日もないことだしと、タカノさんが寝たのを見計らって今夜もさっさと夢に滑り込む事にした。
あの不穏な場所からタカノさんの欲しかったモノを探し出さないと時間がないんだ。
はじめは単なる仕事の義務感だったけど、(そりゃ今でもそれは当然あるんだけど、)タカノさんの思い出話を聞いてから、それは義務感よりももっと違ったモノになった。
『タカノさんが喜ぶプレゼントをあげたい』という気持ちは『タカノさんに笑って欲しい。』と同義語で、そしてそれは結局タカノさんが喜ぶ顔が見たいという自分勝手な自己満足な想いだってわかった。
世界中の子どもたちの喜ぶ顔が見たい。たとえ現実がどんなに辛く苦しい境遇にいる子どもたちでもクリスマスだけは夢をあげたいって思って、だから自分はサンタになりたいのだという気持ちを持ってきた。
でも、それって本当に自分から積極的に持っていた感情だったんだろうか?
サンタなのだから『子どもたちが喜ぶ顔が見たいと思うのは当然だ』というある種の思い込みを自分に植えこんでいたんじゃないんだろうか?
今までの二年間、自分は本当に喜んでいる子の笑顔をきちんと思い浮かべて仕事ができていたんだろうか?
急にぐらぐらと今までの自分がひどく不安定なものに感じてしまう。
だからタカノさんに心からの喜びを俺がプレゼント出来たら、俺の中のサンタクロースは何かもっとちゃんとした形に進化するような気がしたのだ。
プレゼントは笑顔のためのツールなんだ。ものではなくてその中にきちんと入っている気持ちが一番大事なんだ。
今となってはそれを教えてくれるためにイサカさんが俺をここに送り込んだような気さえするから不思議だ。
だから、だから俺は必ず俺はやり遂げて見せる。サンタクロースとして人々に幸せを送るために。タカノさんの笑顔のために。
そんな風に固く決意して、ソファーに丸くなって寝ているルドルフ二世を抱き上げると、クリリンと開けたその瞳は青色がテカテカと点滅をしていた。
これはアップロード中のサインだ。
そう言えばソラ太と同期していた時にOSのversionがどうのこうのとガイダンスされていたっけ。時間かかるのかな…。
でもここに来る前に必要なアプリはすべて最新版に整えていたはずだけど、クリスマスを前に緊急メンテナンスがされたんだろうか?使用者に選択肢を与えない強制アップロードは珍しい。
「仕方がないな」
諦めに小さく息を吐いてルドルフ二世をソファーに戻し、グリグリと頭を撫でてから隣に寝ているソラ太の頭もパフンと掴んで撫でてみる。
ソラ太は自分では髭一つ動かさず、ぐらぐらと俺にされるがままに頭を揺らした。
トナカイが今この猫型を取っているのは人の世界のための便宜だ。本来のトナカイは気体型の量子ナノタイプのAIの塊で、サンタがそれを実態化しているだけなんだ。
だからルドルフ二世が猫型を取っているのは俺(サンタクロースである俺)の中のイメージなのだ。ならばソラ太がルドルフ二世と同じ姿を保っているのはやっぱり持ち主のイメージなのだろう…、か?
ソラ太を猫の形に保たせている能力のあるサンタは存在していないはずだ。何しろ今は人に飼われているはずだから。では、ソラ太が自らをこの形にとどめているという事なのだろうか?
零号機であるソラ太の事はさすがに俺ごときではよくわからない。
かつての初代のサンタクロースはトナカイを角のある四つ足動物に実態化して、子どもたちに夢を与えるためにサンタクロースのイメージを精神感応としてソリで大空を飛ぶイメージを植え付けたという。
トナカイはサンタとともに空間を飛ぶのだからソラ太…、そんな名前がトナカイについてもいいのかもしれないな…。
頭を撫でられても目を瞑ったままのソラ太をそっと抱き上げて胸に収めると、その青色の瞳が俺を見つめた。
青い青い瞳は実は中心部分は金茶で、まるで以前見た大空から地球を映した映像のように美しかった。
俺たちと違って人とは面白いものだな…、空を飛べるのに地面の一番深い所には行こうとしない。
海を潜れるのに光の射さない深海には到達できていない。
人を全て滅ぼす力を持っているくせに、小さい小さい夢にこだわる。
ルドルフ二世がアップロード中では今日の夢探しは休業日か?日にちがないからできれば探索に行きたいのだけどと、そんな事を思いながらソラ太を抱き上げたところで突然それは起こった。
ソラ太が俺の意思を無視してサンタシステムを起動させたのだ。
周りの景色がグリンと歪んで身体の中から魂だけが離脱するように抜け出ていくのがわかる。腕の中のソラ太はソラ太の姿のまま俺をあるべき場所に導く。
それは今日行くべき人の夢の中。
サンタを呼んでいる人の夢の中。
リミッターのないソラ太と夢の中に入ったらどんなことになるのか分からない。
人の夢の更に深いところに沈み込んでしまうと迷宮と化した思考から離脱できなくなる恐れがある。
だからサンタシステムはトナカイの能力をセーブするようにリミッターを設けている。
もちろん一流のサンタならすべてのリミッターを開放しても自分の能力で制御もできるのだけど、新米の俺にはまだそこまでの経験値がない。精々表層の意識の中をうろちょろしているレベルなのだ。
「ソラ太だめ!」
必死で止めるけど起動してしまったソラ太は主(あるじ)のいう事なんて全然聞く様子もない。やっぱり俺は持ち主なんかじゃないじゃん…。って、トナカイ一つ制御できない俺の資質の問題なのだけど…。
思考の端っこで冷静にそんなことを思う自分を見てる別の自分もいて、当事者と傍観者がごちゃごちゃで、もうどうしていいか分からなくて、とにかく何にもかもが変で笑えた。
▽
ハッと気が付くとそこは見慣れたタカノさんの夢の中だった。ルドルフ二世とのジャンプに比べてソラ太とのジャンプはひどく乱暴で体力というよりも心のパワーを消費する感じがした。
とにかく早く探索を始めよう。
人が深く寝ている時の方が思考が緩いからさして動くものも無くて検索しやすい。
それにしても相変わらずグズグズでどろどろの夢だな…。
頭に掛かる蜘蛛の巣とか綿埃の塊のようなものを手で払いながら、せっかく来たのだから何か一つでもこの中でヒントになるものを探そうと歩き出すと、ソラ太がナーと鳴いた。
「ソラ太、Search?!」
ルドルフ二世はこの夢の中になんの反応を示さなかったのにソラ太は明らかに何かを見つけている。
腕の中からふわりと床に降りたソラ太が迷うことなくツトツトと歩みを進めるので俺もその後ろについて行った。今まで何度か訪れた夢の中に端は存在していなかった。ただ行き止まりの壁があるだけで。
しかし今日はオーロラのような実態のない陰翳のみのヒラヒラとしたものが目の前に現れて、夢の世界から離脱させるべくベールを下ろしていた。
俺はその幕を何枚かくぐる。
ここはもう表層の夢の世の世界とは異なるのだと理解できた。
そう…、ルドルフ二世とではたどり着けない場所なのだ。
怖い…。
この先に何があるのか知るのが怖い…。がくがくと震える膝に力が入らない。なのになぜか歩く足を止めることができない。
怖いことは悪いことばかりじゃない。知らない事があることこそが怖いことなんだ。
知らない事だって知ってしまえばそれは知らない事じゃなくなって、怖いことでもなくなる…、
筈なんだ…。
意地を見せろ!と、臆病な自分を叱咤する。
ずっと灰色だったオーロラのような幕を何枚も何枚もくぐって行くと灰色ではない薄緑の幕が現れた。
ずっとじっとりと湿気たような明るさのない陰鬱な空間だったのに、そこには香りの良い春風のようなふわふわした空気で揺れていて、直感でここがタカノさんが何より大事にしている場所なんだと分かった。
俺とは正反対にずっと軽快に歩いていたソラ太がそこでぴたりと足を止める。いよいよラスボスの登場らしいことが、その時の俺にはわかった。
▽
まるで線でも引いてあるようにそこからソラ太は進もうとはしなかった。システムの筈なのになぜかソラ太から悲しみが伝わる。
そうだ、なぜソラ太はタカノさんと一緒にいなかったんだろう。
ソラ太を連れて来たあの人はソラ太を頼むと言っていた。
ソラ太はタカノさんと一緒に暮らして居たのではないのだ。
今は赤く光っているその目に問うても、もちろんシステムは返事をしない。
ヤッパリこの先に進まないと何にも分からないんだろうなと、覚悟を決めてベールのような幕をくぐって中に入るとそこはただっぴろい部屋だった。
いきなり耳をつんざくような音量の何かがガンガンと聞こえてきた。もし本当に実体だったら鼓膜が破れていただろう。あまりの衝撃に頭が割れそうに痛む。
寒気がするほどの意思のような何かに包まれて鳥肌が立つのを止められない。
「なぜ!どうして!」
やっと聞き取れた言葉はそれを繰り返していた。
「悲しい!」
「寂しい!」
音ではない意思が見えない触手のように身体を嘗め回す。
一緒に沈もう…、
そう誘惑を掛ける歪んだ意思を振り払うように、よろよろと色のない空間に歩を進めると床がダルンとたわむ。
壁も天井もなにも存在していないような無の空間は妄執という名の化け物に支配をされているのだ。
後悔とか、絶望とか、脱力させる負の感情がまるで湧く様にあふれてくる。
逃げるように奥へ進むと何もないように見えた先に白いものがポツリと一つだけ浮かんでいた。
まるでそれは絹を取るための蚕のような姿をしている。
白く凛とした衣に守られているそれは、妄執渦巻く中で唯一清浄なものに思えた。
タカノさんが守りたいものがこの中にあるんだ。何も知らないくせに妙な確信だけが浮かぶ。
スルスルと絹糸のような細い糸を手繰っていくと中には緑の光がともる塊があった。最後の薄い繭の殻を手でをかき分けた瞬間、さっきの春風のような温かい風が頬をかすめた。
あの風はこの中心から発せられていたのだ。
「大好き…、マサムネ…。」
触れた瞬間、身体に緑の塊か侵入ってくる。嫌だと掻きだそうとしてもお構いなしに、もう取り返しがつかないぐらい深く突き刺さり、やがて先っぽさえ見えないぐらい俺の中に浸潤した。
冷え切った身体はボワンと芯から温かくなり、もう二度と手放したくないぐらい心地よかった。
大好き
大好き
マサムネ…、大好き…。
温かい風は恋の歌を奏でていたのだった。
しかし、すぐにそれは苦痛に変わった。飲み込んだ塊が大きすぎて、実体ではないのにひどい吐き気がしてこみ上げてくるもので気道がふさがるように苦しい。
這いずるように床にへたりこむと、ソラ太がまたナ~と鳴いた。
胡乱なままソラ太を見るとシステムを起動していた赤い目から空色に変わって、その色に導かれるようにすがるようによろよろと指を伸ばすと、ソラ太が顔を寄せて唇の端をぺろりと舐めた。
生身ではないはずの口唇がザリっとした猫の舌の感触にぴりりと痛む。
空色…。
そう思った瞬間、何もなかった空間に映像が広がった。
それは記憶にはない小さいリツと見慣れた父の姿だった。
「空の色は青いんだよね?」
「そうだね、今リツが見せてくれている青と変わらない綺麗な青色だよ。」
「父さんは笑ってくれるから嬉しい。でも今日も泣いている子がいたんだ。叩かれて痛いのにその子のお父さんは止めてくれないんだ…。」
「リツはこんなに厚いシールドに守られていても感じてしまうんだね。でももうすぐこのトナカイが完成するから。そうしたらリツは自由になれるよ。」
「この部屋から出られる?」
「ああ、感じてしまう痛みもなくなるし、見たくもない遠くの辛い景色も見なくてすむようになる。このトナカイはリツの感じる痛みを食べてくれるから。」
「食べる?」
「そう…。」
「へえ、すごいんだね。そのトナカイにソラ太って名前をつけるよ。きっとこのトナカイは子猫の姿になるんだ。」
ソラ太…、そうだソラ太って名前にするんだ…。だって、瞳の色は青い空と同じ空色に決まっているから…。
確かにそんな話をした。
なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう。みんなソラ太が食べてしまった?
苦しみもつらさも、全部全部…。
まあ、今となってはそれはどうでもいいことなのかもしれない。
だってここは夢ではないから、このままヘタっていたら出られない。
タカノさんのリツがここに囚われていたように。俺もまたこのまま囚われるんだろうか。
うっかり身体に取り込んでしまった尖った異物を、身体に痛みを与えることがないように、粘度の高い皮膜で覆って、やがて真珠のような結晶になって…、でも真珠じゃないから俺の意識は永遠にここに閉じ込められてしまうのかもしれない。
やっとあの人の欲しいものが分かったのに…。
俺はまた約束を破ってしまうのか。
どろどろとした生暖かいものがどこからか湧いてきて身体を覆うようにせり上がり飲み込まれていく。
案外早く終わるのかも、俺の人生…。
そんな風に思って、こぷんっと顔が飲み込まれた瞬間、
「お前何やってんの?ばーか。」
と巨大化したソラ太の背に乗ったタカノさんに強い力で腕を引かれ、ついでに思いっきり悪態をつかれた。
俺はタカノさんに触れたことでタカノさんの夢から弾き飛ばされて…、今は見慣れた部屋のタカノさんの腹の上で覚醒した。
「こ、今度こそ死んだかと思った。」
「悲劇の主人公に浸ってるところで助けて悪かったな。」
意地悪い顔にムッとして、助けてもらってなんだけど、よくよく考えたらこの人が俺をすっぽりと取り込んで消化しようとしていたんじゃないかと思い当たる。
10年かけてその身に取り込んだリツの一部が緑の結晶と化してしまったように、俺も10年後はおんなじように何かの結晶になっていたに違いない。
「なに言ってんですか!あんた魔王ですか!」
「魔王?」
「もう少しで食われる所でしたよ。」
あ、そうか。ずっとあの感じが何かに似ていると思ってたんだけど、胃で食物が消化される時の動画だ。
「食われなくてよかったな。ソラ太がさっそうと現れてすっげーかっこいく俺を乗せてったんだ。」
「ば、馬鹿じゃないですか!」
「10年前は間に合わなかったから…。よかった…。」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけタカノさんがほっとした顔をしたので何だか調子がくるって、のっかったままの姿勢でギャンギャンと文句を言っても何だかちっとも様にならないって思って、しかも相手は暖簾に腕押し、糠に釘、猫に小判(あれ?これ違うな?)だから、結局俺はそれ以上の文句を言うのをやめざるを得なくなった。
俺的には大冒険だったから、すぐにひどい睡魔が襲って来て、指一本だってもう動かしたくなかったから、さっさと言い合いはやめて眠ることにした。
もう色々なことは明日にしよう。
今日はこのままこの暖かい場所で、ゆっくり眠ろう…。
身体の下で規則正しく脈打つ鼓動を聞きながら、俺は秒で眠りの国に旅立ったのだった。