ネコマジョ・カノジョ!【完結】   作:イーベル

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相談と選択、最後の頼み。

 俺は詩央(しお)先輩に大まかに今回の出来事を伝え終えた。

彼女は聞き終えてふぅ、と息を付いた。組んでいた指を解いて、足をぶらつかせ始める。振り子時計のように掴み所のない彼女らしい仕草だった。

 

「それで君は答えが出ず悩んでいる、と」

 

 俺は頷く。それから彼女に求めていた物について、この悩みを打破するための起爆剤について聞くことにした。青い葉に覆われた境内の空を眺めながら口を動かす。

 

「先輩は、どうするべきだと思いますか?」

「ふむ、そうだね」

 

 口元に指を添えた。彼女が考えるときによくする行動。普段ならこれから数十分待つことになるのだけれど、今回はそこまで長く考え込むことは無かった。何故なら、予想に反して数秒で口を開いたからだ。

 

「僕には分からない、というのが本音かな?」

「そんな……。俺、真剣なんですよ」

「ははっ。そう残念そうな顔をしないでおくれよ」

 

 かわいいなぁ、君は。そう、付け加えるように言って笑う。男性なら分かるとは思うけれど、かわいいと言われるのはむず痒い。年齢差以上に子供に見られている気がする。彼女の取る距離感は、やはり、苦手だった。

 

「まあ、続きはあるんだけどね。聞くかい?」

「ぜひ!」

「元気良いね。じゃあ、少し話そうか。僕の考え方だから、あまり参考にならないだろうけど」

 

 枕詞にそう付けて詩央先輩は語り始める。唾を飲み込んで、彼女の言葉を待つ。

 

「僕が分からないと言ったのは、答えを出すべきでは無いと考えたからさ」

「……どういう事ですか?」

「だって、君が悩んでいることは君自身の事じゃない。ハイル君の事だ。彼女がこれから送る人生の事だ。僕に決められる訳じゃ無いし、君にだって決められる訳が無い。最終的に決めるのは、最終的に事態を終息させるのは、彼女自身だ。違うかい?」

 

 それは、確かにそうだ。詩央先輩の言うことにも一理ある。決めるのはハイルだ。俺が何を言おうと、それは変わらない。

 でも俺が無力な人間で、できる事なんて何もないんだ。そう言われたようで何だか悔しかった。言われた事は間違っていないから余計に。

 そんな感情を胸に秘めつつ、俺は彼女の話に耳を傾け続けた。

 

「だから君のすべきことは理性を優先することでも、感情を優先することでも無い。彼女の判断を応援することだ。僕だったら、そう思うよ」

 

 僕だったら、そこをやたらと強調して言う。

 彼女の言葉で俺がどう判断するのか。それも、俺が決めるべきことだと、考えているからなのだろう。いつも身勝手で、人を振り回す詩央先輩らしい。そういう所が苦手で、距離を置きたい理由だった。

 だけど、そのおかげで、改めて自分がどうしたかったのか思い出すことができた。俺は彼女を送り出したい訳でも、留めたい訳でも無い。

 ただ、彼女に貰った楽しい日々を、彼女も楽しめる日々として返したかった。

 だから二つの選択肢についてどうこう考える必要なんて無かったのだ。

 

「詩央先輩」

「何だい?」

「決めましたよ。俺は――ハイルの選択を待つ。これからの時間を一緒に悩んで、楽しむ。最後にお互い笑っていられるように」

 

 決意表明。自分の意思を、他ならぬ俺に言い聞かせるために。詩央先輩に口にする。

 彼女は聞き遂げると、僅かに口角を上げた。 

 俺は立ち上がって、(あいだ)にあったペットボトル開けた。残りのジンジャエールを飲み干す。温くて、刺激のない退屈な液体だった。

 

「君らしいね。他らなぬ君自身が決めたなら、僕はそれでいいと思うよ」

「はい。相談に乗ってくれて、ありがとうございました」

「いや、僕は何にもしてない。君が勝手に悩んで決めた事だ。何があっても責任を取るつもりも無いから、そこのところよろしく頼むよ」

 

 もと来た道に振り返る。さっきジンジャエールを買った自販機。その横に金属網のゴミ箱が見えた。大きく口を開けているそれは、かつて毎日の様に見ていたバスケットゴールを連想させる。

 思い付きでシュートフォームに入って、空のペットボトルを放った。太陽光を残っていた水滴がキラキラと反射しながら放物線を描く。リングに触れず底にあった他のボトルに衝突した。

 

「心配しなくていいですよ。だって、今なら何でも上手くいきそうな気がしますから」

「単純だね。君は」

「ええ、分かってます」

 

 たかだかゴミ捨てが上手くいっただけ。でも、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、スッキリとした良い気分になったのだ。なんて単純で都合のいい人間なんだろうと思う。

 でも単純だからこそ、一度決めた道を駆け抜けられる。自分の唯一と言ってもいい長所なのだから、武器として存分に使おう。

 彼女がどちらを選ぼうと、最後まで笑っていられるように。

 

  ☆ 

 

 ドアが閉まり、鍵がかけられる。耳を澄ませて、彼の足音が遠ざかって行くのを聞いていた。彼が淹れてくれた麦茶を口に含む。ヒンヤリと冷えていた液体は火照った体を鎮めてくれた。

 

「ワタシは、帰れる」

 

 これまで帰れなかったのは、元に居たセカイへの道のりが分からなかったからだ。それも、ワタシの親友、モスキルが同封していた茶髪、つまりは彼女の髪を使えば解決する。

 懸念点だった怪我もツカサのおかげで元に戻った。後はついこの間、消耗しきった魔力を回復し切れば準備は終わる。やっと自分の居た場所に帰れる。待ち望んでいた瞬間を迎えられる。でも――

 

「まだ、帰りたくない」

 

 そう思ってしまう自分がいる。

いつだったか考えた、ツカサの近くに留まる理由を思い返す。

 恩返し。彼には全身全霊で返さなければならない恩があるのだから。以前考えたときはそう結論づけた。きっとまだそれが終わっていないと感じるから、ここに留まりたいと思ってしまうのかもしれない。

 そうだったら都合がいい。最善で最短の行動でワタシは帰る事ができるからだ。

 ワタシは恩返しに区切りをつける。ツカサはより幸せになる。最後に魔力を貰って、元のセカイへの門を開く。

取るべき行動は、悩む間もなく頭に浮かんだ。

 でも、そうじゃ無かった場合。留まりたいと思った理由が恩返しでは無かった場合。ワタシはとたんに、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 理由が分からなければ、解消する方法も分からない。当たり前のことだ。だからこの問いは一旦、頭の隅に追いやってしまう事にした。

 ふと時計に目をやるとツカサが出て行ってから三〇分ほど経っていることに気が付く。彼が帰って来るまでにはまだ時間がある。その間に、ワタシが最後にできる恩返しについて、考えることにした。

 

 ☆

 

「おかえりなさい、ツカサ」

「ああ、ただいま」

 

 家に帰ると、ハイルが玄関で出迎えてくれた。猫の頃から不思議と、玄関には来てくれている。やはり人間よりも耳が良いからなんだろう。

 この当たり前になって来た光景が見れるのも、あと少しだけ。そう思うと家に上がるのが惜しくなった。靴を脱ぐのを躊躇っている俺を見て彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

「……いや、ちょっとな」

 

 靴を脱いで家へ上がる。ちゃぶ台の上には手付かずのコーヒーが残っていた。手に持つと、コップに付いた水滴が手を濡らす。一口温くなったコーヒーを飲んでから、座布団に腰を下ろす。そして、立っているハイルを見て話しかける。

 

「「あの(さ)」」

 

 声が被った。ハイルが抑え気味に笑う。俺もそれに釣られて笑った。

 

「何だよ? お前からでいいぞ」

「じゃあ、失礼して」

 

 コホン、と可愛らしく咳払い。話を区切って、俺の対面に座る。

 

「ワタシは、帰る事にします」

「……そうか」

 

 半分予想で来ていた答え。当然だ。彼女が過ごして来た時間はあちらでの方が長いのだから。残念ではあった。けれど、彼女が選ぶべき答えであったことは『理性的』に考えたときに分かっている。だから仕方ないと割り切る事にした。

 

「いつ、帰るんだ?」

「なるべく早く帰ります。……向こうにはあまり残された時間も無いみたいですし」

「だろうな」

 

 頷く。彼女の国は戦時中。時間はかからない方が良い。こうして話している時間ですらもったいないんじゃないか。彼女がそう思っていてもおかしくは無い。

 

「それで、ツカサにお願いがあります。聞いてくれますか?」

「ああ、聞くよ。できる範囲で、だけどな」

「……良かった」

 

 ハイルは安堵したのかホッと息を付くと机に置いていた俺の手を取った。さっきまでコップを握っていた手。じっとりと湿っていたものだから、彼女の肌にも水滴が付く。手汗と勘違いされたら嫌だなぁ、とは思ったけれど、そんな事を気にする様子は毛ほども無かった。

 彼女と目が合う。じっと俺を見つめていた。なんだか、最初に会ったときを思い出す。懐かしい気分だった。

 ハイルは目を閉じて、二度大きく深呼吸をする。

 彼女が帰ると宣言している以上、これは最後の頼みになる。俺は何を言われようと、可能な限り実現して見せるつもりでいる。彼女に笑って貰えるように。

 

「最後にワタシと、逢引(あいびき)してくださいませんか?」

「へっ?」

 

 思わぬ願いに俺の思考は一瞬で白く染まった。

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