔を出しに来るわけだ。

 

「ああ、だから夏目君。ぜひ君も僕の家にたくさん遊びに来てくれよ」

「そうですね。考えておきます」

「それは考えてないときの言い訳だろう? 日頃からこうしてお世話になっているし、どうしてもお返しがしたいんだ。頼むよ」

 

 隣の詩央先輩は床についていた俺の手に自分の手を重ねて、上目ずかいでこちらを見る。あざとかわいいな。あと「な?」って言いながらウィンクしないで。可愛さ五割増しになって首を縦に振りたくなるから。

 煩悩を捨てきれない俺に対して、ここまで静観を決め込んでいたハイルが咳払いで乱入する。

 

「シオ、話が進んでないじゃないですか。本題に入りなさい」

「えー、もうちょっとだけだからさー」

「ダメです」

「そこまで威圧的に言われちゃったら仕方ないか。分かった。本題に入るよ」

 

 詩央先輩は渋々俺から離れるとちゃぶ台に置いてあった紙袋の中から一つのミサンガを取り出した。それを見てハイルは目を細めている。

 

「かなりの魔力が発せられてますね。これを創った人は中々の使い手でしょう?」

「そうだね。これは父に手伝って貰ったから当たり前と言えば当たり前かな」

「え? 何そんなにすごいものなのか? そのミサンガ」

「ええ。ワタシがいた所なら金貨五枚で売れますね」

「悪い、ハイル。価値が分からない。分かりやすく言い直してくれ」

「そう、ですね。質素な家が二つは立ちます」

「全然そうは見えない……」

 

 見れば見るほど普通のミサンガ。こう言っては失礼だが、俺の目には小学生女子がはまって大量生産して、クラスに配ってるみたいな感じにしか見えなかった。

 その価値が見える二人は俺を置いて話を続ける。

 

「とは言え、これはどんな魔道具なのでしょう?」

「一言で言ってしまえば防犯ブザーだね」

「防犯ブザー?」

「ああ、これを千切ると僕の方に助けに来るようにメッセージが飛ぶんだ。僕がいないときでもいつだって助けが呼べるという訳さ」

「成程、便利ですね」

「だろう? もしハイル君に襲われたら逃げながらこれを千切ってくれ」

「だーかーら、ワタシはツカサを襲ったりなんかしませんってば!」

「そんなもの口ではどうとだって言えるからね。備えあれば患いなしって奴さ。ほら、夏目君、腕を出してくれよ」

「は、はい」

 

 先輩は反論するハイルを適当に受け流しつつ、俺の腕を取って左手首にミサンガを結んだ。家が二つ立つ防犯ブザーかぁ、重いし怖いな。「何が?」って、俺には価値が分からないのが怖い。興味が無い高級腕時計を付けているような気分だ。

 ミサンガをじっと見つめていると先輩は腰を上げて、バッグを肩に掛けた。

 

「渡したいものも渡せたし、僕はそろそろ失礼するよ」

「そうですか。梅雨ということもあって、これから雨が強くなるみたいですから、帰り道は気を付けて下さいね」

「おや、心配してくれるのかい? やっぱり夏目君は優しいな」

「大げさですよ」

 

 俺は笑って言葉を返しつつ、詩央先輩と共に玄関に移動。「じゃあ、また」と言う彼女に同じように返し、手を振って見送って、家の鍵を閉めた。

 リビングに戻るとハイルは正座したまま、親の敵の様に俺の右手に結ばれたミサンガを睨み付ける。その威圧感に押されて俺は思わす彼女に問いかけた。 

 

「ハイル、どうかしたか?」

「いえ、ただ……」

「ただ?」

「今は手持ちが無いので、どうしようもないですが、いつかツカサには城一つ建てられる()()の物を贈らせて頂きたいな、と」

「いや、変に対抗意識燃やさなくていいから」

 

 そんなもの送られた日には、この貧乏学生、どんな顔したらいいか分かんねぇよ。

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