週末。今日は丸一日暇だ。バイトも無く、レポートも今週の分は片付いている。なので心置きなく休日を堪能できる素晴らしい日だった。
窓から見える空は俺の心の様に(大げさ)晴れ晴れとしていて絶好の洗濯日和だった。部屋着と洗剤を洗濯機に入れて、ボタンを押して回す。
機械音を立てつつ水が注ぎ込まれたのを確認すると、俺はタンスへと向かった。流石に春とはいえパンツ一丁のままなのは寒いのだ。
タンスを開けて適当な衣服を見繕うとしていると、ある異変に気が付く。服が何着か消えているのだ。
間違って洗濯に出したか?
――いや、部屋着を入れたときには中身は空っぽだった。
じゃあどうしてここに無いんだ?
一人で黙々と考えていると、トテトテと俺以外の足音が聞こえてきた。振り返るとそこには見覚えのある衣服たちを身に纏った彼女が立っていたのだった。
「どうかしましたかツカサ? そんな恰好でタンスの前に仁王立ちして」
白と黒のストライプのシャツ。
「そんな格好でいると体調崩しますよ」
「いや……なんかいろいろと解決した」
「えっと、何がです?」
悪びれる様子も無くハイルは首をかしげた。背後で黒い尻尾がゆらゆらと海藻の様に動く。
「お前なぁ……勝手に服着るなよ。減っててビックリしただろ?」
「あっ、すいません。お借りしてました。返しましょうか?」
ハイルは首元のボタンを二、三個外して見せる。俺は視線を
「いや、いやいやいや! 今ここで脱ごうとしなくていいから! 今日はもう、そのままでいいって!」
「ツカサ、別に遠慮しなくてもいいんですよ? ほら、今なら私の体温でいい感じに温かいです」
「尚更止めろ!」
声を荒げて止めるとハイルは渋々(なんでだ)ボタンを元通りに付け直した。それを確認してから再び向き合う。
「ならツカサはどうしろって言うんですか?」
「どうしろって……そりゃあ普通の服着ろよ。自分の奴」
「それができたのならとっくにしてます。ワタシは着の身着のまま、いいえ、着の身着すら無い状態でこちらに来たのですから」
そう言われてふと思い出す。そうか、こいつは元々は猫として拾ったのだから、服が無くて当たり前だ。彼女の行動にも納得がいく。
だがしかし、このまま俺の服を着まわすのも精神衛生上よろしくない。俺の数少ない私服では一周するのはあっという間。次からは俺が『ハイルが着た服を着る』事になるのだ。
……考えるだけで顔が火を吹いたように熱くなるのを感じた。
それを回避するためにはどうすべきか。考えるまでも無い。単純な話だ。無いものは買うしかない。
「ハイル」
「は、はい」
「支度してくれ。服、買いに行くぞ」
「え? どういう事ですか?」
「お前の服を買いに行く。いつまでも俺の服を着るのは嫌だろう?」
そう聞くとハイルは首を横に振る。
「いえ、私は構いませんよ」
「何でだ」
「恥かしがっているツカサはなかなか面白いです」
「……よし、さっさと着替えるか」
「ヒドイ! 無視しないで下さいよー!」
彼女の言葉を右から左へ受け流しつつ、俺は手早く着替えを済ませ、外に繰り出したのだった。
▼ ▼ ▼
「ツカサ、ツカサッ! すごいです。こんなに人間がいます! これから何があるんですか!?」
「はしゃぐなよハイル。見られてるから」
「あっ、すいません……」
そう言うとハイルはリアクション押さえる。猫耳を隠すためにかぶせてやったマスケット帽の向きを直した。
俺達が来たのは二駅先のショッピングモール。
普段は全くと言って良い程ここには来ない。だが今回は女性の服を選ぶと言う事もあってより多くの種類が集まっているここをチョイスしたのだ。
「さて、どこから回ろうか。ハイルはどこか気になるところはあるか?」
「私はよく分からないのでツカサにお任せしますよ」
エスカレーターの横にある地図を眺めつつ考える。俺が向かう可能性がある洋服店を挙げれるとすれば、比較的にお財布に優しい『ウニシロ』だが……。今回の目的は女性の服。となると違う店を選択しなければなるまい。
となると……行くのはこのピンクに塗りたくられたエリア。女性服のコーナーだ。
目を凝らすとマスの細かい所には読み方がよく分からないアルファベットの羅列が整列している。……なんか頭痛くなってきたな。
「じゃあまずはここから行こうか」
俺は地図に指をさしてそう言った。ハイルは「はい」と返事をする。それを確認してから目的地に向かって歩き始める。
「そういえば、ハイルのいた所はあまり人が多くなかったのか?」
「そうですね。確かにここまでは居ませんでしたよ。私がいた国はこんなに高い建物はお城ぐらいです」
「城? 王様が住んでる?」
「ええ、そのお城です。私の国にもそれはそれは立派で、偉そうな格好をした王様がいてですね――」
自分の国の王様に対して偉そうって……こいつは何様なだろう。
話を聞き流しつつ、ふと思う。
彼女はいったいどこから来たのだろうかと。
あのときあの猫は、いや彼女はズタボロだった。血がアスファルトを濡らしていたのをよく覚えている。あの傷はもう跡形も残ってない。だが、代わりに疑問が残った。当時は車に引かれたものと思っていたけれど、彼女がそのような不覚を取るとは思えない。
となるとあの傷は……
「か……聞いてますか、ツカサ?」
「ん? ……ああ悪い。聞いてなかった」
「もう、シャキッとしてくださいよ。いかにあのヒゲ野郎が腹立つか説明してるんですから」
ハイルは腰に両手を当ててプクーっと頬を膨らませる。ああ……可愛いなこいつ。っていうか今ヒゲ野郎とか言った? まさかとは思うがそれさっきの王様じゃないよね? ……ますますこいつが何者なのか分からなくなってきた。王様にマウント取れるとか何者なんだ。
まあそんな疑問はいったん脇に置いておこう。目的のコーナーに着いたことだし。
「いらっしゃいませ~」
「は、はい?」
ほんわかとした雰囲気の女性店員がハイルに話しかけていた。少し不思議そうに返事を返す。
「お二人は今日、デートですか?」
「デート……? ツカサ、デートって?」
無表情でハイルは首をかしげる。ひょっとしてデートが分からないのか? まあ、人間でない以上言語的に微妙な認識に祖語が生じて当然か。
「デートってのは、あれだ。男女で出かける事だ」
「成程、まさにこの状況という訳ですね。そいう事なら間違いありません。今日はデート、です」
ハイルがそう言うと、店員さんは笑いがこらえきれなくなったのかクスクスと笑いを漏らした。
しばらくするとハッとして、咳払いした店員さんは話を仕切り直す。
「今日は彼女さんの洋服選びですか?」
「まあ、そんな所です」
「ではこちらにどうぞ。彼女さんにお似合いの洋服をご用意しますよ」
そう自信たっぷり言う店員さんの後に続いて俺達は店の中に入っていった。
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両手に買い物袋をぶら下げて歩く。隣の彼女は少ししかめっ面で、腑に落ちない表情である。なぜせっかくの買い物の後にそんな顔をしているのか。買い物中にも言っていたその理由をハイルは再び口にした。
「重そうですね、ツカサ。そこまで買わなくても私は『とんがり帽子に黒いローブにワンピース。それにブーツがあれば魔女としては十分』……そう言ったではありませんか」
「お前が良くても俺が困るんだよ。ハロウィン以外でそんな格好したら絶対浮くから止めてくれ」
そう、ハイルは服を買いに行くと言って思い浮かべた物はそれら一式であったそうな。店に入ると困惑し、危うく逃げ出す所だったのだ。
それを無理やりとどめて、店員さんと彼女に着せ替えを敢行したわけである。
恥じらいながら渋々と着替える彼女はとても新鮮で、見ている側としては幸せだったと述べておく。思い出しただけで頬がほころぶ。
「ニヤニヤして……そんなに私の格好が面白かったですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。可愛かった」
「そんな見え見えのお世辞を言われたって私は信じませんから」
「じゃあこの間言っていた魔力はどうだ? 幸せになると出るんだろう? かわいい女の子を見たから俺は幸せになっているはずだ」
「……知りませんっ!」
「痛ってぇ!」
思わぬ刺激に俺はうずくまって蹴られた箇所を押さえる。
選りにも選ってくるぶしを蹴ったのか……。からかった俺にも非はあるのだが、それでもくるぶしは止めて頂きたい。
「何も蹴る事はないだろ!」
「ツカサがいけないんですよ。私にあんなに恥かしい格好をさせるなんて……」
「何かと誤解を招きそうな言い方は止めろ」
「誤解ではありません。あんなにぴっちりと体にひっつく服は……その、体のラインが見えるじゃありませんか」
そう言われて、俺は思い返す。
店員さんに進められて足にぴっちりと張り付くズボンを履いた時、頬を真っ赤にしていた。どうやら彼女は体のラインが出るのを好まないらしい。
思えば彼女が着ている服は俺の物だが、体格差でワンサイズ程大きく、体のラインは余分な生地で隠れていた。
まあ、初めて会ったときは裸エプロンだったじゃないかと突っ込みたい所では合ったが、これ以上は置いておこう。何が出てくるのか分からない
俺は言いたい事を飲み込んで彼女に頭を下げる。
「それは悪かったよ」
「分かればいいのです」
うんうんと
「ツカサ、あれは何でしょう」
「ん? あれか?」
ハイルが指を刺したのは屋台だった。大きな看板には大きくタイの絵が描かれている。たい焼きか。意識し始めるとほんのりと生地が焼ける匂いがした。
「たい焼き屋だな」
「たい焼き?」
「ああ、生地を
「良いのですか?」
ハイルは目をキラキラと輝かして俺を見上げる。もし尻尾がズボンに仕舞われていなかったのなら、ピンッと垂直に立ったのかもしれない。
「いいよ。それでハイルがさっきの事を許してくれるって言うのなら――」
「許しますっ!」
即決かよ。恐るべしたい焼きパワー。
「なら買ってくるからちょっと待っててくれ」
「はいっ」
俺は屋台のおじさんに声をかけて、あんことクリームのたい焼きを二匹注文。現金を払って、代わりに店のロゴが入った袋二つ受け取った。
そして待たせていた彼女のもとへと戻る。
「ほら、クリームとあんこどっちがいい?」
「じゃあ、あんこで」
袋を開けてうっすらと生地にあんこの色がみえる方を彼女に手渡す。すると彼女はすぐに頭からかぶりついた。
何度か噛んで飲み込むと、緩んだ頬に手を添える。
「美味しいです」
「そいつは良かった」
見届けた俺も残った一匹を取り出して、尻尾からかぶりつく。口の中でゆっくりとカスタードがとろけた。久々に食べたけれど、中々旨い。
彼女の方に視線を戻すと、既に彼女は食べ終えていた。親指で唇を撫でて、指先をペロリと舐める。
そして目が合う。いや、違うな。見ているのは俺の目じゃない。手元のたい焼きか。試しに手元を動かしてみると、金色の瞳はそれに合わせて動いた。
「えっと……食べるか? 食べかけだけ――」
「食べます!」
ひったくるようにして俺の手元からたい焼きをかっさらうと、無我夢中で口に入れた。それも、俺が食べていた尻尾から。こいつは間接キスだとか気にしたりしないのだろうか。逆にこっちが恥かしくなる。
あっと言う間に食べきると、再び親指で口元を拭った。
「ここまで私の好みに合う食べ物には初めて出会いました」
「そ、そうか……」
「また来たいです!」
「わかった、わかったから! 俺の反応が薄いからって袖を引っ張るな! 伸びちゃうだろ!」
「約束ですよ!」
「はい、はい」
たい焼きの魔力とは恐ろしい。魔女をも魅了する食物だとは思わなかった。なんて、下らない事を考えつつ、俺達は帰路についた。