始まり、そして召喚
いつもの日常。
そう呼べるような俺の生活は、高校二年になってから大きく変わりつつあった。
自慢じゃないが、友達の数の少なさで言えば学校でもトップを争うほど少ない。というかいない。はいホントに自慢じゃないですね。
そうなると当然、人との縁などこれっぽっちもなかった。
そう、なかったのだ。
過去形になった要因はやはり入学式当日に起こった事故だろう。道路に飛び出した犬をかばい、高校生活初日から入院する羽目になった。この時点で高校でもボッチが確定したかと思っていたが、高校二年生の現在、本来かかわることがなかったであろう美少女三人と同じ教室にいる。
「……紅茶、冷めないうちにどうぞ?」
「おっおお……ありがとよ。」
紅茶を入れてくれた向かいの席に座っているのは雪ノ下雪乃。奉仕部部長であり、校内一の美少女とも評されている帰国子女。もうどんだけ凄い肩書きがあるんだってくらいあるので今回はこの辺にしておこう。
「相変わらずゆきのんの紅茶はおいしいね!何杯でもいけるよー!」
「あ、ありがとう…………でも流石に飲みすぎよ由比ヶ浜さん。」
雪ノ下雪乃の隣に座っているのは由比ヶ浜結衣。俺と同じクラスで、スクールカースト上位に所属してる。容姿は雪ノ下に劣らないほどの美少女であり、また雪ノ下と対極の明るい性格で周りの人からも評判がいい。何より男子の目線を引き寄せる大きなむ………何でもない何でもない。
「雪ノ下先輩、私にもくださいよ~。」
「別にいいけれど………あなた、当然のようにいるのね…」
由比ヶ浜の向かいの席、本来であれば相談者が座る席の座っているのは一色いろは。一つ下の後輩であり現在生徒会長をしているゆるふわ系美少女。一言で表すなら、あざとい。これに限る。それにしても、
「いや、ホントになんで毎回いるんだよお前……」
「えー?でもぉ、私がいて先輩いつも喜んでるじゃないですかぁ~」
「いや喜んでないから。あとあざとい。」
ホントにこいつは部員でも何でもないのだが、不思議とここにいることが当たり前になっている。拗ねたように「ぶーぶー」言ってる何をやってもあざとくなる後輩を適当にあしらった。
ちなみに俺の席は他三人とは離れたところに位置している。美少女たちの近くに座りたいか、と聞かれたら即答でNOと答えるだろう。彼女らのことを何とも思っていないわけではない。単純にこの席が気に入っているのだ。
一番離れているということは、全体を見渡せる。ただそれだけで、彼女らが何の気兼ねなく会話しているところを見ているだけで俺は満足なのだ。
俺は、こいつらに期待しているのかもしれない。ずっと欲しかった”本物”の関係というものを。ずっと上辺だけの関係に裏切られ続けていた俺にとって、この空間は今の俺にとっては大切な場所なのだ。
…………柄にもなく、変に素直なことを考えると無意識に顔がにやけてしまった。
「………ヒッキー、キモイよ?」
「先輩、ちょっと顔ヤバいです……」
「その顔を見ると自然と携帯に手が伸びるわね……」
……まあ、こういうのも含めていいのかな…………あれ、目から塩化ナトリウム水溶液が…
* * * * * *
「じゃあ今日はこのあたりで終わりにしましょうか。」
部長様が部活終了の言葉を言い、皆部室に出た後、一色は生徒会に荷物を取りに行き雪ノ下はカギを返しに行った。
「んー!今日も終わったねー。」
背伸びをしながら、由比ヶ浜は独り言のように呟いた。
「まあ、明日も同じような感じなんじゃねぇの?」
そうだ、明日も続く。日常とは続くから日常なのだ。
「うん……そうだね。そうなんだけど……」
……?急に由比ヶ浜は言葉の歯切れが悪くなった。
「………ねぇ、ヒッキー……」
すると、何かを訴えかけるような目で俺を見つめてきた。
「ヒッキーは、何か一つ願いが叶うなら、どうする…?」
「えっ……?」
突然の問いに、答えが出なかった。何を言い出すんだこいつは。
でもまあ、たまによくわからないことを聞いてくるからな……
………こいつ?
いや待て、俺は何を考えてるんだ。
誰かに何か言われたっけ…?……誰に?
……………
………………
まあいい。
そういや、一色は生徒会室に行ったんだっけか。
意外と一人で無理とかするからな、少し寄って見てみるか。
* * * * * * *
「あれ、先輩?どうしたんですか?」
「いや、手伝いを呼ばれる前に来ただけだ。別に他意はねぇよ。」
「あ、ありがとうございます。でも今日は何もありませんよ。ポイント稼げなくて残念でしたねっ♪」
どうやら無駄足だったようだ。初めのほうは素ぽっかったが、やはりあざといのなこいつ……
「でも、ならなんでわざわざ生徒会室に来たんだ?」
「それはですね………というか先輩のほうこそ、結衣先輩置いてきたんですかぁ?」
………結衣先輩?こいつは一体誰のことを言ってるんだ…?
「……そうですか、覚えてないってことは、もう少しですね…」
「は?いや、お前さっきから何言って……」
そこまで言いかけると、一色は真面目な表情で……
「先輩、早くしないと始まっちゃいますよ…?」
「……は?」
返答したときには、すでに俺は一人だった。
* * * * * * *
「はぁっ…!はぁっ…!」
俺はとにかく走った。
さっきから何なんだこれは。自分の中から何かが消えていく感じ。
先ほどまで生徒会室で話していた、だが一体”誰”と話していたのか全く思い出せない。
というか、ホントに誰かと話していたのか?気を抜いてしまうとそう思えてしまうほど記憶が抜けている。
とりあえず、知っている人に今すぐ会いたい。誰でもいい。誰かいないのか……!
「あら、息を切らして何をしているのかしら喘息谷君?」
「はぁっ………ゆ、雪ノ下…?雪ノ下…だよな?」
今となっては自分の記憶すら信用できなくなっていた。こいつは雪ノ下雪乃ではないかもしれないが、雪ノ下雪乃という人物なら知っている。というか、学校内で知っている人はもう雪ノ下しか覚えていなかった。
「そう………もうそこまで来てるのね。なら多分、いずれ私のことも忘れるでしょう。」
「なっ!?……どういうことだ……?なんなんだ一体これは…!」
雪ノ下のことまで忘れる……?なら俺には何が残るんだ……!
「いい?これだけは意地でも覚えておきなさい。」
そういうと雪ノ下は俺に詰め寄ってきた。
「窮地になったら、自分が欲するものを想像しなさい。なんでもいい、些細なものでも壮大なものでもいいの。その瞬間だけは理性より本能を優先しなさい。でなければあなたは────────」
そこまで聞くと、また俺の中から何かが消えていった。
* * * * * * * *
いつもの日常。
そう呼べるような俺の生活は相変わらず変わらない。
まず、朝は遅刻ギリギリで登校する。いつも通りだ。
休み時間、イヤホンをつけて寝たふりをする。いつも通りだ。
昼休み、テニスコート近くの昇降口で一人購買部で買ったパンを食べる。いつも通りだ。
数学の時間、内容が全く理解できない俺は熟睡する。いつも通りだ。
そして放課後、家に帰るためさっさと靴箱へと急ぎ足で行く。いつも通り。
………………………
……………………ホントにいつも通りか?
何かあったはずだ。どこかに行かなければいけなかったはずだ。誰かと同じ空間にいたはずだ。
だがどこに?何を?誰と?まるで思い出せない。
思い出せないが、自然とある教室の前に立っていた。
ここに答えがあるのか?
わからない。
わからないが、俺は扉を開けずにはいられなかった。
入ってみると、そこは真っ暗な空間だった。何かないかと歩き回っていた。
ずいぶんと奥まで歩いた。こんなにこの教室広かったか?
それ以前にここに来たことがあるのかどうかすら覚えてない。
何もなかったので、引き返そうと振り返った。
その瞬間、
「~~っ!!!っぐぁああああああああああああ!!!!」
右手に激痛が走り、それと同時に扉が勢いよく勝手に閉まった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
訳が分からない痛みに悶え苦しむしかなかった。
────まだ候補者がいたのね。けど酷い有様、見るに堪えないわ。
俺が苦しみ叫ぶなか、鮮明に誰かの声が聞こえてきた。
────その様子だと、正規のマスターではないのですね。一体ここに何をしに来たの?
何を?そうだ、俺は何をしに来たんだ?
────まあいいわ。一応ここに来たのだから質問してあげる。ちゃんと聞いてなさい。
その声を聴いた時には、痛みが全身に走り、体が動かなかった。
────あなたは、何かに導かれてここに来ました。でも、ここから先は命の保証はありません。あなたが何も欲することなく、このまま帰るというのであれば、また”いつも通りの日常”が待っていることでしょう。さあ、選択しなさい。命を懸けて願いを叶えるか、安全な日常を過ごすか。
……酷い二択だな。こんなの、いつも通りの日常を選ぶに決まってるじゃないか。
けどまあ……
『ヒッキーは、何か一つ願いが叶うなら、どうする…?』
そうだな、どうしようか。実のところ、何かを欲することは最近まではなかったが、今は確かに俺は何かを欲している。
『先輩、早くしないと始まっちゃいますよ…?』
わかってるよ。今言葉にしようとしてるところだ、もうちょい待ってくれ。
『なんでもいい、些細なものでも壮大なものでもいいの。その瞬間だけは理性より本能を優先しなさい。』
何でもいい、か。俺が心から欲しいもの、そういやあったな一つだけ。他人からすれば些細なことだが、俺にとっては壮大な願いが。
俺は……
「……俺は、命を懸けて願いを叶える……!」
痛みに耐えながら、俺はそう言い張った。
────はぁ……念のために最後の確認しておきます。あなたの願いは、命を代償にしてまでも、安全な日常を捨ててまでも価値のあるものなのですか?ホントにあなたはそれでいいのですか?
なんだ、意外と優しいところがあるんだなこの人。
「ああ、確かに価値はないのかもな。好きなやつがいるわけでも親友がいるわけでもない。けど……」
形はない、もしかしたら俺が欲するものではない、そんな確証もないものだ。そんなものに命を懸ける俺は異常なのだろう。だが、
「あの空間の、あいつらとの関係がどうなるのか、俺はその先が知りたいんだ…!」
一度彼女らの前で欲した本物が、もしかしたらそこにあるのかもしれない。その結末を知れるのなら、さっきまでの安全な”非日常”を捨てることさえいとわない。
────………………………フッフフフ、アハハハハハハ!!!!
酷く力ある笑い声が聞こえるとともに、さっきまでの痛みがなくなり、右手の甲に赤い紋章が
浮かび上がる。
すると、さっきまで真っ暗だった空間が強く光り始めた。
「そんな不確かなものに全てを投げ捨てるなんて、なんと愚かな人でしょう。」
そういいながら、俺の目の前に徐々に姿を現す。恐らくさっきまで声だけ聞こえていた人だろう。
「その上この私を引き当てるとは、何ということでしょうか。私の憎悪に導かれてここに来る物好きな人がいたとは。」
そして、完全に姿を現したとき、俺は硬直してしまった。
「はじめまして、くそったれさん。」
なぜなら、旗を掲げた黒い服を身にまとったこの女性に、
「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。さあ、私と契約しましょうか。」
見とれてしまったからだ。