ゆかりの言う通りこの火の回りの早さからして
まず、間違いなく能力による放火と見て間違いないだろう。狼の息吹となった炎はついに屋根を包み込み、店を藁の家のごとく燃やしている。 俺達は店に急いで駆け寄る。
「ゆかり!119!」
「もうしてます!」
こんな時でもゆかりはしっかりしていて頼りになった。店の近くに着くとパチパチと火が弾ける音がしていて、ほんのりと熱かった。
「中に人は!?」
近くにいた人ーー俺らを席に案内してくれたウェイトレスさんだったーーに状況を尋ねる。3匹の子豚になってなければいいが・・・。
「誰もいません!│瞬間移動能力者《テレポーター》のお客様がたまたま居たので助かりました」
この言葉を聞いてホッと俺とゆかりの間の緊張の糸が解けた。よかった、けが人がいなくて。
残る問題は消火だが、こればっかりは機材も能力者もいない現状どうしようもないもので、大人しく消防車が着くのを待つしかない。
不幸中の幸いと言うべきか、ファミレスの隣は駐車場になっていて燃え移ることも無さそうだった。
そうはいっても、どこか火が移ってしまった場所はないかと辺りを見ると、1人ニヤニヤと笑っている男と目が合った。
野次馬か?人の不幸を笑うなんて嫌な奴だな、たまにそういう奴はいるけどさ。火事と喧嘩は江戸の華らしい。全く以て不謹慎この上ないな。
それにしても、なんでこいつこんな暑い日なのに真っ黒のパーカーを着て、フードもずっぽり目が隠れるまで被っていの?
どう見ても怪しい奴じゃん、それに付け加えると
《黒いパーカーを着た20代くらいの不審な男性が事件直前に目撃されています》
さっきのニュースが思い浮かぶ。
・・・こんな事聞いた後だと、嫌でもこいつから目が離せなくなるわ。
こいつの服装とおよその年齢が報道された男と当てはまるのも怪しい要素だし。
それにこの火事はどう考えても『能力』によるもので、報道された『炎系能力者の犯行』というピースも
こいつの仕業かは不確定だが、この事件に当てはまる。
様々な情報がこの男と連続放火の犯人が当てはまる。
あんなにゆかりの事を探偵、探偵と言っていた自分が
こんな事を考えてるというのは、少し、面白いなとは思った。消防だけじゃなく警察も呼ぶべきだったかもな。でも、違ったら失礼かや(反語)
いや通報しよう。そう思いポケットの携帯を取り出すと
「んなっ!?」
「きゃあ!?」
咄嗟に携帯を放り投げた。
地面に叩きつけられた携帯は、ガシャン、とスクラップ決定を告げる。驚いているゆかりを尻目に、すぐさまパーカーの男を見ると、まだこっちを見ていて
さっきよりも深くーー三日月のようにーー唇を歪めて笑っていた。
あいつの仕業か!!
あっちも俺が通報しようとしている事に気づいたのだろう。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いてるとはよく言ったもんだ。
男はそのまま背を向けると野次馬達に紛れてしまった、おそらくこのまま逃げるつもりだろう。
でも、悪いな、こっちには
「ゆかり!」
「増田さん!?どういう事ですか!?いきなり携帯が燃えだして「すまん!話は後だ!!」
「今すぐお前の能力で黒いパーカーの男を探してくれ!フード目元まで被ってる奴!こんな真夏にだ!すぐ見つかる格好だろ?!」
「え?誰ですかそれ?」
「そいつがこの火事の犯人なんだよ」
「・・・すぐ探しますね」
「頼む!」
こういう時のゆかりの能力は監視カメラを数十個仕掛けてある様なものだ。更に火事を見に来た野次馬達でこの人だかりだ、あの男もすぐ見つかるだろう。人混みに紛れるのは悪手なんだよ、ゆかりにはな。
あの野郎、地獄を見してやる。
「いた!見つけました!黒いパーカーでフード被ってる人はこの人しかいません!」
「はやいな、それで何処だ?」
あの野郎を俺の携帯と同じになるまでボコりまくると意気込んで、拳を硬く握った。
「お店の裏の路地ですけど、このまま視界を追跡しますか?」
「なに?そこにも誰かいるの?」
視界を追跡ということは誰かの視界であの男を写すという事のはずだ。
「いえ、そのパーカーの男の視界を」
「え?できるの?」
「はい、私の能力は
俺の連れはチートだった。
つまりインターネットで気になるリンクからまた次のリンクに跳び続けるネットサーフィンのように、人の視界を永遠に跳び続けれるという事だ。
その気になったゆかりから逃げられる奴なんていないんじゃないだろうか?
「じゃあ、頼む」
「犯人は今路地を右に曲がってます」
ゆかりさん黒パーカー男をついに犯人呼びしちゃった。まあ俺の携帯燃やした犯人には違いないけど。
「いくぞ」
「は、はい!」
* * *
「そこを曲がった所にいます!」
ゆかりの指示通りに男を追いかけてきたが、鬼ごっこももう終わりのようだ。距離がまったく遠くならなかったということは、奴は歩いて移動していたのだろう、ゆかりも同じことを言っていたから間違いない。
ということは、追ってこないと思っているのか、今まで捕まらなかったせいで今回もと、高を括っているのかもしれない。
または
でも、それももう分かる。
曲がり角を抜けるとそこは雪国だった。
ということは勿論無く、探し人が前を歩いていた。
さっきの奴に間違い無かった。
「殺す」
思いっきり俺の(元)携帯を奴の背中目掛けてぶん投げた。
投げた衝撃で元々バキバキに割れていた液晶が砕け飛び散りながら携帯が男の頭目掛けて飛んでいく。
そのまま直撃!頭蓋骨粉砕!現世にバイバイ!ーーとはいかなかった。
携帯があいつに当たる直前、突然現れた炎の塊に飲まれて吹っ飛んだ。
死体蹴りはやめてあげてよお!俺の携帯に恨みでもあるの?普通に躱せばいいじゃんか!
しかしながら、完璧に背後取ったと思ったのに何で気づかれたんだろうか。これも奴の能力?
とにかく、不意打ちは失敗した。つまりは正面切って戦うことになった。
男はゆっくりとこちらに振り返った。
「お前みたいのが今まで居なかった訳じゃない」
男がパーカーを脱いで言った。
「は?」
意味が分からなかった。男は続けて
「お前みたいに俺を捕まえようとした奴がいなかった訳じゃないってことさ」
と言った。
「へー、それで?なんで捕まってないの?」
だいたい予想つくけどな、この後の展開も。
男は、僕は別に逃げるのが上手い訳じゃないと前置きし
「殺した。跡形も残さず、骨も残さず、燃やし尽くした」
と言った。どうやら連続放火魔は殺人鬼でもあったらしい。ここテストに出すよ。・・・俺、中退してたや。
「なんで、そんな事教えるんだ?」
一応聞いてやる事にした。男はこのセリフを待っていたようでニヤニヤと告げる。実に楽しそうだ。
「そりゃ、お前・・・。お前らも殺すからだよ。」
予想通りの殺害予告をされた。
「あの、本当に勝てます?」
ゆかりは心配そうにしてるが、俺にはそんなものまったくなかった。確かにこの男は強いのだろう、実際に男の能力について分かっていないこともある、だけど
「大丈夫だ、俺のがもっと強い」
俺はそんな程度で負けない。
ゆかりとは長い付き合いなのだから、その辺はもう分かってほしいのだが。
「遺言はそれでよかったのかい?」
男がそう言うと、轟!とオレンジ色の塊がそれ自体が爆弾となって俺を襲った、視界が染まる。炎が俺を覆い隠すように包んだ。
「増田さん!!!」
「あーあ、死んじゃった。ま、あの火力なら一瞬だったんじゃない?」
「だから俺は大丈夫だって言ってんだろ、いちいち喚くな、ゆかり」
俺は炎の中心に立っていた。
いや、炎が俺を避けているのでその様に見えていた。
炎は俺を避け続け、俺が動く度にそこの炎が、まるで俺を煙たがるかのごとく割れる。また上手いことを言っちまった。
「な、どういう事だ!」
男は驚愕の声をあげる。
「もちろん俺の能力だ」
「・・・お前の能力?」
優しい俺は教えてやることにした。
「俺の能力ーー
これが俺の能力だ。これだけだと凄いが、それなら度々使いづらいとは言わない。この男には言わないだけでデメリットがある。
こいつのせいで人生狂いっぱなしだ。
例えばマークシートを使ったテスト、これはどんだけ勉強してもどれだけ分かってても3問に1問不正解になる、またはその逆、これのせいで俺は学校を辞めた。
例えば自転車、ペダルを2回以上漕げないから俺は自転車に乗れない。車もたぶんダメだろう。
例えば、例えば、例えば、あれもあれもあれもあれも!!!俺は出来ないし、出来なくなった。
「おい!おかしいじゃないか!」
おっと、俺としたことが熱くなってこいつのこと忘れてた。ちゃんと炎の効果出てるじゃん、やったね。
「何がおかしいんだ?お前の頭なら知ってるぞ」
「僕は1回しかお前に炎を浴びせてない!お前の説明だと1回目は能力の適応外だろ!?なのになんで!?」
俺が馬鹿にしたのを無視して男は問いかける。
確かに男の言う通り、俺の能力ーー
「教えてやるよ」
そう言って俺は
そう、これがこの能力の抜け道なのだ。
俺の能力は1回目と2回目は偶然じゃなく自分で故意に引き起こした現象でも発動する。
今回は事前にライターで自分を2回焼いておいたという事だ。そうすれば奴の能力の炎で俺を焼くという現象が反転し俺を焼くことはなくなる。
ニュースを見てもしかしたらと思い拾って置いたのが功を奏したな。
「なるほどな、ククッ、なるほどなるほど!!馬鹿だね君は馬鹿正直に敵に仕掛けを教えちゃってさあ!!つまりもう僕の炎は防げないんだろ!!死ねぇ!!」
男は叫びバランスボール程の炎を作り上げ、振りかぶってきた。この大きさを避けるのはまず無理だろう。
「ま、効かないんだけどね」
炎は俺に当たる瞬間にバラバラと紙吹雪のように砕け散り、破片が地面に着く前に消えてしまった。
「何!?」
動揺する男に俺はすかさず近づき腹に強く蹴りを入れた。内蔵まーざれ♪
「ごはッ!」
男は体をくの字に折り曲げて痛みによろめくが 、間髪入れずに髪を掴みまた腹に膝を入れる。
「ぇぼぉ!」
膝を入れる。
「ゃだぁ!」
膝を入れる。膝を入れる。膝を入れる。膝を入れる。
「お前さあ、俺がただお喋りしてただけだと本気で思ってたの?その間にまた能力発動するように調整するに決まってんだろ。お前が俺の能力の説明聞いてる時に俺はまた自分を2回焼いてるんだよ」
うし、そろそろ離してやるか。髪をつかんでいた手を離すとサンドバッグ君となっていた男はドシャっと崩れ落ちた。
「だいたいさぁ、お前は勘違いしてるんだよな」
男は芋虫みたいにうごうごしてるだけで返事はない。
あえてゆっくり追いかけながら俺は男の勘違いを説明する。
「まず、お前を俺たちが本当に捕まえる気だったんなら普通は警察に連絡するだろ。俺の携帯は確かにお前が壊したけど、ゆかりの携帯はあったんだから警察に連絡して、お前と闘うことなく放っておけばそれで良かったんだし」
ごく当然の事なのに気づかなかったのだろうか?
「それに、最初の増田さんの能力が発動した時に本当ならもう今の状況まで持って行けたんですよ?能力を教えたがるの増田さんの悪い癖です」
ゆかりが俺の言う事を奪ってしまった。
「いいじゃんかよ、能力を教えた上でボコすのが圧倒的な感じがして気持ちいいんだよ」
漫画の敵や主人公がわざわざ能力を相手に教えるのはたぶんこの無敵感を楽しむためにしているに違いない。自分の能力はチートなんだと思わせてくれる。
「ま、最初からお前はこうやって俺にボコるために追いかけられてたわけよ。いうなれば俺らの娯楽か?」
そして遂に男に追いついた。
「追いかけっこは終わりですね。最後は私が貰う約束なんです」
ゆかりはいつも自分にボコられる奴の視界を盗む、自分の攻撃をやられる側で見るのが好きなのだそうだ。
「はい、じゃあお目目開いてくださーい」
ボゴォ!!!
鈍い音が響いた。
書きだめ