「来ちゃいました」
自動ドアが開閉する音。挨拶をしようとしたがその声で止めた。段ボール箱を抱えながら振り返れば案の定、予想通りの人物が立っている。ハイル・ミーツ・アルハンゲル。俺の同居人かつ猫かつ魔女。様々な属性を搭載した彼女がバイト先に降り立った。なんか腰に両手を当てて偉そうに胸を張っている。なんでここに来たのか、買った服じゃなくて俺の服を着ているのかとか、疑問に思った事はいくつかある。だが真っ先に言いたい事は一つだった。
「帰れ」
「いきなりそれは酷くないですか!」
「働いてる所を見られるのは好きじゃないんだよ。気が散る」
知り合いがバイト先に来るのは嫌いだ。妙にからかったしするし、次に会ったときに話題に挙げられるのが嫌なのだ。休みの日まで仕事の話はしたくない。
抱えていた段ボール箱を降ろして、中の本を空白の出来ている棚に差し込んでいく。
「そんな事言わないで下さいよ。ワタシはツカサのために来たんですよ」
「俺のために営業妨害か? そこまで仕事は嫌いじゃないぞ」
「いや、そうではなくて……」
ハイルは俺の冗談をあっさりと否定する。きょろきょろと辺りを見渡して、他に誰もいない事を確認すると耳に口を近づけた。ハイルの長い黒髪が首元に触れてこそばゆい。
「例の尻尾女、今日もいるんですよね?」
「尻尾女って、古野の事か。いるけど……それがどうかしたのか?」
彼女は今頃レジの前に立っているはずだ。サボっていなければの話だが。
「確かめに来たんですよ。味方かどうか」
「どういうことだ?」
「尻尾を確かめに来たのですよ。同盟相手なのかどうか」
そう言えばそんな事を言っていたな。尻尾の種類で種族を判断し、同盟かどうか判断するとか。正直な所、古野に尻尾が生えていた様に見えたのは見間違えだと思っている。なぜなら古野はこの社会に馴染んでいるからだ。ハイルの様に所々にギャップを感じたりしない。どこまでも普通の女性、人間だ。だからハイルの行動は無意味にしか見えなかった。
とはいえ、ハイルが古野を確認することで満足して帰るというのなら、この無意味な行為に付き合うのもやぶさかでは無い。
「あいつを見れば帰るのか?」
「ええ。逆に言えばこれだけは譲れません」
「妙にこだわるな。どうしてそこまで古野の事が気になるんだ」
俺が話したこと、それも空目だったかもしれないことを気にするのか。それがひっかかった。この問いにハイルは耳打ちに使っていた手を俺の顎に添えてゆっくりと目線を本棚から彼女の顔へと切り換えさせる。黄金の瞳が俺を掴んで離さない。
「アナタを危険な目に会わせたくないからですよ。その可能性があるなら確実に潰したい。なにせワタシはツカサのボディーガードですから」
「ボディーガードってお前大げさだな。俺はそんな大層な人物じゃない」
「恩返しの一環なので気にしないで下さいよ」
ともかく、とハイルはこの話題を切り上げる。俺から手を離し元の間合いに戻った。
「ワタシは尻尾女の正体を確かめなければならないのですよ」
「それでお前が満足して帰ってくれるって言うなら俺は構わない。だけど、お前どうやって確かめる気なんだよ」
「そんなの魔法で何とかするに決まっているじゃないですか」
人差し指を立て、当たり前の様にそう言った。奇跡を可能にする彼女の魔法。今回はどのようなものを使うのか楽しみだった。
「どんな魔法を使うんだ?」
「いくつか方法はありますが、今回は穏便に行きます」
穏便じゃない方法もあるのかと突っ込みたくなったが、ぐっとこらえて彼女の言葉を待った。
「解析魔法、相手がどのような状態なのかを見極める魔法ですね」
「解析ねぇ。いったいどのぐらいの事が分かるもんなんだ?」
「そうですね。試しにツカサに使ってみましょう」
ハイルは目を閉じてからブツブツと解読不能の言語を呟く。そしてタクトの人差し指を振るった。瞼を開けると彼女の瞳がぼんやりと瞳を帯びている。
「夏目司。身長:一七七センチ、体重:七〇キロ。種族:人間、年齢:二〇歳。戦闘力:五」
「五? 五ってお前……弱くない?」
「人間は魔力をため込めませんから。妥当じゃないですかね」
「逆に言えば魔力をため込めれば戦闘力が跳ねあがるのか。ちなみにハイルはどれぐらいなんだ?」
「ワタシですか? 確か五〇〇ぐらいだったかと」
「桁違い過ぎる……」
確かに俺は運動をしてないザ・インドア人間だ。しかし、ここまで女の子に差を付けられたら凹むなという方が無理だろう。膝に手を置いてうつむく俺に、話を戻しますよとハイルは言った。
「この状態であの尻尾女を見れば魔女なのか、人間なのか、それ以外か、はっきりするという訳ですよ。さあツカサ、あの女のところに案内してください!」
「分かったから声を抑えろ。本屋ってのは静かじゃ無きゃいけない場所なんだよ」
今は客が居ないからそこまで気にしてはいない。だけど、お前が目の敵にしている古野に聞かれたらどう言い訳する気なんだよ。
「すいません、興奮してしまいました」
「分かればいいんだよ。じゃあ行くぞ」
俺はハイルを先導しレジに向けて歩く。その途中、俺はふと思いとどまる。客でも何でもないハイルが古野を見つめるのは非常に不自然ではないだろうか。表向きの理由、建前を用意していなければならないんじゃないかと。そう思った俺は通りかかった雑誌コーナーで適当な物を手に取ってハイルに渡す。
「これは?」
「雑誌だよ。あいつ今レジにいるからな。客だったら相手をいくら見つめても不自然じゃないだろ」
「成程、一理ありますね。しかしツカサ、ワタシは財布を持って来てませんよ?」
「それぐらい俺が出してやるよ。ボディーガード代だと思ってくれ」
ポケットの財布から千円札を取り出して、雑誌の上に置いた。
「ありがとうございます。では行ってきますね!」
トットットとスニーカーで足音を奏でながら、俺を追い越す。歩いて後を追う。そしてコーナーからストレートに差し掛かった。レジと現在地が直線で結ばれる。古野とハイルが対立しているのが見えた。俺はそのままゆっくり歩みを進めて店員側のスペースに入る。
黙々とビニール袋に雑誌を詰める古野、小銭を握りしめてうつむくハイル。この構図を見て何となく、手がかりが得られなかったのだろうなと察した。
古野が商品を渡して頭を下げる。ハイルは袋を受け取ると、険しい目で俺を見た。その視線から逃れるために俺も頭を下げる。
そしてハイルが自動ドアを通って外に出たあと、金髪サイドテールの古野はややテンションを上げて俺の肩を叩いた。
「ねえ見た? 今の人。綺麗だったよね~」
「ああ、そうだな。モデルか何かだったりして」
「かもね。でもさ、結構面白い買い物しててね。思わずタイトルを読み上げちゃったよ」
別段、特に変わったものを渡した覚えはない。そこら辺にあった雑誌を適当に引き渡しただけだ。しかし、古野の口から出て来たタイトルは予想外の物であった。
「『週刊アソビニン六月号~肌色だらけ!一足先の水着特集っ!~』だってさ。同姓愛者なのかな?」
……帰ったらハイルに謝罪会見を開かなければならないらしい。
▼ ▼ ▼
つい先日と同じように閉店準備を終えて外に出る。今日は晴れていたから、水たまりはできていなかった。アスファルトからゆっくりと視線を上げていくと一つ、人影を発見する。街灯に照らされる彼女は腕を組んで待ち構えていた。
「待ちかねましたよ、ツカサ。ようやく閉店ですか。お疲れ様です」
労いの言葉を笑顔で述べた。冷淡な笑顔で述べた。威圧感が半端では無い。外面は穏やかな海だが、シャチの背びれが見え隠れしている。俺は刺激しないようにゆっくりと距離を詰めた。
「待ってたのか、肌寒かっただろう? 帰って飯にしようぜ」
「誤魔化さないで下さいよ。これ、何だか分かっていたんでしょう?」
ビニール袋を俺の前に掲げる。
「誤解だ。お前も見てただろう? 俺が適当に雑誌を取ったの」
「見てましたよ。でも、浅はかですねツカサ。アナタはワタシが何を買ったか分かっている。そうでなければ『誤解』なんて単語は出てこない。違いますか?」
「それも誤解だ。それは古野が言ってたから――」
「言い訳は結構。結果が全てです。ワタシがここの文字が読めないのをいいことに、こんな不埒な物を買わせるなんて」
彼女は耳を露出する。可愛らしい猫耳を露出する。そして拳を握ってファイティングポーズをとった。スニーカーのつま先で二度地面を叩き、軽いフットワークを見せる。
「一発
「一発殴るの間違いだろ!?」
「歯、食いしばって下さいね」
「聞く耳持たねぇ!」
ハイルがアスファルトを蹴って俺に急速に迫る。線路の上で迫る新幹線を見ているようだった。俺は彼女の忠告通りに歯を食いしばり、最低限身を守るため、頭を腕でガード。
しかし、衝撃は思わぬところから発生した。腹だ。ノーガードの腹に打撃が加えられた。俺は尻餅をつく。荷重が腰全体にかかり続けている。瞼をゆっくりと持ち上げて彼女の姿を見た。
「タックルとか容赦ねぇな。俺が悪かったからどいてくれ……よ?」
違和感。
俺の腹部にいるのは明らかにハイルでは無い。よく見なくてもこんなにも明るいブロンドの髪なら誰だって確信できるだろう。
「物騒だなぁ……ネコって。お父さんが言ってた通りだ」
今、俺の腰を抱えている人物は他でも無い。
だけど、問題はやはり違和感がある。
ハイルではないことも勿論そうだが、彼女が彼女の持ってない、持つべきではない特徴が、付け加えられていたのだ。
彼女には今、大きな耳が頭頂部から生えている。ハイルよりも短く太い尻尾が生えている。異形。人では無いナニカである。
古野は俺の体から離れて、呆然と立ち尽くしていたハイルと対峙する。ハイルは古野の尻尾をチラリと見てから、顔を引き締めた。
「キツネ……成程。化かされてましたか」
「当然。『解析魔法』程度で『幻惑魔法』を見抜ける訳が無い」
「それしか取り柄が無いとも言えますけどね」
「器用貧乏の癖によく言う」
どうやら先程の会合では古野の正体を見抜けていなかったようだ。片手を腰に当てて古野はため息をつく。
「あんたがどうやって
古野は漫画の忍者の様に印を組む。そして、俺の体に触れた。
「影分身の術」
呟く。するとボンボンと煙を立て、俺と古野、この二名と瓜二つの分身が量産された。そして全ての俺を古野が抱えると、蜘蛛の子を散らすように動き出す。
「待ちなさい!」
古野は地面を蹴って走り出す。俺はあっけに取られ彼女達に口を挟むことができなかった。