ネコマジョ・カノジョ!【完結】   作:イーベル

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ネコマジョとカレー。

 俺は学校の帰りに直接バイトに来ていた。業務はいつもの様に本屋のレジ打ち。椅子に座って客を待っている。しかし、ゴールデンウィークも過ぎ、梅雨入りの影響もあってなのか客足も遠のいていた。故に中々に暇である。おかげ様であくびをかみ殺す事も業務に加わっていた。

 涙で滲む視界を親指で拭う。時々船を漕ぐ体に爪を立て眠気を誤魔化していると「ねぇ」と隣から肩を突かれる。

 

「また夜更かししてたでしょ?」

 

 馴れ馴れしい声を追って首を回すと、呆れたように半目で俺を見る金髪のサイドテールが視界に入る。彼女は制服である緑のエプロンを何度か結び直していた。

 

古野(この)か、遅刻ギリギリだな」

「間に合ったんだからいいでしょ」

 

 ムッと眉をひそめて彼女、古野葉胡(ようこ)はそう言った。相変わらず腰に両手を当てるポーズと上から目線が高圧的である。

 だが俺はその態度にイラついたりはしない。なんだかんだで彼女とは付き合いが長いし、あの態度は気を許している証拠なのだ……と思いたい。そうじゃ無きゃメンタルが持たないよ。

 

「それよりあんた、昨日は何時に寝たの?」

「二時。レポートが終わらなくてな」

「はぁ、馬鹿ね。そう言うのは常日頃からやっとくもんなの」

「お前は俺のオカンかよ」

「違う。あんたがだらしないから忠告してるだけ」

 

 全くもってその通りだ。俺が沈黙で彼女の言葉に応えると、彼女は隣のパイプ椅子に座った。脚を組んで太ももの上で手を重ねる。

 

「品出しは?」

「もう終わってた。前のシフトの奴らがやってたらしい。こんなに雨が降ってたら客も来なかっただろうし、暇だったんだろ」

「他の仕事は?」

「特には無い。あったとしても客が来てからだな」

「そっか。じゃあ、慌てて焦る必要は無かったんだ」

「結果的には、な。でもお前が遅れるなんて珍しいな。何かあったのか?」

 

 俺はが気になっていた。態度が荒いとは言っても彼女はオカン体質……もとい、しっかり者なのだ。これまで俺より先に来ていない日は思い出せない程に。

 古野は頬をかきながら、目線を逸らす。

 

「ううん。特に何かあった訳じゃ無くてさ。いつもよりちょっと化粧に凝ってたら時間を忘れちゃったの」

「化粧ねぇ。今日はそこまで気合入れなくて良かったんじゃないか? どうせ雨で客も来ないんだし」

「そんな事無い。普段から手を抜いてたら本番で失敗するに決まってるでしょ」

 

 否定できない。練習なくして確実な勝利は得られない物だ。それを俺はバスケットをやっていた時に学んでいる。妹も化粧に四苦八苦していた覚えもあるし、それっぽく見せるのには練度がいるのだろう。最も、俺は男だから全てを理解することはできないけれど。

 

「本番ね……」

「文句あるの?」

「いや、本番ってことはデートだろう? 相手はどんな奴なのかなって」

「あんたには関係ないでしょって言いたいけど、今はいないの」

 

 彼女はサイドテールの先を弄る。俺はこういった類の観察眼には自信が無いのだが、古野はモテそうに見える。綺麗な金髪。ダンスサークルに入っている影響なのか体はビシッと引き締まっている。これだけでも男子は放って置かなそうなものだったものだから、意外だった。

 

「誰か良い人いない? 紹介してよ」

「良い人って言ってもなぁ……」

 

 促されて俺の同姓の交友関係を思い浮かべる。ロボットがお友達の奴、ソーシャルゲーム廃人、酒が恋人……まともなのがいないな。少なくとも彼女の期待に応えられそうな人材は存在しない。

 

「悪い、力に慣れそうにない」

「そんなあっさりと断らないでよー。司の大学って実質男子校でしょ?」

「それは偏見だ。ちゃんと女子もいるって……少ないけど」

「やっぱりそうなんじゃん」

「それ以上言うな……これは理系の宿命なんだよ」

「宿命って、そんな大げさだね」

 

 古野は腹を抱えて肩を震わせる。そんな笑わせるような事を言った覚えはないが、ツボにはまったらしい。やがて笑いも収まって滲んだ涙を指で拭った。

 

「笑い過ぎだ、客来たらどうすんだよ」

「ゴメンゴメン、でも大丈夫だったからいいでしょ」

「結果オーライ、終わり良ければ全て良しを地で行くよなぁ、お前」

「まあね。駄目だったときは全力で挽回すればいいだけでしょ?」

 

 古野は座っていた椅子から立ち上がる。彼女の目線の先を追うと、入り口に傘を差した人影。俺も立ち上がって、入って来た所で二人で頭を下げた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 俺と古野、それと店長で閉店後の支度を終えた。店長に挨拶して店を去る。アスファルトを強く叩いていた雨は上がって、雲の切れ目から月の光が僅かに差し込んでいた。靴が濡れないように水たまりを避けながら歩く。ヒンヤリとした空気が肌寒くて半袖のシャツから出た腕をさすった。

 

「待ってよ司、一緒に帰ろ」

 

 背後からした声に脚を止めて振り返る。制服のエプロンを外した古野が小走りで向かって来ていた。一歩ごとに金色のサイドテールが揺れる。俺の近くで停止すると揺れは収まった。息を乱すこと無く俺に語り掛ける。

 

「どうして先に行っちゃうかな」

「いや、支度遅かったから」

「そんなんだから彼女ができないんだよ」

「余計なお世話だ」

 

 そうかもねと彼女は笑う。チラリと白い八重歯が見えた。古野はこうやって誰にでも屈託もない笑顔を見せてる。だから本屋の男性陣や客にも人気があるんだろうなと思った。

 内容の無い会話を続けながら歩いていると、十字路に差し掛かった所で古野は空を指差す。

 

「見て見て、月出て来たよ!」

「なんか久々に見た気がするな」

「最近ずっと雨だったからね」

 

 表面の模様がくっきりと見える。太陽よりも弱く優しい光は心地いい。空から掴み取って自分の物にしたいと思うほどに綺麗な満月だった。

 

「私ね。月見るの好きなんだ」

「どうして? 綺麗だから?」

「それもそう。だけど、なんか体の中がゾワゾワして、気分が高まるって言うか……。うーん、ゴメン。やっぱり上手く言えないや」

 

 古野はヘヘヘと笑う。彼女の話を聞いて思い出す。満月の日は体調とかメンタルに影響を与えたりするって聞いたことがある。凶悪な事件とか起こりやすいんだとか。もしかしたら古野のテンションが上がるのもそのせいかもしれないと思った。

 古野は指を月から右側の道へ動かして示す。俺の家とは反対側の方向だった。

 

「じゃあ今日はここで。私の家、あっちだから」

「分かった、じゃあな。また今度」

「うん、また」

 

 古野は体を自分が指さした方向へ翻す。俺も帰路へと脚を向けた。だけど、すぐに脚を止めて振り返ってしまったのだ。横目に見えた物を確認したかった。俺は手を伸ばして彼女の肩に手をかける。

 

「古野、ちょっと待った」

「ん? どしたの?」

「いや、そのまま後ろを向いて貰って良いか? ゴミついてた気がするから」

「ほんと? 取って取って」

 

 彼女が背中を見せる。俺が注視するのは彼女のズボン。黒い生地でできているそれに違和感のある物がひっついていた気がしたからだ。

 だけどそこには何もなかった。確かに見えた()()()()()()が消え去っている。俺が見た物は幻だったのか? だが、しかし……。

 俺が思考の沼にはまっていると、古野は急かす様に「まだ?」と聞いて来た。これ以上見るのは不自然だと判断して背中を触って、ゴミを落としたふりをする。

 

「取れたよ」

「ありがとうね」

「いや、大したことじゃない」

 

 俺は手を振って彼女の言葉を否定する。本当に何もしてないから。顎に指を添えて俺は考える。さっき見えたのは何だったのか。気のせいで判断してしまっていい物だろうか。俺が答えを得ようともがいても、一向に解が出せなかった。

 

「どうしたの難しい顔しちゃって。もしかしてまだゴミついてるかな」

「いや、何でもないよ」

「そっか、ならいいけど。じゃあ今度こそ私は行くよ」

「ああ、またな」

 

 俺は彼女に軽く手を振って見送る。彼女の後ろ姿をしばらく眺めていたが、先程の様に尻尾は見ない。結局の所あれは俺の気のせいだったのだろうか。警戒のし過ぎだったのだろうか。

 ハイルや詩央先輩が特殊なだけで、本来であればあんな特殊事情は頻繁に発生しない。それは俺がこれまで送って来た人生で分かり切っている。ここ最近が異常だったのだ。だからきっと気のせいなのだろう。俺はそう決めつけることにした。

 俺は踵を返して、いつもの帰り道へ歩き出す。あれほど見事だった月は雲のカーテンで覆われて、代わりにチカチカと点滅する街灯が際立っていた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 時間も時間だったからか誰ともすれ違う事はなかった。自宅までの階段を上がって鍵を開ける。奥から白いエプロンを身に着けたハイルが姿を現す。というかあのエプロン去年妹が来た時に置いていったやつだ。白い布地の端っこに「ともよ」と刺繍されている。いつになったら取りに来るんだろうな、あいつ。

 

「おかえりなさい司。遅くなると言ってたので夕飯作っておきましたよ。今夜はカレーです」

「ありがとうな。じゃあ冷めないうちに食べようか」

「はいっ、そうしましょう!」

 

 トテトテと小走りで玄関から部屋に戻る。スピードの割に足音が騒がしくない。足の裏に肉球でもついてんのかよ。もしかしたら某青い猫型ロボみたく数ミリ浮いてるのかもしれない。なんて言ったって魔女だし。

 そんな事を考えながら荷物を置いて手を洗う。スプーンと箸を二つずつ手に取ってちゃぶ台に並べた。ハイルがお盆にカレーとサラダを持って来る。対面になるように並べ、手を合わせた。

 

「頂きます」

「どうぞ召し上がって下さい」

 

 一人でいた時には口にしていなかった挨拶。ハイルが来てからはこういったことを気にするようになった気がする。マナーのなっていない人間だと思われたくないという意識はもちろんあった。だが、彼女は異国の人間でこういった事を知らないので、自分が模範にならなければ、と気を引き締めているのだろう。

 

「そういえば司、レポートどうなったんですか? 結構苦戦してましたけど」

 

 彼女は自作したカレーを一口食べてから問いかける。昨日は目の前で作業していた事もあって心配してくれていたのだろう。俺はドレッシングのビンを軽く振りながら答える。

 

「なんとかなったよ。心配かけたな」

「ホントですよ。しっかりと休息を取らないと後々付けが回ってきますから。これからはしっかり計画立てて進めて下さいね」

「そうだな、考えとく」

 

 定番のフレーズで言葉を濁す。正論過ぎて耳が痛かったのだ。そういえば古野にも言われたのを思い出した。古野、古野か……。話題としてさっきのあった事を話してみるか。ドレッシングをサラダにかけて蓋をした。

 

「そういえば今日、帰り道にちょっと変な物を見てな」

「変な物……どこでですか?」

 

 俺はハイルにバイトの同期と十字路で一緒に帰っていた事、別れ際に背中に尻尾が見えた事、再度確認した時には消え去っていた事を説明する。

 彼女は野菜を摘まみながら聞いていたが、途中から箸を置き膝の上に手を揃える。全てを聞き終えてからゆっくりと瞳を閉じてまた見開いた。

 

「司、それはどのような尻尾でしたか?」

「どのようなって、特長か?」

「ええ、ワタシの尻尾と比べてどうでした? 些細な事でもいいので」

 

 彼女は俺に真っ黒な尻尾を見せた。額に手を添えて、薄れ気味の記憶を辿る。

 

「ハイルのよりは短かった気がする。他は……あんまり思い出せない」

「情報が少ないですね、流石に特定はできませんか」

「特定? どういうことだ?」

 

 浮かんだ疑問をそのままぶつける。何? 尻尾クイズでもするの? 俺レッサーパンダぐらいしかわからないぞ。ハイルの言葉を待つ間、カレーをスプーンで(すく)って食べた。ピリッと辛くてスパイシー。いつもの市販のカレールーの味だった。

 

「マジョには同盟があるんですよ。敵かどうか、尻尾で種族を判断します」

 

 あながち間違えてなかったじゃん。尻尾クイズ。同盟があるって事はハイルだけじゃ無くいろんな魔女が日常に潜んでいるのか。想像するとなんかワクワクするな。

 

「でもそんな簡単に魔女が尻尾を見せるのか? ハイルだって認識阻害とかで隠してただろ」

「あれは認識を誤魔化しているだけ、なので限度があるんですよ」

「限度?」

「ええ。力が隠し切れないって場合、認識阻害をかけてても見えてしまいます。それに今夜は満月でしたよね?」

 

 (うなず)く。久しぶりの綺麗な満月だった。

 

「満月の恩恵を受ける種族なら、その幅によって力が滲み出る事もあるでしょう。そう言った者は警戒して対策をするのですけど」

「成程な。ちなみに月の恩恵を受ける種族って?」 

「ウサギ、キツネ、オオカミとか有名なのはこの辺りですかね。ちなみにワタシは夜になると力が増します」

「へぇ、力が増すとどうなるんだ?」

「分かりませんか?」

 

 ハイルはニッと口角を上げた。シャツの袖をまくって、露出した素肌を指先で撫でる。

 

「朝より肌がスッベスベ!」

「知らねぇよ!」

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