あなただけのサンタクロース   作:bui

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二夜

「驚いた。お前本当に居たんだな。」

 

ひどく近い位置で起き上がったタカノマサムネと対面したまま、低めの通る声は俺の鼓膜をさわやかに揺らした。

サンタクロースの仕事は長くは無いけど、それでもこんな事態は初めてでどうしたらいいのかわからない。

 

ヒトに触れてはいけないわけでなないと思うけど、実際に触りに来る子どもは居なかったし、ルドルフ二世がある限り自分はいつでも夢からジャンプできると思っていた。

子どもの夢の中はいつだってきらきらした綿菓子の世界みたいで、夢や希望が整然と詰まった風船がふわふわと浮かんでいて、乱雑に散らかっていて蹴躓くものもなかった。

 

そう、タカノマサムネの夢の中のような足にまとわりつく異様な破片は存在しなかった。

 

あんなのを見てしまうと夢がしぼむ…。

怖い…。

 

急に鳥肌が足元から上にと迫りあがって背中にゾクゾクとした悪寒が走る。歯の根が合わず鼓動が跳ね上がって指先まで震えた。

こんないびつなかたちのまま地上に堕ちたサンタクロースはどうなるんだろ?

 

湧き上がる不安に言葉も出せずにいると、タカノマサムネがズイっと手を伸ばして口元のヒゲ(マスク)を引っ張ってぱちんと放した。

マスクは耳にかかっていたので強く顔に当たってほっぺたがゴムにはじかれる。

 

「痛い!」

 

瞬間口を押さえてからわざとらしく顔を顰めると「目が覚めた?」とまたタカノマサムネは皮肉っぽく笑った。

 

「びっくりしてんのは俺の方なのになに呆然としてんの?」

 

耳の裏に指を差し込んで耳にかかったゴムをずし俺の顔からマスクをはがす。人の心地よい距離を越えているはずなのになぜか動けずされるがままでいると「サンタクロースって本名は?」とタカノマサムネは言った。

 

大きな手のひらで頬を支えられて、自分より少し高めの目線に顔の向きが合わせられる。

そこには濃く淹れた紅茶のような虹彩と、それを凝縮したような深い色の瞳孔があった。

 

「サンタクロース?」

 

言われている言葉はわかるはずなのに、脳の中にはちっとも入ってこなくて、まるでオウムみたいに同じ言葉を繰り返してしまう。

 

「あんたの名前聞いてんだけど。」

「…名前?ああ…、リツです…。」

「リツ…、いい名前だな。」

 

ふわりと笑ったタカノマサムネの顔を見ているとさっきまでの不安が少し和らいで、逆に羞恥が沸いて目をそらすと、「とりあえず事情を説明してもらおうかな。」と頬から手を離してまた意地悪く笑った。

 

 

 

 

 

タカノマサムネに促され、深夜の他人の部屋のソファーの上で俺は解せない気持ちのままコーヒーを啜っている。

 

人智の塊のタワーマンションは遮音性が高いのか、単に深夜なので静かなのか、他に鳴るもののない部屋は自分の身体が動く時に発する衣擦れの音だけがシャラリと響いた。

 

「タカノマサムネさん…。」

 

沈黙に耐えられずおずおずと声を発すると、「何でフルネームなの?」と言って紅茶色の目がキョロリと俺の方を向いた。

確かに人には苗字と名前があるのでどちらかだけでいいはずだよね。でも俺たちサンタには特別な苗字はない。

 

俺たちはサンタクロース属性の妖精だ。世界にはいろいろな種族の仲間がいて、フィンランドにはムーミン谷もあるし(彼らはひたすら癒し系として存在しているという稀有なタイプだ)、イギリスにはホグワーツ魔法学校もある。

 

巨人の国や小人の国、日本にだってトトロの森や鬼が島やペンギン村、アンパンマンの国もある。

 

昔はこういう種族がもっともっとさる系の人の近くにいたのだけど、人が強い火器を使うようになって俺たちを忘れたと聞く。

 

そんな中でサンタクロースは近年日本の子どもたちに信じられるようになってきた珍しい妖精の一派なのだ。

 

「っで、サンタさん。どうすんの?これから。」

 

低くて通る声は鼓膜を震わせて、その振動がまるで増幅されて伝わってるみたいにむず痒く身体を摩って、シャンプーの後のワンコのようにブルっと身震いしたくなる。

さっきの言いようのない不安に似てるけど違う。初めて空を飛んだ時のような、踏ん張る地面がない居心地の悪さだ。

 

これからどうすんの?って言われても直後にボスのイサカさんに連絡を入れたら、ミッションを完了するまで戻ってくるなって怒鳴られた。

しかも『トナカイ』のルドルフ二世はすっかり懐柔されて、俺のシステムのくせに困ってる俺を放って丸々一本のゴージャスな枕崎産の本枯れ節を貰ってアムアムと食んでいる。

 

裏切り者。

 

「タカノさん、あなたにプレゼントを届けないと俺の仕事が完了しないんです。10年前に欲しかったモノってなんですか?」

 

反則だとは思ったけど一応聞いてみるけど「ただで教えるわけねーだろ」と笑われた。

そうだよね、なんとなくそんな風に言いそうな気がしていたんだ。

 

「ただじゃなければ何をしたらいいんですか?」

「あんた何ができんの?」

「え?できること?ですか???」

トナカイを駆使して空間移動して人の夢に入ること…。

トナカイシステムを使って思念を読み取り具現化すること…。

 

今の自分にできそうなことを考えても役立ちそうな案は浮かばない。ぐるぐると考え込んでいるとタカノさんがまたふっと意地悪く笑って「無芸大食か?」と言った。

 

「た、大食って何ですか。ご飯をいっぱい食べるかどうかなんてあなたにはわかんないじゃないですか。」

「ああん?メシ食わねーの?」

「いや、そりゃご飯は食べますけど。」

「食うんじゃねーか。」

「だからそういう意味じゃなくて。」

「とりあえず飯は食わしてやっからここに居たら?」

 

「は?」

突然の申し出に逆にびっくりして言葉に詰まってしまう。

自分で言うのもなんだけどこんな怪しいやつを家に置いていいのか?

 

きっと瞳が揺れたのだろう。タカノさんが『なに?』という顔をする。ついさっき、対面で見たときにも感じたんだけどきつい視線はちょっと怖い…。というか心をかき乱される気がする。

 

「やなの?お前。」

「え?いえそうじゃなくて…。」

 

あなたの申し出が意外すぎて戸惑ってますって…、言っていいのかな?俺…。

普段は決して優柔不断だとは思っていないし、意地悪をされてもへこたれたりしない負けじ魂を持っていると自負しているのだけど、失敗の後だけにおどおどしてしまうのをとめられない。

 

そして、きっとそれはこの人に見透かされているのだろうと思うとほんの、ほんの少しだけしゃくには触る…。

 

「クリスマスまでに俺の欲しいものが分かったたらお前の勝ち、ありがたくもらってやるし、文句も言わねー。でも分かんなかったらお前の負け、サンタの適性ないからサンタを辞めてもらう。」

「サンタを辞める?」

「そうだ。自信ねーの?」

 

タカノさんが挑発するように笑うからむっとして「そんなわけないでしょ!」と反射的に言ってしまった。

 

本当は、そんなこと受け入れることができるんだろうか?サンタって辞めたりはじめたり簡単にできるものでもないはずなんだけどと思う気持ちもあったのだけど、でも、ここでこの人の欲しいものひとつ出せないなら、確かに俺はサンタクロース失格で、自分をサンタだなんて胸を張って言えない。

 

安い挑発に乗ったかたちになるのは不本意だけど「分かりました。そうします。」と、俺は深々と頭を下げてタカノさんの条件を受けることにしたのだった。

 

 

 

結局その後タカノさんは「わりーけど寝るわ。」と言ってさっさとベッドに戻ってしまった。

なんでも本を作る会社に勤めていて今はまさに修羅場のごとく忙しいのだそうだ。

 

俺はと言えば…、その場に残されてしまって、ルドルフ二世と相変わらず居心地の悪い時間を過ごしていた。

 

窓の外を見ると暗がりにふわっと光ってスウっと尾を引く光が幾スジも見える。

今夜はクリスマスの日にサンタシステムが無事に動かせるようにコメットたちが空の点検をする日なのだ。

 

一見何にもないように見える空間には、実は無数に軌道が走っていて、地上の鉄道網の運行のように管理をされている。

 

一年でたった一日しか活動しない俺たちだけど、点と点をつなぐ空間をゆがめるために、黄泉の国への銀河鉄道や、星団へ物資を運ぶ空母、空を浮遊するラピュタの経路を時間で調整しなければならない。

 

大昔の初代サンタクロースはその管理と空間移動のためのトナカイを9頭操ったのだそうだ。空もそんなに混んでなかった時代だったからと言う人もいるけど、たった一頭のトナカイでも思うように操れない俺からしたらやっぱり偉大だと思う。

 

「ルドルフ二世?」

少しだけ心細くなって相棒の名を呼ぶと、クルリンと丸くなって寝ていたルドルフ二世は片方の目だけ少し開いて俺を見た。

だけどすぐにつまらなそうに瞼を閉じる。

 

お坊ちゃまなんて言わせない。

タカノマサムネの10年前の欲しかったプレゼントを無事に届けてクリスマスにはちゃんと大空を飛んでみせる。

 

「ちゃんとやり遂げて見せる。」

 

なけなしの負けん気を込めるように、自分に言い聞かせるように発した言葉は室内の冷気に凍ることも無く霧散した

 

 

 

 

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