人類最古の英雄譚、ギルガメッシュ叙事詩。
そこにはウルクの王の一生が描かれているが、肝心の『彼はどのようにして死んだのか』については書かれていない。
彼はどのようにして死んだのか。
病死かもしれない。
戦死かもしれない。
事故死かもしれない。
過労死かもしれない。
あるいは、死んでいないのかもしれない。
ーー1日目 午前 高級マンションの一室にてーー
そこはアーチャーのマスター、鰐真少年の住居であるらしい。
「どうぞ、遠慮なく上がっていいよ」
そんなこと言われるまでもなく、英雄王はずかずかと土足で部屋の奥へ歩いていった。
「.........」
鰐真少年は、別に何も言わなかった。
「では雑種、とく説明せよ」
さすが家賃100万の高級マンションなだけあって、その中は豪華絢爛そのものだった。
和式である。
基本的に床は畳で歴史的価値のありそうな絵が描かれた屏風がそれぞれの部屋を仕切っている。
「むっ!? これは金箔というやつではないか? 正直日本の建築技術を馬鹿にしていたが、そう捨てたものではないかもしれんな......」
などと呟くアーチャー、ギルガメッシュ。
機嫌が良いようでなによりである。
しかし室内の豪勢さに目を奪われていたのも一瞬のこと、すぐにアーチャーは不機嫌な表情を取り戻してマスターを睨み付けた。
「いや、それはよい。とく説明せよ。
その言葉こそが、今回の聖杯戦争の異質さを表しているといえば表しているのかもしれない。
普段の英雄王ならば、人にこんな質問をすることすらありえないのだろうから。
「宝具だけじゃない。君は千里眼まで失っているよ、アーチャー」
千里眼。
高位の魔術師が持つと言われる物事を見通す目。
アーチャーのそれは、その気になれば遠い未来や平行世界までも見通せるという触れ込みではあるのだが。
鰐真少年曰く、今回それは失われているという。
その衝撃の事実を聞いて、しかしアーチャーは驚かなかった。
「やはりそうか。通りで視界が悪いわけだ」
その落ち着きようだけを見れば、さすがは英雄王であると言えなくもない。
今の状況を鑑みれば、そんなものはただの虚勢に過ぎないのだが。
「それに何やら頭も冴えぬしな。いつもならばズバッと物事の真理をつけるはずなのだが、ふむ。つまらん。これも千里眼を失った影響なのだろうな」
ーーいや、それは、違う。
鰐真少年は心の中でそれを否定する。
千里眼なんて関係ない。
普段の英雄王の真実を見抜く洞察力は、単に千里眼の力によるものなどではなかったはずだ。
ーーきっと今のアーチャーが何をやっても的外れなのは、
「で、何をノロノロとしている、雑種。王を招いたというのであれば、当然貢ぎ物の一つ百つはあるのであろう? 何を勿体ぶっている、早く出さぬか!」
ーーねぇよ。
今年で12歳になる少年は、見た目50過ぎのおっさんに対してそう思った。
しかし言われた通り台所へ行き、その手に貢ぎ物を持って、鰐真少年はアーチャーの御前へと舞い戻る。
「お口に合うかは分かりませんが、不肖この私からの貢ぎ物でございます。どうかお受け取りくださいませ」
急に礼儀正しくなった鰐真少年が両手に乗せて差し出した
それを目の前にかざし、一秒、二秒、
「ラムネではないか?」
「ラムネでございます」
「ピゅーピゅー吹くやつではないか?」
「ピゅーピゅー吹くやつでございます」
「痴れ者がァ!」
アーチャーは手にしていたラムネを畳の上に叩きつける!
「なぜ
「いや、食べるかと思いまして」
「食べぬわ!」
アーチャーは怒りそのまま、部屋の中だというのも構わずに『
しかし、それよりも早く、
無数の触手がアーチャーを貫く。
ドスドスドスッ!
「ぐぅ......!?」
「アーチャー、室内でそれはダメだって。僕も悪ふざけが過ぎたことは謝るから、その門を早く閉じてくれよ」
マスターの優しい声。
それがアーチャーのプライドを逆撫でする。
「おのれおのれおのれ! 雑種ごときがぁ!」
構わずに射出される幾千もの武具。
しかし鰐真少年の背後から伸びる触手によって、その全てが当然の如く撃ち落とされてしまった。
値のある畳を台無しにするように、それらが突き刺さる。
「あーあ、僕に親がいたのなら、怒られちゃうところだよ」
「ぐ、貴様、離せ、この不潔な触手を、早く離さぬか!」
「ごめんなさいは?」
「な、なんだと?」
「ごめんなさい、言わないと」
アーチャーがこの時感じた屈辱は、いったいどれほどのものであっただろうか。
少なくとも、瞬時に全てを放棄しようと思うレベルであったことは間違いない。
すなわち、
「あっ」
アーチャーは、『若返りの霊薬』なるものを取り出した。
そして間髪いれず、それを口の中へと押し込む。
しかし、
「なぜだ.....?」
一度飲み込めば子供の体にまで
「........」
黙ってそれを傍観していた鰐真少年は、不意にアーチャーの体を貫いていた触手を引き抜いた。
「ぐぅ.....!」
その傷みでアーチャーは声をあげたが、それも一瞬のこと。
すぐに貫かれたはずのその傷は、
「......それも貴様の力なのか?」
マスターを睨み付けながら、アーチャーは殺気を込めて問う。
「違うよ。この再生能力は君の力だ。どうやら、君は生前の記憶まで曖昧らしいね」
それ以上説明する気がないというように、鰐真少年は口をつぐんで畳の上に突き刺さった武具の数々を片付け始める。
「.........」
アーチャー、ギルガメッシュは考えた。
目の前の少年のこと。
たった今目撃した、自分の再生能力のこと。
しかし、分からなかった。
分からない。
本人の言う通り、どうにも頭が冴えないのである。
そんなアーチャーの心中を見透かしたように、
「僕はね、生まれつきの
鰐真少年は言った。
「
それから数時間。彼らは語り合うことになる。
既に聖杯戦争は始まり、アーチャー陣営を抜かした六つの陣営が各々動き始める中、
彼らは語り合う。
怒りに身を任せず、暴力に訴えかけず。
ギルガメッシュには、それが必要だった。
やがて彼は知ることになる。
自分がとっくに全盛期の体ではなく。
むしろその逆。
すっかり老いてしまっているということを。