事の発端は手紙だった。切手も貼っていなければ、宛先も郵便番号も書いていない。だが、理解のできない言語で二、三文程、何かが記述されていた。更に、封筒は古風な
現代では年賀状ですら少なくなっているというのに、こんなに力の入った手紙は異質だ。少なくとも俺の瞳にはそう映った。
「どうしたんですか? ツカサ。朝から玄関先に立ち止まって」
「ん? ああ。郵便受けに入っててな。宛先らしきものは読めない言葉で書かれてて、訳が分からん。たぶん、送り間違いだと思うんだけど」
背後から話しかけてきたハイルに茶封筒をひらひらと振って見せる。するとあっけにとられたように、ポカーンと口を開けていた。
「……どうした?」
「ツカサ、それをどこで手に入れたのですか?」
「さっきも言っただろ? 郵便受けだ。玄関にくっついている」
意外にも食いついてくるハイルに、指で郵便受けを指差しながら答える。ハイルに手紙を手渡した。
「これ、ワタシ宛ですね」
「読めるのか?」
「ワタシの国の言葉ですからね。ワタシ宛である事と送り主が書いてあるだけ、みたいです」
ハイルは裏表と確認を取ってからそう言った。長い黒髪に日系の肌色の彼女だが、以前に「人型、猫、その他諸々、変化自在」と言っていたし、今の彼女が本来の姿とは限らないのだ。
こういうギャップを見せられると改めて、異国の存在だと認識させられる。もっとも、それが別に悪い事だとは思わないけれど。
「ここで確認するのもなんですし、リビングに戻りましょうよ」
「そうだな。俺はコーヒー淹れてくるけど、お前は麦茶でいいか?」
「はい。お願いします。ワタシは布団を畳んでおきますね」
ハイルはトテトテと軽い足音を立ててリビングに向う。それを見届けてから俺はキッチンへ。ガラスのコップを二つ並べて冷蔵庫からアイスコーヒー、緑茶のポットを出して、それぞれに注いだ。七月に入った事もあって最近は特に暑い。冷たい方が比較的においしく飲める。体温に近い方が健康に良いだとか聞いたことはあるれど、そんな事を二〇歳で気にしたくはなかった。
お盆に二つのコップを乗せて、リビングに持っていく。彼女は既に布団を畳み終え、ちゃぶ台と座布団を用意していた。コップを一つ彼女に手渡す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
自分の分を置いて座布団に腰を下ろす。一口コーヒーを飲んでから中央に置かれた手紙を見た。封蝋印は崩れていない事からまだ未開封であることが分かる。
「見ないのか?」
「ツカサが来てからにしようと思ってまして」
彼女は封筒に手をかけて、封を切った。出て来たのはまっさらな紙。そして、二つの束になっていた髪。黒髪と茶髪の二種類だった。
「髪?」
「一つはワタシの髪ですね。これで私の居場所を特定し、送ったようです」
「へぇ、面白いな。そういう方法なのか。それで、その紙は?」
「魔法紙ですね。破ると触れていた者に、映像として情報を伝えることができる。扱いは難しく、きちんと使うにはそれなりに技能がいるのですけど、送り主からして問題ないでしょう」
ハイルは魔法紙の端を持つと、反対側を俺に差し出した。
「どうした、破らないのか?」
「言ったでしょう。破ると触れていた者に映像を見せると。二人で破れば、二人に情報が与えられます」
「……もし、俺に知られたくない話だったらどうするんだよ」
俺の質問にハイルは微笑む。少し影のある笑みだった。
「一人で見たくないんですよ。彼女が手紙を送って来るなんて相当です。少なくとも吉報では無いでしょう。だから、そばにいて貰えませんか?」
いつも自信満々で、胸を張る印象が強いハイル。そんな彼女にしては珍しく、しおらしい様子。それを見て俺は少しでも力になれるように、手を伸ばして魔法紙を掴んだ。画用紙のような感触だった。
「分かった。任せろ」
「ありがとうございます。では、いきますよ」
せーの、の掛け声の後、二人がかりで紙を破った。視界が光に包まれて目を覆う。ゆっくりと目を開けたとき、世界は一変していた。
▼ ▼ ▼
燃えている。
むき出しになっている地面が、そこから生えている草木が、点在する家々が。視界をどこに向けても炎が映る。空は煙が覆い、黒く染まっていた。
どこだか分からない。俺にとっては未体験の場所だ。少しでも情報を得るために一歩進むと、地面では無いナニカを踏み閉めた感触があった。ゆっくりと足をどかしてその正体を確認する。
「これは……骨か」
白くて細長く、そして硬い。煤を被っていてその全貌を確認することはできない。だが、何度か経験した親族の火葬場で見たモノと似ていた。
よく見ると所々、地面から白い物が顔を出している。あれらもきっと同じ物なのだろう。ここで沢山の人が亡くなった証拠だった。
「ワタシが居たセカイの様ですね。見覚えがあります。……以前はここまで荒れていませんでしたが」
隣に目をやるとハイルが立っている。冷静なように見えるけれど、拳を固く握っているのが見えた。まだこの手紙は始まったばかりだ。きっと、感情を抑え次の内容を待っているのだろう。
『やあ、久しぶりだね。アルハンゲル。元気だっただろうか。いや、元気になっただろうか、の方が正しいかな?』
気怠そうで、気の抜けるような声が頭に響く。この感触はかつてハイルと映画館でテレパシーをしたときを思い出させる。
『まあいい。この手紙を受け取っている。つまりは生きている。そう仮定して、話を続けるよ。まずはワタシたちの現状について話そう』
見上げていた空は見慣れた青色に戻り、足元の地面は消えた。俺達は空に投げ出されていたのだ。人口衛星とまでは行かなくても、ロープウェイぐらいの高度はあった。
見下ろす陸地には所々に煙が上がっている箇所が確認できる。さらにその近辺には黒と灰色が混ざった場所も見えた。
『見ての通り我が国は酷いモノだ。敵戦力の進行が開始され、国の端が既に戦場になっている。それもあの王様の無茶振りで、戦力の拮抗が崩れたからだ』
手紙の主が情報を補足する。王様……以前、ハイルが散々けなしていた人物だろう。ハイルだけの偏見かと思っていたが、この手紙の主まで言うとなると国民からの評判は決して良くないようだ。
『数多くの無茶振りの中で、特に影響が大きかったのがキミの脱落だ。知っての通り我が国の戦力はワタシとキミを含む四人の魔女に依存している。その一角の脱落は士気にも大きく影響した。このままでは我が国が制圧されるのも時間の問題だろう』
以上がワタシからの現状報告だ。そう言って手紙の主は言葉を区切る。
景色が再び変わった。今度は薄暗い室内。
『さて、本題に入ろう。キミは今、ワタシ達がいるセカイとは全く違う世界に投げ出されているはずだ』
ハイルと俺とは様々な価値観、知識に齟齬がある。多数の経験から彼女の言葉は真実だと認識はできた。チラリと隣のハイルを見ると特に驚いた様子は無い。だから何となく分かっていた事なのだろう。再び視線を手紙の主に戻す。
『それはワタシが賭けに出た結果だ。キミが敵に打ち取られる直前に空間転移させた。トドメさえ刺されなければ、命さえあれば、何とかできるだろうと考えたからだ』
ハイルを拾ったときを思い返す。血まみれでボロボロの姿。それは車に引かれたわけではなかった。戦場で打ち取られる直前であったのなら、合点が行った。
納得する俺をよそに、手紙の主は話を纏め始めた。
『もしワタシの賭けが成功しているのであれば、キミに戻って来て欲しい。君に状況を打破する手伝いをして欲しい。一国民として。指揮官として。そしてなにより親友として、キミの帰還を願う』
手紙のセカイに入って来た時の様に世界が光に包まれ始める。眩しさに押されて目を覆う。再び瞳を開けた時には、手紙から俺の世界に戻って来ていた。
▼ ▼ ▼
隣にいたハイルを見る。彼女は俯いていたけれど、俺の視線に感ずいたのか顔を上げた。
「……すいません、ツカサ。しばらく一人にしてもらって良いですか」
ハイルは静かに切り出す。自分の肩に自国の命運がかかっている、なんて言われてしまったのだから。内容からして彼女に考える時間が必要なのは明白だろう。
そう思った俺は「分かった」と返事をして立ち上がった。
「少し、外に出る。一時間ぐらいで戻ってくればいいか?」
「……迷惑をかけますね」
「いいよ。これぐらい。何か他にして欲しい事はあるか?」
そう聞くとハイルは首を横に振った。
俺はそれを確認して、鍵と財布ついでにスマホを持って外に出る。太陽がアスファルトをじりじりと焼いて、遠い場所には陽炎が見えた。
何となく落ち着ける場所を探して足を動かしていると、俺はある場所にたどり着く。
『
詩央先輩の実家。特に用事があったわけでは無い。だけれど時間を潰していくには丁度いい場所だった。
俺は近くの自販機で冷えたジンジャエールを購入する。蓋を開けるとプシュッ、と空気が抜ける音がした。口を付けると黄金色で甘い液体が喉に通り抜けていく。炭酸の刺激を楽しみつつ、俺は年季の入ったベンチに座った。
フッと息を吐いてから思考を巡らせる。俺も考えなければならない。勿論、ハイルとのこれからについてだ。
手紙の内容によってハイルに与えられた選択肢は二つ。元に居た世界に戻るか、ここに留まるかだ。
普通に考えれば、ハイルが取る選択肢は元に居た世界に戻る事だ。彼女が戻る事で多くの命が救われる。少なくとも手紙の主はそう言っていた。逆にここに居て得られるものなど、何も無い。強いて言えば俺と生活を続けられることぐらいだ。どっちが重要かなんて天秤にかけるまでも無く明白だ。
だけれど、どちらを選んで欲しいかで言えば、断然後者だ。
俺はこの不思議な日常を繰り返していたい。彼女ともっと長い時間を過ごしたい。そう、思ってしまう。……何も生まない事は分かっているのに。
理性的に背中を押すのか。
感情的に引き留めるのか。
自分がどうするのか、悩んでも結果は出なかった。少し炭酸が抜けたジンジャエールを流し込んで、頭をかきむしる。
「俺がこんな状態でどうするんだよ」
神社の大木に向けて呟く。
理性的にも、感情的にもなれないようでは彼女の前でどのような態度を取っていいのか、分かりはしない。
そんな優柔不断な自分に呆れ、天を仰ぐようにベンチに背中を預ける。木材のきしむ音が耳についた。
「おや? 約束通りに遊びに来てくれたのかと思いきや、お困りの様だね。夏目君」
声がした。視線を上空から正面に移す。正面に立っていたのはここに来た時点で会う予感がしていた人物だった。
短い黒髪に黒縁眼鏡。今日は家の手伝いなのか巫女服を着ている。赤い袴を揺らしながら、境内に敷き詰められた砂利の上を歩いてきた。
「……詩央先輩」
「やあ、夏目君。元気にしていたかな?」
「それなりには。詩央先輩は家の手伝いですか?」
まあねと詩央先輩は答えて隣に座る。ペットボトルを挟んで拳二つ分ぐらいの距離感だった。
「それで、君は何に悩んでいるのかな?」
「理性か、感情。どっちを優先すべきか、ですかね」
「よく分からないな。もっと詳しく、僕に話してくれないかい?」
詩央先輩は俺の顔を覗き込みつつ、問いかける。
話すべきかどうか少し考えた。だけれど、このまま一人で悩んでいた所で答えが出ない事は目に見えている。だから、この問題を打破するための起爆剤が欲しさに、俺は彼女に話す事に決めた。